箱根駅伝、東海大が逆転で 初の栄冠
2019年、亥年、1月3日(木)、曇り時々雨。金沢の最低気温は2度、最高気温は6度。
今朝は、昨夜からの雪は積雪3センチ。今朝も、冷えている。散歩の3日目で、道路では朝早く勤務に出た人やワンちゃん連れの大人の足跡があった。寺の境内横の駐車場も人けが
無く、寺津用水は水量は少なく、底に沈んでいた枯葉が見えた。体育館は休みだ。野畠さんちの前は左折。体育館の裏からたかみ公園の横、更に玉井さんちの前から松本先生宅の四つ角は
左折。神谷さんち横を通って藤田さんちの四つ角は左折。庭に居た雀がぱあっとちった。玄関でタバコを吸っていた山本さんに「お早うございます」。
アパートのゴミステーション、あふれた生ごみをカラスがつついでいた。通いの坊さんに会い「お早うございます」。瀬戸さんちの畑や隣の鱒井さんちの水仙は雪をかぶっていたが
元気で待っていてくれた。ここしばらく近所歩きで、次第に距離を伸ばしていく。
小屋では、朝食まで時間があるので、取りあえず、何時ものように茶を入れて、後にカフェを点てた。
米軍普天間飛行場の移設問題で、名護市辺野古沿岸部の埋め立て作業の一時停止を米大統領トランプに求める請願活動を始めたハワイ在住の日系4世のアーティスト、ロバート梶原さん(32)は
ホワイトハウス前でこの7日にトランプへの直訴集会を開く。
梶原さんはワイトハウスの電子署名による請願サイトで、辺野古移設の賛否を問う来年2月の県民投票まで埋め立て工事の一時停止を要請している。
暮れの30日までに、署名は17万通を超えた。
日本付近は冬型の気圧配置で、寒気が流れ込み各地で積雪が見られた。
日本列島は、日本海側は曇りや雪、雨など悪天候が続く見通しだ。対照的に太平洋側は晴れが続くらしい。
ここしばらくは、朝方などは厳しい寒さとなるため外出の際は十分な防寒が必要だ。
たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時
橘曙覧 (1812〜1868)
日本列島。気象庁によると、午後6時10分ごろ、熊本地方を震源とする地震があり、和水町で最大震度6弱を観測した。
地震の規模を示すマグニチュード(M)は5、震源の深さは10キロ。この地震による津波の心配はないという。
震度5弱を熊本市北区と熊本県玉東町で、震度4を荒尾市、玉名市、山鹿市、菊池市、合志市、南関町、西原村、福岡県大牟田市、柳川市、みやま市で観測。
佐賀や長崎、大分、宮崎の各県でも震度3を観測した。
年末年始を故郷で過ごした人たちのUターンラッシュが始まり、主要駅や高速道路が混雑している。
日本道路交通情報センターなどによると、午後は、東名高速の上りは神奈川県の大和トンネル付近で35キロの渋滞が続くという。
東海道、東北、上越などの各新幹線は午後から上りが混雑し、指定席はほぼ満席とか。Uターンラッシュのピークは高速、駅ともにけふ午後という。
千葉。昨夜11時50分頃、浦安市の国道で、乗用車がオートバイと衝突した。
オートバイは転倒したが、車は、乗っていた大学生の梓隼輔さん(18)を1キロにわたって引きずり、そのまま現場から走り去った。梓さんは病院に運ばれたが、頭の骨を折るなどしていて
死亡が確認された。警察は、目撃情報などから逃げた車を特定し、運転していた40代の男から事情を聞いている。
男は「事故を起こして逃げた」と話しているということで、警察は、容疑が固まり次第、男を逮捕する。
♪雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ お話しましょ 昔 昔よ 燃えろよペチカ
雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ 表は寒い くりやくりやと 呼びますペチカ
雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ じき春来ます 今にやなぎも もえましょペチカ
雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ だれだか来ます お客さまでしょ うれしいペチカ
1924年(大正13年)童謡・唱歌作詞:北原白秋 作曲:山田耕筰
第95回東京箱根大学駅伝、最終日は今朝、神奈川県箱根町から東京・大手町までの5区間、109・6キロに23チームが参加して行われた。
往路2位の東海大が逆転で初の総合優勝を果たした。史上17校目となる。
総合5連覇を狙った青学大が往路6位から追い上げて2位。往路を制した東洋大は3位だった。東洋大から1分14秒遅れで復路をスタートした東海大は7区の阪口竜平が首位に肉薄。
8区の小松陽平が区間新記録の快走で先頭を奪い、リードを守って逃げ切った。
群馬。今朝10時前に、安中市で山林火災があり、延焼中だったが日没で消火作業は中止した。
群馬県では去年8月、県の防災ヘリコプターが墜落して空からの消火活動ができないため、埼玉県と山梨県の防災ヘリが出動し、群馬県から災害派遣の要請を受けた陸上自衛隊の
ヘリコプターも消火活動にあたっていた。
警察と消防によると、これまでに少なくとも6ヘクタールが焼けたとみられる。日没のため消火活動は打ち切られたが、今も燃えているということで、消防隊員が見回りを続ける。
現場付近に住宅などはなく、これまでにけがをした人はいない。
現場はJR横川駅から北西に4.6キロ離れた場所で、この火災の影響で現場近くを走る国道18号は12キロにわたって通行止めになっている。
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子(もとこ)
沖縄は今。名護市辺野古の埋め立て問題。
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、新基地建設に反対する市民は1日早朝、辺野古の浜に集まり、「初興(はちうく)し」を行った。
市民316人は初日の出に向かって新基地建設反対の意思を新たにした。
