戻れない古里 今も4万1241人が避難 大震災から10年

 2021年、丑年、弥生3月11日(木)、晴れ、金沢の最低気温は2度、最高気温は13度。

 今朝の散歩は生ごみ捨てのコース。冷たい風が頬を撫でた。越田さんちの赤の山茶花などは相変わらずだ。河田さんち、庭で草むしりされていた御婆に「お早うございます」、庭の水仙がいい。畑には霜か降りていた。

 谷中さんちのツバキや水仙も元気で、マンサクが散っていた。右手のアパートの横、医王山系か朝陽が登ってきた。

 バス停に近い突き当りの島さんち、玄関横のパンジーなどがいい。四つ角の渡辺さんちは左折した。おっと、小さいザクを担い宮下のお婆に「お早うございます」。

 北さんちの畑の対面、柴田さんちの土地、撫子は顔を出していた。

 ひょっとこ丸はエンジンがかかっていた。北さんちの4つ角過ぎてコンビニの裏通り、清水さんちの紅白梅がいい。

 7階建てのアパートの駐車場過ぎて、京堂さんちの前過ぎて、みすぎ公園へ向った。ゴミ捨てに向うお爺に「お早うございます」。猪崎さんちのトトロは片目のままだ。ペンキ屋さんちの畑では小粒の柚子がいい。

 公園の前、玄関前の青木さんちのサクラソウがいい。ここを過ぎてパンジーやシクラメンのきれいな福田さんの三差路は逆Vターン。

 中村さんちの玄関先には、シクラメンが元気でいた。登校の学童に「お早う、行ってらっしゃい」。新築現場には大工さんが来ておらず。隣の新築も棟上げが終わってそれらしくなっていた。

 三叉路で大小2匹のピィジョン連れの夫妻に、スパニエル連れの三丁目の山田さんに「お早うございます」。今はだれも住んでいない故吉井さんち、八重のツバキがさいて見事だ。

 ヤツデの白い花や西洋シャクナゲのつぼみが膨らんて赤い馬酔木のきれいな松本翁宅過ぎて、坂本さんち、庭のカンアンメがいい。隣の大筆のお爺、入院先で快方に向かっているのかどうかちと気になる。

 坂本さんちの前から三叉路は左折。徳田さんちの玄関先にツワブキが咲いていた。

 踏み出せし道一筋に石蕗の花 
           稲畑汀子 句集「ホトトギス」

 湯原さんち前、庭のサンシュウユや黄や紫のクロッカス等々を見つつ行くと、松原さんの生垣の葉ボタンとパンジーが待っていてくれた。

 神社の境内にはリュウキンカが目につく。谷口のお婆宅の手前の空き地でフキノトウをつまんできた。清水のお婆さんちの玄関先では、水仙がやクロッカス目にはいる。

 小原さんちの左前方の谷底、リサイクルセンターの車が始動していた。ペットボトルの風車が回ってた徳中さんち、ガレージのバラは消えて提燈草が元気いい。

 ぺンキ屋さんち過ぎて、角地にツバキが咲いている修平さちの実家の納屋の横過ぎて四つ角は左折。

 前方に登校の子供たちが目に入った。宇野さんやDr小坂は出られていた。生ごみを捨てに向かうドクター奥さんに「お早うございます」。三差路は左折したが、アーム付きトラックの2台は出られて、ベトナムの青年らも出たようだ。

   金子さんちのシクラメンが待っていた。

 大友さんちの対面の新築住宅地に職人さんは来ておらず。隣の新築用地は低い境界にブロックが積んで、平に均されてユンボはいなかった。クロッカスや山茶花の咲いている大友さんちの前は過ぎて、四つ角の山津さんちの白のツバキがいい。

 葉ボタンのきれいな槌田さんちまえから、上村さんちの四つ角は過ぎた。柏崎さんち過ぎて、尾山さんち白梅はいい。紙谷さんち角から四つ角へ。

 才田さんちの樹齢100年と言うザクロり老木を見つつ行くが、中村のお婆宅のまえでは、玄関前の小高い庭の一角に赤い花、ヒガンバナ科の球根植物「ネリネ」は、朽ちて久しい。

 畑の一角にかなり花は散っているが黄色のロウバイが救いだ。朝日さんち、崖下にはマンサク、ユズリハ、大きなスイリュウ、赤白の山茶花に白梅の咲いているのを見つつ行く。

 おっと早咲きの桜も目に入った。坂道上の「う、うー」とうなるセハードは訓練を終えたようでうなりながら鉄格子のなかにいた。

   ここから坂道を経て生垣に山茶花の咲いている五ノ田さんちの角は右折、下ると米田さんちの早咲き桜も元気ていた。雀のお宿、越野さんちにはエサ台の周りやお隣のマンサクなどの木々に集まっておらず。

 金子さんち過ぎてバス通りへ。渡って野良猫は桝谷さんち玄関前に1匹みいなかった。柴犬連れの奥さんやスパニエル連れむの奥さんに「お早うございます」。

 体育館には車は1台も停まっていなかった。高嶋さんち玄関前のシクラメンがいい。寺津用水、水量は少なかったがスムースに流れていた。

 小屋に戻って、緑茶にカフェを点て、飲むときが至福のひと時である。

 朝の散歩は、5211歩、距離は3、5Km、消費カロリーは151kcal、脂肪燃焼量10g。

          ◇   ◇

 死者・行方不明者2万2200人に上る戦後最大の自然災害となった大震災は11日、10年の節目を迎えた。

 津波に襲われた岩手、宮城両県の沿岸部には災害に強い新たなまちが生まれた。福島県では東京電力福島第1原発事故による避難指示の解除が進んだが、帰還できない土地が残る。

 今も避難する人が全国に4万1241人いる一方、被災42市町村の人口は10年前に比べて4・3%減った。

 人が戻れない、戻らない被災地は、10年の歳月を経てもなお復興が途上である現実を突きつけている。

 2011年3月11日午後2時46分に三陸沖を震源とする国内観測史上最大となるマグニチュード9・0の巨大地震が大地を揺らした。高さ30mを超える大津波が押し寄せ、人々の命とまちをのみ込んだ。

 警察庁の10日時点のまとめなどによると、死者1万5900人、行方不明者2525人。その範囲は12都道県に及ぶ。全半壊した家屋は40万5161棟。原発事故によって今も人が住めない地域は、福島県の7市町村337平方キロ。

 復興庁などによると、避難生活の末に衰弱したり自殺したりした関連死は3775人に達している。

 大震災から10年となる11日、東京都千代田区の憲政記念館を会場にオンライン世界会議「原発ゼロ・自然エネルギー100〜福島原発事故から10年〜」(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟主催)が開かれ、元首相5人の脱原発宣言が発表された。

 細川護熙、村山富市、小泉純一郎、鳩山由紀夫、菅直人の5人がそれぞれ個別に書いた宣言に署名し、公表した。このうち小泉、鳩山、菅の3人が登壇し、握手を交わした。

 小泉は「過ちを改むるに憚(はばか)ることなかれ。原発ゼロでも脱炭素社会の実現は可能」とのタイトルの宣言を発表し、「原発問題に与党も野党もない。

 多くの国民の生命を危機に晒(さら)し、経済的にも破綻し、さらに解決不可能な核廃棄物問題を抱える原発はなくすしかない」と訴えた。

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 大震災の発生から11日で10年となることを受け、各党が声明や談話を発表した。

 自民党声明「10年の復興期間を経て、令和3年度から第2期の復興・創生期間が始まる。東北地方ににぎわいを取り戻すことができるようコミュニティーの形成や新産業・新エネルギーの拠点を整備し、新たな住民の移住・定住に向けた取り組みを支えていく。

