ボランティアの車が事故 4人重軽傷 山陽道 岡山・備前

 2018年、戌年、文月7月15日(日)、快晴。金沢の最低気温は24度、最高気温は34度。

 朝の散歩は、何時ものコース、朝から蒸し暑い。寺の駐車場下の崖のアジサイの上に、白の夾竹桃がみごとに咲いていた。

 道路脇の寺津用水、澱みや泡、濁っており、水量はきわめて少ない。体育館に11台の車。道路脇には三重ナンバーの軽4が駐車していた。

   バス通りの四つ角を渡って坂道は右折、角にはホタルブクロが咲いて、赤白のセージの花の咲いている石田さんち、過ぎて、金子さんちの玄関先では深紅のバラ2輪が咲いて、

   柏アジサイが薄赤く色づいていた。

 空き地のアジサイ、少し色があせていた。雀のお宿の越野さんち、雀は周りの木々に群がっておらず。右の空き地から、ブーンとイチジクの香り。坂道を登りきる手前の空き地では

   ねむの花が咲いていた。角家の四つ角では、ヒルガオが目に入った。ここは左折。

 生垣には、薄い橙色のノーゼンカズラが見事に咲き誇って、朽ちて散らばっているのがきのふより多い。戸田さんちの崖、小さい桃が大きくなりつつある。

 シェパードのお宅、白のバラが消えていたが、シェパードの姿は今朝も檻の中におらず、訓練中なのかなぁ。

 朝日さんちの崖の横で、ホタルブクロ、野萱草 (のかんぞう)、オオバギボウ、目の前の畑では、ハスの花がつぼみで間もなく咲きそうだ。アリストロメリアやひまわりの2輪が

 咲いていた。中村さんち、立てかけた網に大きな薄い水色のアサガオが3輪咲いた。

 小津さんち、裏庭にはギボシの花。四つ角は右折。才田さんちの庭で、樹齢100年という、ザクロの小粒の実がついて、その下には紫のリアトリスがいい

 ここを過ぎて、四つ角は右折。涌波からの親父さんが畑に来ておらず。百合の咲いている紙谷さんち、竹の塀の中からアサガオが1輪顔を出していた。この辺りを一回り。

 尾山さんちの前のお宅でもいくつものユリが咲いていた。

 三叉路、深紅のバラも消えた槌田さんち、鉢植えにはアサガオが咲いていた。山津さんちの四つ角、対面の河西さん宅同様にアジサイが綺麗だ。右折。角の西さんち、例年の

 ようにムクゲが咲いていた。左の空き地には10輪のヒルガオが咲いていた。

 木札がかかっていたり真新しい花が添えられているお盆の墓場を過ぎて、右手の柿が5センチぐらいで、対面のイチジクの畑では実が3〜4センチぐらいになっていた。

 畑に居た松本さんに「お早うございます」。元気のいいかぽちぁを見つつ型枠工場前へ。休みで静かだ。

 Dr小坂は出られた後で、宇野さんはお休みだ。なかの公園の手前は右折、修平さんちの実家、納屋の脇ではタチアオイが半分は、傾いていた。

 白のザクロやヒオウギの花が咲いているペンキ屋さんち前、土井さんちの敷地には、基礎の鉄骨が敷かれて型枠も組まれていた。

 徳中さんちの庭、ノーゼンカズラの花が落下して風車は回っておらず。土谷さんちの三叉路は左折すると庭に10数輪のコモスが咲いていた。錦町の吉田の御婆さんが畑に

 来ておられて「おはようございます」。こ辰治さんちの裏の畑ではグラジオラスが咲いていた。

 田畑さんの車は停まっていた。玄関先に無数に咲き始めているムクゲとプランターのアサガオ1輪が目に入る。

 松原さんち、ガレージの横、バラが皆朽ちていた。湯原さんちの庭、たわわに実っているブラックベリーの実、ハマナスは花が朽ちて実がなっていた。アリストロメリア、

 篝花や野萱草 が咲いて、オオバギボウシや紫のリアトリスがいい。

 坂本さんちの庭では、花は皆散ってナナカマドは実を付けていた。赤いガーデンテラスやアジサイ、ノーゼンカズラも咲いている松本さんち、過ぎてみすぎ公園へ向った。

 シュナイダー連れの井上さんに「お早うございます」、「今日も暑くなりそうだね」、モクレンの咲いている土谷さんち過ぎて三叉路は逆Vターン。

 みすぎ公園前、玄関先で尻尾を振りつつ横になる猫の前で新聞を手にした親父さんに「お早うございます」、「なれたものですかね」。ペンキ屋さんちの親父さんに「お早う

 ございます」。京堂んち前のミニトマトを見つつバス通りを経てコンビニの裏通りへ。

 コンビニの裏通りではヒルガオが咲いていた。早苗ちゃんが元気に育っている徳田さんちの田圃の横、松浦の爺さんが畑に来ていて「お早うございます、また暑くなりそうだね」、

 「きのふはカラオケで熱さ知らず、これからまたカラオケや」。対面のひょっとこ丸はお休み。

 谷内江さんちの庭ではオオバギボウシがいい。北さんちの畑、でっかいヒマワリが6輪になっていた。四つ角、藤田さんちのバラにアジサイがいい。小林さんちの庭では、

 今年も百日紅の花が咲きだしていた。

 92歳の辻さん、今朝も来ておられて「お早うございます」。山本さんちのタチアオイもまだ元気だ。飯田さんちの玄関前の松葉ボタン、瀬戸さんちの畑のムクゲとゴーヤの花が

 待っていてくれた。桝井さんちの四つ角にミニダックすを連れた鈴木さんが目に入り目礼。

 斜め前の畑では、丸岡さんがトマトに網を張っていたので「お早うございます」、「カラスにやられたので…」

 小屋では、茶のあとカフェを飲む時が至福のひと時である。

 ♪卯の花の 匂う垣根に 時鳥(ほととぎす) 早も来 鳴きて 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
さみだれの そそぐ山田に 早乙女が 裳裾ぬらして 玉苗 植うる 夏は来ぬ
               1896年 夏は来ぬ 日本の唱歌 作詞:佐佐木信綱 作曲:小山作之助

 日本列島。今朝5時ごろ、岡山県備前市の山陽自動車道の下り線で、豪雨災害の被災地にボランティアに向かっていたワゴン車が横転して大型トラックが衝突し、ワゴン車の

 男4人が重軽傷を負った。

 ワゴン車には男4人が乗っていて3人が大けがを、1人が軽いけがをして病院に搬送され、いずれも命に別状はないという。4人はワゴン車が横転したあと車の外に出ていて

 トラックの衝突は免れたとみられる。

 4人は同じ会社の同僚で、大阪市や奈良県生駒市在住。大阪市内から広島県三原市の被災地へ飲料水などの支援物資を運ぶ途中だった。4人は散乱した物資を回収しようと

 車から降り、追突の弾みでワゴン車と接触し、負傷したとみられる。現場は片側2車線。路上にはフロント部分が大きく壊れたワゴン車のまわりに支援物資が入っていたとみられる

