福島廃炉に国費1000億円超 東電の負担を肩代わり

 2017年、酉年、葉月8月14日(月)、曇り。金沢の最高気温は30度。

 今朝の散歩は、生ゴミ捨てのコースで、バス停の方向へ向かった。井筧さんの玄関前、赤白のセージが消えていた。河田さんちの畑では、オニユリが咲いて、ニンジンや里芋の

 葉なども大きく伸びていた。ステーションでは誰も来ておらずシートを広げた。横のアパートから、左折した。道心の四つ角は、近く住宅地に代る。

 ひょとこ丸は、お休み。コンビニの裏通りから、バス通りを越えて京堂さんち前へ。アパートの横から、ペンキ屋さんちの車庫の裏、イチジクや咲き始めた百日紅の花を見つつ右折。

 途中、乗用車の男から「この辺り、神社はどこにありますか」という問いに答えた後みすぎ公園を一回り。三叉路を右折。辻さんの畑では、赤のグラジオラスやビラカンサスが目立つ。

 清水の御婆さんち過ぎて、井上さん、土谷さんち前を過ぎて、吉井さんちの庭では松葉ボタンが健在だ。三差路の前、坂本さんちの庭、石鎚バラは健在だ。徳田さんち前の三差路は

 左折。湯原さんちの前庭、ブラックベリー、オイラン草にハマナスの赤い実がいい。庭で奥さんが草むしり中で「お早うございます」。清水さんちの裏の畑、深紅の米国芙蓉の大輪は、見事だ。

 谷口の婆さん宅の前のセージ、辰治さんちの咲いているアサガオがいい。土谷の御婆さんちの松葉ボタンもいい。庭の半分のコスモスも大きくなりつつある。

 徳中さんちの風車は、廻っていなかったが、角の大きなノーゼンカズラは消えた。ペンキ屋さんちの玄関先の庭、ザクロやオニユリがいい。隣の修平さんちの御婆さん宅、納屋の前の

 ピンクや深紅のタチアオイが消えて、玄関横のムクゲがいい。なかの公園では、テントもたたまれていた。手前を左折。宇野さん、Dr小坂もお休みかな。ここから、金子さんちの  辺りを一回りした。角家の大友さんちの裏では、オニユリが消えて、5センチ余りになったザクロが一杯実っていた。畑越し、墓場には二家族の墓参りが目に入る。

 西さんちの四つ角のステーションを過ぎて、上村さんちでは、玄関先の赤いバラがいい。角家の辻さんちは左折し紙谷さんちの辺りを一回りした。三叉路の畑では、涌波の親父さんが

 来ていて「お早うございます」。才田さんちのザクロの古木、紅い花は10輪咲いていた。納屋の横では朝日さん、リンゴの網を片付けており、御婆さんが草刈機を稼働中で

 「お早うございます」。中村さんち玄関先では、大きな紫の花か3輪咲いていた。角は右折して坂道を登って、雀のお宿、越野さんちのエサ台の周りの電線などには、雀が居た。

 角地のビロウド草は枯れて、ホタルブクロは健在だ。左折するとバス通りだ。体育館の角では、一見、ドーベルマンのような小型犬、ミニビンシャーを抱いた親父さんに会い

 「お早うございます」、初めてだがドイツ犬だ。寺津用水は、水量は少なかったが流れは速かった。今朝もバイクのおばさんが寺の駐車場に入ってきた。お参りか。

 小屋に戻って、朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 奈良。午後0時過ぎ、奈良県山添村伏拝付近で、小型機が墜落したとの目撃情報が、住民から県警に寄せられた。

 奈良県の防災ヘリが上空から確認したところ、現場付近では、墜落したと見られる青と白のラインの入った小型の飛行機らしい残がいが燃えている。また消防が事故が起きた

 山中の小型機と見られる残骸の近くで、性別不明の2人が倒れているのを確認した。国交省によると午前11時57分に大阪の八尾空港を離陸し、福島空港に向かう予定だった

 小型機と連絡が取れなくなっているという。事前に提出された飛行計画では、パイロットを含め2人が乗ると申請されていた。

 倒れていたのは男女2人の死亡が確認されたが、氏名はわかっていない。小型機の整備を委託されていた大阪・八尾市の「エアロラボ インターナショナル」によると、機体は、

 フランスのソカタ社が製造したTBM700という小型機で、今年6月に米国から輸入された。その際にこの会社が行った点検では異常はなく、これまでに大阪府在住の所有者の男が

