3連休、ボランティア続々 台風19号の被災地
2019年、亥年、霜月11月2日(土)、晴れ。金沢の最低気温は9度、最高気温は19度。
朝の散歩は何時ものコースで、少し肌寒い。境内下から流れてくる寺津用水、スムースに流れていたが水量は少なかった。
体育館の駐車場では1台の車が停まっていた。花壇横の通りでは、時々目にはいる三重ナンバーのジムニーが駐車していた。野良猫は桝谷さんち玄関前に3匹がいた。
バス通りを渡って何時もの角は右折する。八重澤さんちの金木犀や野菊が目にはいるが、深紅のバラが見あたらず。
石田さんちの赤白のセージが元気だ。金子さんち、八重澤さんち寄りの空き地て、萩が垂れていた。
雀のお宿の越野さんち、雀は来ておらず。対面角の朝日さんち、シュウメイキクにムラサキシキブがいい。坂を登りきる前、宮田さんち横の空き地には色づいた柿が垂れていた。
角の五ノ田さんち前。右に菊畑があり、黄いや白のがきれいだ。戸田さんちの崖では、道路右側の崖上からイガクリが、道路に落ちていた。
角のシェパードのお宅、玄関先に赤い小粒のバラがいい、紅葉したハナミズキが紅い実を付けていた。裏では「う、うー」とうなるシェパードは見えず。
朝日さんちの崖には横になったコルチカムがまだ咲いており、更に赤のシュウメイギクが咲いて、次郎柿もたわわに実っている見事だ。
納屋の前には小豆が干してあった。向かいの畑では、ダリアと江戸菊がいい。中村さんち、大輪の濃紺の琉球アサガオが少し萎んだのが5輪咲いていた。
四つ角の手前、才田さんち御宅の裏庭ではツワブキの黄色の花が咲いて、その奥にはシュウメイギクがきれいだ。
玄関前の古木のザクロに大きい実が5つなって、下にはシュウメイギクが咲いていた。玄関先で赤のガーデンパラソルが3輪。四つ角の畑に涌波の無口な親父さんが来ていおらず。
浅野さんちの玄関先のジャスミン過ぎて、紙谷さんちの玄関前のシュウメイギクにツワブキに小菊がいい。
三差路。上村さんちの玄関前では白のパラソル、深紅のバラが、消えた槌田さんち過ぎて、山津さんちの、四つ角、花梨がたわわに実っていた。
次の三差路過ぎて、大柳さんちの三叉路右折して岡本さんち前は左折すると、小粒のバラは元気。ザクロは、3つ残って、椿が咲いていた。バラの咲いた金子さんち前、型枠工場ではアーム付きトラックは
鎮座していて若い衆の車は出られていた。
三叉路、Dr小坂、宇野さんはまだた。なかの公園手前の四つ角は右折、清水のアンちゃんは、資材の点検中で「お早うございます」。
底へ、散歩中の松本さんが見えて「お早うございます」と同行された。隣の修平さんち、角に椿が咲いて、生垣のツツジの狂い咲きが白と薄いピインクの3輪、玄関前に赤いのが2輪。
ぺンキ屋さんちの、小粒の薔薇は5輪、柿は色づいている。
徳中さんちの風車は、回っていて、袋のかかったブドウやガレージのチョウチン草やバラ、紫と白の千日草は元気だ。
辰次さんちの納屋の横の深紫のアサガオはかろうじて3輪咲いていた。
土谷さんちの納屋の裏のムラサキシキブもいい。ウメモドキにムラサキシキブが咲いている谷口の御婆さんち過ぎて、湯原さんちの金木犀やハマナスのピンクの花は消えて、バラ、
それに真っ赤なケイトウに、白のシュウメイギクがいい。
三差路過ぎて、坂本さんちの庭では、ナナカマドの紅い実がいい。松本さんち前で庭では赤白のガーデンパラソルが、何時みてもきれいに咲いている。
三差路の調整池辺りを過ぎて、清水の御婆さんち玄関前の、赤のシュウメイギクは、元気あり。みすぎ公園では、赤萩が垂れていた。
柴犬連れて散歩に出掛ける高瀬さんに「お早うございます」、「寒いですね」。次の三叉路はVターン。清水の御はあさんちの畑、シュウメイギクの他、柚子や柿が実っていた。
ペンキ屋さんち、あたり過ぎて、調整池の四つ角から京堂さん前からバス通りを経てコンビニの裏通りへ。コンビニの駐車場に。
新聞を求めて出てこられた永安町の親父さんに「お早うございます」、「寒いね」。ひょっとこ丸がエンジンがかかっていた。コルチカムの消えた谷内江さんち過ぎて、北さんちの畑の対面の空き地では
コスモスが元気で、微風で揺れていた。
アサガオは萎んでサルビアの元気な藤田さんちの四つ角過ぎて、小林さん横のシュウメイギクが風で揺れ動いていた。
修平さんが出かけるところで「お早うございます」。瀬戸さんちのシュウメイギク、本田さんちのプランターのサルビアが待っていてくれた。
街路樹のハナミズキは朝日ら照らされて紅葉は綺麗だが、日中は多少黒づんで見える。
朝の歩数は5523歩、距離は3、9キロ、消費カロリーは110Kcal、脂肪燃焼量は7g。
朝飯の前に、緑茶、カフェを点てて飲む時が至福のひと時である。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
日本列島。3連休初日のけふ、台風19号で被害を受けた各地には、多くのボランティアが集まった。
千曲川の堤防決壊で大きな浸水被害を受けた長野市の社会福祉協議会は「家の中に入った泥を片付ける作業などには人手が必要だ。受け入れ態勢も整っており、全国から多くのみなさんに
来てほしい」と話している。
長野市のボランティアセンターには朝から多くの人が集まり、受け付けを済ませた後、マイクロバスで決壊場所近くの地区などに向かった。
市内の住宅でごみの運び出し作業に加わった岐阜市の会社員(53)は「軽トラックが足りないと知り、レンタカーを借りてきた。早く作業を進めたい」と話した。