 ダンボール箱が散乱していた。

 現場は岡山県東部の備前インターチェンジから岡山市方面に5キロ離れた見通しのよい直線の道路。この事故で山陽自動車道は現場付近で2時間にわたって通行止めとなった。

 警察が事故の詳しい状況を調べている。

 西日本から東日本にかけて、けふ15日も広い範囲で気温が上がった。午後2時現在、豪雨の被災地を含む全国176地点で最高気温が35度以上の猛暑日となり、

 京都や岐阜では38度を超えた。気象庁は水分や塩分をとって熱中症に注意するよう呼びかけている。

、午後2時現在の最高気温は京都府福知山市で38・5度、京都市内で38・4度、岐阜県揖斐川町(いびがわ)で38・1度。東京都練馬区で36・2度、埼玉県熊谷市で

 36・9度、前橋市で36・3度となった。

 西日本豪雨災害で災害救助法が適用された地域でも気温が上がり、岡山市で36・1度、広島県府中市で35・6度、高知県本山町で36・2度などと猛暑日になった。

 豪雨で川の堤防が決壊して4千棟以上が浸水した倉敷市は、けふ、行政が民間の賃貸住宅を借り上げて提供する「みなし仮設住宅」の窓口を開設し、申し込みの受け付けを始めた。

 市役所への来訪が困難な被災者に対応するため、被害の大きかった倉敷市真備町地区の避難所3カ所に出張窓口を設けた。

 市役所10階の窓口には午前10時の受け付け開始前から50人以上が列を作った。開始と同時に不動産関連団体の職員が制度について説明していた。家屋の全壊や流失が条件で、

 罹災証明書の交付を受ける必要がある。みなし仮設用の物件は不動産業者のHPでも確認でき、選定後に市へ申請する。

 西日本豪雨で甚大な被害が出た岡山県や広島県などでは、けふも朝早くから安否不明者の捜索が続いている。

 警察庁はけふ5日、西日本豪雨の被災地での死者が14府県の216人に上ったと発表した。共同通信のまとめでは、依然として1府4県で27人が安否不明となっており、

 甚大な被害が出た岡山県や広島県などでは、安否不明者の捜索が続いた。気象庁は、両県や愛媛県など各地に高温注意情報を出して熱中症予防を呼び掛けた。

 警察庁によると、死者の内訳は広島106人、岡山60人、愛媛26人、京都5人、山口、高知、福岡各3人、兵庫、佐賀、鹿児島各2人、岐阜、滋賀、鳥取、宮崎各1人。

 西日本豪雨によって甚大な被害が出た岡山、広島、愛媛3県ではきのふ、各地で今年最高の暑さを観測した。

 3連休の初日で、住民らは大勢のボランティアの手を借りて泥や壊れた家具の運び出しなどを進めたが、猛烈な暑さに苦しんだ。共同通信の集計によると、3県全体で132人が

 熱中症の疑いで救急搬送され、うち三原市の高齢女性が死亡した。

 大規模な浸水被害があった倉敷市真備町地区では23人が搬送され、西予市では、被災した親戚宅の片付け作業中に嘔吐して運ばれた人がいた。広島市安佐北区で片付けをしていた

 40代女性や、広島県呉市でボランティアの30代と16歳の男が搬送された。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
      1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 西日本を襲った豪雨災害では医療機関が数多く被災した。

 生命に直結する施設だけに水害から重要な機能を守ることが求められるが、浸水や断水などで地域の医療に影響が広がった。専門家は対策の充実を求めている。

 厚労省によると、断水や浸水、停電の被害を受けた医療機関(精神科病院を除く)は京都から長崎にかけての6府県で94施設。うち71施設はきのふ14日正午時点で、

 給水などの支援を必要としている。

 人工透析を行う医療機関では、断水は切迫した問題となった。腎臓の機能低下が進んだ患者は週数回、血液を濾過する人工透析が欠かせない。透析器大手のニプロによると、

 一般的に1回の治療と配管洗浄などで450リットルのきれいな水が必要となる。

 三原城町病院(広島県三原市)では、普段1日30〜40人が透析を受けるが、一部の患者を断水していない別の病院に受け入れてもらった。残りの患者は医師の判断を踏まえ、

 普段4時間かかる透析を3時間に短縮して、水を節約している。

 三原市や尾道市は取水場を急きょ動かすなどして、緊急を要する病院に優先して給水を始めるなど対策を急いだ。7日から断水した済生会呉病院(呉市)は、海上自衛隊などから

 給水を受けたが、当初は病院で必要な1日90トンの半分程度しか確保できなかった。

 呉市の高齢化率は全国平均より7ポイント高い33%で、100人いる入院患者の多くが高齢者。猛暑で冷房に使う水を止めるわけにはいかず、不急の手術や検査機器の洗浄を

 控えた。12日に水道が復旧したが、事務部長万田祐一は一時は「もはや限界に近い」と危機感を募らせた。中国労災病院(呉市)も必要な水量を確保するまで、手術は全て

 延期し、手術などが必要な救急患者の受け入れも中断した。

 県立安芸津病院(東広島市安芸津町)は1階が浸水。地下の電源室などが泥につかり、自家発電も動かず、一時停電した。12日まで診療は行わず、かかりつけの患者への薬の

 処方などに限った。

 医療機関にとって水害は身近なリスクだ。文部科学省が2016年にまとめた報告書では、国立大学付属病院が防災マニュアルなどで想定する「災害」は水害が地震に次いで

 多かった。15年の関東・東北豪雨でも被害が続出。

 最も被害の大きかった茨城県では2病院11診療所が被災した。内閣府の報告書によると、患者が病院に取り残されて孤立したり、医療機器や患者データの入ったパソコンが

 浸水したりした。入院を再開するのに2カ月かかった例もあった。報告書は、施設の浸水対策や災害時の事業継続計画作りを積極的に進めることなどを提言した。

 だが、「多くの医療機関がきちんとした水害対策ができていないのが現状だ」と、医療機関の水害対策に詳しい日大理工学部の教授(河川・海岸工学)後藤浩は指摘する。

 後藤によると、診察室や手術室のドアから水が入らないように工事する、重要機器や非常電源は上階に移す、屋上などに置かれた水槽はポンプ施設が水に浸ると動かなくなるので、

 配水管からの圧力で水を出す「直結直圧方式」の水道を併用する、などの対策が有効という。

 災害時の医療体制に詳しい、国立保健医療科学院の上席主任研究官小林健一はBCPを作るうえで、東京都が公表している策定指針や、自治体のハザードマップが参考になるという。

 その上で「備えはここまでやっておけば安全というものはない」と釘を刺す。

 想定外の事態では病院の機能継続が困難になる可能性があるといい、「病院同士で事前に相互援助の協定を結んでいる事例もある。災害拠点病院や近くの医療機関と協力するなど、