 10回程度飛行した実績があるという。きのふも、所有者と妻の2人が搭乗し、大阪の八尾空港と高知空港の間を往復で飛行したが、特に異常はなかったという。

 けふは、同じ2人が搭乗して正午ごろに八尾空港を離陸し、2時間ほどで福島空港に到着する計画だったということで、朝、燃料を補給した際にも異常はなかったという。

 整備会社では、「所有者でパイロットの男は、免許を取得して40年のベテランで、14日も元気そうだった。機体の安全性については、米国で耐空証明が発行されているので

 問題ない」と話している。現場は名阪国道神野口インターの西側に広がる山間部。

 岐阜。国の重文に指定され、老若男女が夜明けまで踊り明かす岐阜県の夏の風物詩「郡上おどり」の「徹夜おどり」が昨夜、城下町の風情が漂う郡上市八幡町で始まった。

 郡上おどりは、400年前、藩主が武士や農民の親睦を深めようと、藩内の各地で行われていた盆踊りを城下に集めたのが始まりと言われ、毎年、7月中旬から9月上旬にかけての

 夜間、市内の神社や公園などで踊りが繰り広げられる。13〜16日の4夜は、午後8時から空が白み始める翌日午前4時ごろまで、地元住民や観光客が踊り明かす。

 郡上市は、この4日間で20万人の人出を見込んでいる。

 秋田豪雨。活発な前線の影響で記録的な大雨に見舞われた秋田県は、住宅への浸水が秋田市など17市町で少なくとも485棟に上った。

 九州豪雨。九州北部豪雨は、発生から2週間が過ぎた。

   ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

   福島。東京電力福島第一原発事故の廃炉作業で、国が直接、税金を投入した額が1千億円を超えたことが、分かった。

   汚染水対策や調査ロボットの開発費などに使われている。今後も溶け落ちた核燃料の取り出し工法の開発費などが必要になり、金額がさらに大きく膨らむのは必至だ。

 廃炉費用は東電が負担するのが原則だが、経産省資源エネルギー庁によると「技術的に難易度が高い」ことを基準に、税金を投入する事業を選定しているという。担当者は

 「福島の早い復興のため、国が対策を立てることが必要」と話す。

 新聞中日は、エネ庁が公表している廃炉作業に関する入札や補助金などの書類を分析した。廃炉作業への税金投入は2012年度からスタート。今年7月までに支出が確定した

 業務は116件で、金額は発注ベースで1172億6千万円に上った。

 事業別では、建屋周辺の地下を凍らせ、汚染水の増加を防ぐ凍土遮水壁が、設計などを含め357億8千万円。全体の3割を占め、大手ゼネコンの鹿島と東電が受注した。

 ロボット開発など、1〜3号機の原子炉格納容器内の調査費は88億4千万円だった。福島第一の原子炉を製造した東芝と日立GEニュークリア・エナジーのほか、三菱重工業と

 国際廃炉研究開発機構(IRID)が受注した。

 受注額が最も多いのは、IRIDの515億9千万円。IRIDは東芝などの原子炉メーカーや電力会社などで構成する。

 国は、原発事故の処理費用を21兆5五千億円と試算。このうち、原則東電負担となる廃炉費用は8兆円とされている。除染で出た汚染土を30年間保管する中間貯蔵施設は

 国の負担だが、賠償費用は主に東電や電力会社、除染費用も東電の負担が原則だ。

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題。

 防衛相小野寺五典は午後、知事翁長と沖縄県庁で会談した。

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)所属の新型輸送機オスプレイがオーストラリア沖で墜落した事故への対応に関し、翁長はオスプレイの飛行を国内で容認する政府判断について

 「県民、国民の命を守る意味で大変残念だ」と批判。小野寺は「わが国の安全保障に大変重要な装備だ」と述べ、理解を求めた。3日の就任後、翁長との会談は初めて。

 小野寺は「米側には繰り返し安全な飛行を求めたい」とも伝えた。会談後、「緊迫する東アジアにとって、米側は大変重要な航空機と位置付けている」と説明した。

 辺野古新基地建設に反対するオール沖縄会議の訪米行動に加わる学生が、きのふ名桜大(名護市)でシンポジウムを開いた。

 「日本国内の問題だと言われたら?」、「見て見ぬふりをするのかと伝える」。現地で何を訴えるべきか、会場の30人が議論した。訪米する学生3人のうち琉球大の小禄隆司さん

