立民代表枝野、辺野古移設問題に言及「工事止めた上で議論を」

 2019年、亥年、皐月5月7日(火)、晴れ。金沢の最低気温は10度、最高気温は16度。

 朝の散歩は、何時ものコース、爽やかだ。真柄の寮の前の空き地、ヤマブキはくたびれて、体育館の上から朝陽が登ってきた。

 寺の駐車場の入り口では、「6月2日 午前11時〜 愛染火祭り」の看板が立てられているのが目に入る。寺津用水の前、杉下さんちの横の庭には蔓日々草が咲いていた。

 用水は水量はきわめて少なくて、汚れたままだ。高台にある境内の新緑がいい。崖の上と体育館角の八重桜は散った。

 体育館には車が壱台もいない。桝谷さんちの7匹の野良猫が体育館裏の溝の土手で、一匹は散った花梨畑の境界のコンクリートの上で日向ぼっこをしていた。

 バス通り越えて何時もの4つ角のお宅ではリキュウバイに芝桜、シャクナゲがいい。

 街路樹の赤のハナミズキは生き生きとしていた。ここを過ぎて坂道は右折、石田さんち過ぎて、雀のお宿の越野さんち、雀は今朝も群がっておらず。

 朝日さんち、玄関前にカシワバアジサイが咲いていた。坂の上の角家の右手前には菊の苗が植えられており、持主の親父さんが見回りに来ていて「お早うございます」。

 道路を挟んでソーラー発電のパネルが目に入る。

 坂道を下りて行くとと角家のシェパードのお宅、庭にはムスカリやツツジ、カエデが咲き始めていて、訓練に出掛けたのかシェパードは見えず。

 朝日さんちの崖にはシャクナゲ、能登キリシマが咲いていた。右手の崖にはツツジが見事に咲いていた。お宅の横ではライラックの花がいい。納屋の前ではタイツリソウの鉢物。

 中村さんち、お宅のドウダンツツジの生垣、庭にはシャクナゲや芝桜、ボタンが咲いていた。外壁か?パイブの足場が組まれたままだ。

 畑の角にはオオデマリが目に入る。もう一軒の中村さんち、コデマリが見事に咲き誇っていた。四つ角の手前、斎田の御婆さんちの生垣、パンジーのカラフルな花や石楠花、タイツリソウ草が咲いていた。

 涌波の親父さんちの畑では夏物か、耕して畝が作られていた。

 この辺りは一回り。尾山さんちの御隣は外壁工事でパイプが組まれたままだ。三叉路に出るとチワワを連れた娘さんに「お早うございます」。クリスマスローズや芝桜などが咲いている

 上村さんちや御隣槌田さんち、チューリップは枯れて、ムスカリは元気。山津さんちの四つ角、ハアハアと息せき切ってジョギングしている親父さんに「お早うございます」。

 大柳さんちのドウダンツツジを見つつ三叉路は右折。岡本さんち前は左折すると小粒の白の椿、チューリップにムスカリ、芝桜、紫色のボタンが綺麗だ。

 ここで、先の親父さんに会うが、墓場から型枠工場を何まわりかしているようだ。

 金子さんち前、型枠工場ではユニックのトラック2台とも鎮座していた。

 Dr小坂は出られて、宇野さんはまだだ。Drのお宅の庭ではアモネやスズラン、チューりっプがいい。宇野さんちのチューリップや芝桜に能登キリシマ、戸田さんち芝桜にチューリップがいい。

 なかの公園の手前は右折、修平さんちの玄関前の赤のツツジは枯れて白いのは元気あった。道路わきのツツジも咲きだしていた。

 ヘンキ屋さんちの白いツツジが咲き出して見事た。徳中さんちの風車は、回っていた。辰治さんちの納屋の前で松本さんと一緒になり「お早うございます、きのふはご馳走様でした」。

 納屋の横では咲きだした紫蘭、ムスカリや芝桜を見つつ行くがシャクヤクはつぼみを膨らませていた。

 神社の前ではドウダンツツジも花が落下して終わり。清水の御婆さんち、玄関先で白のボタンが10数輪、葉が落ち始めていた。一角には紫のムスカリに芝桜が咲いていた。

 裏ではチューリップが消えて芝桜。紫の菖蒲の咲いたのが増えていた。

 土村さんちの庭ではシャクナゲは消えて。車庫の前のオダマキがいい。松原さんち、芝桜やチューりっふ。湯原さんの庭では、椿や水仙、それに芝桜、ムスカリにアネモネ、チューリップ、

 紫のモクレン、三角柱状のルビナスは咲いて、手前の白木蓮の新葉がいい。やがてさつきだ。

 三叉路、小粒の白の空木が咲きだし、リキュウバイが元気な坂本さんちやドウダンツツジの咲いて、間もなく咲くニッコウキスゲの芽が大きく膨らんでいた松本さんち過ぎて、

 吉井さんちのピンクの八重の椿はいい。が、主不在なのが今朝も気にかかる。

 調整地の三叉路はまっすぐ行く。土谷さんちの庭、ドウダンツツジやチューリップ、ボタンが咲いて、手前で赤紫のツツジが咲いていた。

 このあたりで、尻尾の愛くるしいビーグル犬連れの高さんに会い「お早うございます、お久しぶりです」。今朝はウグイスが鳴き声が聞こえず。ドウダンツツジのきれいな清水の御婆さんち過ぎて

 みすぎ公園を一回り。公園では白の椿が元気だ。次の三叉路は左折。角家の50本は咲いていたチュウリップは切られて、残されているのは7本のみになった。

 公園入り口のフランターのパンジーなどは何時みてもカラフルだ。清水の婆さんの畑では菜の花に、ドウダンツツジがきれいだ。

 田上に居る甥の親父さんか植えられたトマトも元気だ。角のペンキ屋さん、畑のエンドウの白の花、ツツジやアヤメがいい。

 京堂さんち前からバス通りを越えてコンビニ駐車場前へ。街路樹の赤のハナミズキが何時みても綺麗だ。北さんちの庭の芝桜もきれいだ。ひょっとこ丸は出られた後だった。

 登校の低学年の学童に「お早う、行ってらっしゃい」。

 藤田さんちの四つ角で、「風邪直してください」、松本さんと別れた。藤田さんち庭の芝桜やドウダンツツジにチューりっプがいい。

 山本さんち、生垣のウバメガシも色づいて、庭の芽吹いたシャクヤク、水仙も元気でいた。

 小林さんちの庭では花モモは終わって、ドウダンツツジや山ツツジの花が咲いていた。

 エンドウの花が咲いて、夏野菜も育っている辻さんの畑過ぎて、飯田さんちではボタンが咲き、綺麗だ。修平さんちの鯉のぼりは微風でゆらりゆらりと泳いでいた。

 登校の息子さんに「お早う、行ってらっしゃい」。半ズボンの4歳ぐらいの弟が「こんにちわ」なんて可愛いものだ。

 奥村さんちのリキュウバイや大輪の椿も元気で、ボタンが咲きだして、賑やかだ。本田さんちのズオウは終わり、鱒井さんちのムスカリ、薄黄色のハナミズキが待っていてくれた。

 小屋では朝飯の前に、茶。後に後カフェを点てて飲む時が至福のひと時である。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
       1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 日本列島。改元に伴う10連休最終日のきのふ、鉄道の主要駅や空港は、旅行先からのUターン客で混雑した。