 普段から連携を進め、地域全体で対応することが大切だ」と話す。

 川の氾濫で広範囲に浸水した岡山県倉敷市真備(まび)町。入院患者や避難した住民ら330人が孤立したまび記念病院(80床)は、地区の中心的な医療機関だった。

 当時何が起きたのか。

 前夜から激しい雨が降り続いていた。7日午前5時過ぎ、理事長を務める医師村上和春は、入院患者が心配で病院に駆けつけた。すでに近くを流れる小田川があふれ始めていた。

 2時間後、院内に浸水し始めた。20人ほどいた職員や看護師が超音波検査機などを2階に運び、避難した。3、4階には入院患者ら100人がいた。

 病院があるエリアは市のハザードマップで5m以上の浸水の可能性が指摘されていた。

 ただ過去の水害で地区の浸水は1m未満だったため、外部電源の受電設備や飲料水は地面から高さ1mの所に置いていた。玄関の扉が壊れ、濁流が流れ込んできた。

 「瞬く間に水かさが増えた」と村上さん。午後6時ごろ、水面は1階の床から高さ3・3m、2階のすぐ下に達した。

 「どこまで水が来るか不安だった」と事務部長入沢晃己(てるみ)。自衛隊などのボートで避難してくる近隣住民が相次いだ。自家発電設備も水没した。

 真っ暗な院内。医師と看護師は懐中電灯を手に、こまめに患者の様子を見回った。骨折やリウマチ、糖尿病などの患者がいた。たんの吸引が必要な患者がいたが、機器を使えず、

 薬で対応した。「心配せんでいいよ」。医師や看護師は患者に声をかけ続けた。

 避難住民にも落ち着いてもらおうと、院内で作ったおにぎりなどを配り、廊下にシーツなど敷いて休んでもらった。

 当時、人工透析が必要な入院患者も9人いた。転院の緊急性が高いと判断。村上さんや院長、看護師らで、スマートフォンの電池が残る間にほかの病院に電話をかけ、

 受け入れ先を探し続けた。

 夜が明け、救助が始まった。緊急性が高い患者は東京消防庁などのヘリコプターで倉敷中央病院や岡山大病院などに運ばれた。住民らは自衛隊のボートに乗り移り、入院患者は

 マットレスに乗せたままボートで運んだ。全員無事だった。

 1週間たつ今も、診療は中止している。患者は全員近隣の病院や系列の診療所に受け入れてもらった。病院は水害時は3階以上への避難を徹底していたが、病院の機能を保つ

 「事業継続計画」(BCP)はまだ策定中だった。村上さんは語る。「もっと早く避難するなど危機管理が甘かった部分もあった。本当に水の怖さがわかった」。

 ♪やさしさと かいしょのなさが 裏と表に ついている そんな男に 惚れたのだから
私がその分 がんばりますと 背(せな)をかがめて 微笑み返す 花は越後の 花は越後の 雪椿

 夢にみた 乙女の頃の 玉の輿には 遠いけど まるで苦労を 楽しむように
寝顔を誰にも 見せないあなた 雪の谷間に 紅さす母の 愛は越後の 愛は越後の 雪椿
          昭和62年 雪椿 作詞:星野哲郎  作曲:遠藤 実

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子(もとこ)

 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題。

 正午、 名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前には、 昨夜未明に設置された柵を確認しようと市民らが数人が来ている。「工事車両の搬入はどうなるのか」、

 「仮設だろうか」と話し合っている。

 午後1時半ごろ、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前。工場用ゲート前に新しく柵が設置された。作業員の姿はゲート前には見えない。

 辺野古の新基地建設を巡り反対する市民が座り込む米軍キャンプ・シュワブのゲート前で、沖縄防衛局は、昨夜11時ごろ、新たな柵を設置する作業に着手した。

 作業が完了すれば、抗議する市民が工事車両の進入を阻止するために座り込むスペースが縮小される見込み。

 政府は8月17日にも辺野古沖に初めて土砂を投入させる予定で、埋め立て工事を本格化させている。抗議活動の激化に備え、資材の搬入を円滑にして基地建設を加速させる

 狙いがあるとみられる。

 沖縄防衛局によると、新たに交通規制材(バリロード)を置いた上に、既存の柵を車道側に張り出す。今朝2時現在、ゲート前には仮設金網が置かれ、その内側で作業が

 進められた。新しい柵の設置のほか、市民が座り込みに使っていたブロックや板を沖縄総合事務局が回収した。

 市民2人が作業に抗議している。市民は「お年寄りはどうやって座り込むの」、「心をどこに置いてきたの」などと訴えた。

 一方、辺野古での新基地建設に反対する市民らが午前、知事翁長に辺野古の埋め立て承認の即時撤回を求め、県庁前の県民広場で座り込み行動を開始した。

 20日までの6日間、辺野古新基地建設の問題点を学ぶ講演やコンサートも交え、午前10時〜午後6時に実施する。

 「嘉手納ピースアクション」、「うるま市具志川9条の会」、「核兵器から命を守る県民共闘会議」の主催。炎天下の中、午前11時時点で50人が参加した。

 大きなパネルも用意され、辺野古新基地建設に対する危機感を訴えた。

 県は一昨日、辺野古の埋め立て予定海域にある絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ9群体を別の場所に移植するため沖縄防衛局が申請していた特別採捕を許可した。

 これに対し、同共闘会議の共同代表山内徳信さん(83)は「埋め立て推進に手を貸す大問題だ。このタイミングで許可を出すべきではなかった」と批判。その上で「知事は

 県民の声を聞いて、1日も早く埋め立て承認を撤回してほしい」と求めた。

 辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で抗議行動を続ける島袋文子さん(88)も名護市から参加した。車いすの上から「沖縄が二度と戦争に関わらないようにと、翁長さんを

 信じて知事にした。県民を裏切るようなことはしてほしくない。撤回の公約を守ってほしい」と訴えた。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、2014年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で、安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(民進党→現 無所属)の野田佳彦らにもあったのは今さら言うまでもない。

 立憲民主党の代表枝野はきのふ、「野党に与えられている手段は最大限使っていきたい。安倍政権が立憲主義も民主主義もないがしろにしていることを、きちんと国民に示す

   締めくくりはしたい」と松江市内で述べ、内閣不信任決議案の提出を示唆した。

   野党は、西日本を中心とする豪雨災害への対応のためとして「政治休戦」を提案。だが、政府与党はカジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案と、参院定数を6増やす

