自民改憲案提出に反対51% 「安倍1強」57%が問題視
2018年、戌年、長月9月21日(金)、小雨k後曇り。金沢の最低気温は18度、最高気温は25度。
朝の散歩は、何時ものコースだが、真柄の寮の対面の空き地では、一面にはびこっていた葛、刈りとった葉はしなびていたが虎刈りは虎刈りだ。
寺津用水は濁りなどがあり、水量も少なかった。
バス通りの四つ角は渡って坂道は右折、赤白のセージの咲いている石田さんち、過ぎた。雀のお宿の越野さんち、雀は周りの木々に群がっておらず。
階段には紫のが7輪、上の生垣の網沿いに白のアサガオ5輪が目に入った。
対面のお宅、ムラサキシキブが色づいていた。奥の坂道の上の角家の四つ角は左折。生垣には、薄い橙色のノーゼンカズラが咲き誇っているが、落下したのが散らばっていた。
柴犬連れの松本夫妻に会い「お早うございます」。
斜め前の斜面には大きな栗の木、枝が折れて、道路一杯に栗のイガが落ちたままで、イガは茶色が濃くなっていた。
戸田さんちの崖、2〜3mの栗の木に5センチぐらいのイガが目に入る。沖縄産のシークワサーの緑の葉がいい。シェパードのお宅、ピンクのバラが咲いていたが、裏の敷地、
「んーん」とうなるシェパードは今朝も檻の中におらず。
朝日さんちの崖下の宅の、鉢のアサガオが、7輪。シュウカイドウも咲き始めていた。目の前の畑では、ホウセンカや千日紅に曼珠沙華が3輪咲いて、小さいひまわりは1輪のみ。
中村さんち前の四つ角で、自宅に立てかけた網に大きな薄い水色の琉球アサガオが1輪咲いていた。
才田さんちの庭で、樹齢100年という、ザクロの実が大きくなっていた。玄関先でアサガオが、4輪、白のガーデンテラスは3輪咲いていた。
ここを過ぎて、四つ角は右折。涌波からやってくる軽4の親父さんは来ておらず。
紙谷さんち、竹の塀の中からのアサガオの薄ピンクが5輪、濃い紫のが消えていた。この辺りを一回り。三叉路の手前のお宅、中宮さんちの生垣には今朝は13輪の朝顔、そして
村上さんちの生垣、ピンクのガーデンテラスが落下していた。
深紅のバラも消えた槌田さんち、玄関横の鉢植えのアサガオは5輪咲いていた。山津さんちの四つ角は、右折。前方から、柴犬連れの高瀬さんに「お早うございます」。
西さんち、ムクゲが4輪咲いていた。この辺りの柿畑の柿もかなり色ついて、虫の音が聞こえてきた。
墓場を過ぎて、型枠工場では、従業員の車が2台入ってきた。1台はレッカー車で、型枠の積み荷に。型枠工場を過ぎて、金子さんちの対面や横の新築用地、大工さんや
外壁やさんはまだ来ていない。
Dr小坂、宇野さんはまだだ。対面の土井さんち、玄関先の花壇のやピンクのアサガオは、咲いていた。
なかの公園の手前で、右折。資材を整理されていた清水のアンちゃんに「お早うございます」。修平さんちの実家を過ぎて、小さいバラの咲いているペンキ屋さんち前、土井さん
ちの新築住宅、大工さんは来ていて「お早うございます、早いですね」、「必要なものを採りに来た」と。
徳中さんちの庭、ノーゼンカズラの花が落下して風車は回っておらず。庭の鉢のチョウチン草はいい。辰治さんちの納屋の横では濃い紫のアサガオが20輪余りいていた。
土谷さんちのコスモスは元気だが松葉ボタンは、萎んでいた。谷口の婆さん宅、赤のセージがいい。田畑さんの車は相変らず停まったままだ。
玄関先のムクゲは4輪咲いて、アサガオは消えていた。
神社前の清水さんち玄関先には朝鮮アサガオ5輪が開いて、後は萎んでいた。裏の畑、でっかい紅の花、タイタンビカスが、元気で幾つも咲いていた。湯原さんちの庭、生垣の
金木犀はなぜか香りが少ない。ハマナスは赤紫の花は3輪咲いて赤い実を付けていた。ムクゲは、生き生きしていた。
三差路へ。坂本さんち、庭の石鎚バラは、4輪咲いていた。ピンクのガーデンテラスや色づいたホウズキ、ノーゼンカズラも咲いている松本さんち前過ぎた。
三差路は左折。角の爺さんちの庭、彼岸花に小さい菊が咲いていた。
京堂さんちの裏庭の白の百日紅はまた咲きだしていたがバス通りからコンビニの裏通りへ。北さんちの四つ角の手前で登校の低学年の女の子、同時に出てきた北さんちの孫にも
「お早う」、ここを過ぎて、ひょっとこ丸は出られた後。登校の子供たちに「お早う、行ってらっしゃい」。
徳田さんちの田圃の横では松浦の爺様が畑に来ておらず。北さんちの畑、オクラの花がきれいに咲いていた。濃い紫のアサガオやケイトーが元気な藤田さんちの四つ角過ぎて、
小林さんちの庭、曼珠沙華、彼岸花が7輪咲いていた。
玄関前の松葉ボタンは元気な飯田さんちを過ぎた。三差路、仲よし3人組の1年生に「お早う、行ってらっしゃい」。
瀬戸さんちの畑のムクゲと本田さんちの境の道路わきに咲いているムラサキシキブが今朝も待っていてくれた。
たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時
橘曙覧 (1812〜1868)
小屋に戻って、朝飯を終えて、茶のあとカフェを飲む時が至福のひと時である。
♪卯の花の 匂う垣根に 時鳥(ほととぎす) 早も来 鳴きて 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
さみだれの そそぐ山田に 早乙女が 裳裾ぬらして 玉苗 植うる 夏は来ぬ
1896年 夏は来ぬ 日本の唱歌 作詞:佐佐木信綱 作曲:小山作之助
北の大地。最大震度7を観測した北海道地震の被災地。厚真町では、地震の発生から2週間がたった今も430人が避難生活を続けている。
こうした中、避難をしている人などに生活に密着した地元の情報を届けようと、厚真町は、災害時に自治体が臨時に開設できる「臨時災害放送局」の「あつま災害エフエム」
(周波数81・4メガヘルツ)をけふ21日から1日3回の定時番組が始まった。
一方、むかわ町の「むかわさいがいエフエム」(周波数88・5メガヘルツ)は一昨日19日に始まった。概要は後に触れる。
