和歌山、徳島で震度4 震源地は紀伊水道

 2018年、戌年、霜月11月2日(金)、小雨のち曇り。金沢の最低気温は9度、最高気温は15度。

 朝の散歩は、何時ものコース、寺津用水の崖の上、アジサイが色あせてきた。用水は枯葉で、水量はきわめて少なかった。体育館の駐車場には車は1台もおらず。バス通りの四つ角を

 渡って坂道は右折。赤白のセージの咲いている石田さんち、過ぎて、雀のお宿の越野さんち雀は周りの木々に群がっておらず。階段の紫アサガオが萎んでいた。

 対面のお宅、ムラサキシキブにシュウメイギクが咲いていた。

 一番奥の坂道の上、角家の四つ角は左折。斜め前の斜面には大きな栗の木、戸田さんちの崖、草刈がされて2〜3mの栗の木にイガも消えた。沖縄産のシークワサーの緑の葉がいい。

 シェパードのお宅、ピンクのバラや赤萩、シュウメイギク、黄色の菊が咲いていた。裏の庭には、何時も「ウーウー」と、うなるシェパードは奥さんと共にいて「お早うございます」。

 朝日さんちの崖の庭には、薄紫の可憐なコルチカムがわずか1輪になっていた。

 軒下には新たな吊るし柿が干されて、畑ではシュウメイギクやケイトーが咲いていた。納屋に渋柿を吊るしてある中村さんち、小津さんち前を過ぎたところで小津さんちの息子さんに

 「お早うございます、御婆さんは御元気ですか」、「ハイ、元気で今朝飯食べていますが、少し惚けてきました」と。

 才田さんちの庭で、樹齢100年というザクロは一つになっていた。玄関前のガレージ横ではアサガオが一輪咲いて、納屋の前には白とピンクのガーデンテラスの、4輪と1輪のアサガオが

 咲いていた。ここを過ぎて、四つ角は右折。涌波からやってくる軽4の親父さんは来ていて斜め前の斎田さんと話中で「お早うございます」。

 紙谷さんち、竹の塀の中からのアサガオの薄ピンクが、萎んでいた。

 玄関前ではツワブキにシュウメイギクがいい。この辺りを一回り。三叉路の手前のお宅、中宮さんちの生垣のアサガオも消えていた。

 ピンクのガーデンテラスが消えた上村さんちの生垣過ぎて、深紅のバラが咲き始めた槌田さんち、玄関横の鉢植えのアサガオは消えていた。山津さんちの四つ角は右折。この辺りの

 柿畑の柿の葉や実はどれも色ついている。墓場のあたりを過ぎて、型枠工場の秋田犬は、吠えず。

 アーム付きのトラックが出た跡で構内は静かだ。金子さんちも外壁工事かパイプが組んであった。横の新築住宅の隣の空き地、基礎の型枠にコンクリートが入っていた。

   Dr小坂、宇野さんも出られた後だった。対面の土井さんち、玄関先の花壇のピンクのアサガオは、片付けられていた。

 なかの公園の手前で、右折。清水の爺さんに「お早うございます」。隣の修平さんちの実家の角には椿が咲いていた。小さいバラが2輪咲いて、シュウメイギクも咲いているペンキ屋さんち前、

 土井さんちの新築住宅、大工さんはまだ来られていない。

 徳中さんちの庭、風車は回っていた。庭の鉢のバラやチョウチン草はいい。小原さんち過ぎて辰治さんち、納屋の横の濃い紫のアサガオは片付けられていた。土谷さんち、納屋の裏の松葉ボタンは、

 元気でいた。谷口の婆さん宅、赤のセージやシュウメイギク、ウメモドキ、ガレージ前のムラサキシキブがいい。

 田畑さんの車は相変らず停まったままだ。神社前の清水さんち玄関先にはシュウメイギクが咲いていた。裏の畑、でっかい紅い花、タイタンビカスが萎んで、もう終わり。

 湯原さんちの庭、ハマナスの一輪は消えて赤い実。オシロイバナやセージ、タデは、元気だ。納屋の2階には柿のすだれが、晩秋の風情てでいい。

 徳田さんちの角から三差路へ。坂本さんち、庭の石鎚バラは、2輪が咲いていてナナカマドは色づいてきた。

 ピンクや濃赤のガーデンテラスや赤白の萩も咲いている松本さんち前過ぎて、吉井さんち玄関先の松葉ボタンは萎んでいた。三差路はまっすぐ行く。

 登校の子供たちに「お早う、行ってらっしゃい」。

 みすぎ公園では赤萩が風に揺れながら待っていてくれた。三叉路は逆Vターン。福田さんちの玄関先、鉢植えの銀杏は色づいて、深紅のバラがいい。清水の婆さんちの畑、白のシュウメイギクは

 ひときわ目立ち、ズイキの葉や柿は色づいていた。

 登校の子度達に「お早う、行ってらっしゃい」。ペンキ屋さんに会い「お早うございます」、三差路は左折した。外壁工事のパイプが組まれている4差路を右折、京堂さんち前から

 バス通りを渡ってコンビニの裏通りへ。。

 濃い紫のアサガオが一斉に萎んでいる藤田さんちの四つ角過ぎて、白のシュウメイギクの美しい小林さんちも過ぎた。辻の爺さん、畑へ来ておらず。

 5本のバラが咲いて、松葉ボタンの萎んだ飯田ちを前過ぎて、瀬戸さんちの畑では2輪のピンクのバラ、 本田さんちの境の道路わきに咲いているムラサキシキブが今朝も待っていてくれた。

 たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時
                        橘曙覧 (1812〜1868)