 新幹線の上り指定席は終日満席が続き、自由席乗車率が100%を超えた列車もあった。

 JR各社によると、正午すぎに博多駅を出発した東海道・山陽新幹線ののぞみ28号が、名古屋駅で自由席乗車率が110%になった。東北新幹線も午後になるにつれて混み合い、

 午後1時すぎに盛岡を出発したやまびこ48号が仙台駅で110%となった。

 きのふ6日だけで6万人の入国が見込まれている成田空港は、海外での「時代越し」となった旅行客が続々と帰国した。

 近く提訴することが、分かった。

 訴訟を支援する「新しい日本大学をつくる会」(会長・元日大副総長牧野富夫)が文科省で会見して発表した。悪質反則問題が起きた試合から6日で1年。牧野は会見で「2018年度の

 私学助成金が35%減額され、今年の入試で志願者が減少するなど事態は深刻だが、理事長は説明責任を果たしていない」と訴えた。

 訴訟を通じて現執行部の総退陣を求める。

 カナダ。若者12人と1カ月かけて北極圏600キロの踏破を目指していた北の大地、鷹栖町在住の冒険家、荻田泰永さん(41)ら一行が6日午前0時10分(現地時間5日午前11時10分)、

 目的地のカナダ北部バフィン島のクライドリバーに到達した。

 昨年1月に日本人で初めて単独徒歩、無補給で南極点到達を果たした荻田さんは「極地冒険を次世代につなぎ、若者に新しい価値観を広げてもらいたい」と、「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」を企画。

 道内の大学生2人を含む社会人やフリーターら全国の男女計12人が参加した。

 ♪やさしさと かいしょのなさが 裏と表に ついている そんな男に 惚れたのだから
私がその分 がんばりますと 背(せな)をかがめて 微笑み返す 花は越後の 花は越後の 雪椿

 夢にみた 乙女の頃の 玉の輿には 遠いけど まるで苦労を 楽しむように
寝顔を誰にも 見せないあなた 雪の谷間に 紅さす母の 愛は越後の 愛は越後の 雪椿
          昭和62年 雪椿 作詞:星野哲郎  作曲:遠藤 実

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 沖縄は今、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題。

 名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸では、10連休明けの7日、午前9時過ぎから新基地建設工事が進められた。「K9」護岸では、台船で運搬された土砂を、

 ショベルカーがダンプカーに積み込む作業が確認できた。

 新基地建設に反対する市民らはボート2隻、カヌー9艇で海上抗議。市民7人が海上保安官に拘束され、1時間20分後に解放された。70代後半の男は「(拘束時間が)今までで

 最も長いのではないか」と話した。

 ゲート前でも、新基地建設に反対する市民らが「工事はやめろ。諦めないぞ」と訴えた。

午後2時半過ぎ分、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前では、けふ3回目の搬入に備えて、市民ら30人が座り込みを始めた。気温25度の夏日だが、市民らは

 「ここへ座り込め」を元気に歌い抗議している。

 日米地位協定の改定を主張する沖縄県の玉城県政は、米軍が駐留する欧州各国で、米軍の地位協定や基地の管理権などを調査した報告書をまとめた。

2017年からドイツ、イタリア、イギリス、ベルギーの4カ国を調査した。日本は米国と安全保障条約、地位協定を結んでいるが、4カ国は北大西洋条約機構(NATO)とNATO軍地位協定を締結。

各国とも補足協定などで米軍に国内法を適用して活動をコントロールしており、米軍の運用に国内法が適用されない日本との差が明確になった。

 <ドイツ>補足協定で国内法適用

 1959年、国内に駐留する外国軍隊の地位や基地使用に関する「ボン補足協定」を締結した。ただ、独側にとって領域や国民の権利の保護などの点で不利な点が多かった。

 80年代に環境や建築、航空などの国内法を外国軍に適用すべきだとする世論が高まった。88年には外国軍の航空機事故が相次いだ。

 90年の東西統一を経て、国民世論を背景にNATO軍を派遣する各国に協定の改定を申し入れた。この結果、93年に米軍への国内法適用を強化する大幅な改定を実現した。

 州や地方自治体が基地内に立ち入る権利を明記し、緊急時は事前通告なしの立ち入りも認めさせた。米軍の訓練も独側の許可、承認、同意が必要となっている。

 <イタリア> 米軍事故受け権限持つ

 1954年に米国との基地使用に関する協定を締結。98年に米軍機がロープウエーを切断する事故が起き、20人の死者が出たことで反米感情が高まった。米伊は米軍の飛行訓練に関する委員会を立ち上げ、

 米軍機の飛行を大幅に軽減する報告書がまとめられた。現在、米軍の活動はすべて国内法を適用させている。

 米軍は訓練などの活動を伊軍司令官へ事前通告し伊側と調整した上で承認を受ける。事故発生時の対応も、伊軍司令官が米軍基地内のすべての区域、施設に立ち入る権限を持っている。

 県が現地調査で面談した元首相ランベルト・ディーニは「米国の言うことを聞いている『お友達』は日本だけ」と指摘。地位協定の問題は政治家が動く必要があるとした。

 <英国> 駐留軍法を根拠に活動

 1952年に成立した駐留軍法を根拠に、米軍が活動している。英軍の活動を定めた国内法は、米軍にも同様に適用されることを規定。英議会でも、国防相は「在英の米軍は米国と

 英国の両方の法律に従う」と答弁している。

 英空軍が、米軍など外国軍の飛行禁止や制限を判断。在英米軍は、夜間早朝などの訓練を禁止する在欧米空軍の指令書に従っている。指令書は平日の午後11時〜翌午前6時を静音時間帯とし、

 飛行場の運用を禁止。爆撃機やステルス航空機の配備を予定する際には英国防省の承認を得るなど、詳細な規定を設ける。

 米軍基地には英空軍の司令官が常駐。周辺自治体に演習や夜間の飛行訓練を説明するなど、米軍と地域の信頼関係の維持に努めている。

 <ベルギー> 憲法で外国軍に厳しく

 憲法で外国軍隊に関する規定を「いかなる外国の軍隊も法律に基づかなければ、軍務に迎え入れられ、領土を占有または通過することはできない」と定めている。

 1962年には、外国軍が駐留する根拠を国内法として定めた。さらに航空法で、軍用機を含めた外国籍機の飛行はベルギー側の許可が必要であると明記。必要な場合はベルギー国王が領空の飛行禁止措置を執ることができると規定した。

 90年、自国軍に高度80mまでの飛行を認める一方で、外国軍は低空飛行を禁止。ベルギー以外の軍隊は土曜日や日曜日、祝日の飛行を禁止するなど厳しい措置を執っている。

 立憲民主党の代表枝野は、きのふ那覇市で街頭演説し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題について、「辺野古に新しい基地をつくらなくても、日米安全保障体制は堅持できる。

 (辺野古での)工事を止めた上で、沖縄県民、国民、米国政府の前で議論する。それがまっとうな政治だ」と訴えた。

 また、夏の参院選では「他の政治勢力の皆さんとも最大限の連携をして、『辺野古の工事をいったん止めよう』という声が、国会でも多数になるよう活動を進めたい」と述べた。

 枝野は演説後、後半国会について「国民生活に直接大きな影響を与える消費税の問題、あるいはその背景になっている経済状況の問題、そして、外交・安全保障について、行政監視の役割を