首里城の火災から最初の週末のけふ、那覇市の首里城公園には家族連れや観光客らが詰め掛け、焼け焦げた城の姿に驚き、手を合わす姿もあった。
神奈川県の福田真理子さん(70)は、孫の及川有里さん(7)と訪れ、変わり果て姿に思わず合掌した。戦争で何もかも失った沖縄の希望であり、心のシンボルだったとし「県民を思うと
気の毒でならない」と声を詰まらせた。
宜野湾市の知花史尚さん(51)、泰子さん(51)、萌夏さん(20)、峻輝さん(17)は、家族4人で同公園を訪れた。史尚さんらが子どもたちと同じ年代に復元が始まったとし、
「始まりの第一歩。彼らの世代に再建が始まるので見てほしかった」と期待を託した。
この日も上空はヘリが旋回し、午前9時半ごろには、消防隊員が実況見分の作業に入っていった。
那覇市の首里城の正殿や北殿、南殿など7棟が焼失した火災で、正殿の外に設置されていた「放水銃」と呼ばれる消火設備5基のうち1基を、2013年12月までに
国が撤去していたことが、分かった。
沖縄総合事務局の担当者は「火災発生時にも放水銃4基で対応できると判断し、代わりの防水設備を設置しなかった」と回答した。今回の火災は、スプリンクラーなどの消火設備の
不足が大規模な延焼につながったと専門家らは指摘しており、安全管理の見通しの甘さが改めて浮き彫りになった。
首里城公園を管理する沖縄美ら島財団によると、放水銃は正殿外部の初期消火や延焼防止のために設置され、火災発生時に手動で正殿の屋根上部まで放水できるようになっている。
当初は正殿の北側、東側、南側にそれぞれ1基と正面の御庭に2基の計5基があったが、13年12月に完了した黄金御殿の復元工事に伴って南側の1基が撤去された。
同財団の広報担当者は「復元工事は11年から13年にかけて行われ、この間のいずれかの時期に撤去された」と説明。
放水銃の撤去について、首里城公園を今年2月まで管理していた国と、管理を受け継いだ県、指定管理者の財団いずれもホームページや公開資料で周知していなかった。
同財団がきのふ行った会見では火災発生時、正殿の軒下に設置されていた「ドレンチャー」という外からの火を防ぐ消火設備のみが作動し、放水銃4基は火災による熱で近づけなかったため、
使用できなかったことも明らかになった。
♪やさしさと かいしょのなさが 裏と表に ついている そんな男に 惚れたのだから
私がその分 がんばりますと 背(せな)をかがめて 微笑み返す 花は越後の 花は越後の 雪椿
夢にみた 乙女の頃の 玉の輿には 遠いけど まるで苦労を 楽しむように
寝顔を誰にも 見せないあなた 雪の谷間に 紅さす母の 愛は越後の 愛は越後の 雪椿
昭和62年 雪椿 作詞:星野哲郎 作曲:遠藤 実
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
沖縄は今、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題。
午前10時半過ぎ、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前では「オール沖縄会議」による毎月第1土曜日の県民大行動が開かれている。
県内各地のしまぐるみ会議や市民団体がマイクを握り、新基地建設阻止へ思いを告げている。
午前11時過ぎ、名護市辺野古の新基地建設に抗議する集会「第一土曜日の大行動」が始まっおり、首里城の火災について、悲しむ声も上がっている。
名護市辺野古の新基地建設に抗議する集会「第一土曜日の大行動」で、参加者は建設阻止を誓い、午後1時前に終わった。
青い空と濃い緑に、真っ赤な首里城はいつも鮮やかに映えていた。高台にそびえる琉球王国の遺産。その沖縄の誇りと人々の心のよりどころが、炎のなかに消えてしまった。
漆黒の闇に噴き上がる火柱を、人々はなすすべもなくぼうぜんと眺めた。
首里城は15世紀、北山、中山、南山の各勢力が割拠する三山時代をへてひとつにまとまった琉球王国の居城だ。琉球王国は日本や中国と交流し、東南アジアまで及ぶ海上交易ネットワークを構築した海洋国家だった。
その首都に築かれた王城は、地元でグスクと呼ばれる城の石垣が優美な曲線をなし、同じころの本土の城の武骨な石垣とは趣を異にする。
そんな首里城は、日本本土とは別の道を歩んだ沖縄の歴史を体現し文化の多様性を物語る存在であり、地元のアイデンティティーの中核だった。近世の薩摩の侵攻や、明治政府による
日本に編入された琉球処分に始まる苦難の証言者でもあり、歴史に翻弄された沖縄の歩みそのものだったと言える。
戦前に国宝に指定されたが、太平洋戦争の過酷な地上戦で破壊された。戦後の本土復帰で国の史跡に指定されたが、建物群の再建は地元の悲願だった。平成に入って古い写真をもとに
正殿などが復元され、堂々たる存在感を放った。首里城の復元にかかった総事業費は1986〜2018年度の33年間で240億円に上る。
再建には相当の期間と費用がかかることも予想される。
2000年には城跡が世界遺産に登録され、九州・沖縄サミットの舞台にもなった。沖縄観光の原動力として国内外の来訪者でにぎわい、城内の広場では伝統的な琉球衣装に身を包む踊り手が優雅な舞を見せていた。
その首里城が一夜にして灰燼(かいじん)に帰すと誰が予想しただろう。
日本の城に詳しい奈良大教授(城郭考古学)千田嘉博は「首里城は、日本の城の多様性の豊かさを象徴するシンボルだった。リフトやスロープが工夫された史跡整備のお手本のような事例で、
すべての人が歴史に触れられるようにと願う沖縄の人々の英知が詰まった城だった」と話した。