 ♪秋の夕日に照る山もみじ 濃いも薄いも数ある中に 松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は 山のふもとの裾模樣(すそもよう)
溪(たに)の流に散り浮くもみじ 波にゆられて はなれて寄って 赤や黄色の色さまざまに 水の上にも織る錦(にしき)
          1911年(明治44年) 紅葉(もみじ) 作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一 童謡・唱歌

 午後4時54分ごろ、和歌山県と徳島県で地震4の地震があった。

 気象庁によると、震源地は紀伊水道で、震源の深さは50キロ。地震の規模はマグニチュード(M)5・4と推定される。地震による津波の心配はない。

 各地の震度は、震度4=有田初島、田辺中辺路、田辺、湯浅、広川、由良、みなべ、日高川、白浜日置など(和歌山)那賀和食(徳島)、

 震度3=京田辺(京都)堺山本(大阪)御所(奈良)和歌山(和歌山)徳島(徳島)など。

 午後4時前、福岡県の航空自衛隊築城基地に所属するF2戦闘機、2機が九州の西の空域で訓練していた際、機体どうしが接触した。

 この事故で、1機は垂直尾翼が、もう1機は主翼の下にあるミサイルの発射装置と燃料タンクの一部が損傷したが、2機ともそのまま飛行し、午後4時半ごろまでに築城基地に着陸した。

 事故機は1人乗りの機体で、これまでのところパイロットにけがはなく、部品などが地上に落下したという連絡も入っていないという。

 また、損傷した発射装置には、ミサイルは搭載されていなかったという。

 事故が起きた場所は築城基地から西に200キロの九州西方の海上に設けられた訓練用の空域で、基地に戻る前に双方の機体の状況を確認しようと近づいたところ、接触したという。

 内戦下のシリアで武装組織に拘束され、3年4か月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さん(44)が、けふ東京の日本記者クラブで帰国後初の会見をした。

 安田さんは「ご心配をかけたみなさんにおわびします」と謝罪し、拘束されたことは「完全に私のミスだった」と話した。

 安田さんは会見で、武装組織の人質になったことについて、「私自身の行動によって日本政府が当事者にされてしまい、申し訳ない」と謝罪し、「(日本政府には)できる限りの努力を続けてもらった」と述べた。

 「自己責任」との指摘については、「紛争地にあえて入った以上、自業自得だと考えている」と話した。

 安田さんは、「退避勧告」が出ていたシリアに入った理由について、反政府勢力の支配地域であるイドリブ県を取材するためだったと説明。知人から、後藤健二さん(2015年に

 殺害)のガイドを務めたシリア人を紹介され、現地案内を依頼したという。  15年6月22日深夜、トルコとシリアの国境の山岳地帯に入った。「車で迎えが来る」と言われていたが、ガイドがシリア側の様子を見に行っている間に、付近を通りかかった

 2人組に「シリアに行こうか」と声をかけられ、ついて行ってしまったという。  1時間歩くと、「ここが国境だ」と言われ、2人組の仲間に両腕をつかまれて車に乗せられ、拘束された。シリアに入った直後に拘束されたため、取材はできなかった。

 入国前の準備不足との指摘について、安田さんは「彼(ガイド)を信用していた。ある程度、任せざるを得ない部分がある」とし、今後の取材活動は「全くの白紙」と述べた。

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子(もとこ)

 普天間基地移転に伴う新基地辺野古埋め立て問題。

 名護市辺野古の新基地建設を巡り、米軍キャンプ・シュワブのゲート前では午前9時ごろ、市民ら30人が座り込んだ。

 市民らは歌やシュプレヒコールで新基地建設への反対の意志を示した。午前11時半現在、ゲートからの工事車両の出入りはない。沖縄平和運動センターの議長山城博治は、本部港の

 岸壁が台風で破損し、土砂の搬出のための港の使用許可が降りなかったことについて「まだ安心するのは早い。気を抜かず、反対の運動は萎縮せずに続けていこう」と呼び掛けた。

 ヘリ基地反対協議会の共同代表安次富浩は「諦めずに非暴力の抗議を続け、日本政府の理不尽さを世界に発信しなければいけない」と強調した。

 また、市民らは午前10時半ごろ、抗議する市民を撮影していた軍警察に対し「何の権利があって私たちの写真を撮っているのか」と抗議した。

 午後2時前、米軍キャンプ・シュワブのゲート前では市民らが手を取り合って「♪沖縄を返せ」の歌を響かせた。

 名護市辺野古の新基地建設に使う土砂を運び出すため、沖縄防衛局が本部(もとぶ)町に本部港の使用許可を申請しようとしたところ、受理されなかったことが、分かった。

 防衛相岩屋毅が今朝2日の会見で明らかにした。

 きのふ町に使用許可を求めたが、台風で岸壁の一部が被害を受けていることや、すでに他の使用許可が45件出されていることを理由に難色を示されたという。

 岩屋は「本部町との調整を進め、速やかな使用許可を得たい」と述べ、引き続き町に許可を求める考えを示した。

 埋め立て承認撤回の執行停止を受け、きのふ工事を再開したことには「普天間飛行場の固定化を絶対に避けるためにも、ここは前に進ませていただきたい」と述べ、改めて工事を進める考えを示した。

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向け政府は、きのふ県の埋め立て承認撤回を受けて2カ月止まっていた海上作業を再開した。

 知事玉城が工事再開前の対話を求める中、工事を強行した政府に反発が強まっている。

 一方、対話を求め続けても辺野古新基地建設推進の姿勢を崩さない政府をどう交渉に乗せるのか、知事の手腕も試されそうだ。「長年にわたって沖縄県との間で話し合いを続けてきた」、