 震災の経験と教訓を決して風化させることなく将来へと継承し、被災者の心に寄り添いながら、復興・創生に全力を尽くしていく決意だ」。

 立憲民主党・代表枝野幸男談話「住宅や道路などハード面での復旧は一定程度進んだ。しかし、被災者が元の暮らしを取り戻せたわけではない。真の復旧・復興はこれからだという思いを強くしている。

 10年前、私は官房長官で、至らない点が多々あったのではないかと今でも忸怩(じくじ)たる思いだ。だからこそ風化させることなく、本格化していく復旧・復興を最大限前に進める責任を負っている」。

 公明党声明「10年を経て、岩手、宮城の被災地では、ハード面での復興はゴールが見え始め、生業の再生も着実に進んでいるが、福島の復興は緒に就いたばかりだ。

 国が前面に立って、廃炉・汚染水対策の道筋をつけるとともに、住民の帰還と交流・関係人口を拡大できるよう働きかけていきたい。世界一災害に強い国土の構築を加速させ、日本の未来を拓(ひら)く創造的復興をめざしていく」。

 共産党・委員長志位和夫提言「被災者のくらしと生業を再建し、復興を成し遂げるまで、国民のみなさんとともに力を尽くす決意だ。期限を切った支援策の縮小・廃止をやめ、被災者に寄り添い、くらしと生業の再建への支援の継続・強化を国に求める。

 原発事故を収束し、被災者の生活と生業、壊された地域が再建されるまで、国と東電が支援と賠償の責任を果たすことを求める」。

 日本維新の会・代表松井一郎談話「政府が当初定めた10年間の復興期間が終わる。復興までの道半ばというのが正直な思いだ。わが党も令和3年の震災の日を機に、生活復興と震災対策に向けた新たな10年にしっかり取り組んでいく。

 大震災の教訓を忘れず、いまだ癒えない大震災の余震に備えると共に、頻発する台風豪雨などの大規模災害で被災された全ての皆さまと手を携えていく」。

 国民民主党・代表玉木雄一郎談話「多くの地域で一歩一歩、暮らしと街の再建が進んでいる。一方、ハード面の整備は進んだものの帰還が進まない地域、大幅な人口流出が止まらない地域、

 復興から取り残されている地域や世帯も少なくない現状を重く受け止める必要がある。ハード面での復興だけではなく、被災者の心の復興・再生を実現するため、引き続き全力を尽くす」。

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 クーデターで権力を握った国軍側の治安部隊と、抗議デモの参加者の衝突が激化しているミャンマー。

 国連安全保障理事会は10日、クーデターによる混乱が続くミャンマーを巡り「女性や子どもを含む平和的なデモ参加者への暴力を強く非難する」との議長声明を発表した。

 抗議デモへの弾圧で死傷者が増え続ける中、ミャンマー国軍に対し「最大限の自制」を要求した。

 全15理事国が議長声明の文面に同意した。英国の声明原案に含まれていた「クーデターを非難する」との文言や状況が悪化する場合「国連憲章の下で可能な措置を検討する用意がある」と国軍に警告する部分などは削られた。

 外交筋によると、中国やロシアなどから修正要求があったといい、表現は原案から大幅に後退した。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
       1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 新型コロナウイルスについて、東京都がけふ、11日に確認した新型コロナウイルスの新たな感染者は335人だった。

重症者の数は前日から変わらず39人だった。けふ感染が確認されたのは10歳未満から100歳以上の335人。直近7日間の1日あたりの平均は273.1人で、前週(269.1人)の101.5%となり増加に転じた。

 ♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも  鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ  村はずれ

遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。

 菊の御紋に万歳、時ならぬ桜騒動は、身内に厚く、問い詰められれば強弁――という、憲政史上最長政権の<不治の病>再発を印象づけた。

 国の税金を使った「桜を見る会」に首相安倍夫妻らの「身内」が多数招待され、その名簿の公開を求められた当日に官僚が廃棄する――。

 更に暮れにはカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業を巡る汚職事件で、現職の衆院議員(自民党を離党)が逮捕される事件も起きた。

 こんな馬鹿げたことが平気でまかり通る平成19年だった。

 首相菅の長男が勤める放送関連会社「東北新社」やNTT側から総務省幹部が高額の接待を受けていた問題で、自民、立憲民主両党の国会対策委員長は10日、衆院予算委員会での参考人質疑を16日に行うことで合意した。

野党は、東北新社とNTTの社長の国会招致を求めている。

 立憲の国対委員長安住淳は10日の会談で、参院予算委で発覚した、東北新社が放送法の定める外資の出資比率の規制に違反していたとされる問題について、「明らかな脱法行為だ」と指摘した。

この問題を衆院予算委では審議していないことから、自民党の国対委員長森山裕に対し、東北新社の社長を国会に招致することを求めた。

 森山は会談後、「外資規制でなにか問題があれば、参考人として出席を頂いて色々とお聞かせ頂くことは大事なことかと思う」と語り、総務省の調査状況も踏まえながら、招致を検討する考えを示した。

 この日の自民・公明両党の幹事長、国対委員長会談でも「国民の疑惑を招くことがあってはいけない。国会としてもしっかりと役割を果たしていくべきだ」との意見が出たという。

 NTTの社長澤田純をめぐっては、参院側で15日の予算委に参考人招致することがすでに決まっている。東北新社の関係者については、与党側はこれまで、「民間人」を理由に国会招致に応じてこなかった。

 16日の衆院予算委に招致する参考人については今後、予算委の与野党筆頭理事間で協議する。

 ♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける

 叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた  ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ

 不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
  一度妥協したら死んだも同然  支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
              歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。

 けふ11日の参院予算委員会。総務相武田良太はで、NTTとの会食があったかどうかを問われ「個別の事案に答えるのは控える。国民の疑念を招くような会食や会合に応じたことはない」と重ねて述べた。

 総務省幹部への違法接待に関する検証では、総務相経験者ら歴代の政務三役も対象とする意向を表明。第三者による検証で「徹底的に真相究明を進める」として、作業の公正性を強調した。

 総務省は違法接待問題を受けて、検事経験のある弁護士ら有識者で構成する第三者委員会を設置する予定。野党は、NTTとの会食報道で名前が挙がった中に、検証委トップ就任予定の副大臣がいると指摘した。

 月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 うちなーは今。沖縄県はけふ11日、新たに29人が新型コロナに感染したと発表した。

県内の累計感染者数は8407人となった。在沖米軍関係は新規感染の報告はなかった。累計で963人のまま。

 県はきのふ10日、1人の感染者が何人に感染させるかを示す指標「実効再生産数」を発表。感染拡大に向かうとされる数値「1」を上回る1・14に上がったとして警戒を呼び掛けた。

 県の疫学統計解析チームが県独自の緊急事態宣言が解除された1日から7日までの感染者数を調べた。

 県内の直近1週間の人口10万人当たりの新規感染者数は9・12人で全国4番目に多い。全国最多は東京の13・11人。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
              1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹

          ◇   ◇

 米国。米ハワイ州の知事イゲは9日、大雨による洪水や土砂崩れ、ダム決壊の恐れがあることから非常事態を宣言した。

 対象はハワイ、マウイ、カラワオ、オアフ、カウアイだ。

 オアフ島の街ハウウラでは家の目の前が洪水になった。マウイ島ではダムから水が溢れ、住民に避難命令が出された。道路は寸断され、ある橋は完全に流された。同州では数千人に避難命令が出されている。

 マウイ島のハイクに住むショーン・アレクサンダーさんによれば、あっという間に自宅が浸水したという。「私も父もパニックになった。あらゆるものが流れていき、15―20分くらいで水が上がってきた。

 部屋の中に水が入ってきて、鶏小屋が流され、トラックも浮かび上がって、川に流されていった」。現地報道によると9日、2人が荒れ狂う水に流され、救助されたのは1人だけだった。