明るい新年を願い、地謡と踊り手が「かぎやで風」「谷茶前」などを披露した。午前7時半ごろ、空を覆っていた雲の合間から太陽の光が差し込むと、辺野古の海や浜を輝かせた。
オール沖縄の共同代表稲嶺進は「新基地建設の未来も今日の天気のように曇りのち晴れ。今年は良い一年になるようにしたい」と呼び掛けた。
マイクを握ったヘリ基地反対協議会の共同代表安次富浩は「新基地建設反対は、沖縄の未来を沖縄の人が決めるための闘いだ。政府が工事を強行する中、世直しのために頑張ろう」と
強調し、市民は拳を挙げた。
宜野湾市内外の有志らは去年の大晦日の31日午後3時から、名護市辺野古の新基地建設の賛否を問う県民投票の実施を求め、72時間のハンガーストライキを市役所前で始めているた。
ほかに、今年2月が期限となる米軍普天間飛行場の5年以内の運用停止を求め、辺野古の土砂投入に抗議。
けふ3日まで10人ほどが交代しながら24時間体制で座り込んだ。
呼び掛けた4つの市民団体の一つ、「わんから市民の会」共同代表の赤嶺和伸さん(64)は、きのふ「県民投票は一人一人が意思表示する大切な機会であり実現してほしい。車から
手を振って応援してくれる人も多く、手応えを感じている」と話した。
宜野湾市内から参加した菊谷愛子さん(53)は「若い人たちが頑張って県民投票を実現させようとしているのに、なぜ参加できないのか疑問に思う。投票の権利を奪わないでほしい」と訴えた。
県民の圧倒的多数が反対する中で、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う新基地建設を政府が強行している。
このままだと、強権によって地方の民意を押しつぶす手法が、いずれ沖縄以外にも波及していくだろう。
政府の暴走に歯止めをかけなければ将来に禍根を残す。今年は1879年の琉球併合(琉球処分)から140年。沖縄を従属の対象として扱う政府の姿勢は今も変わっていない。
名護市辺野古への新基地建設に関し、県民投票まで工事中止を求める米ホワイトハウス請願署名へのさらなる協力を呼び掛ける活動が活発になっている。
ホワイトハウスの請願サイトの署名が、目標の10万筆を超えた18日以降も増え続けて、請願署名の動きも急速に広がり、暮れの30日現在で17万筆を超えた。国際世論の後押しにも期待したい。
海外のアーティストもSNS(会員制交流サイト)などで署名への協力を求めるなど広がっている。
署名は30日現在、17万筆を超えている。目標達成以降も1日に1万筆以上署名が集まっている。1カ月間で10万筆が集まれば、米政府が内容を検討して何らかの返答をする仕組み。
嘆願書は、大統領トランプに対し、辺野古埋め立ての賛否を問う2月24日の沖縄県民投票まで、埋め立てを止めることを求めている。ハワイ在住で、母方が沖縄にルーツを持つ
作曲家のロバート・梶原さん(32)が提案した。
請願は「県民投票まで辺野古、大浦湾の埋め立てを止めてほしい」と題し、新基地建設に反対する知事玉城デニーの誕生や長年にわたる県民の抗議にもかかわらず、日本政府と米軍は
沖縄の民意を無視していると指摘している。トランプ宛てに「工事を中止させて米国が真の偉大な国であると示してほしい」と訴えている。
梶原さんは母方が中城(なかぐすく)村出身。同村海外移住者子弟研修に参加した経験があるほか、ハワイ先住民族の活動にも携わっている。共に独立国だった沖縄とハワイがたどった
歴史や現状は似ているとし、辺野古での抗議活動にも何度か参加した。「多文化のバックグラウンドを持ち、英語が話せる自分なら、沖縄と米国の間に橋を架けることができると思った。
米国人に訴えるには、彼らが理解できる方法で取り組まなければならない」と話している。
署名は13歳以上なら誰でもでき、サイトで氏名とEメールアドレスを入力した後に届く確認メールの指定箇所をクリックすると署名が完了する。
サイトのアドレスはhttps://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawa
日本政府は当てにならぬと名護市辺野古沿岸部の埋め立て作業を来年2月24日の沖縄県民投票まで停止するよう米大統領に求めるホワイトハウスのウェブサイト上の請願署名が
8日に始まり、署名数が暮れの30日現在、17万筆を超えている。1月7日の期限までに20万筆を超えるのは確実な情勢だ。
辺野古の美しい海を失いたくないとの思いが急速に広がっている。
♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で、安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田佳彦らにもあったのは今さら言うまでもない。
安倍政権の製造物責任は「私にある」と前首相野田佳彦は、ここにきて初めて本音を喋った。
公明党の代表山口は、きのふ東京・JR新宿駅前での新年恒例の街頭演説で、国会運営に言及し、「数の力で一辺倒に押し切るような運営は厳に慎まないといけない。果断な意思決定が
必要な場合もあるが、国会では真摯に議論を尽くして幅広い合意形成を作り出していくのも重要な役割だ」と述べ、強引な国会運営は慎むべきだとした。
また、山口はロシアとの平和条約締結交渉について「北方四島の帰属問題をはっきりさせたうえで、ぜひとも推進すべきだ」と述べ、政府を後押し。消費税率10%への引き上げに関し
「社会保障の安定的財源を確保し維持・強化していく大局的意味で重要。ぜひとも実施すべきだ」と述べたうえで、プレミアム付き商品券の導入などを通じて経済対策に万全を期す考えを示した。
政府の地方創生政策の出発点として、全国の市町村が独自で作った地域再生の基本計画「地方版総合戦略」の7割超が、外部企業などへの委託で策定されていたことが分かった。
委託先は東京の企業・団体が過半数を占め、受注額は少なくとも21億円超に上ることも判明。
地方自治を研究する専門機関による初の全国調査で浮き彫りになった。地方創生政策は、人口や雇用の減少で疲弊する地域の自立と活性化が目的で、第二次安倍政権が看板政策として
