東北被災3県でも追悼式 整理つかぬ心、再生の決意
2019年、亥年、弥生3月12日(火)、曇り後雨、夕方からは雷交じりのドシャ降りになった。金沢の最低気温7度、最高気温は13度。
何時ものコースで、冷たい風が頬を撫でた。境内下を流れる寺津用水は止められて流れはない。
体育館は管理人が来ておらず一台も停まっていなかった。何時ものバス通りを渡って、坂道は、右折。雀のお宿、越野さんちの方向へ向かった。エサ台のまわりの木々に、雀たちは集まっておらず。
ここは登り切って左折。セバードのお宅、訓練中なのか見えなかった。朝日さんち横の坂道を降りて行くと左の崖にマンサク、右手の崖に水仙が待っていてくれた。
御婆さんが出てこられて「お早うございます」、「鍋はどこへ行ったのかしら」と辺りをうろうろしてご自分で「認知症や」、思わず苦笑してしまった。
中村さんちの畑のローバイはくたびれているが庭の白の馬酔木は元気だ。
小津さんちの水仙は元気。中村さんちの庭のリュウキンカの茎も伸びていた。才田さんち過ぎて柴犬連れの松本夫妻に「お早うございます」。4差路は右折、浅野さんちの葉牡丹がいい。
紙谷さんちの辺りを一回り。三差路の角、白のクロッカスが咲きだした上村さんちを過ぎ、槌田さんちのナンテンや白のバラも、山津さんちの赤のナンテンに八重の椿もきれいだ。
新聞取に出てこられた旦那に「お早うございます」。
大柳さんちの前は右折し、岡本さんち前は左折。白の椿と小粒の白いバラ、それに黄色と紫のクロッカスが待っていてくれた。
型枠工場のレッカー車が、1台は既に出てもう1だいはドライバー待ちだ。三差路、Dr小坂は、まだで宇野さんはエンジンを始動中。宇野さんの兄貴さんちのローバイはかなりくたびれてきた。
なかの公園の手前の葉牡丹に水仙がきれいな清水の爺さんち、過ぎて神社の方向へ向かった。
修平さんの御婆さんち、角地のピンクの椿、生垣の山茶花やナンテンがいい。ペンキ屋さんちの山茶花もいい。徳中さんちの風車は回っていた。右手前方の毎田のリサイクル施設から、
ブルの稼動している音が聞こえず。
花の消えたスイセンの辰次さんち前過ぎて、土谷の御婆さんち前へ。御隣清水の御婆さんち、咲きほころぶ水仙に黄色のクロッカスが芽を出していた。
神社横の吉田さんち過ぎて、ミカンの木菰が、またウメモドキには雪つりが施されている湯原さんちの前庭では黄色のクロッカスに紫色のも、サンシュユの可憐な黄色の花も咲きだした。
モクレンもつぼみが大きくなっていた。三差路の角、坂本さんちの庭では、可憐な雪割草に清楚な薄紫の寒アヤメは、今朝も10輪が待っていてくれた。
山本さんちの馬酔木の大木や松本さんちの椿や赤の馬酔木も元気だ。吉井さんちの角の三差路を過ぎて真っ直ぐ行く。前方に散歩を終えた松本さんが見えて、近づき「お早うございます」、
「今朝は速いですね」。みすぎ公園を一回りして、次の三叉路は左折した。中村さんちや藤田さんちのシクラメンは元気だった。
公園入り口の細長いプランターのカラフルなパンジーがいい。登校の学童に「お早う、行ってらっしゃい」。
ぺンキ屋さんち過ぎた角で、ワンちゃん連れの高さんに会い「お早うございます」、「脚を怪我されたんですね」。京堂さんちの前からバス通りを渡ってコンビニの裏通りへ。
清水さんちの納屋の庭では白梅に紅梅が綺麗だ。ここで、修平さんちの息子ら仲よし3人組に会い、「お早うございます」と元気な声にこちらも「お早う、行ってらっしゃい」と大きな声で返事した。
北さんち過ぎて、ひょっとこ丸は出られていた。和田さんちの資材庫の前では、ツクシが見事に伸びていた。
藤田さんちの四つ角を過ぎて山本さんちの前でタバコを吸っていた旦那に「お早うございます」、「温かくなりましたね」。畑ではカリフラワーの黄色の花が咲いている畑では奥さんに会い、「お早うございます」。
庭に椿の咲いている奥村さんち前過ぎて、大田さんちの玄関先の葉牡丹やヤツデの花もいい。瀬戸さんちの畑や鱒井さんちの水仙は待っていてくれた。
小屋では、取りあえず、何時ものように茶を入れて、後にカフェを点てた。これが至福のひと時である。
たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時
橘曙覧 (1812〜1868)
♪春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず
氷融け去り 葦は角ぐむ さては時ぞと 思うあやにく 今日も昨日も 雪の空 今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを 聞けば急かるる 胸の思いを いかにせよとの この頃か いかにせよとの この頃か
1913年(大正2年) 早春賦 作詞:吉丸一昌 作曲:中田章
大震災は、きのふ発生から8年を迎えた。
岩手、宮城、福島の3県を中心に死者は1万5897人、行方不明者は2533人に上る。きのふは午後2時46分の発生時刻に合わせて全国各地で追悼行事が行われた。
大震災で多数の死者・行方不明者が出た岩手、宮城、福島3県でも11日、犠牲者を追悼する式典が営まれた。
「あなたがいない生活は、やはり寂しい」、家族を亡くした遺族は整理のつかない心の内を語り、被災自治体の首長は再生への決意を新たにした。
津波で636人が犠牲となった福島県南相馬市の追悼式。斎藤誠さん(48)は、津波にさらわれた次男翔太ちゃん(当時5)を捜す途中、東京電力福島第1原発事故で避難せざるを得なくなったことを振り返った。
「津波を見たとき、どんなにおびえただろう。置き去りにされて、どんなに寂しかっただろう」と言葉を詰まらせながら語り掛けた。
日産自動車が前会長カルロス・ゴーンの不正を解明するため実施している社内調査で、国内外の邸宅の家賃や購入費を日産に肩代わりさせるなど少なくとも50件の不正を把握していることが、分かった。
50件は国内が中心で海外の調査は一部しか終わっていないため、件数はさらに増える可能性がある。
フランスの自動車大手ルノーとの共同調査も続け、全容解明を急ぐ。
前会長ゴーンを巡っては、邸宅の家賃や購入費のほかに、ヨットクラブの会費や大学への寄付などを日産に請求していた疑いがあることが明らかになっている。
関係者によると、これらを含めた不正内容が社内調査で判明した。
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子(もとこ)