 この悪天候は12日まで続くとの予報だ。知事は住民に、十分な警戒を呼び掛けている。

 ブルームバーグ紙によると、国務長官ブリンケンと大統領補佐官(国家安全保障担当)サリバンが、中国の外交担当トップの共産党政治局員楊潔?ならびに外相王毅と来週アラスカで会談する。

 米国務省が10日に発表した。1月のバイデン政権発足以降、両国間で最もハイレベルの対面での協議となる。大統領バイデンと中国の国家主席習近平は2月10日に電話会談した。

 国務省の報道官プライスはツイートで、アラスカでの会談で両国は「意見が異なるものを含め、さまざまな問題について議論する」と述べた。

 ブリンケンは国防長官オースティンとともに来週、日本と韓国を訪問する。世界での同盟関係を重視するバイデンの取り組みの一環。

 アラスカでの中国との会談はその後に開催される。

 米議会下院は10日、上院が一部修正して可決した新型コロナウイルス危機に対処する1兆9000億ドル(200兆円)規模の追加経済対策法案について、賛成220、反対211で再可決した。  大統領バイデンが12日に署名、法が成立する。

 追加対策は1月のバイデン政権発足後、第1弾の大型財政措置となる。コロナ危機を受けた政府支出は総額約6兆ドルと米経済規模の3割に迫り、景気過熱への警戒感も強い。

 ただ政権は、財政支援で雇用の早期回復を後押しする考えだ。

 バイデンは10日、ホワイトハウスでのイベントで、「追加対策(法案可決)は米国民の勝利を示すものだ」と意義を強調した。

 追加対策は1人最大1400ドル(15万円)の現金給付が柱。3度目の給付で、月内に対象世帯に配布し始める計画。失業給付については週300ドルを上乗せし、9月上旬まで延長する。ワクチン普及支援資金も含めた。

 英国。首相ジョンソンは10日、イランの大統領ロウハニと電話会談し、イランが核合意を順守すれば米国も合意に復帰する意向を示していることに関し「イランがその機会をつかむことが重要だ」と述べ、対話再開を促した。

英首相官邸が発表した。ジョンソンはロウハニ師に対し、核合意から逸脱する全ての活動の停止を要求。核問題の解決に向け、英国が関与し続けると強調した。

 ロウハニ師は10日の閣議で、バイデン米政権が対イラン制裁の一部を解除すれば、イランも核合意逸脱の一部を元に戻す用意があるとの考えを示している。

 中国。全国人民代表大会(全人代=国会)は11日、香港の選挙制度見直しに関する決定案を採択した。

共産党・政府に批判的な民主派勢力を政治の舞台から一掃する狙い。習近平指導部が政治制度に直接介入したことで、香港に高度の自治を保障した「一国二制度」の変質が鮮明になった。

 昨年の香港国家安全維持法(国安法)施行に続く統制強化。1997年の英国から中国への香港返還以来、掲げてきた「普通選挙」が実現する可能性はほぼなくなった。

米欧を中心に国際社会の反発が広がるのは必至だ。

 選挙制度見直しは親中派が常に政界の圧倒的多数を占める仕組みを整える方針だ。

 インドネシア。ジャワ島西ジャワ州スメダン県で10日夜、中学生ら66人が乗った観光バスが道路から谷に転落、少なくとも27人が死亡し、39人が重軽傷を負った。

 地元捜索救助当局が明らかにした。地元メディアによると、現場は長い下り坂のカーブ付近で、5m以上転落した。

 近隣のスバン県にある中学校が企画した巡礼や観光目的のツアーで、生徒の親らも乗っていたという。

 フランス。仏紙ルモンドは、大震災から10年の節目に合わせ、10日付で1面など計6ページに及ぶ特集を掲載した。

 フィガロ紙、リベラシオン紙も11日付で1面を含む5〜6ページで展開し、電力の原発依存率が7割の原発大国フランスで、東京電力福島第1原発事故への根強い関心をうかがわせた。

 ルモンドの特集は、事故で避難を余儀なくされた福島第1原発周辺の住民らを取材。2013年に当時の首相安倍が東京オリンピック・パラリンピック招致演説で汚染水について「アンダーコントロール(制御下にある)」とした発言が、「住民には伝わっていない」と指摘した。

 同紙はまた、事故前の東電や行政による巨大津波対策の不備を指摘し、「経済発展の水準も政治体制も(フランスに)近い日本が、我々に安全性より目先の利潤を優先することの危険性を突きつけた」との

 フランスの原発研究者の見方を取り上げた。仏公共放送フランス・アンフォも、事故をきっかけに厳格化されたフランスの原発の安全規制基準などを特集した。

 フランスは事故を受けて原発依存率を35年までに7割から5割に引き下げる「縮原発」を決めたが、原発産業の規模の大きさなどから実現の具体策を示せずにいる。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
         昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 北の大地。昨夜6時半過ぎ、美唄市大通西1条南1丁目の空き店舗で、「大きな音がしたので、確認してほしい」と付近の住民から警察に通報があった。

 警察が調べたところ、空き店舗は木造3階建てで、雪の重みで屋根が崩落していることがわかった。

 空き店舗は、札幌と旭川を結ぶ国道12号線に面していて、道路側の壁も倒壊するおそれがあるという。このため国道12号線は、10日午後9時過ぎから上下線とも通行止めになっている。

 空き店舗の所有者は、わかっていない。国道12号線は、多くのトラックやトレーラーが行き交う幹線道路で、警察は、大型車両が通行できる迂回路の通行を呼びかけている。

 青森。10年前の3月11日。水平線のかなたから向かってきた津波は見る見るうちに黒い色へと変わり、八戸のハマをのみ込んだ。

 建物の間で渦巻く濁流、川と化した道路の上をさまよう漁船。当たり前の日常が、目の前でごう音とともに壊れていく。高台の館鼻公園で見守っていた女性の泣き崩れる姿を、今も忘れることができない。

 あの日から10年。大震災で青森県は最大震度5強を観測した。津波で八戸市と三沢市の3人が犠牲になり、1人が行方不明となった。重軽傷者は8市町で計95人。漁船や港湾施設、建物などの被害総額は青森県天災史上最大規模の1341億円超に上っている。

 多くの県民が流した涙から復興は始まった。津波襲来の翌日、八戸港周辺では大量のがれきや泥を黙々と片付ける人々の姿があった。日常を取り戻すべく一人一人が精いっぱい力を尽くし、助け合った。

 10年を経て、県内の沿岸被災地ではハード面を中心に復興が進展。八戸市の蕪島周辺も観光地としての装いを整えている。

 一方で新たな課題も出てきている。人口減少と高齢化で、地域の自主防災は難しさを増している。新型コロナウイルスにより、避難所の準備にはさらに多くの配慮と人手を要することになった。

 昨年4月には、日本海溝・千島海溝沿いで巨大地震が起きた場合、大震災を上回る津波が青森県を襲うとの想定を政府が公表。各自治体では防災計画の見直しが急務となっている。

 あの日−。停電で街の明かりは消え、夜になっても余震はやむことがなかった。

 満天の星の下、不安の中で過ごした時間を思い出す。震災の残した教訓を私たちはしっかり胸に刻んだだろうか。コロナ禍の中、あの「絆」は途切れてはいないか。けふ3月11日は、そのことを考える日となる。

 岩手。大震災の発生から、11日で10年になる。

 あの日、傷付いた人たちは、家族や友人、地域に支えられながら、少しずつ歩みを進めてきた。

 添い遂げるはずだった夫を失うという同じ境遇が、2人を引き寄せた。宮古市の田老地区には、明治、昭和の津波の教訓から巨大防潮堤が建設され、それは「万里の長城」とも呼ばれた。