近年、歴史的建造物の被災が相次いでいる。熊本地震では特別史跡の熊本城が被災し、この春にはパリの世界遺産ノートルダム大聖堂が焼け落ちた。首里城火災の原因はまだわからないが、防災対策は万全だったのか。
長い年月に洗われてきた歴史的建造物は脆弱(ぜいじゃく)なものが多い。首里城正殿のような復元建物にしても忠実な再現をめざして木材が多用され、常に被災の危険にさらされている。
それらを守るため、私たちはなにをなすべきなのか。いま一度深く検討し、新たな対策を急ぐ必要がある。
一日も早い再建を―。首里城焼失を受け、沖縄県内各市町村が募金箱の設置を進めている。
きのふ1日、本部町や浦添市、豊見城市、南城市、石垣市が庁舎内、北大東村は村保健福祉センターに設置した。金武町や西原町、南風原町、渡嘉敷村、竹富町、与那国町も5日以降の設置を予定している。
募金箱を設置した市町村では役場庁舎の他に、公民館や図書館など公共施設にも設置する予定。
豊見城市は市ホームページのふるさと納税枠に、首里城再建に向けた募金を項目として設置する予定。本部町は町民から「再建に向けて支援できることはないか」との問い合わせが 相次ぎ、
募金箱を設置した。町長平良武康は「町民一人一人の行動が再建に向けた機運を高める。そのエネルギーを広げていきたい」と話した。
♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
2020年度開始の大学入学共通テストへの英語民間検定試験導入が見送られたことを受け、教育関係者や野党からは、国語と数学の一部で新たに導入される記述式問題にも、
採点の公平性などに課題があるとする声が相次いだ。
文部科学相萩生田光一は、記述式問題を巡って「懸念は実施までに責任を持って解決したい」と強調。国会審議でも争点の一つになりそうだ。
国語と数学1、数学1・Aで導入される記述式は、英語民間試験と並んで共通テストの目玉とされてきた。
しかし、マークシート式と違って記述式は同じ答案でも点数にぶれが出る恐れがあり、公平性を担保できるのか懸念が出ている。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。
消費税が10%に上がってから、きのふ1日で1カ月。
増税対策を追い風にキャッシュレス事業者や「中食(なかしょく)」業界は特需に沸く。一方で、5年半ぶりの増税がもたらす消費の落ち込みも明らかになりつつある。
景気の失速を食い止めるため、政府は新たな経済対策を打ち出す方針だ。
政府は消費増税に併せて、現金によらないキャッシュレス決済への還元策を始めた。経産省に登録した中小の店で購入した客に、税込み価格の5%(コンビニなど大手のフランチャイズ店は2%)分が
ポイントなどで還元される。経産省によると、還元を受けられる店は1日時点で64万店となり、対象とされる店の3割強にあたる。
消費者への1日あたりの平均還元額も10億円超に。今年度当初予算に計上された費用を上回るペースだ。
これを追い風にするのがキャッシュレス決済事業者だ。スマートフォンに表示したQRコードで決済できる「LINEペイ」は、10月1日の新規登録者数が9月1日の2・8倍になり、
登録者数は9月末に計3690万人に達した。「増税の効果で登録が増えている」(広報)という。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
フランス。国防相パルリは1日、ツイッターで、仏軍用機がイラク北部で過激派組織「イスラム国」(IS)の隠れ家やトンネルを爆撃したと明らかにした。
フランスは、IS掃討を進める米軍主導の有志連合に参加している。パルリは、米軍シリア撤収を念頭に「中東地域では撤収が続いているが、フランスの立場は不変であり、テロと戦う決意は
変わらない」と強調した。
南米チリ。大統領ピニェラは31日、大規模な抗議活動を理由に開催を断念した首都サンティアゴでの国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)について、スペインの首相サンチェスから
マドリードでの開催の提案を受けたと明らかにした。当初の予定通り、12月2〜13日に行われるとしている。
チリでは10月18日以降、地下鉄など公共交通機関の運賃値上げに端を発した抗議デモが各地で起き、一部が暴徒化して略奪や放火をするなどしている。ピニェラは10月30日、「国内問題に集中する」として、
12月のCOP25と11月に予定されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の開催断念を発表していた。
韓国。大統領府国家安保室長鄭義溶は1日、韓国政府が破棄を決めた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA=ジーソミア)について「延長できるかどうかは日本側の態度にかかっている」と強調した。
日本が輸出規制強化を撤回すれば前向きに再検討する用意があると重ねて表明した。協定の期限は22日に迫っている。
大統領府に対する国会の国政監査で議員の質問に答えた。防衛相河野太郎はきのふ1日の会見で「韓国側に賢明な判断をしてもらいたい」と破棄決定の再考を要求。
日本は規制強化の撤回に応じる姿勢を示しておらず、期限に向け日韓のせめぎ合いが続きそうだ。
米国。米国務長官ポンペオは1日、北朝鮮による非核化の取り組みに関し「進行があまりにも遅すぎる」と不満を表明した。