沖縄は今。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古の埋め立て問題。
午前9時前、名護市辺野古の新基地建設現場。k8護岸建設現場では、石材投入が続いている。午前8時半、新基地建設埋め立て工事の進む辺野古海上で、抗議市民がカヌーに乗って
抗議活動をしている。辺野古海上に船を出してわずか30分足らずだが、既に3匹の海ガメに出会った。
午後1時半、米軍キャンプ・シュワブのゲート前で新基地建設に抗議する市民らは、辺野古沖が見渡せる第3ゲートまで歩いて移動し、海上で抗議するカヌーチームにエールを送っている。
午後3時過ぎ、新基地建設が進む名護市辺野古のゲート前では、けふ3回目の資材搬入が行われている。
基地建設に反対する市民らが座り込み、抗議している。
♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で、安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田佳彦らにもあったのは今さら言うまでもない。
安倍政権の製造物責任は「私にある」と前首相野田佳彦は、ここにきて初めて本音を喋った。
政府が今の国会の目玉法案と位置づける幼児教育や保育の無償化を実現するための子ども・子育て支援法改正案が、衆議院本会議で審議入りした。
無償化をめぐっては、野党が「所得が高い世帯が得をする」などと批判しているが、政府は重要法案と位置づけ、今の国会での成立を目指している。
立憲民主党の岡本章子は「低所得の方からもご負担いただく消費税の配分先、圧倒的に高所得者層になります。消費税増税の財源としては、かえって不公平感を招きます」と質した。
首相安倍は「もともと所得の低い方の保育料は、すでに公費を投じて負担軽減を図っており、今回の無償化による公費負担額のみをもって配分先が高所得者中心であるとするご指摘は
当たらないと考えています」と答えた。
この改正案で無償化の対象となるのは、3歳から5歳の子どもについては認可保育所や幼稚園などに通う原則、全世帯、また0歳から2歳の子どもについては低収入などの理由で
住民税などの支払いが免除されている世帯。今の国会で成立すれば、今年の10月から無償化がスタートする。
しかし、野党側は「低所得者も負担する消費税増税分によって高所得者が恩恵を受けることになる」として徹底審議を求めている。
野党4党が国会に提出した「原発ゼロ基本法案」が一度も審議されないまま、丸1年を迎えた。
4月の統一地方選、今夏の参院選を前に、「脱原発」の争点化を避けたい与党が審議入りを拒み続けている。「リスクを考えれば、原発に合理性がないことは、はっきりしている」。
大震災当時、官房長官だった立憲民主党の代表枝野は被災地視察後のきのふ11日、宮城県名取市で語った。
原発ゼロ法案は、施行後5年以内に全原発の運転を止めることや、電力供給量に占める再生可能エネルギーの比率を2030年までに4割以上に高めることなどを盛り込む。
昨年3月9日に立憲民主、共産、社民、自由の野党4党が衆議院に共同で提出した。
原発推進の安倍政権との「対立軸」として、野党共闘の目玉に据える狙いがあるが、多数を占める与党が野党側の求めに一貫して応じていない。
「自民、公明が審議拒否している。葬り去ろうとしている」。先月5日、国会内であった民間団体など主催の集会で、立憲の元首相管直人が与党を批判した。
今国会では8日、初の衆院経産委が開かれ、今後、中小企業の災害対応力の強化や円滑な事業承継を促す中小企業強靱(きょうじん)化法案など、政府提出法案の審議が本格化する。
同委の自民党議員は「あんまり早く(政府提出法案の審議が)終わると、やることがなくなる。
野党に原発ゼロ法案を審議しろと言われると困る」と漏らす。
東京電力福島第1原発事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴された元会長被告勝俣恒久(78)ら旧経営陣3人の最終弁論が、けふ12日東京地裁(裁判長永渕健一)であった。
弁護側は「(事故の)予見可能性が認められないことは明らかだ」などと改めて無罪を主張した。
午後も続き、弁護側は大津波試算の基になった国の地震予測「長期評価」について「具体的な根拠が示されておらず、信頼性はなかった」と述べた。
東電は2002年に国が公表した長期評価を基に、第1原発の敷地の南側を大津波が襲うとの試算結果を得ていたが、具体的な対策は講じず、11年3月に大震災が発生した。
検察官役の指定弁護士は論告で「長期評価は専門家が十分議論し統一見解を公表したもので、信頼できる」と主張していた。
弁護側は最終弁論で、2008年3月、東電が原発に襲来する可能性のある津波高を「最大15.7m」と試算していたことについて、試算の基となった政府機関の地震予測「長期評価」の
信頼性を否定した上で、「実際の地震は試算が想定していた地震と規模が全く異なる」と主張した。
試算が原発南側の水位が最も高くなる可能性を指摘していたことにも、「実際の津波は原発の東側からだった」と反論。「津波襲来の予見可能性も結果回避義務もなく、対策を怠っていなかった」と強調した。
検察官役の指定弁護士側は、原子力・立地本部副本部長だった元副社長被告武藤栄(68)が「最大15.7m」との結果の報告を受けた翌月の08年7月、対策先送りを指示したと主張。
本部長だった元副社長被告武黒一郎(72)は同8月に先送りの報告を受け、最高経営責任者だった元会長勝俣は09年2月には、巨大津波の可能性を認識したと訴えていた。
未曽有の事故から8年。福島第一原発の事故をめぐり東京電力の旧経営陣3人が強制的に起訴された裁判は、けふですべての審理が終わり、今年9月19日に判決が言い渡される。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。
衆院比例代表東海ブロックの選挙会は、けふ準強制性交容疑で刑事告訴され、自民党を離党した田畑毅の議員辞職に伴う欠員補充で、2017年衆院選の自民党名簿に基づき
元衆院議員吉川赳の繰り上げ当選を決定した。13日の官報に告示後、当選の効力が発生する。
吉川は岸田派所属。無所属のまま二階派入りした元環境相細野豪志と衆院静岡5区で争い、3回連続で敗れている。吉川の繰り上げ当選により、次期衆院選で静岡5区に擁立する
党の候補者調整が難航する可能性がある。