 しかし、大震災の津波は巨壁を壊し、街をのみ込んだ。堀子朝子さん(81)は夫の活朗さん(当時75)を堤の上で失った。ふさぎ込む堀子さんを支えたのは、同じく震災で夫を亡くした高嶋キヨさん(74)。

 「独りじゃ寂しいけど、そばにいると心強い」、「姉さんみたい」。交流を重ねながら、この10年を生き抜いてきた。

 陽気に包まれた2月末の昼。同じ災害公営住宅にそれぞれ1人で住む堀子さんと高嶋さんは、日課の散歩に出かけた。体調を崩しがちな堀子さんの歩調はゆっくり。

 少し前を高嶋さんが歩く。中学校前を通りかかると、高嶋さんが桜の木の前で足を止め、膨らんだつぼみを見つめた。

 堀子さんは「私に合わせてゆっくり歩いてくれるからおしゃべりできる。この楽しい一瞬がつらい時を忘れさせてくれる」と笑顔を浮かべる。

 10年前の3月11日。堀子さんは通院のため、10キロ離れた宮古市中心部にいて無事だった。漁師だった夫は違った。活朗さんは高さ10mの防潮堤に上がって海の様子を見ていた時、津波にのまれた。

 堀子さんは山あいの避難所に身を寄せ、街中にある自宅まで3キロの道のりを毎日1時間かけて歩き、夫を捜した。ある日、避難所から同じ方向に歩く女性に気がついた。高嶋さんだった。

 身の上話を始めると、高嶋さんも海近くの自宅にいて行方のわからない夫の功さん(当時59)を捜していると知った。気持ちをわかり合える気がした。親族以外には夫を失ったことを話せずにいた堀子さんにとって、高嶋さんは理解者に思えた。

 震災から10日後、活朗さんの遺体は見つかった。4月、2人は同じ仮設住宅に移った。それから2人は、月命日には活朗さんが亡くなった堤に上がって海に向かって黙とうし

 寺で身元不明のまま安置されていた骨箱に手を合わせるようになった。震災から1年半後の2012年夏、DNA型鑑定の結果、その骨箱の一つは功さんのものとわかった。

 「まさかこんなに近くにいたなんて」。高嶋さんは夫の死を受け止めきれずに、堀子さんに思いの丈をぶつけた。実の姉に話すようだった。

 高嶋さんは15年秋、堀子さんは16年春、宮古市内にある同じ公営住宅に入居した。堀子さんの部屋の目の前には、夫が波にのまれた場所が見える。堀子さんは入居当初、「なるべくなら防潮堤に近づきたくない」と思っていた。

 それでも2年ほど前から、防潮堤を散歩コースに含めた。昼下がりの散歩。堤の上を歩くうち、堀子さんは複雑な胸中を吐露した。「本当はここに来たくないの。でも、あの人も近づいてもらいたいのかな、とも思うし」。

 隣の高嶋さんが「ここに立ってないで逃げればよかったのに」と言葉を重ねると、堀子さんは静かにうなずいて手を合わせた。互いに「あなたのおかげで私は救われているのよ」と声を掛け合う2人。これからも一緒に歩いていく。

 宮城。死者・行方不明者、関連死を含め2万2192人が犠牲になった大震災から、11日で10年を迎えた。

 被災地は、持続可能な地域社会をどうつくるのかという課題と向き合いつつある。

 津波被災地では、人口減少が「再加速」する沿岸部と、人・モノ・カネが集中し続ける仙台圏との不均衡な姿が浮かび上がる。東北は震災前から人口減少期に入っていた。

 震災直後、大きな被害を受けた沿岸部は急激な人口減に見舞われる。多数の犠牲者が出たことに加え、住まいや仕事を失った被災者の多くが都市部に移った。

 復興事業が本格化するといったん減り方は緩やかになる。公共工事が雇用を生み、再建されたまちに戻ってきた住民もいたためだ。

 様相が変わるのは17、18年ごろだ。前年からの人口減少率は再び上がり始め、震災前のペースを上回る自治体が増えている。新聞朝日の調べでは、岩手・宮城の27の沿岸自治体のうち、18年の減少率が10年を上回ったのは23自治体にのぼる。

 要因の一つは沿岸部で高齢化が進み、死亡数が出生数を大きく上回るようになったこと。加えて転出者が再び増え始めたことだ。両県で建設需要がピークを過ぎたのは16年ごろ。

 一方で国の補助金を受けた被災企業のうち、売り上げが震災前の水準以上に回復したのは、20年時点でも4割強だ。復興特需が終わり、産業再生も不十分な沿岸部から、働き手が流出していることがうかがえる。

 岩手県大槌町の町長平野公三は「仕事を求めて町外に出たり、避難先のまちにそのまま住んだりする人が多い」と嘆く。震災前は1万6千人余りがいたが、現在は1万2千人を切るまで縮んだ。

 この間、膨張を続けたのが仙台市だった。東北唯一の政令指定市・百万都市で、震災前も人口は伸びていたが、この10年で3・9%、4万人近く増やした。このうち3万1800人が転入超過による社会増だ。

 仙台を除く26自治体の10年間の転出超過合計は4万6800人。沿岸部の流出人口のかなりの部分を吸収したとみられる。

 人口増に伴い、経済活動も活発だ。仙台は震災被害からの復旧も早く、被災地全体の復興事業の拠点機能を果たした。また、東北太平洋岸を結ぶ高速道路網が復興財源で一気に拡充され、仙台圏には物流系の企業も集中している。(新聞朝日)

 福島。10年前の「あの日」。

地震が発生した時、幼稚園から帰ってきたばかりだった佐藤花暢(かのん)さん(14)は、妹の依織(いおり)ちゃん(当時2)と祖父母との4人で相馬市原釜の自宅にいた――。

 その自宅は今はない。海岸から300m離れた跡地は災害危険区域に指定され、周辺は公園や道路が整備された。

 当時の面影はほとんど残っていないが、「ここに来れば地震が怖くて依織と2人でこたつの中にもぐっていたことを思い出す」と振り返る。

 父幸司さん(44)と母恵子さん(41)は仕事で市内の内陸部におり、家に不在だった。祖父清二さん(71)はいったん自宅を離れ、長女凜香(りんか)さん(17)を市内の小学校から連れて帰った。

 自宅の外に出た清二さんが異様な波の音に気付き、4人を呼び出した。車に乗り込んで高台に避難しようと車をバックさせた時、ごう音とともに黒い波が押し寄せた。「2階さ上がれ!」。

 全員車から飛び出し、花暢さんと祖母みつ子さん(68)、凜香さんは2階に駆け上がったが、依織ちゃんとその手を引いていた清二さんが濁流にのまれ、引き離された。

 津波はあっという間に1階の天井に達した。清二さんはどうにか2階にはい上がったが、依織ちゃんを見失った。何度も襲う余震におびえながら、4人は重苦しい夜を過ごした。

 翌朝、救助に駆けつけた自衛隊員に背負われた花暢さんは「何が起きたのか理解できていなかった」という。

 依織ちゃんは、1階台所近くのがれきの下で見つかった。買ってもらったばかりのピンクのジャンパーを羽織ったその腕で、必死に何かをつかもうとするように伸ばしていた。

 まるで眠っているかのようだった。1カ月後の4月11日に3歳の誕生日を迎えるはずで、幼稚園に入るのを楽しみにしていた。依織ちゃんのひつぎには、幼稚園で使う予定だったカバンや帽子、クレヨンなどを納めた。

 「妹は、泣き虫だった私よりしっかり者だった」。姉妹は縁側でよく一緒に遊んでいた。花暢さんは4月12日生まれ。誕生日は1日違いで、姉妹そろって家族に祝ってもらっていた。