 官房長官菅はきのふの会見で、知事が「対話なき工事再開」を批判したことに反論した。

 菅は1996年の普天間飛行場返還合意から二十数年の経緯に触れ「工事を進めさせていただきたいという考え方に全く変わりはない」と語気を強めた。

 首相安倍も同日の衆院予算委員会で、普天間飛行場返還について「沖縄の皆さんの強い要望を踏まえ」と前置きした上で、日米で「県内に代替施設を建設することを前提に全面返還に合意した」と説明した。

 首相はこれまでも「沖縄県民の心に寄り添う」と繰り返してきたが、言葉とは裏腹に「普天間か辺野古か」という二者択一を迫る姿勢は、県民の反発は意に介していないかのように映る。

 一方、知事は「対話によって解決策を導いていきたい」と述べ、海上作業の再開を受け、対話による解決を求める姿勢を改めて前面に出した。

 法的な対抗手段として国地方係争処理委員会への審査申し出に向けた準備を進めるのと並行し、知事は首相安倍と官房長官菅に会談を申し入れている。対話を求める一方で法廷闘争に

 持ち込める態勢を整え、国側に判断を迫る構えだ。

 知事は就任当初から一貫して対話を重視する姿勢を見せ、就任わずか9日目で、首相らとの初面談が実現した。しかし、新基地建設を巡る協議は平行線で、政府は強行路線を突っ走る。

 知事は対話による解決の糸口をどこに見いだすのか。県側の関係者からは焦りの声も漏れる。

   関係者の一人は「国のやり方も汚いが、県の本気度にもメスを入れなければならない。県民の思いと温度差が生じてはいけない」と指摘し、知事が強いリーダーシップを発揮する

 必要性を訴えた。

 県が国地方係争処理委員会に審査を申し出た場合でも、同委員会が結論を出すのは3カ月以内とされており、その間は工事が進む。政府関係者の一人は、その後も工事が止まる可能性は

 「極めて低い」と自信を見せつつ「県民投票までには工事も進むところまで進む」と見通す。

 少しでも多くの既成事実を積み重ね、諦めムードを醸成させたい思惑をにじませた。「そんなの古い話だ」、県幹部の一人は工事をいち早く進めて県民の諦めを誘う政府の戦略を

 こう切り捨てた。「県民は諦めない、へこたれないと(知事選で)証明された。政府が一番よく分かっているはずだ」。

 政府を挙げて力を入れた知事選に勝利し、新基地建設反対を掲げる知事玉城が誕生した今、それ以前とは違う新たな局面を迎えていることを強調した。

 立憲民主党の幹事長福山哲郎は、けふBS朝日の番組収録で、沖縄知事選の争点は明らかに辺野古の基地建設を続けるかどうかだった。与党側は大敗した。「謙虚に受け止める」と

 口では言っているのに数日間のうちに強行に工事を再開する。直近の民意は、沖縄は間違いなく「辺野古の基地建設継続NO」。それをブルドーザーで押し流すように、この状況を

 作っているのは沖縄のみなさんに寄り添わない。行政不服審査を使うというのは希代の悪手だ」と述べた。

 ♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で、安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田佳彦らにもあったのは今さら言うまでもない。

 安倍政権の製造物責任は「私にある」と前首相野田佳彦は、ここにきて初めて本音を喋った。

 臨時国会の論戦が本格化したきのふの衆院予算委員会。安倍政権は、財務省の一連の不祥事を巡る副総理兼財務相麻生太郎の政治責任や、週刊誌で「口利き」疑惑を報じられた地方創生担当相

 片山さつきを追及した野党への防戦に追われた。

 外国人労働者の受け入れを拡大する入国管理法改正案に関しても、閣僚答弁にあいまいさが目立ち、今後の審議に不安を残した。

 野党側は、「口利き疑惑」が報じられた地方創生相片山さつきと、公文書改ざん問題など財務省で不祥事が続発しながら留任した財務相麻生太郎に照準を合わせた。

 だが今国会も、説明責任を果たそうとしない安倍政権の姿勢は引き継がれた。

 「大臣が訴えられているのではなく、大臣が相手を訴えているのだから、正当性をどんどん主張すればいい。訴訟中だから話せないというのは説明逃れだ」、きのふ午後の衆院予算委。

 立憲民主党の逢坂誠二が片山に迫ると、委員会室から「そうだ!」とヤジが飛んだ。

 片山は週刊文春で、税務調査を受けた企業経営者が2015年に国税庁への働きかけを依頼し、見返りとして片山の私設秘書の税理士に100万円を支払った、と報じられた。

 さらに片山と企業経営者の電話の音声データとして「私はちょっと高いんじゃないかと(税理士に)言った」との片山の発言や、「片山が国税局長に電話した」との事務所関係者の

 証言も報じている。

 「違法な口利きをしたこともなければ、100万円を受け取ったこともない」、「事実と異なるところが随所にある」。片山はきのふの質疑で次々と報道の内容を否定し、税理士については

 「私どもの事務所で秘書として契約したことはない」、国税局長への電話も「そういう事実はない」と強調した。

 だが、企業経営者と会った日付や、その後面会したかを逢坂がただすと、片山は発行元の文芸春秋を提訴したことを理由に「訴訟上の問題なので控えさせていただく」と具体的な説明を避けた。

 この日、片山と並んで質問を浴びたのが、麻生だ。

 森友学園の公文書改ざんや前事務次官のセクハラ問題といった一連の財務省の不祥事がありながら、内閣改造で財務相に留任した。「自分の能力が適材か否かについて、自分で判断するほど

 うぬぼれておりません。私自身としては、後世の歴史家の判断を待たねばならないと思います」。

 適材適所で留任したと思うかと問われ、麻生がそう答弁すると、委員会室からは失笑が漏れた。質問した立憲の代表代行長妻昭は「とぼけた答弁だ。本当に責任の重さを感じているのか」とあきれたが、