震度7を観測した厚真町など被災3町に、パートナー自治体を割り振る「対口(たいこう) 支援」方式で派遣された東北と新潟の7県の応援職員は延べ682人に上ることが、
分かった。総務省が19日時点で人数を集約した。今年3月に制度化された対口支援の適用は、西日本豪雨に続き2例目。
総務省によると、2016年の熊本地震で、九州地方知事会が活用した際の成果や課題を踏まえ、応援派遣の枠組みとして制度化した。被災自治体への支援の偏りをなくすとともに、
被災者への対応を迅速化させる狙いがある。今回は、厚真町と隣接する安平、むかわ両町を対象に11日から派遣を始めた。
《対口(たいこう) 支援方式》2008年5月の中国・四川大地震で、中国政府が沿海部の省・直轄市と被災市県でペアを組ませて支援に当たらせたことで知られるようになった。
「対口」は中国語でペアを組ませるとの意味。
大震災では、岩手を大阪・和歌山、宮城を兵庫・徳島・鳥取、福島を京都・滋賀が支援するスキームが組まれた。熊本地震では、熊本市を政令市が、他の市町村を関西広域連合や
九州各県、福島県などがそれぞれ支援にあたった。
大阪。台風21号の影響で浸水し、閉鎖が続いていた関西空港の第1ターミナルビル北側エリアの運用がけふ21日、再開された。
第1便として国際線搭乗口から乗客が香港航空の香港便に乗り込み、離陸した。第1、第2ターミナル全てが17日ぶりに使用可能となり、旅客便は通常の運航スケジュールに戻る。
けふ21日は国際線、国内線470便が発着する予定だ。国際拠点空港としての機能はほぼ回復、今後は被災前の旅客数が戻るかが課題となる。
強風でタンカーが衝突した連絡橋は破損した二つの橋桁が14日までに撤去された。完全復旧は来年5月の連休前になる見込み。
連絡橋を走る鉄道は18日に運転を再開した。
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子(もとこ)
首相が秋の臨時国会に党改憲案の提出を目指していることに「反対」との回答は51%に上り、「賛成」の35・7%を上回った。
共同通信が20、21両日、自民党総裁選で、首相安倍が連続3選を果たしたのを踏まえて実施した全国緊急電話世論調査による。それによると首相が政治や行政の意思決定で
大きな力を持つ「安倍1強」を「問題だ」と答えた人が57・4%、「問題ない」は33・6%だった。
首相の連続3選を「評価する」は29・7%にとどまり、「評価しない」は24・9%、「どちらとも言えない」は44・7%だった。
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題。
名護漁協は、19日臨時総会を開き組合長古波蔵廣や理事、監事ら全役員13人の解任を賛成多数で可決した。
賛成48、反対31だった。古波蔵は名護市辺野古出身。新基地建設工事に関わる補償問題に携わり、沖縄防衛局との交渉の中心的存在だった。
臨時総会は一部の組合員が役員改選を求めて開かれた。改選請求の理由書は「名護漁協理事会において、辺野古移設に関する事項について幾度に渡り怠慢な不当行為は組合への
忠実義務違反であり、組合に対しても多大な損害をもたらし、その責任も重大」としている。
古波蔵は「選挙法に基づいて処理した。12年間お世話になった。補償問題には関わらない。もう引退させていただく」と答えた。一方漁協は、臨時総会や役員の解任について
「一切答えない」とした。
名護漁協は2014年5月、海域の埋め立てに伴う漁業補償金として36億円を受け取る契約を防衛局と結んだ。新基地が着工した同年7月からは、海上警備に関わる警戒船で
船長が5万円、船員は1万5千円ほどの日当が支払われている。16年11月には工事の進む大浦湾の漁業権放棄に伴い、漁協に6億円の補償金が支払われた。
同漁協は16年4月現在、正組合員83人、准組合員34人が所属する。
♪泣けた 泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で、安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田佳彦らにもあったのは今さら言うまでもない。
政府は今朝の閣議で、文部科学省幹部が絡む贈収賄事件を受け、文科省の事務次官戸谷一夫(61)と初等中等教育局長高橋道和(57)の辞任を了承した。
文科相は林芳正、贈賄側の業者との不適切な関係などを理由に、戸谷と高橋、高等教育局長義本博司(56)の3人を減給の懲戒処分とした。
文科省では昨年、天下り問題で前任次官の前川喜平も引責辞任しており、2代連続という異例の事態。組織の立て直しが急務となる。林は会見し「幹部の処分は極めて遺憾で、
心よりおわび申し上げる。信頼回復に努めたい」と陳謝した。
事件では、前科学技術・学術政策局長と前国際統括官の2人が受託収賄罪などでそれぞれ逮捕・起訴された。
自民党総裁選で首相安倍が連続3選し、新たに3年間の総裁任期を手にした。
しかし、陣営が狙った「圧勝」にはほど遠く、対立候補の元幹事長石破の存在感を高める結果となった。来夏に参院選を控え、悲願とする憲法改正への道筋も不透明さを増す。
きのふ20日午前、安倍陣営に衝撃が走った。この日早朝から始まった各都道府県連での開票結果が続々と伝わったのだ。
「(票差が)拮抗している。どうなってんだ」、「予想以上に石破が取っている。ショックだ」、国会議員たちからはそんな声が上がり、自民党幹部は「地方の反乱だ」と
うなだれた。
午後に発表された票数は、首相553票に対し、石破254票。党員・党友からなる地方票では、首相224票に対し、石破氏181票。首相が国会議員票で8割を超えた一方、
地方票では5割半ばにとどまり、議員と党員らの意識の乖離(かいり)が目立つ結果となった。
3選を果たしたばかりの首相に、自民党本部で元衆院議長伊吹文明が「石破さんが善戦したね」と声をかけると、首相はこう答えたという。「気を引き締めて頑張ります」。
