米の黒人暴行死、29億円で和解 警官の不法行為に史上最高額
2020年、辛丑(かのとうし)、弥生3月13日(土)。小雨。最低気温は9度。最高気温は13度。
朝の散歩はいつものコースで、やや冷たい風が頬を撫でた。寺津用水の水量は少なかったがスムースに流れていた。体育館には1台も来ておらず、中型の除雪車は撤去されていた。
野良猫は桝谷さんち玄関先に一匹もいなかった。バス通りの四つ角を渡って、2本目を右折した坂道、金子さんちの対面横山さんちの赤の山茶花が目にはいる。
雀のお宿越野さんちには雀どもは周りに集まっていたが、フィジー島へのサッカー留学を夢見る樫見さんちのあんちゃんは見えず。
坂道の右手の米田さんちの庭には早咲きの桜が咲いていた。
五ノ田さんち前。玄関前に水仙が咲いており、左の坂道は、左折してシェパードのお宅の前へ。訓練にまだ出掛ける前なのか、車は鎮座していた。
ここの坂道から朝日さんち前へ。崖下の庭には山茶花やユズリハ、大きなスイリュウにマンサク、白梅や早咲き桜が満開だ。崖には、水仙が目にはいる。中村のお婆の畑にはかなり花びらが散って少なくなったロウバイが待っていてくれた。
四つ角へ。舘山会館の前から右折して紙谷さんちから上村さんち辺りを一回り。尾山さんちの玄関の白梅がいい。
槌田さんち、玄関前の葉ボタンがいい。白のツバキが咲いている山津さんちの四つ角へ。Dr木下が出ていかれた。ゴミステーションの角地では地鎮祭なのか、テントに紅白の幕が張られていた。
次の三差路で、大柳さんちは右折。大友さんちの庭には白のツバキ、黄色のクロッカスが待っていてくれた。
新築住宅、大工さんはまだ来ていない。金子さんちで玄関先のシクラメンが待っていた。型枠工場ではアーム付きトラック2台は鎮座して、ベトナムの青年らもお休みか。
Dr小坂は出られて、玄関前のさくら草が咲いて、河津桜はつぼみだ。宇野さんは出られるところで「お早うございます」。なかの公園手前は右折。徳中翁の風車が回っておらず、
左裏のV字谷では、リサイクルセンターは稼働していた。神社の前の清水のお婆宅、玄関前に水仙が咲いて、クロッカスが花が開いていた。
神社の境内ではリュウキンカが咲いていた。
玄関前で一服吸っていた吉田の爺に「お早うございます」、「今日は(ぐずついた)こんな天気かな…寒いな」なんて。松原さんちの花壇では葉ボタンとパンジーが待っていてくれた。
おっ、土村さんちの庭ではサンシュユか見事に咲いていた。湯原さんちの庭、葉より先に黄色い花をつけるサンシュユの花。他にクロッカスが咲いて木蓮のつぼみが膨らんでいた。
庭の雪吊りは外されてすっきりしていた。三叉路の角、山本さんちの庭では白の馬酔木がいい。右折すると坂本さんちの庭では紫のカンアヤメが咲いていた。
松本爺の前からみすぎ公園へは向わず。調整池の前の新築住宅では大工さんが来ていた。
京堂さんち前辺りで、猪崎さんちの片目のトトロが目に入った。バス通りの7階建てのアパート前過ぎ、コンビニり裏通りから帰還へ。清水さんの納屋の前の紅白の梅花が綺麗だ。
北さんち過ぎてひょっとこ丸は出けていた。Dr谷内江さんち、車で夫妻が出ていかれて黙礼、対面の空き地、撫子が顔を出していた。そのとなりの新築住宅では、大工さんは来て、もう一軒目は地鎮祭かテントに紅白の幕が張られていた。
藤田さんちの四つ角から山本さんち過ぎて、飯田さんちのプランタの水仙を見つつ、持木さんちの八重のツバキを見て、鈴木さんちの隣、瀬戸さんちの畑の水仙や本田さんちの葉ボタン、鱒井さんちの軒下の水仙が待っていてくれた。
朝の歩数は4682歩、距離は3、1km。消費カロリーは132kCal、脂肪燃焼量は9g。
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けふ13日(土)、関東は午後になり、南部を中心に春雷が轟いた。低気圧に向かって暖かく湿った空気が流れ込んでいるため大気の状態が不安定で、雷雲が各地で発達している。
1時間の最大雨量は最も強まった神奈川県藤沢市・辻堂で42.0mm、横浜市では26.5mm、東京都世田谷区では30.0mmを観測し、14時51分には東京都目黒区、大田区、世田谷区を対象に大雨・洪水警報、品、川区に大雨警報が発表された。
また、自治体が設置した雨量計では千葉県松戸市で64mmの非常の激しい雨を観測。千葉県内では冠水が相次ぎ、松戸市内では側溝から水が溢れている様子が見られている。
夕方にかけて、東北太平洋側ではあす14日(日)明け方にかけて、雷を伴った非常に激しい雨が降り、大雨となる所がありそうだ。
土砂災害に厳重な警戒が必要となる。
前線を伴った低気圧が紀伊半島にあって、東北東へ進んでいる。このため、きのふから活発な雨雲が西日本の太平洋側にかかり、激しい雨や雷雨となった。けふ明け方には、三重県大紀町付近で
1時間に120ミリの猛烈な雨が降ったとみられるとして、「記録的短時間大雨情報」が発表されている。
低気圧は、本州の太平洋側沿岸部を進んでおり、明日には三陸沖を北東へ進む見込み。低気圧や前線に向かって南から暖かく湿った空気が流れ込むため、東日本や北日本では太平洋側を中心に大気の状態が非常に不安定となり、活発な雨雲がかかりそうだ。
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大震災から10年が経った。帰還を諦めても、心は古里から離れられない−。
大熊町企画調整課長の永井誠さん(49)は、東京電力福島第一原発事故による帰還困難区域の特定復興再生拠点区域(復興拠点)から外れた「白地地区」の住民の思いを、こう表現する。
原発事故から十年が過ぎても、白地地区は避難指示解除に向けた時間軸や除染の方針さえ示されていない。
「白地地区の人々のやるせなさは痛いほど分かる、永井さんは夫沢行政区に住んでいた。そこは、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設が整備されている。今では家も土地もない。白地地区ではないものの、戻ることができないのは同じだ。
自宅では十ヘクタールの水田で稲作などを手掛けていた。自らも原発事故前は兼業農家としてコメ作りに励んだ。田植え機、トラクター、コンバイン。役場を離れると田んぼで機械を動かした。
「55歳で引退して、農業にいそしもう」と考えていた。豊かな田園風景が恋しい。「何も残せず、悔しい。ましてや、放置されたままの白地地区の人々は、俺よりつらいはず」。住民の思いを推し量る。
町内では大川原地区で役場新庁舎などが立地し、新たなまちづくりが進む。復興拠点は国が2022年(令和4年)春の避難指示解除を目指して除染や社会基盤整備を行っている。
一方、白地地区の住民は、土地や家屋の扱いを自分で決めることさえできない。
国による除染などが完了していない段階では、自宅や土地を手放そうと思っても、買い手も借り手もあるはずもない。町内の帰還困難区域は4900ヘクタール。
このうち、復興拠点860ヘクタールと町側の福島第一原発の敷地200へクタール、中間貯蔵施設用地1100ヘクタールを除いた、2740ヘクタールが白地地区に当たる。
住民は2千人。現在も古里で暮らせる見通しは立たず、中ぶらりんのままだ。