打ち出した。政府は地方の主体性を促し、民間に全面依存しないよう求めたが、東京一極集中の是正に向けて地方に配られた策定段階の交付金の多くが東京に還流した形だ。
雇用創出や移住・定住促進などを盛り込んだ戦略策定は2014年12月にスタート。
法的には努力義務だったが、政府は16年3月までの策定を強く要請した。交付金申請の前提条件とされたため、事実上は策定がノルマとされ、わずか一年余りでほぼすべての自治体が作り終えた。
調査したのは公益財団法人「地方自治総合研究所」(東京)。
17年11月、全国の自治体にアンケートしたところ、白紙などを除いた有効回答1342市町村のうち1037市町村(77・3%)が、コンサルタントやシンクタンクなど外部に
委託していた。その理由として多くの自治体が「専門知識を補う」、「職員の事務量軽減」を挙げた。アンケートには8割近くの自治体が回答した。
調査で判明した受注総額は40億円。委託先は東京の企業が上位10社のうち7社を占めた。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。
昭和天皇が御製(和歌)の推敲に使ったとみられる29枚の罫紙(けいし)とともに、心に浮かんだことを直筆で記したとみられる8枚のメモが残されていた。
罫紙とともに近しい人が保管していた。メモには、雪の日に「二二六事けんを思ふ」などの記述があった。
見つかったメモは横7・5〜10・5センチ、縦8・8〜15センチのわら半紙8枚。裏表にびっしりと和歌のようなものや、散文の書き付けが鉛筆で記され、内容から昭和50年代後半から
60年代のものとみられる。筆跡は、一緒に発見された29枚の罫紙と共通し、1987年5月の佐賀県訪問時の歌「はれわたるうれしの(の)をかに人々となゑうえをへてたねまきにけり」など
罫紙の歌と同じものが少なくとも2首確認できた。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
ロシア。中部のアパートで先月31日に起きたガス爆発で、死者はこれまでに36人に上った。
現場では行方が分からなくなっている人たちの捜索が続いている。
ロシア非常事態省によると、これまでに子どもを含む36人の死亡が確認され、依然として5人が行方不明になっているという。氷点下15度と冷え込む中、夜を徹して捜索が続けられている。
一方、1月1日にはがれきの中から生後11か月の男の赤ちゃんが救助隊によって助け出された。
地元メディアによると、泣き声に気付いた救助隊ががれきを取り除いたところ、ベッドの中で衣服を着た赤ちゃんを見つけたという。ロシアの保健相スクボルツォワは、赤ちゃんの
容体は落ち着いていて、母親とも面会し、現在はモスクワの病院で治療を受けている。
ロシアでは旧ソビエト時代に建てられたアパートなどで、老朽化したガス管からガスが漏れたことによる爆発がたびたび起きていて、捜査当局は設備の管理に問題がなかったか捜査を進めている。
米国。米大統領トランプは2日、北朝鮮の朝鮮労働党委員長金正恩から書簡が届いたと述べ、早期の首脳再会談に改めて意欲を示した。
書簡を受け取った時期や内容は明らかにしなかった。対話が続いていることをアピールする狙いとみられるが、米メディアは金の新年の辞を受け、非核化交渉が「振り出しに戻った」などと指摘した。
2日付のニューヨーク・タイムズ紙は、金が一方的な核放棄に応じない姿勢を鮮明にしたことなどに触れ「歴史的な首脳会談から半年以上を経て、金に核を放棄させるというトランプの
野心的な目的達成への道は、振り出しに戻った」と分析した。
横浜から米ハワイに向かっていた商船三井が運営するパナマ船籍の自動車運搬船「シンシアリティー・エース」(5万9400トン)で昨年12月31日、火災が発生した。
沿岸警備隊によると1人が行方不明。救助された20人のうち4人が重体。
船の管理を手掛ける愛媛県今治市の「正栄汽船」によると、船長と乗組員は、いずれもフィリピン人。太平洋上で運航不能となり、米沿岸警備隊や海軍などが1月2日までに乗組員ら
21人のうち20人を救助した。
現場はハワイ・オアフ島の北西3330キロで、火災はまだ続いているという。沿岸警備隊は日本側から通報を受けた。
2012年米大統領選で共和党候補として前大統領オバマと争い、18年の中間選挙でユタ州から上院議員に当選した元マサチューセッツ州知事ミット・ロムニー(71)が、
大統領トランプを「資質不足」と批判した。トランプに「もの言う」議員が共和党から消えゆく中、党重鎮で穏健派のロムニーが是々非々の立場を取ったことは、トランプにとって
新たな頭痛の種となりかねない。
新議会が3日に招集されるのを前に、ロムニーは1日付のワシントン・ポスト紙に寄稿。減税や規制撤廃など経済政策は支持したものの、国防長官マティスや首席補佐官ケリーを解任したことや、
米国が長く世界に「だまされている」などと発言したことについて、「トランプ政権は深く転落した」と指摘した。
人事では「政権の最大限の力を引き出せていない」と苦言。
外交でも、欧州各国から信頼を失っていると批判した。さらに「大統領は誠実で高潔という必要な資質を示し、互いに敬意をもって国民的な議論を高める必要がある。嫌悪と怒りで
分断された米国において、現大統領はこの点で明白に力不足だ」と断じた。
ロムニーは16年大統領選中、トランプを「ペテン師」「共和党の保守的価値を破壊する」と非難し、関係は悪化した。大統領選後は、トランプがロムニーに国務長官の就任を打診。
昨年の中間選挙でも、トランプがロムニーを「全面的に支持する」と述べるなど、関係は改善に向かっていた。
一方、ロムニーは選挙戦中から「大統領の言動に、常に賛同するわけではない」と述べ、是々非々の立場で臨む考えを明らかにしていた。
韓国。海上自衛隊のP1哨戒機が韓国海軍艦艇から射撃用の火器管制レーダーを受けたとされる問題で、韓国国防省は、きのふ日本の対応を改めて批判するコメントを発表した。