中央省庁による障害者雇用水増し問題で、政府は、きのふ関係府省連絡会議を開き、省庁が法定雇用率が達成できなかった場合、翌年度予算から雑費などに充てる「庁費」を、
不足する障害者の職員1人あたり年60万円減額する方針を決めた。2020年度から導入する。
民間企業は不足1人当たり月額5万円を支払う納付金の制度があり、自民党などから公的機関にも同じ仕組みを設けるべきだとの意見がある。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
台湾。大震災の犠牲者を追悼し、震災時の台湾の支援に感謝する式典がきのふ、日本台湾交流協会台北事務所(日本大使館に相当)で開かれた。
日台の関係者80人が出席し、代表(大使)沼田幹男は「台湾からは200億円以上もの破格の支援をいただき、何よりも勇気づけられるものだった。日台間に特別な絆が存在することを多くの日本人が
改めて認識するきっかけとなった」とあいさつし、台湾側に謝意を伝えた。出席者は震災発生時刻に合わせて黙とうし、その後、献花台に花をささげた。
アルジェリア。北アフリカのアルジェリア20年に及ぶ長期政権を維持してきた大統領ブーテフリカ(82)は11日、5選を目指した4月18日の大統領選への出馬を撤回し、
選挙を延期すると発表した。高齢の大統領による多選に反発し全土に広がった数万人規模の抗議デモに押し切られた。
ただ大統領辞任には言及しておらず、政治的混乱が拡大する恐れもある。
ブーテフリカは国営通信を通じて声明を発表し、年内に「国民会議」を開催して新憲法案を起草、国民投票で是非を問うと表明。大統領選はその後に実施するという。
フランス。メディアは11日、自動車大手ルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)だった被告カルロス・ゴーンが2016年にベルサイユ宮殿で結婚披露宴を開く際に会社資金を不正使用した疑惑に関し、
司法当局が初期段階の捜査を始めたと伝えた。
疑惑はルノーの内部調査で見つかり、さらに詳しく調べる必要があるととして2月に当局へ通報していた。当局はルノーが宮殿の修復を財政支援するメセナ契約の対価の一部として、
被告が宮殿を無償で使用した状況について調べている。披露宴の前に結ばれたルノーのメセナ契約は230万ユーロ(2億8700万円)。
米国。米ブルームバーグ通信は、トランプ米政権が日本やドイツなどの駐留米軍の受け入れ国に対し、駐留経費負担の5割以上の増額を要求することを検討していると伝えた。
2021年4月以降の日本側負担を決める日米協議は来年にもある見通しで、米側が日本側に駐留経費負担の大幅増を要求する可能性がある。
同通信が8日、複数の米政府当局者の話として伝えたところによると、米政権は「コスト(経費)プラス50」計画と名付け、受け入れ国にこれまで負担を求めていなかった米兵の
給与のほか、空母や潜水艦の寄港の経費を求めることを検討。現在の駐留経費負担の5〜6倍に当たる金額を要求される国も出てくる可能性があるという。
すでに国防総省当局者らは、受け入れ国側がいくら支払うべきか、米国との緊密度合いに応じていくら割引するかなどを計算するよう求められているという。
大統領トランプは就任前から「米国が防衛する国々に相応の負担を求める」と繰り返し、就任後は韓国など同盟国に駐留経費負担の増額を強く迫った。今年1月に国防総省で演説した際も
「我々は多くのとてもお金持ちの国々を守っている」と不満を示し、同盟国側の「相応の負担」を求めた。
日本は在日米軍の駐留経費を年2千億円負担し、他の受け入れ国より負担割合は高い。だが、トランプは16年大統領選の期間中、日本が駐留経費を全額負担しなければ米軍撤退もありえると示唆した。
現在の在日米軍の駐留経費負担を定めた日米間の特別協定はオバマ前政権下の15年に合意し、21年3月末で期限が切れる。
来年には日米間で駐留経費負担の改定協議がある見込みだ。ある日米関係筋は「トランプは最も関心の高い貿易問題のディール(取引)を有利に進めるため、貿易問題と駐留経費の
増額問題を絡めてくるのではないか」とみる。
トランプ米政権は11日、2020会計年度(19年10月〜20年9月)の予算教書で、メキシコ国境の壁建設費として86億ドル(9600億円)を要求すると発表した。
大統領トランプは再選を目指す大統領選を来年に控え、不法移民対策で妥協しない姿勢をアピールする考えとみられる。
国防予算は前年比5%近い増額となる7500億ドル(83兆4千億円)を要求するとしている。
壁建設の要求額は、議会が2月に認めた国境フェンス建設費13億7500万ドルを大きく上回る。トランプの国家非常事態宣言には共和党内からも異論があり、議会との対立再燃は必至だ。
米国務長官ポンペオは11日、反米左翼マドゥロ政権と野党の対立が続く南米ベネズエラ情勢を巡り、首都カラカスに駐在する全ての米大使館員を今週中に退去させるとの声明を発表した。
声明は退去の理由として、ベネズエラの情勢悪化や、大使館員の存在が米国の政策の制約になっていることを挙げた。
大統領マドゥロは1月、米大使館員に国外退去するよう通告したが、ポンペオはマドゥロに国交を断絶する権限はないとして拒否する声明を発表していた。
国連の事務総長グテレスは11日、米ニューヨークの国連本部で開催中の「女性の地位に関する委員会」の年次会合で演説し、エチオピア航空の旅客機墜落により、少なくとも21人の
国連機関職員が死亡したと明らかにした。国連本部はこの日、半旗を掲げた。
国際移住機関(IOM)は10日、国連機関職員19人が死亡したと発表したが、犠牲者が増えた可能性がある。グテレスは「犠牲者は世界の人々に奉仕し、世界を良くしようという
精神で共通していた」と述べて死を悼んだ。
ドイツ。ドイツ4部リーグ所属のサッカーチーム「ケムニッツFC」本拠地の東部のサッカー場で9日、最近病死したネオナチ活動家の遺影が大型画面に映し出され、サポーター集団が追悼の横断幕を掲げる事態が起きた。
一部選手も賛意を示し、チーム代表の辞任に発展した。地元メディアが11日、伝えた。
ケムニッツのサッカー場には4千人が入場していた。ネオナチの追悼が公然と行われたことに批判が高まっている。活動家はナチズムや人種差別主義を掲げる団体を設立し、地元の極右の
若者らを支援。過去には自身が経営する警備会社がこのサッカー場に警備員を派遣していた。
マレーシア。北朝鮮の朝鮮労働党委員長金正恩(キムジョンウン)の異母兄、金正男(キムジョンナム)がマレーシアの空港で顔に毒を塗られて殺害された事件で、実行犯として殺人罪に問われた