 麻生はその後も「全力で職務を全うしたい」と繰り返した。

 首相安倍も「再発防止策を講じ、組織を立て直していかなければならない。財務相麻生にはその先頭に立って責任を果たしていただきたい」と述べた。

 立憲が片山と麻生を狙い撃ちにしたのは、2人が政権の「急所」になるとみているからだ。

 片山は現内閣で唯一の女性閣僚で、知名度も高い。つまずけば政権に大きなダメージを与えられるとみる。首相と盟友関係にある麻生の留任は、報道各社の世論調査で評価しない声が

 多い。だが正面から答弁しない2人に対し、野党側の追及は決定打を欠いた。7時間にわたる質疑を終えた片山は国会内で「説明は十分できたか」と問われ、「聞いた方のご判断で

 どうぞ。たくさんお答えした」。笑みを浮かべてエレベーターに乗り込んだ。

 片山について、首相官邸幹部は「早々に提訴に踏み切ったことが功を奏した。『訴訟案件』との武器さえあれば、怖いものはない」と評価する。2016年には口利きに絡む金銭授受疑惑で

 経済再生相甘利明が野党から追及され、辞任に追い込まれた。「訴訟」を理由に野党側の批判をかわし、そうした事態を避けたいとの思惑がにじむ。

 実際、片山は臨時国会が始まる2日前、名誉毀損として文芸春秋を相手取った訴訟を起こした。その後は会見でも「裁判の場を通じて明らかにしていきたい」と説明を回避している。

 政権が参考にしたのは、森友学園問題をめぐる対応だ。

 財務省の公文書改ざんを主導した元財務省理財局長の佐川宣寿は、今年3月の証人喚問で「刑事訴追の恐れ」を理由に証言拒否を連発した。一連の不祥事の動機や経緯など核心部分を

 国会で明らかにすることはなく、結果的に野党側の追及をかわすことになった。

 佐川は大阪地検特捜部から刑事訴追されるか否かという、本人の意思と関係ない事情もあった。これに対し、片山は自ら出版社を訴えた。司法を都合よく利用したとの批判はすでに出ており、

 希望の党の代表松沢成文は「『今、法廷闘争中なので余計なことはしゃべれません』は逃げの常套文句」と強く批判する。

 安倍政権が国会での説明責任を軽視するような姿勢を示すのは今回だけではない。首相や閣僚が国会質問に正面から答えない姿勢は、「朝ご飯を食べましたか」という質問に、

 パンは食べたけど米のご飯は食べていないので「食べていない」と答えるのと同じ「ご飯論法」と批判された。

 森友問題では財務省が改ざん後の文書を国会に提出し、自民党出身の衆院議長大島理森も7月の談話で「法律の制定や行政監視における立法府の判断を誤らせるおそれがある。

 議院内閣制の基本的な前提を揺るがす」と指摘した。

 ♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける

 叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた  ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ

 不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然  支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
              歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。

 来年10月に導入する消費税の軽減税率による税収減の穴埋め策をめぐり、財務相麻生太郎は今朝の閣議後会見で、インボイス(適格請求書)の導入による税収増を充てる案について、

 「今の段階で、それも一つの考え方だ」と述べて理解を示した。

 軽減税率では年1兆円分の税収が目減りする。そのうち7千億円分はすでに穴埋めのめどがついており、財務省は残る3千億円分は、インボイスによる税収増で2千億円程度、

 社会保障改革で1千億円程度を確保したい考えだ。

 売上高1千万円以下で消費税が免税される中小事業者は、インボイスが発行できないため、インボイスが2023年10月に導入されると、取引から排除されかねず、一部は自ら

 課税事業者に移行すると想定されている。

 きのふの衆院予算委員会。基本的質疑で、首相安倍は中央省庁の障害者雇用水増し問題に関し「長い間、放置され行政府の長として申し訳ない。法定雇用率を満たす形をつくるため、

 各省庁に工夫を凝らすよう指示している」と陳謝した。

 与党は今夜に2018年度補正予算案を委員会と本会議で採決し、衆院を通過させる方針。参院審議を経て7日の成立を目指す。

 障害者雇用を巡り、首相は「民間はさまざまな工夫をし、達成に努力している」と指摘。通常の試験による採用だけでは、中央省庁の法定雇用率は達成できないとした。

 介護現場で働く人の賃金を上げるため、厚生労働省は2019年10月に介護報酬を臨時に改定する方針を固めた。

 来年10月の消費税率引き上げによる増収分1千億円と保険料1千億円の計2千億円を使い、勤続年数の長い介護職員を中心に処遇改善を目指す。

 介護職員に加え、介護現場で働く看護師や理学療法士など他職種の処遇改善に2千億円の一部を使えるようにすることも検討し、12月をめどに大枠を示す。介護現場の人材不足を受け、

 消費増税分の使い道を示した2兆円の政策パッケージ(17年12月閣議決定)に、職員の処遇改善が盛り込まれた。

 推計20万人いる勤続年数10年以上の介護福祉士について、月額8万円の賃上げを想定する。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹

 米国。米グーグルで、セクシュアルハラスメントをした幹部が2014年に9千万ドル(101億円)の退職金を受け取って辞めていたと報じられていたことを巡り、1日、全世界の

 グーグルで社員たちが会社から一時退出する抗議活動を行った。活動に参加した社員は数千人に上るとみられる。

 世界各地の時間帯で、1日午前11時、大勢のグーグル社員たちがオフィスを出て、近くの広場や公園に集まり、「会社がセクハラをした幹部に9千万ドルを払うために、私は毎日懸命に

 働いているのか」といったプラカードを掲げ、会社に抗議した。

 社員たちはツイッター上などに、抗議活動の様子を次々と投稿した。この抗議活動は、数日前からグーグル社内で呼びかけられていた。米メディアによると、抗議はシンガポールなどで始まり、