「いったい、何十年かけるつもりなんだ」。永井さんは復興に関する国との協議で、声を荒らげることがある。白地地区の避難指示解除に向けた道筋が付かなければ、町内全域の復興を見据えた計画を立てられない。
帰還困難区域を巡り、政府が多用する表現がある。「政府としてたとえ長い年月をかけても将来的に帰還困難区域全てを解除する」。6日に来県した首相菅も口にした。
永井さんは、具体的な動きを見せずに、お決まりの文言を繰り返す国の姿勢に疑問を抱く。「聞き飽きた。本当に除染して解除するつもりはあるのか」
原発事故により帰還困難区域となった地域の住民は、避難生活を強いられ、十年の月日が流れた。古里で暮らしたいと願う人がいる一方で、政府の方針が示されず古里での将来を思い描けないことを理由に、戻らないことを決断した人がいる。
古里への愛情を持ちながらも、帰還を諦めた住民らの姿を追う。(福島民報)
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総務相武田良太は12日の閣議後の会見で、放送事業会社「東北新社」の衛星放送事業認定の取り消しに向けた手続きを進めると明らかにした。
総務省による2017年1月の放送事業認定に「重大な瑕疵があった」と述べた。
東北新社が認定を申請した時点で外資比率が20%以上あり、放送法に違反していたと説明。東北新社はミスだと釈明しているという。
首相菅の長男が勤める放送関連会社「東北新社」の衛星放送認定の一部が取り消される見通しになった。
総務省による衛星放送事業者の審査や認定がずさんだったことが明白になりつつあるが、審査や認定の手続きが進むさなかにも、東北新社による総務省幹部らへの接待は繰り返されていた。
きのふ12日の参院予算委員会。外資規制違反を見逃していた総務省の責任を問われた総務相武田良太は「総務省側の審査も十分でなかったと考えており、こうした事態が生じたことを重く受けとめている」と述べた。
1カ月前、東北新社から総務省幹部への接待問題が発覚した当初、武田は「放送行政自体がゆがめられているとは一切考えていない」と強調していた。
しかし、週刊誌の報道で、会食時に総務省幹部らが放送業界に関する話をしていた音声データが明るみに出ると、武田は「新たに疑念を生じさせる事態となった。関係者へ再聴取を行う」とトーンダウンした。
さらに立憲民主党の小西洋之から放送法の外資規制違反を指摘され、説明は崩れていった。総務省で放送行政を担う情報流通行政局に激震が走り始めたのは9日。
東北新社から「ミスで外資比率が間違っていた」と伝えられたからだった。
問題を指摘された5日の時点で、東北新社からは、2017年1月に「ザ・シネマ4K」の認定を受けた時は、外資の出資比率は「19・96%」であり、その後に2割に達して違法状態になったとの説明を受けていた。
総務省としては2割以上になった時点で認定を取り消さないといけないが、認定段階では2割未満だったこともあり、省内には「今さら取り消しは難しい」との見方が多かった。
しかし、東北新社の新たな報告で、実際には認定申請時から「20・75%」と2割に達していたことがわかった。
「ぎりぎりセーフ」ではなく、認定時から「アウト」だった。「重大な瑕疵(かし)だ」(武田)として認めざるを得なくなり、認定の取り消しに追い込まれた。
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ミャンマーの地元メディアによると、最大都市ヤンゴンで12日夜、国軍のクーデターに抗議するデモ隊を治安部隊が銃撃し、デモ参加者のうち少なくとも2人が死亡した。
報道によると、デモ隊は警察署の近くに集まり、不当に逮捕された仲間の解放を求めていたところ、銃撃された。
ミャンマーでは夜間外出禁止令が出ているが、これを無視し、夜にデモを実施するケースが増えている。2月1日のクーデター発生以来、治安部隊の銃撃などによる死者は70人を超えていると国連は報告している。
クーデターへの抗議デモが続くミャンマーで、取材中のポーランド人の男の記者が治安部隊に拘束された。
ポーランド通信によると、同国外務省が12日確認した。ミャンマーの地元メディアによると中部タウンジーで11日、デモの様子を取材していたという。治安部隊に暴行されたとの情報もある。
ドイツのDPA通信は、男は同社と契約する記者ロバート・ボツィアガ(30)だと明らかにした。
最大都市ヤンゴンの裁判所では12日、取材中に拘束された後、社会不安をあおったとして訴追されたAP通信カメラマンのミャンマー人男の記者テイン・ゾー(32)の初審理が開かれた。
国軍のクーデターに抗議するデモが続くミャンマーで、ミャンマーの独立系有力インターネットメディア「イラワジ」は12日夜、虚偽ニュースを報じて社会不安をあおった疑いで告発されたと明らかにした。
イラワジは一貫して国軍に批判的な報道を続けている。記者個人でなく、メディアの組織が告発されるのは2月1日のクーデター後初めて。
告発対象になったのは、クーデターに抗議するストに参加して拘束された医師らの親族に対し、警察が釈放の見返りに1300万チャット(100万円)を要求する様子を撮影した動画。
イラワジが2月下旬に動画を公開したところ、ミャンマー国営放送が虚偽のニュースだとして警察に訴えたという。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
新型コロナウイルスについて東京都はけふ13日、新たに330人の感染を発表した。
先週の土曜日(293人)と比べ37人増えていて、5日連続で前の週を上回った。また、直近7日間平均の新規感染者数は278.9人となっている。
年代別では20代が最多の75人で、65歳以上の高齢者は68人。また、現在入院している患者のうち重症者は12日(37人)から3人増えて40人。
新型コロナウイルスの緊急事態宣言が8日から2週間延長され、折り返しの1週間を迎えようとしているが、宣言対象の首都圏1都3県のうち、新規感染者数が下げ止まり傾向にある自治体は危機感を募らせている。
都知事小池百合子は12日、感染状況を分析する会議で「宣言が再度延長されても新規感染者数は下げ止まっている。大変厳しい状況が続いている」と指摘。「今集中して対策を徹底的にやっていくことが重要だ」と述べ、
不要不急の外出自粛やテレワークの徹底などを改めて求めた。埼玉県知事大野元裕は新規陽性者数が「今週に入ってから下げ止まりどころか、リバウンドの兆候すらある」と懸念を表明。
「多くの県民の努力で何とか(一時期より新規陽性者数が)下がっているが、ここ数日、出てくる数が多い」と述べ、「変異株が一定の役割を果たしている可能性があるのではないか」との見方を示した。
神奈川県知事黒岩祐治は、感染状況を示す国の指標では「(宣言解除の条件を満たす)おおむねステージ2レベルだ」と強調。ただ、前週比では微増で「予断を許さない」とも述べた。
一方、千葉県では直近7日間の新規感染者数はここ数日、前週より減少傾向にあり、担当者は「引き続き広報啓発やクラスター(感染者集団)対策などを徹底する」と話す。
♪やさしさと かいしょのなさが 裏と表に ついている そんな男に 惚れたのだから