 (20)は、父の仕事の手伝いで基地内に入った経験を語った。基地があるのを当たり前だと思っていたが、昨年うるま市の暴行殺人事件が起きて変わったという。

 「自分も米軍の仕事に関わり、間接的に暴力に加担していたのではないか」と悩み、夜も眠れなくなった。訪米では「生活に基地が食い込んでいる実態」を訴えるつもりでいる。

 一橋大大学院の元山仁士郎さん(25)は「自衛隊が配備される先島諸島の声も伝えたい」。琉球大大学院の玉城愛さん(22)は「米国の研究者とも中長期的なつながりを

 つくりたい」と語った。琉球大大学院の平良美乃さん(24)は「沖縄独自の言語や文化を伝えてきてほしい」と要望。ハワイ大に留学中の與儀幸太郎さん(23)は「ハワイに

 戻って同世代に伝える」と発言した。

 米退役軍人らでつくる平和団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」は12日、米イリノイ州シカゴ市内で開幕した第32回年次総会の全体会議で、米軍普天間飛行場の

 閉鎖などを柱とする「沖縄を平和の『要石』にする決議案」を全会一致で可決した。

 平和を求める元軍人らで組織し、米国で影響力を持つ同会が、トランプ政権に直接要求する。決議は、米政府に対し、@普天間飛行場を閉鎖し、沖縄の人々に返す、A辺野古の

 新基地建設計画の撤回、B高江の森を自然に戻し、オスプレイを沖縄から撤去するの3点が盛り込まれている。

 提案したのは、琉球沖縄国際支部(VFPーROCK)で、同支部の会長ダグラス・ラミスとメンバーの真喜志好一さんが立案した。昨年の総会で可決された同支部提案の

 沖縄決議は、米地方自治体に同決議を採択するようVFPの各支部に協力を求めたのに対し、今年は本部が米政権に直接行動を求める内容にした。

 VFPの会員数は3千人(2017年6月)。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)の野田らにもあったのは今さら言うまでもない。

 明日15日は廃線記念日。敗戦前日の1945年8月14日から翌日にかけ、全国10カ所以上で空襲があった。

 米軍の空襲は執拗で、2300人以上が犠牲になったとみられる。大阪府豊中市の大阪大名誉教授の中田篤男さん(87)は敗戦前日、学徒動員された山口県光市の軍需工場が

 米軍の空襲に遭い、大勢の仲間を失った。紙一重のところで難を逃れた中田さんは戦後、分子生物学者となり、狙った遺伝子を改変する「ゲノム編集」の基礎となる発見をした。

 自身の戦争体験を思い返すとき、科学界への戒めの言葉も浮かぶ。「核兵器の開発に科学技術が利用されたように、使い方次第では恐ろしいことが起きる」。

 中田さんは山口県の旧制柳井中(現 県立柳井高)3年生だった1944年夏、「光海軍工廠」に動員された。配属先は高射砲弾の製造工程。毎日12時間、重さ30キロは

 あろうかという鉄塊を炉にくべて熱し、汗だくになって火薬を詰める穴を開けた。ある日、作業中に転倒し左手が鉄塊の下敷きになった。薬指は今もうまく曲がらない。

 45年8月14日。普段通りに早朝に出勤したが、仲間が見当たらない。前日、リーダー格の先輩が現場監督に暴力を振るわれ、職場放棄をしていた。中田さんも同調して近くの寮に

 帰った。そんな時、米軍機が襲ってきた。B29爆撃機が次々と飛来して爆弾を投下し、工場は瞬く間に炎に包まれた。

 寮の職員の指示で付近の山へ逃げ込んだ。翌15日、敗戦の日。廃虚と化した工場には首が真後ろを向いて絶命した女性や、頭部が半分吹き飛んだ同級生の遺体が残されていた。

 光市教委の資料によると、工場では学徒動員の生徒136人を含む738人が命を落とした。普段通り仕事をしていたら、自分も死んでいたかもしれない。戦争が終わったことを

 知ったとき「敗戦は確定的だった。なぜ攻撃したのか」と、悔しさがこみ上げた。

 戦後は現在の広島大で学び、分子生物学の道に進んだ。校舎の壁には原爆の被爆者の血痕が残っていた。学生のころに知り合った妻和子さん(85)も被爆者。核兵器への強い

 抵抗感が生まれた。30年前、大腸菌の遺伝子の中にある奇妙な塩基配列の繰り返しを発見した。これが、「ゲノム編集」の技術に発展し、遺伝子治療や農作物の生産性向上などに

 つながる研究分野として、世界中から注目されている。中田さんは願う。「ゲノム編集は使い方を誤らないでほしい。人を救う使い方をしてほしいんです」。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
        1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎  作曲:船村 徹

 江戸東京。戦前、深川区(現・江東区)にあった都立化学工業学校(化工)に通っていた学生2人が、東京大空襲の体験を語る催しが12日、すみだ郷土文化資料館(墨田区向島)で  開かれ50人が参加した。