 インド、ドイツ、ロンドン、ニューヨーク、シカゴ、そして同社本社があるカリフォルニア州のマウンテンビュー市などに広がった。参加者はニューヨークで3千人超、マウンテンビューでも

 数千人に上ったという。

 英国。日航の男の副操縦士(42)の呼気から英国の運輸関連法令の基準値を超えるアルコールが検出され、英警察当局に逮捕された事件で、副操縦士が1日、ロンドンの治安裁判所に出廷し

 有罪を認めたことが分かった。29日にロンドンの刑事法院が副操縦士への量刑言い渡しを行う予定。

 治安裁判所では、重大事件のため刑事法院に回すことを決定したという。国土交通相石井はけふ2日の会見で「今後、諸外国の基準を踏まえ、飲酒の基準の強化を図る」と述べた。

 副操縦士は現地時間の10月28日出発のロンドン発羽田行き日航44便に乗務予定だった。

 韓国。外国人労働者の受け入れ拡大をめぐる国会論戦が本格化している。日本より一足早く、単純労働を担う外国人の受け入れを始めた韓国の現状はどうか。

 ソウル近郊の金浦市。土木建築資材の製造・加工会社「サムジンスチール」(従業員60人)の工場では、20m近い長さの鋼管を数人で束ね、土木建築用の資材をつくる作業が続いていた。

 束ねた鋼管の重さは数十キロから100キロ以上にもなる。作業を担うのは中国やベトナムなどからきた外国人労働者12人だ。

 ウズベキスタン人のオタベック・ドリモフさん(26)は2014年からこの工場で働く、食事付きで、寮費を差し引いても、手取り収入は月250万ウォン(25万円)。

 残業が多い時には月300万ウォンになる。母国の平均的な給与水準のほぼ5倍だ。

 「韓流の音楽や映画もあって、韓国は出稼ぎ先の国では一番人気。待遇もいいから一生、働き続けたい」と満足そうだ。

 給与や賞与、福利厚生の水準は韓国人も外国人も同じ。社の経営支援部長キム・テファンは「待遇が悪いとSNSでうわさになる。魅力のない会社は捨てられてしまう」と話す。

 こうした単純労働者の受け入れを可能にしたのが、韓国が04年に導入した雇用許可制(EPS)だ。

 雇用許可制とは、韓国での就労を望む外国人労働者(非専門人材)に、就労ビザを与え、慢性的な労働者不足に苦しむ中小企業に、労働者を供給し易くしようとする制度である。

 韓国と覚書を締結した、フィリピン、モンゴル、スリランカ、ベトナム、タイ、インドネシア、ウズベキスタン、パキスタン、カンボジア、中国、バングラデシュ、ミャンマー、

 キルギス、ネパール、東ティモールの15カ国から労働者を受入れている。

 雇用許可制の導入以前は、外国人労働者の不法滞在率は80%にも上っていたが、それが16.3%にまで下がったこと、送出し国側の汚職や不正の防止にも効果があったこと等から、

 雇用労働部は、雇用許可制に一定の評価を与えている。

 更に、ILOから、外国人労働者導入の好事例として挙げられたこと、国連の公共行政賞の大賞を受賞したことも、雇用許可制による功績の結果と見ている。しかしながら、雇用許可制には、

 例えば、退職金の助成や仕事の選択の自由の付与の点で、様々な見方もある。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
         昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 北の大地。地震で被災した新千歳空港旅客ターミナルビルは、休業が続いていたホテルと温泉施設がきのふ1日に再開した。

 発生から2カ月ぶりに館内すべての商業施設が全面復旧した。

 国内線旅客ターミナルビルのエアターミナルホテルと新千歳空港温泉は客室の内装や温熱機器などの破損状態が激しく、復旧に時間がかかっていた。

 青森。一昨日30日、八甲田山系と岩木山で今季の初冠雪を観測した。

 平年と比べ、八甲田山系は13日、岩木山は9日遅く、昨年と比べるといずれも25日遅い。青森市の酸ケ湯では午前6時過ぎに0・3度まで気温が下がり、今季最低気温が記録された。

 八甲田ロープウェーによると、山頂付近は朝方から雪が降り始め、午前8時には5センチの積雪があったという。強風のためロープウェーは終日運休となった。

 先月28日投開票の青森市議選に無所属で初当選したITエンジニアの山崎翔一(28)が、ツイッターで「年金暮らしジジイを舐(な)めすぎ」などと差別的な表現を含んだ書き込みをしていたことがわかった。

 山崎は31日、このアカウントとは別の実名アカウントで謝罪した。

 28日のツイッターに「年金暮らしジジイを舐めすぎ 平日の役所窓口で罵声叫んでるのだいたい爺さん 君にそんなエネルギーあるんかい」と書かれていた。10月中旬には、

 過去にインドで見た光景に触れ、「デリー行きの電車に乗った時、おかまの物乞い来たな〜」と性的少数者に対する差別的な表現もあった。

 このアカウントは匿名だったが、山崎は31日、選挙戦で使っていた実名のアカウントでこれらの書き込みについて、「一部の投稿内容について、ご不快な思いをおかけし、誠に申し訳ございませんでした」と謝罪した。

 山崎ら今回の市議選当選者の任期は11月26日からの4年間。

 岩手。一関市花泉町の「互市」は、江戸時代に農家の人たちの物々交換の場として始まったとされる伝統の市で、毎年春と秋に開かれる。

 秋の「互市」はきのふ1日が初日で、JR花泉駅前の300mほどの通りには、県内外の業者らによる70の店が軒を連ねた。店頭に並ぶのは、この秋に収穫された野菜や果物、

 それに季節の花などさまざまで、農作業が一段落した人たちなどが大勢訪れていた。

 人気を集めていたのは柿やサクランボなどの苗木を販売する店で、訪れた人たちはこの時期から育てる「秋植え」のための手入れの方法などをくわしく教わりながら、次々と買い求めていた。