発表から4時間後の会見。首相は、現職首相が戦った過去の総裁選のデータを次々に挙げ、「今回は過去の例を上回る、全体で7割近い得票を頂くことができた。これは私に
とって大きな力だ」と述べ、自らの勝利を強調した。
とはいえ、「圧倒的勝利を次の3年に与えて欲しい」(元経済再生相甘利明)と訴えてきた首相側にとっては、誤算とも言える結果だった。
出身派閥の細田派幹部は、石破との一騎打ちの構図が固まった際、「現職だし、地方票の目標は7割だ」と掲げたが、結果は55%止まり。国会議員票も、3日にホテルで開いた
合同選挙対策本部の発足式に出席した議員や代理の秘書の計346人から、329人へと目減りしていた。
「地方票も議員票も圧倒的に総理安倍が勝利するだろう」と豪語していた幹事長二階はきのふ20日の会見で、「結果は結果として謙虚に受け止めなきゃいけない」と語り、
石破派の処遇についても「すべての問題にオール自民党で戦っていきたい」と述べ、石破側への配慮をにじませた。
今回の総裁選で目立ったのは、首相側による「圧勝」を意識するあまりの締め付けだ。そのことがかえって議員や地方での反発を呼んだ。また、日本記者クラブ主催の討論会や
テレビ出演では森友・加計学園問題を厳しく問われる場面が続き、首相の説明の不十分さが際だった。
衆院竹下派の首相支持派の会議に出席しながら、白票を投じた船田元は「官僚が国民ではなく官邸を向いて仕事をするような状況になっているがそれに対する明確な対応が
なかった」と指摘。「安倍1強で党内でなかなか物を言うことが難しくなっている」と、首相支持を見送った理由を説明した。
細田派中堅の一人は「昨年の衆院選の時も支持者の半分くらいは首相を信用できないという感じだった。これが党の現状」と突き放し、派閥の意向に従って首相に投じた岸田派の
衆院議員は「次の衆院選を首相安倍で戦いたい人はいない。かなりしんどいと思う」と語った。
♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない
絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける
叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった
僕は嫌だ
不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。
自民党幹事長代行萩生田光一は、きのふBSフジの番組で「(自民党総裁選の)地方票は6年前、石破さんの方が強かったという前提で(萩生田ら首相安倍陣営は対策を)
やっており、石破さんがかなり善戦すると思っていた。石破さんは地方を地道に歩かれ、愚直に政策を訴えてきた。一生懸命さが自民党員に伝わったのだと思う。
想定してきたが、それよりも石破さんの国会議員票は多かった。当初から石破さん支持を決めていたが、表明しづらかった小泉進次郎さんのような潜在的な石破さん支持者が
いたのだろう」と述べた。
自民党憲法改正推進本部長代行船田元は、国会内で、「いろいろ悩んだが、最終的には白票(を投じた)。党内が非常に「安倍1強」状態になって、党内でなかなか物を言う
ことが難しくなっている。総裁、総理として、党内の閉塞的な状況を打開するために自ら動かれることがあってもよかったのではないか」と述べた。
自民党総務会長竹下亘は、党本部で、「(来年の参院選に勝つには石破の存在感が重要か問われ)重要だと思います。総理(安倍)もそうですし、元幹事長石破もそうだが、
街頭に立つと本当に人が集まってくる政治家の一人であります。そうした政治家は党にとって非常に大事でありますので、これからももっともっと二人とも汗をかいてもらわないと
いけないなと思います」と述べた。
元文部科学相下村博文は、党本部で、「(自民党総裁選で、元幹事長石破が地方票で4割以上を獲得したことについて)もともと(首相安倍は)目標の55%をなんとか、やっと
超えたという感じ。厳しく受け止めて、国民の皆さまに「誠実にやっているな」というふうに思ってもらえるような(政権)運営をやっていくことが必要だ。(石破が地方票で
健闘したことは)たいしたもんで、あっぱれだ」と述べた。
来年夏の参院選で首相率いる自民党と対決する野党は、元幹事長石破が地方票の4割以上を取った結果を「安倍政権への不満の表れ」と注目。
野党連携を強め、政権批判票の受け皿を目指す考えだ。
「一般の党員、特に地方には、安倍1強に対する不満があることを表した数字だ」、国民民主党の代表玉木雄一郎は、きのふ総裁選の結果を分析。「不満の受け皿となるよう
野党側の態勢をしっかり作っていかなければならない」と語り、参院選に向け野党連携を強める考えを示した。
立憲民主党の代表枝野はBS番組の収録で、森友・加計学園問題などで野党側が批判を強めてきた首相安倍が再選され、「我々との違いを明確に示せる。来年の統一地方選、
参院選は戦いやすい」と指摘。
社民党の党首又市征治も会見で「(対立軸が)分かりやすくなった。自公に漁夫の利を与えないよう(野党間で)協力関係を作っていきたい」と述べた。
首相が国会議員票の8割を取った一方で、党員・党友による地方票が5割強にとどまったことについて、共産党の委員長志位は会見で「一般の党員・党友は国民の気持ちにより
近いところにある。今の自民党の国会議員が国民の意識と相当離れたところにあることを示している」と皮肉った。
一方、首相が憲法改正を繰り返し訴えた総裁選で3選されたことを根拠にして改憲姿勢を強めてくることに、野党は警戒感を強めている。
枝野は、首相が今秋の臨時国会に党改憲案の提出を目指す考えを示したことについて「ただ変えたいと憲法をおもちゃにしている態度だ」と批判。志位も「憲法を守らない
総理の下でまともな議論はできない。国会に持ち出す状況にはない」と同調した。
憲法改正で「丁寧な議論」を求めた石破が一定の票を得たことについて、又市は「自民党内でも安倍改憲に対する異論が根強いことをむしろ示した。党内で『謙虚になるべきだ』