 一家は今、市内の高台に建てた自宅で暮らす。震災後、毎日のように依織ちゃんのことを思い出しては涙を流す日々を変えたのは、四女椛羽(いろは)さん(6)の誕生だった。

 「地震の時、いろはは、どこにいたの」とあどけない様子で尋ね、笑顔をもたらす。

 恵子さんは「椛羽が生まれてから前向きになれて、依織の思い出は楽しいものばかりに変わった」という。あの日、駆けつけた自衛隊員に上着を掛けてもらった花暢さんは現在、読書と卓球が好きな中学2年生だ。

 将来の夢は、歯科衛生士や化粧品会社で働くことを思い描く。「今でも依織が生きていれば、ずっと仲良く過ごしていたと思う。どうか天国で見守っていて」。(新聞毎日)

 茨城。地震や津波などによる甚大な被害をもたらした大震災は、発生から10年を迎えた。

 最大震度6強を観測した茨城県内では、この10年で復旧・復興が進んだが、東京電力福島第1原発事故の影響は色濃く残り、農林水産物の一部では出荷制限が続く。

 インフラ関連では、次の災害への備えに重点が置かれ、大洗町などでは防潮堤の工事が進められている。

 津波被害が甚大だった岩手、宮城、福島3県を中心に死者、行方不明、震災関連死は計2万2千人に上る。復興庁によると、東京電力福島第1原発事故などで計4万1千人が今も避難中だ。

 茨城港大洗港区(大洗町)の水産埠頭地区内では、防潮堤の水門工事が進んでいる。海中の水門下部は、ほぼ工事を終えた。

 海中のため、気候や潮の流れを見て作業を進めてきた。現場近くには、水門のパーツが積まれている。水門入り口は幅20mで、津波が来た際にはゲートを下ろす。

 同港区の防潮堤建設は、県が2016年12月に着工。県港湾課などによると、計画区間は4キロで、高さは海抜4.5m。数十年から百数十年に一度の頻度で発生が予想されるL1津波を想定している。

 20年度中に完成予定だったが、一部が遅れ、水門周辺の1キロの工事が残る。地元住民との調整に時間を要したためで、21年度中の完成を目標としている。

 また、地元と協議を続けてきた同港区北側のホテルや旅館が並ぶ宮下地区の500m区間について、県は20年度の完成予定地域から除外。

 既存の護岸のかさ上げなど行わないこととし、町主体で防災の対策対応を整理するという。

 県内では津波対策事業として、防潮堤のかさ上げなどの工事が進められてきた。住宅や幹線道路を控えた特に緊急性の高い33カ所で整備され、北茨城市と大洗町の2カ所を除く31カ所は本年度中に完成する。

 インフラではほかに、被災した庁舎の建て替えや耐震補強が進められ、18年度までに日立、水戸、石岡各市の新庁舎が完成。旧耐震基準の市町村施設はほぼ改修された。

 液状化被害に見舞われた潮来、鹿嶋、神栖の3市では国の復興交付金を活用して液状化対策工事が行われ、各市とも19年度に工事が完了した。

 2月13日深夜には、福島県などで震度6強、茨城県10市町村で震度5弱を観測する地震が発生。次の災害はいつ起こってもおかしくない状況で、万全の備えが求められている。

 震災や同原発事故に伴う茨城県への避難者は2916人(2月1日現在)。このうち、福島県からが2877人で最も多い。

 公営住宅や民間の賃貸住宅、親戚・知人宅などで暮らす。原発事故の影響による農林水産物の一部出荷制限は、特用林産物や内水面の魚介類、野生鳥獣の肉類など計8品目で続いている。

 新潟。ID不正使用問題などで揺れる東京電力・柏崎刈羽原発。

判断は県民が決めるという力強いメッセージが込められた署名活動。福島第一原発事故の避難者も参加して行われている。きのふ10日に署名活動を行ったのは市民団体「原発再稼働の是非を県民が決める会」。

 福島からの避難者ら10人が、再稼働の判断を知事や県議会だけで決めるのではなく、県民の声を反映させることを求め署名を呼びかけた。

 「新潟では自分のこととして考えてもらいたい」(福島から避難する人)。「県民ひとりひとりの声をしっかりと拾い上げて、知事に聞いていただきたい」(共同代表 磯貝潤子さん)  署名活動は、9月末までに60万筆を目標にしている。

 千葉。死者1万5900人、行方不明者2525人に上った大震災から11日で10年を迎えた。

 千葉県と旭市は同市内で、合同の「東日本大震災十周年追悼式」を午後2時半から開く。知事森田健作と市長明智忠直が出席して式辞を述べ、震災発生した午後2時46分に合わせ出席者で黙とうを捧げる。

 地元中学生による朗読なども行う。追悼式後に同市主催の慰霊碑除幕式が開催される。県は震災10年に合わせ、震災関連被害状況を公表。2011年の本震と国が認めた以降の余震を合わせ、県内市町村に確認するなどして集計し直した。

 人的被害は死者22人(旭市14人、8市町で各1人)、行方不明者2人、負傷者270人。建物火災は15件。建物被害は全壊807棟、半壊1万311棟、一部破損5万7443棟、床上浸水61棟、床下浸水455棟となった。

 さらに、震災から10年間に取り組んだ事業の進ちょく状況も公表。「復旧事業」は99件のうち、災害援護資金貸付金事業を除く98件を完了。累計事業費は1415億円。「復興事業」は108件のうち、101件を完了。累積事業費は1094億円に上った。

 昨年は新型コロナウイルス禍で中止された政府主催の追悼式は、東京都内で2年ぶりに開催され、発生時刻の午後2時46分に合わせ、全国各地で犠牲者への祈りがささげられる。

 東京。8日から再び延長された首都圏1都3県の緊急事態宣言について、政府が、18日にも解除の是非を判断する方向で、調整していることがわかった。

 政府関係者によると、21日に再延長の期限を迎える1都3県の緊急事態宣言について、政府は18日にも、解除の是非を諮問委員会に諮る方向で調整している。

 政府は、首都圏の病床使用率などが改善されれば、21日の全面解除を目指したい考え。ただ、感染者数が増加傾向に転じれば、解除の判断が難しくなるという意見があるほか、

 変異ウイルスへの懸念もあり、今後の動向を慎重に見極める方針。

 神奈川。大震災の被災地支援に向け、箱根ガラスの森美術館(箱根町仙石原)は11日、「ワンコインチャリティ美術館」を開催する。

 当日は一般(通常1500円)、大学・高校生(同1100円)、小中学生(同600円)の入館料を一律500円とし、売り上げ全額を町を通じて復興支援のため寄付する。

 同館によると、チャリティー開館は今回で14回目。震災直後の2011年3月に初めて実施し、同年は計4回開催。翌年からは毎年3月11日やその前後に開催している。

これまでに計8万2418人が訪れて、入館料や館内に設置した募金箱に集まった計4235万2838円を寄付している。

 館長岩田正崔さんは「芸術や箱根の自然を楽しみながら、被災地のことを思い出してもらい、支援につなげたい」と話している。

 午前10時〜午後5時半。当日は駐車料金無料。問い合わせは同美術館電話0460(86)3111。

 愛知。大震災の発生から10年となったけふ11日、東北岩手の新聞社「岩手日報」の号外が名古屋の百貨店などに、設置された。

 「岩手日報」は毎年3月11日に岩手県外で号外を発行している。

 10回目の今年は愛知県内で1730部が発行され、そのうち松坂屋名古屋店にはおよそ100部が置かれた。今回は12ページの特別号外と8ページの「10年の歩み」の合わせて2種類が発行され、被災地が歩んできた10年間を写真やデータなどで紹介している。

