2020年、辛丑(かのとうし)、如月2月5日(金)。曇り。最低気温4、最高気温は8度。
朝の散歩はいつものコース、冷たい風が頬を撫でた。昨夜からの降雪は1センチ。歩くとサク、サクと音がした。寺津用水は水量は少ないがスムースに流れていた。体育館には1台の車も来ていない。
野良猫は桝谷さんちの玄関前に1匹いた。バス通りを渡って2本目を右折。
雀のお宿越野さんちには雀どもは周りの木々に来ておらず。サッカー留学を夢見る樫見さんちのあんちゃんは見えず。
坂道を上って行くと五ノ田さんち前。2匹のトイプードル連れた朝日の若旦那に「お早うございます」。左の坂道は五ノ田さんちの山茶花を見つつシェパードのお宅の前へ。訓練に出掛けておらず、裏の定位置に車はいた。
坂道から朝日さんち前へ。崖下には山茶花やユズリハ、崖には烏瓜、雪のかぶった水仙が目にはいる。
中村のお婆の畑にはロウバイが待っていてくれた。ここから四つ角へ。右折して紙谷さんちから上村さんち辺りを一回り。浅野さんちや尾山さんちの玄関に松の木と葉ボタンの伸びた花がいい。
浅野さんちの生垣の山茶花の赤が特にいい。槌田さんち、玄関前の葉ボタンがいい。山津さんちの四つ角過ぎて、次の三差路から大柳さんちは右折。
大友さんちの庭には小粒の白いバラと白のツバキが、待ってくれていた。
対面の新築用地の型枠が外されて基礎が見えた。隣にも新築住宅が建つのか徳田さんちとの境界に型枠か組まれて基礎のコンクリートが打ち込まれていた。金子さんちでは赤いバラが待っていた。
型枠工場ではアーム付きトラックが1台残っているが、ベトナムの青年らは出たようだ。
工場の前で柴犬連れの小原さんに「お早うございます」。Dr小坂、宇野さんは出られていた。なかの公園手前は右折。徳中翁の風車が回っておらず。裏のV字谷では、リサイクルセンターの大型のユンボやブルも動き出した。
神社の横、吉田の爺は見えず。松原さんちの葉ボタンとパンジーが待っていてくれた。湯原さんちの孫を見送ったお爺に手を振って朝の挨拶。
坂本さんち前から松本爺の前へ。
みすぎ公園へは向わず。 調整池の前の新築住宅では大工さんが入っていた。お隣の土地も枠が組まれていた。京堂さんち前辺りで、猪崎さんちの片目のトトロが目に入った。
バス通りを渡って7階建てのアパート前を過ぎて、コンビニり裏通りから帰還へ。
北さんちの四つ角過ぎて、斜め前のひょっとこ丸は出られていた。Dr谷内江さんも出られて、右手前方の新築住宅では、大工さんが来ていた。
藤田さんちの四つ角から山本さんち過ぎて 飯田、修平、鈴木さんち前を過ぎて、瀬戸さんちの畑の水仙や本田さんちの葉ボタン、鱒井さんちの水仙が待っていてくれた。
朝の歩数は4612歩、距離は3、1km。消費カロリーは128kCal、脂肪燃焼量は9g。
◇
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長森喜朗が「女性が多い会議は時間がかかる」などと女性蔑視発言をした問題で、森は4日に会見を開き、発言を撤回し謝罪した。
4日の衆議院予算委員会で森の発言について問われた首相菅は、「(発言の)詳細は承知していない」とし、発言内容を説明され見解を問われると「あってはならない発言だ」と応えた。
またTwitter上では、森の「組織委の女性委員はわきまえている」という発言に対するハッシュタグ「#わきまえない女」で抗議の声が相次ぎ、トレンド1位にもなるなど波紋が広がっている。
失言や、口が滑るのはあり得るが、森は『神の国』発言など昔から何度も繰り返してきた。現代的な政治家とは言い難い。
今回も謝罪・撤回したということだが、会見を見ると外形的にはそうも見えない。進退について考えるつもりもなく、謝罪会見のはずが追加質問する記者に『おもしろおかしくしたいだけだろう』と言ったりと、
社会から謝罪しているようには見えないと思われたとしてもおかしくない。
また、菅政権への影響については、この件、自体は会長森の発言なので、政権と直接関係するものではない。しかし、多くの人が政治的な問題と重ねて捉えてしまうのだろう。
しかしそれもまったく根拠がないわけでもなく、森は総理も経験した自民党の元重鎮で、河井案里の議員辞職、自民党議員や公明党議員の銀座会食の問題などもあって、
政権に対する不信感が高まっている。その流れを後押しするものだ。政権浮揚の見込みはたたず、政権に対する打撃だ。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
♪やさしさと かいしょのなさが 裏と表に ついている そんな男に 惚れたのだから
私がその分 がんばりますと 背(せ)なをかがめて 微笑み返す 花は越後の 花は越後の 雪椿
夢にみた 乙女の頃の 玉の輿には 遠いけど まるで苦労を 楽しむように
寝顔を誰にも 見せないあなた 雪の谷間に 紅さす母の 愛は越後の 愛は越後の 雪椿
昭和62年 雪椿 作詞:星野哲郎 作曲:遠藤 実
月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
国の税金を使った首相安倍主催の「桜を見る会」の疑念は消えるどころか、より深まった。
安倍内閣が決めた東京高検検事長の定年延長への批判は高まり、法相森雅子の不信任案提出に至った。
菅内閣の発足を受け、政権内の力学は変化しそうもない。
前政権が残した「負の遺産」の一つは、官僚が首相官邸におもねる「忖度(そんたく)政治」がはびこったことだ。
しかし、首相菅に交代して、この悪弊は改まるどころか、さらに広がるかもしれない。