   自民党の公職選挙法改正案の審議を急ぐ。

   枝野は、河川や道路復旧を所管する国交相石井がカジノ実施法案を審議する委員会に出席していることについて、「急ぐ必要がないカジノのために、大臣を国会に拘束させる

   判断をしているのは政府与党。これだけでも不信任に値する」と批判した。

     ♪僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない

 絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける

 叫びを押し殺す 見えない壁が出来てた  ここで同調しなきゃ裏切者か 仲間からも討たれると思わなかった

 僕は嫌だ

 不協和音を僕は恐れたりしない 嫌われたって僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ

 一度妥協したら死んだも同然  支配したいなら僕を倒してから行けよ‥
              歌:「欅(けやき)坂46」の「不協和音」。

 福島。浪江町民の1万5千人が、東京電力に福島第1原発事故の慰謝料増額を求めて申し立てた裁判外紛争解決手続き(ADR)の決裂を受け、支援弁護団はきのふ

 福島市で町民説明会を開き、秋にも集団訴訟を起こす方針を表明した。

 町によると、町民への意向調査では回答があった4500世帯のうち、2200世帯が訴訟を検討するとしており、大規模訴訟になる可能性が出てきた。

 説明会は非公開で、110人が参加。支援弁護団の浜野泰嘉事務局長によると、8月下旬に原告団準備会を発足させることなどを説明した。

 町民からは「東電の責任を明らかにして」などの声が上がったという。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹

 タイ。タイ保健当局は14日、北部チェンライ郊外の洞窟から救出された地元サッカーチームの少年12人と男のコーチ13人の肉声を伝える病院でのビデオ映像を公開した。

 少年らは救助に当たった海軍特殊部隊、応援してくれたタイや世界の人々に謝意を表明、さらに「すしや焼き豚ご飯が食べたい」などと語り、体調がかなり回復していることを

 うかがわせた。保健当局によると、13人は感染症にもかかっておらず、体調は良好で、医師団が退院の準備を進める方針という。

 地元メディアは19日にも退院予定だと伝えた。

 政府は13日、タイ北部チェンライ郊外のタムルアン洞窟に閉じ込められた少年ら13人を潜水で救出する際に、鎮静剤を服用させていたと明らかにした。

 暗く狭い洞窟内での潜水でパニックになり、空気や体力を余分に消費することを避ける狙いだったという。

 タイ保健省幹部は「救出の際に不安などで精神状態が不安定になることを懸念し、少年たちと男のサッカーコーチには精神を安定させる薬を飲んでもらった」と説明した。

 少年らは洞窟の入り口から5キロ奥の場所から、水がたまった場所で潜水したり、ストレッチャーで運ばれたりしながら、数時間かけて入り口にたどりついた。

 タイ政府は具体的な薬の名前を明らかにしていないが、一部メディアは少年らが服用した薬は鎮静作用のある「ケタミン」で、少年らは救出中に意識がなかったと報じた。

 タイ軍事政権の暫定首相プラユットはこれについて「少年らの意識はあった。意識がなかったら、どうやって潜水するのか」と述べた。

 救助活動に参加していたデンマークのボランティアダイバーは、洞窟でのダイビングについて「海と違って水面に浮上できない場所が多く、不安が募って精神的に不安定に

 なりやすい」と、その難しさを指摘した。

 保健当局は15日、北部チェンライ郊外の洞窟から救出された地元サッカーチームの少年12人と男のコーチの計13人が、救出作業中に死亡した元海軍特殊部隊員の死を

 悼んで病院内で黙とうしたと明らかにした。

 少年らは14日、それぞれの家族らから元隊員の死を知らされ、悲しみにうちひしがれて涙を流したという。少年らは元隊員の顔が描かれた紙にそれぞれメッセージを書き込み、

 立派な人間になることを誓った。13人の健康状態は良好で、退院も近いとみられる。

 死亡した元隊員は洞窟内で空気ボンベを運んでいた。作業終了後に意識を失い、死亡した。

 パキスタン。今月25日に総選挙と州議会選挙が行われるパキスタンで、13日、候補者を狙った爆発が相次ぎ、130人以上が死亡した。

 パキスタン南西部のバルチスタン州で13日、州議会選挙の候補者の集会が行われていたところ、男が爆発物を爆発させ、ロイター通信によると候補者を含む128人が死亡、

 200人以上が負傷した。この爆発について過激派組織「イスラム国」は自爆攻撃だったとする犯行声明を出している。

 また、北西部の選挙集会でも爆発が起き、少なくとも4人が死亡している。パキスタンでは10日にも候補者を狙った自爆テロがあり20人が死亡するなど、選挙を前に

 治安の悪化が懸念されている。 一方、イギリスに滞在していた元首相シャリフが13日、帰国した。

 シャリフは今月、汚職の罪で禁錮10年などの判決を受けており帰国後、当局に逮捕され、収監された。シャリフは、これまで「裁判は不当」などと対立する軍を批判していて、

 各地で支持者による抗議デモが起きている。 今月25日の選挙を前にパキスタンでは混乱が広がっている。

 パレスチナ。イスラエル軍は14日、パレスチナ自治区ガザ地区で大規模な空爆を行った。

 ガザ地区の保健省によると、パレスチナ人の15歳と16歳の少年2人が死亡、10人以上が負傷した。イスラエル軍などによると、同軍はガザ地区を実効支配するイスラム

 組織ハマスの関連施設40カ所を空爆した。一方、ガザ地区からはイスラエルに向けて迫撃砲弾やロケット弾などの砲弾100発が発射された。

 一部は対空防衛システムで迎撃されたが、イスラエル南部スデロトで3人が負傷したとの情報がある。

 イスラエルの首相ネタニヤフは14日夜の声明で、2014年夏の大規模戦闘以来、「最大の打撃」を与えたとし、「必要に応じて攻撃をさらに強化する」と述べた。

 ハマスは14日夜、エジプトなどの仲介でイスラエル側と「停戦で合意した」と発表したが、その後もガザ地区からイスラエル側に砲弾が発射されており、軍事的な緊張が続いている。

 フランス。革命記念日の14日、パリのシャンゼリゼ通りで恒例の軍事パレードが行われた。

 日仏の外交関係樹立160年を記念し、日本の陸上自衛隊が参加した。パレード観覧に招待された首相安倍は西日本豪雨による災害対応のため欠席し、外相河野が代理で出席した。

 今年の東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国で、フランスと軍事交流の強化を図るシンガポールからも首相リー・シェンロンらが出席した。