 市内からの70代の男は「毎年、春と秋に来ています。お店の人と会話を楽しむことができるのがこの市の1番の魅力です」。

 秋の「互市」は明日3日までの日程で、午前9時半から午後4時ごろまで開かれる。

 福島。知事内堀雅雄は、きのふ東京電力福島第一原発を視察した。

 この日から、1〜3号機の正面に位置し、100m離れた視察用の高台などの一部が、マスクや手袋などの装備が不要となり、そのままの服装で入れることになった。

 内堀は、同行した東電の社長小早川智明から、東電がSNS上で不適切な投稿をした問題について、おわびがあったことを明らかにした。

 高台の放射線量は毎時50〜120マイクロシーベルトとまだ高いが、ほこりが舞い上がるなどして汚染する可能性が低くなったためで、内堀も「作業環境が改善されている」と評価した。

 終了後、内堀はSNSの問題について、「情報発信の仕方は、受け手が不快になったり、複雑な思いになったりすることがあっては元も子もない。今後は一層配慮したうえで、正確な

 情報発信をしていただきたい」と述べた。

 東京。りんとしたたたずまいが印象的で、映画やテレビ、舞台まで幅広く活躍した女優の江波杏子(本名野平香純 かすみ)さんが10月27日午後9時過ぎ、肺気腫の急性増悪のため

 都内の病院で死去した。76歳。東京都出身。

 1959年、大映に入社。初主演作の映画「女の賭場」が大ヒットし、「女賭博師」シリーズが人気を集めた。他にTVドラマ「ちりとてちん」など。今年も映画「娼年」、

 TVドラマ「限界団地」などに出演していた。所属事務所によると、肺気腫を長年患っていたが、日常生活には支障がなく、死去の数日前までラジオドラマの収録を行っていたという。

 アフリカで誕生した人類が米国大陸まで拡散した道のりを逆向きにたどった「グレートジャーニー」で知られる探検家の武蔵野美術大教授関野吉晴(69)が、今年度で退任するのを前に、

 半世紀の探検人生を振り返る企画展を同大学(小平市)で開いている。

 会場に入ると目に飛び込むのは、手作りカヌーの「縄文号」。学生と一緒に砂鉄から鉄工具を作り、54mの巨木を切り倒して作った。このエンジンのない丸木舟で、インドネシアから

 日本まで4700キロを航海した。世界各地で撮影した写真350枚も展示。

 最初は撮影を断られても、何度も訪れるうちに、授乳する母親や子豚を追う少女など生活に根ざした写真を撮らせてもらえた。関野さんは一橋大に入学直後に探検部を作り、19歳で

 探検を始めた。恩師から「すぐ役に立つものは、すぐ役に立たなくなる。学生時代は色々な本や人に出会って物の見方や考え方を形成することが大切」と言われ、22歳の時に1年休学してアマゾンへ。

 それから半世紀、世界を徒歩や自転車、カヌーで巡ってきた。

 旅や探検のだいご味は「気づき」という関野さん。旅から得た気づきをもとに、展示を「長い目で見る」、「食べて出す」、「みえないものに向き合う」、「交わり拡(ひろ)がる」など五つに分類した。

 たとえば、「いちからつくる」で紹介するペルーの先住民マチゲンガ族は、自然の素材ですべてを作る人たちで、優しくつつましかった。

 都会では電線やガス管が切れるとパニックになるが、「線や管がないと、自然への畏敬(いけい)の念や感謝がわいてくる」。

 44歳から足かけ10年で計5万3千キロを旅した「グレートジャーニー」を終えた時に思ったのは、「一番大切なのは『当たり前』のこと」。大地も水も空気もきれいで、家族と一緒に住めて、

 好きなことが言える。「そんな当たり前のことこそ貴重なもの。自分で守らなきゃいけないんです」。

 退任が近いが「まだエネルギーが余っている」。今後も旅に出たいという。「関野吉晴 ワンダースペース」は11月10日まで。入場無料。問い合わせは同大美術館・図書館(042・342・6003)。

 三重。今朝1時過ぎ、志摩市大王町波切、西沢克巳さん(77)方から出火、木造平屋を全焼した。

 近隣の家屋にも燃え移り、3棟が全焼したほか、数棟の一部を焼き、4時間半後に鎮火した。西沢さん方の焼け跡から性別不明の1人の遺体が見つかった。

 鳥羽署によると、西沢さんと連絡が取れておらず、確認を急いでいる。西沢さんは1人暮らし。現場は波切漁港近くで、民家が密集している。

 大阪。フリーマーケットにビンゴ大会、地域の人とのバーベキューや消防署での消火体験――。

 様々な「文化活動」を楽しむイベント「みんなの玉手箱」が文化の日の3日、大阪市東成区を中心に各地で一斉に開かれる。運営に携わるスタッフは「『文化の日』を、みんなが隣の文化を

 大切にする日にできたら」。出展者も募集している。

 2007年から東成区で働く人や住民らが実行委員会となって続けていたまちおこしイベントを、地域にこだわらず「文化の日」を祝うイベントにしようと今年からリニューアルした。

 実行委は作らず協賛金も集めない。「運営仕掛け人」がホームページ上で出展者を募り、イベントの内容を公開している。

 「スポーツや美術だけでなく、遊ぶことや食べることも全て文化。

  平和だからこそ文化を楽しめるこの日を、みんなが勝手にお祝いする日にしたい」と、運営仕掛け人共同代表を務める藤田ツキトさん(40)。東成区で広告デザインやイベント企画などを

