ミャンマー大雨、地滑りで51人死亡 4万人が避難
2019年、亥年、 葉月8月12日(月)、晴れ。金沢の最低気温27度、最高気温は35度。
今朝の散歩は生ごみ捨てのコース。朝は涼しい風あり。河田さんの庭では、アルストロメリアやオニユリがいい。畑ではナンバの赤が目にはいる。道下さんちの前過ぎて、寺本さんちの畑の生垣には、キキョウが咲いていた。
荒木、西野さんちの松葉ボタンは萎んでいた。右手から朝陽が登ってきた。
右手の小林さんちの横の畑、おぉ、辻の爺さんの軽トラが横付けになっていた。バス停に近い突き当りの深紅やピインク、白のバラがきれいな島さんち過ぎて、藤田さんち前の4差路は左折してコンビニの方向へ向かった。
北さんちの畑、でっかいヒマワリがうつむいていた。ひょっとこ丸はお休みだ。
コンビニの裏通りからバス通りは横切って、京堂さんち前の調整池は左折。ぺンキ屋さんちの畑では、無花果と薄紫の百日紅が目に入る。三叉路は右折。清水の婆さんちの畑、
トマトやナス、里芋などの野菜も順調だ。グラジオラスやヒマワリも満開だ。
公園入り口のゴミステーション前、足もとに横になっている猫を前に新聞に目を通している青木さんに「お早うございます」ムクゲの御宅の前二軒目、巌本さんちでは、百日紅の花が色があせていた。
ムクゲの朝香さんちは、幾分花が散っていた。ここを経て 、三差路は右折した。角の細川さんちの生垣の下にはヒルガオ、二軒目の宮本さんちの、ギボシがいい。
高瀬さんちの庭の横では芙蓉が咲いていた。柴犬連れの高瀬さんが御帰りで「お早うございます、早いですね」、「今日は用事があるもので…」と。
清水の婆さんち前のお宅の夏椿が1輪咲いていた。三差路では亡くなった吉井爺さんちのマツバボタン、更に松本さんちのパーラや色づいたホウズキを見つつ、行くと、坂本さんちの庭、
旦那が庭におられて「お早うございます」、「朝は涼しくなったね」。イシヅチバラ(十六夜バラ)が待っていてくれた。
三叉路は左折。ごみ出しに出られた松本さんに「お早うございます」、ツバメが出入りされて乱舞していた。南国へ帰るのが近いようだ。玄関から出てこられた御婆さんに「お早うございます」。
実家の墓参りに出かけるのか「お父さん、行ってきますね」と車に乗り込んでいた。
湯原さんちの庭では、アルストロメリア、ハマナス、バラ、ブラックベリーの実などがいい。アサガオにヒマワリも咲いていた。神社前の清水さんち、裏の畑にはでっかいアメリカ芙蓉は3輪咲いて、
玄関先には10輪余りの朝鮮アサガオが咲いていた。
土谷さんちの松葉ボタンは萎んでおり、辰次さんちの納屋の横のアサガオは15輪咲いて、テッセンは消えていた。電動車いすで畑へ出かける御婆さんに「お早うございます」。
「腰が痛くて、施設にいた方がいいけど」なんて。徳中さんちの風車は回っていないが、庭のノーゼンカズラに深紅のグラオラスがいい。
ペンキ屋さんち、無花果の実が大きくなって、ピンクのバラやヒオウギの朱色が冴える。
修平さんの実家、ムクゲが咲いているのが目に付いた。四つ角過ぎて、宇野さんの兄貴さんち庭のアルストロメリアは元気だ。宇野さんやDr小坂は御休みだ。
三叉路は左折したが、型枠工場では2台のレッカー車は鎮座していて構内は静かだ。
バラの咲いている金子さんちあたりを一回りしたが、湯原さんちの畑前の基礎が完成した新築現場では、材木が積み上げられて盆明けには棟揚げがされそうだ。
岡本さんち、ザクロ、キスゲにオニユリ、薔薇の花も咲いてきれいだ。対面の墓場の通り、車が2台駐車して墓参り客が目にはいる。柿の畑には大型のユンボが入っていた。
大柳さんちの三叉路は、左折。四つ角の山津さんちの大きくなった花梨が目立つ。櫛田さんちの玄関脇のアサガオ5輪が咲きだしていた。
バラやパーラの咲いている上村さんちの三叉路は左折。このあたりは一回りしたが、中宮さんち薄い空色のアサガオが3輪咲いていた。
尾山さんちの前、白のユリが朽ちた紙谷さんち、アサガオが3輪咲いていた。浅野さんちのジャスミンの香りをかぎつつ角を過ぎると、涌波の親父さんが来ていた。舘山町へ向かう。
畑から軽トラで戻ってきた中村の御婆さんに「お早うございます」。才田さんちの庭、樹齢100年と言うザクロの実も大きくなって、葭簀に来空色のアサガオが1輪咲いていた。
小津さんち、納屋の前に軽トラがあり草刈りに行ってこられたのか息子さんに「お早うございます」。
中村さんちの、琉球アサガオが12輪咲いていた。畑では百日草やヒマワリ、赤のグラジオラスや江戸菊、ダリア等々がいい。
御宅の崖のストロメリア等が草刈りでバッサリ、枯葉で一杯だ。坂道上の鉄格子の犬小屋でセバードは見「う、うー」とうなっていた。落しものや尿など動物特有のいやなにおいが毎回漂う。
坂道の角家、五ノ田さんちの裏ではノーゼンカズラが満開で、落下しているのも目立つ。
左のキク畑、ダンプの裏では、軽トラに爺さんを乗せた斎田の御婆さんが花を摘んでいた。空き地の横を下って行くと、宮田さんちブドウの棚が目に入る。対面のイチジクの畑では、
実が大きくなって、網紐が張ってあった。