 しっかり果たすのが、我々としての責任だ」と述べた。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田らにもあったのは今さら言うまでもない。

 天皇から国民へと主権が移った日本国憲法では、天皇制は改正の手続きを踏めば廃止すらできる。

 しかし、平成の30年を通じて天皇が個人として存在感を高め、尊敬と好感を集めた結果、主権者の意思で象徴天皇制のあり方を決められることが忘れ去られてはいないだろうか。

 2017年6月の衆院憲法審査会。当時、民進党だった衆院議員辻元清美(59)は手元の資料にたびたび目を落としながら、居並ぶ与野党の議員に語りかけた。

 「天皇制について、疑問を抱いたのは事実です」、「自分の考えが一面的だったと痛感し、その時、深く反省をいたしました」。

 大学時代、世界中の戦禍の地を船で巡る「ピースボート」を発案した辻元の祖父は、南の島で戦死した。

 戦時中、多くの若者が「天皇陛下万歳!」と叫び、命を落とした。だから「天皇制はいらない」と思い、1996年に国政入りしてからも主張した。だが、当時所属していた社民党の

 党首土井たか子にたしなめられたという。

 ♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない

 絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける

 叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた  ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった

 僕は嫌だ

 不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ

 一度妥協したら死んだも同然  支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
              歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。

 立憲民主党の代表枝野は、きのふ那覇市内で後半国会を巡り、党首討論よりも衆参両院の予算委員会集中審議を開くよう改めて求めた。

 「国会として行政監視機能を果たすには、予算委集中審議を充実させることが何より必要だ」と述べた。

 党首討論に関しては「党首が党の目指す社会像を示し、ぶつけ合うことが基本だ。行政監視の役割を果たすにはあまりに短すぎる」と説明した。

 野党は先月、現行45分間の党首討論の時間を延ばすための協議を与党に申し入れた。

 社民党の党首又市征治はけふ7日の会見で「4月末に肺がんが見つかった」と発表した。13日から東京都内の病院に入院し、14日に手術を受ける予定。

 「入院は1週間程度で、体力回復を含め1カ月前後、療養しなければならないようだ」と話した。

 復帰までの間、副党首福島瑞穂が党首職を代行する。又市は病状について「早期の発見だった。できるだけ早く復帰して党務をしっかりこなす決意だ。参院選でも党首としての使命を果たす」と強調した。

 自身の参院選出馬については「党が決めることだ」と述べるにとどめた。又市は2015年10月に胃がんを公表、手術を受けた。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
              1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹

 メキシコ。現地メディアなどによると、米国と国境を接するメキシコ北部コアウイラ州の山岳地帯で6日、ボンバルディア社製のプライベートジェット機が墜落しているのが見つかり、

 乗客10人と乗員3人が死亡した。

 プライベートジェット機は米国・ラスベガスでボクシングの試合を観戦した客らを乗せて5日午後にラスベガスの空港を発ち、メキシコ北部のモンテレーに戻る途中だった。

 しかし、午後5時20分にパイロットから「悪天候を避ける」と航空管制官に連絡があったのを最後に消息不明となっていた。メキシコ当局が今後、事故の原因を調べている。

 現地の日本大使館には、日本人が乗っていたとの情報は入っていないという。

 ニジェール。AFP通信によると、西アフリカ・ニジェールの首都ニアメーで5日、ガソリンを積んだトラックが横転した後に爆発し、58人が死亡した。

 犠牲者の多くは、トラックから漏れ出たガソリンを手に入れるため集まっていたという。近くのエンジンをかけたオートバイから火花が飛んだことが爆発の原因の可能性がある。

 ミャンマー。少数派のロヒンギャの人たちに対する迫害の問題を取材し、先月、国家機密法違反の罪で最高裁から禁錮7年の判決を受けていたロイター通信の記者2人が7日午前、

 大統領の恩赦で釈放された。

 釈放されたのはミャンマー人のワ・ローンと、チョー・ソー・ウーの記者の2人で、2人への判決をめぐっては「報道への圧力だ」として国際社会からも批判が強まっていた。

 米国。トランプ米政権のロシア疑惑を巡り、下院司法委員長(民主党)ナドラーは6日、疑惑捜査報告書をこの日までに議会に全面開示するよう司法長官バーに召喚状で求めたが応じなかったとして、

バーが議会侮辱罪に当たるとする決議案採択に向けた審議を8日に開催すると表明した。

 大統領トランプ はロシア疑惑で「全ての召喚状と戦う」と主張し、報告書の全面開示や高官の議会証言を拒む考え。4月に公表された報告書は黒塗り部分が少なくなく、民主党は全面開示を求めている。

 米メディアによると、司法委員会でこの決議案などを採決し、承認されれば、下院本会議で審議する。

 連邦検事や司法省高官を過去に務めた400人は6日、大統領トランプがロシア疑惑の捜査を阻もうとした司法妨害の疑いに関し、現職大統領でなければ複数の重罪で訴追されていただろうと指摘する声明を連名で発表した。

 声明は4月に公表された疑惑捜査報告書に(1)捜査を指揮したモラー特別検察官の解任を複数回試みた上、その事実をもみ消そうとした、(2)モラーの捜査を制限しようとした、

 (3)証人の買収や脅しを図ったとのトランプの行為が明記されていると説明した。

 その上で「事実解明を妨害したか妨害を試みたという司法妨害の構成要件を満たす」と強調した。

 スペイン。行政裁判所は6日、北東部カタルーニャ自治州の前首相プチデモンらによる5月の欧州連合(EU)欧州議会選への立候補を選管当局が却下した決定について、異議申し立てを受け、

 出馬を認めると判断した。スペイン紙パイス電子版などが伝えた。

 プチデモン率いる前州政府は2017年10月に州の独立を問う住民投票を強行した。首相を解任されたプチモンはベルギーへ逃れ、同国を拠点に政治活動を継続。

 スペインでは反逆容疑などで逮捕状が出ている。裁判所は「(司法当局の)出頭要請に応じないからといって立候補できないことにはならない」と指摘した。

 パレスチナ。自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスは6日、エジプトの仲介で、イスラエルとの停戦に合意したことを明らかにした。

 ガザからのロケット弾発射や、イスラエル軍のガザに対する攻撃は6日未明から停止しており、情勢は沈静化しているもようだ。

 イスラエルは公式に停戦を確認していないが、軍は6日朝、ガザに近い地域に出していた学校休校や道路封鎖などの制限を解除すると発表した。イスラエルとハマスの間では4日以降、

 近年で最大規模の攻撃の応酬があり、被害拡大が懸念されていた。

 中国。外務省の副報道局長耿爽は6日の会見で、米大統領トランプが米中ロ3カ国での核軍縮合意の実現に意欲を示したことに対して「中国が交渉に参加することはない」と述べた。

 トランプは中国も参加する意向だとしていたが、耿は「軍縮問題で他国が中国についてありもしないことを言うことには反対する」と話した。

 その上で、米ロに比べて中国は核兵器の量が少なく「安全保障に必要な最低水準を維持している」と説明。耿は米ロを念頭に「最大の核保有国がまず責任を持って大幅な核兵器の

 削減を進めることが急務だ」とも指摘した。

 チベット自治区で今年に入り、当局が会員制交流サイト(SNS)を使って住民同士の相互監視体制を築いていることが分かった。

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の支持者らを取り締まる狙いとみられる。7日付の共産党機関紙、人民日報系の環球時報(英語版)などが伝えた。