という声が強まることを期待したい」と述べた。
安倍政権に近い日本維新の会の共同代片山虎之助表は会見で「票から見ると、安倍の求心力は維持できた」と指摘。「社会保障制度の斬り込みや地方分権の徹底、教育無償化に
ついて、安倍さんの努力で大いに前進することを期待したい」と語った。
自民党総裁選余話。総裁選で、首相(党総裁)安倍の陣営が投開票直前に振る舞ったカツカレーを食べながら、実際に首相には投票しなかった議員がいるのではないか。
首相陣営がこんな話題で持ちきりになっている。
首相陣営はきのふ20日昼、東京都内のホテルで「必勝出陣の会」を開催。首相も出席して結束を確認した。首相を支持する衆参議員用に験担ぎのカツカレーが333食分
振る舞われ、完食された。
業界団体関係者ら議員以外の出席者用には別途、カレーが準備されていたという。ところが、実際に首相が得た議員票は329票。少なくとも4人がカレーを食べながら首相には
投票しなかった計算になる。陣営幹部は嘆く。「カレーを食べて首相に投票しなかった議員がいる。一体だれなんだ」との話でもちきりだったそうな。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
中国。中国を代表する人気俳優で、米映画にも出演したファン・ビンビンさん(37)が6月上旬以降、100日以上にわたり消息が途絶え、注目を集めている。
中国当局は映画業界の脱税疑惑を調べており、ファンさんが拘束されたという観測も流れている。
ファンさんは5月下旬、国営中央テレビの元キャスターから中国版ツイッター「微博」で、出演映画の契約書とみられる2通の文書を公開された。出演料の金額が大幅に異なっており、
虚偽の契約書を作成して所得を過少申告し、脱税したとの疑惑が持ち上がった。
ファンさんは6月2日を最後に自身のブログの更新を停止。翌3日になって、国税当局が映画産業の従事者に対する税務調査の強化を指示したため、渦中の一人として語られている。
ファンさんは2010年の東京国際映画祭では中国映画「ブッダ・マウンテン」で最優秀女優賞を受賞した。
ただ、今回の騒動後は、米俳優ブルース・ウィリスさんと共演予定だった映画の宣伝ポスターから名前が消えており、降板させられた可能性もある。
米国。米東部メリーランド州アバディーンの配送施設で20日、発砲事件があり、地元警察によると複数の犠牲者が出た。
AP通信によると死者は3人。容疑者は拘束された。負傷しており、重体という。警察によると警察側は発砲しておらず、自殺を図った可能性がある。
事件が起きたのは、大手ドラッグストアの配送施設。容疑者は拳銃を使用したとみられ、ほかに負傷者も出ているという。
北朝鮮。韓国の大統領文在寅は、きのふ北朝鮮の朝鮮労働党委員長金正恩と朝鮮半島最高峰、白頭山の頂上付近を散策し「ずっと実現しなかった夢がかなった。韓国の国民が
(北朝鮮側から)観光できる時代がすぐに来ると信じている」と話した。
金正恩は満足そうに「これからは南側と、海外の同胞たちも来なければ」と応じ、両首脳の夫人も交えて記念撮影。文の3日間の滞在中、両首脳だけで話す機会は限られていたが、
白頭山周辺では2人だけで立ち話をする時間があり、4月の首脳会談の際に橋の上で話し込んだ光景をほうふつとさせた。
韓国。大統領文在寅はきのふ20日、北朝鮮の朝鮮労働党委員長金正恩との首脳会談を終え、ソウルに戻った。
文は会見で、金正恩が非核化の意思を重ねて表明し、米国務長官ポンペオの訪朝と大統領トランプとの再会談の早期実現を求めていると明らかにした。
また5月に坑道を爆破した北東部豊渓里の核実験場の検証を「いつでも受け入れる用意がある」と金が表明したとも話した。
文は国連総会出席に合わせて24日にニューヨークでトランプと会談する予定。南北首脳が署名した共同宣言には書かれていない内容があるとし、トランプに伝えると述べた。
ミャンマー。訪問中の英外相ハントは20日、首都ネピドーで、国家顧問兼外相アウン・サン・スー・チーと会談した。
イスラム教徒少数民族ロヒンギャの取材に絡みロイター通信の記者が実刑判決を受けた問題について、ハントは会談で取り上げたと、ツイッターで明らかにした。
報道の自由への懸念を表明するとともに、記者の釈放を求めたとみられる。
ハントによると、スー・チーはロイター記者の問題について「調べてみる」と返答したという。ハントはツイッターで、ロイター記者に対して司法手続きが適切に取られて
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。北海道地震で大きな被害が出た厚真町とむかわ町で、臨時災害FM局が相次いで開局した。
生活情報や町民の声を届け、つらい経験をした人たちに寄り添おうという狙いだ。土砂崩れで36人が亡くなった厚真町で、きのふ「あつま災害エフエム」(周波数81・4
メガヘルツ)の放送が始まった。「全国に厚真の悲しいニュースが流れたけど、このラジオではみなさんに明るいニュースを届けたい」、町役場の特設スタジオで、町まちづくり
推進課主査の丸山泰弘さん(38)とボランティアパーソナリティーの村上紗季さん(31)がマイクに向かって語りかけた。
この日は罹災(りさい)証明書や入浴支援などの生活情報を伝え、20分間の生放送を終えた。
町は以前から防災無線やSNSで生活情報を発信してきたが、「車内や小型ラジオからも情報が聞けたら便利」と開設を決めた。身近に感じてもらえるよう、目標は「全町民の
出演」。初回に出演した村上さんは町内で起業を目指す「地域おこし協力隊員」として4月、札幌市から移住したところだった。
「近所を歩くと『お茶飲んでいきなよ』と声をかけてくれる。町の人のおかげで寂しくなかった」。恩返しがしたいと引き受けた。放送は平日午前8時、正午、午後6時からで、
それぞれ15分間の生放送。出演者は随時募集している。
むかわ町の「むかわさいがいエフエム」(周波数88・5メガヘルツ)は一昨日19日に始まった。出演した町長竹中喜之は地震直後のことを、「家の中はガラスの破片で