女2人の公判が11日、クアラルンプール近郊の高等裁判所であった。
検察はインドネシア人の被告シティ・アイシャ(27)について殺人罪の起訴を取り下げ、被告は釈放された。マレーシア司法当局はインドネシア政府に対し、事前に釈放の方針を伝えていたといい、
政治判断が働いた可能性がある。11日朝、法廷で検察が起訴取り下げを表明すると、被告シティは直ちに拘束を解かれ、弁護士らと抱擁。
クアラルンプール市内で会見し、「まさか解放されるなんて。家族に会いたい」と涙を浮かべた。夜に帰国し、2年ぶりに家族と再会。「私のために祈ってくれた両親や友人たちに感謝したい」と語った。
これまでの公判で検察側は、捜査員らの証言や監視カメラ映像などから、両被告が殺意を持って猛毒「VX」を含む液体を正男の顔に塗りつけたと主張。
裁判所は検察側の主張をほぼ認定する一方、「北朝鮮の男から『いたずら番組の撮影』と聞かされていた」、「殺意はなかった」とする両被告の無罪の主張を退けていた。
検察が公判を有利に進める中、自らの主張を突然覆す形となった今回の釈放の背景には、インドネシア政府の働きかけが影響したと見る向きが強い。
インドネシア法務人権相は2月末、マレーシア司法長官に「被告の罪状を見直し、インドネシアに帰してほしい」と手紙で要望。
同長官は今月8日、「両国の良好な関係に鑑みて」被告を釈放すると回答していた。一方、ベトナム人の被告ドアン・ティ・フォン(30)の起訴は取り下げられていない。
被告フォンは、犯行の様子を捉えた監視カメラ映像が残っていたり、逮捕時に爪からVX関連物質が検出されたりと強い証拠が見つかっている。
それに比べて被告シティは、監視カメラ映像が鮮明でない上、VX関連物質が検出された上着が本当に被告シティのものだと言い切るだけの証拠がないなど、司法当局が釈放を受け入れやすい状況にあった。
被告フォンの弁護団は「なぜ1人しか釈放されないのか。理由が明らかにされず不公平だ」と訴えた。
司法長官に対して被告フォンも釈放するように要望したという。
事件は2017年2月に発生し、直後に逮捕された2人の裁判は同年10月に始まった。捜査当局は2人に指示を与えたとされる北朝鮮の男ら8人の名前を公表したが、事件後に全員出国していて、真相解明が難しくなっていた。
エチオピア。アフリカ東部エチオピアの首都郊外で10日、旅客機が墜落した。
運航するエチオピア航空によると、乗員・乗客の157人は全員死亡したとみられている。今回墜落した米ボーイング社の最新鋭機「737MAX8型」は、昨年10月にもインドネシアで墜落し、
乗員・乗客189人が死亡している。
中国政府が中国国内の航空会社に同機種の運航を一時停止させると発表するなど、機体の信頼性に注目が集まっている。「MAX」シリーズは2016年に初飛行したばかり。
8型のほか、7型、9型、10型があり、席数や航続距離が異なりますが、いずれも高い燃費効率が特長。
バチカン。キリスト教カトリックの総本山バチカンにあるサンピエトロ大聖堂で11日、大震災から8年に合わせた追悼ミサが行われた。
同聖堂の名誉司祭長、枢機卿コマストリが執り行い、集まったイタリアの在留邦人らが鎮魂の祈りをささげた。
参加者が「今も苦しんでいる人たちのために何ができるかを考え、行動に移す知恵と勇気をお与えください」などと日本語のメッセージを読み上げると、大聖堂は荘厳な雰囲気に包まれた。
ミサでは聖歌隊による復興支援ソング「花は咲く」の合唱も行われた。
英国。首相メイは11日夜(日本時間12日朝)、欧州連合(EU)からの離脱をめぐり、離脱協定案の法的拘束力を伴う修正についてEU側と合意したと発表した。
ロシア。軍の極東地域を管轄する東部軍管区は12日、北方領土の択捉島と国後島で機関銃・砲兵部隊ら500人が参加する軍事演習を開始したと発表した。
70の戦車や装備を使用し、敵の上陸作戦に対する訓練などを実施。インタファクス通信が同日報じた。
首相安倍は昨年11月、ロシアの大統領プーチンとの会談で、平和条約締結交渉を加速させることで合意。日ロ両政府は北方領土返還を含む条約締結問題の協議を続けている。
日本政府は北方領土での軍事演習には反対の立場を取っており、ロシアの強硬姿勢が改めて示された。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。JR北海道は、石勝線夕張支線(新夕張〜夕張、16・1キロ)の4月1日廃止に伴う利便性確保策の一環として、夕張市民が石勝線新夕張〜南千歳間で特急列車を利用する場合に限り、
普通運賃だけで乗車できる特例を、16日のダイヤ改正に合わせ導入する。市民対象の「特急券代用証」を発行する。
JRは、支線廃止後の代替バスの新夕張駅での接続を良くするため、ダイヤ改正で同駅に停車する特急列車を1日3本増便し18本とする。これに伴い新夕張〜追分間の普通列車は現行の半分の1日5本に減便する。
夕張市は、通院などのため普通列車で千歳方面に出かけていた市民の足の確保策をJRに求めていた。
4月7日投開票の知事選に野党統一候補として立候補する元衆院議員石川知裕(45)がきのふ11日、公約を発表した。
タイトルは「北海道独立宣言」。北海道が直面する課題に対し、国に依存するのではなく道民が話し合いながら決めていく自立を柱に据えた。石川が札幌市内の会見で説明した。
公約は、四つの理念と八つの政策=表=から構成されている。
目玉は「北海道経営会議」の創設だ。道内の全市町村長、経営者、学識経験者らが集まって毎年1回開き、北海道の針路を決める。重要な諸課題について知事に進言する「懇談会」を想定しているという。
与党系から出馬する前夕張市長鈴木直道(37)について、石川は「中央依存型の道政を続けるのか、自立型に変えるのか。一番大きな違いだ」と強調した。
知事選の争点になりそうなカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致について「観光立国ハワイにカジノはありません」と反対の姿勢を鮮明に。
「食と観光で地域の活性化と雇用をつくる」ことを盛り込んだ。JR北海道が単独では維持困難としている線区については「鉄路を生かす」と明言した。JR北が廃止方針を固めている
日高線(鵡川〜様似間)といった線区も、石川は「自治体や住民の声を聞く限り、まだやれることがある」と発言。経営が安定しているJR東日本、JR東海の収益をJR北に回す