 自治区ゴンジョ県では、地元政府が村ごとに中国で普及している通信アプリ「微信」のグループをつくるよう義務付けた。

 グループを管理する住民に対して、SNS上のやりとりなどを定期的に報告するよう命じ、これまでに2千件余りの情報が寄せられたという。

 台湾。来年1月の総統選へ向け最大野党、国民党の公認候補を決める予備選への参加を表明した鴻海精密工業の会長郭台銘(68)はきのふ、台北市内で会見し、米中貿易摩擦が激化するはざまで

 台湾にチャンスが生じていると指摘、総統になって台湾経済を発展させたいと訴えた。

 1日に米ホワイトハウスで大統領トランプと会談した郭は「(大統領と)直接のパイプがある」と明言。中国とだけでなく米国との間でも「ピースメーカー(平和の担い手)になる」と誇示した。

 タイ。国王ワチラロンコン(66)の戴冠式は6日、最終日を迎え、国王が王宮のバルコニーから市民らに姿を見せる「一般参賀」などがあった。

 国王はこの日夕、王妃スティダーとともにバルコニーに立ち、「多くの人々が集まってくれたことを、大変うれしく思う。このハーモニーが、国のさらなる繁栄につながっていくよう願っている」などと述べた。

 王宮前には国王のシンボルカラーである黄色の服を着た市民が詰めかけ、「万歳!」と声を上げたり、国歌を斉唱したりした。

 その後、国王は王宮内でタイ駐在の各国の大使らと会った。国王ワチラロンコンは在位70年を誇った前国王プミポンの長男で、2016年10月の前国王の死去を受けて即位した。

 戴冠式は69年ぶりで、4日から3日間にわたって行われた。4日には王冠を受け継ぐ儀式などがあり、5日は祝賀のパレードが夕方から深夜まで続いた。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。          昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 北の大地。網走保健所はきのふ、網走市大曲の「レストラン可留茶屋(かるちゃや)倶楽部」の料理を食べた112人がノロウイルスによる食中毒を発症したと発表した。

 うち50人が医療機関を受診したが、入院した人はおらず、いずれも快方に向かっているという。

 保健所は店をきのふから10日まで5日間の営業停止処分とした。

 保健所によると、先月27、28日に料理を食べた319人のうち112人が下痢や嘔吐、発熱などの症状を訴えた。発症者と店の調理担当者の便からノロウイルスが検出された。

 北海道電力泊原発(泊村)の運転停止から5日で7年。

 北電が目指す再稼働は国の原子力規制委員会の審査が続き、依然見通しは立たない。避難計画を巡り事故時の甲状腺被ばくを防ぐために服用する安定ヨウ素剤配布について、道新が原発30キロ圏内の

 13町村に実施した調査では、6町村が「不安がある」ことに言及。そのうち4町村が課題に「外国人への対応」を挙げた。

 ニセコ地域がスキーリゾート地として急成長し外国人居住者が増加する中、対策の必要性が浮かんでいる。13町村への聞き取り調査は昨年末に実施し、取材を継続。

 聞き取りで回答したのは5キロ圏の予防防護措置区域(PAZ)の泊、共和の2町村と、5〜30キロ圏の緊急時防護措置区域(UPZ)の11町村。

 青森。航空自衛隊三沢基地(青森県)所属の最新鋭ステルス戦闘機「F35A」の墜落事故をめぐり、防衛相岩屋は今朝7日の会見で、機体の動きを記録するフライトデータレコーダー(FDR)の部品を回収したことを明らかにした。

 米国がチャーターした特殊深海活動支援船「ファン・ゴッホ」が3日以降に、海底からFDRの一部を引き揚げたという。

 防衛省が調べたところ、記録媒体は発見できなかった。操縦席を覆うフードの一部も見つかった。

 端午の節句に合わせ、八戸市下長3丁目の「長寿温泉」で、一昨日5日恒例のショウブ湯が行われた。

 入浴客はショウブが浮かべられた湯船にゆっくりとつかり、厄よけと1年間の無病息災を祈った。ショウブは昔から薬草として重宝され、茎や葉を湯船に浮かべる習慣は古代中国が起源とされる。

 「しょうぶ」という読みを武道を重んじるという意味の「尚武」にかけ、端午の節句に男児の成長を祝う行事として定着したとの説もある。

 ショウブの茎や葉に含まれる成分は血行促進や疲労回復に効果的。ショウブ湯につかると暑い夏を乗り切れるとも伝わり、温泉では今年、茨城県産のショウブの茎を束ねて男湯と女湯にそれぞれ浮かべた。

 八戸市の太田豊さん(84)は「季節感があっていい。体が温まり気持ちよかった」と笑顔を見せた。

 岩手。盛岡市の盛岡八幡宮では一昨日5日、子どもたちの健やかな成長を願う伝統行事「一生もち」が行われた。

 この行事は1歳を迎えた子どもたちに『一升』の餅を背負って歩かせる伝統行事で、『一生』食べ物に困らないようにという願いが込められている。盛岡八幡宮ではこの行事を2014年から行っていて、

 今年は、これまでで最も多い62組の親子が参加した。泣き出してしまいなかなか進めない子どもや、転んでも立ち上がって進んでいく子どもなど表情は様々。

 子どもたちは2キロの餅の重さに耐えながら笑顔で待つ家族の元に進んでいった。会場では子どもたちの元気な成長を願う温かい声援が送られていた。

 宮城。東北6県にある29の国行政機関が、更新期限を過ぎた災害用の備蓄食料や飲料水を全て廃棄していたことが、総務省東北管区行政評価局の調査で分かった。

 一部を廃棄している機関も合わせると、2017年度は保存食1万2902個、水1万5588リットルが捨てられていた。

 活用指針がないためで、同局は「食品ロス削減へ活用法を検討してほしい」としている。

 調査したのは、15〜17年度に備蓄を更新した69機関。仙台法務局や東北の6地検、各県の税務署など29機関が「全て廃棄している」と回答した。「一般市民に無料であげて

 いいものなのか迷う」といった声があったという。

 「神経締め」と呼ばれる魚の処理方法がある。

 頭に穴を開け、背骨に沿ってワイヤを差し込む。中枢神経を壊して死後硬直を遅らせることで鮮度を保つ「魚の流通革命」。その名人が、石巻市にいる。

 市場の朝は早い。先月24日午前6時、国内有数規模の石巻魚市場で、水揚げされた魚の競りが始まった。手際よく買いつけていく100人近い仲買人の中に、名人がいた。

 大森圭さん(41)だ。1時間半ほどで競りが終わると市場近くにある自社の出荷場に戻り、取引先と携帯電話で商談を始めた。

 「マスノスケ入ったけどどうする? あの感動、また味わいたいでしょう」。会話は耳につけたワイヤレスマイク越し。両手は常に無駄なく動き、次々に魚を仕分けていく。

 マスノスケは天然の国産キングサーモン。希少価値が高く、大物だと1匹20万円もの値がつく。電話の最中、別の商談相手からの注文メールが届いた。「ゴメン売れちゃった。

 でも今年はけっこう入るから、また連絡する」。

 電話やメールの相手は東京や大阪で人気の和食やフランス料理の料理人たち。彼らが目当てにしているのは、名人が神経締めを施した極上の魚だ。この日最初に手がけたのは体長40センチほどのアイナメ。