 陸自の第32普通科連隊(さいたま市)の連隊長、1等陸佐横山裕之ら7人が日の丸を掲げ、総勢4300人の隊列の先頭付近をコンコルド広場まで行進した。

 英国。英国を訪問した米大統領トランプは13日、首都ロンドンから専用機で英北部スコットランドに到着した。

 スコットランドはトランプの母親の出身地で、トランプは週末を現地で過ごす。英BBC放送によると、スコットランドの最大都市グラスゴーには既に多数の抗議デモ参加者が

 集まっている。

 16日に米ロ首脳会談がフィンランドの首都ヘルシンキで予定され、トランプは週末をその準備に当てるとしているが、スコットランドにゴルフリゾートを二つ所有しており、

 ゴルフをする可能性もある。

 ドイツ。ノーベル平和賞を受賞した後、服役中に死去した中国の人権活動家、劉暁波(リウシィアオポー)の一周忌を迎えた13日夜(日本時間14日未明)、ベルリンの

 ゲッセマネ教会で追悼礼拝が行われた。3日前にドイツに到着したばかりの妻、劉霞(リウシア)さん(57)は欠席したが、夫妻の友人や市民ら300人以上が参列し、

 中国の民主化を訴え続けた故人をしのんだ。

 この教会は旧東ドイツで民主化運動の拠点になった場所の一つ。追悼礼拝を企画したローランド・キューネ牧師は「劉暁波は人権の大切さを教えてくれた。私たちもまだ獄中に

 いる活動家のために声を上げましょう」と呼びかけた。

 夫妻の友人で、独立中国語ペンクラブ会長の廖天hさんは「中国政府は厳しく対応したのに、劉暁波は同じことをせず、『私には敵はいない』と言った。それこそが彼の遺産だ」

 などとたたえた。

 ドイツで暮らすことになった劉霞を思いやる発言も。本人と交流があるノーベル文学賞受賞者のドイツ人女性作家ヘルタ・ミュラーさんは「彼女の詩は孤独と観察から生まれて

 いる」と評価。別の参加者は「いつかベルリンの新たなイメージを創造してくれるかもしれない」と、劉霞さんの今後の活躍を期待した。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
         昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 岩手。宮古市の浄土ケ浜海水浴場が、きのふ県内のトップを切って海開きした。

 この夏、震災の津波で大きな被害を受けた沿岸の11カ所の海水浴場がオープンする。ただ、震災前の半分余りの海水浴場はこの夏も利用できないままだ。

 3連休の初日、晴れ渡った浄土ケ浜海水浴場には、県内外の家族連れらが訪れた。紫波町から祖母と来ていた小学校4年生と2年生の兄弟は「天気も良くて気持ちいい」と、

 今年初めての海の感触を楽しんだ。

 県観光課によると、この夏海開きをするのは11カ所。震災前には22カ所あり、半数余りが再開できずにいる。

 宮城。大震災の津波により職員ら43人が犠牲になったとされる南三陸町の防災対策庁舎を巡り、町長佐藤仁が2031年までの県有化受け入れを表明してから6月30日で

 3年を迎えた。保存か解体かの結論を先送りした形だが、復興に向けて激変する南三陸町の旧市街地で取り残されたようにたたずむ庁舎の姿に、遺族たちは今もさまざまな思いを

 抱きながら過ごしている。

 雨の中、防災対策庁舎を訪れ線香を上げた井上誠さん(59)。町職員1年目だった長男翼(たすく)さん(当時23)は、庁舎の犠牲者の中で最も若かった。

 「つらくなるから解体してほしい。でも、息子が最期にいた場所だから」と、月命日にはできる限り足を運ぶ。

 気仙沼市の市街地に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」や、多くの犠牲者を出した岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センターなど、津波の脅威を伝える

 「震災遺構」は震災から7年を経て、その多くが遺族感情や維持費などを理由に解体された。庁舎も一度は解体が決まり、慰霊祭も開かれた。

 漁船上で長男毅(たけし)さん(当時51)がいつも腰掛けていた席に座る三浦秋雄さん(78)。危機管理課の職員として防災対策庁舎から最後まで無線で避難を呼びかけていた

 毅さんは、今も行方が分からない。「庁舎を見ると震災を思い出す。息子のことを忘れることはないが、当時のことは忘れたい」。

 しかし、女性職員が無線で避難を呼びかけ犠牲になったことが世界的に報じられるなどした庁舎について、県の有識者会議は震災遺構として「特段に高い価値がある」と評価。

 全町民対象の意見公募(パブリックコメント)でも「保存」が6割を占めたため、町は解体を凍結し、県有化期間に議論を進めるとした。

 防災対策庁舎前の献花台を訪れる人たち。庁舎周辺は造成工事中のため近づくことはできないが、午前中を中心に「語り部ツアー」などの大型バスが何台も訪れていた

 一方で、遺族同士が公の場で話し合う機会はこれまでほとんどなかった。町長佐藤は震災復興祈念公園などが完成する20年度以降に議論を始める意向だが、県の有識者会議は

 「町の負担が大きい」として県など第三者の関与も提言している。ただ、議論の原点にいるのはあの場所で犠牲になった43人であり、その遺族だ。

 大学に進学し横浜市で暮らす高橋禎希(よしき)さん(21)。行方不明の父文禎(ふみよし)さん(当時43)の存在は「いつもそばに感じている」。町で就職するつもりはなく、