私がその分 がんばりますと 背(せ)なをかがめて 微笑み返す 花は越後の 花は越後の 雪椿
夢にみた 乙女の頃の 玉の輿には 遠いけど まるで苦労を 楽しむように
寝顔を誰にも 見せないあなた 雪の谷間に 紅さす母の 愛は越後の 愛は越後の 雪椿
昭和62年 雪椿 作詞:星野哲郎 作曲:遠藤 実
月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
うちなー。宣言解除の沖縄県はけふ13日、新たに30人が新型コロナウイルスに感染したと発表した。
県内の累計感染者数は8475人となった。新型コロナワクチンの効果が薄いとされる変異株「E484K」について、県内で新たに2人の感染が確認されたことが12日までに分かった。
医療関係者は「県内でかなり広がっていると考えた方がいい」と指摘した。
県の12日発表では、10代から90代までの男女38人の感染を確認。30人を超えるのは緊急事態宣言時の2月8日(40人)以来1カ月ぶりで、県の保健衛生統括監糸数公は「緊急事態宣言中のレベルに達するまで増えている」と危機感を示した。
11日まで連日20人台が続き、感染が収まらない状況に「中部地域」、「飲食に関連」する感染を指摘し注意を呼び掛けた。
新規感染者で感染経路が判明したのは19人。内訳は家族内7人、飲食関係4人、など。11日までの1週間の人口10万人当たり新規感染者数は9・87人で全国5番目だった。
♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
国の税金を使った首相安倍主催の「桜を見る会」の疑念は消えるどころか、より深まった。
安倍内閣が決めた東京高検検事長の定年延長への批判は高まり、法相森雅子の不信任案提出に至った。
菅内閣の発足を受け、政権内の力学は変化しそうもない。
前政権が残した「負の遺産」の一つは、官僚が首相官邸におもねる「忖度(そんたく)政治」がはびこったことだ。
しかし、首相菅に交代して、この悪弊は改まるどころか、さらに広がるかもしれない。
忖度の背景には中央省庁の幹部人事を決める内閣人事局が2014年に新設されたことがある。そこで官僚は自らの人事(=生活)を握られて、首相らの顔色ばかりをうかがうようになった。
そして森友学園をめぐる不可解な国有地売却問題。政治問題に発展するのを恐れた財務省は、前首相安倍の妻・昭恵らの名前を消す公文書改ざんにまで手を染めた。
改ざんを上司に命じられ、苦悩した近畿財務局職員が自殺する悲劇にまで発展しながら、今なお真相は解明されていない。
官邸に唯々諾々と従う上司も情けないとは思うが、民主政治の基本である行政の公正さや透明性をゆがめているのは間違いない。
この内閣人事局設置を官房長官として主導し、活用してきたのが首相菅そのものだ。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
元東京高検検事長黒川弘務(64)らの賭けマージャン問題で、単純賭博罪で不起訴(起訴猶予)となり、東京第6検察審査会に「起訴相当」と議決された黒川について、東京地検が同罪で略式起訴する方針を固めたことがわかった。
「不起訴不当」と議決された新聞産経記者2人と新聞朝日元記者については、改めて不起訴とする見通し。
地検は昨年7月、4人が新型コロナウイルスによる緊急事態宣言中だった同4〜5月に産経記者宅で4回にわたり賭けマージャンをしたと認定。ただ、「旧知の間柄の娯楽だった」などとして、
黒川が辞職したり、記者ら3人が懲戒処分を受けたりしたことも踏まえ、全員を起訴猶予とした。
一方、同審査会は同12月、「黒川は刑罰法規を承知し、賭博行為を自制・抑止すべき立場にあった以上、起訴猶予の判断は誤りだ」と批判。
3人については、「記者らが賭けマージャンを定期的に行った動機や事情が判然としない」とし、再捜査を求めていた。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
日本、米国、オーストラリア、インド。4カ国の枠組み「クアッド」は台頭する中国に結束して対処する姿勢を強めている。
12日には、米大統領バイデンの呼び掛けで、初の首脳会談を開催。ただ、中国との向き合い方には温度差もあり、4カ国協力は当面、安全保障分野には発展せず、新型コロナウイルス対応など「中国への刺激の少ないテーマ」(日本政府関係者)にとどまりそうだ。
「ジョー、モディさん、スコモ」。首相菅は米印豪3人の首脳に親しげに呼び掛けつつ、「『自由で開かれたインド太平洋』の実現に共に取り組む皆さんと首脳会議を実現でき、大変光栄に思う」と語った。
日米豪印はそれぞれ太平洋やインド洋に面し、民主主義や法の支配といった価値観を共有。4カ国連携の旗印は、中国の経済圏構想「一帯一路」の対立軸として日米が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現だ。
4カ国外相はこれまでに電話を含め3回の会談を重ねてきた。日本政府は、中国海警局の武器使用権限を定めた「海警法」制定に懸念を強めている。
海警局の船舶が沖縄県・尖閣諸島周辺海域への領海侵入を繰り返しており、中国を取り囲むように位置する米豪印との連携による抑止力に期待。「クアッド」を重視するバイデン政権の姿勢も歓迎している。
ただ各国は、中国けん制では思惑が一致するものの、経済的な結び付きから中国との関係悪化は避けたいとの事情もある。特に、国境紛争を抱えるインドは中国を刺激することを嫌っているという。
こうした経緯から日本政府は、クアッドをあくまで「自由で開かれたインド太平洋」構想の象徴と位置付け、「4人の首脳が顔を合わせることに意味がある」(外務省関係者)と強調する。
首相も昨年10月、訪問先のインドネシアで「インド太平洋版の北大西洋条約機構(NATO)をつくる考えはない」と軍事同盟化を否定した。
日米両政府は今月16日に外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を開催。4月前半には首相が訪米し、バイデンと対面形式では初の日米首脳会談に臨む。
日本政府は、中国への実質的な対処方針を一連の日程の中で詰めていく方針だ。
米国。AFP時事によると、米ミネソタ州ミネアポリスで昨年5月、黒人の男のジョージ・フロイドさんが白人警官に拘束された際に死亡した事件で、フロイドさんの遺族が市を相手取り起こしていた訴訟は、
市が遺族に2700万ドル(29億円)を支払うことで和解が成立した。遺族の弁護団が12日、発表した。
弁護団はこの金額について、米国での不法行為による死亡事件の公民権訴訟で審理前に成立した和解としては史上最高額としている。
事件では、フロイドさんを死亡させたとして殺人罪などに問われているミネアポリス警察元警官の被告デレク・ショービンの公判が現在行われている他、さらに3人の元警官が起訴されている。
人道的な移民政策への転換を掲げるバイデン米政権の発足に伴い、米南部のメキシコ国境で、親の同伴なしで入国を試みる子どもが急増している。
新型コロナウイルスの影響もあって米側の収容施設は逼迫。人道重視の姿勢が招いた危機との指摘も出始め、政権の試練となっている。