同時に非核化に向けた米朝交渉を継続する考えを示した。中西部カンザス州のラジオ番組で述べた内容を、国務省が発表した。北朝鮮が10月31日に実施した「超大型多連装ロケット砲」の
発射実験に関する質問に答えた。ただ、発射実験自体についての言及は避けた。
米朝交渉に関し「大統領トランプと朝鮮労働党委員長金正恩が昨年6月に合意したことを実行するために、私たちは熱心に取り組んでいる」と説明。「世界にとって重要な使命だ」と強調した。
ハロウィーンのパーティーが行われていた米西部カリフォルニア州サンフランシスコ近郊の民泊の住宅で31日夜、銃乱射事件があり、4人が死亡、複数がけがをした。
警察が1日発表した。当局が捜査を進めている。米メディアによると、現場は閑静な住宅街。
米国では銃犯罪が多発している。ロサンゼルス郊外でも29日深夜、ハロウィーンのパーティーが開かれていた住宅で発砲があり、少なくとも男性3人が死亡、9人が負傷する事件が起きた。
中国。中国国内で覚醒剤を運ぼうとしたとして麻薬運搬罪で起訴され、「懲役15年以上か無期懲役または死刑」を求刑された愛知県の元稲沢市議、桜木琢磨(76)に対する判決公判が、
8日に中国広東省の裁判所で開かれることが分かった。
中国の法律は、原則として起訴から3カ月以内に判決を出すと定めている。桜木の場合、起訴からすでに5年3カ月以上が経過。逮捕から数えれば間もなく5年11カ月で、異例の長期勾留が続いていた。
求刑には死刑が含まれているが、中国刑法には75歳以上の高齢者に対し、原則的に死刑を適用しない規定があり、すでに76歳の桜木には極刑は回避される見通しだ。
桜木はこれまで3カ月ごとに判決期限が延期されてきた。裁判所は延期のたびに「事件が重大かつ複雑で、証拠を確認する必要がある」と、同じ理由を示してきた。
しかし、結審以来、裁判所や検察が改めて被告を調べたことはないという。2012年以来の日中関係の悪化が、再三の延期の背景にあるとも指摘されていた。
桜木は13年10月31日、中国広東省の広州空港から上海経由で帰国する際の手荷物検査で、スーツケースに入った覚醒剤3・3キロが見つかったため拘束され、同年12月6日に正式に逮捕された。
14年7月に起訴、8月に初公判が開かれ、無罪を主張。3日間の審理を経て結審した。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。2020年東京五輪のマラソン・競歩の札幌移転が決まったことを受け、札幌市の市長秋元克広と知事鈴木直道は、きのふ札幌開催で新たに生じる経費について「大会組織委員会の負担が基本」との認識で一致した。
国際オリンピック委員会(IOC)は組織委と市、道と協議する意向を示しており、今後は費用面の協議が難航する可能性がある。
市長と知事は、この日に札幌市内で両自治体幹部の行政懇談会(道市懇)を開き、協議を行った。
協議後の会見では、費用を巡り、17年に組織委や東京都が決めた「運営費は組織委や都が負担する」との大枠合意を基本とすることを強調。市長は、コース整備で必要な道路補修に
関し「五輪に関係なく毎年補修している」とし、市が費用負担する考えを示した。
宮城。台風19号の被害を受けた石巻市では、きのふ1日も、県の内外から復旧作業を手伝うボランティアが訪れたが、被災地ではボランティアの不足が深刻となっている。
台風の上陸から3週間が経つきのふも、石巻市湊町にあるボランティアセンターには、県の内外からボランティアが駆けつけた。
ボランティアセンターを運営する石巻市社会福祉協議会では、現在、一日あたり50人のボランティアを募集している。しかし、団体などの大人数のボランティアは週末に集中し、
平日の参加者は平均10人から20人と、常に不足しているのが現状だ。石巻市社会福祉協議会の事務局長庄司勝彦さんは 「土日は団体で入ってくれる方もいるし、仕事お休みで
協力していただける方も多いんですが、平日はどうしてもなかなか集まらない状況です」と話す。
きのふは集まった15人のボランティアが、床下40センチほど浸水した北上地区の住宅を訪れ、倉庫や庭の片づけを手伝った。「1人暮らしの方の所ですし、やっぱり人数いないとどうにもならない」(ボランティア)。
「平日のボランティアさんが足りないということでお休みを取って来ました。まだまだボランティアが足りないんだなと思いました」(利府からボランティア女性)。
「うれしいです。本当にご苦労様です」(被災した家の人)。
石巻市社会福祉協議会によると、市内でボランティアが必要な作業は、先月31日時点で72%まで終えたというが、ボランティアの要望はまだ毎日30件以上あるということで、
特に平日の参加を呼び掛けている。
福島。県は、台風19号による大雨で行方不明となっていた福島市の69歳の男の遺体が発見されたと発表した。
19号による県内の死者数は30人となった。県によると、午前11時半過ぎ、川内村で稲刈りの準備をしていた女性が、水田で倒れている男を発見し、近くの消防署員に伝えた。
男は、ゼネコン準大手「安藤ハザマ」の社員で、トンネル工事のため川内村の宿舎に滞在していた。
台風が接近した先月12日夜、車で避難所に向かう途中に濁流に巻き込まれたとみられる。
台風による被害を受けたJR水郡線の復旧工事が終わり、きのふ20日ぶりに県内全線で運転が再開した。
一方で台風により国道に出る唯一の橋が流され水郡線の橋を利用して生活用品を確保していたのが矢祭町の高地原集落。孤立している11世帯の住民は今後どうなるのか?