日本が実務協議の継続で合意したにもかかわらず現場映像を公開し、「高官が一方的な主張を繰り返している」として深い遺憾を表明した。
映像については「当時は友好国の艦艇が公海上で遭難した漁船を救助する人道主義的な状況で、日本の哨戒機が低空で脅威を与える飛行をした。非常に危険な行為だ」と主張。
「改めて再び明らかにする」として、韓国海軍艦艇が火器管制レーダーを照射した事実はないとした。
さらに「日本はこれ以上、事実を歪曲する行為を中断し、人道的な救助活動中だった我が艦艇に脅威を与えた低空飛行について謝罪すべきだ」と訴え、「実務協議を行うことを求める」とした。
複数の韓国メディアは3日、外交筋の話として北朝鮮の駐イタリア大使代理のチョ・ソンギルがイタリア政府に第三国への亡命を要請していると報じた。
既にイタリア政府がチョと家族を保護しているという。動機は不明だが、聯合ニュースは同行している子どもの教育問題を考慮した可能性があると伝えた。
在外公館に勤務していた北朝鮮の外交官の亡命としては、駐英公使だった太永浩が2016年に韓国に亡命した。
太の際に北朝鮮は「犯罪行為が発覚し、処罰を恐れて逃走した」と反発。今回の反応も注目される。
英国。欧州連合(EU)からの離脱を3月29日に控える英国で、EU離脱派と残留派が新年早々、年越しの花火をめぐって火花を散らした。
「親EU」を色濃く打ち出した演出に対し、強硬離脱派は「離脱を選んだ民意への裏切り」などと憤っている。
ロンドン中心部で開かれる年越しイベントは毎年恒例で、今年のテーマは「ロンドン・イズ・オープン(ロンドンは開かれている)」。立ち入り制限区域に入れる1枚10ポンド
(1400円)の観覧チケットは10万枚が完売した。
年越しを控えた観光名所の観覧車「ロンドン・アイ」は、EUの旗を思わせる黄色と青色にライトアップされた。新年を迎えた瞬間に花火が始まると、「ロンドン・イズ・オープン」という言葉が、
英仏独伊や英国に移民が多いポーランドなど、EU加盟の各国の言語でアナウンスされた。
主催するロンドンの市長カーンはEU残留派で、離脱をめぐる国民投票の再実施を主張している。イベントを前にカーンは、こう語った。「ロンドンに住む100万人以上のEU市民を
サポートするというメッセージを(テレビなどを通じて花火を見る)世界中の人たちに届けられることを誇りに思う」、「新年を迎えるにあたり、EUとの緊密な関係に敬意を表する
ことで、これからもロンドンは開かれた場所なのだということを改めて世界に示したい」。
しかし、カーンのこうした姿勢や「親EU」的な演出に、一部の強硬離脱派は憤りを表明した。保守党の議員ブリジェンは大衆紙サンに、「民主主義への裏切りだ。国際的なイベントを
政治的に扱うとは卑劣なことだ」。
元保守党欧州議員のヘルマーはツイッターで、「英国がブリュッセルと重要な交渉をしている時に、カーンはロンドン・アイに敵方の旗を掲げた」と批判した。
デンマーク。2日午前7時半過ぎ、首都コペンハーゲンのあるシェラン島と西側のフュン島とを結ぶ橋で列車事故があり、6人が死亡し、16人がけがをした。
ロイター通信によると、現場は強風が吹き、貨物列車を覆っていた防水シートのようなものが、通勤客を乗せた旅客列車に当たった可能性があるという。
131人の通勤客らを乗せた旅客列車は、フュン島の中心都市オーデンセからコペンハーゲンに向かっていた。
乗客の一人は地元テレビに、「とても大きな音がして、列車が止まった」と話した。
ドイツ。西部ノルトライン・ウェストファーレン州ボトロップなどで1日未明、新年を祝うため街頭に集まっていた人々に車が突っ込み、シリア人ら8人が負傷した。
警察は運転していた地元のドイツ人の男(50)を逮捕。州内相ロイルは「外国人を殺そうという明確な意図があった」と述べた。ドイツメディアが2日報じた。
男はボトロップ中心部の広場にいた人々に車で突っ込み、シリア人やアフガニスタン人の親子ら7人が負傷した。
うち1人は重傷という。男はさらに近くのエッセンに移動して1人を負傷させ、逮捕された。当局が殺人未遂容疑で調べている。
台湾。総統蔡英文は、きのふ中国の国家主席習近平が「一国二制度」による台湾統一を訴え、対話を呼び掛ける演説をしたことを受けて会見し、「台湾は一国二制度を絶対に受け入れない」と反発した。
総統は「大半の台湾人は一国二制度に断固として反対しており、これは台湾のコンセンサスだ」とも強調した。
対話の呼び掛けについては「両岸(中台)の話し合いは政府対政府の形で進めなければならない」と述べ、政権の頭越しに野党などと対話することに警戒感を示した。
また「民主主義は台湾人が大切にする価値」と述べ、共産党独裁が中台間の障害となっているとの認識を示した。
中国。無人月探査機「嫦娥(じょうが)4号」が今朝10時26分(日本時間 11時26分)、世界で初めて月の裏側に着陸した。
国営の中国国際テレビ(CGTN)がツイッターで伝えた。
月の裏側は地球から直接見えず、地下構造などに未解明な点が多い。中国には将来の資源開発などで優位に立つ思惑があるとされ、宇宙開発でも米国との覇権争いが激化しそうだ。
着陸した地点は、月の裏側の南極付近。嫦娥4号に搭載されている探査車が周辺を走行し、地形や地下構造、埋蔵されている鉱物などを詳しく調べる予定。
月の裏側は、表側と比べてクレーターによる起伏が多く、地殻も表側と比べて厚い特徴があるが、詳しくわかっていない。
嫦娥4号が実際に着陸して調査することで、月の成り立ちなどについて新たな知見が得られる可能性がある。
インドネシア。ジャワ島西ジャワ州スカブミ県の村で昨年12月31日、豪雨により大規模な土砂崩れが発生し、国家災害対策庁は2日、死者が15人、行方不明者が20人に上ったと明らかにした。
当局は2日も救助活動を続けているが、現場までは道が悪い上、頻繁に降る雨などでさらなる土砂崩れが起きており、活動は難航している。
国家災害対策庁によると、村では30戸に住んでいた100人以上が被害に遭った。