米メディアによると10日時点で、親なしで入国を試みた3700人が税関・国境警備局(CBP)に拘束され施設に収容されており、2週間で3倍に急増した。
規則では72時間以内に厚生省に引き渡して親類や里親を見つける必要があるが、同省側の施設でも子どもを安全に収容できるベッドが足りていない。
イタリア。政府は12日、首都ローマや北部ミラノなど、国内の主要都市を含む過半数の州や地域で、15日からロックダウン(都市封鎖)を行うことを閣議決定した。
同国では2月中旬から新規感染者数が再び増加傾向となり、特に英国の変異株による感染が急拡大している。
キリスト教の重要な祝日である「イースター(復活祭)」を4月上旬に控え、ワクチン供給が進むまでは規制をより強化せざるを得なくなった。
同国メディアによると、食料品や薬など生活必需品を販売する店を除いて閉鎖し、仕事や健康上の理由以外の外出を禁止する「レッドゾーン」を、全土の半数以上の州や地域に適用する。
その他の地域も、1週間で人口10万人あたり250人以上の感染者が出た場合はレッドゾーンとする。規制は、イースターが終わる4月6日まで続ける。
同国の高等衛生研究所(ISS)によると、2月中旬の時点で、英国の変異株による新規感染が全体の54%を占めた。変異株は感染力が強く、3月に入ると新規感染者数が2万人を超える日が相次いだ。
12日には2万6824人に達し、「第2波」が猛威を振るった11月下旬の水準に逆戻りした。フィウミチーノ空港のワクチン接種会場を訪問した首相ドラギは「新たな対策は、より厳しい規制を避けるためにも必要で、結果をもたらすだろう。
ワクチン接種の加速が、パンデミックから抜け出す唯一の道だ」と述べた。
ドラギ政権は、ワクチン接種の推進を重要政策の一つに掲げている。12日には、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が開発した新型コロナワクチンの使用を承認。
1回の接種で済むのが特徴で、政府は6月までに730万人が接種を受けると見込んでいる。
韓国。聯合ニュースによると、宅地開発などを手がける公共機関、韓国土地住宅公社(LH)の職員らが新都市に指定される前の地域の土地を投機目的で不正に購入した疑惑が発覚したことを受け、
同公社を傘下に置く国土交通部の長官卞彰欽(ピョン・チャンフム)が12日、辞意を表明した。
青瓦台(大統領府)の国民疎通首席秘書官鄭萬昊(チョン・マンホ)が会見で明らかにした。大統領文在寅(ムン・ジェイン)は卞の辞意表明について「責任を取る姿勢を示すしかない」と述べ、事実上、辞意を受け入れた。
ただ、大統領文は国土交通部などが2月4日に発表した住宅供給計画を支障なく推進することが重要だとし、卞主導で推進した計画に関連した立法の基礎作業までは終える必要があると強調した。
これに伴い、昨年12月28日に任命された卞は時限付きで同ポストにとどまることになった。
大統領文は、LHを巡る疑惑に対する国民の怒りが大きくなり、不動産政策全般に対する不信が増幅されたことを踏まえて、交代を決めたものとみられる。
取り沙汰されている疑惑に対する徹底した調査とともに、LHの社長を務めた経験のある卞に責任を問うことで事態を収拾するとの意思を示したものと受け止められる。
実際に同公社と国土交通部の全職員を対象に調査を行った結果、計20人が不正を働いていた疑いがあることが確認され、このうち11人については卞がLHの社長を務めていた当時の不正であることが分かった。
また与党内で卞の更迭を求める声が高まったことも大統領文の判断に強い影響を与えたとみられる。卞の後任は4月7日のソウル・釜山市長補欠選挙後に決まる見通しだ。
台湾。人権団体などは12日、中国の全国人民代表大会(全人代)が11日に採択した香港の選挙制度見直しに抗議する集会を台北市の中国銀行台北支店前で開催し、「中国の香港の自治と選挙つぶしに強烈な怒りを表明する」などと訴えた。
参加者は昨年の香港国家安全維持法(国安法)施行以降、中国が急速に香港の言論の自由を抑圧し、今年には同法違反で民主派47人が逮捕・起訴されたことに触れて「中国全体主義の拡張と脅威に立ち向かわなければならない」と危機感を表明。
香港人の男は「世界は香港の経験から教訓をくみ取ることで、われわれの犠牲を無駄にしないでほしい」と訴えた。
ベトナム。東日本大震災から10年。ベトナムにも東北の被災地出身者が暮らしている。ふるさとを離れて生活する人たちの思い。
「生きるとか死ぬというのを初めて分かった日。そこから10年が経っている今でも、あの日は絶対に忘れない日」(宮城県出身 斎藤博幸さん)。
大震災をこう振り返るのは、ホーチミン市内のショッピングセンターで総菜店を営む斎藤博幸さん。宮城県出身の斎藤さんは32歳のとき、北海道から船で宮城県に戻った直後に震災に遭った。
4年後にベトナムに渡り、働きながら宮城にゆかりがある人をつなげようと宮城県人会の運営にも携わっている。
「情報共有や地元の話で盛り上がっている。みんなで頑張っていこうという意味でやっている」(宮城県出身 斎藤博幸さん)。
大震災から10年。2月の旧正月前、宮城県人会の忘年会が開かれた。
「永遠に節目はない。語り継いで津波が来ることを恐れようという節目ではなく、ステップアップ」(宮城県人会メンバー)。
宮城の人たちは今でも復興に協力してくれた全国からの支援に感謝している。
「宮城や福島・岩手に個人で震災のヘルプに来てくれた方が多かったので、その時(震災直後)からの1〜3年というのは周りの人に支えられた」(宮城県出身 斎藤博幸さん)。
遠いベトナムから被災地の復興に力を尽くす人もいる。1月に開かれた日本の観光や食をPRするイベント。現地の旅行会社やメディアを対象に企画された。
「侍の文化と日本酒に興味があります。本日は侍の髪型を真似て参りました」(福島県出身 田原康史さん)。
福島県庁からJETROホーチミン事務所に出向している田原康史さんと一緒に福島の日本酒や観光などをピーアールしたのは、同じくふるさとが福島の遠藤真知子さん。
「日本酒・食べ物に興味を持っていただいたのを見てうれしく思ったし、身近に感じていただいていると思った。こういうものから始めてどんどん友好を深めていけたら」(福島県出身 遠藤真知子さん)。
遠藤さんは夫・和晴さんと一緒に福島県で被災。和晴さんは福島市に本社がある製造加工メーカーの駐在員で、メーカーが部品を運ぶ際のトレイを製造し、現地の日系企業などに販売している。
「福島第一原発事故から10年ということで、まだ復興のスタートラインすら立っていないエリアもある。福島県内では復興のスピードがまばらという印象がある」(遠藤さんの夫・和晴さん)。
和晴さんは新型ウイルスも重なり、地域経済が落ち込むなか「ほかの企業と協力しながら福島を盛り上げたい」と話す。
「製造業立県の福島県なので、そういった企業に少しでも貢献しながら、地域の雇用を生み出したり、経済成長に協力できればと思っている」(遠藤さんの夫・和晴さん)。
ベトナムで暮らす宮城県人と福島県人。被災地の復興そしてふるさとに思いをはせながら、それぞれ10年の節目を迎えた。(NST新潟総合TV)