そして新たな問題も出ていた。運転が再開されたのはJR水郡線の安積永盛から茨城県の常陸大子の区間。
運転再開を待ち望んでいた人がいる一方、ある問題に直面する地区がある。それは矢祭町高地原地区。集落と国道をつなぐ唯一の橋が流されてしまい集落に住む11世帯の住民は
JR水郡線の鉄橋を歩いて渡るしかなかった。水郡線の運転再開でJRの橋を歩いて渡ることはできなくなった。
町は集落と国道をつなぐ応急的な道路を建設しているが、先週の大雨などで川の水位が下がらず工事が遅れていた。この状況に集落の住民は「時間制限になっちゃったから通勤できない、
だからと言って家を離れるのも嫌だから…」、「家にいるおじいちゃんおばあちゃんが心配なので早く仮の橋ができてほしい」(高地原地区の住民)。
あさってには応急道路が完成する予定でそれまでは列車が走っていない昼の時間帯だけ住民らが渡れるよう対応が取られた。 応急道路は車も通れるということで住民からは期待の声が聞かれる中、
近くに住む人からは…「(川の水は)もっと少なかった、水の多さでは流されちゃうよ」(矢祭町民)。
川底から高さ3mほどの所に作られる応急道路。増水した際の安全性に不安の声が上がっている。これに対し町は 「道路はしっかり幅を取っているから安全上は問題ないと思う。住民の安全な
生活が大事なことだから責任をもって対応してきたいと思う」(矢祭町町長佐川正一郎)。
町は川が増水し危険な場合は通行止めにするなど対応するとのこと。仮の橋の完成までは半年、さらに流される前のような橋ができるまでには3年ほどかかる予定。
住民が安心して生活を送れるよう行政のサポートが求められている。
一方で、災害ごみの仮置き場が22市町村61カ所に広がる福島県。
浸水被害が大きかった地域では今も路上に大量のごみが残され、市町村や自衛隊が回収を急いでいる。2カ所の処理施設を持つ郡山市では、「富久山クリーンセンター」の設備が浸水で故障し、再開のめどが立たない。
点検のため停止していた「河内クリーンセンター」は先月24日にようやく全面稼働したが、生活ごみの処理で精いっぱいで、災害ごみは手付かずのままだ。
郡山市は県内5自治体などの協力をあおぐが、市担当者は「通常の方法で処理できる量ではない。どの自治体も厳しいのでは」と頭を抱えている。
栃木。台風19号の直撃から3週間。
甚大な被害を受けた栃木市と佐野市では、きのふ1日も復旧作業が続いた。家屋や生活必需品だけでなく、思い出の品物も泥をかぶった。人々は悲しみに耐えながら、前へ進もうとしていた。
栃木市内では、庭に乾いた泥がうっすらと残る、祝町の民家。渡辺啓次さん(80)と妻のトク子さん(77)は、ぬれた手紙や写真を一枚一枚丁寧に部屋の日の当たる場所に置き、乾かしていた。
永野川が決壊し、床上1mほどが浸水。タンスなどの中身が全部汚れた。引っ越し先のアパートに全部は持って行けない。
「みんな思いが詰まっている。捨てたくない」。2人の目から大粒の涙がこぼれる。ただ、絶対に捨てられない物がある。お祝いごとのたびに2人の子どもから贈られた手紙、
子どもが初任給でくれたお小遣いが入っていたポチ袋、みんなが笑顔で写った七五三や結婚式の家族写真…。
文字がにじみ、読みにくくなった手紙もあるが、トク子さんは「心のこもったプレゼントだからね」と声を絞り出す。築45年。思い出が詰まった家。取り壊しも検討している。
「つらいけど頑張るしかない」。2人は涙をぬぐった。
佐野市内では決壊した秋山川近くの歩道を、マスク姿の小学生が一列に歩く。付近には土や土のうが積まれたままだ。
秋山川から300mの佐野ラーメン店「山銀」。砂のかぶった駐車場には、休みを知らせる看板がぽつりと立つ。代表の木塚儀隆さん(47)は長引く休業に「お客さんが戻ってくる保証はない」と表情を曇らせる。
それでも「手伝いに県外から駆け付けてくれたお客さんもいた。ファンの思いに早く応えたい」。8日ごろの再開が目標だ。
秋山川のすぐ近くの自宅で片付けをしていた佐野市赤坂町の山岸盛三さん(73)は「自宅での年越しはできないかもしれない」と覚悟している。妻と2人で市内の避難所から自宅に通う毎日。
修繕の費用や期間も見通せない。だが、一つ決めていることがある。「30年以上住んだ家。ここに住み続ける」。
市民生活を一変させた秋山川。この日は澄んだ水が穏やかに流れていた。
長野。台風19号の上陸からきのふで3週間。
3連休に入り、長野市の被災地では、ボランティアたちが片付け作業に追われているが人出が足りていないのが現状。3連休初日のけふ、千曲川の堤防が決壊するなどして、5000棟以上の
住宅に被害が出た長野市では、朝から住民やボランティアたちが泥のかきだしや片付け作業に追われていた。
被災地では今も多くの災害ごみが出ていて、ボランティアが不足している。
長野市では、最低でも1日、2500人のボランティアの参加を求めていて、それぞれの自治体で協力を呼びかけている。
県警長野中央署はきのふ、千曲川の堤防決壊で浸水した長野市豊野町豊野の豊野町交番に代わって、ワンボックス車の車内で住民に対応する移動交番を設置した。
今回の浸水被害で、豊野町交番は天井に近い2・4mの高さまで水が流れ込み使用できなくなった。
県警は観光地などに臨時で交番を開設する際に使用するワンボックス車を災害対応としては初めて使用した。車内には机と椅子が置かれ、署員2、3人が平日午前9時〜午後5時に