その奥の崖地では芙蓉にムクゲが一杯咲いていた。雀のお宿、越野さんちの前、朝日さんちの薄黄色のアジサイも弱ってきた。越野さんち、エサ台の近くに雀どもが集まっておらず。
隣の空き地ではアジサイが色あせた。金子さんち、芙蓉に赤萩が咲いていた。
角地の八重澤さんちはホタルブクロ、芙蓉がいい。石田さんちの角は左折。バス通りを渡った角地では柴犬連れの小原さんに「お早うございます」、体育館の横の歩道から散歩中松本さんに
「お早うございます」、小屋の前前までご一緒した。けふもラジオ体操はなかったそうで「子供の三連休は許せん」とおかんむり。
しかし。「親子で旅行ということもあるから仕方ないか」と理解あるところもあった。「幼少のころは月月火火金、なんて海軍の軍歌もあったり…」なんて。「この頃、軍歌を思いだします」と。
花梨畑を見つつ行くと、野良犬は一匹見えて、もう一匹は体育館の花壇に居た。
体育館には車は15台、横の花壇では松葉ボタンが萎んでいた。横の歩道では、犬が疲れたのか小型犬のピンシャー抱いた親父さんに「お早うございます」。寺の境内下から流れてくる寺津用水、
発泡スチロールなどのゴミが除かれ、水量はまずまず。崖の上では赤白の夾竹桃はいいがアジサイが色褪せた。
配水池の斜面では大型のユンボが駐車中。寺の境内から帰宅する通いの渡辺さんに「お早うございます」。
小屋の前で、松本さんと他れた。まず水撒きして、ミニトマト3ケ採った。
小屋に入ろうとしたら、先のピンシャー連れた親父さんが前の通りを行くではないか。ほとんど見かけないから永安町の方かも。
何時ものように茶を入れて、後にカフェを点てた。これが至福のひと時である。
たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時
橘曙覧 (1812〜1868)
日本列島。超大型の台風10号は北寄りの進路を維持し、お盆休み後半の15日ごろには西日本の四国から九州に接近・上陸する恐れがある。
西日本と東日本の太平洋側では明日午後から雷を伴った非常に激しい雨が降る見込み。
水難事故も相次いでおり、気象庁は大雨による浸水や河川の増水、海岸での高波などへの厳重な警戒を呼び掛けている。気象庁によると、東日本と西日本の太平洋側に台風周辺の暖かく
湿った空気が流れ込み、台風接近前から大雨の恐れがある。接近後は15日ごろにかけて台風本体の雨雲がかかり、西日本を中心にさらに雨量が多くなりそうだ。
520人が亡くなった1985年の日航ジャンボ機墜落事故からけふ12日で34年を迎えた。
墜落現場へと向かう登山口の入り口から40分ほど歩くと、墜落現場の御巣鷹の尾根に到着する。朝から晴れていて、この道を遺族らが、一歩一歩、踏みしめるように登っている。
けふ12日は、朝早くから遺族らが慰霊登山を行っている。遺族の中には高齢となった方も多く、つえをつきながら休み休み現場を目指す姿も見られた。
そして、遺族らは慰霊碑に手を合わせ、犠牲者の冥福を祈った。幼なじみを亡くした男「この時期になると必ず思い出しますし、ずっとこの先もそうだと思います」。
姉を亡くした男「顔を見に来た。ここに来たら、落ちたときのことを思い出す。(事故のことを)忘れないでほしい」。
このあと、午前10時半からは、遺族らによって墜落現場付近で「安全の鐘」が鳴らされた。
現場となった「御巣鷹の尾根」の麓を流れる群馬県上野村の神流川で、きのふの夕、故人をしのぶ灯籠流しが行われた。遺族らは空の安全と事故の再発防止を祈り、水面に向かって静かに手を合わせた。
日航機事故の遺族でつくる「8・12連絡会」などが主催。参加者全員が村役場近くの河原で黙とうし、墜落時刻の午後6時56分、「ずっとずっと安全な空」、「いつまでも忘れない」などの
メッセージが書かれた灯籠を川に浮かべた。アコーディオンとオカリナの調べが響く中、300個の明かりが川面を照らした。
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子(もとこ)
沖縄は今。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古の埋め立て問題。
きのふの午後1時過ぎ、今帰仁村の崎山ビーチ沖で「3人でダイビング中に1人が行方不明となった」と118番通報があった。
第11管区海上保安本部のヘリが200m沖合であおむけで浮いている福岡市の女性(52)を発見し、救助。意識不明で北部の病院に搬送後、午後3時半過ぎに死亡が確認された。
名護保安署によると、女性は家族で旅行中だった。インストラクターとほかのツアー客ら3人で正午前からダイビングをしていた。
宜野湾市の沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故から明日13日で15年を迎える。
島ぐるみ会議ぎのわんと普天間爆音訴訟団は、きのふ宜野湾市役所前で抗議集会を開いた。「オール沖縄」の議員を含む150人が参加し、米軍普天間飛行場の返還や名護市辺野古の新基地建設反対を訴えた。
この日の昼にはF35とみられるジェット戦闘機の激しい騒音が宜野湾市内で複数回あり、普天間飛行場に所属していない外来機による被害が改めて確認された。