 防災対策庁舎を巡る議論にも中立的な立場だ。「震災に依存しない町づくりをしてほしい」と願う。

 地元の小学生たちに沖縄料理を教える内海明美さん(46)。震災で地域がバラバラになる中、子供たちを育てる手助けをしたい」と食育活動などに取り組む。

 夫直基さん(当時53)が犠牲になった庁舎については「町外を含め広く意見を集めて、その先に出た結論を受け入れたい」。

 文房具店を営む熊谷和平(かずよし)さん(63)。弟良雄さん(当時54)は防災対策庁舎で流され行方不明のままだ。住民が中心だが、観光客向けにお土産も販売している。

 「応援してくれる人が多いが、『来てやってるんだ』という態度を取る人もいる。町や庁舎を見て、少しでも何かを感じてくれればうれしい」と保存を望む

 周辺の造成工事で砂ぼこりが舞う防災対策庁舎。屋上では避難した職員らが津波に流されまいとアンテナを中心に円陣を組んだが、そのほとんどが犠牲になった。

 庁舎周辺は震災復興記念公園として整備される予定だ。

 新潟。今朝8時ごろ、聖籠町の沖合13キロの日本海で、漁船1隻が漂流し乗っていたはずの船長の男1人が行方不明になっていると、地元の漁協から新潟海上保安部に

 通報が入った。

 行方が分からなくなっているのは漁船一丸の船長で、聖籠町次第浜の高橋敏幸さん(61)で、高橋さんは、今朝5時ごろから沖合に出てイナダやサワラの漁を行っていた。

 現場の周辺海域からは、高橋さんのものと思われる麦わら帽子が見つかっているということで、海上保安部は、巡視艇やヘリコプターを出して周辺の海域を捜索している。

 東京。甘酸っぱい夏の味覚を味わって――。

 練馬区でブルーベリーが収穫シーズンを迎えている。区内には摘み取りが楽しめる果樹園が30カ所あり、区は各園を紹介するマップの冊子を作ってアピールする。

 練馬区大泉町の白石好孝さん(64)の農園では、味や香りが違う6品種350本を栽培。直径1〜2センチの実が濃い青紫色に熟してたわわに実る。「今年は例年に比べて

 大粒で甘い実ができた。品種を食べ比べて自分好みの味を見つけて楽しんで」と白石さん。

 区によると、ブルーベリーの栽培面積は930アールで、23区内で最大。15年ほど前、育てやすいなどの理由から数軒の農家がブルーベリーの栽培を始めた。

 来園者が摘み取れば収穫・出荷する手間がかからず、野菜をつくりながら観光農園を運営できることから開園数も増えた。

 ブルーベリーの木は低いところにも実をつけるため、小さな子どもも収穫を楽しめる。料金は100グラムで200円(各園共通)。摘み取りは9月中旬まで楽しめるが、

 農園ごとに開園期間や日時は異なる。詳しくは区都市農業課のホームページ(「練馬果樹あるファーム」で検索)。

 大阪。昨夜8時半前、吹田市桃山台の「府営千里桃山台住宅棟(5階建て)の、5階一室から出火し、5時間後に消しとめられた。

 室内から高齢の男女が見つかり、いずれも搬送先の病院で死亡した。2人は、この部屋の住民とみられ、府警吹田署は、身元の確認を進めている。現場は、北大阪急行桃山台駅の

 東600m。

 岡山。豪雨で50人に上る犠牲者が出ている倉敷市真備町地区で、堤防の決壊が新たに小田川の3支流の計5カ所でも起きていたことが日、分かった。

 決壊箇所はこれまで判明していた小田川の2カ所とその支流・高馬川の1カ所と合わせ8カ所となった。専門家は、本流の水位が上がって支流の水が流れにくくなる「バック

 ウオーター現象」が複数の場所で発生したことが甚大な被害につながった可能性があると指摘している。

 県の昨夜8時までのまとめでは、井原市で新たに1人の遺体が見つかり、岡山県内の死者は60人になった。行方不明者は安否が確認された人を除き、高梁、新見市、鏡野町の

 各1人。多数を占めていた真備町地区の行方不明者はいなくなった。

 県河川課などによると、新たに決壊が確認された5カ所は、高馬川の右岸1カ所、末政川の左岸2カ所と右岸1カ所、真谷川の左岸1カ所。小田川との合流点付近が破堤しおり、

 300〜20mにわたって崩れていた。真備町地区では全体の3割に当たる1200ヘクタールが浸水し、4600戸が浸水被害を受けたとみられている。

 現地調査した岡山大大学院の教授(河川工学)前野詩朗は「豪雨によってバックウオーター現象が本流の高梁川と小田川との合流点付近でも起き、小田川の水位が上がって

 高馬川など3支流の水が流れにくくなり、堤防の破断につながった可能性が高い」と分析している。

 3支流を管理している県は、1990年代に堤防の整備工事をしていたが、決壊を受けてその原因を突き止め、今後の対策を検討する方針だ。

 国と県は決壊した8カ所について、盛り土などの修復工事を16日までに完了させたいとしている。

 県の被害まとめでは、住宅関係では倉敷市で全容が把握できていない段階だが、全壊に真備町地区を含む倉敷市を100棟以上と計上し、県全体で120棟以上とした。

 半壊・一部損壊は計69棟、床上・床下浸水は計1万1240棟。

 広島。豪雨で、三原市沼田東町の米山(べいさん)寺にある戦国武将・小早川隆景ら小早川家の墓所も土砂崩れの被害を受けた。

 国重要文化財の宝篋(ほうきょう)印塔(高さ2・5m)を含め、20基のうち15基が埋没。復旧の見通しは立っていない。米山寺は平安時代の創建とされ、三原を治めた

 小早川家の菩提寺。初代の土肥実平から、毛利元就の三男で三原城を築いた17代の小早川隆景までの墓がある。

 墓所の裏山が30m以上にわたって崩れ、倒れた樹木とともに大量の土砂が流れ込んだ。県史跡の隆景の墓(高さ1・75m)は被害を免れた。住職の垣井賢祥さん(59)は

 「何百年と裏山は崩れることがなかったのに……。自然災害の恐ろしさを痛感した」と話した。

 愛媛。3連休初日のきのふ、豪雨被害を受けた愛媛県内の被災地に全国からボランティアが集まった。

 酷暑のなか、家々に流れ込んだ土砂の撤去などに汗を流した。土砂崩れなどで11人が亡くなった宇和島市のボランティアセンターは早朝から、昨日の倍となる400人が

 集まった。マイクロバスに分乗して移動し、家屋の土砂の片付け作業に入った。

 松山市の会社員片谷(かただに)浩さん(28)はボランティアに参加するのは初めて。ネットで調べ、炎天下の作業で熱中症になって迷惑をかけないようにと、帽子や長袖の

 服など装備を整えて来た。「少しでも力になれたら」と話す。週末の参加を続けたいと考えている。

 床上浸水した宇和島市吉田町の40代の女性宅では、午前9時半から10人が泥で汚れた家具を運び出した。千葉県の西野憲一さん(71)は旅行先の高知県から駆けつけたという。

 「旅行よりもボランティア優先かなと思って」。ボランティアは学生のころ以来だといい、「汗をびっしょりかいて、やりがいがある」と話していた。

 10〜20日間ボランティアを続けるという。被災した女性は7日から避難所で生活している。「本当にありがたい。すごく助かります」と喜んでいた。

 宇和島市のセンターを運営する市社会福祉協議会によると、主に家屋を再建するため、土砂の片付けに従事してもらう。受け入れを始めた10日は50人くらいでスタートし、

 参加者は日ごとに増えているという。

 肱川の氾濫で5人が亡くなった西予市。ボランティアセンターには、きのふ大阪などから820人が訪れ、野村地区などで土砂撤去や家具の運び出しなどをした。

 ほとんどのボランティアが服装などの準備をしっかりして訪れたという。4人が亡くなった大洲市では540人が土砂撤去や片付けを手伝った。

 熱中症のような症状を訴えたボランティアがいたが、ボランティアセンターが迎えに行き、対応したという。

 宇和島市を含めた3市で1800人が活動した。

 宇和島市吉田町玉津地区には、これまで交通アクセスや安全性からボランティアの派遣が少なかった。この日は100人が派遣され、浸水した住宅の片付けなどを手伝った。

 中村光宏さん(50)方では、環太平洋大学短期大学部(宇和島市)に通う剣道部の女子学生8人と顧問の男1人が、床下にたまった泥をスコップでかき出したり、汚れた家具を

 外に運び出したりしていた。

 宇和島市のこの日の最高気温は32・4度。部員らは泥まみれになりながら、「重いね」、「大丈夫?」などと声をかけあっていた。市中心部に住む2年生の森岡絢美(あやみ)