インドネシアでは災害が非常に多く、国家災害対策庁の集計によると、昨年1年間で2564件の災害があり、3349人が死亡した。
スペイン。海上警備当局は1〜2日、アフリカから欧州に上陸を図ろうとした移民400人超を地中海などで救助したと明らかにした。
難民危機と呼ばれた2015年ごろと比べ人数は大きく減ったが、今年も欧州は移民・難民が政治・社会問題になりそうだ。
国際移住機関(IOM)によると、中東や北アフリカから海を渡って昨年、欧州へ到着した非正規移民・難民の数は11万人で、うち半数がスペインルート。同ルートでは769人が死亡している。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。元旦午前0時半過ぎ、厚真町の厚真神社に鈴の音が響いた。
崩れた灯籠、ひび割れた社殿の壁…。今も地震の傷痕が残る境内で、町民たちは白い息を吐きながら、鈴を振り、祈った。「希望の1年になりますように」、厚真町本郷の仮設住宅で
暮らす森田明央さん(52)はぎゅっと目を閉じ、30秒ほど手を合わせた。
農業を営む森田さんは、桜丘地区の自宅の大窯で木炭をつくる「炭焼き職人」でもある。8年前、急逝した父の仕事を引き継いだ。父に代わって炭焼きを教えてくれたのは、吉野地区の
元炭焼き職人の早坂清さん(81)だった。
早坂さんは厳しかった。窯に入れた生木が木炭になるまで通常、1カ月半かかる。その間、煙筒から上る煙の量や色などを細かく観察し続けなければならない。だが、指導してくれたのは2日間。
しかも「2度は教えないぞ」と言われた。
「煙が青くなるのを確認する」、「温度80度に保つ」…。2日間、手帳に必死にメモを取った。「独り立ち」してからは、何度も失敗し、手順に迷うたびに手帳を見返した。
商品として出荷できるようになったのは半年後。人づてに早坂さんの言葉を聞いた。「あいつ、大したもんだな」と笑っていたと。
9月6日の地震で高さ1m、奥行き8mほどの窯の壁と天井は崩落し、早坂さんは土砂崩れに巻き込まれて亡くなった。「信じられなかった」。炭焼きを諦めかけた。だが、指導して
くれた時の早坂さんの顔が何度も浮かんだ。師匠のために窯の煙をもう一度上げたい―。
がれきを片付け、窯の再建のめどが立ったのは12月半ば。「ようやく先が見えました」。初詣で師匠に報告した。
富里地区の農業佐藤泰夫さん(63)は初詣に行かない。それは毎年のことだ。「今年だけ行ったって」、隣に住むいとこの佐藤正芳さん(65)は9月6日、自宅で土砂に襲われた。
土砂は高さ5、6mにも積み上がり、家がどこにあるかすら分からない。「何もできなかった」。あの無力感は忘れられない。
両親と妻、息子と5人家族の泰夫さん一家は2組に分かれて仮設で暮らす。住宅再建、正芳さんの農地の引き継ぎ、春の営農再開と考えることは山ほどあり、「悲しむ余裕すらない」。
そんな時、父(88)にS字結腸がんが見つかった。
「なんで、今」、目の前が真っ暗になった。「平穏な日常を返してくれ」。すべて地震のせいに思えた。大切な人を失うのはもう嫌だ。12月25日、父は苫小牧市内の病院で手術を受けた。
父はベッドの上で「早く家に帰りたい」と漏らした。安心して帰れる家を何とか用意し、心穏やかに暮らしてもらいたい。泰夫さんの祈りは一つだ。
家族を失った人も失っていない人も、町民の多くが心に深い傷を抱える。仮設に1人で暮らす幌内地区の末政久美子さん(80)は今も時折涙があふれる。
山際にあった自宅は損壊し、仮設を出る2年後のことなど想像もできない。地区の住民もバラバラになった。「いっそ先のことを考えない方が楽なのかな。この苦しみから逃れられるかな」と思う時もある。
「家族も私も生かされたんだから、もっと前を向いて考えなきゃ」と思う時も。そんな思いが、ぐるぐる回る。
ただ、毎朝欠かさないことが一つだけある。目覚めてすぐに「もう二度と、悲しいことが起きませんように」と祈ること。今の私には何の力もないけれど、祈り続けることはできる―。
元旦の午前7時5分、初日の出の時刻。森田さんは厚真川にかかる橋の上から、師匠の命を奪った吉野地区の斜面を見渡した。空には下の方に厚い雲がかかる。
「日の出は見れないかな」。午前7時25分。突然、厚い雲が切れた。一筋の力強い光が差し込んできた。「奇跡だ…」。
森田さんは思わずつぶやき、斜面に向かって夢中で手を合わせた。師匠、安らかに眠ってください。空から、おれの挑戦を見ていてください。
光は数分間、吉野を、厚真を、まぶしく照らした。
青森。正月三が日の2日、青森市の「ねぶたの家ワ・ラッセ」で、来場者が和紙でできた灯籠にねぶたの輪郭を描く書き割り体験があった。
ねぶた師の京野和鴻さんが下書きした顔が描かれており、来場者が筆と墨汁でなぞることができる。6日まで。
静岡市から家族3人で旅行に訪れた大井湧瑛君(10)は「鉛筆みたいにまっすぐな線にならないで難しいが、絵を描けてうれしい」と、和紙をねぶたに貼る体験も楽しんだ。
ワ・ラッセの事業推進部長高坂麻子さんによると、毎年正月には来場者にメッセージを灯籠に書いてもらっていたが、今年はさらに書き割り体験も楽しんでもらおうと企画したという。
八戸せんべい汁研究所の活動を発信する「市民応援セレモニー」が1日、八戸市の三春屋で開かれた。
メンバーがパフォーマンスでイベントを盛り上げたほか、展示コーナーで活動内容を紹介。紅白のせんべいが入った八戸せんべい汁を振る舞って市民と共に新年の幕開けを祝い、
八戸のまちおこしに向けてさらなる飛躍を誓った。
汁研は今年11月に兵庫県明石市で開催される「ご当地グルメでまちおこしの祭典B―1グランプリ」に参加する。所長木村聡は「今年はさらにパワーアップし、八戸の元気を発信して
イメージアップにつなげたい」と意気込みを示した。
セレモニー終了後には、八戸せんべい汁が振る舞われ、多くの来場者がおいしそうに味わっていた。展示は6日まで。時間は午前10時〜午後7時。最終日は同3時まで。
岩手。県内では、きのふ多くの商店で初売りが行われた。