登壇者らは、2012年10月から13年9月にかけてMV22オスプレイが計24機配備されたことを踏まえ「ヘリ墜落から15年間、何も変わっていないのではなく、むしろひどくなっている」と憤った。
島ぐるみ会議ぎのわん共同代表の県議新垣清涼は「われわれへの挑戦かと思うくらいの爆音。これ以上合点(がってぃん)ならん」とあいさつ。
17年12月に米軍ヘリの部品が落下した宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園の園長神谷武宏さんは「普天間飛行場がある限り米軍機の事故は続き、ウチナーンチュの命は奪われ続ける。
米軍にこれ以上罪を負わせないためにも普天間を返させましょう」と呼び掛けた。
米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に関して大浦湾に広がる軟弱地盤に対応するため、沖縄防衛局は9日、地盤改良工事に向けた設計変更の業務について委託先の企業を発表した。
当初の設計に地盤改良工事を組み込む設計変更業務と、それに伴う環境影響を調べる業務がある。
設計業務は日本工営・日本港湾コンサルタントの共同体、環境影響の検討業務はいであ・沖縄環境保全研究所の共同体が受注した。日本港湾コンサル以外の3社は防衛省OBが再就職したことが明らかになっている。
選定された4社のうち、沖縄環境保全研究所を除く3社は今年1月に地盤改良工事の手法を検討した政府の報告書の作成に携わっている。
契約額は設計業務が4億2550万円(税込み4億6805万円)、環境影響の検討業務が6100万円(税込み6710万円)。ともに契約期間は来年3月末まで。
公募型プロポーザル方式の入札で、防衛局は選定理由を「技術的適正などにおいて最適だった」としている。
業務には県への変更申請のための資料を作成することや一部の護岸を設計し直すことも含まれている。設計変更には、埋め立て承認権を持つ県知事から改めて承認を得る必要があるが、県は応じないとみられる。
♪遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で、安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田佳彦らにあったのは今さら言うまでもない。
韓国政府はけふ12日、安全保障上の輸出管理で優遇措置を取る国のグループから日本を9月ごろに除外すると発表した。
日本政府が安全保障上の輸出管理で優遇措置を取る「ホワイト国(優遇対象国)」から韓国を除外することへの事実上の対抗措置。日韓関係の悪化は歯止めがかからず、国際的な懸念が高まっている。
韓国から日本への戦略物資の輸出で包括許可が適用されにくくなるほか、個別許可の審査期間が5日から15日に延び、手続きが厳格化される。
韓国政府は20日間の意見公募期間などを経て、措置を実施する予定。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。
政府は今月28〜30日に横浜市で開くアフリカ開発会議(TICAD)で採択する首脳宣言に、アフリカで一部の国が債務超過に陥っている問題への「懸念」を明記する方向で調整に入った。
中国がインフラ整備に際して多額の資金を貸し込む「借金漬け外交」をけん制し、中国主導の開発への警戒感をアフリカ諸国と共有する狙い。
高い成長が期待され、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」に基づく投資で急速に影響を強めるアフリカに対し、日本も関係強化を進めていることが背景にある。
TICADはアフリカの開発や支援をテーマに日本が主導する国際会議。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
夏の甲子園、大会第7日のけふ12日、2回戦4試合が行われ、八戸学院光星(青森)、宇部鴻城(山口)、海星(長崎)、高岡商(富山)が3回戦に進んだ。
八戸学院光星は智弁学園(奈良)に10―8で競り勝った。8―8の九回に途中出場の沢波の適時打で2点を勝ち越した。春夏通算30勝目。
宇部鴻城は宇和島東(愛媛)を7―3で下した。岡田は13安打を許しながらも12三振を奪い、3失点で完投した。
海星は13年連続出場の聖光学院(福島)を3―2で振り切った。柴田が2失点完投。
高岡商は神村学園(鹿児島)に4―3で勝った。
香港。香港の航空当局はけふ12日午後、香港国際空港で大規模デモが行われた影響で、同空港を同日中に発着する全ての便の欠航を決めた。
中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を巡り、香港島や九竜地区で、きのふ抗議活動が行われた。
若者らは各地で繁華街の幹線道路などを占拠、警官隊が強制排除のため催涙弾を発射し、複数人を拘束した。負傷者も出た。
6月に抗議活動が本格化して2カ月がたち、香港政府は過激デモへの取り締まりを強化。若者らは最近、警察を消耗させるため、短時間で場所を変えながら道路封鎖などの抗議活動を繰り返している。