 例年、岩手日報の社員が直接手渡しで配布していたが、今年は、去年に続き新型コロナの影響で、設置のみとなった。

三重。今朝5時過ぎ、津市で住宅の2階部分が焼ける火事があり、焼け跡から性別不明の1人の遺体が見つかった。

 津市上浜町の住宅で「建物から炎が見える」と近くに住む女性から119番通報があり、火は2時間後に消し止められたが、軽量鉄骨2階建ての住宅の2階部分が焼け、焼け跡から性別の分からない1人の遺体が見つかった。

 この住宅では、男が一人暮らしをしているとみられ、連絡が取れないという。警察は、遺体の身元の確認を進めるとともに、出火の原因を調べている。

 京都。京都銘菓・八ツ橋の大手「聖護院八ツ橋総本店」(京都市左京区)が元禄2年(1689年)創業と商品などに表示しているのは虚偽だとして、ライバル店の「井筒八ツ橋本舗」(同市東山区)が表示禁止や600万円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、

 大阪高裁(裁判長山田陽三)は11日、請求を退けた1審・京都地裁判決を支持し、井筒側の控訴を棄却した。

 井筒側は、元禄年間に八ツ橋が存在していたとする文献がなく、「消費者に誤認させる行為だ」などと主張していた。高裁判決は創業年や八ツ橋の来歴について「伝承によるもので、公的資料で真偽を確定することが困難だ」と指摘。

 こうした事情は消費者も容易に認識でき、「商品の品質や内容の誤認を生じさせるものとは言えない」と結論付けた。

 大阪。府知事吉村洋文(45)が10日、MBSで放送された「東野&吉田のほっとけない人」に元大阪府知事橋下徹とともに出演。

東野幸治、ブラックマヨネーズ・吉田敬を相手に、ざっくばらんに語った。

 橋下は弁護士から大阪府知事に転身し、大阪市長を経て、15年12月に任期満了をもって政界を引退。吉村にタスキを渡した。東野から「橋下さんが今、国政で頑張ってくれたら、との思いは?」と聞かれた

吉村は、「でも見てたら、今の国政とか国会議員も、ろくなんいないじゃないですか」とにこやかな笑顔で毒舌。これには東野も思わず笑い。「なんかその言い方、(橋下さんと)にてきましたね」とツッコミを入れ、吉村、橋下も爆笑した。

 日本の国会議員について「高い給料もらって、コロナ禍でボーナスもカットせずに、ええ身分でやってるわけです」とチクリ。「でも国民の代表だから、もっといろんなことを判断するのも恐れずにやってもらいたいし、

官僚じゃできないことをやってもらいたいなと思うわけです。でもみんな、なんか自分の身分のこととか、保身のことばっかりが薄ら見えて嫌なんです」と語り、「もうちょっと生産的で

ダイナミックなことを本当にやってもらいたい」とハッパをかけた。吉村は故やしきたかじんの顧問弁護士を経て、35歳で維新から大阪市会議員に。39歳で衆院議員として国政に参加し、40歳で大阪市長に。43歳で大阪府知事に就任した。

 10カ月という短い期間ではあったが、国会議員を経験した吉村は「(国会議員には)もっと重大な判断とかやってもらいたい。やったらやったで批判される可能性はあるんですけど」と批判を恐れずに、

重大な判断を下してもらいたいと訴え、「(今のままでは)日本、大丈夫かなと思うことがある」と憂慮していた。

 広島。広島気象台は11日、広島市で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。

気象庁によると、全国で最も早い。1953年の観測開始以来、2010年に高知市で観測された3月10日が最も早く、2番目の記録となった。広島が全国トップになるのは初めて。

 広島の開花は平年より16日早く、昨年より11日早い。1週間から10日ほどで満開になる見込み。

 11日午後、広島市中区の庭園「縮景園」で、気象台職員が標本木を観察。開花の基準となる5輪以上が咲いているのを確認した。秋山幸三主任技術専門官は「2月に春先の天気が前倒しになり、開花も早まった可能性がある」と説明した。

昨夜8時半ごろ、福山市の山陽自動車道で大型トラックが横転する事故があり、運転していた男が死亡した。

 事故があったのは、福山市春日町浦上の山陽自動車道下り線で、追い越し車線から走行車線に進路変更した大型トラックが、道路わきののり面に衝突して、横転した。

 この事故で、大型トラックを運転していた徳島県鳴門市の黒村進さん(57)が死亡した。車体に圧迫されたとみられている。

 また、現場の1キロ後方でも、事故による渋滞の影響で4台5人が絡む玉突き事故が発生し、4人の男女が軽いけがをした。事故の影響で山陽自動車道下りは、岡山県の笠岡インターチェンジから福山東インターチェンジの間でおよそ8時間、通行止めになった。

 安芸高田市の市長石丸伸二(38)が提案した一般社団法人の女性を副市長に起用する人事案について、市議会は10日、反対多数で否決した。

 市長肝いりで公募し、国内外から4115件の応募があったが、白紙となった。

 背景には、市長のツイッター投稿を巡る一部市議との対立があるとみられる。市には現在、副市長が1人いるが、市長石丸が「外部からのアイデアも取り入れていきたい」として1月、人材総合サービスの運営サイトで2人目を公募。

 災害復興事業などを支援する一般社団法人「RCF」(東京)に勤める四登(しのぼり)夏希さん(34)が内定していた。

 市長はこの日の議会で、「即戦力になる」と主張したが、市議らは「市長の恣意(しい)的な判断だ」などと反発。採決の結果、反対8、賛成7で否決された。

 市長は元銀行員で、2019年の参院選を巡る大規模買収事件で、現金受領を認めた前市長の辞職に伴い、昨年8月に初当選。

 翌月の初議会で、自身のツイッターに「一般質問が行われている中、(中略)居眠りをする議員が1名」と書き込んだことなどで、一部の市議と対立していた。

 市長石丸は否決後、四登に謝罪。人事案は再検討する考えを示した上で、「否決の理由が理解できない」と述べ、反対した市議は「市長は議会を軽視している」と話した。

 高知。きのふの朝3時前、高知市で住宅2棟が燃える火事があった。

 このうち1棟から遺体が発見され、警察が身元の確認を進めている。火事があったのは、高知市栄田町の住宅で、尾崎茂さん(78)が妻と2人で住む家から火が出た。

 火は1時間10分後に消し止められたが、尾崎さん夫妻が住む木造2階建ての住宅、140平方mが半焼し、隣接する住宅の壁の一部も焼けた。

 この火事で、焼けた2階の寝室から1人の遺体が発見されたが、尾崎さんと連絡が取れなくなっているほか、尾崎さんの妻は「2階の夫が寝ている部屋から火が出た」と話しているということで、

 警察と消防は遺体の身元の確認を進めるとともに、火事の詳しい原因を調べている。

 長崎。長崎市鍛冶屋町の卓袱(しっぽく)料理専門店「長崎卓袱浜勝」は、天然の県産高級魚クエを使った料理メニューの販売を始めた。

地元ではあまり流通していないが、予約なしで年間を通して提供できるようにした。クエは九州の方言で「アラ」とも呼ばれ、長崎県は全国屈指の産地。ただ大半が県外の飲食店に供給され、地元消費は少ない。

鍋物のイメージもあって冬が旬とされるが、実際は1年中、水揚げされている。クエを浜勝に卸す印束商店(長崎市)の代印束さんは「県産クエは質も量も全国トップクラスだが、地元で食べる場所は限られる。

 味は個体差が大きく、夏でも餌を食べて活性化し脂が乗ったものが捕れる」と話す。新型コロナウイルス禍で外食での需要が激減。そうした中、浜勝を運営する長崎県創業のリンガーハットは、