足の踏み場もなく、なかなか行動に移せなかった」。最初のリクエスト曲として町長が選んだ中島みゆきの「糸」が流された。
続いて避難所で暮らす男子中学生が登場。「周りの友だちはどう?」と問われ、「結構、元気」と笑顔で答えた。放送は平日午後6時から1時間。炊き出しの予定、災害ごみの
受付場所といった生活情報や町民の声を紹介する。
パーソナリティーは2人で、むかわ町で生まれ育った今村京子さん(68)は「スーパーの情報など主婦目線でお伝えしたい」。小樽市出身で、寺の跡継ぎとの結婚を機に
町で暮らすようになった久保田夕子さん(52)は「避難している方々がたくさんの良い情報を得て元気になってくれれば」と話した。
総務省によると、臨時災害放送局は、大規模災害時に自治体が国に開設を申請する。大震災や今夏の西日本豪雨の際にも各地で開局した。
岩手。久慈市の久慈秋まつりは、きのふ久慈市中町の道の駅くじやませ土風館で前夜祭を行い、4日間の祭典が幕を開けた。
2016年台風10号豪雨災害を乗り越え、山車組やみこし団体などが久慈の中心街を熱気で包み込む。
前夜祭会場には山車8台が集結。歴史物語や伝説を題材に高さ10mを超す華やかな飾り付けがライトアップされた。各組の音頭上げやみこしの競演が繰り広げられ、威勢の良い
掛け声、太鼓と笛の音が響いた。
久慈秋まつりは650年の歴史を持つとされる県北最大級の催し。16年は開幕直前に台風10号に襲われ、舞台の商店街や山車組の祭り道具などが被災。過去にほぼ例がない
全日程の「完全中止」となった。今年は例年通りの運営に戻り、市民の奮闘ぶりを県内外にアピールする。
山車とみこしは21、23の両日運行し、明日22日は郷土芸能パレードを行う。
山形。さあ芋煮会シーズン。県産の収穫期は9月下旬〜10月で、少し遅い。
シーズン最初の芋煮に他県産を使う現状を少しでも変えようと、県内で「早掘り」に挑む動きが出始めている。「まだ小さいかな」、今月11日、最上町富沢の里芋畑。
掘り起こした株から芋をはがし取りながら、農家の石山竹美さん(64)は言う。手塩にかけた芋が大きくなって出てくるからこそ、喜びややりがいを感じられるというもの。
一緒に作業する妻の久子さん(62)が応じた。「急いで掘ることはないと思うよ」。
里芋栽培歴3年目の石山さんは出荷先の加工会社(最上町)から「9月に需要があるんだ」と要望を受け、9月下旬〜10月にやっていた収穫を今年は前倒しした。
取り組んだのが、育苗だ。
福島。県立ふたば未来学園高校(広野町)で、一昨日「原子力災害からの復興」を中心テーマにした授業「未来創造探究」の発表会があった。
3年生が2年間にわたって取り組んできたことや成果などを発表した。
原子力防災探究班の半谷大樹さんら3人は「私たちが伝えたかったこと」を報告。「大震災を失敗として残すのではなく、教訓として残していくのが私たちの役目」とし、
双葉町に県が計画するアーカイブ施設を広島県の「原爆ドーム」や沖縄県の「ひめゆりの塔」のような役割を果たせる施設にすべきだと主張。
連携して震災体験などを伝えるコーナーづくりに取り組むという。
再生可能エネルギー探究班は、被災地の耕作放棄地で問題になっている外来植物セイタカアワダチソウを燃料のバイオエタノールにする実験をしたが、アルコール発酵には
至らなかった。別のグループは、災害時にガソリンの入手が困難になることから「海水電池」の研究をした。
同高は文科省からスーパー・グローバル・ハイスクールに指定され、「未来創造探求」はリーダー育成の核となる授業。アグリビジネスなど六つの研究班に分かれて学ぶ。
群馬。♪夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬 とおい空 霧のなかに うかびくる やさしい影 野の小路(こみち) 水芭蕉の花が 咲いている はるかな尾瀬…。
広大な高層湿原やミズバショウとともに「尾瀬ならでは」と言えるのが、たくさんの荷物を背負って運ぶ「歩荷(ぼっか)」と呼ばれる人たちだ。
「重いし、肩が痛くなるので、自分のペースで焦らずに歩きます」、歩荷の萩原雅人さん(25)は両腕を前に組み、荷物を積む仕事道具「背負(しょい)梯子」を背中に
密着させて進む。身長168センチ、体重63キロの萩原さんが大きな荷物で、小さく見える。
背負う段ボールやカゴは15個ほどで、積み上げた高さは2m。中身はレタスやトマトといった生鮮食品や缶ビールで計100キロにもなる。
歩く時は転ばないこと、無理をしないことが大事だという。心を無にして集中し、5〜10分歩くと、肩がしびれる前にベンチや木道に座って一休みする。
8月末のこの日はいつも通り、尾瀬の玄関口・鳩待峠まで車で荷物を運び、午前7時から歩き始めた。道のりは尾瀬ケ原の入り口にある山ノ鼻の至仏山荘までの3・3キロ。
石が敷かれた道や木道の下り道は前日の雨で滑りやすいが、スタスタと進んでいく。聞けば、踏む石はいつも同じだという。
ハイカーに会うと、注目の的だ。「すごい!」「歩荷さんに会えた!」。標高1500mのブナやミズナラの森に歓声がわく。「女の子に声をかけられると元気が出ます。
尾瀬は年配の人が多いけど」と軽口も飛び出す。
至仏山が目の前に広がる休憩ポイントではボーッと風景に見入った。スノーボードが好きで積雪期にはガイドもする萩原さん。どう滑ろうかと想像を膨らませる。
「夏の地形を確認できて、トレーニングもできる。尾瀬で働く特権です」
尾瀬の歩荷はいま、最年少の萩原さんから51歳のベテランまで男6人。萩原さんは今年4年目で、唯一の地元・群馬県片品村の出身者でもある。
東京。カレーは日本で独特な進化を遂げて、もう洋食なのか和食なのか、よくわからない。
いろいろなカレー店が、神田の街には集まっている。そんなカレー店を食べ歩き、人気投票をする「神田カレーグランプリ」が2011年から毎年開かれている。今年の参加は