 手がける会社を経営している。「なくても生きていけるけどあればもっと豊かになれる。そんなそれぞれの文化を発表する日として広がれば」と区外にも出展者を募る。

 岡山。西日本豪雨で行方不明になり、民家の屋根の上で救出されたミニチュアホース「リーフ」が、きのふ4カ月ぶりに倉敷市真備町箭田の介護老人保健施設「ライフタウンまび」に戻った。

 健康状態は上々といい、お年寄りや職員は「真備の復興のシンボルに」と施設のマスコットとの再会を喜んだ。

 リーフは9歳のメスで、入所者のアニマルセラピーを目的に昨年3月から施設の農場で暮らしていた。7月7日の豪雨で農場は浸水して行方がわからなくなっていたが、9日に施設近くの民家の

 屋根の上で見つかった。救出後は岡山市北区の吉備路若駒牧場で過ごしていた。

 若駒牧場で仲良しだった4歳の「ムサシ」とともに、リーフは施設に到着。お年寄りたちから頭をさすられたり、ニンジンをもらったりして歓迎を受けた。

 災害前から飼育を担当していた谷本真理さん(49)は「リーフは来た当初からお年寄りや子どもたちのアイドル。これからも真備に笑顔を戻すシンボルになってくれると思う」と期待を寄せた。

 広島。元フィギュアスケート選手の浅田真央さん(28)が、きのふひろしんビッグウェーブ(広島市東区)でスケート教室を開いた。

 地元の子どもたち55人が、リンク上で指導を受けた。

 姉の舞さん(30)らも講師として参加し、姉妹でパフォーマンスを披露した。続いて、氷の上の歩き方や滑走の仕方を子どもたちに指導。真央さんから「ゆっくりでいいよ!」などと声をかけられ、

 最初は恐る恐る歩いていた子どもたちも、笑顔で滑っていた。

 真央さんは「半数以上が初めて滑る子たちで最初は心配だったけど、最後まで滑りきってくれてパワーをもらえました」と話した。

 2〜4日は会場でショーも開催。西日本豪雨で被災した広島市安芸区矢野を訪れたという真央さんは「自然災害の恐ろしさを感じた。今できることは、全力の滑りを広島の皆さんに見て

 いただくこと。少しでも力になりたい」と話した。

 愛媛。きのふの午後6時半ごろ、今治市桜井5丁目の石丸敦子さん(85)の住宅から出火して、1時間半後に消し止められたが、木造2階建ての住宅、210平方mが全焼した。

 焼け跡から1人の遺体が見つかった。火事のあと、石丸さんと連絡がとれなくなっているということで、警察は亡くなったのは石丸さんの可能性もあるとみて身元の確認を急いでいる。

 石丸さんは59歳の息子と一緒に暮らしていて、息子は出火当時、外出していて無事だった。現場は、今治市の中心部から南東に6キロ離れた住宅地で、警察と消防は火事の原因を

 調べている。

 熊本。国の川辺川ダム建設計画に、知事蒲島郁夫が反対を表明してから、9月11日で10年が過ぎた。

 清流が残された県五木村は今、豊かな自然にひかれて観光客が増えるなど明るい兆しもある。ただ、代替地への移転を機に多くの人が村外に出て、残った村民は将来に不安を募らせる。

 かつて村役場や住宅があった川辺川沿いの旧水没予定地。今は公園が造られ、コテージでの宿泊やボルダリングなどが楽しめる広場の整備が進められている。

 県と村は旅行会社へのPRも強化。夏の川遊びを楽しむ小学生の林間学校などが人気を呼び、この10年で村を訪れる観光客は12万人から17万人に増加。林業の売り上げも2・5倍に増えた。

 川辺川ダム計画の反対運動に取り組み、絶滅が危ぶまれるクマタカの生息域を粘り強く観察して、国交省に建設予定地の一部で工事を断念させたことで知られる環境カウンセラーの

 ?(つる)詳子さん(69)は「清流川辺川はとりあえず守られた。造られていれば、下流は水質がどんどん悪化していただろう。ダム計画をめぐる流域住民の分断も解消することができた」と評価する。

 村民は旧水没予定地から70m上の高台で暮らす。

 16年前に移転した役場や住宅などが並ぶまちには、ひっそりとした雰囲気が漂う。近くの道の駅から流れる「五木の子守唄」の放送だけが響く。「10年たって施設はできたが、

 人はおらん。村全体があきらめムードだ」、高台に移転した北原束(つかね)さん(82)はこぼす。

 最初はダム反対だったが、国や県からの強い要請で水没者団体の事務局長として補償や生活再建の条件交渉にあたった。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
            昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。南砺市の世界遺産・相倉合掌造り集落で、屋根の葺き替えに必要な茅の収穫が本格化している。

 きのふ、地元の南砺平高校の一年生23人が協力し、紅葉が最盛期を迎えた集落を望む茅場で刈り取りに汗を流した。相倉には合掌造りの20軒を含め茅葺き屋根の建物が24棟ある。

 合掌造り住宅は15年に一度を目安に片面ずつ葺き替え、一回に直径60センチの束を3000束使うという。

 同集落保存財団が延べ4・5ヘクタールの茅場を管理し、紅葉から初雪の間にボランティアの手も借りて毎年6000束を収穫。全国各地の合掌造り集落でも珍しい自給率100%を

 誇っている。

 生徒らは斜面に上り、財団職員の指導で茅を根元から鎌で刈り取り、熊手で丁寧に雑草を取り除いた。足場が悪い中での地道な作業で、中西亮介さんは「きついけど世界遺産を守る