 6種類の太さから1本のワイヤを選ぶと、魚の匂いを嗅いだ。「岩場でエビやカニを餌にしている魚だと香りもうまみもある。匂いでわかる」。

 アイスピックでぐりぐりと頭に穴を開けて「脳殺」した後、尻尾まで差し込んだワイヤを素早く何度も出し入れする。その間わずか1分。「氷締めだと死後硬直は4時間ほどで始まるが、

 これで24時間後まで引き延ばせる」。

 死後硬直が解けると腐敗が進む。神経を壊すことで死後硬直を促す物質の分泌を遅らせ、新鮮さを長持ちさせることができる。1年先まで予約で埋まっているという「鮨 心白」(東京都渋谷区)の

 石田大樹さん(35)は4年前から大森さんと取引している。

 「漁師が取るいい状態の魚を、いい状態のまま送ってくれる。おのおのが一番いい状態で魚というバトンをつなぎ、チームとしてお客に提供している」。転機は、大震災。

 牡鹿半島の鮎川浜にあった会社は津波に襲われ、トラック1台だけが残された。

 市の中心部で会社を再建。支援してくれた横浜の店主から言われた。「魚を使うから神経抜いて送って」。何のことかわからなかった。せっかく応援してくれる人がいるのに、

 応えられない。力不足を痛感した。締め方のうまい人がいると聞けば愛媛県にも飛んで技を学び、腕を磨いた。

 神経締めは、いまでは珍しくない。では大森さんの何が違うのか。取引先の料理人たちは口をそろえる。「何の料理に使うかで、締め方まで変える」。

 その探究心を知る一人が石巻で和食店「いまむら」を営む料理人、今村正輝さん(38)だ。「魚の内部を調べてみよう」。2年前、大森さんと研究機関に頼んで、魚種ごとにMRIで画像を撮ってもらったのだという。

 「魚の熟成には血抜きが必要だが、抜きすぎると味は薄まる。でも、すぐに調理できる地元なら鮮度の持続まで考えなくていい。

 『石巻でしか食べられない最高の状態の魚を提供したいね』と、より最適な締め方を探す日が続いている」(今村さん)。

 大森さんが魚の質にこだわるのには、理由がある。会社経営のためには、主な業務は旧態依然とした都市部の中央卸売市場への大量出荷となるのが現実だ。「やり取りは、いつも値段の話だけ。

 漁師ともそう。取引値は質より量で決まる、まるで為替の世界」。いつの日か、そんな流通の仕組みを、神経締めの技で変えたいと思う。

 「漁師に、人気店に卸した魚を『昨日は女優が食べに来たって』と伝えると、喜んで次もいい魚を取ってくれる。そういうつながりを広げることで、魚の価値を上げていきたい」。

 福島。東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が一部解除された大熊町は、大川原地区に整備した新庁舎で、けふ7日から業務を開始した。

 避難していた役場機能の大部分が原発事故から8年余りを経て町内に戻り、町の復興や再生の加速が期待される。

 町は1万7900平方mの敷地に庁舎棟と災害対策機能棟などを整備した。会津若松、いわき両市などに分散している役場と議会の機能を集約、100人前後の体制で業務に当たる。

 会津美里町もけふ7日、公民館や図書館など文化施設を備えた町の新庁舎「じげんプラザ」が、けふ開庁した。

 町は大型連休を利用して引っ越し作業を行い、職員が高田、新鶴、本郷の各庁舎から書類やパソコンなどを運び込んだ。一昨日5日は役場事務室のパソコンが起動するかどうかなど

 業務開始に向けて最終確認した。町はけふ開庁式を行い、新庁舎開庁後も本郷、新鶴両庁舎に支所機能を置いている。

 東京。きのふの午後1時半前、品川区豊町のT字路で、ごみ収集車がT字路を右に曲がろうとしたところ、横断歩道を歩いていた近くに住む新井勇さん(84)がひかれた。

 新井さんは病院に運ばれたが、頭を打つなどしていて死亡した。

 ごみ収集車を運転していた藤崎聖史(29)は過失運転傷害の疑いで現行犯逮捕され、「考え事をしていて前をよく見ていなかった」と容疑を認めているという。

 現場は信号機のないT字路で、警視庁は藤崎の前方不注意とみて調べている。

 がん治療が理由だったにもかかわらず、議会の欠席日数が多いことを理由に「ポンコツ議員」とビラで名指しされた女性候補者が、4月の世田谷区議選で4回目の当選を果たした。

 立憲民主党の中塚祥代(さちよ)さん(44)。新聞朝日に実名を明かし、「堂々と休んで治療に専念できる社会にしていくために、まずは区議会で病気休暇などの仕組みづくりに取り組みたい」と語った。

 ビラは区議の一人がつくったもので、全区議の「通信簿」として、「公務怠慢ポンコツ議員」、「ブラック議員」などの言葉とともに、公務の欠席日数や質問回数などをランキング形式で記載。

 区議選を間近に控えた3月、区内で配られた。欠席日数が最も多い10日だったとして、通信簿の最上位に名前が記されたのが中塚さんだった。

 ビラの影響は大きかったという。区議選の最終盤まで、有権者から「議会を休んでいたサボり議員だろう」と言われることがあった。2015年11〜12月を中心に、子宮頸(けい)がんの治療や

 療養のために公務を欠席したのは事実だ。区では、議会の出欠にかかわらず報酬が満額支払われるため、中塚さんは「欠席に厳しい目を向ける有権者がいるのも当然」と理解を示す。

 病気や育児、介護などを抱えた議員が必要な時には休めるよう、4選後の議会ではまず、区議会の規則などに病気や育児、介護などの欠席事由を明記したいという。

 報酬の減額のあり方についても議会で議論を呼びかけていくつもりだ。

 中塚さんは、現役のケアマネジャーでもある。介護、福祉分野の政策に力を入れてきたが、がんの闘病経験を前面には出してこなかった。しかし今回のビラを契機に、議会を休んだ説明責任を果たす

 必要があると思い直した。急きょ作成した自身のビラでは、がん闘病や、その経験をいかし、病気になっても仕事や家庭を継続していくための支援をしていきたいとの思いを記した。

 すると、街頭で複数の人が「私もがんで闘病中なんです」、「○年前には治療をしていたんです」と激励の言葉をかけてくれるようになった。

 「がんは珍しくない病気なのだ」と改めて実感したという。

 事務所に「自分はがんだけれど、がんだけではなく、世の中にはいろいろな病気がある。それをかかえて頑張っている人を政策で取り上げて、力になってあげてほしい」と電話をかけてきてくれた人もいた。

 「アピアランスケア(外見のケア)への助成をやってほしい」という具体的な政策提案も寄せられた。

 抗がん剤の副作用などで脱毛した際、社会復帰に向けて医療用ウィッグ(かつら)を必要とする人は多いが、高額なのが課題となっている。予約なしで行けるがん患者向けの相談窓口や

 治療と仕事を両立していくための支援の必要性も、闘病を通じて痛感させられた。

 さらに、自身は治療の結果、子どもができない体になった。「子どもがいない人の居場所づくりにも、今後は取り組んでいきたい」。財政や土木などさまざまな分野の専門家がいるように、