 県内水産業を支援し、地産地消につなげようとメニュー化した。印束商店が重さ20キロ前後の天然物を厳選し常時提供。活き締めした後3〜10日熟成させ、うま味を引き出す。浜勝は需要を予測し仕入れる。

 クエ鍋コースは3種類、7700円から。このうち1万4300円の夕凪(なぎ)コースは刺し身や湯引き、竜田揚げが付き、多様な食感と味わいを楽しめ、締めは雑炊。

 アラカルトやランチメニュー(茶漬け、刺身御膳)もある。コロナ対策としてスタッフが一人前ずつ取り分け提供する。

 4日の試食会でリンガーハットの会長米M和英は「長崎の名物料理に育てたい」と話した。長崎卓袱浜勝(電095・826・8321)。

 福岡。11日朝8時ごろ、福岡市博多区で木造2階建て住宅が全焼する火事があり、50代の女性と連絡が取れていないという。

 「博多区千代で近隣の住人から「黒煙が見えます」などと119番通報が相次いだ。火事があったのは、50代女性の木造2階建ての住宅で、火は1時間後にほほ消し止められたが、

   火元の家を全焼し、近隣の住宅4棟の一部を焼いた。50代の女性とは、連絡がとれていないということで、警察で女性の所在の確認を急ぐとともに、詳しい出火原因を調べている。

 熊本。八代市の球磨川では、春の訪れを告げる稚アユすくいが始まっている。

 稚アユすくいはダムや堰によって川を上れない稚アユをすくって上流に放すもので、熊本県が球磨川漁協に委託し、毎年、実施している。

 八代市渡町の球磨川堰では、網にかかった体長5センチから6センチの稚アユが元気に飛び跳ねていて、担当者がおよそ2万匹をすくいあげていた。

 稚アユは今年の5月末までに、球磨川上流の人吉市など、28か所に放流されるという。

 鹿児島。与論島の与論町古里の里光川悦さん(75)、キミエさん(73)夫妻は、10年前の大震災の津波で宮城県気仙沼の漁港から流出したとみられる大型コンテナ(1000リットル容器)を農作業に活用している。

 コンテナは昨年1月、与論島に漂着したもので、現在は里光夫妻の畑でサトウキビの苗を水に漬ける水槽として活躍する。

 コンテナには「気仙沼魚市場」の文字が記されており、島の東側に位置する皆田海岸に漂着しているのを、川悦さんの友人らが発見した。発見当初、川悦さんと友人らはコンテナを漂着物として町役場に届けた。

 役場などを通じて気仙沼漁港へコンテナを返そうとしたが、気仙沼側から「そちらで使ってください」と連絡を受け、川悦さんが引き取ることになったという。

 里光夫妻は10年前の震災当日について、与論島でも緊張感があったと振り返る。「畑でキビの刈り取りをしていたら、ここは(海の近くで)危険だから避難してくださいと消防の人に何度も言われた」とキミエさん。

 自宅に帰り、テレビで見た被災地の光景に圧倒されたとも語った。川悦さんはコンテナについて「何年も漂流して、ほぼ無傷でやっと与論にたどり着いたかと思うと感慨深い。

 年月を経てサンゴがところどころに付着している。これからも大事に使っていきたい」と話した。

 里光夫妻は現在、気仙沼漁港へ感謝の気持ちを込めて与論産のきびざら(ざらめ)を贈る準備を進めている。

 きのふ10日午後2時半ごろ、鹿児島市の清掃工場で作業をしていた男が倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認された。

 鹿児島市谷山港3丁目の南部清掃工場で、ごみ処理の焼却作業を行うクレーンの点検作業をしていた男性が倒れていると、同僚から消防に通報があった。

 倒れていたのはいちき串木野市大里の会社員、下山義弘さん(52)で、病院に運ばれ、その後死亡が確認された。下山さんは鹿児島市が委託した業者の従業員で、警察は作業中に倒れていた原因などについて調べている。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

た  別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もさんはがな
            昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。大震災から11日でで10年、富山市では、被災地を支援しているボランティア団体が復興支援イベントを開いた。

 このイベントは、富山市のボランティア団体「ふっこうのおと」が被災地の現状を伝え、現地の復興につなげようと毎年開いている。会場では、福島県の浪江焼きそばなど東北の特産品の販売などが行われ、収益は被災地支援にあてられる。

 また今回は、被災地に足を運んでもらおうと福島、岩手、宮城の観光ポスターも展示した。

 「ふっこうのおと」代表の小林仁さんは「10年経ったら終わり、そうではない。これをやることで(見た人が)東北に足を運んで復興支援になればいい」。

 会場ではこの後、午後2時15分から、追悼セレモニーが開かれた。

 福井。嶺南地方に原発15基が集中立地し「原発銀座」とも呼ばれた福井県。

2011年3月の東京電力福島第1原発事故以降、日本原電敦賀1号機をはじめ関西電力美浜1、2号機、高速増殖原型炉もんじゅ(敦賀市)など計7基が廃止措置に入っている。

一方、関電の原発は新規制基準に適合した4基が再稼働した。再稼働を目指す運転開始から40年を超える3基は、県と県会の同意が焦点となっている。

 原子炉等規制法で原発の運転期間は原則40年に制限されているが、原子力規制委員会の認可を受ければ20年を限度に1度だけ延長できる。

県内では関電美浜3号機と高浜1、2号機の3基が認可を受けた。地元同意について、知事杉本達治も県会もスケジュール感はないとしている。仮に再稼働すれば福島事故後、国内初の40年超運転となる。

 原子力のパイオニアだけに、県内は全国に先駆けて本格的な廃炉時代を迎えている。最も新しい関電大飯4号機も既に運転開始から28年たっており、最長となる60年間運転したとしても、32年後には今ある県内原発は全て廃炉になる。

 日本原電は2015年11月、敦賀2号機の新規制基準適合性審査を規制委に申請した。しかし原子炉建屋直下に活断層がある可能性を指摘されており、審査は進んでいない。

敦賀3、4号機は04年に国に原子炉設置変更許可を申請し、国の安全審査と敷地造成などの準備工事が始まった。

10年3月に敷地造成は完了したが、福島事故を機に国の安全審査と準備工事は中断。現在は敷地の維持管理を続けている。

 原発を運転する上で大きな問題が使用済み核燃料。関電には中間貯蔵施設がなく、サイト内にたまり続けている。3原発11基で保管中の燃料は3400トン。現役の7基が運転を続けると5〜9年でサイト内の燃料プールは満杯になる。

関電は青森県むつ市の中間貯蔵施設を共同利用する案を「選択肢の一つ」として県に提示。23年末までに立地地点を確定させるとしているが、実現は不透明だ。

 福島事故後は県内原発の安全性を問う訴訟が相次ぎ、再稼働した大飯3、4号機や高浜3、4号機の運転を認めないとする司法判断が計4例出た。

16年3月に大津地裁が高浜3、4号機の運転差し止めを命じる仮処分を決定し、営業運転中だった3号機が停止。

上級審で判断は覆ったものの、稼働中の原発が止まる全国初の事態となった。昨年12月には大阪地裁が大飯3、4号機の新規制基準下での設置許可を取り消し、大阪高裁で係争中。 。

 金沢。きのふ10日午後5時前、宝達志水町で横断歩道を渡っていた男子高校生が軽トラックにはねられ、意識不明の重体となっている。

 事故があったのは宝達志水町宿の国道で、横断歩道を渡っていた近くに住む高校3年の男子生徒が軽トラックにはねられた。この事故で高校生は胸や頭を強く打ち、意識不明の重体となっている。

 現場は片側1車線の見通しのよい直線道路で、横断歩道には押しボタン式の信号機があった。警察は軽トラックを運転していた宝達志水町の37歳の男から事情を聞き、当時の信号機の状況や事故の詳しい原因を調べている。