 第2次世界大戦末期の1945年3月10日、東京の下町は米軍機の爆撃を受け、焼け野原となった。化工も被災し、周辺で多くの犠牲者が出た。資料館は化工卒業生が描いた

 体験画を多く所蔵・展示していることから、同校OBの花沢隆弘さん(86)と山本信雄さん(86)を招き、空襲体験を語ってもらった。

 花沢さんは当時、火の海の中を逃げ、数え切れない焼けた遺体を目にした。「今の社会は戦争の記憶から遠ざかっている。語り継ぐことが大事だ。体験を記録にして後に継げるよう

 努力したい」と語った。山本さんは「人気の化工に入れたのに戦争によって学ぶ時間を奪われた」、「『空襲でも逃げるな。逃げたら非国民』と言われた」と理不尽さに耐えた

 時代を振り返り、「早く敗戦を受け入れていたら、広島と長崎の原爆はなかったのに。悔しくて悲しい」と話した。

   新潟。暮れの22日に糸魚川市で起きた大火から、半年が過ぎた。焼けた建物は147棟に上り、83%に当たる120棟が全焼だった。

 大火の再建などの相談は「糸魚川市のホームページ」。

 鳥取。昨年10月の県中部で、震度6弱を観測した地震は、先月21日で8か月になった。

 地震の相談などは鳥取県の「災害被災地応援サイト」。

 

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 ドイツ。米国と北朝鮮の間で続く軍事攻撃を示唆する威嚇の応酬を巡り、ドイツの首相メルケルは11日、「米国と北朝鮮の対立に軍事的な解決策はない」と述べた。

 ロイター通信が伝えた。両国の緊張の高まりを懸念して声を上げたとみられる。メルケルはまた、国連安全保障理事会の他、米国や中国など関係国の緊密な協力が必要と指摘し

 「ドイツは軍事的でない解決策に積極的に関与する」と述べた。

 一方、ロシアの外相ラブロフもこの日、「軍事紛争の危機が高まっている」と懸念を表明。ロイター通信によると「より強く、より賢い方が先に危機を回避するための一歩を

 踏み出すべきだ」と沈静化を促した。また、両国に対し、中国とロシアが模索する、北朝鮮がミサイル発射実験を凍結して米韓が大規模な軍事演習を一時停止するという案に

 賛同するよう求めた。

 韓国。ソウル市の中心部と北部を結ぶ路線バスが14日、旧日本軍の従軍慰安婦問題を象徴する少女像を乗せて運行を始めた。

 9月末まで、同路線の5台の座席に強化プラスチック製の少女像を固定。市民団体などが8月14日を慰安婦問題の記念日と位置付けていることから、運行会社社長が企画した。

 運行する民間企業「東亜運輸」(ソウル市)の社長林真ウクは「個人的な企画で、ソウル市の事業と無関係」としている。ただ、市長朴元淳は14日朝、少女像を乗せたバスに乗り、

 慰安婦問題に積極的に取り組む姿勢をアピールした。

 ネパール。南部の平野地域を中心に、11日からモンスーンの豪雨による洪水や土砂崩れが相次ぎ、内務省によると、13日までに死者が52人、不明者は37人に達した。

 地元紙によると、家屋約3万6千軒が浸水したといい、当局が被災者らの救出を急いでいる。

 中部のチトワン国立公園近くでは、外国人を含む旅行者ら700人が洪水でホテルなどに足止めとなり、救出作戦にはゾウも用いられた。在ネパール日本大使館によると、日本人が

 被害に遭ったとの情報はない。

 シリア。北西部イドリブ県で12日、内戦の負傷者らの救助にあたる民間団体「シリア民間防衛隊(ホワイト・ヘルメッツ)」の事務所が武装集団に襲撃され、隊員7人が射殺された。

 同団体が13日、明らかにした。いずれも頭部を撃たれた模様で、同団体の施設が直接攻撃されるのは異例という。昨年のノーベル平和賞の有力候補だった同団体は、今年も候補に

 推薦されている。イドリブ県は、アサド政権と戦う反体制派の拠点。現場付近を支配する反体制派の連合体は、今回の襲撃を非難した。犯行声明は出ておらず、イスラム過激派組織

 「イスラム国」が、反体制派を動揺させるために攻撃したとの見方も出ている。

 フランス。公共ラジオは13日、欧州アルプス最高峰モンブラン(4810m)で遭難した日本人の男について、2日間にわたりヘリコプターなどを使った大規模捜索を行ったが、

 手掛かりは見つからなかったと報じた。

 地元の山岳警察当局などによると、男は下沢博信さん(35)。7日に単独でモンブラン登頂に出発したが、下山中の9日、救助が必要だとソーシャルメディアに書き込んだという。