ナイジェリア。AP通信などによると、ナイジェリア北部のカドゥナ州で11日夜、武装グループが大学を襲撃し、学生を拉致した。
通報を受けて駆けつけた軍が救出に向かい、180人が助け出されたが、学生39人と複数の大学職員が拉致されたままだという。また、複数の学生がけがをして病院で手当てを受けている。
ナイジェリアでは先月にも武装グループが学校を襲撃し、女子学生279人が拉致されるなど学校を狙った拉致事件が相次いでいる。
今回の事件を受け、国連の事務総長アントニオ・グテーレスは「学生は家族のもとに戻らなければならず、犯罪者は法の裁きを受けなくてはならない」とツイッターに投稿し、学生の解放を求めた。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。JR北海道は、13日のダイヤ改正で、道内の18の駅を廃止した。
町内の2つの駅がなくなる上川の比布町(ぴっぷちょう)では、住民らが、あの商品を片手にお別れした。普段は、ひとけがない、待合室があるだけの小さな駅に、12日、地元の人がたくさん訪れた。
JR宗谷線の北比布駅。隣りの比布駅を間にはさんだ南比布駅とともに、12日で役割を終えた。「中学校に行くのにわざわざここに来て、汽車に乗って、中学校まで歩いて行ったの。ちっちゃいときに通った所がなくなるのは寂しいですよ」(住民)。
比布といえば41年前、磁気治療器「ピップエレキバン」のCMにも登場。俳優の樹木希林さんと、当時の会長の「僕、北比布。じゃあ、あたしは南比布だ」というCMは、一躍「比布町」の名を全国区に押し上げた。
「全国に名前を知っていただくことになりまして、そんなキッカケを作っていただきまして、愛着ある駅だったと思っています」(比布町・町長村中一徳)。
お世話になった駅をねぎらおう。お別れの12日、町民らが持ち寄ってきたのはもちろん… 「いいですよ。(ピップエレキバンを)使ってますから。(この駅は)何十年と世話になったからね、きょうはどうしても来たかった」(比布町民)。
列車を見送る町民たち。肩こりを忘れるほどに旗を振っていた。「ありがとう北比布駅!」(町民の皆さん)。
道北の幌延町の上幌延駅も、1世紀に渡った役目を終えた。貨物列車のコンテナを再利用した待合室は「秘境駅」として人気だった。
「高校に通っているときは、ここから幌延駅まで、ほぼ毎日乗っていたので、さびしい感じがあります」(訪れた男)。
幌延町は、最終日の駅の様子をオンラインで配信した。JR北海道は、無人駅の廃止などで、5000万円のコスト削減を見込んでいる。
核のごみの最終処分場選定に向けた文献調査が行われている、後志の神恵内村に隣接する積丹町の町議会はきのふ12日、高ベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」の持ち込みを拒否する条例を可決した。
積丹町で、きのふ開かれた定例町議会本会議で、「核のごみ」の町内への持ち込みを拒否する条例案が審議され、全会一致で可決された。
積丹町の町長松井秀紀は「町民を代表する議会として強い固い意志を表明した」。後志地方では去年11月から、寿都町と神恵内村で核のごみ最終処分場建設に向けた第一段階となる文献調査が行われている。
近隣の市町村で反発の声が相次いでいて、島牧村でも去年12月に核抜き条例が制定されたほか、16日には黒松内町で制定される見通し。
青森。「雪の回廊」で知られる八甲田・十和田ゴールドラインでは、4月の開通へ向けて除雪作業が進められている。
国道103号、八甲田・十和田ゴールドラインでは、2月下旬から酸ケ湯と谷地の間、8キロの全面開通に向けて、除雪作業が進められている。
きのふ12日は、八甲田除雪隊の隊員20人がロータリー車で作業を行った。青森市側の酸ケ湯ゲートから、2キロの雪の回廊の高さは5m以上。今シーズンの積雪は平年並みで、高い所ではおよそ7mになる。
八甲田・十和田ゴールドラインの開通は4月1日。
岩手。大震災で当時の町長と職員計39人が亡くなった大槌町は一昨日11日、28人が犠牲になった旧役場庁舎の跡地で職員追悼式を開いた。
遺族13人と職員合わせて40人が参列し、家族や同僚の死を悼んだ。
町長平野公三は追悼のあいさつで「(第三セクター職員を含む)40人の顔を懐かしく思い出す」と語り掛けた。「跡地は災害対策の拠点となるべき役場と職員を失うことで復旧復興が困難になった象徴的な場所」と強調。
「津波の恐ろしさを視覚的にイメージできるものを設ける」と教訓伝承の場として積極的に活用することを約束した。
震災発生時、総務課主幹として防災行政の担当者だった自らの責任については「高台避難の機会を逸し、町民への避難指示の発令を町長、総務課長に具申できなかった。
甚大な被害を防げず、犠牲者と遺族に深くおわびする」と認めた。当時を振り返り「危機感が薄く、津波常襲地帯である過去の教訓が生かされなかった」と反省した。
遺族は一人ずつ献花し手を合わせた。姉の則子さん(当時50)が行方不明の北上市の菊池恵美子さん(59)は「10年たったけれど今年が一番悲しい」と涙をこぼした。
「町長は『生き残ってしまった』と言っていたが、自身も苦しんでいるのだと思う」とおもんぱかった。
兄の健さん(当時30)が見つかっていない大槌町の会社員倉堀康さん(37)は「町が伝承に取り組むのはいいことだが、町民と一体で考えるべきだ。自分もできることをしていく」と語った。
宮城。石巻市の石巻魚市場に12日、養殖ギンザケが今季初めて水揚げされ、市場が活気づいた。
石巻市鮎川浜と女川町尾浦で養殖されたギンザケ計9トンが午前5時ごろ、市場にトラックで運び込まれた。重さごとに仕分けられ、1キロ当たり850〜960円、平均870円と昨年より数十円高い値が付いた。
ギンザケは生食でも加熱調理でもおいしく楽しめ、最近はすしネタとして人気が高い。社長佐々木茂樹は「身はきれいな色で程よい脂乗り。これからどんどん成長してくるので期待したい」と話した。
昨年の水揚げは5400トンで今季も同程度の取り扱いを見込む。水揚げは6月ごろに最盛期を迎える。
女川町の女川魚市場では10日に初水揚げがあった。
福島。東京電力福島第1原発事故で、会津若松市に避難する大熊町大熊中の卒業式が12日、会津若松市一箕町の仮設プレハブ校舎であった。
8年間で役目を終えることになった仮設校舎で学んだ最後の卒業生3人が、思い出と感謝を胸に巣立った。
卒業したのは斎藤菖(あやめ)さん、東理このみさん、長谷川心音さん。校長新井田克生は式辞で「諦めなければ物事は変化する。逆境をはね返すヒントを与えてくれる」と述べ、避難先で勉学に励んだ3人をたたえた。
3人は進学で離れ離れになるが、友情は固く結ばれた。東理さんは「3人で毎日おしゃべりして仲良くなった」と振り返る。
斎藤さんは「2人は私を変えてくれた。自分は自分のままでいいと思えるようになった」、長谷川さんは「つらい時、2人は笑顔で話を聞いてくれた。多くの人に支えられ、3人でも寂しくなかった」と感謝した。
1、2年生がいないため、見送りに会津若松市河東町に仮校舎を置く町の小学校の全児童9人がサプライズで参加。近所の田村建一さん(78)、妻久子さん(70)は今年も自宅2階の窓に「祝卒業」の書を貼った。