常駐。この日は午前9時頃、近くの男(81)が先月14日に拾った1万円札1枚を届け出た。
男は「やっと届けられてよかった。何かあったときに駆け込める交番は安心感がある」と話した。豊野町交番の署長加部登志彦は「気軽に相談に立ち寄ってほしい。安心の拠点として、
地域住民が元の生活を取り戻す一助になれば」と語った。
署は5日以降、別のワンボックス車を使って市内の避難所を1日3か所ずつ巡り避難者の相談に応じる。
台風19号で長野市の千曲川の堤防が決壊したのは、越水による損傷だけでなく、大量の川の水が地下に浸透したことも要因の一つと専門家が分析している。
水を通しやすい地盤だったとみられるが、地下構造の対策には限界があり、「素早く避難するために日頃からの備えが大切だ」と訴えている。
新潟大の教授(地質学)卜部厚志は、決壊場所の地面が深く削られ、大粒の石が積もっていたことに注目。「地下は水を通しやすい砂利の層なのではないか」と指摘。
長野市立博物館によると、現在の堤防の場所は、江戸時代に存在した城の堀と一致するといい、卜部さんは地下に水の通り道がある可能性を示唆した。
千葉。甚大な被害をもたらした記録的大雨からきのふで1週間が経過した。
住宅の浸水被害があった地域ではボランティアによる泥のかき出しなどの作業が本格化。一方で、細菌やカビの繁殖を抑えるために必要な浸水家屋の消毒作業は担当する自治体職員が不足し、難航している。
県社会福祉協議会などによると、大雨被害で災害ボランティアを募集しているのは佐倉市、茂原市、市原市、長南町、長柄町の5市町。
泥かき、畳上げ、家屋内の清掃などを行うボランティアを募っている佐倉市では3連休を前にしたきのふ、2件の要請に対して、男女13人のボランティアが集まった。
鹿島川の氾濫で床上浸水の被害を受けた岩井圭子さん(77)の住宅では、敷地内に流れ込んだ土砂や草木を運び出す作業が行われた。
過去2回のボランティアの訪問で室内の畳や土砂の運び出しは終わっており、「ボランティアのおかげで本当に助かっている」と感謝の言葉を口にした。
ボランティアとして作業を行った水戸市の会社員、牟田一裕さん(35)は佐倉市の出身で「故郷を助けたいという気持ちで参加した」と話した。
一方、各市町で課題となっているのが浸水した家屋の消毒作業だ。浸水家屋が1400棟を超える茂原市では、大雨翌日の先月26日からほぼ連日、25人の市職員が市内の造園業者や
シルバー人材派遣センターの応援も得て、地区ごとに集中的な消毒作業を実施。
きのふ31日までに1852件を処理したが、市の担当者は「まだ作業完了のめどは見えない」と話す。佐倉市は市職員が28日以降、150件の消毒依頼に対応。それでも市のホームページを見て、
消毒を申し込んでくる市民は後を絶たないという。
長柄町は31日から屋内用の消毒液の配布を町役場で始めたが、職員が出向いての作業は行っていない。町の担当者は「自力での作業が難しいなどの要望が多くなれば対応を考えたい」と話している。/a>
東京。あきる野市を流れる多摩川の支流・秋川の護岸が台風19号による増水で100mにわたって壊れ、護岸の上の斜面も削られた。
その上にあった民家1棟が崩落。付近の家屋5棟も、家の下の土が削られた状態になっている。度重なる雨で復旧工事も遅れ気味で、20人以上の住民たちが、避難所や市内の実家などで寝泊まりする生活を続けている。
現場は圏央道あきる野インターチェンジの東600m余り、あきる野市牛沼の秋川右岸。
川を管理する都西多摩建設事務所によると、川沿いに高さ5・8mの護岸があり、幅20mほどの帯状の平らな場所を挟んだ高さ5mほどの斜面の上に、民家6棟が並んでいた。
台風19号が直撃した12日夜、6棟のうち1棟が斜面をずり落ちるように崩落。
隣の1棟の下の土も削られて基礎がむき出しになった。けが人はなかった。4棟の下の斜面の一部も削られ、川が建物のすぐ下に迫って流れている。
愛知。きのふの午後6時ごろ、県立津島東高校の正門前の直線道路で、横断歩道を自転車で渡っていた同校2年生の女子生徒(17)が乗用車にはねられた。
女子生徒は頭や骨盤を骨折し、意識不明の重体。高校によると、部活動を終え下校した直後のことだったという。
警察は、乗用車を運転していた名古屋市に住む会社員鈴木藍稀(21)を過失運転傷害の疑いで現行犯逮捕し、事故の状況を詳しく調べている。
大阪。大阪地検岸和田支部で、収容される予定だった女が逃走した事件で、女らをかくまったとして、知人の62歳の女が逮捕された。
犯人蔵匿の疑いで逮捕されたのは、和泉市に住む竹田加代美(62)で、竹田は先月31日から今月1日にかけ、保釈が取り消され、逃走していた被告野口公栄(49)と息子の仁(30)を
親族が住む集合住宅の部屋にかくまった疑い。竹田は2人の知り合いで「少しでも助けになればと思った」と容疑を認めているという。
警察は竹田の親族からも事情を聴いている。野口らの身柄の確保を受け、大阪地検の次席畝本毅は「近隣住民に不安を覚えさせる結果になったことを重く受け止めている」と陳謝した。
広島。「平成30年7月豪雨」で被災した呉市周辺の宿泊施設をリレー形式でつなぐイベント「呉元気わくわくフェスティバル」の第1弾が明日3日、野呂高原ロッジ(呉市川尻町)で開催される。
災害から復興した呉の様子を情報発信し、観光誘客を促進させようと呉市が主催する。
駐車場に設けた会場では、野呂山で捕れたイノシシを使った串焼きや鍋、イノシシバーガーや安浦産の焼きガキ、野菜、果物などを販売するマルシェを開く。場内のステージでは、