行動が予測不能なことから、観光客への影響も懸念されている。若者らはきのふ11日も分散し、海底トンネルや車道をバリケードで次々に封鎖した。
ミャンマー。政府によると、南部モン州で9日朝、大雨による地滑りが起き、51人が死亡、少なくとも30人が行方不明になっている。
東部や北部でも洪水が起き、全土で4万人が避難しているという。ミャンマー政府によると、地滑りはモン州中部で発生し、11日夕までに51人の死亡が確認された。
降り続く雨で救出活動は難航。道路も所々で寸断され、救援物資が届かない状態だという。
東部カレン州や北部カチン州でも大雨で冠水する地域が出ている。カレン州ではタイとの国境近くの橋が増水で通行できなくなっており、物流に大きな影響を与える恐れがある。
トルコ。内戦のシリアからの難民を最も多く受け入れてきた北隣のトルコのエルドアン政権が、在留管理を厳格化する方向にかじを切った。
長期化する内戦でシリア難民の帰還に見通しが立たず、トルコ市民がいらだちを募らせていることが背景にある。
最大都市イスタンブールからの退去を迫られる難民は、「苦境に理解を」と訴えている。国連難民高等弁務官事務所によると、シリアから周辺国に逃れた562万2千人の65%にあたる
363万9千人がトルコに滞在する。トルコは2011年にシリアの混乱が始まった直後から国境を開いて、難民を広く受け入れてきた。
トルコ国内のシリア人は「一時的保護」制度で登録された県にとどまらねばならないが、多くのシリア人は仕事を見つけやすい大都市に無登録のまま移り、トルコ政府によれば、
イスタンブール県で登録されたシリア人は国内最多の54万7千人だが、実際にはこれを大きく上回るシリア人たちが暮らすとされる。
中国。大型で非常に強い台風9号が一昨日10日未明、中国沿海部の浙江省に上陸した。
中国メディアによると、きのふ11日までに浙江省では大雨で土砂崩れや土石流が発生し32人が死亡、16人が行方不明となった。
浙江省に隣接する上海の虹橋、浦東両空港では10日、飛行機の欠航が相次ぎ、日本発着便を含む計1776便が欠航。国営中央テレビによると、浙江省や上海、江蘇省、山東省などで
住民120万人が避難したという。
ブラジル。「フェミタクシー」というスマホアプリの利用が広がっている。
利用登録できるのは運転手も客も女性。車内で2人だけになっても互いに安心できると人気だ。背景には、女性であることを理由にした殺人「フェミサイド(女性殺し)」の横行がある。
きっかけは女友達の一言だったという。
「タクシーの男の運転手の態度が、私一人の時と恋人が一緒にいる時で違う」、そこで女性専用タクシーアプリの開発を始めたのがサンパウロ在住のフランス人、
シャルル・アンリさん(29)。「女性客と女性運転手をつなぐアプリがあれば安心して乗れるのではないか」。2016年12月に「フェミタクシー」を発表した。
登録できるのは女性だけ。客は写真登録が必要で、運転手には身分証明書の写しを出してもらう。
当初、対象地域はサンパウロ市だけだったが、評判を呼び、今は周辺の州にサービスを拡大している。女性運転手7千人が登録し、利用客は10万人ほど。同様のサービスを提供する
会社も出てきて、運転手が足りない状況になっている。アプリを利用するカミラ・デアビラさん(24)は、南東部ベロオリゾンテで16年からタクシーを運転している。
大学生だった15年、タクシー運転手の父が急死。家計を支えるため、父が残した車で仕事を始めた。時間の融通が利くため、学業と両立できた。
昼間だけ運転するなど気をつけたが、狭い車内で男性と2人きりになるのは怖い。17年1月、運転手仲間から「フェミタクシー」を聞き、登録した。
それでも流しで男の客を拾うことがある。ある日、助手席に座った男の腰に銃が見えた。勇気を振り絞り、「あなたを乗せられない」と言うと、何も言わずに降りた。危害は加えられなかったが、
見知らぬ人を乗せる怖さが身にしみた。
南部クリチバで14年、女性タクシー運転手が客に性的暴行をされ、殺害された。逮捕された男は以前に客として3回乗り、機会をうかがっていたと供述した。
昨年は女性客が男の運転手に性的暴行をされる事件も各地で起きた。これらは氷山の一角とみられている。世論調査会社「ダタフォーリャ」などが今年2月に実施した調査で、
性的暴行などの被害があった女性の52%が通報や相談をしなかったと答えていたからだ。
米国。11日付の米紙ワシントン・ポストは、1966年以降、米国で起きた銃乱射事件は165件に上り、1196人が犠牲となって死亡、2千人近くが負傷したとする特集記事を掲載した。
発生頻度は年々増しており「銃乱射事件は恐ろしいが、もはや驚くことではなくなっている」と指摘している。
米国では年間3万6千人が銃関連の事件で死亡しており、乱射事件の犠牲者はそのごく一部に過ぎないという。記事は12ページにわたり、1966年以降の全事件を時系列に紹介して犠牲者の名前を掲載、
2012年12月以降に起きた事件の犠牲者423人の顔写真を見開きで載せた。