89店舗。ファンの予選投票で選ばれた20店が、11月3、4日、千代田区神田小川町の小川広場に集まり、グランプリ決定戦を開く。
昨年グランプリを獲得した店「お茶の水、大勝軒」。ここは「つけ麺」で有名なラーメンの店だ。店主の田内川真介さん(41)はのれん分けの時に、師匠の故・山岸一雄さんから
「幻となっているカレーライスを復刻してほしい」と言われていた。
タマネギを焦げ茶色になるほどじっくりと炒め、魚介や煮干しなどで5時間以上煮込んだラーメン用のスープを使う。何回も師匠に試食してもらって、やっと「あっ、いいね。
百点」とほめられた時は、本当にうれしかった。
一口食べると、なんだか懐かしい味だ。家で食べるカレーのような、ホッとするおいしさ。でもこの深みは、どうやっても家庭では出せない。師匠は15年に亡くなった。
翌年準グランプリを取り、味の研究を重ねて、昨年ついに優勝。田内川さんは「生きてたら、『よくやったね』と喜んでくれたと思う」と笑顔を見せた。
カレーグランプリの影響力は大きい。優勝したあと、全国でフランチャイズ展開した店もある。2年続けて「マイスター賞」を受賞した「ビストロべっぴん舎」は、行列のできる
店となった。千葉県柏市に5月、2号店を出した。小麦粉を使わないさらりとしたスープだが、スパイスが際立つ。
「マイスター」とは、グランプリと一緒に実施する「食べ歩きスタンプラリー」で、参加店で食べた数に応じてもらえる称号だ。訪れた店の数でブロンズからゴールドマイスター
までランクが分かれ、全店制覇で「グランドマイスター」に認定される。マイスターが選ぶ賞が「マイスター賞」だ。カレー通に選ばれた店の証しだ。
同店は16年に開店したばかり。「カレー店を開くなら神田で」とこだわり、物件を5年ほど探し続けた。開店してすぐに受賞したおかげで、広告はビラ一枚作ったことが
ないけれど、いつも客でいっぱいだ。マイスターたちが貸し切りで集まったり、一緒においしいカレー店に出かけたり、客と店の交流が続いている。
同店の代表志賀弘唯(ひろゆき)さん(42)は「舌が肥えた人が多いのでプレッシャーはあるけれど、カレー好きが集まる街。人の輪がつながっていき、ぬくもりを感じます」
と話す。第1回から参加するグランドマイスターの伊藤明彦さん(44)は、神田に事務所を構える弁護士だ。
「神田カレーファンクラブ」というフェイスブックで、多くのカレー好きと交流する。「スピンオフ企画」として店を借り切って自分たちでカレーを作り、遠くの評判店まで
出かけるなど楽しんでいる。伊藤さんは「大人になってから、違う業種の友だちと、こんなに仲良くなれるなんて思わなかった。
カレーのおかげで人生が豊かになった」とうれしそうだ。
神田は本、楽器、スポーツ用品と趣味を極める人が一人で来る街。カレーは欧風からタイやインド、スープなどそれぞれの好みで食べる。自由な包容力のある食べ物だ。
「だから街と親和性が高いんですよ」とグランプリを主催する「神田カレー街活性化委員会」の委員長中俣拓哉さん(48)は言う。「自分の趣味を追求し、人の好みも
受け入れる。カレー博愛主義で人がつながっています」。
三重。近鉄が10月から、足湯につかりながら名古屋から湯の山温泉(菰野町)に向かう列車を週末限定で運行する。
3両編成の観光列車「つどい」の2両目に、ヒノキ造りの足湯を設置した。足湯は町商工会が、湯の山温泉が今年開湯1300年を迎えるのを記念し、製作した。沿線にある
菰野温泉の湯を毎日、入れ替えるという。
10月6日から2019年2月24日の土日祝日に、1日1往復する(近鉄四日市駅でも乗降可)。普通運賃に加え、中学生以上500円、小学生250円。足湯利用の場合は、
さらに100円が必要となる。問い合わせは近鉄電車テレフォンセンター(050・3536・3957)。
岡山。西日本豪雨で51人が犠牲になった倉敷市真備町の住民が、豪雨被害の実態を調べる研究グループを近く発足させる。
発起人で真備の郷土史に詳しい森脇敏さん(77)は「平成の大水害の記録を後世に残したい」。すでに一部の活動を始めているが、今後、本格的に被災者の証言を聞き取る
活動などを開始する。
森脇さんは真備町岡田地区で生まれ育った。父親が歴史好きで、実家の2階にはたくさんの古文書や文献があり、幼い頃から歴史に興味を持った。高校卒業後に鉄鋼メーカーに
就職して真備町を出たが、地元で子育てをしようと40年前、実家近くに自宅を建てた。
帰郷後、実家にある文献を読んだり、地元の史跡を訪ねたりするようになった。知人から文献を譲り受けるなど歴史的な資料は増え続け、庭に資料を保管する小屋を建てた。
「郷土史研究家」として地元で知られる存在になり、10年ほど前からは小中学校の先生たちの前で郷土史について話すようになった。
広島。広島大は、西日本豪雨のような大規模災害の再発防止を目指す新たな学内研究組織「広島大防災・減災研究センター」を開所した。
最先端の災害科学の研究に取り組み、成果を災害復興や国・自治体の防災政策に生かしたいという。
同センターには、西日本豪雨を受けて発足した豪雨災害調査団メンバーを中心に、全学の幅広い領域の研究者が加わる。温暖化などの影響で近年頻発する豪雨災害に備え、
防災・減災技術の再構築、災害に強い復旧・復興、土砂災害・洪水の解明と早期検知技術の開発、災害医学・医療の確立、過去の災害の記憶継承などに、国や自治体、
企業とも連携して取り組む。
きのふ日の開所式では、センター長を務める教授(地盤工学)土田孝があいさつの中で、西日本豪雨は土石流と洪水が合わさって被害が拡大し、生活・交通インフラにも
被害が及んだと指摘。「これを調査団は『相乗型豪雨災害』と独自に表現した。こうした災害の被害防止に最優先で取り組む」と強調した。
学長越智光夫は「全学的な防災・減災の研究をきちんと続け、成果を地域に反映させたい」と話した。
愛媛。宇和島市は、7月の西日本豪雨で被災し、7月下旬に死亡した宇和島市吉田町の男(81)について、災害関連死と認定した。