建一さんは「元気な声を聞けなくなるのは寂しいが、皆明るい」と目を細めた。
大熊中は2011年4月に会津若松市で授業を再開。13年、現在の仮設校舎に入った。22年春の義務教育学校移行を前に新年度は小学校の校舎に移る。
長野。大震災の翌日に栄村で震度6強を観測した地震から、きのふ12日で10年。
復旧は進んだが、過疎と高齢化が課題。きのふ朝の栄村・青倉集落。10年前の地震で最も被害が大きかった集落だが、住宅は再建され、当時の大きな被害を感じさせるものは残っていない。
大震災の翌日に栄村を襲った最大震度6強の地震では、住宅694棟が被害を受け、村民の約8割に当たる1787人が一時避難した。地震による直接の死者はいなかったが、その後、3人が災害関連死と認定された。
あの地震から10年がたった。「恐ろしい地震で、忘れたくても忘れられない」、「家が減って空き地だらけになって、気持ちの面ではまだ復興とは言えない」(村民)。
住宅や道路などの復旧工事は既に終わっているが、過疎化が進み、村の人口は10年間で600人以上減少した。集落の維持などが課題となっている。
きのふ12日夕方にはJR森宮野原駅前で、10回目の「復興灯明祭」が開かれた。
埼玉。未明、ときがわ町の山林に火をつけたとして、60歳の男が逮捕された。
警察は、ときがわ町周辺で連続している山林火災に関与しているとみて調べている。逮捕された島田初夫(60)は13日午前1時ごろ、ときがわ町の山林で枯れ葉などに火をつけ、山林1000平方mを焼損させた疑い。
調べに対し、島田は「自宅近くの山林に火をつけ、山火事を起こしたことは間違いない」と容疑を認め、「ライターで火をつけた」と話しているという。
ときがわ町周辺では不審な山林火災がほかにも6件相次いでいて、島田はこのうち3件への関与をほのめかしているということで、警察が詳しく調べている。
東京。今朝6時前、台東区清川2丁目のビジネスホテルで「人が刺された」と、110番通報があった。
駆けつけた警察官が2階の廊下で男が血を流してうつぶせで倒れているのを発見、まもなく死亡が確認された。警視庁は殺人事件とみて捜査。事件直後に逃走した50代くらいの男が事情を知っているとみて行方を追っている。
浅草署やホテル関係者によると、死亡した男は20〜30代くらい。男と逃げた男は、それぞれ2階の客室で生活していたとみられ、男の客室からは血が付いた刃物が見つかった。
現場の廊下付近の防犯カメラに2人が言い争う様子が映っていたという。逃走した男は、身長165センチくらいで、上下とも黒色の服という。
現場はJR南千住駅から500m南の住宅やホテルが密集する地域。
従業員によると、簡易宿泊所としての利用者が多く「2人ともここで生活していた。顔見知りだと思う。びっくりしている」と話した。
昨夜11時50分ごろ、港区南青山のマンションで、妹から「室内で母親が倒れている」と警察に通報があり、警察が駆けつけると56歳の母親が廊下で倒れていて、意識不明の重体で病院に運ばれたが、死亡した。
27歳の息子が「お母さんの首を絞めて殺した」と話したため、警視庁は殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。
警視庁は容疑を殺人に切り替え、当時の状況などを調べている。
静岡。40年に渡り多くの乗客を乗せてきた特急「踊り子」が12日をもって引退した。
ラストランには多くの鉄道ファンが集まり、別れを惜しんだ。午後2時47分。伊豆急下田駅にゆっくりと入ってきたクリーム色の車体。
緑のラインが特徴の特急「踊り子」185系。東京と伊豆を結ぶ初めての特急列車として1981年に運行を開始し、たくさんの行楽客を伊豆に運んだ。
40年にわたり活躍したが、老朽化が進みきのふ12日をもって引退。伊豆急下田駅には最後の姿を一目見ようと、多くの鉄道ファンがあつまった。
「車内チャイムとかモーターの音とか、今では楽しめない音っていうのが楽しい」(子供)。
車内の男は「小学校の修学旅行でこれ(踊り子)で伊豆に来たので、すごい思い出に残っている列車ですね。とても残念ですけど、時代の流れなのでしょうがない」。
駅員たちも長年親しんだ車体を最後まで事故なく安全に送り出そうとしていた。伊豆下田駅では「40年の長きにわたり苦楽を共にしてきた185系の最終運行を最高の思い出にするべく、
皆様と共に安全に遂行したいと存じますので、ご理解とご協力を賜りますよう切にお願い申し上げます」(助役・増田英和さん)。
午後3時7分発東京行き最終便は、ほぼ満席の600人が乗車し、駅員も鉄道ファンも別れを惜しみながら手を振って送り出した。
愛知。偽造事件に発展した愛知県知事リコール署名で、活動を支援した名古屋市の市長河村たかし(72)が、2010年の市議会リコールで集めた3万4千人の「受任者名簿」のデータを、今回の活動に提供したと認めていることが波紋を広げている。
個人情報保護法に反するとはいえないが、当時の受任者らからは「了承した覚えはない」と反発の声があがる。
河村や事務所によると、10年の市議会リコールで署名集めを担った受任者の募集に応じた3万4千人分のデータを昨年9月中旬、知事リコールの運動事務局に提供。今回の受任者募集はがきを送ったところ3千人が応じたという。
データは政治団体「ネットワーク河村市長」が管理しており、10年当時は5万4千人分あった。死亡や転出、除外希望などを受けて整理し、選挙活動などにも使ってきたとする。
政府の個人情報保護委員会(東京)によると、個人情報保護法は蓄積したデータを第三者に提供する場合、「本人の同意」を義務づける。
だが政治団体はこの適用を受けず、憲法の基本的人権を制約することがないよう、同法では個人情報の利用目的を制限されていないという。
河村もこうした見解を確認しており、「政治活動は広く主張を伝え、国民が考える機会をつくる、知る権利に奉仕するもの。むしろ積極的にリコールの情報をお伝えした」と提供に問題はなかったとする。
大阪。春の風物詩、イカナゴ漁は今年も不漁で、大阪湾での漁が打ち切りとなった。
早ければ週明けにも打ち切りになるかも。今月6日に解禁された春の風物詩「イカナゴ漁」。このところ漁獲量が減ってきていて去年、5年前のわずか1%ほどに激減したことを受け、今年は1週間ほど遅らせて解禁された。
「やっぱり少ないです。(値段が)高いからみんな炊かないと思います」(雄康水産・船長福田雄一)。解禁日を遅らせたことで漁獲量は若干増えたものの、今年も不漁の状況に変わりはなく、
11日、資源保護のため、大阪湾での漁は実質3日間で打ち切りとなった。播磨灘での漁は続いているが、大阪湾での打ち切りを受けて、15日に漁業関係者が会議を開き、漁を継続するかどうか判断する。
打ち切りとなれば、漁は実質8日間で終わることになる。
兵庫。3歳で遭遇した阪神・淡路大震災で父を亡くし、復興の歩みとともに、成長した芦屋市の小島汀(おじま・みぎわ)さん(29)。
10代のころは前向きに生きる遺児のイメージばかりが強調され、背負い込んだ「使命感」を重荷に感じていた。
そこから彼女を解き放ったのは、大震災だった。被災地での数々の出会いを経て、震災から10年が過ぎた今、彼女は東北と強くつながり続けている。「1・17」から「3・11」を結ぶ、彼女の「マイウェイ」をたどる。