枠組みについて国と協議したい方針だ。
過疎地の医師不足を解消するため過疎地に勤務した医師に点数を与え、それに応じて開業できるようなシステムの導入を、国や他の都府県と協議する。
石川は「独立宣言に込めた思いは、国のメニューに唯々諾々と従うのではなく、むしろ提案すること。自分たちの知恵で北海道をつくる思いを共有したい」と述べた。
青森。大震災から8年を迎えたきのふ、県内でも震災の犠牲者を追悼する催しや、新たな災害に備える避難訓練があった。
三陸復興国立公園・種差海岸(八戸市)近くにある市立南浜公民館では、市民団体「HUMANBAND(ヒューマンバンド)あおもり」による追悼行事があった。
岩手。津波の甚大な被害を乗り越え、23日に三陸沿岸163キロを結ぶリアス線を開業する三陸鉄道。
きのふ11日、「震災学習列車」をIGRいわて銀河鉄道との連携で特別運行した。岩手県内以外にも首都圏や四国から37人が参加。北リアス線(久慈〜宮古)沿線の被災地を巡り、
震災と津波の恐ろしさを体感した。
釜石市鵜住居地区や、宮古市田老などをバスで巡った一行は、田野畑駅から列車で久慈駅に向かった。午後2時46分に普代駅のホームで黙?。安家川にかかる標高33mの橋梁付近で、
「語り部」役の旅客営業課長二橋守さんが「山にぶつかって遡上するのが津波の特徴です」と語りかけると、乗客は息をのんで海を見つめた。
トンネル内では電灯が消え車内が真っ暗になる場面も。二橋さんは防災グッズの笛を吹き、「これを持っていれば何人もの命が救われたかもしれません」と訴えた。
参加した神奈川県葉山町の会社員、岡村恭子さん(57)は「寒くてつらかったろうと感じた。どこで災害が起きても支え合う地域にしたい」と話した。
「震災の記憶を伝えたい」と、三鉄が2012年から団体向けに運行してきた震災学習列車の利用者は延べ5万5千人。
二橋さんは「『お涙ちょうだい』ではない。我々が震災で学んだ教訓を、防災に役立ててほしい」と話した。
宮城。石巻市の徳水利枝さん(57)は、一人暮らしの母、鈴木典子さん(当時82)を震災で亡くした。
きのふ、市の追悼式で遺族代表としてマイクに向かった。そのさなか、背中越しに「パパ、ママ」と叫ぶ幼子の声が聞こえた。今は24歳になった長女が小さかったころ、典子さんに
おんぶされていた姿が重なった。涙があふれるなか、言葉を続けた。
「災害による死の厳しさは想像を絶するものがあります。大切な人の姿がわからない。きれいにしてあげることもできません。だからこそ『一人ひとりが命を落とさない備えに真剣に
取り組んでほしい』と語っていこうと考えています」。
福島。合わせた手の先から雨がしたたり落ちた。大切なものをたくさん失った大震災からきのふ11日で8年。
口を結んで悲しみをこらえ、それでも時に胸をかきむしり、少しずつ日常をたぐり寄せてきた日々。目を閉じて浮かぶのはいつだってあの笑顔。せめて、どうか安らかに。届けよ、祈り。
震災の犠牲者が119人(行方不明者、震災関連死を含む)となった新地町で、町が高台に建立中の慰霊碑がほぼ完成し、きのふ、町民らによる見学会があった。
町が建てる慰霊碑は今回が初めて。訪れた町民らが碑の前で犠牲者を悼んだ。
東京電力福島第一原発の新事務本館(大熊町)では、社長小早川智明ら幹部や原発で働く東電社員700人が震災の時刻に合わせて黙?した。
社長は「二度とこのような事故を起こさないと誓った痛恨の日々を振り返り、その反省と教訓を未来に生かすことはできる」と述べた。
終了後、廃炉の方針を示している第二原発の正式決定の時期について、「社内で専門チームを組成して検討しているが、第一原発との作業の整合性や会社に財務的な影響もある。
総合的に検討している」と述べるにとどまった。
茨城。あの日を語っていいのだろうか――。
宮城県東松島市で大震災に遭った茨城大3年の佐々木侑太さん(21)は、被災後の数年間、モヤモヤした思いをずっと抱えていた。自宅は津波の被害を免れ、両親と2人の兄は無事だった。
「被害が少なかった自分は、震災を語る資格がないのでは」。その考えは、一昨年に始めた被災地ボランティアの活動で変わった。
2月上旬、宮城県石巻市の大川小学校に通っていた次女を亡くした元中学校教諭の佐藤敏郎さん(55)が、茨城大で講演した。企画したのは同大の学生ボランティアサークル「フルール」。
メンバーの佐々木さんが、震災の教訓を語ってもらおうと依頼した。
あの日、中学1年だった佐々木さんは、忘れ物を取りに戻った学校の教室で地震にあった。母の迎えで自宅に戻り、避難した。石巻市で働いていた父と六つ離れた双子の兄2人は、
数日後に無事だと分かった。防波堤近くに住んでいた祖母は津波にのまれ、2カ月後に遺体で見つかった。
自宅は海から離れた場所にあったため、傾いたり壁にひびが入ったりしたが生活はできた。一方、同じ市内でも海岸近くの家は流され、多くの死者が出るなど、被災の程度に差があった。
2カ月後に授業が再開してからは、できるだけ家族の話をしないようにした。親やきょうだいを亡くした生徒もいて「何げない一言が誰かを傷つけるかもしれない」と思ったからだ。
高校でも、震災は触れづらい話題だった。
大学でサークル活動を始めたのは2017年4月。最初は震災のことを聞かれても、話すのを避けていた。でも、大川小の校舎の清掃など、被災地でボランティア活動をするなかで、
気持ちに変化が起きた。周りであれだけの人が亡くなった震災。
どうしても「教訓を見いだしたい」という思いがわく自分。明るく活動する被災経験がない他のメンバーと、自分の気持ちの温度差を感じた。「震災の教訓を学ばないと、亡くなった人たちに失礼じゃないのか」。
少しずつ、自分から震災の話をするようになった。
サークルの仲間たちに、「被災地で感じたことを社会にどう還元するかが大切だと思う」と話し、その発言を機に、サークルはボランティア以外の活動に取り組むようになった。
被災者を招いて講演会を開いたり、震災と学力低下の関連を調べて発表する場を設けたり。仲間に話したことで「自分ってこんな風に思っていたんだ、と確認できた」と振り返る。
きのふ11日はサークルの仲間たちと一緒に、地元・宮城で迎える予定だ。その後は就職活動が本格化するため、サークルはしばらく休むが、震災経験者としての自分にできることは、
続けるつもりだ。「就職しても休暇をとって、東北でボランティアを続けたい」。