 現地は積雪に加え、強風、濃霧などの悪天候で捜索が難航。12日から晴れ間を縫ってヘリや地上からの捜索を実施したが、手掛かりは見つからなかった。

 イラン。国会は13日、米国の経済制裁への報復措置として、弾道ミサイル開発の予算を増額する法案を賛成多数で可決した。

 トランプ米政権は先月、ミサイル開発を理由に追加制裁を発表しており、両国関係はさらに悪化しかねない。AFP通信によると、ミサイル開発や精鋭部隊・革命防衛隊の

 イラン国外での活動の予算を5億ドル(545億円)増額する内容。ほかにも政府や関係主体に米国の制裁に対して報復措置を講じるように求めている。

 国会議長ラリジャニは「米国の冒険主義に立ち向かう最初の行動だ」と語った。

 トランプ政権は、先月18日、ミサイル開発に関わったとしてイランの個人や企業を制裁に加えたと発表。だがイランは「ミサイル開発や発射実験は自衛行為」と主張している。

 イラク。政府がイラク第二の都市モスルの解放作戦で、勝利宣言をしてから1カ月。

 過激派組織「イスラム国」(IS)に襲撃され、2014年6月に日本に逃れたイラク人女性、リカア・アルカザイルさん(47)が3年ぶりに故郷モスルを訪ね、10日、

 日本に戻ってきた。イラクでは少数派のキリスト教徒であるアルカザイルさんは、モスル南部のアルワハダ地区出身。ISによる支配前までは、自宅近くのアルサラーム病院や

 北部のイブン・アスィール病院で小児がんの専門医として勤務していたが、銃撃を受けて命の危険を感じ、母国を離れた。女性でキリスト教徒、職業上の地位などを理由に来日後も

 ISから3度、SNSで「殺す」と脅迫を受けた。

 故郷に戻ったアルカザイルさんは、モスルで二つの病院を訪れ、知人やかつて患者だった人たちと再会を喜び合ったという。日本から支援物資として運んだ薬も渡すことができた。

 しかし、アルサラーム病院は破壊し尽くされ、自宅の窓はすべて割られていたという。IS支配下の3年間で少なくとも知り合いの医師10人が死亡し、その家族も行方不明に

 なっているという。

 現在は長野県松本市に暮らすアルカザイルさんは、信州大医学部で小児がんや劣化ウラン弾の影響の研究を続けながら、イラクの国内避難民を支援する同市のNPO「日本チェルノ

 ブイリ連帯基金」(JCF)で活動している。日本では毎日のようにイラクに住む友人や患者、医師たちとスマートフォンを通じて連絡を取りあう。「みんなの居場所がすぐに

 分からなくなるイラクでは、携帯電話は命綱」だという。小児科に詳しくない現地の医師にSNSで治療方法を伝えたり、患部の写真を送ってもらって薬を指示したりすることもある。

 モスル解放を喜ぶ一方で、アルカザイルさんは「戦闘員の家族や支持者はまだ多い。捕まったISの幹部が賄賂を払って警察から釈放されたという情報もある」と話す。

 幼い頃から近所づきあいもあったイスラム教徒の男が、自宅を襲撃したことも3カ月ほど前に知ったばかりだ。

 「ISは名前を変えて再び戻ってくるかもしれない。イラク社会が180度変化して、愛と平和が戻らなければ、生きていくのは困難です。ふるさとが立ち直るには数世代の時間が

 必要かもしれません」という。

   米国。米国社会の分断が、ついに死者を生む事態につながった。

   大統領トランプの唱える米国第一主義で勢いづく白人至上主義グループが12日、東部バージニア州で開いた集会で反対派と衝突した。与野党からは白人至上主義への非難が噴出した。

   「トランプの『自分たちの国を取り戻す』という公約を実行しようというものだ」、米紙ニューヨーク・タイムズによると、白人至上主義グループの集会に参加したKKK

   (クー・クラックス・クラン)の元幹部は、集会の狙いについてそう語った。

   グループの数百人は前夜、バージニア大学の構内でデモ行進を行った。訴えたのは「白人の命が大事だ」、「おまえたちは我々の代わりにはなれない」。米国では警察が取り締まりの

   過程で黒人を死なせる事件が相次ぎ、「黒人の命が大事だ」と訴える運動が起きた。こうした動きへの反発や、移民への不満があからさまだった。

 南部バージニア州シャーロッツビルで12日に起きた事件では、全米から集まった白人至上主義や極右思想を掲げるグループと、これに抗議する市民グループが激しく衝突し、

   15人がけがをしたほか、市民グループに車が突っ込んで女性1人が死亡、19人がけがをした。

 事件を受け、大統領トランフは12日、「おぞましい憎悪と偏見、暴力を非難する」と述べたが、白人至上主義や人種差別の問題には具体的な言及をしなかった。

 これを受けて13日、米国各地で抗議のデモが行われ、ニューヨークでは数百人が「白人至上主義はテロリズムだ」などと書かれたプラカードを掲げ、タイムズスクエアやトランプ