盛岡市菜園1丁目の百貨店「パルクアベニュー・カワトク」では、開店前から5千人が行列をつくった。同店の営業企画部によると、福袋は各売り場ごとに計1万9千個を準備。
価格帯は1千円台から、100万円台のものも用意された。
盛岡市に住む40代の女性は父親とともに訪れ、10袋を超える福袋を購入した。「いろいろ目移りしてしまって。今年は家族が元気で、あかるい年にしたい。あわよくば、私に
良いご縁がありますように」と笑った。
福島。いわき市で観光遊覧船を運航するいわきデイクルーズは、1日、市内の小名浜港で恒例の「初日の出クルーズ」を催し、参加者が船上から御来光を望んだ。
県内外から70人が乗船した。午前6時15分に出航し、午前6時50分ごろ、太陽が海上に姿を現すと荘厳な初日の出を見ながら手を合わせた。
乗船客代表で市内のアクアマリンふくしまの館長安部義孝さんが「今年も地域の魅力を発信する水族館として努力していく」と新年の抱負を述べた。
東京。穏やかな日和に恵まれたきのふ、都内各地で正月を祝う行事があった。
完成から100年となった旧古河庭園(北区西ケ原1丁目)では、笛や太鼓によるお囃子や獅子舞が披露され、家族連れらの来場客が新春の雰囲気を楽しんだ。
地元のお囃子グループ「江戸囃子 鼓太郎」が出演。メンバーが扮した大黒天やひょっとこも登場して盛り上げた。
近くの実家に帰省し、2歳の長男ら家族と一緒に訪れていた川崎市の滝本重之さん(35)は「子供が喜ぶと思って来てみました。亥年らしく突っ走って、楽しい1年にしたい」と話していた。
同園では同じ公演がけふ3日も午前11時と午後1時にあった。
岡山。西日本豪雨で全域の3割が浸水した倉敷市真備町地区。住民の多くが仮設住宅などで避難生活を送り、空き家が目立つ中、ケーキ店が営業を再開した。
懐かしい味に、町内外から多くの客が集まり、店の前には列ができた。避難中の元住民からは「また真備に戻って来たい」との声が上がった。
真備町地区は2018年6月末現在で9000世帯の2万4000人が生活していたが、豪雨で5700世帯が被災し、9000人が仮設住宅で暮らしている。
一部のスーパーやガソリンスタンドは営業を再開し、プレハブで店を開く時計店もあるが、住宅の多くは人の住んでいる気配がみられない。
こうした中、ケーキ店「ウォールウォーレン」が去年の暮れ、真備町川辺に再び店を開いた。
経営者の佐藤敦志さん(52)は自宅も浸水し、みなし仮設住宅で生活しながら店の復旧を優先させた。工事などの費用が重くのしかかるが、それでも「水が引いてすぐに再開を決めていた。
喜んでくれるお客さんがいて、いろいろな励ましがありがたい」と話した。
「同業者」からの支援もあった。40年営んだ和菓子店「菓匠かわた」(玉野市)を同年7月末に畳んだ川田はるなさん(69)から知人を通じ、菓子作り道具を譲り受けた。
面識は無かったが、川田さんは「大変だろうと思ったし、魂を込めて使ってきた道具を次につなげたい気持ちもあった」と振り返る。
近所に住んでいた会社員横尾紫帆さん(27)は、子どもを連れて店を訪れた。現在は市内のみなし仮設住宅に暮らすが、「やっぱり同じ店が良い」と笑顔を見せ、家族4人で食べるいちごの
ショートケーキを持ち帰った。
島根。隠岐島の島町では、毎年1月2日に地元の漁師が船に乗って海沿いの神社やほこらをめぐる初詣を行っている。
100年ほど前から伝わる伝統行事で、船に取り付けた松飾りが傾くたびに位置を直しながら船を進めることから、「松直し」と呼ばれている。きのふは時折、雨が降り、虹もみえる中、
地元の港に集まった漁師たちが、大漁旗を掲げた50隻ほどの船に乗り組み、船団を組んで出港した。
海沿いの岩場に点在する7か所の神社やほこらの前に来ると、そのつど、船を止めて海にお神酒を注いだり、数の子や黒豆など、おせち料理の具材をささげたりして、今年1年の漁の安全と
豊漁を祈った。参加した漁師の男は「昔からの習わしに従い、船員一同の安全と大漁を祈願しました」と。
広島。1日午後8時過ぎ、鞆浦港、福山市鞆町鞆の男宅(73)から出火した。
鉄筋コンクリート2階250平方mのうち、2階部分の居室43平方mと、隣接する民家などの壁の一部や雨どいを焼いた。男宅は国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)内にあり、
けが人はなかった。福山地区消防組合などによると、出火当時、家族7人がいたが逃げ出して無事だった。原因を調べている。
鞆町地区は古くから海上交通の要衝として栄え、廻船業の中核を成した西町、関町を中心とする8・6ヘクタールが2017年に重伝建に選定された。
高知。きのふの午前11時前、宿毛市大島の所谷忠廣さん(60)方から出火して一時間半後に消し止められたがの木造平屋建ての住宅1棟が全焼し、焼け跡から1人が遺体で見つかった。
この火事で隣接する住宅の外壁と雨どいが焼けたが、けが人はいないという。
所谷さんは1人で住んでいて、火事のあと連絡が取れなくなっているということで、警察は、亡くなったのは所谷さんとみて身元の確認を急ぐとともに火事の原因を調べている。
土佐清水市中央町で、きのふの午後6時過ぎ、上田幸造さん(63)方から出火して、住宅や店舗など11棟が全焼した。
また、男1人が病院に搬送されたが、命に別条はないという。現場は土佐清水市の中心街で、警察が住民に避難を呼びかけるなど一時、騒然となった。目撃した人の話では、出火当時、
強い風が吹いていて、瞬く間に燃え広がったという。警察と消防で実況見分を行い、火事の原因を調べている。
愛媛。県内は大晦日から元旦にかけて穏やかな天気に恵まれ、静かな2019年を迎えた。
昨年は西日本豪雨で県内各地に大きな被害が出ただけに、県民は一様に今年一年の幸福を願い合った。昨年7月の西日本豪雨の際、肱川が氾濫して浸水被害を受けた西予市野村町の
三嶋神社では1日、被災した住民らが初詣に訪れた。