東京。東京電力福島第1原発事故後に脱原発を訴えるようになった元首相の小泉純一郎(77)と、社会問題への発言を続けている漫才コンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔さん(38)が、きのふ
東京都内のライブハウスで対談した。小泉は原発について「政治が推進してきた以上、政治がやめさせないといけない。選挙で国民の声を届ける必要がある」と語った。
原発ゼロを訴える小泉の著書を昨年末に出した東京の出版社が企画。100人が2人の掛け合いを聴いた。
大震災の被災地を店のお客さんと一緒に支援したいと、牛タンを注文する度に100円を出してもらう「タン塩募金」を立川市の焼き肉店が7年半前から続けている。
年間25万〜30万円が集まり、被災学校や保育施設、NPO法人などに直接渡す。交流はお客さんを巻き込みながら広がり、深まっている。
「焼肉富貴(ふうき)」はJR立川駅北口のビル7階にある。
山形牛の一頭買いを売りにする店で、壁には「タン塩で地震被災地復興を応援します」の手書きの貼り紙が掲示されている。洗面所の壁には、応援した学校の生徒らからの寄せ書きなども貼られている。
東北地方から肉を仕入れる代表の佐藤文彦さん(59)は震災の2011年夏に仙台市の沿岸へ妻と出かけ、被災した学校の姿に衝撃を受けた。
そこで「仙台名物の牛タンをきっかけに」と考えたのが募金だった。タン塩(1500円)、上タン塩(2千円)などに100円を上乗せし、貯金箱にためていく。
愛知。大震災から8年のきのふ、被災地の復興を願って毎日1枚、ハートのイラストを描き続けているイラストレーター、名古屋市昭和区の茶畑和也さん(63)の作品展「2019いろんなハート展」が、
名古屋市千種区末盛通1丁目のギャラリー安里で始まった。17日まで。
茶畑さんは、震災直後の2011年3月28日から毎朝、パソコンのソフトを使ってハートの作品を描き、自身のフェイスブックとツイッターに掲載してきた。
被災地に行った知人もいたが、「自分にできることで思いを伝えたかった」と振り返る。
きのふの朝までに手掛けた作品は2906点に及ぶ。作品展には、この1年間に描いた作品を中心に50点を展示した。茶畑さんは「震災と原発事故を忘れないよう描き続けたい。
ハートで温かい気持ちを届けたい」と話した。
ギャラリー安里と共同で作品の売り上げの一部は、被災地の支援に寄付する。問い合わせは、同ギャラリー(052・762・5800)へ。
和歌山。北山村議会で、けふ議員定数を現在の6から5に削減する条例が可決、成立した。
12月の任期満了に伴う村議選から適用する。人口減少が背景にあり、定数5は沖縄県北大東村と並び全国最少となる。村議会は2016年の村長選に現村長が議員を辞職して出馬して以降、
欠員1の状態が続く。議員葛城健也は「5人となっても特段の支障をきたすことなく議会運営を行っている。
村の人口減少の現状を考慮し、行政改革の流れの中、総合的に判断した」と提案理由を述べた。
閉会後、議長久保学は「今後人口が増えれば、定数を戻すこともある」と話した。
大阪。堺市の市長竹山修身の後援会などで政治資金収支報告書に1億円の誤りがあった問題で、市議会はけふ12日、議員総会を開いて竹山に説明を求めた。
竹山は「記載の誤りはあったが(政治資金を)私的に利用した事実は認められなかった」と述べ、不正はないと強調した。
総会冒頭、竹山は「政治資金規正法に合致しない措置が取られていたことは誠に遺憾で、責任を痛感する」と謝罪。大阪維新の会の市議は「訂正した報告書にも不自然な点があり、
明らかに数字を操作している。辞職に値する」と迫ったが、竹山は「操作していない」と否定した。
1945年3月10日の東京大空襲を垣間見た汐見弥寿子(やすこ)さん(100)は、帰郷した堺市で、この年7月の空襲に遭った。母を失った。
堺市の国民学校の教師だった汐見さんは44年2月に同郷の男と結婚。夫の仕事で東京へ転じた。
ほどなくして東京は空襲を受けるようになったが、自宅のある杉並区は比較的おだやかだった。死者10万人超となった大空襲時も荷物を抱えた避難民と遠くに黒煙を見たぐらい。
杉並も狙われるようになると、防空壕に荷物を放り込んだり頭上に落ちてきた焼夷弾に肝を冷やしたりしたが、日々の食べ物や燃料の不足のほうが心配だった。
さらに気がかりだったのは、堺市にいる母・小種(おたね)さんのことだった。汐見さんは夫と話しあい、いったん単身で帰郷することにした。当時妊娠4カ月だった。
2週間後の45年7月10日未明に空襲警報が鳴った。
大阪・ミナミの会員制インターネットカジノ店で従業員と客の男が銃撃された事件で、南署は、きのふ殺人未遂と銃刀法違反(加重所持)の疑いで韓国籍の姜真一(34)を指名手配した。
店側が姜をモニター越しに確認し、ドアの鍵を開けて入店させていたことが新たに判明。南署は姜が常連客とみて、トラブルの有無を調べている。
現場には銃撃に使われた回転式拳銃が残されていた。撃たれた2人は意識不明の重体だったが、男の客(32)は意識が回復した。
店には外の様子が確認できるモニター室があり、普段はドアは施錠されていた。
岡山。早春に黄色い花を咲かせ秋に赤い果実を付けるサンシュユの花が和気町益原の鵜飼谷温泉薬草園で見頃を迎えている。
お彼岸まで鑑賞することができる。サンシュユを育てているNPO法人「和気サンシュユの会」によると、園内には150本の木があり、例年より1週間ほど早い2月末頃から花が咲いた。
9日の花見会には八分咲きのところ、町民ら100人が来園し、50本限定の苗木の配布がすぐになくなるほど人気を博したという。
サンシュユは秋に果実から種を取って果肉を乾燥させ、茶葉などとして利用すると滋養強壮薬になるとされる。
会は薬草園以外にも600本の木を耕作放棄地で栽培し、様々な加工品作りに挑戦している。
広島。決して忘れることができない『あの日』からきのふでちょうど8年。
県内各地では、東北の被災地の復興を願う祈りが捧げられた。地震が発生した午後2時46分に先立ち、広島市中区では岩手県に本社を置く新聞社・「岩手日報社」が、復興支援への
感謝と西日本豪雨災害の被災地へのエールを込めて号外を配布した。
岩手日報社・横山彩さん「風化して生きていると思うのでこういった号外を配ることで忘れないでほしい。広島も沢山の被害に遭われた方がいてお互いに支援し合って元気で日本を盛り上げていきましょう」。
号外を受けとった広島市民は「明るく前向き頑張りますお互いに」、「頑張れっていうのは言えないから前を向いて頑張ってほしい」。