 闘病や介護、育児といったその人ならではの経験をした人が議会にいてこそ発案できる政策がある。「多様な議会」とはそうして育まれるものなのだろう(新聞朝日から)。

 静岡。きのふの午後2時過ぎ、磐田市の蜜岡秋男さん(82)方で爆発音がしたと近隣住民から119番があった。

 地元消防などによると、敷地内でバーベキューをしていた80代の蜜岡さんの妻と20代の男7人がやけどや切り傷を負ったが、いずれも命に別条はなく、県警が参加者に話を聞くなどして詳しい状況を調べている。

 磐田署によると、民家の敷地内にあるプレハブ小屋で、調理をするためにガスボンベの栓をひねったところ、爆発が起き、窓ガラスが吹き飛ぶなどしたという。

 現場はJR磐田駅から北2・5キロの住宅や飲食店がある地域。

 愛知。第2次大戦末期、現在の名古屋市緑区鳴海町にあった捕虜収容所の遺構を残す会を、このほど地元住民や元教諭らが結成した。

 故・城山三郎の作品にも取り上げられた施設で、当時のポンプ施設跡などに案内プレートを設置することを目指す。収容所は1943年12月〜45年9月、名鉄名古屋線有松駅の北東数百mの丘陵の雑木林にあった。

 「名古屋俘虜収容所第2分所」などと呼ばれ、県内唯一の捕虜収容所だった。

 敗戦時には米英の捕虜270人がいた。捕虜は名古屋市熱田区の鉄道車両工場で働かされ、電車で通う姿が地元で目撃されていた。近くに父の別邸があった城山三郎が短編小説に描いている。

 城山作品をヒントに、元南山高校・中学教諭馬場豊さん(65)が戯曲「捕虜のいた町」を作り、2016年から上演し、関連本も出版。

 地元にも働きかけ、「捕虜収容所跡を残す会」結成に至った。

 大阪。梅田の地下街にある「泉の広場」の噴水がリニューアル工事で撤去されるため、きのふ6日で見納めとなった。

 無くなってしまう前に、噴水を見に来る人が大勢いた。「梅田で飲みに行くときはここで待ち合わせが多かった。一つの名物がなくなるのはさみしい」、「このすぐ近くに映画館があったので、

 嫁とここで待ち合わせして。最後だから行ってみようと」(墳水を見に来た人)。

 1日に40万の人が行き交う梅田の地下街の象徴・「泉の広場」。ここに噴水ができたのは今から半世紀前のことだった。大阪万博が開催された1970年に完成。地下に噴水という

 珍しさから、複雑な地下街の目印となった。1981年には、水が階段状に流れ落ちるデザインにリニューアルされた。

 現在の噴水は、2002年に完成した3代目。老朽化が進んでいて、地下街が大規模改修されるのを機に、撤去されることになった。半世紀の歴史に幕が降ろされる前に、一昨日、

 お別れのイベントが行われた。お年寄りも、女の子も、カラーボールに、泉の広場への「最後のメッセージ」を書いて、そっと投げ入れていた。

 「ありがとうって、ハートして、涙ポロポロ、悲しいわ」、「泉の広場よ永遠にありがとう。青春時代の待ち合わせ場所ですよね」、「泉の広場はとても美しかったです。さようならって書きました」

 「初めてのデートの待ち合わせ場所がここでした」(訪れた人)。

 広場に特別な思いを寄せている人は、他にもいた。泉の広場が出来たときに、ここでハンコ店を開いた藤井勝實さん(72)で、カウンターがメインの店舗で、藤井さんは泉の広場と

   同じ年月、ここで商売を営んできた。今では、ハンコは機械で掘るのが主流だが、藤井さんは最後は必ず、自分の手で仕上げを行う。「私なんか、昔の人間やから、機械だけでは

 納得できないから手彫りしている」(藤井勝實さん)。「手彫りでやってくれるから、これからも、またやってもらおうと思って」(ハンコ店の常連客)。

 平成から令和に時代が変わりハンコ店も大忙し。そんな中で、泉の広場のリニューアルにともない、きのふ6日の営業を最後に、お店の場所を移すことになった。

 和歌山。新宮市出身の作家、佐藤春夫(1892〜1964)の業績をしのぶ毎年恒例の「御供茶式」が命日のきのふ6日、新宮市の熊野速玉大社境内にある佐藤春夫記念館であった。

 関係者50人が出席した。佐藤は東京都文京区の自宅でラジオ番組の収録中、心筋梗塞で死去。その後、住居が移築され、1989年(平成元年)に記念館として開館した。

 茶道に造詣が深く、式では、詩を朗読する佐藤の録音の声が流れる中、地元の茶道愛好家らが遺影に茶を供えた。館長の辻本雄一さん(73)は「平成から新しい時代へ業績を伝えていきたい」とあいさつした。

 岡山。地下足袋専門ショップ「たびのくら」が今月110日〜12日、倉敷・美観地区の多目的施設「倉敷物語館」(倉敷市阿知2)の多目的ホールに期間限定オープンする。

 1919年(大正8年)に創業し、今年100周年を迎えた地下足袋・安全作業シューズメーカー「丸五」(茶屋町)のアンテナショップとして出店。

 祭り地下足袋のほか、地下足袋の製造ノウハウを生かしたファッション性の高い足袋型シューズを展示販売する。

 取扱商品は、足袋型コンフォートシューズ「たびりら」、足袋型トレーニングシューズ「hitoe(ヒトエ)」、子供向け足袋型スニーカー「NINTABI」、エアークッション入りの祭り足袋「エアージョグ」、靴下など。

 社の大森美彩さんは「今年4月に発売した『たびりら』の新色や、防滑性能を高めて軽量化した祭り足袋の最新モデルなどに注目してほしい」と話す。

 最終日には「たびりら」の製造実演・体験を行うほか、フレッシュジュース専門店「マルゴデリ」(岡山市)が出店する。

 製造実演では職人が「縫製」、「釣り込み」、「圧着」などの作業を行い、「釣り込み」作業を一般客が体験できる。大森さんは「3回目を迎え、認知度が高くなっているように感じる。

 美観地区なので、国内外の観光客が偶然見つけて寄ってくれたりもする。ぜひ製品を見て、体験していただければ」と話す。

 営業時間は10時〜18時(最終日は17時まで)。

 広島。西日本豪雨から10か月。広島県内では、今も多くの人が避難生活を余儀なくされている。

 夫婦で避難生活を送る高齢女性は今。「忘れられん!忘れようにも忘れられんよ!頭の中いつも…。忘れよう思うんじゃけど、なかなかね… はぁ…もうため息ばっかり出るよ…」、

 こう話すのは、坂町小屋浦で避難生活を送っている井上瀧子さん(81)。去年7月6日。西日本豪雨災害。豪雨によって山から流れ込んだ土砂は一瞬にして街一帯を飲み込み、井上さんの自宅にも襲いかかった。

 「床板流れたんですよ、全部…」、「もうダメです。何も…。家も壊さなきゃいけないんじゃないかと思うけどね…。わからんけど」、

 そして…「仏さんがそこにあったんですよ。入口のところに。姿も何もない。そのまま勢いよく流れて行った

んだと思いますよ…」。大切な先祖の仏壇も流され、行方不明に…。

 井上さんは、災害後、連日、大切な仏壇を探し歩いたものの、見つけることはできなかった。「んん〜…どうしようもない、どうしたらいいんだろうか…」。

 災害から10か月…。あの日被災した自宅は解体し、その場所は更地に変わっていた。「悔しいよりまあ…ありがとしかないね…水害で流れたんじゃけん、悔しいけど、長く住ませてもらったけん、