東北地方の被災地の復興支援に関わる小島汀さん。「希望の灯り」がともる神戸市中央区加納町の東遊園地は「仲間に会える場所」と話す。阪神・淡路大震災20年の2015年1月17日。
当時関西大4年だった汀は、神戸市内での追悼行事で思いを語った。
「震災で人の痛みや苦しみを知りましたが、それ以上に、大切な人を大切に思うという当たり前のことを教えてもらいました」。在学中、何度も東北を訪れた。大切な人がいる。大好きな場所になった。
大学卒業後、結婚式場運営会社に就職し、「ウエディングプランナー」に。やりがいを感じる一方、東北との縁が深まる中で、転職を決めた。選んだのは、百貨店の催事やインターネットで、東北の特産品を販売する「東北わくわくマルシェ」(大阪市北区)だ。
東北が好きだ。自然も、食べ物も。そして、何より人。大学時代から何度も足を運んだ岩手には、汀が「パパ」「ママ」「先生」と呼んで慕う人たちがいる。
大震災の1年後、2012年3月、岩手県釜石市を訪れた汀は、当時、釜石東中学校副校長だった村上洋子さん(63)に出会う。津波に傷ついた被災地で「何もできない」と打ちのめされた汀に、
村上さんは「来てくれるだけでいい」と語りかけた。汀は後に「先生の一言に救われた」と振り返る。その1年後の2013年3月、汀は再び、釜石市を訪れた。
当時、大学生だった汀は、岩手県のNPO法人を通じてボランティアに参加したのだった。
全国から集まった大学生と一緒に、津波被害から再建されたパン工場や、併設するカフェのオープンを手伝うことになった。そこで出会ったのが澤口和彦さん(54)と玉枝さん(54)夫婦だった。
後に、汀は2人を「パパ」「ママ」と慕うようになる。2人は学校給食向けにパンを製造している。あの日、和彦さんと玉枝さんは、海から500〜600mの場所にある自宅兼パン工場にいた。
震度6弱の激しい揺れ。「あり得ない現実すぎて、悲しいも何もなかった」と振り返る。住む場所も仕事もなくなった。そして2年。工場を再建し、再起の一歩を踏み出していた。
作業を前に、一人ずつ自己紹介をした。
「阪神・淡路大震災で父親を亡くしましたが、その時、たくさんの人に助けられました。大学生になった今、今度は自分がお返しする番です」。
明るく話す汀の言葉。玉枝さんの目に涙がたまっていった。
玉枝さんは「私たちはいつの間にか『人のためにできること』を忘れてた。ミギ(汀)の言葉で気づかされた」と振り返る。
広島。広島気象台が11日発表した県内の桜の「開花宣言」。今年の全国トップの早さで、歴代でも2番目だった。
「標本木を変えたからでは?」。広島市中区の縮景園で宣言の様子を見守った市民から、そんな疑問の声が漏れた。なぜ広島が今年は早かったのか、標本木の変更が原因なのか。
「早いよね」。疑問の声を寄せたのは広島市西区の住吉一彦さん(84)だ。「標本木が変わったからじゃないんかね」。
標本木は、各地の気象台が開花日などを観測するために定めている木だ。確かに今年、同気象台は桜の標本木のソメイヨシノを別の木に変えた。従来の木の樹勢が弱まり、つぼみが少なくなったためという。
園内を見渡すと花が開いていたのはこの木だけ。近くの平和記念公園(同)の桜もまだつぼみの状態だった。「若い桜の木が標本木になったから『開花宣言』が早まっただけでは」。
住吉さんはそう見立てる。
だが、同気象台の主任技術専門官秋山幸三は異なる意見で、「木の変更が原因とは考えにくい。他の桜もつぼみは膨らんでおり、1本だけ特別早く咲いたわけでもない」と述べる。
気象庁では、桜の観測地の全国58地点で「正」と「副」の標本木を複数決めている。
突然の枯れなどに備えるためで、広島では縮景園内に「正」が1本「副」が2本ある。今回、開花宣言に使う「正」1本を決めるに当たり、気象台は2013年からは特別に6本をチェック。
開花と満開の時期が、従来の標本木と一番ずれのない木を選んだという。
では、なぜ今年こんなに開花が早かったのか。日本気象協会中国支店(中区)は、昨年末から今年1月上旬にかけてたびたび強い寒気が流入したことで、寒さで桜の芽が目覚める「休眠打破」が順調に進んだと分析。
その後、2月と3月に暖かい日が続き、生育が促されたとみる。だが、こうした状況は広島に限った話ではあるまい。
「広島が飛び抜けて早かった要因は、天候だけでは説明できない」と中国支店の気象予報士筒井幸雄さん。また旧標本木では周辺の桜がある程度咲いてから開花宣言をしていた印象があるとし
「木が変わった影響も少なからずあるのでは。偶然早かったのか、来年以降も早く咲くのかチェックしたい」と述べる。
結局、開花宣言が大幅に早まった確たる理由は分からなかった。気候が原因なのは確かだろうが、「標本木の変更」説も全否定は難しいかもしれない。
島根。きのふ12日午後4時ごろ、浜田市沖146キロの日本海で、鳥取県岩美町の田後漁協所属の底引き網漁船「重宝丸」が操業中に韓国漁船と衝突した。
船の傷は浅く、乗組員10人にけがはなかった。
第8管区海上保安本部によると、衝突した韓国漁船は「Tae‐Kwang Ho」で、衝突現場は日本の排他的経済水域=EEZ内だという。
愛媛。東京電力福島第1原発事故から10年となったのを受け、市民団体・伊方原発をとめる会(松山市)は12日、四国電力伊方原発3号機の廃炉などを求める宣言書を県に提出した。
長崎。今朝7時半過ぎ、長崎市伊王島町で火事があり、木造2階建て民家1棟を全焼し、2時間半後に消し止められた。
この火事で、焼け跡から1人の遺体が見つかった。警察によるとこの家に住む60代の女性と連絡がついていないという。
佐賀。九州電力玄海原子力発電所の3号機と4号機をめぐり、市民団体が運転の差し止めなどを求めた2つの裁判で、佐賀地裁は原告の訴えを退けた。
この裁判は玄海原発3・4号機について、佐賀市の市民団体が国に設置許可の取り消しを、九州電力に運転の差し止めを求めていた。
3号機と4号機は、原子力規制委員会の新しい基準に合格し、3年前に運転を再開。市民団体は「地震の揺れなどへの想定が不十分」と主張した一方、国と九州電力は「審査に不合理な点はない」と反論していた。
きのふ12日の判決で佐賀地裁の裁判長達野ゆきは「審査基準の内容は合理的で具体的な危険性があるとは認められない」として、国と九電に対する訴えをいずれも退けた。
市民団体は控訴する意向で、「今後も闘い続ける」と話している。
熊本。きのふ12日夜11時半過ぎ合志市御代志の国道387号線で道路を渡っていた高齢とみられる男が熊本市方面に向かっていた軽ワゴン車にはねられた。
この事故で男は病院に運ばれたが意識不明の重体。現場は信号機や横断歩道のない国道のT字路交差点で、警察は男の身元の確認を進めるとともに事故の詳しい原因を調べている。
鹿児島。霧島市の市道で13日午前1時半前、車2台が衝突する事故があり、1台を運転していた男が死亡した。
もう1台を運転し、病院に運ばれている男からはアルコールが検出され警察は飲酒運転による事故と見て、捜査を進めている。
霧島市隼人町にある市道で、交差点を直進していた乗用車が左から直進してきた軽乗用車と衝突した。