そして県庁では【黙祷】・・・午後2時46分1分間の黙とうが捧げられた。
広島県危機管理課の課長道下克典さんは「昨年広島で豪雨災害があって実際に我々がそういう大きな災害を経験したということで、やはり災害というのはいつどこで起きるかわからないなというのを
改めて感じた所です」。広島県では大震災を受け、このように県内で大地震が起きた際の被害想定を作り直している。では大震災後の2013年に被害想定の見直しに着手。これによると、マグニチュード9の
南海トラフ巨大地震が発生した場合、死者が1万5千人に上るほか、全壊家屋が7万棟近くになると試算している。この被害想定に基づき県は津波の被害を防ぐため、岸壁の耐震工事を各地で進めている。
愛媛。大震災発生から、きのふで8年を迎えた。
県内でも、被災地の今を伝える新聞号外の配布や追悼の集いがあり、参加者は震災を忘れないという思いを新たにしていた。石手寺(松山市)では午後2時半から、「追悼と復興の祈り」の催しが開かれた。
震災が起こった午後2時46分、寺の住職加藤俊生さん、被災者や支援者らが黙?や焼香をして犠牲者を悼み、福島第一原発事故などで避難生活を余儀なくされている被災者の暮らしの再建を願った。
原発から5キロの福島県双葉町から家族4人で松山市に避難した、NPO法人「えひめ311」副代表の澤上幸子さん(43)は「当時3歳だった双子の男の子が今は11歳。
子どもの成長でしか時の流れが感じられない。生活再建は見た目では進んでいるが、心の中では『復興』の言葉に置いていかれている気持ちです」とあいさつ。
代表の渡部寛志さん(40)は「暗闇の中、悩みながらやみくもに進んできた。悲しいこと、悔しいこと、苦しいことが多すぎた8年だった。全国には5万人を超える避難者がおり、
まだまだ震災は続いている」と述べた。
熊本。気象庁は、けふ火山活動が高まっているとして、阿蘇山(高岳・1592m)の噴火警戒レベルを2の「火口周辺規制」に引き上げた。
中岳(1506m)第1火口から1キロ以内で、噴火に伴う大きな噴石に警戒を呼び掛けている。
気象庁によると、阿蘇山では、2月上旬ごろから振幅がやや大きくなっていた火山性微動が、今月11日夜からさらに大きくなった。火山ガス(二酸化硫黄)の放出量も2月以降、
やや多い。阿蘇山では、2016年10月に爆発的噴火があり警戒レベルが3の「入山規制」に。
17年2月以降は1の「活火山であることに留意」を維持していた。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。今朝4時前、高岡市駅南四丁目の関野武美さん(83)の家から火がでて、火は1時間半後に消し止められたが、木造2階建ての住宅が全焼した。
関野さんは1人暮らしで、玄関まで自力で逃げたが、その後、病院に運ばれた。会話はできる状態というが、けがの程度は分かっていない。
警察と消防は、実況見分を行い、火事の原因を調べている。
大震災の発生から8年を迎えたきのふ、富山市大手町の富山市民プラザでは、富山市の支援団体「ふっこうのおと」による追悼イベントがあった。
東北地方の物産販売や原発事故を描いた映画上映などが行われ、参加者が震災の犠牲者を思い、黙とうをささげた。
震災直後から今も東北への支援を続けるふっこうのおとの代表小林仁さん(48)は「続けることが大事。生きている限り継続していきたい」と話した。午後2時からの追悼式では、
団体とともに東北支援をしてきた曹洞宗観音寺(富山市八尾町鏡町)の住職今里道真さんがお経を唱え、地震発生時刻の午後2時46分には1分間の黙とうがあった。
今回は、震災直後から支援を受ける宮城県南三陸町の「歌津平成の森仮設住宅」の元自治会長・畠山扶美夫さん(69)も参加。
畠山さんは「8年が経過しても頻繁に来てくれている。この縁をずっと継続していけたら」と話した。追悼式に参加した富山市の栂野(とがの)文子さん(70)は「3・11のことは
絶対に忘れてはいけない。亡くなった方のことを思って黙とうした」と話した。
福井。大震災による東京電力福島第一原発事故から8年となるのに合わせ、東電損害賠償福井弁護団(団長・円居(えんきょ)愛一郎弁護士)は、きのふ福島県から福井県に避難した被災者のうち、
東電への損害賠償請求をしていない人たちに、請求手続きをするように呼び掛けた。
弁護団によると、避難に伴う生活費の増加分や、医療費、精神的苦痛などの損害賠償請求権を行使できるのは、原発事故の発生から10年間。時効まで残り2年に迫り、「時効を理由に
救済が阻害される事態が懸念される」と指摘している。
円居団長らが、この日福井市宝永四の福井弁護士会の事務所で会見。円居さんは「事故から8年たつが、避難者への適正な賠償がされていない」と述べた。復興庁のまとめでは、県内にはいまだに
185人の避難者がいるとされるが、弁護団によると、把握されていない人もいるという。
会見には被災者とその支援者も同席。福島県双葉町から転居した坂井市で5年間にわたって避難生活を経験し、損害賠償請求を申し立てた福島県いわき市在住の川崎葉子さん(68)は
「避難していたこともあり、歯科医師の夫は仕事ができなくなった」と精神的、経済的な苦痛は大きかったと明かした。
避難者の生活支援を続ける市民団体「ひとりじゃないよプロジェクト・福井」世話人代表で、越前市中山町の内山秀樹さん(61)は、今後も支援活動を継続すると表明した。
弁護団ではこれまで7世帯26人と一法人、延べ15件の申し立てを受け、裁判外紛争解決手続き(ADR)により、和解を成立させた。
現在、損害賠償請求は、申し立て中が1件、申し立て準備中が2件という。
(問)みどり法律事務所・笠原一浩弁護士(平日午前9時〜午後5時) 電話0770(21)0252、内山秀樹さん090(5171)6410。
「自分の命を、大切な人を、地域を守ってほしい」―。
大震災からきのふ3月11日で8年を迎えた被災地では、肉親を失った20歳前後の語り部が、思いや教訓を伝えるため奮闘している。同世代の福井高専の学生3人が宮城県内の被災地を訪れ、
震災直後の状況や被災地の今に触れ、語り部の思いを「手渡し」で受け取った。
さわやかな青空に、白い雲がぽっかりと浮かんでいた2月26日。川をさかのぼった津波により児童74人と教職員10人が犠牲になった宮城県石巻市旧大川小学校を訪ねた。
裏山から校舎周辺を見下ろし、語り部の石巻市の東北福祉大学2年の永沼悠斗さん(24)は言った。