野呂岩海太鼓、川尻中学校吹奏楽部による演奏や剣道部が試技を披露するほか、音楽演奏を行う。
今後は年明け以降にイベントを続ける。蒲刈(2020年1月26日)、倉橋(同2月16日)、安浦(同2月23日)、音戸(同2月29日)で予定しており、呉ポートピアパークで集大成となる
イベントを3月14日・15日の2日間にわたって開く。集客目標は3万5000人。開催時間は10時〜15時。
愛媛。台風19号の被災地で役立ててもらおうと、宇和島市のNPO法人「U.grandma Japan(うわじまグランマ)」(代表松島陽子)は、きのふ宇和島市桝形町2丁目の倉庫で野菜や米、ミカンなどの
支援物資の荷造りをし、東北地方で子ども食堂を運営する団体に発送した。
宇和島市在住の女性らでつくるうわじまグランマは昨年、西日本豪雨災害後に被災者の支援を始めた。活動前から子ども食堂の開催も検討していたが、支援していく中で災害時の
コミュニティーの重要性を痛感。改めて地域の住民がつながる場として「食堂」の意義を再認識し、今年春から子ども食堂をスタートさせた。
台風19号の被害拡大を受けフェイスブックを通じて支援金を募った。支援内容を検討していたところ、加入するNPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」(東京)の
ネットワークなどを通じて、被災地の食堂運営団体のニーズを把握。支援金を食材提供に充てることにした。
熊本。熊本市は、きのふ熊本地震に伴って整備した建設型仮設住宅(9団地、541戸)のうち、東町仮設団地(東区東町)の撤去を始めた。
熊本市での仮設団地撤去は初めて。ほかの8団地は撤去の見通しが立っていない。
東町仮設団地は2016年8月に完成し、最大38世帯が入居。自宅再建を待つ最後の1世帯が10月中旬、防犯上の理由から別の仮設団地に転居し、撤去可能になった。
転居費用は市が負担した。この日は、作業員5人がプレハブ住宅の中から畳を運び出したりエアコンの室外機を外したりした。
来年1月末までに更地にする予定。跡地の利用方法は決まっていない。市内の仮設団地に入居する被災者は9月末現在、78世帯。ほとんどが自宅の再建を待つ被災者だが、契約期間を過ぎても
完成しないケースが出ており、ほかの8団地は撤去の開始時期が見通せないという。
市震災住宅支援課は「撤去開始は復興に向けた新たな一歩。どの仮設も入居者が少なくなっているが、安全確保を第一に考えたい」としている。
宮崎。那覇市の首里城火災から一夜明けたきのふ、九州でも悲しみの声や早期復元を願う声が広がっている。
太平洋戦争末期、多くの沖縄県民が疎開した宮崎県には「リトル沖縄」として知られる街があり、思いは強い。那覇市と姉妹都市協定を結ぶ県内自治体も募金箱を設置するなど支援に乗り出した。
宮崎沖縄県人会会員83世帯のうち73世帯が住み、「リトル沖縄」とも呼ばれる宮崎市波島地区。
住宅のあちこちの門に琉球諸島の守り神シーサーが立つ。31日早朝、ラジオでニュースを聞いた山内武さん(81)は「信じられなかった。首里城は沖縄県民の魂だ」と肩を落とす。
波島には、戦中戦後、沖縄県民300世帯が移り住んだ。山内さんも1943年、沖縄県与那原町から母、弟とともに波島に疎開。
沖縄に残った父と祖母は行方知れずとなった。戦後、沖縄県疎開者の「琉球漆器」の職人から技術を受け継ぎ、「宮崎漆器」の職人として波島で46年間働いたが、「離れているからこそ
古里への思いが募る。一日たりとも沖縄のことを忘れたことはない」。
疎開後、3度沖縄を訪問した。昨年10月末の首里城祭に合わせ、首里城を初めて訪れ「美しい城だ」と感激した。現地で配られた正殿をデザインしたうちわを大事に持ち帰り、
自宅に飾っていた。漆を扱った職人時代の経験から「漆は燃えやすい。漆塗りの正殿は火の回りが早かったのだろう」と推測する。
「沖縄県民は戦災で全て失ったが、幾多の苦難を乗り越えて復興した。首里城再復元へ一日も早く出発するべきだ。再び完成したとき、沖縄県民に何倍もの力を与えてくれるはずだ」とエールを送る。
那覇市と姉妹都市協定を結び、文化交流が続く日南市は、きのふ市役所など2カ所に募金箱を設置した。寄付した主婦は「気持ちだけでも」と話した。
宮崎沖縄県人会の会長崎原秀和さん(71)は「移住1世の高齢者ほど悲しみが深い。県人会の役員会でも何かできるか話し合いたい」と言う。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。富山市の市長森雅志は、来秋に予定される知事選について多選は好ましくないという考えを、きのふの定例会見で明らかにした。
知事選まで一年を切る中で、現在四期目となる現職の知事石井隆一をけん制した。森は自民党本部の規定を引き合いに出して「都道府県知事は三期まで」というルールを尊重すると持論を展開。
知事石井に対して「北陸新幹線整備の財源の見つけ方は、僕らの視野にはなかった形で大変いい仕事をしていただいた」と評価する一方、「少しやり方が回りくどい。古い時代の仕事の仕方」と
改善を希望した。次期知事には「市町村の事業を視野に入れながら連携した作業をしていくことを次の時代には求めていきたい」とした。
また、今期限りでの退任を表明している自身の後任については「どなたからも何も聞いていない。少し予想と違いました」と明かし、「またやるんじゃないかとうわさが流れているようですが