韓国。日本政府による韓国への輸出規制強化を受け、区役所が日本製の事務用品使用を中止したり、万国旗から日本国旗を除外したりするなどソウル市で抗議の動きが広がっている。
韓国全土でも世論調査で6割が不買運動に参加中と回答。対日世論が硬化する中、一部の市民からは困惑の声も上がる。
韓国メディアによると、ソウル市西大門区では6日、区職員らが「タイムカプセル」と名付けた透明の箱に日本製のボールペンや鉛筆削りなどを次々に投入する様子を公開した。
日本が規制強化の方針を変更するまで保管するという。「買いません、使いません」と書かれた横断幕を掲げ集会も開いた。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。連日クマが出没している札幌市南区の住宅街では今朝もクマが現れて、住民の不安が高まっている。
現場にはハンターが出動して万が一の事態に備えている。今朝6時ごろ、札幌市南区の住宅街でクマが姿を現した。クマは逃げ出すそぶりもなく、車の真横をゆっくりと通り過ぎる場面も。
クマは草や作物を食べながら、住宅の庭を次々と移動していた。
明るくなってからの出没をうけ、ハンターも出動する事態に至った。クマが姿を現す前、近くの墓地にお盆の墓参りに訪れた人の間には、不安が広がった。「やっぱこわいよね。
(クマに)会いたくない。食べ物とかは持って帰らないととは思う」(墓参りに訪れた人)。
住宅街での出没を続けるクマ。不要不急の外出を控えるなど厳重な警戒が必要だ。
岩手。八幡平市のふるさと納税で、業者が返礼品の産地を偽って発送していた事件を受けて、市長田村正彦が陳謝した。
きのふの会見で、市長は「不信感を与え、深くお詫び申し上げます」と陳謝した。市によると、逮捕された関欣哉ら2人は、八幡平市のふるさと納税の返礼品として、産地を偽装した
広島産のマツタケを、去年10月20日から11月12日までの間に、177件発送していたという。
また、マツタケが不作だった2017年度は、市に相談し、了解した人にかぎり県外産を発送していたが、昨年度は無断で偽装していた。市は9日、返礼品事業を一時中止し、今後、
寄付した人や生産者に文書で謝罪するという。
宮城。520人が犠牲になった1985年の日航ジャンボ機墜落事故はけふ12日で34年を迎えた。
墜落現場の群馬県上野村「御巣鷹(おすたか)の尾根」に、大震災の津波で宮城県石巻市立大川小5年だった次女千聖(ちさと)さん(当時11)を亡くした紫桃(しとう)隆洋さん(55)が慰霊登山をしている。
「御巣鷹の尾根は、命について考える特別な場所なんです」。癒えることのない悲しみの中で、日航機事故の遺族たちの歩みを重ねている。
紫桃さんが初めて御巣鷹の尾根に登ったのは震災2年後の2013年8月12日だった。「なぜ娘は命を落とさなければいけなかったのか」。心を整理するために、何かきっかけを
見つけたかった。前日の夜、石巻市の自宅から車で何時間もかけて上野村にたどりついた。
墜落事故との直接の縁はない。「大切な場所に足を踏み入れていいのか」。不安もあった。予約なしで飛び込んだ村内宿舎で偶然、墜落事故の遺族らでつくる「8・2連絡会」事務局長で、
小学3年だった次男健さん(当時9)を亡くした美谷島邦子さん(72)と出会った。宿舎で2時間ほど、胸の内を語り合った。
親として、子供の最期に寄り添えなかった悲しみ。大川小のこと。「健ちゃんが巡り合わせてくれたのかな」。不思議な出会いだった。
以来、紫桃さんは8月12日に一人で慰霊登山を続ける。自宅の庭で育てたヒマワリを摘んで持って行く。震災の年、がれきだらけの街に咲き、被災者に希望を与えた花だ。
足には、地元消防団で支給された安全靴。震災直後から1カ月半の間、大川小周辺での捜索活動時に履いていた。
「私にとって十字架のようなものなんです」、必死に娘を捜し、何百もの遺体を目にした記憶が、この靴には染みついている。登山道には、犠牲者の名前が記された幾つもの銘標が並び建つ。
高齢となった遺族は手すりを伝いながら亡くなった肉親に会いに行く。銘標の前で手を合わせ、子や孫に事故のことを語り伝える。
事故から30年以上がたっても、村民や遺族、日航職員らの手で守り続けられてきた。「この場所だから伝えられることがある」、今年、紫桃さんは慰霊登山には行かず、地元でお盆の準備をする。
でも、来年は御巣鷹の尾根に登りたいと考えている。登山道を一歩一歩踏みしめる度に再確認する思いがあるからだ。
「私たちの30年後も、大川小を命について考え続ける場所にしたい」ある。
福島。旅する蝶で知られるアサギマダラの観察会が、きのふ北塩原村裏磐梯のデコ平で始まった。
県内外から親子連れらが虫網を手に、涼しい夏の高原に舞う蝶を追い掛け、夏の思い出をつくっている。
初日は70人が参加した。生態を研究する栗田昌裕さんから蝶の捕まえ方や羽に日付や場所などを記すマーキングのこつを学んだ後、アサギマダラが好むヨツバヒヨドリの花が多く咲いている場所に移動した。
子どもたちは捕まえた蝶の羽にマーキングをして空に放していた。