忖度の背景には中央省庁の幹部人事を決める内閣人事局が2014年に新設されたことがある。そこで官僚は自らの人事(=生活)を握られて、首相らの顔色ばかりをうかがうようになった。
そして森友学園をめぐる不可解な国有地売却問題。政治問題に発展するのを恐れた財務省は、前首相安倍の妻・昭恵らの名前を消す公文書改ざんにまで手を染めた。
改ざんを上司に命じられ、苦悩した近畿財務局職員が自殺する悲劇にまで発展しながら、今なお真相は解明されていない。
官邸に唯々諾々と従う上司も情けないとは思うが、民主政治の基本である行政の公正さや透明性をゆがめているのは間違いない。
この内閣人事局設置を官房長官として主導し、活用してきたのが首相菅そのものだ。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くるかみも またいつか見ん この別れ
金沢。東京オリンピック・パラリンピック大会組織員会の会長森喜朗の発言が波紋を呼んでいる。
首相時代から失言でバッシングを浴びた会長森。地元・石川でも厳しい声が聞かれた。「JOC評議会での発言につきましては、オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現であったと、深く反省をしております」(会長森)。
「女性がたくさん入っている理事会は、時間がかかる」と発言したことで4日午後謝罪に追い込まれた森。『神の国発言』など首相時代から数多くの失言でバッシングを浴びてきただけに街の声は…。
「違和感を覚えます」(街の人)、「今までの(失言の)経歴から見ていると、できれば辞めて頂いた方が…今回だけに限らずですよ、過去も含めて」(別の人)。
「あえて辞任をせずに、五輪に向けて動くことで責任を取るという形を取られたので、前向きに捉えてもいいのかなと自分は思いますね」(また別の人)。
逆風が吹き続ける東京オリンピック、パラリンピック。会長森、辞任はしないとのこと。
夢に見て
核なき国を
夢に見て
平和な世界を
願う
広島・三良坂平和公園
Do it!(ともかくやりながさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花 家持 万葉集第19巻 4243
午後の散歩は運動教室から戻って何時ものコースで、時折、冷たい風が頬を撫でた。寺津用水は水量が少ないもののスムースに流れていた。
体育館には11台の車。桝谷さんちの玄関前に2匹の野良猫がいた。野畠さんち前過ぎてバス通りから、和田さんち前の坂道へ。
坂道は下って、長沢さんち、増築の大工さんは来ており、中の細工していた。尾田、山津さんち過ぎて、Dr小坂。宇野さんはまだ帰っていない。型枠工場のアーム付きトラックが戻っていなかった。
なかの公園手前から右折。徳中さんちの風車は回っていた。ペンキ屋さんち、ミニバラが顔を出していた。
小原さんちの奥のクリーンリサイクルセンターも稼働中だ。この辺りから淡雪がチラホラ舞って、そのうちあられ交じりに。
一服の吉田のお爺の姿は見えず。湯原さんちや坂本さんち、松本翁のお宅を過ぎてが3左路へ。みすぎ公園へは向わず。三差路の角の新築現場では大工さんは来ていて隣の地面では型枠が組まれていた。
京堂さんち前からバス通りを渡ってコンビニ裏通りを経て帰還へ。ひょっとこ丸は帰っておらず。このあたりで、雪の舞いは止んだ。やれやれ。
北さんち畑の対面の新築住宅は大工さんが来ていた。
藤田さんちの四つ角から飯田さんち過ぎて、修平さんちや鈴木さんち過ぎて瀬戸さんちのと鱒井さんちの水仙、本田さんちの葉ボタンが待っていてくれた。
朝夕方の歩数は〆て9015歩、距離は6km。消費カロリーは284kCal、脂肪燃焼量は20g。
時のたつのは何とも早い。新年も、2月如月5日だ。
不思議なことがあるものだ、今朝になって気が付いた。書いたのに機器の調子か原因は分からないが、ほとんどが消えて居た。
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
めくるたび 思いわ(は)尽きぬ 朱鷺の保護
他人わ(は)知りても 知りえずいまも
佐渡 高野高治(享年84)
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
わたしはただ一介痩身の無名詩人
樹間に湧く無量 の感に涙しぼり
地に満つる落葉や雑草にも
無情の声を呑み
天かける白雲に
うたた民族流離の歌をきく
よしや骨肉ここに枯れ果つるとも
八月の太陽は
燐として 今 天上にある
されば 膝を曲げ 頭を垂れて
奮然 五体の祈りをこめよう
祖国帰心
五臓六腑の矢を放とう
昭和二十六年八月(断食悲願の詩より)
泉 芳朗
奄美群島は日本の敗戦によって米軍統治下に置かれ、1953年(昭和28年)12月25日に日本に復帰した。
枯れ葉舞ふ百万遍の交差点
なにするも上手き児のゐて木の実独楽
青葉して一島大きく膨らみぬ
訪ふ家の 標となせり花水木
いかなごに目あり口あり尾鰭あり
春場所や大阪駅に力士どち
年ごとに語り部の減り原爆忌
身ほとりに どかと居座る残暑かな
初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2021年如月2月5日(ふ)
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回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