一昨日開かれた市災害弔慰金等支給審査委員会で災害関連死と判断した。県によると、西日本豪雨で災害関連死が認定されたのは県内で2人目。豪雨による県内死者は29人目となる。
市によると、男は7月下旬に浸水被害を受けた自宅で亡くなり、急性心臓死と診断された。
市の審査委員会は医師や弁護士らでつくられ、「男に既往症はなく、災害によるショック、環境変化や家の片付けによる疲労やストレスなどが原因」と判断した。
熊本。熊本市は2017年度の病院事業会計決算を公表した。
熊本地震で病棟3棟のうち2棟が使用不能となっている市民病院(東区湖東)は、純損益37億6439万円の赤字だった。赤字は4年連続。
地震があった16年度よりも、赤字幅が1億3306万円広がった。外来患者の減少や地震被害の特別損失を17年度に計上したためとしている。地震があった16年度よりも、
赤字幅が1億3306万円広がった。外来患者の減少や地震被害の特別損失を17年度に計上したためとしている。
延べ患者数は入院が前年度比3・3%増の6617人だったものの、外来が14・9%減の6万6815人。「被災者に対する医療費減免が終了したことや、MRI(磁気共鳴
画像装置)が使えないことが外来患者減につながった」と同病院。
事業収益は共済見舞金の特別利益を計上したため13・8%増の54億5598万円。事業費用は施設被災に伴う特別損失が48億2802万円に上ったため9・4%増の
92億2037万円だった。
移転新築する新病院(東区東町)の開業は19年秋。市は18年度も厳しい経営が続くとみて、24億円の赤字を見込む。新病院の総事業費は224億円で、起債残高は
124億7327万円。起債償還に伴う17年度の収支不足5億1557万円は内部留保を充てた。
一方で、植木病院の純損益は1億6625万円の赤字。一般入院患者が3・2%減の2万6110人、療養入院患者も8・9%減の9219人で、いずれも前年度を下回った。
芳野診療所は一般会計で赤字を補?するへき地医療のため純損益はない。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。朝日町の新しい特産品にと期待される特別栽培米の米粉を使った料理の試食会が、きのふ町保健センターであった。
町管理栄養士の畑恵理さんが考えた「米粉のグラタン」、「タラと鳥肉のフリッター」、「米粉だんごのみそ汁」、「米粉とサツマイモの蒸しパン」を町長笹原靖直をはじめ、
町職員、町議員が試食した。
特別栽培米は一般的な栽培方法に比べ、農薬、化学肥料とも半分以下に抑えた米。今回使った米粉は、グルテンをほとんど含まないのが特徴という。
試食会は特別栽培米を育てている「あさひがんばる若者協議会」と、米粉の商品化に取り組む「いってみたい、住みたい朝日町ブランドづくりプロジェクト実行委員会」、
町が主催した。試食に先立ち、実行委員会プロデューサーの沢崎聡さんが「11月の県内での商談会で米粉をアピールしたい」とあいさつ。
畑さんは「グラタンのホワイトソースづくりに、米粉を使うとだまができず、すぐに仕上げることができた」と使う側からの利点を挙げた。
米粉グラタンは10月5日、町内全小中学校で給食に出す。また、米粉は月内に町「なないろ館」で、一キロ袋の販売を始める。
福井。あわら温泉の歴史を紹介する企画展「芦原温泉ものがたり〜明治に生まれた名湯の軌跡」が、明日あわら市郷土歴史資料館で開幕する。
明治、大正期の地図や写真、各旅館の宣伝用印刷物「引札(ひきふだ)」などを展示。県内唯一の温泉街として発展した歴史が一目で分かる内容となっている。
幕末明治福井150年博の一環。県立歴史博物館や県文書館の所蔵品など42点を集めた。
開湯翌年の1884年(明治17年)に、舟津温泉区の18軒が坂井郡警察署に提出した「旅館組合開業届」は、上等客室の宿泊料が20銭、中等客室の宿泊料を18銭とする
ことなどを記している。
日露戦争さなかの1905年のつるや旅館の引札には、暦の上に「大日本海陸軍萬歳」の文字と軍の絵が描かれており、当時の世相を感じることができる。
このほか、明治、大正期の温泉街の地図や写真、33年の開湯50年祭を伝える新聞や56年の芦原大火の写真、芦原焼のつぼなども展示。
4月に全焼したべにやを応援しようと、べにやの関連資料を集めたコーナーも設けた。企画展は11月25日まで。
前期展(〜10月21日)と後期展(10月23日〜)で一部展示を入れ替える。期間中の10月21日午後1時半から、国際医療福祉大の教授前田眞治さんが「温泉の効用〜
芦原温泉の場合」と題し講演する。
11月11日午後1時半からは、資料館の学芸員九千房英之さんが「開湯当初の芦原温泉」と題し、これまでの研究成果を披露する。開館時間は午前9時半〜午後6時。
毎週月曜と第4木曜は休館(祝日の場合はその翌日)。
入場料は200円。中学生以下、70歳以上、障害者とあわら市内の高校生は無料。
金沢。福者の認定以降はキリシタン大名・高山右近の功績が注目され、県内外で右近ゆかりの地をめぐるツアーが人気を集めている。
こうしたことなどから、金沢市は、高山右近と金沢のゆかりを紹介するマップを新たに製作する。右近が2016年にカトリックの「福者」の称号を受けたのを機に、右近の
金沢での足跡を整理し、市内外に発信する。右近は市が観光プロモーションの重点地域とする欧州をはじめ、キリスト教圏での知名度が高いことから、日本語や英語など
4カ国語で製作し、外国人観光客の誘客促進に活用する。
右近は豊臣秀吉らに仕えた戦国武将で、禁教令により大名の地位と領地を奪われてもなお信仰を貫き、追放先のフィリピン・マニラで没した。ローマ法王庁(バチカン)から
殉教者として認められ、16年に福者の称号を授かった。
右近は、禁教令で追放された後に前田利家に招かれ、1588年から26年間を金沢で過ごした。金沢城を守る内惣構(うちそうがまえ)の築造や城の改修などに携わり、
重臣として重用されたとされる。