 さん(19)は「同じ宇和島でも、ちょっと移動すると被害の様子が全く違うことに驚きました。暑くてしんどいけど、若い人たちが率先してやらないとって思いました」。

 中村さんは「自分1人ではここまで絶対にできなかった。非常に助かります」と話した。

 厚生労働相加藤勝信は、きのふ一部地域で断水が続く大洲市内を視察し、「水道の復旧に全力で取り組みたい」と述べた。

 1階部分が浸水した大洲市徳森の介護老人保健施設「ひまわり」では、被害の状況を確認し、入所者に「暑い日が続きますから気を付けてください」などと声をかけた。

 その後、市長二宮隆久から浸水被害について説明を受け、断水の原因となっている大洲市菅田町菅田の水源地も視察した。

 市長二宮は水道復旧のほか、企業の活動停止による雇用不安への配慮を要望したという。厚労相は、労働者の休業手当などの一部を助成する「雇用調整助成金」について、

 「熊本地震の際の特例措置を参考に、早急に特例措置の検討を進めたい」と述べた。

 福岡。夏の伝統行事「博多祇園山笠」は早朝、男衆が山車の「舁き山」を担いで街を駆け抜ける「追い山」でクライマックスを迎えた。

 威勢の良い「オイサ」の掛け声が響き、沿道は見物客の歓声に沸いた。

 追い山は、博多地区を7つに区分けしたグループ「流」の男衆が高さ4〜5m、重さ1トンの舁き山を担ぎ、5キロのコースのタイムを競う。

 スタート地点の櫛田神社(博多区)では午前4時59分、今年の1番手「西流」の舁き山が境内に駆け込んだ。水法被に締め込み姿の男衆は桟敷席の観客と共に「博多祝い唄」

 を唱和し、勢い良く街に飛び出した。

 熊本。天草市牛深町で、隠れた名産ウツボのかば焼きが人気だ。

 土用丑[うし]の日(20日、8月1日)を前に、加工専門店ではウツボをさばく作業に追われている。ウツボはアナゴやハモと同じウナギ目の魚。天草では滋養強壮の

 食材として、湯引きや唐揚げで食べる。

 かば焼きは、地元の3代目うつぼ屋八兵衛の店主中村安雄さん(62)が、5年がかりで2012年に考案。牛深沖で捕れた70センチのウツボから、2割ほどしか取れない

 骨のない身を使用する。

 炭火で焼くことで、身はもっちりとした食感となり、まだら模様の皮もあまり気にならない。タレは骨を一緒に煮込んでいる。牛深を舞台にした13年の映画「女たちの都〜

 ワッゲンオッゲン〜」の劇中にウツボの炭焼きが紹介され、人気に火が付いた。今では、地域の催しでかば焼き丼を出すと午前中に完売するという。

 「おかげで知名度が上がっている。名産にしたいと他県から勉強に来たこともある。ウナギに負けないおいしさです」と中村さん。真空パック入りで100グラム800円。

 同店 TEL0969(72)4559。

   ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ

 君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな

 君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。氷見市の伝統食「こんかいわし」の販売開始を告げる樽開きと飲食を楽しむイベント「こんかバル」がきのふ、氷見市北大町の水産加工品製造販売「柿太水産」であった。

 こんかいわしを使った各種料理のほか、氷見産煮干しを使ったクラフトビールが初登場し、大勢の人でにぎわった。

 こんかいわしは今年1月に秘伝のぬか床で漬け込み、半年間熟成。この道60年の同社の柿谷正成さん(81)は「イワシの脂ののりがいい。うまさが凝縮した逸品に仕上がった」

 と話した。バルではポテトサラダ、スティックサラダ、ナスとこんかのマスタード炒めなど、こんかいわしをおしゃれに使った料理が10品ほど並んだ。

 煮干しビールは氷見市比美町、クラフトビール醸造所兼カフェ「ブルーミン」が、柿太水産の提案、協力で商品化。

 カタクチイワシの煮干しからだし汁を取って麦汁に加え、煮干しのほのかな風味が楽しめる黒ビールに仕上げた。こんかいわしは柿太水産の店頭やインターネットで販売。

 3匹税込み6百円から。昨年は40樽分が半年ほどで売り切れた。煮干しビールはブルーミンで楽しめる。ジョッキ一杯税込み650円。

 福井。あわら市無形民俗文化財の金津祭はきのふ、金津地区で開幕した。

 初日は市街地の18区が出来栄えを競う「本陣飾り物コンクール」があり、古区の「天空の神殿」が最高賞の市長賞に選ばれた。市民有志らが企画した武者行列も市街地を

 にぎやかに練り、ムードを盛り上げた。

 本陣飾り物は、しゃもじや鎌など日用品だけで作られ、着色や切断をせず組み合わせるのがポイント。江戸時代に金津に来た役人らを楽しませようと、町人らがこしらえて

 宿泊所「本陣」に飾ったのが起源とされ、4百年の歴史を持つ。コンクールは1960年(昭和35年)から続いており、明日まで各区の本陣で展示される。

 市民企画で3回目となる今年の武者行列は、戦国武将・朝倉氏の重臣で旧坂井郡一帯を支配した堀江左衛門景経公がテーマ。市内を中心に90人が参加した。

 景経公役の金津高校三年の木下隼希(としき)さん(17)の合図で、あわら市花乃杜三の八幡神社から出陣。

 太鼓や三味線を鳴らす金津祭囃子保存会のメンバーら音楽隊を先頭に、刀を差した小学生の武者隊、市職員らのやり隊などが続き、1キロ離れた金津神社を目指した。

 中日のけふは、金津神社の神輿や武者人形山車3基がにぎやかに市街地を巡行する。

   金沢。金沢市出身の日本芸術院会員で洋画家の村田省蔵さんはきのふの朝1時過ぎ、肝臓がんのため、神奈川県鎌倉市浄明寺の自宅で逝った。89歳。

 村田さんは日展顧問、一般財団法人石川県美術文化協会名誉顧問、古九谷にも通じる深い色彩の緑や黄などを使って日本の田園風景を描き、重厚でありながら温かみのある

 画風が高く評価されてきた。「日本人の油絵」を追究する中で、晩年は刈り取った稲を乾燥させる稲架木をテーマとし、綿密な取材を重ねて郷愁漂う作品を制作、発表していた。

 1929年(昭和4年)6月に金沢市上堤町(現高岡町)に生まれた。金沢美大の前身である金沢美術工芸専門学校(金沢美専)の第1期生として洋画を学び、

 鴨居玲(かもいれい)、円地信二とともに金沢美専の三羽烏と呼ばれた。卒業後は文化勲章受章者の小絲(こいと)源太郎に師事する。

 49年に日展で初入選し、75年に日展会員。98年の日展で「春めく」が内閣総理大臣賞に選ばれ、2006年に「春耕」で恩賜賞・日本芸術院賞を獲得、同年に

 日本芸術院会員となった。

   加賀。白山開山を祝う「白山まつり」が、きのふ白峰の白峰温泉総湯前を主会場に始まった。

   昨年の白山開山130年にちなんだ「1300人輪踊り」を今年も行い、8百人(主催者発表)が参加した。参加者は「かんこ」と呼ばれる太鼓の音色に合わせ、総湯の前で

   三重の輪を作りながら踊った。大阪府から高校時代の同級生と来たという薬剤師玉嶋みきさん(52)は「リズムが分かりやすく、踊っていて楽しい」と笑顔。

   けふ15日から白山に登るといい「地元の文化に触れることができ良かった」と話した。

   白山を開山した泰澄大師が村人を引き連れた様子を再現した行列や県無形民俗文化財のかんこ踊りも披露された。けふ15日は、白山の延命水を載せた山車の巡行や

   歌謡ショーがある。

   Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

もののふの、八十(やそ)娘子(をとめ)らが、汲み乱(まが)ふ、寺井(てらゐ)の上の、
堅香子(かたかご)の花   家持 万葉集第19巻 4243

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 文月7月15日。時の経つのは何とも早い。

 けふもまた、むし暑くなった。朝から蝉が、カラスが鳴きだしている。

 江戸の達也君からの便り。毎日、サウナを背負って歩いている感じ・・・大変な猛暑です。広島や岡山で、家を流された人・・・大変ですね。ほとんどの人達が、保険も  入っていなかっただろうに・・・。そんな中、国会では、無能な国会議員を6人も増やすという信じられない法案が成立しょうとしています。この国の国民もメディアも総理も  イカレテいます、なんて。  それにしても西日本の豪雨の被災者、猛暑の中、あとかたづけとはなんとも痛ましい。