この事故で軽乗用車を運転していた霧島市牧園町に住む会社員・芦谷原静清さん(53)が頭を強く打ち病院に運ばれましたが、1時間後に死亡した。
また芦谷原さんの軽乗用車に同乗していた51歳の男も重傷。一方の乗用車を運転していた伊佐市の建設作業員稲木誉さん(22)も重傷で病院に運ばれているが、稲木さんからは基準値を上回るアルコールが検出された。
警察は飲酒運転による事故と見て、捜査を進めるとともに稲木さんの回復を待ち、詳しい状況について話を聞く。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くるかみも またいつか見ん この別れ
富山。氷見漁港に春の訪れを告げるマイワシの水揚げが本番を迎えている。
広辞苑に「氷見鰯(いわし)」として紹介されるほど知名度が高く、12日は57トンが揚がった。氷見漁港の魚種別漁獲量でマイワシは多くの年でトップとなっているが、
変動は大きい。氷見市の水産統計によると、2013〜19年で最高は18年の8331トン、最低は17年の59トン。19年は2007トンだった。
今年は今月4〜8日に100トン超の水揚げが続き、シーズン到来に浜は活気付いた。まだ小ぶりなものが目立ち、今後に期待が高まる。
市内のスーパーには新鮮な朝取れのマイワシが並ぶ。
氷見鮮魚商組合の組合長三浦一明さん(69)は「焼いてよし、酢入りにしてよし。家庭でどんどん味わってもらいたい」と話した。
水揚げは5月ごろまで続く見込み。
福井。きのふ12日の夜に福井市で軽自動車がコンクリートの壁に衝突する事故があり、運転していた89歳の男が死亡した。
事故があったのは、福井市上野本町3丁目の北陸新幹線新九頭竜橋に繋がるコンクリートの壁。午後8時ごろ、福井市上野本町新の加藤一茂さん(89)の運転する軽自動車が、カーブを曲がらずにそのまま直進して壁に衝突した。
警察や消防が駆けつけたときには加藤さんは意識不明の状態で、病院に搬送されたがまもなく死亡が確認された。
現場にはブレーキの痕はなく、加藤さんに目立った外傷がないことから壁に衝突する前にすでに意識がなかった可能性もあるとみて、警察では持病の有無や薬の服用なども含め死因や事故の原因を調べている。
金沢。石川県内では12日夜から13日朝にかけて火事などが相次ぎ、男女3人がケガをした。
今朝6時半過ぎろ、金沢市古府町の倉庫精練の本社工場で乾燥機が爆発し、作業中の30代男がケガをした。工場は2階建てで乾燥機は1階にあったという。警察と消防は乾燥機のガスに引火したとみて詳しい原因を調べている。
一方、きのふ12日夜、小松市吉竹町では木造2階建ての家を全焼する火事があり、この家に住む夫婦が病院に運ばれた。
このほか珠洲市飯田町でも、今朝住宅火災があったがけが人はいないという。
石川県内ではけふ13日、新たに新型コロナウイルスの感染者4人を確認したと発表した。
新規感染者の確認は4日ぶりで、県内の感染者数は累計1883人となった。新たに感染が確認されたのは、金沢の20代男と内灘町の70〜90代の男1人、女性2人。
このうち70代女性と90代女性は重症で、80代の男と20代男は軽症。2人は感染者の濃厚接触または接触者で、残る2人の感染経路は分かっていない。
13日現在、県内で治療中の患者は24人。うち重症者は3人となっている。
県内では新型コロナ感染状況が落ち着いているとして、県が12日に感染拡大警報と飲食・若者感染拡大特別警報を解除し、深刻度が最も低い「ステージI(感染要注意)」に引き下げた
。
夢に見て
核なき国を
夢に見て
平和な世界を
願う
広島・三良坂平和公園
Do it!(ともかくやりながさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花 家持 万葉集第19巻 4243
午後の散歩は何時ものコース。寺津用水は水量はまずまずでスムースに流れていた。
体育館には16台の車に4台の自転車が来ていた。野良猫は1匹、桝谷さんちの玄関先にいた。
バス通りを渡って坂道を下って左折。長沢さんちの増築工事は大工さんが来ていた。尾田のお婆の庭では白梅に八重のツバキがいい。それに沈丁花いい香りがしていた。
上村さんち前から山津さんちの四つ角過ぎて地鎮祭が終わたのか、紅白の幕が張られたテントは撤去されていた。次の三差路、右手前方、型枠工場では2台とも帰っていた。
Dr小坂は帰っていたが、宇野さんはまだ帰っていない。なかの公園手前で右折、徳中翁の風車は回っておらず。グりーンセンターはダンプや重機が稼働していた。玄関前で吉田のお爺の姿は見えず。
土村さんちの庭のサンシュユは大きくて花も見事だ。雪吊りが外されてすっきりした湯原さんちの庭、サンシュユやクロッカスを見つつ、山本さんちの馬酔木や坂本さんちのカンアヤメも待っていてくれた。
おとなり二軒の新築住宅には大工さんが帰ら来ていた。みすぎ公園へ向かわず。トトロの片目は相変らず消えて居た。
京堂さんち前からバス通りを渡って、清水さんち納屋の横の紅白の梅花を見つつコンビニの裏通り経由で帰還へ。ひょっとこ丸は帰っていない。
次の四つ角の手前、バス道りの紅白の幕が張られていたテントも撤去されていた。瀬戸さんちの畑の水仙や本田さんちの葉ボタン、それに鱒井さんちの水仙を見つつ小屋に戻った。
朝夕の歩きは〆て8570歩、距離は5、7km。消費カロリーは266kCal、脂肪燃焼量は19g。
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
めくるたび 思いわ(は)尽きぬ 朱鷺の保護
他人わ(は)知りても 知りえずいまも
佐渡 高野高治(享年84)
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
わたしはただ一介痩身の無名詩人
樹間に湧く無量 の感に涙しぼり
地に満つる落葉や雑草にも
無情の声を呑み
天かける白雲に
うたた民族流離の歌をきく
よしや骨肉ここに枯れ果つるとも
八月の太陽は
燐として 今 天上にある
されば 膝を曲げ 頭を垂れて
奮然 五体の祈りをこめよう
祖国帰心
五臓六腑の矢を放とう
昭和二十六年八月(断食悲願の詩より)
泉 芳朗
奄美群島は日本の敗戦によって米軍統治下に置かれ、1953年(昭和28年)12月25日に日本に復帰した。
枯れ葉舞ふ百万遍の交差点
なにするも上手き児のゐて木の実独楽
青葉して一島大きく膨らみぬ
訪ふ家の 標となせり花水木
いかなごに目あり口あり尾鰭あり
春場所や大阪駅に力士どち
年ごとに語り部の減り原爆忌
身ほとりに どかと居座る残暑かな
初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
もののふの八十娘子(やそおとめ)らが汲みまごう寺井の上の堅香子(かたかご)の花
大伴家持 万葉集 巻19 4143
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2021年弥生3月13日(ふ)
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回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