「きれいなんだよね、景色が。山があって、川も海もあって。ここに育って大川小を卒業したことは誇り」。当時高校生だった永沼さんは小学2年の弟を亡くした。
円形の平屋と、緩やかな曲線の2階建て部分を組み合わせた校舎の周辺は一面更地だ。ひっきりなしに大型ダンプが行き交い、今も復興の途上であることを告げている。
地震直後に児童たちが待機していた校庭から、体育館裏の山を目指した。シイタケ栽培の体験が行われるなど、裏山は児童にとってなじみ深い場所だったが、実際には避難先にならなかった。
斜面の大半はなだらかで、低学年でも難なく登れそうだ。永沼さんは「弟の命を守ってくれたかもしれない場所。でも、そうならなかった場所」と紹介した。
多数の犠牲者が出た同校のケースは、避難誘導などを巡り全国的にも継続して大きく報じられた。市や県の過失責任を問う民事訴訟は最高裁で係争中だ。
永沼さんは日頃の児童と教員の関係から「先生は絶対に弟を守ろうとしていたと確信している」とおもんぱかる。一方で、「(わが子を失った悲しみから)当時の話を聞くことも、
ここに来ることもできない人もいる」と遺族の苦悩も代弁した。
助かる場所も、逃げ道もありながら命が失われたことは「全国どこでもありうる」。だからこそ「地域をよく知らなきゃいけない。身の回りの危険を察知する、逃げる場所を考える、
大切な人たちと事前に話し合うことはできるはず」と訴えた。(新聞福井)
金沢。大震災からきのふ8年を迎えた。
被災地から北陸に避難してきた人とその支援者が思いを語りあうイベントが、金沢市で開かれた。イベントは、震災で被災地から北陸に避難してきた人とその支援者でつくる団体
「11の会」が、福島県から避難してきた男が金沢市内で経営するカフェで開き、20人ほどが集まった。1年半前、福島県伊達市から宝達志水町に家族で移住した帆苅清江さん(38)が、
避難を決めるまでの葛藤や家族への思いを話した。帆苅さんは「これまで助けてくれた多くの人たちのように私も他の人を助けられるよう一歩ずつ前に進みたいです」と周囲への感謝の気持ちと今後の決意を伝えた。
また、被災地でボランティア活動を行ってきた金沢大学の学生サークルのメンバーらが、石川県産の野菜を使って作った岩手県の郷土の菓子「なべやき」を参加者にふるまった。
そして、8年前、地震が発生した午後2時46分、集まった人たち全員で犠牲者に黙とうをささげた。福島県から中能登町に移住した68歳の男は「被災地から離れた石川県で受け入れてくれる人がいて、
大変ありがたく感じています」と。イベントが行われた金沢市のカフェの店主で福島県いわき市から避難してきた森島幹博さんは「避難者と支援者がつながりいっしょに居られる場所になるよう、
これからもカフェとイベントを続けていきたいです」と話していた。
県によると、大震災の影響で、今も東北や関東から155人が県内に避難しているという。集まった人たちは今後もこの震災を風化させないようこうした活動を続けていきたいとしている。
大震災から8年を迎えたきのふ、石川県内の警察署では大地震の発生を想定した訓練が行われ、災害の際に重要な初動対応などを確認した。
金沢西署ではきのふの朝6時に、金沢市内を震源とする震度5弱の地震が発生したという想定で抜き打ちで行われた。訓練では署長をはじめ170人の署員に非常召集が発令され、
警察署の屋上から周辺の家屋や道路に被害が出ていないかを確認したほか、災害現場で救助などに使うチェーンソーやエンジンカッターの取り扱い方が指導された。
訓練では金石消防署の隊員から止血法などの救急処置を学ぶ講習も行われ、有事の際に危機管理の最前線となる警察としての対応を改めて確認していた。
核なき国を
夢に見て
平和な世界を
願う
広島・三良坂平和公園(三次市)
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花 家持 万葉集第19巻 4243
湯涌なる 山ふところの 小春日に 眼閉ぢ死なむと きみのいふなり
夢二
けふ午後の散歩は、何時ものコースで、体育館には5台の車が停まっていた。バス通り下の坂道の四つ角は左折して、そのまままっすぐ行く。
長沢さんち過ぎて、尾田さんちの庭に梅の花に沈丁花が咲いていて、Dr小坂や宇野さんは出られていた。
右手前方の型枠工場を見ると炉の煙が上がっていて、レッカー車2台は現場へ出動中だった。なかの公園の手前は右折して神社の方向へ。徳中さんちの風車は勢いよく回っていた。
ガレージにおられた徳中さんに「こんにちわ」、「頑張るねー」なんて。右手前方の産業廃棄物の施設から、重機の音がした。
土谷さんち過ぎて、鮮やかな黄色のクロッカスにムラサキのが、可憐な黄色の小粒の花が咲きだしたサンシュウウの咲きだした湯原さんち過ぎて、坂本さんち、紫のアヤメ10輪に
雪割草が咲いていた。
松本さんちでは、白の馬酔木に椿がいい。帰路はみすぎ公園を一回り。雪つりの縄を外した土谷さんちの庭の右前方の梅林がいい。次の次の三叉路はVターン。右手の白梅林も綺麗だ。
辻の爺さんの軽4トラックは居た。山手ハイツは裏、川上さんちの庭の、黄色の花、フクジュソウが待っていてくれた。
コンビニの裏通りから帰還へ。清水さんちの納屋の紅白の梅の花がいい。ひょっとこ丸は出られていた。
藤田さんちの四つ角過ぎて、瀬戸さん、鱒井さんちの水仙が待っていてくれた。
朝夕の散歩は〆て、1万85歩、距離は7、3km。
早いもので3月は12日だ。
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
わたしはただ一介痩身の無名詩人
樹間に湧く無量 の感に涙しぼり
地に満つる落葉や雑草にも
無情の声を呑み
天かける白雲に
うたた民族流離の歌をきく
よしや骨肉ここに枯れ果つるとも
八月の太陽は
燐として 今 天上にある
されば 膝を曲げ 頭を垂れて
奮然 五体の祈りをこめよう
祖国帰心
五臓六腑の矢を放とう
昭和二十六年八月(断食悲願の詩より)
泉 芳朗
奄美群島は日本の敗戦によって米軍統治下に置かれ、1953年(昭和28年)12月25日に日本に復帰した。
年ごとに語り部の減り原爆忌
身ほとりに どかと居座る残暑かな
初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2019年 3月12日(ふ)
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