観察会は15日までと、18日の各日午前10時から正午まで。無料だが、観察場所に行くための裏磐梯ロープウェイ料金が必要。ロープウェイは往復で中学生以上1700円、
4歳から小学生まで1300円など。
千葉。今朝6時ごろ、館山市の布良海岸で男5人が沖合20mで離岸流に流されて戻ってくることができないと横須賀海上保安部に通報があった。
このうち3人は自力で岸に戻って無事だったが、残る2人が行方不明になった。
行方が分からなくなったのは君津市と木更津市の18歳と17歳の少年。2人は仲間と遊んでいたとみられる。第3管区海上保安本部(横浜)が巡視艇やヘリコプターを出して周辺を捜索している。
館山市沿岸は台風10号の影響でうねりを伴った波が伝わり、波浪注意報が出ていた。海保によると、現場周辺では1mの波が観測されていた。
東京。午前2時半ごろ、墨田区向島の水戸街道で「車が何件もぶつけて走り去った」と目撃者から110番通報があった。
警視庁によると、自転車で新聞配達中の男ら2人が倒れていて、このうち60代から70代の男が病院に搬送されたが、死亡が確認された。また、27歳の男が頭を打つなどして重傷。
目撃者の情報などから、車は道路を逆走していたとみられている。警視庁で緊急配備を敷いたところ、現場から3キロほど離れた台東区の路上でフロントガラスが割れたワンボックスカーが見つかった。
現在、この車を運転していた高齢の男の身柄を確保して事情を聴いている。
愛知。今朝9時半、田原市の三河湾の「白谷(しろや)海水浴場」で、「男の子が溺れている」と119番があった。
家族と海水浴に来ていた9歳と6歳の男児2人が溺れたとみられる。2人は救助されて病院に搬送されたが、9歳児が1時間20分後に死亡した。6歳児は意識があるという。
田原市内には当時、台風10号の影響で波浪注意報が発表されていた。
豊橋市の堤防道路で一昨日10日、トラクターが川に転落し運転していた会社員の男が死亡した。
午後2時半ごろ、豊橋市西高師町で農業用のトラクターが梅田川に転落し、運転していた豊橋市の会社員・小林良光さん(56)が病院に搬送されたが、2時間後に死亡が確認された。
現場は、草木が生い茂る堤防道路で、警察が当時の状況を調べている。
滋賀。米原市醒井(さめがい)の地蔵川で、「バイカモ」(梅花藻)が見頃を迎え、川面に揺れる白い花が訪れた人たちを楽しませている。
バイカモは、キンポウゲ科の水生多年草で、水温14度前後の清流に群生する。梅に似た花を咲かせることからその名が付いた。米原市商工観光課によると、今年は5月下旬から
1センチほどのかれんな花が咲き始めた。今月末までが見頃という。
大阪。今朝1時前、高槻市安満御所の町の名神高速道路下り線で、大型トラックに乗用車が追突するなど5台が絡む事故があった。
乗用車の50代とみられる男が死亡した。/a>
現場は片側4車線で、緩やかな右カーブ。乗用車2台と接触事故を起こし停車中だった大型トラックに、死亡した男の乗用車が追突。さらに別の大型トラックも衝突したとみられる。
高速隊が詳しい状況を調べている。
岡山。西日本豪雨で土砂崩れが発生しながら、復旧の見通しすら立っていない住宅地が岡山市北区富原地区にある。
高台のその一帯は、5軒の庭から先の敷地がコンクリート擁壁とともに崩落した。現場の状況から工事の難度は高いとみられ、1年以上手つかずのままだ。
修復費用に対する公的支援の当てはなく、損害保険は適用外とされた。家屋が巻き込まれる二次災害の不安を抱えながら、住民は苦悩している。
現場は1970年前後に造成された住宅団地の一角で、土砂崩れは昨年7月7日早朝に発生。5軒並びの各家屋を残し、敷地が崩れた。窓を開けると“崖”の状態。
家屋の基礎部分が流出した所もある。現在はブルーシートで覆っただけで、4軒がみなし仮設住宅などに移っている。
住民の依頼で現地調査した日本技術士会中国本部岡山県支部の小林昇さんによると、崩落範囲は延長60m、幅最大18m、高さ同10m。造成時に盛り土で形成した地盤が滑り、
擁壁が倒壊したとみられ、大雨などで被害が広がることも危惧される。
小林さんの見解では、崩れて堆積した土砂や擁壁のがれきを撤去すると残存地盤が不安定になる恐れがある、復旧箇所がかなりの高さになる、強固な擁壁が必要などの理由から
難工事が予想される。5軒全体での復旧に向け、住民らは土木関連の数社に打診してきたが、折り合いはつかなかった。
作業の難しさに加え、大掛かりな工事が自治体や企業ではなく個人との契約になることなどがネックになっているとみられる。業者が見つかっても多額の費用が掛かると考えられ、
住民の悩みとなっている。家屋自体の状態から罹災(りさい)証明書はいずれも「半壊に至らない」の判定。
全壊や大規模半壊などで給付される被災者生活再建支援金の対象にはなっていない。住民らは再三、岡山市と協議してきたものの、宅地・擁壁の修復に対する支援制度が見当たらない。
市開発指導課は「できる限り助言はしていきたいが、民有地で手の出しようがないのが現状」とする。
水災補償付きの火災保険に加入していた世帯でも、家屋の被害ではないとして適用されないという。家族4人で仮住まいを余儀なくされている理容師冨田茂さん(37)は「1年以上、