 ありがたいなというのが先ですね」。現在は、近くの仮設住宅で、夫と2人、避難生活を送っている井上さん…。

 (Qつらいことは)「ずっと具合が悪い。私は有名なほど元気がいいんよ。それが…食欲は無いし…」(Qあの日を境に変わった?)「なかなか元には戻らんね…」。

 小屋浦では、被災した住宅などの解体が進んでいる他、これまで通っていたスーパーも無くなり、不便な生活が続いているといふ。しかし、それでも井上さんは、”この地を離れることだけはしない”と強く決意している。

 「まだまだですよ、これを見たらね…まあ恨みもせんけど…生きて元気でおることがね…また今から頑張らにゃ。せっかくの命じゃけ、もうちょっと生きるよ」。

 (Q頑張れるのは小屋浦が好きだから?)「まあね、小屋浦好きよ!」。そんな井上さんの元にこの春、新たな心の支えが…。

 「ここ一本がね…。生き残っとんよ、かわいいでしょ」。それは、今は更地となった自宅跡地から顔を出す黄色と紫色の花…。「あれだけみんな流れてね、種か知らんけど、残ってくれたんは、

 なんかのあれかもしれんと思って家を守ってくれたんだ…。これから一緒に暮らそうと、元気くれたんです。これに負けんように頑張らんといけんよね」。

 福岡。きのふの午後2時過ぎ、篠栗町乙犬の田んぼにパラグライダーが墜落したと、通行人から119番があった。

 操縦していた男は胸などを強く打って病院に搬送され、3時間後に死亡した。

 県警粕屋署によると、男は篠栗町内にある標高500mの展望台から飛行し、着陸に失敗したとみられる。仲間7、8人と来ていたが、強風のため飛ばない人も多かったという。

 署が詳しい原因を調べている。

 佐賀。赤ちゃんとお年寄りが一緒に過ごし、ともに笑顔を育む介護事業所が唐津市にある。

 唐津市浜玉町の「看護小規模多機能むく」。赤ちゃんや子どもの「癒やし効果」を利用者の元気づくりやストレス軽減につなげようという全国でも珍しい試みだ。「むく」をモデルに、

 同様の取り組みを始める福祉施設も増えている。

 食堂に備え付けたベッドに赤ちゃんが寝そべる。90代の男の利用者がのぞき込み「♪桃太郎さん 桃太郎さん〜」と歌いだすと、じっと見つめ返す赤ちゃん。周りのお年寄りからは笑い声が漏れた。

 施設代表の佐伯美智子さん(45)は「子どもにしか引き出せない笑顔がある」と言う。

 むくは2017年、通所や宿泊、訪問看護などのサービスを一体化した施設として開設された。佐伯さんは「高齢者が生き生きと暮らせる場所をつくりたい」と多世代が集う介護現場を目指し、

 子ども連れ出勤を推奨。女性スタッフが赤ちゃんを連れて働き始めた。

 地域からも「アイドル」を呼び込もうと、昨年から0〜3歳の乳幼児と母親を有償ボランティアとして招く。現在は4組の母子が登録。週に1度施設を訪れ、3時間、高齢者とともに食事したり遊んだりする。

 乳幼児は、ふらりと外出してしまった認知症の利用者のお迎えにも“同行”。スタッフが施設に戻るよう促しても応じない人が、子ども連れだと笑顔で受け入れることもある。

 認知症を研究する三重県立看護大の教授六角僚子(61)さんは「子どもと接すると表情が和らいだり、気持ちが落ち着いたりする」という。

 むくの活動に着目した嬉野市の介護事業所「芽吹き」も今年2月から高齢者と乳幼児が一緒に過ごす時間を設けた。担当者は「赤ちゃんを見ると必ず笑顔になる」と実感。

 同じく2月に導入した仙台市の介護事業所は「赤ちゃんを抱っこしたがるなど雰囲気が明るくなり、利用者が怒らなくなった」と言う。

 母親が社会と関わるきっかけにもなっている。乳幼児を育てるボランティアの平方裕子さん(22)は「以前は家にこもることもあったけど、外に出ると新鮮な気持ちになる」。

 ボランティアで通っていた田嶋ひとみさん(32)は今年、スタッフとして働き始めた。

   「利用者の笑顔を見ると少しでも社会の役に立っているのかなと思える」と話す。施設は4月、地域とのつながりを深めるため敷地内に駄菓子店をオープン。高齢者が店員役を務め、

 地元の子どもたちが買いに来る。「介護が必要な人だけでなく、みんなに開かれた場所でありたい」。佐伯さんはそう願っている。

 愛媛。赤ちゃん同士が土俵の上で泣きっぷりを競う「泣き相撲」がきのふ西条市の石鎚神社本社で行われた。

 健やかな成長を願って、生後6か月から1歳半の赤ちゃん160人が土俵入り。西予市出身で元関脇玉春日の片男波親方と片男波部屋の現役力士に抱かれて泣き声の大きさを競った。

 大一番を終えた赤ちゃんの父親らは、「こんなに泣くとは思わなかった」、「大きくすくすく育ってくれたらうれしい」などと、我が子の健闘を讃えていた。

 新しい時代を担う赤ちゃんたちの元気な取り組みに会場は、大きな歓声と笑い声に包まれていた。

 熊本。渡りをするチョウとして知られるアサギマダラが、上天草市大矢野町の維和島で春の飛来シーズンを迎えた。

スイゼンジナの花の周りをせわしなく飛び交う様子が見られる。

 水色に黒いしま模様の羽が特徴。島には毎年春と秋に飛来し、羽を休めていく。観察を続けている山崎勝安さん(68)によると、今季は4月13日に初めて確認。

 10連休に入ったころから急激に増加したという。山崎さんは「例年より2週間ほど早い。スイゼンジナの花が持てば、今月中旬まで観察できるのではないか」と話している。

 宮崎。今朝1時過ぎ、西都市で住宅1棟を全焼する火事があり、焼け跡から2人の遺体が見つかった。

 火事があったのは、西都市の坂本由裕さん(85)の住宅。火は3時間20分後に消し止められたが、坂本さんが住む木造平屋建て住宅と納屋、合わせて200平方mを全焼。

 屋内の玄関部分と奥の部屋から2人の遺体が見つかった。

 坂本さんは、妻(76)と2人暮らしで、現在、坂本さん夫婦と連絡がとれないという。警察は、遺体が坂本さん夫婦ではないかとみて身元の確認を急ぐとともに、朝から火事の原因を調べている。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ

 君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな

 君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。射水市の若手漁業者らが地元で取れるマコガレイのブランド化を進めているのが、「万葉かれい」。