 午後の散歩はいつものコースで、寺の前の駐車場前、崖のアジサイの上に、白と赤の夾竹桃がみごとに咲いていた。

 道路脇の寺津用水、濁っており、水量は少ない。体育館に15台の車と自転車とバイクが5台。体育館からバスケの音が聞こえた。裏からラケットの音がした。

 柴犬連れの高瀬さんに会い「こんにちわ、涼しくならないね」、「(出るのが)ちょっと早かったね」。バス通りの四つ角の手前、5〜10センチになった花梨が目に入る。

 ここを渡って4つ角の坂道は真っ直ぐ下りて、四つ角は左折。

 深紅のバラも消えた槌田さんち、鉢植えのアサガオがしぼんでいた。山津さんちの四つ角は右折した。西さんち、ムクゲが咲いていた。空き地と道路にヒルガオがしぼんでいた。

 谷口の婆さんの畑の横には夫妻、対面には午後の散歩はいつものコースで、寺の前の駐車場前で、認知症の杉浦の婆さんが座り込んでいて、「暑くないかいね」、「(娘の帰る時間は)もう5時やね」。

 崖のアジサイの上に、白と赤の夾竹桃がみごとに咲いていた。

 道路脇の寺津用水、濁っており、水量は少ない。体育館に15台の車と自転車が6台。体育館からバスケの音が聞こえた。バス通りの四つ角の手前、5〜10センチになった

 花梨が目に入る。

 ここを渡って4つ角の坂道は真っ直ぐ下りて、四つ角は左折。途中、花に水やりされていた和田さんに「こんにちわ」、「(畑の無臭ニンニク)持って行ってね」、「有難う

 ございます」。

 深紅のバラも消えた槌田さんち、鉢植えにはアサガオが咲いていた。山津さんちの四つ角は右折した。空き地と道路にヒルガオがしぼんでいた。谷口の御婆さんちの畑家の横には

 夫妻が、対面には小立野からの親父さんが来ていて「ご苦労様」。型枠工場は休みで静かだ。

 金子さんち前の三叉路で、右折。Dr小坂、まだ帰られていない。宇野さんに「こんちわ」、裸で「暑いな」、「どこかに行ってこられましたか」、「卯辰山(の墓地)へ、妻の実家と

 親方の墓参りや」。なかの公園の手前は右折、修平さんちの実家、納屋の脇ではタチアオイが真っ盛りが過ぎて、傾いていた。

 白のザクロの花が咲いているペンキ屋さんち、道路脇のヒオウギとザクロの白い花がいい。土井さんち、敷地には、基礎の鉄骨が敷かれたまま、間もなく型枠だ。

 徳中さんちの庭、ノーゼンカズラの花が落下して風車は回っていた。辰治さんちの納屋の裏、深紫のアサガオがしぼんでいた。土谷さんの納屋の裏、松葉ボタンは元気だった。

 田畑さんの車は停まっていた。玄関先には無数に咲き始めているムクゲとプランターのアサガオがしぼんでいた。

 湯原さんちの庭、たわわに実っているブラックベリーの実、次第に黒ずんできた。ハマナスは1輪花が咲いていた。アリストロメリア、 篝花や野萱草 が咲いて、オオバギボウシや

 紫のリアトリスがいい。坂本さんちの庭では、花は皆散ってオオヤマレンゲやナナカマドなどは実を点けていた。

 松井さんちの色の濃くなったアジサイもいい。赤いガーデンテラスやアジサイ、ゆり、ノーゼンカズラも咲いている松本さんち過ぎて三叉路はみすぎ公園へ向かった。

 三叉路は逆Vターン。途中、コンビニや郵便を出しに行く御年寄りに会い「こんにちわ」と山手ハイツの裏まで同行した。

 京堂んち前のミニトマトを見つつバス通りを経てコンビニの裏通りへ。コンビニ裏のヒルガオはしぼんでいた。早苗ちゃんが元気に育っている徳田さんちの田圃の横、ひょっとこ丸は

 お休み。新築住宅の横では持ち主の奥さんが草むしりされていた。谷内江さんちの庭ではオオバギボウシがいい。

 北さんの畑のまえ、大輪のひまわりが6つに成っていた。四つ角で、バスから降りて型枠工場の寄宿舎へ向かうベトナムの若い衆、3人に会ったので「こんにちわ、どこへ」、

 「内灘へ海水浴です」と日焼けしていた。飯田さんちの玄関前の松葉ボタン、瀬戸さんちの畑のムクゲとキウリ、ゴーヤの花が待っていてくれた。

 けふの散歩は朝夕合わせて、8965歩、距離は6キロ、活動量は4、9Ex、消費カロリーは300Kcal、脂肪燃焼量は21g。

 シャツはびっしょり濡れたので、即シャワーを浴びた。

 けふの散歩は朝夕合わせて、1万995歩、距離は7、5キロ、活動量は5、6Ex、消費カロリーは338Kcal、脂肪燃焼量は24g。

 シャツはびっしょり濡れたので、即シャワーを浴びた。

 それにしても西日本の豪雨の被災者は、猛暑の中、熱中症を気にしつつ、後かたずけはなんともお気の毒だ。

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
           唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
ちょ  おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

 初燕 造り酒屋の軒先を(呉春の酒蔵)
軒下の土塊に生れ つくづくし
 落椿 産土(うぶすな)の径 明るうす
 袋帯 ぽんと叩きて年新た
 年の瀬や 独り第九をイヤホーン
 おでん屋の棚に鎮座し 招き猫
 思う事多くなりけり 年の暮れ
 桜蘂降るを踏みしめ女坂
 のどけしや ゆったり動く象の耳
 春光に映ゆるステンドグラスかな
 耕人の影うごき初む朝まだき
 紅椿 一輪部屋を明るうす
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 掃けば散る掃かねばなおもよりつもる 庭のもみじもおのが心も
            詠み人知らず

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2018年 文月7月15日(ふ)

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