 タワーの近くを行進した。参加した黒人の男は「大統領は白人至上主義を隠していて不適切だ」と。ホワイトハウスは13日、「大統領の非難の対象には白人至上主義者や過激思想の

 グループも当然含まれている」と強調する報道官の声明を出した。

 しかし、大統領トランプの対応には与党・共和党からも不満の声が上がっており、米国の分断を広げかねない白人至上主義や人種差別の問題を、大統領が意図的に避けたのでは

 ないかという疑念が膨らむ様相を見せている。

 朝鮮情勢が緊迫する中、核攻撃に伴う放射性物質から身を守るなど非常事態に備える地下シェルター(退避施設)に関心が高まっている。

 米西部カリフォルニア州の製造会社によると「日本からの注文が急増している」という。

 半年から1年間は避難生活が可能だという核シェルターを製造・販売する「アトラス・サバイバル・シェルターズ」(ロサンゼルス郡)には、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル

 (ICBM)発射に成功したと発表した7月上旬以降、米国内外からの問い合わせが相次いでいる。同社では、特に日本からの需要増加を受けて日本事務所を開設し、南部テキサス

 州に日本向け専用の製造工場を作って対応しているという。

 住宅などの地下に設置する小型シェルターは、運搬や工事費などを含め3万ドル(330万円)から。避難用トンネルや除染室などを備えたものは同6万ドル(660万円)以上する。

 6人が居住できる「豪華モデル」は、退避用トンネルに続いて、入り口にシャワーを備えた除染室があり、内部にはベッドやソファ、キッチンなども完備しており、値段は10万ドル

 (1100万円)。それでも7月以降、同社製シェルターには、日本からの注文が30件以上入ったという。

 社長のロン・ハバードさん(55)は注文急増の背景について「米国と北朝鮮が挑発し合い、日本ではますます現実的な危機だと受け止めているのだろう」と話している。

   ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
            昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 岩手。大震災から7度目のお盆を迎える岩手、宮城、福島の被災3県沿岸市町村のうち、身元不明などで親族の元に帰れず、自治体が預かる犠牲者の遺骨が岩手、宮城両県に

 189柱あることが、分かった。震災から6年5カ月がたち、身元確認の困難さが増す一方、判明しながら引き取る人がいないケースもある。

 自治体は慰霊塔整備など安置の具体化を進めている。

 大震災のため花巻市で避難生活を送ってきた箱山栄一さん(67)、文子さん(65)夫妻は12日、大槌町中心部の末広町通りで7年ぶりに復活した夏祭り「よ市」に

 参加し、震災後初めて地元で料理を振る舞った。文子さんを中心に営業していた喫茶「フィッシュ」は津波で流失したが、新店舗が大槌町末広町に完成し、9月からの営業を計画する。

 震災から6年5カ月が経過し人口流出が懸念されるまちに、復興の起爆剤となる頼もしい仲間が帰ってくる。この日は末広町商店会のメンバーと共に屋台で出店。

 箱山さん夫妻は鉄板で肉や野菜を炒め、手際よく焼きそばを仕上げた。

 隣のテントで団子などを販売した大槌商工会女性部の部長木村里美さん(52)は「営業が再開したらみんなで食べに行こうと話をしている。『2次会はフィッシュ』というのが

 大槌の定番だ」と期待を膨らませた。

 熊本。熊本地震などの災害関連工事の一般競争入札について、県は1社しか参加しない「1社応札」を認める方針を決めた。

 落札者が決まらない「不調・不落」を減らす狙いだが、過去には競争原理が働きにくいとの理由から「1社応札は入札不成立」とした経緯がある。あくまで緊急事態への対応と

 いうことを忘れてはなるまい。1社応札が問題化したのは4年前。2012年の九州北部豪雨で被害に遭った阿蘇地域などの復旧工事で、1社のみが応札し、入札額の上限である

 予定価格に近い高値で落札する事態が相次いだ。競争原理が働いていなかったことを示唆しており、業界内部からも「不自然」との指摘があった。県は13年5月以降、1社応札の

 場合、再入札することを決めた。それまで県は、法的に問題ないとはいえ、公正な競争や税金の無駄遣いの排除といった入札制度本来の目的とは相いれない1社応札を認めていた。

 県は今回、「不自然な入札が増えれば不成立に戻す」としている。談合の温床になっていないか監視を強化するためにも、県は今後、1社応札の割合や、予定価格に対する落札価格の