市は今後、金沢城のほか、福者の認定で右近の聖遺物が贈られたカトリック金沢教会、利家が右近について触れた遺言状の写しを所蔵する前田土佐守家資料館など、ゆかりの
史跡や資料館をまとめてマップを作る。フランス語、イタリア語版も製作し、冬までに完成させる。
金沢の繁華街・片町に、こだわりの強い料理人が腕を振るうお店が集まったおしゃれな屋台村が12月にオープンする。
金沢の食文化を発展させ、街中のにぎわいを創出させようと金沢青年会議所(JC)が企画した横丁プロジェクトだ。郊外の発達とともに、金沢の中心部は人が減り、空き家や
駐車場が目立ち、コミュニティーも希薄化してきているという。
金沢JCではこうした状況に歯止めをかけようと金沢の食文化に着目し、地元の人たちが集える横丁となる屋台村をつくることにした。
片町2丁目のかつて神社があった駐車場を借用。敷地は374平方m。木造2階建ての建物に、10席ほどのカウンターがある小さなお店が11軒入る。国内外から料理人を集め、
女性客も入りやすいお店にする。支払いは会計処理を簡単にするためキャッシュレスシステムを導入。
出店コストも抑えられ、出店者にとっても低リスクとなる。金沢JCは、万人受けを考えず食の「実験」に取り組んでほしいという。施設の名称は「とおりゃんせ」。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花 家持 万葉集第19巻 4243
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
長月21日。時の経つのは何とも早い。
うかつにも19日の「東風に吹かれて」の(承認撤回「支持」7割 辺野古埋め立て 世論調査 沖縄)を消してしまった。
午後の散歩は運動教室から戻っていつものコース。真柄の寮の前では、電動自転車でコリーを連れた持木さんの奥さんに会い「こんにちわ」、「今日は遅いね」。
寺津用水は濁りなどもあり、水量も少なかった。体育館の駐車場には4台。裏ではバスケの音がした。
バス通りを越えた坂道は下りて、左折。ヒマワリや薔薇も消えた尾田、ガーデンパラソルが消えて紅いバラが1輪咲いている上村さんち、アサガオが萎んでいる槌田さんちから
山津さんちの四つ角は待右折。墓場では「墓を見に来た」という湯原さんに「こんにちわ」、「どうされるのですか」に「建て替えたら真っ先に入らないと」と言ったら笑っていた。
型枠工場では、作業員の姿は見えず。そのうち、アーム付きのトラックが帰ってきた。
金子さんちの対面の新築現場では、大工さんが入っていたが姿は見えず。横では玄関先にコンクリートを打っていた左官屋さんが来ていた。
Dr小坂、宇野さんはまだ帰っておらず。
なかの公園は静かだ。四叉路は、右折。土井さんちの新築現場、大工さんは来ていて、携帯で打ち合わせ中で「ご苦労様」。徳中さんち、玄関前の提灯草がいい、風車は回って
おらず。アサガオの萎んでいる辰治さんちの納屋を過ぎて、土谷の御婆さんちの納屋の松葉ボタンや庭のコスモスは元気。
清水さんちの朝鮮アサガオは萎んでいた。
谷口の御婆さんち、赤のセージがいい。田畑さんち、相変らず車は停まったままで、アサガオも萎んでいた。湯原さんちの生垣の金木犀を生垣バリカンで整理されて、きれいだ。
ハマナスの花は3輪咲いて、紅い実を付けていた。ムクゲは元気だった。
坂本さんちの石鎚バラの花は4輪になっていた。松本さんちの白の百日紅や鉢のホウズキ、ピンクのガーデパラソルも元気だった。赤萩の咲いているみすぎ公園は一回り。
次の次の三叉路は逆Vターン。辻の爺さんの軽四トラックは自宅の前に停まっておらず。
山手ハイツ裏の角地の金木犀がプーンといい香りがしてきた。白の百日紅は消えた京堂さんち前からコンビニの駐車場の横経由で帰還へ。
途中、散歩中の市村の御婆さんに会い「こんにちわ、お久しぶりです」、辻の爺さんの話から後免許証の書き換えは2回して、80歳になっら、連絡はいらないと応えてきた
ことなど立ち話。北さんち過ぎたが、ひょっとこ丸は帰ってきたので目礼。北さんちのオクラの花を見つつ、四つ角の藤田さんち前へ。アサガオは殆どしぼんでいたが、
ケイトーは元気だった。
小林さんち横の畑、今年も曼珠沙華7本が花をつけていた。庭から虫の音が大きく聞こえてきた。
飯田さんちの畑のニラや庭のバラ、マツバボタンはともに元気。瀬戸さんしろのムクゲと道路わきのムラサキシキブの花が待っていてくれた。
朝夕の散歩は〆て、1万8歩、距離は6、9キロ、活動量0Ex、消費カロリーは213Kcal、脂肪燃焼量は15g。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
年ごとに語り部の減り原爆忌
身ほとりに どかと居座る残暑かな
初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
袋帯 ぽんと叩きて年新た
年の瀬や 独り第九をイヤホーン
おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
思う事多くなりけり 年の暮れ
桜蘂降るを踏みしめ女坂
のどけしや ゆったり動く象の耳
春光に映ゆるステンドグラスかな
耕人の影うごき初む朝まだき
紅椿 一輪部屋を明るうす
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
詠み人知らず
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2018年 長月9月21日(ふ)
・∴・--------------------------------------------------
【戻る】
■ご感想は?。
日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】
【気象情報】
回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