 大切な仕事。茅をザクザク刈ると気持ちがいい」と笑顔を見せた。

 福井。JR小浜線の十村−小浜間が開通百年を迎えるのを記念して、若狭町などは十日、上中駅で記念イベントを開催し、餅まきなどで記念の百年を祝う。

 小浜線は1917年(大正6年)に敦賀〜十村間が開通し、18年11月10日に小浜まで延伸した。

 会場では、71年(昭和46年)に同線で廃止されたSLに別れを惜しむ人々や、56年(同昭和31年)から2014年までの上中駅の変遷を写した写真、切符を切る改札鋏(ばさみ)、

 歴代名列車のヘッドマークなど、貴重な鉄道資料を展示。

 ほかにも駅員と一緒に発車の合図をする体験会や、百周年にちなんで地元の野菜や卵などを百円で販売するマーケットが開かれる。

 金沢。石川の冬の味覚・かぶら寿しの漬け込み方を学ぶ「道場」が、金沢市内の漬物店で開かれた。

 金沢市の四十萬谷本舗では、伝統的な食文化に親しんでもらおうと、毎年この道場を開いている。きのふは、主婦ら、20人が参加し、かぶら寿しマイスターの資格を持つ、四十萬谷本舗の

 権野晃さんからカブの切り方など、おいしく作る方法を学んでいた。

 中には、去年は妹が参加し、今年は姉妹で参加したという人もいた。この日漬けたかぶら寿しは、1週間ほどで仕上がるという。

 JR金沢駅東のしゃれた飲食店が並ぶエリアでひときわ存在感を放つ19階建てマンション。

 その住民でつくる「アリストプライムタワー金沢町会」は、市内にあるマンション町会の一つだ。駐車場に防災倉庫を設け、金沢百万石まつりで児童らが練り歩く「子ども提灯太鼓行列」の台車を新調。

 災害時にマンションのロビーを一時避難所として開放する計画や、豪雪時に市の除雪を待たずに近隣の町会や商店街と協力して業者を呼ぶ除雪協定の策定も進めている。

 会長浅井宏志さんによると、充実した活動の源は「潤沢な資金」。

 1世帯月500円の町会費は自動で引き落とされ、町会連合会(町連)へ支払う分を除き年間30万円が町会に積み増される。町会加入は入居時の条件で、加入率は100%だ。

 一方、市全体の町会加入率は低下傾向が続き、今年4月時点で69%。

 金沢市と市町会連合会は8月、不動産関連2団体と「金沢市における町会への加入促進に関する協定」を結び、住宅販売や仲介時に加入を促すリーフレットを作成したている。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花   家持 万葉集第19巻 4243

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 霜月11月2日。時の経つのは何とも早い。

 午後の散歩は運動教室から戻って何時ものコース。薄暗くなっていた。真柄の寮の前で散歩かの松本さんに会い「こんばんわ」。崖下のはアジサイは朽ち始めていたが、寺津用水は

 朝同様に枯葉、底が見えるなど水流はきわめて少なかった。

 体育館の駐車場では車が7台、目に入った。歩道で柴犬連れの尾田さんの奥さんに会い「こんばんわ」、「久し振りですね」。バス通りを渡って坂道は下りて左折。

 尾田、上村さんち過ぎて、槌田さんち、庭では深紅のバラが待っていてくれた。

 山津さんちの四つ角はそのまままっすぐ行く。金子さんち、パイプの櫓が組んだまま。型枠工場ではアーム付きのトラックが戻ってきた。四つ角は右折した。

 戸田さんち新築現場、コンクリートミキサーが来て、型枠に生コンを流した後だ。

 Dr小坂、宇野さんもまだ帰られていない。なかの公園の四つ角は右折。新築の戸田さんち、大工さんは来ていたが姿は見えず。中で細工中だ。

 徳中さんち、風車は廻っていた。辰治さんちのアサガオは整理されていた。土谷さんちの松葉ボタンは暗くて見えず。清水さんち秋水仙の花も消えていた。

 谷口の御婆さんち、ツワブキの黄色にシュウメイギクの赤紫が何んとか見えた。

 湯原さんち、薔薇やハマナスは消えて、タデ、ツワブキ、リンドウの花が咲いて、サンシュウは赤い実を付けていた。坂本さんち、2輪の石鎚バラは咲いてナナカマドと大きな鉢の木の葉は紅葉していた。

 ガーデンテラスや赤萩が咲いて、ドウダンツツジの紅葉のきれいな松本さん前、松葉ボタンの綺麗な吉井さんち過ぎて、みすぎ公園を一回りした。

 やはり揺れている赤萩が待っていてくれた。次の次の逆V交差点で、タデがうなだれていた。

 辻の爺さんは車が停まっていた。山手ハイツ裏から、コンビニ裏通りを経て帰還へ。三差路で「また、どこかでお会いしましょう」と松本さんち別れたが、道中は雲の平らや三俣蓮華、

 黒部五郎等々、元気だったころテントを担いでの山の話等。ひょっとこ丸はまだ帰られていない。

 アサガオが萎んでいる藤田さんちの四つ角過ぎて、飯田さんちのバラや瀬戸さんちのバラにムラサキシキブが待っていてくれた。

 朝夕の散歩は〆て、1万733歩。距離は7、5キロ、消費カロリーは214kcal、脂肪燃焼量は15グラム。

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
           唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ  おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

 年ごとに語り部の減り原爆忌
 身ほとりに どかと居座る残暑かな
 初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
 落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
 袋帯 ぽんと叩きて年新た
 年の瀬や 独り第九をイヤホーン
 おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
 思う事多くなりけり 年の暮れ
 桜蘂降るを踏みしめ女坂
 のどけしや ゆったり動く象の耳
 春光に映ゆるステンドグラスかな
 耕人の影うごき初む朝まだき
 紅椿 一輪部屋を明るうす
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
            詠み人知らず

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2018年 霜月2日(ふ)

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