 割合である落札率などを定期的に集計し、公表するべきだ。

 県によると、県発注工事の不調・不落の割合は地震後増え始め、17年1月は20%、5月は50%に上った。17年度は土木工事だけで1200件の発注が見込まれており、

 県は復旧の遅れを懸念し1社応札の解禁にかじを切った。しかし、それだけで懸念を払拭できるわけではあるまい。不調・不落の内訳をみると、1社応札は2割程度にとどまり、

 大半は入札に誰も参加しないケースだ。業界関係者によると、技術者や機材不足による人件費、機材費の高騰と材料費の値上がりを背景に、実際の工事費が県の予定価格より

 高くなる採算の取れない工事が多いからだという。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

   富山。富山市の県美術館の外観など景色を見ながら飲食を楽しむ催し「ナイトアートワゴン」が、きのふ館近くの富岩運河環水公園であった。

   心地よいそよ風が吹く中、来場者たちが夏の一夜を満喫した。26日に全面開館する同館が、機運を盛り上げようと初めて企画。県産材で作った屋台「アートワゴン」3台を並べ、

 館内に出店している飲食店などがベーグルやビール、ワインなどを提供した。

 犬の散歩に来ていた射水市の自営業姫野孝明さん(54)は「毎週末にやってくれたらもっと来る。すてきなイベント」と喜んでいた。会場には電飾も飾られ、日が沈むと一帯は

 淡い光に包まれた。アートワゴンは、同館が3月に一部開館して以降、毎週土曜と日曜に公園から同館に続く遊歩道沿いに設置し、県内の作家らが作品を販売するためにも使っている。

   福井。お盆に向けて福井市のJAの直売所では菊などの切り花コーナーがにぎわいをみせている。

 今年は猛暑などの影響で価格は例年より5割ほど高めという。福井市のJA農産物直売所・喜ね舎では、お盆用の切り花フェアが始まっており、墓参り用などに菊をはじめ

 色とりどりの切り花が50種類以上並び、最近はヒマワリなどの華やかな夏の花も人気という。今年は5月と6月に寒暖差が大きかったうえ、その後の猛暑続きと雨が少なかった

 影響で生育にばらつきがあり、例年より出荷が少なく価格も5割ほど高めという。この切り花フェアはけふ14日まで開かれている。

   能登。今朝3時前、七尾市大和町の高山たま子さん(84)の住宅の2階の物置から火が出て、隣の住宅にも燃え移り、いずれも木造2階建ての高山さんの住宅を全焼し、

   隣の住宅も半分焼いて、4時間後に消し止められた。この火事によりけがをした人はいなかった。高山さんはふだんは1人暮らしで、高山さんの三男が帰省していて、火が出た

   2階の寝室にいたという。現場は、JR七尾駅から東へ1キロの住宅街で、現在、警察や消防がどこから火が出たのかや火が出た原因について詳しく調べている。

   過疎化が進む集落を元気にと、志賀町笹波で、地場産品を直売する「笹波棚田トラック市」が、毎月開かれている。

   耕作放棄地が増えた棚田の名所「大笹波水田」再生の資金を募ろうと、地元有志で始めた取り組み。参加者も徐々に増え、地域の集いの場となっている。「サザエ1キロ千円」、

   「笹波米1キロ5百円」。笹波集会所の倉庫では、地元の漁師や農家が朝に収穫した野菜などの産品が並んでいた。スイカやナスのほか、キャベツなどの苗も。

   本来は毎月第3土曜の開催だが、19日が祭りのため一週前倒しされた。

   外にはテーブルと椅子が設けられ、地元住民や観光客が談笑。主催者がお茶やコーヒー、おにぎりなども提供していた。隣の鹿頭から来た門前小夜子さん(64)は「お値打ちで

   新鮮。珍しいものもあるので助かる」と話し、買い物を済ませた。

   大笹波水田は1999年、農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれた名スポット。当時は7ヘクタールを管理組合の80軒ほどで管理していたが、年々撤退する農家が増え、

   3割が休耕田に。今年は参加農家が23軒にまで減った。景観を維持しようと、組合は8年前、休耕田の半分でソバと大麦の二毛作を開始。しかし、もう半分は手付かずのまま。

   組合員の一部で「何とかしよう」と話し合い、菜の花で埋めることに。資金としてトラック市の売り上げから寄付を募る。こうして4月に本格的なスタートを切った。

   発起人の一人、中禰喜久雄さん(66)は「棚田を守るために始めたが、一番は地域活性化。季節ごとに作物があるし、値段も良心的」と語り「出品者も手伝いをしてくれる人も

   増えてきた。県外から来る人もいるので楽しみ」と話す。稲の刈り取りが始まる9月には、菜の花とソバの種をまく予定だ。

   金沢。石川県内は曇りで一部で雨が降った。

   日差しが遮られ、正午までの最高気温は志賀28・8度、金沢28度など各地で30度を下回った。兼六園では旧盆期間の無料開園が始まり、朝から散策を楽しむ観光客でにぎわった。