 今年の初競りが、きのふ新湊漁港で行われ、新元号の令和にちなんだ高値が付いた。「万葉かれい」は新湊沖の刺し網漁で取れるマコガレイで、新湊漁協の若手メンバーでつくる

 「沿岸漁業研究会」が2012年からブランド化に取り組み、重さ400グラム以上のものにタグを付けてアピールしている。

 新湊漁港で行われた初競りには38匹が並んだ。

 このうち体長40センチの大物は、万葉集が出典ある新元号・令和の和にちなんだ語呂合わせから競り値で8万円と過去最高値がついた。

 8万円の「万葉かれい」を入手した丸龍庵常務木村広さんは「令和初の万葉かれいの初競りなんで、ご祝儀相場ということで、令和にかけて8の数字で落としたいなということで」

 「万葉かれい」は夏に向けて、さらに脂がのってくるという。

 福井。平安時代の貴族の歌会遊びを再現する「越前朝倉曲水の宴」が一昨日5日、福井市の一乗谷朝倉氏遺跡で開かれた。

 曲水の宴は庭園の小川などに酒杯を流し、自分の前に流れつくまでに漢詩や和歌を詠む遊び。戦国時代には、一乗谷の武将、朝倉義景も楽しんだとされる。

 今年の和歌のテーマは新元号を記念し「新」。曲水の宴のイベントが10回目を迎えたため、新たなスタートを切りたいとの願いも込めたという。

 一般公募で集まった県内外の20〜70代の12人が宴者として参加。小袿(こうちぎ)や狩衣姿で、水路に酒杯が流れると、短冊に和歌をしたためた。

 宴者として参加した福井市の主婦、林美紀さん(44)は「タイムスリップをしたようで、不思議な気持ち。新しい時代も穏やかで平和な時代が続いてほしいという思いを込めて

 和歌を詠んだ」と話した。

 能登。かほく市高松の浄専寺で4日夜、「生きることを学ぶ会」と称した恒例の催しがあり、50人ほどの参加者がタイの僧侶たちと交流した。

 タイ在住のタイ仏教翻訳家浦崎雅代さんの講演の一環。僧侶たちは参加者の質問に答える形で、托鉢だけで生活していることや一日朝と昼の二食だけであること、スマートフォンを持っていることなどを説明した。

 浦崎さんは「タイの死生観と仏教」と題し講演し、「タイではこの世に生きることとは人生という学校に入ったようなものであり、苦しみは宿題のようなもの。人生は苦しみを減らしたり、

 越えていくことを学ぶチャンスの場である」などと話していた。

 タイの僧侶たちや浦崎さんはタイ仏教の魅力を伝えるために来日しており、各地で催しを行っている。

 金沢。YOSAKOIソーランのイベント「KANAZAWA爛舞(らんぶ)2019」は一昨日5日、大野湊緑地公園で行われ、出演者300人が気迫の演舞を披露した。

YOSAKOIソーラン日本海組織委員会の設立20周年記念事業第1弾で、県内から過去最多の11チームが参加した。6月に札幌市で行われるYOSAKOIソーラン祭りに出場する

「渚一世風美」「粟津おすえべ花吹雪」」などが笑顔いっぱいに踊りを繰り広げた。

 総踊りでは出演者全員が芝生の上に広がり、息の合った動きで会場を魅了した。和太鼓やチアリーディング、ダンスなどの5団体も花を添えた。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                 熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 午後の散歩は何時ものコース。晴れて気持ちがいい。寺津用水は、泡などゴミ等々が、始末されておらず、水量は少なかった。体育館の駐車場では10台の車。

 用水上の斜面にはの木々の若葉は美しい。

 体育館の横からバスケの音が聞こえた。裏の桝谷さんち、野良猫は見えず。バス通りを渡って、坂道の赤いハナミズキに角家のリキュウバイがきれいだ。和田さんちのチューリップに

 ライラックは綺麗だ。

 下って左折。尾田さんの庭の白の椿に、ツツジ、ヤマブキがいい。槌田さんちの、玄関先のプランターのチュウリップは枯れてやムスカリがいい。山津さんちの四つ角で資材置き場へ

 向かう宇野さんの小型トラックと出合い目礼。ここを過ぎて大柳さんちのドウダンツツジを見つつ、洋菓子屋の御婆さんち、庭の大木はほとんど伐採されていた。

 Dr小坂さんち前、出勤だ。アネモネやチューリップ、スズラン、紫のモクレンは綺麗だ。

 宇野さんは先の通り。三叉路で、型枠工場では炉の煙が上がっていて、2台のレッカー車も出られていなかった。なかの公園前の4差路は右折。

 修平さんちの赤のツツジはくたびれて白のツツジが元気で咲いていた。ペンキ屋さんちでは薄青のツツジが見事に咲き乱れていた。徳中さんちの風車は回っていた。

 右手前方のリサイクルセンターは、始動中だ。

 神社の境内のドウダンツツジの花は落ちてもう終わりだ。土村さんちの車庫の前のオダマキは元気だ。松原さんちの庭にはチューリップや芝桜が咲いていた。湯原さんちの芝さくらや

 アネモネ ムスカリ、チューリップ等々に、ツツジや紫のモクレンも咲いていた。ピンクのハマナスの花が咲いていた。

 燕は子を産んで親はせっせと納屋の天井を行き来していた。三叉路の山本さんちの馬酔木は、終わり、藤は色が褪せていた。

 ここは右折。坂本さんち、リキュウバイは咲いて、ニホンザクラのピンクの花はいい。石鎚バラも咲きだした。ドウダンツツジの松本さんち過ぎてみすぎ公園を一回り。

 井上さんちの斜め前の畑の一角の白藤はいい。ウグイスの鳴き声が聞こえず。

 土谷さんちのボタンに明るい紫のツツジを見て、次の次の三叉路は逆Vターン。辻の爺さんの軽4トラックは鎮座していた。木村さんち過ぎて、山手ハイツの手前のお宅では、

 玄関前でコデマリが咲いていた。川上さんちの裏庭のヤマブキがいい。ヘンキ屋さんちの菖蒲を見つつ京堂さんち前からコンビニの裏通りへ。

 街路樹の赤のハナミズキは少し色は落ちたがまだ元気あり風情がある。

 北さんちの前、水が張られ代掻きの終わったた徳田さんの田圃を見つつ行くと、ひょっとこ丸はまだ帰っておらず。

 北さんちちジャガイモ畑の前、過ぎて、藤田さんちの四つ角は左へ。神谷さんち横の花壇の蔓日々草がいい。四つ角は右折テな玉井さんちや河原さんち前を経て秦さん地の前へ。

 庭先にボタンが咲いている飯田さんちの隣、修平さんちの庭のこいのぼりは風は、スイスイと泳いでいた。

 軒隣の瀬戸さんの畑にはナスやトマトなどが目に入った。奥村さんちの深紅のボタンや鱒井さんち庭のムスカリ、薄黄色のハナミズキが待っていてくれた。

 朝夕の散歩は〆て1万780歩、距離は7、5キロ、消費カロリーは210kcal、脂肪燃焼量は15グラム。

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
             唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ  おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

 花篝 勇の歌碑を照らし居て(吉井 勇の歌碑は祇園白川にあり)
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
 袋帯 ぽんと叩きて年新た
 年の瀬や 独り第九をイヤホーン
 おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
 思う事多くなりけり 年の暮れ
 桜蘂降るを踏みしめ女坂
 のどけしや ゆったり動く象の耳
 春光に映ゆるステンドグラスかな
 耕人の影うごき初む朝まだき
 紅椿 一輪部屋を明るうす
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
            詠み人知らず

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2019年5月7日(ふ)

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