神社は豪雨後、社殿を修復。自宅が浸水被害を受けた近くの男の会社員(62)は「いま、命があるのは神社のおかげと思って、お礼の気持ちを込めた」と話した。
松山市の市街地が一望できる松山城には、1日早朝から多くの人が初日の出を見に訪れた。
午前7時半ごろ、四国山地の向こうから太陽が顔をのぞかせると歓声が上がった。松山市の保育士木村陽子さん(62)は「幸先がいい。家族みんなが健康で笑って過ごせる1年に
したい」と喜んだ。
熊本。熊本地震で住まいを失った益城町のふたつの家族が昨年8月、お金を出し合ってひとつの家を建てた。
被災体験を経て選んだのは、3人の小さな子どもを両親、伯母、祖父母が見守る2世帯住宅。結婚して家族5人で暮らしていた娘一家と、実家の両親ら3人が「家族はいつも一緒がいい」と
新たな生活を営み始めた。
厳しく冷え込んだ12月の土曜の夜、益城町宮園の真新しい一軒家。1階の居間の大テーブルには、おにぎりに厚めの卵焼き、牛肉とタマネギの炒め物、おでんなど、大皿に盛った温かい料理が
所狭しと並び、笑い声が響いていた。
2階に住む会社員の権藤美穂さん(36)と同い年の夫で自営業の達彦さん、3人の子どもたち。そして1階に住む美穂さんの姉と両親。夕食時はいつも2世帯の8人みんなで食卓を囲む。
この日は、美穂さんの長女美樹ちゃん(5)と次女美紗ちゃん(3)の保育園のお遊戯会だった。
その様子を撮影した動画をテレビで見ながら、美穂さんの父坂本強さん(67)と母貴美代さん(63)が「上手に踊れるようになったね」、「美紗が一番大胆に動いとるもんね」と目を細めた。
3世代のだんらんは笑いが絶えない。「今思えば地震がきっかけで少しずつ、一つになっていったのかな」と美穂さんは言う。
2016年4月16日未明。再び町を襲った震度7の「本震」に跳び起きた美穂さんが避難先の建物を出て目にしたのは、斜めに傾き全壊した実家だった。道路に県外ナンバーの消防車が連なる光景、
空から降ってくるようなヘリの音。2年8カ月経っても忘れない。
美穂さんたちが住んでいたアパートも全壊し、避難所や仮設住宅を転々とする暮らしが始まった。当時生後8カ月だった美紗ちゃんをおんぶひもで背負い、達彦さんが美樹ちゃんを抱き、
長男輝(ひかる)君のそばには強さんがいた。
避難所では、6つの段ボールベッドに8人が身を寄せ合った。子どもたちが「地震ごっこ」をして遊んだり、壊れた家の絵を描いたりする様子を見ると心配だったが、とにかく笑っていようと努めた。
美穂さんは「もし私たちだけだったら子どもを守れてただろうか」と振り返る。
「前震」が起きた時も自然と実家に足が向き、両親と合流した。役場職員として対応に奔走していた三つ年上の姉由美さんも様子を見に来てくれた。
地震から1カ月ほど経った時だった。全壊した実家の横の小屋を片付けながら、美穂さんは達彦さんに尋ねた。
「これからどうする?」、「どうしようかねえ」。町内で新たな賃貸物件もそうそう見つからない。町に根を張って育つ子供たちを思うと、遠くに引っ越したくはない。
「ここに家を建てたら、みんなで住んだ方がいいかな」と言葉が初めて出た。
8月に木山仮設団地に移ってからは、さらに距離が縮まった。両親らとは別々に一棟ずつ借りていたが、子どもを3人寝かすには寝室が狭かった。「毎日1人はばあちゃん家」のお泊まりが始まり、定着した。
「時間と共に、避難所で、仮設で歩み寄ってきた」と美穂さんは振り返る。
新しい家は、1階と2階にそれぞれキッチンや風呂場、洗濯機があり、家計や家事も基本的には別だが、暮らすのは同じ屋根の下。8歳になった輝君は「前のアパートはばあちゃん家が遠かった。
今は、階段を下りたらすぐいる」とうれしそうだ。
美樹ちゃんは「じいちゃんとばあちゃんは私ができないこと、なんでも手伝ってくれる」と話す。美紗ちゃんは、2階では1人でトイレに行けるが、1階にいる時は「ばあちゃん、
トイレ」とついて来てもらう。
「おじいちゃんおばあちゃんって『ななめの関係』なんです」と美穂さんは言う。自身も益城町で祖父母のいる家で育った。農業で毎日畑に出る両親の代わりに美穂さんたち姉妹の
面倒を見てくれたのは、今は亡き祖母ツイ子さんだった。「友達みたいに遊んでくれる時もあれば、厳しく叱ってくれる時もある。親に怒られた時、逃げ場所にもなってくれた」
結婚した後も、実家近くにアパートを借り、共働きの夫婦の代わりに保育園のお迎えを頼んだり、みんなで食事したりしていた。
2世帯同居という選択を達彦さんは「妻にとっても僕にとっても、子どもたちにとっても、この形が一番いいと思った」という。貴美代さんも孫たちの三人三様の様子を「たいがいおもしろか」と楽しんでいる。
熊本地震をきっかけに、いろいろなことが変わった。
防災意識や人生観、家族のかたちも。美穂さんは「普通の暮らしが何より幸せだと思う。子どもたちに、このまま輪の中で育ってくれたら」と願っている。
平成の30年間、全国で大きな地震や水害が相次いだ。熊本県内では2012年(平成24年)に九州北部豪雨により死者23人、行方不明者2人の被害が出た。
16年の熊本地震では、益城町で観測史上初めて震度7を2回記録。県内では50人が直接死し、災害関連死も215人にのぼる。家屋の被害は全半壊4万3035棟を含め計19万8032棟。
益城町では住宅の6割が全半壊した。その更地となった場所にいま、新しい家が次々と建ちつつあるが、今も2万人以上が仮設住宅で暮らす。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。「住民は誇らしい半面、おっかなびっくりだった」、五箇山の南砺市相倉。1995年12月に同じ五箇山の菅沼、岐阜県の白川郷とともに世界遺産になった当時を、旧平村職員で
南砺市文化・世界遺産課参事の此尾治和(このおはるかず)さんが振り返る。
人や車があふれ住民の車が通れない、観光客が家の中に入ってくる、畑で写真を撮る、朝早くや夜遅くまで観光客が出入りする。登録前の五箇山の観光客数は年間60万人。
それが一気に5割増の90万人に増えた。此尾さんは「住民は自分たちの生活を守るために必死だった」と。