   名園のシンボルである徽軫(ことじ)灯籠の周辺は家族連れらが列をつくり、旅の思い出に記念撮影する姿が見られた。無料開園は明後日16日までで、開園時間は午前7時から

   午後6時まで。

   来年1月に開院予定の新石川県立中央病院(金沢市鞍月東2丁目)で、外観部分で最後に残っていた足場が、きのふ取り外され、建物が全容を現した。

   県によると、工事は建物の内側を含めておおむね完了し、9月15日の工期最終日まで仕上げの作業が行われる。

   新病院は鉄骨造りで地下1階、地上10階建て。屋上にはドクターヘリのヘリポートを設ける。きのふは建物の裏側部分の足場を作業員が慎重に解体し、夕方までに作業を終えた。

   建物は確認検査後、9月中に県に引き渡され、医療機器の搬入や運用のリハーサルが行われる。

   Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 早いもので、もう葉月8月14日だ。

   北安江の岩本さんから。今年の夏の猛暑と豪雨。梅雨の時期から全国的にずっと繰り返しています。気象・季節というものが、若いときとは全く変わってしまった感じですね。

   そう感じるのは、年のせいなのでしょうか、それとも、地球温暖化が現実化したためなのでしょうか。このままの状況が続いていくと、われわれ高齢者は、本当に耐えていける

   のでしょうか。心配です。また8月15日がやってきました。この日の意味を、将来ずっと持ち続けて行きたいものですね。1945年8月15日は、正確にいえば、玉音放送に

   より日本の降伏が国民に公表された日だそうですね。天皇も国民も敗戦という言葉を使いたくなかった、聞きたくなったというところから「終戦記念日」、「終戦の日」と呼ばれて

   いるようです。「終戦記念日」も「終戦の日」も俗称で、公式名称は「戦没者を追悼し、平和を祈念する日」だそうです。「戦」などとは全く関係のない「平和」を保つことを

   誓う日でなければなりません、なんて便り。

   午後の散歩は、何時ものコ―ス。(雨が)降るかと思って傘を持って出たのが正解。犀川から取水して流れてくる寺津用水。水量はまずまずで、少し濁っていたが流れは速かった。

 体育館の駐車場には5台。バスケットの音がした。ここから、バス通りを越えて、坂道のを下りきって四つ角は左折。涌波の親父さんの畑ではオクラの花がいい。隣の空き地には、

   けふも草と共に無数のヒルガオが咲いていた。白アリにやられたお宅、足場は組んで、ブルーシートは外されていたが、作業員はお盆休み。西さんちの四つ角はまっすぐ。

   大柳さんちまえの三叉路は右折し、大友さんちの角を経て、金子さんちの辺りを一回りした。途中、今年春に新築を建てられた若い人のガレージでは、友達とのBQで賑わっていた。

   Drの車が無いので、仕事に出かけたのだ。なかの公園では盆踊り大会のテントはすべて片付けられていた。その手前で右折して神社の辺りを一回り。この辺りから雨が降り出した。

   徳中さんちの風車は回って居なかった。徳田さんちの裏の畑、真っ赤なアメリカ芙蓉がしぼんでいた。強くなったので神社の手洗い場で、暫し雨宿り。少し止んで来たので

 歩き出した。湯原さんちの前庭では、紅いハマナスの実に薄紫の花が特に目に入る。大筆さんち<前を過ぎて、坂本さち前の庭では、石槌バラは元気だ。

 松本さんち、紅いほうずきがいい。やがて、シュウカイドウが咲きそうだ。みすぎ公園を一回りし、三叉路で左折。帰路は、ペンキ屋さんち横のムクゲを見つつ、京堂さん前の

   バス通りを渡って、コンビニの二本裏通りから帰還へ。松本先生宅の四つ角、玉井さんち前を通ってから右折。持木さんちの赤や白の百日紅を見て、瀬戸さんちの畑では、

   真っ白のムクゲにバラ2輪が待っていてくれた。

 けふの散歩は、〆て7キロ、9999歩だった。

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
             唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
 おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

   のどけしや ゆったり動く象の耳
、  紅椿一輪部屋を明るうす
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2017年葉月8月14日(ふ)

・∴・--------------------------------------------------
■ご感想は?。


【戻る】

日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】

【気象情報】

【金沢地方気象台】

回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