奔走してきたが、八方ふさがり。個人の力ではどうにもならない。助けてほしい。安心した生活を取り戻すための良策があれば教えてほしい」と訴える。
山口。夏の甲子園、大会第7日のけふ、2回戦が行われ、宇部鴻城(山口)が宇和島東(愛媛)を7―3で下して、3回戦に進んだ。
宇部鴻城は2回に2点を先制。4回には岡田の2点本塁打などで3点を加えた。岡田は13安打を許しながらも12三振を奪い、3失点で完投した。
愛媛。きのふの午前10時過ぎ、伊予市双海町高岸のふたみシーサイド公園で「海で溺れて意識がない人がいる」と女性から119番があった。
伊予署などによると、広島市の男(63)で、搬送先の松山市の病院で死亡が確認された。男は午前9時半ごろから知人と海水浴で訪れており、沖合20mに浮いているのを発見された。
熊本。7月の参院選で、れいわ新選組から重度の身体障害のある2人が当選し、今月上旬の臨時国会に初めて臨んだ。
重度障害者による初めての国会活動について、熊本県内の難病や障害の当事者は「同じ筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者として誇り」、天草市の吉田久人さん(37)は喜ぶ。
れいわの議員となった舩後靖彦さんは同じALSと闘う。有権者や議員同士で意思疎通ができるのか、十分な議員活動ができるのかなど、当初は「立候補するだけで批判を受け、
当選することはない」と思っていたと吉田さん。
「そもそも、障害者が何か活動するだけで批判する人がいるんです」と打ち明ける。日々の生活の中で、「健常者とこれほど壁があるのかと、障害者になって初めて感じた」という吉田さんも、
難病患者や障害者のための訪問介護事業所を設立するため、準備を進めている。
「障害者には無理、と否定的な意見ももらった。人は自分と違うものを拒絶、否定してしまう。違いを受け入れられたら、いじめや差別は社会からなくなると思う。今まで当事者の
意見が政治の中枢に届くことはなく、在宅介護者や難病家族の声も届けてほしい」。
難病の筋ジストロフィー患者の藤本猛夫さん(42)は「重度の障害者が活躍できる場が開拓されるのは歓迎」とした上で、「当事者の声をきちんと届ける、ほかの代弁者がいなかったのだろうか」とも感じている。
「障害があるから注目されているが、議員活動には現実的なハンディがある。当事者が身を削って訴えていかなければならない社会は寂しくもある」
藤本さんは熊本再春医療センター(合志市)に入院する、ALSや筋ジストロフィーの患者でつくる自治会「桜華生[おうかしょう]」会長。小学生のころから同病院で生活し、イベントや自著で障害への理解を発信してきた。
「福祉サービスの向上や病院・施設職員の待遇改善など、障害者を取り巻く課題は多い。2人の熱意と実行力は本物であると願いつつ、2人の思いを共有する健常者の議員も出てほしい」
議員の木村英子と同じ脳性まひのため脚に障害があり、熊本市北区の電動車いすで生活する米田裕喜さん(48)は「障害者が投票したいと思える選挙だった。
これを機に郵便投票の拡大やワゴン車による巡回投票を増やすなど、投票機会の拡大にもつなげてほしい」と訴える。
ブログなどで当事者の思いを発信し続ける米田さん。障害を利用した選挙という側面も認めつつ、「健常者にはできないこと」と言い切る。「私たちには受け入れざるを得ない事実。
自分の特性や障害をプラスに捉えた活動で、世の中を変えられるかもしれない」と期待を込める。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。民謡越中八尾おわら保存会が、きのふ富山駅の南北自由通路で舞を披露し、大勢の帰省客や観光客らをもてなした。
9月1〜3日に富山市八尾町で開かれる「おわら風の盆」をPRしようと、会とJR西日本が毎年開催している。踊り手と地方(じかた)のそれぞれ6人が参加し、伸びやかな声と、
独特の哀愁を帯びた音色を響かせた。帰省客らは思わぬ「出迎え」に足を止め、猛暑の中、一足早い風の盆の雰囲気を楽しんだ。
福井。きのふの午後2時半ごろ、敦賀市松島町の松原海水浴場で、海水浴をしていた愛知県一宮市三ツ井の男児(5つ)が溺れ、付近にいた男に救助された。
一時意識不明となったが、心肺蘇生を受け回復、病院に搬送された。命に別条はない。
男児は家族と友人家族の12人で訪れ、子ども数人で遊泳していた。敦賀海上保安部によると、男児は岸から5m付近、水深1mの海底に沈んでいた。
金沢。国際ロータリー第2610地区(石川、富山)が受け入れているベルギーの短期留学生は富山県内での1週間のホームステイを経てきのふ、金沢入りした。
森戸2丁目の箔一本店では、箔を小箱に貼って薄さを体感し、金沢の伝統文化に理解を深めた。
17〜23歳の22人が訪れ、小箱に金、銀箔を貼ったり散らしたりして思い思いの模様に仕上げた。マティアス・サンテンスさん(23)は「金沢ならではの文化を知ることができた。
この経験を家族や友だちに伝えたい」と話した。