近年は年間70万〜80万人で推移。2000年9月に東海北陸自動車道の五箇山インターチェンジが設置され、08年7月に全線開通、15年3月には北陸新幹線も開業した。
国内の他の世界遺産が登録から数年でガクンと観光客を減らす中、健闘している。
過疎化にも一定の歯止めがかかった。市によると、相倉には住宅(母屋)が32棟あり、うち20戸が合掌造り住宅。居住者は19世帯55人と、20年前とほぼ同じだ。
高齢による離村の一方で、市が募った家族連れの移住者一軒をはじめ、婿が来た、長男家族が戻ったという家が5軒ほど。
市長田中幹夫は「集落内の子どもも13人に増えた。五箇山の他の集落とは驚くほどの違いで、うまくいっている」と話す。ただし、目を凝らせば、市所有で交流館や和紙すき体験に
利用している空き家が3軒。さらに県外在住の所有者が「維持が難しくなってきた」と市に相談している空き家が3軒あり、予備軍が一軒ある。
家屋はあくまで私有財産。保全が条件だが、売り買いや、貸し借りの制限はない。この先、それらの住宅がどうなるかは未知数だ。
住民の多くは「いい家族連れが来てくれれば」と移住を歓迎するが、豪雪地帯の山里の生活は厳しい。「集落の行事への参加など、山里の文化に理解がない人は困るし、定住は難しい」(元区長)という。
市担当者として相倉の住民の相談窓口を長年務めている此尾さんは「合掌造りの住宅ばかり注目されるが、住んでいる人こそ世界遺産だ」と言い続けてきた。
住民同士が助け合う「結」の精神をはじめ、民俗芸能や宗教行事など、人々の生活があってこそ守られてきた「生きた世界遺産」だからだ。
集落内には市内外に別宅を構える住民も散見される。空き家対策を中心にした次世代の集落の保全のあり方を、住民、行政がもう一歩踏み込んで考える時期に来ている。
福井。大本山永平寺(永平寺町志比)の新春拝賀式がきのふ行われた。
信徒総代や奉賛会員、門前の店や御用達業者の代表ら320人が参列し、今年一年の安泰を願った。大光明蔵で開かれた拝賀式では永平寺町の町長河合永充が「永平寺がある町として
誇りを持ち、禅ブランドなどで町のイメージアップや知名度向上に努める」とあいさつ。第79世貫首の禅師福山諦法(たいほう)は「昨年は国体があってにぎやかな一年だった。
今年は静かで豊かな、楽しい一年にならんことを祈る」と参列者に語りかけた。
全員で甘酒の入った杯を傾け、新年を祝った。式に先立ち、開祖の道元禅師をまつる承陽殿で祝賀の法要「年賀拝登諷経(はいとうふぎん)」が営まれた。
能登。輪島市名舟町で受け継がれている御陣乗太鼓(県指定無形文化財)の新春恒例、打ち初め式が、きのふ地元の白山神社であった。
地域の少年や男が迫力満点の演奏を見せ、これから一年間の決意を新たにした。
御陣乗太鼓は1577年(天正5年)、上杉謙信率いる軍が名舟村(現・名舟町)を攻めてきた際、住民たちが仮面をかぶり、太鼓を打ち鳴らして追い払ったことが起源とされる。
名舟町の全住民が「御陣乗太鼓保存会」として伝統の継承に取り組む。
神社拝殿で子どもから60代までの35五人が両手に鉢を持ち、立ち代わりで登場した。威嚇する所作や、「ヤー」といった威勢の良い声を上げた後、勇壮に打ち鳴らし盛り上げた。
拝殿には、地元住民や帰省者ら男女100人が集まった。
金沢。午後0時5分から千葉県のフクダ電子アリーナ、サッカーの第97回全国高校選手権、3回戦が行われ、2014年度大会優勝の石川代表の星稜は前回準優勝の流通経大柏
(千葉)との強豪対決で敗れ、流通経大柏は準々決勝へ進んだ。
金沢市の古典芸能「加賀万歳」が、きのふ前田土佐守家資料館(金沢市片町)であり、70人が舞や歌を組み合わせた演技を楽しんだ。
新春の恒例行事で、加賀万歳保存会の会長田中久雄さんら3人が「式三番叟」や「北陸新幹線」などを披露した。兼六園や石川門などの金沢の観光地などが次々に登場する「平成金沢新名所
づくし」では、「香林坊」と「怒りん坊」を掛けるなどして観客の笑いを誘った。
保存会によると、加賀万歳は前田利家が統治していた府中(福井県越前市)から金沢に伝わった越前万歳に、能の要素を取り入れて発展させた。ゆったりとして上品で、格調が高いところが特徴だという。
市の無形民俗文化財に指定されている。
東京から夫婦で観光に来ていた国分一友さん(86)は「金沢には何度も来ているから、今日はお正月らしいものを楽しもうと思い、金沢駅の観光案内所で紹介してもらった。
非常に良かったし、貴重な経験ができました」と喜んでいた。
核なき国を
夢に見て
平和な世界を
願う
広島・三良坂平和公園(三次市)
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花 家持 万葉集第19巻 4243
昼頃元社の先輩から電話あり。新年のあいさつの後は取り留めのない話。明日は午後から小立野の運動教室へ向かう。
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
わたしはただ一介痩身の無名詩人
樹間に湧く無量 の感に涙しぼり
地に満つる落葉や雑草にも
無情の声を呑み
天かける白雲に
うたた民族流離の歌をきく
よしや骨肉ここに枯れ果つるとも
八月の太陽は
燐として 今 天上にある
されば 膝を曲げ 頭を垂れて
奮然 五体の祈りをこめよう
祖国帰心
五臓六腑の矢を放とう
昭和二十六年八月(断食悲願の詩より)
泉 芳朗
奄美群島は日本の敗戦によって米軍統治下に置かれ、1953年(昭和28年)12月25日に日本に復帰した。
年ごとに語り部の減り原爆忌
身ほとりに どかと居座る残暑かな
初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2019年 1月3日(ふ)
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回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