絶対ありません」と出馬を否定した。
福井。きのふの朝8時半過ぎ、福井市西開発3の用水路付近で、水路の拡張工事を行っていたクレーン車が横転。
電線を切断し、西開発地区の最大140戸が2時間にわたり停電した。けが人はいなかった。
福井署や施工会社によると、土が崩れないよう板を打ち込むためにクレーン車を使用。クレーン車は安定を確保するため、左右のキャタピラの間隔を広げてから作業する必要があるが、
作業場所が狭く、片方のキャタピラしか広げなかったことでバランスを崩したとみられる。
現場付近の納豆をつくる食品工場では「停電で機械が動かなくなり、6000パック分ほどの豆が駄目になってしまった。もったいないが、商品にはできないので捨てるしかない」と嘆いた。
能登。今朝3時半前、志賀町で道路を歩いていた83歳の御婆さんが、ワゴン車にはねられ死亡した。
事故があったのは志賀町富来領家町の国道249号で、家の近くの道路を歩いてた高野久美子さん(83)が輪島市方向から走ってきたワゴン車にはねられた。
この事故でが全身を強く打ち、病院に運ばれたが、1時間後に死亡した。
現場は信号機や横断歩道のないゆるやかなカーブの道路で、警察ではワゴン車を運転していた志賀町の59歳の男から話を聞くなどして事故の原因を調べている。
金沢。ライトアップイベント「金沢城・兼六園四季物語秋の段」が今夜から始まる。
雪づりを施した唐崎松や徽軫灯籠をほのかな明かりが包み、紅葉の進む園内に幻想的な雰囲気が漂う。点灯時間は午後5時半〜8時45分で、今月24日まで。
兼六園では期間中の土曜に限定スイーツとドリンクを味わえる「おもてなしカフェ」を設け、「いい夫婦の日」の11月22日は先着200組に団子を振る舞う。
金沢城玉泉院丸庭園では光と音と映像を組み合わせたイベント「スペシャルアートショー」が2、3、9、16、23日の午後6時から1時間間隔で行われる。
金沢地方気象台によると、2日からの3連休中、石川県内は高気圧に覆われ、晴れまたは曇りが多くなる見込み。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
霜月に、入って2日。日に日に寒くなってきた。
松任に居る安田君からの便り。久し振りです!相変わらず施設の子供と遊んでいますが、段々スタミナがなくなり、息が切れてまいりました〜〜〜!ソロソロやめようと思いつつも、
77歳まで(来年の8月5日まで)頑張れればと)折れる気持ちを奮い立たせております。2か月前に、子供たちに、首をガクンと曲げられてから、毎日接骨院に通っていますが、
施設では毎日笑っていますが、痛みはなかなか抜けません。そろそろ自宅謹慎療養中?(近いね〜!!)(笑)それじゃ―又、なんて。
午後の散歩は何時ものコースで、寺津用水は水量はまずまずで、流れは速かった。
体育館では車が7台が停まっていた。
桝谷さんち前、3匹が花梨畑にいた。バス通りを渡って、坂道の途中の
和田さんちの菊がいい。下って左折。今朝、病院で会った尾田さんのち庭、八重の椿に、シュウメイギクと赤白のセージがいい。
元洋菓子屋さんちの手前、山元さんちのジャガイモが花を付けていた。対面、出戸さんちのバラがいい。下校の低学年の女の子に「御帰り、遅かったのネ」、「4時半まで居ました」。
Dr小坂の前の三叉路で、型枠工場の 煙が上がっておらず、1台のレッカー車が帰っていた。
Dr小坂は宇野さもまだ帰っていない。小坂さんちの庭の小粒のバラがいい。なかの公園手前の4差路は右折。薄暗くなってきた。
5輪のアサガオが萎んでいた辰次さんち過ぎた。谷口の御ばあさんち、ウメモドキにツワブキの花がいい。
シュウメイギクのきれいな湯原さんち、坂本、赤白のパーラーのきれいな松本さんち過ぎてみすぎ公園へ。次の次の三叉路は逆火Vターン。辻の爺さんの軽トラは鎮座していない。
こんな遅くまで畑に居るわけないのにどうされたのかな。山手ハイツの裏通りから4差路へ。
京堂さんち前のバス通りを経てコンビニの裏通りへ。ひょっとこ丸はまだ帰られていない。谷内江さんち前で低学年の女子を乗せた車が停車中。ピアノ教室へ来た我が子の迎えか。
生垣で濃紫のアサガオが萎んでいて、サルビアの元気な藤田さんちの四つ角、暗くて見えず。過ぎて小林さんち横の畑でシュウメイギクも暗くて見えず。
瀬戸さんちのシュウメイギク、本田さんちのサルビアが、街路灯のおかげで待っていてくれたのが目に入った。
朝夕の散歩は〆て、1万1602歩、8、1キロ、消費カロリーは269kcal、脂肪燃焼量は19グラム。
困難に打ち勝つ精神力(Spirit)、相手を思いやる心(Sympathy)、自分を律する心(Self―control)」(金沢桜丘高の「3S歩行」
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
灘五郷この水ありてこそ新酒
地芝居や昨日弁慶けふ馬脚
大戦を仕掛けし国の敗戦忌
ことのほか浪速の夜の秋暑し
縄跳びす白シャツの児の二人して
花篝 勇の歌碑を照らし居て(吉井 勇の歌碑は祇園白川にあり)
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2019年11月2日(ふ)
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