学生は2人1組でこの日から7泊8日の日程で金沢、かほく、加賀市の11家族のもとでホームステイする。事業は、ベルギー、ルクセンブルクの国際ロータリー地区と協力して
1974年に始まり、ベルギーからの来日は15回目となった。
核なき国を
夢に見て
平和な世界を
願う
広島・三良坂平和公園(三次市)
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花 家持 万葉集第19巻 4243
湯涌なる 山ふところの 小春日に 眼閉ぢ死なむと きみのいふなり
夢二
午後の散歩は、金曜日はお盆休みなのでけふは振替運動教室の後、何時ものコース。寺津用水の辺りで工事は中断中で静かだった。用水は、発泡スチロール等々が、取り除かれて、水量はまずまず。
駐車場では8台の車に4台の自転車。花壇で色あせたアジサイと松葉ボタンが開いていた。
用水上の横の斜面の大木はバッサリ切られて大型のユンボが鎮座していた。白の夾竹桃は美しい。体育館裏では、野良猫がいない。
軽4で外出から戻られた桝谷夫妻に手であいさつ。バス通りを渡って、角家の前から和田さんちの玄関前を降って左折。尾田さんの庭のバラがいい。槌田さんちの玄関横のアサガオが
萎んでいた。山津さんちの四つ角、ピンポン玉くらいのボぼ、実が目に入る。
ここを過ぎて、元洋菓子屋の御婆さんち過ぎて、Dr小坂は御休み、庭の小粒のバラにサルピアやキスゲは綺麗だ。宇野さんは帰っていない。
三叉路で、型枠工場では炉の煙が上がっておらず、構内では2台のレッカー車が鎮座していてお休みか。
なかの公園前の4差路は右折。園内にはブランコに興じる5年生ぐらいの男の子1人。ムクゲの修平さんちの実家を過ぎて、戸田さんちの対面、ペンキ屋さんちでは、花は咲くが
実のならないザクロやオニユリ、ヒオウギは元気。
徳中さんちの風車は回っていない。2匹のワンちゃんの散歩を終えた徳中さんに「こんにちわ、何時までも暑いね」。辰次さんちの納屋の前に、朝顔が萎んでいた。
玄関前の庭先の徳田さんち、朝鮮アサガオが萎んでいたが、裏のアメリカ芙蓉は3輪は元気に咲き誇っていた。
湯原さんちのブラックベリーやピンクのハマナスなどが咲いていた。御婆さんは納屋の横で草むしり中。三叉路は右折して坂本さんち、3輪咲いたタカネバラは元気だ。
キスゲやホウズキを見つつ松本さんち前を通り過ぎた。シュナイダー連れの井上さんに「こんにちわ、風あるけど涼しくはないね」。
調整池の辺りを過ぎて、みずき公園を一回り。清水さんちの対面の御宅では夏椿が2輪咲いていた。次の次の三叉路は逆Vターン。高沢さんち畑の夏を思わせる夾竹桃はいい。
手前では、百日草が待っていた。前方では辻の爺さんちへ向かう沢野さんが手を振って「こんにちわ」。軽トラはいた。
4つかと過ぎて角さんに「こんにちわ」、「今朝も早くから(手取川)へ鮎釣りで釣れた」と。「戦果は」に「20cmくらいのが6匹でした」と。山手ハイツの裏、上田さんちの裏の
大きくなりつつあるアケビやブルーベリーを見つつ、京堂さんち前のバス通りを渡って北さんち前へ。
実るほど首を垂れる稲穂かな、徳田さんちの田圃の穂もかなり大きくなってきた。ひょっとこ丸はまだ帰っておらず。
越田さんちの畑では半分はうつむいているが10数輪のひまわりが咲いて見事だ。北さんちのヒマワリは全部うつむいていた畑の前過ぎて、藤田さんちの四つ角へ。
藤田さんちサルビアがくたびれていたが白の水仙は20数輪咲いて元気だ。
畑へ行ってきたという山本さんの旦那に「ご苦労様」。小林さんちの、百日紅の花を見つつ、3輪のバラが消えて松葉ボタンが咲いている飯田さん前へ。
2匹のワンちゃんの散歩を終えて持木さんの妹さんを迎えいれる奥さんに「こんにちわ」。瀬戸さんちの畑のムクゲ、本田さんちの真っ赤なサルビアが待っていてくれた。
朝夕の散歩は〆て9376歩、距離は6キロ、消費カロリーは323kcal、脂肪燃焼量は23グラム。
小屋に戻ったらシャツはびしょ濡れだったので即シャワーを浴びた。
蝉しぐれだ。
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
わたしはただ一介痩身の無名詩人
樹間に湧く無量 の感に涙しぼり
地に満つる落葉や雑草にも
無情の声を呑み
天かける白雲に
うたた民族流離の歌をきく
よしや骨肉ここに枯れ果つるとも
八月の太陽は
燐として 今 天上にある
されば 膝を曲げ 頭を垂れて
奮然 五体の祈りをこめよう
祖国帰心
五臓六腑の矢を放とう
昭和二十六年八月(断食悲願の詩より)
泉 芳朗
奄美群島は日本の敗戦によって米軍統治下に置かれ、1953年(昭和28年)12月25日に日本に復帰した。
縄跳びす白シャツの児の二人して
訪ふ家の 標となせり花水木
いかなごに目あり口あり尾鰭あり
春場所や大阪駅に力士どち
年ごとに語り部の減り原爆忌
身ほとりに どかと居座る残暑かな
初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2019年8月12日(ふ)
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