 8日に売却が決まった金沢市武蔵辻のの『めいてつ・エムザ』と『金沢スカイホテル』。

 今後は買い取ったディスカウントスーパーの運営会社がどのように経営していくのかに焦点が集まる。

 「以前から百貨店の事業は難しくなっていました。将来の展開が描けなくなったのが大きな引き金になると思います」(金沢名鉄丸越百貨店 社長石川仁志)。

 売却の理由をこう説明した、めいてつ・エムザ。ここ4年は赤字が続き、去年には負債が資産を上回る債務超過に陥っていた。そこに売却先として現れたのが茨城県でディスカウントスーパーなどを運営するヒーローだった。

 なぜこの企業にだったのか。その理由を企業の経営状況などを調査する東京商工リサーチはこう推測する。

 「本業はディスカウントストアなんですけどM&Aでかなりの数の買収をしていまして、厳しい経営だったところを立て直してというか、そのまま企業存続させている。何か変えなきゃいけなかったという状況の中ではいい話だったんだろうと思う」(東京商工リサーチ金沢支店 当房剛さん)。

 一方で、地元からは…「転売目的ではないか」という声も出ている。これについて東京商工リサーチはその可能性は低いとみている。

 「名鉄さんがすべての土地をお持ちではなくて地権者がたくさんいるのでそう簡単に転売できるものではないです。もともと大変な業種だった中に今コロナもあるのでそれをどのように立て直すのか、一番気になるところではあります」(東京商工リサーチ 当房剛さん)。

 今後、めいてつ・エムザをどのように運営していくのかについて、ヒーローは3月末の株式譲渡後に明らかにするとしている。

 武蔵エリアの核となる場所だけにその行く末を地域全体が注視している。

 石川県はけふ11日、午前10時までに新型コロナウイルスの検査93件を行い、すべて陰性だったと発表した。

 県内の感染者ゼロは2日連続となる。11日現在、県内で治療中の患者は32人。うち重症者は3人となっている。

   秋の野に 咲きたる花を  指折(およびおり)  かき数ふれば 七種(ななくさの)花
                            山上憶良 万葉集 1537 巻8

 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花
                            山上憶良 万葉集 1538 巻8

 核なき国を
 夢に見て
 平和な世界を
 願う        広島・三良坂平和公園(三次市)

 Do it!(ともかくやりなさい)
  Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花   家持 万葉集第19巻 4243

 湯涌なる 山ふところの 小春日に 眼閉ぢ死なむと きみのいふなり
                          夢二

 時の経つのは何とも早い。もはや3月11日だ。

 10年まえのこの日、食道がん治療のため金大病院の10階の病棟にいた。午後の散歩はいつものコースで、寺津用水の水量はで少なかったが、スムースに流れていた。

 体育館の駐車場では、1台の車とバイクが1台停っていた。野良猫は桝谷さんちの玄関前に3匹いた。

 バス通りを渡って、坂道の四つ角は左折。長澤さんちの裏は、工事が再開されて、大工さんが入っていた。尾田さんち、白梅にピインクの八重のツバキがいい。上村さんち、山津さんちの四つ角も過ぎた。

 しばらく行くと、元洋菓子屋の御婆さんち前に。右手前方の型枠工場では煙が上がっておらず、トラックは2台いたが1台が型枠を積んでいた。

 Dr小坂や宇野さんはまだ帰っていない。小坂さんちの庭では水仙にクロッカスが咲いていた。

 4差路は右折。修平さんちの山茶花の花びらを見つつ、風車の回っている徳中さんち、提燈草が元気がいい。

   ペンキ屋さんち過ぎて、前方のクリーンセンターは稼働していた。清水のお婆宅水仙にクロッカスが咲いていた。松原さんちの葉ボタンやパンジーが顔を出していた。

   雪吊りされた梅もどきの湯原さんちの庭の横から、山本さんちの馬酔木を見つつ坂本さんちの庭を過ぎて松本翁の前。庭にいた翁に「こんにちわ、ご苦労様」に「一服しませんか」とガレージのパイプ椅子をすすめられた。

 冷たい茶に山査子のカリントウを勧められた。かつて中国へ行った折、山査子を飴で包んだのを食べたことかあるがお菓子になったの初めてだ思う。甘くちと酸っぱい。

 下校の二人連れの女の子に男のこの3人組に「御帰り」。ここからみすぎ公園へ向かった。三角の土地の新築集宅や隣の新築宅も大工さんが来ていた。

 次の次の三叉路は逆Vターン。角さんち過ぎて山手ハイツ裏から帰還へ。

 京堂さんち前のバス通りを渡ってコンビニの裏どおりへ。ひょっとこ丸は帰っていない。

 北さんの畑の対面、柴田さんの空地の横の新築住宅には大工さんが来てた。おゃっ、北さん、神谷さんが談笑中で「こんにちわ」、「北さん、今年初めてやね、何かあった?」、

 「実は1週間前(珠洲にいる実家の96の)父親が亡くなりました」と。「2日前に(二人の姉妹に)お前たちに本当に世話になった」と言い残して逝ったという。

 北さんは姉と二人で2時間余りかけて軽四で奥能登珠洲迄よく見舞いに出かけておられたので思い残すことはないと思う。合掌。

 帰路、辛味大根を日本戴いてきた。小林さんち横で長い間畑をされていた、三丁目の辻の娘さん夫妻、新しい畑は小林さんち裏で、畑仕事をされていのが目に入った。

 藤田さんちの四つ角から修平さんち前へ、鈴木さんち過ぎて、瀬戸さんち、畑で草むしりされていた親父さん「御苦労様」と大雪の話など暫したち話した。ここ水仙、本田さんちの葉ボタンと鱒井さんちの軒下の水仙が待っていてくれた。

 けふの散歩は、朝夕〆て1万327歩、距離は6、9km、消費カロリー313kcal、脂肪燃焼量は22g。

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 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 草餅を焼く天平の色に焼く 有馬朗人(あきと)

   他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
           唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ  おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

   わたしはただ一介痩身の無名詩人
 樹間に湧く無量 の感に涙しぼり
 地に満つる落葉や雑草にも
 無情の声を呑み
 天かける白雲に
 うたた民族流離の歌をきく

 よしや骨肉ここに枯れ果つるとも
 八月の太陽は
 燐として 今 天上にある
 されば 膝を曲げ 頭を垂れて
 奮然 五体の祈りをこめよう
 祖国帰心
 五臓六腑の矢を放とう
     昭和二十六年八月(断食悲願の詩より)
                 泉 芳朗

 奄美群島は日本の敗戦によって米軍統治下に置かれ、1953年(昭和28年)12月25日に日本に復帰した。

 梅雨曇り 雲の動かぬひと日かな
千筋の素麺干され浅き春
 灘五郷この水ありてこそ新酒
 地芝居や昨日弁慶けふ馬脚
縄跳びす白シャツの児の二人して
7 訪ふ家の 標となせり花水木
 いかなごに目あり口あり尾鰭あり
 春場所や大阪駅に力士どち
 年ごとに語り部の減り原爆忌
 身ほとりに どかと居座る残暑かな
 初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
 軒下の土塊に生れ つくづくし
 落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
 袋帯 ぽんと叩きて年新た
 年の瀬や 独り第九をイヤホーン
 おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
 思う事多くなりけり 年の暮れ
 桜蘂降るを踏みしめ女坂
 のどけしや ゆったり動く象の耳
 春光に映ゆるステンドグラスかな
 耕人の影うごき初む朝まだき
 紅椿 一輪部屋を明るうす
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
            詠み人知らず

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
       仙台 萩野浩基 東北福祉大元学長

 能登はやさし海の底まで小春凪
       東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2021年弥生3月11日

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