長野の北アルプスで遭難相次ぐ 2人死亡、2人重傷か

 2017年、酉年、皐月5月4日、晴れ、金沢の最高気温は23度。

 みどりの日。今朝の散歩は、生ゴミ捨てのコースで、バス停の方向へ向かった。寺の裏山からナシの消毒機の音が聞こえた。河田さんちに会い「お早うございます」。

 ゴミステーションの横のアパートから、左折した。小林さんちの畑では、チューリップがきれいに咲いていた。道心の四つ角を過ぎて行くと、コンビニ帰りの本田さんに会い、

 「お早うございます、しばらく顔見なかったね」、「入院していました」、「御大事に」。ひょとこ丸は、お休みか。コンビニの裏通り、京堂さんち前からみすぎ公園を一回り。

 清水の御婆さんちの畑、イチゴやエンドウの花が美しい。一回りするとキジの鳴き声がした。シーズ連れの辻さんに会い「お早う御座います」。

 坂本さんちの庭、シャクナゲにリキュウバイがいい。湯原さんちの庭には、紫のモクレンは咲いて椿や芝桜もチューリップも見事。土村さんちの玄関前では、ツツジにオダマキが

 美しい。田畑さんはまだ出かけられていない。谷口の婆さん宅の前、清水さんちのボタンは見事だし、裏の畑ではアヤメが咲いていた。

 徳中さんちの風車は、廻っていた。ペンキ屋さんちのズオウや玄関先の白のツツジが一面に咲き始めた。修平君の御婆さんち、玄関先の赤と白のツツジがいい。

 なかの公園手前の交差点は左折するが、宇野さんはまだだが、Dr小坂は出られたあとだった。ここから、型枠工場の辺りを一回りした。畑におられた松本さんに「お早うございます」。

 西さんちの四つ角、上村さんちの四つ角も左折して、紙谷さんちの辺りを一回りした。三叉路では、浅田の御婆さんち、花壇のハボタンやタイツリ草に芝桜、シャクナゲは元気だ。

 小津さんちを過ぎて、中村さん、玄関先の梨畑におられて「早うございます」。ナシの消毒についてうんちくをひとくさりしてもらった。ここからは右折して左折。

 坂道を登って、雀のお宿、越野さんちのエサ台の周りの木々には、雀が、久々に留まって餌をついばんでいた。

 ここを越して左折するとバス通りだ。体育館の横には三重ナンバーの軽4が停まっていた。駐車場には10台余り。浄水場辺りの桜はほとんど葉桜、寺津用水の上には、名前は、

 分からないが新緑が朝陽に映えていた。通いの坊さんに会い「お早うございます」寺津用水の水量は、少ないが、スムースに流れていた。駐車場の前には「6月4日 愛染例大祭」の

 看板が建てられていた。

 小屋に戻って、まず緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 日本列島。北海道は、けふ高気圧に覆われ、最高気温が30度以上の「真夏日」を今年初めて観測した。

 気象台によると、北海道東部の置戸町では31・2度を記録し、全国で最も厳しい暑さに。美幌町31・1度、北見市30・3度など置戸町を含め5カ所で沖縄県内の

 最高気温を超えた。このほか、札幌市や旭川市など各地で25度以上の夏日になった。気温が上がり、札幌市中央区の大通公園には多くの家族連れらが訪れ、噴水で水遊びを

 したりアイスクリームを食べたりしていた。

 長野。今朝6時半ごろ、松本市の北アルプス奥穂高岳(3190m)で、男が滑落したと登山者から110番があった。

 県警がヘリコプターで男を救助し病院に搬送したが、2時間半後に死亡が確認された。男は頭から血を流した状態で倒れていた。警察が身元の確認を進めている。

 午後1時50分ごろには、奥穂高岳の別の場所で3人パーティーのうち男1人が雪崩に巻き込まれた。県警が雪の上で倒れている男を救助したが、搬送先の病院で死亡が確認された。

 このほか、北穂高岳(3106m)では山梨県南アルプス市の薬剤師河野晃二さん(29)が雪崩に巻き込まれて滑落した。左肩に重傷のもよう。また乗鞍岳(通称・白馬乗鞍岳、

 2469m)では埼玉県朝霞市の須佐卓二さん(56)が天然の斜面を滑るバックカントリースキー中に転倒、腕などを骨折し重傷とみられる。

 ところで、北アルプスの登山基地、涸沢(からさわ)にある山小屋「涸沢ヒュッテ」(2300m 松本市)付近では、好天に恵まれ、色とりどりのテントの花が咲いた。

 山小屋によると、大型連休を雪山で過ごす登山者はけふ4日がピークで、1000人以上がテントを張ったり山小屋に宿泊したりした。山小屋周辺の積雪量は、4月中旬に

 雪が降ったこともあって例年より多い6mという。涸沢ヒュッテでは「昼はさわやかな春山の景色を楽しめ、夜は星空が素晴らしいですよ」と今の時期の魅力を語っている。

 秋田。藤里町の素波里湖で釣りをしていたボートが転覆した事故で、県警は、行方不明となった2人のうち身元が特定できていなかった男は山梨県笛吹市石和町の会社役員

 小沢一徳さん(76)と発表した。県警と地元消防は今朝、ボートとヘリコプターを使い40人態勢で捜索を再開した。ボートには小沢さんと、山梨県山梨市の建設会社役員

 中村孝さん(65)、甲府市の朝倉重義さん(72)の3人が乗り、サクラマスを釣っていた。自力で岸まで泳いだ朝倉さんは「方向転換の際に誤ってボートに水が入り、

 転覆した」と話しているという。

 名古屋。今朝8時過ぎ、名古屋市昭和区高峯町の名古屋大学学生寮「国際嚶鳴(おうめい)館」で「爆発音とともに黒い煙が上がっている」との119番通報があった。

 鉄筋コンクリート造り9階建ての3階の一室15平方mが全焼し、焼け跡から男1人の遺体が見つかった。住人の男子学生(20)と連絡が取れていないという。

 警察によると、部屋を訪ねてきた男子学生の両親がロビーにいたところ、爆発音のような音が聞こえた。部屋は施錠されていたが、父親(47)が解錠し、ドアを開けると

 爆発が起き、父親も両手や口にやけどを負ったという。警察が火災や爆発の原因を調べている。

   京都。世界遺産・下鴨神社(左京区)で、きのふ疾走する馬上から的を射抜く「流鏑馬神事」が開かれた。

 京都三大祭りの一つ、葵祭(15日)の安全を祈願する伝統行事。新緑の鮮やかな境内の「糺(ただす)の森」に設けられた馬場に、100m間隔で50センチ四方の的を

 三つ設置。公家や武家の装束姿の射手が「イン、ヨー(陰陽)」の掛け声とともに矢を放ち、命中すると、詰めかけた観客から大きな拍手が起こった。

 新潟。暮れの22日に糸魚川市で起きた大火から、3カ月。焼けた建物は144棟に上り、83%に当たる120棟が全焼だった。

 地震の再建などの相談は「糸魚川市のホームページ」。

 鳥取。昨年10月の県中部で、震度6弱を観測した地震は、先月の21日で半年になった。

 地震の相談などは鳥取県の「災害被災地応援サイト」。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設問題。

 午前10時過ぎ、米軍キャンプ・シュワブ沖、ゲート前ともに基地建設の動きはない。集会も7日までお休み。GWとあってか、ゲート前の国道329号の交通量が多い。

 北向けやんばる方面は途切れることがない。

 憲法記念日のきのふ3日、「2017憲法講演会」が那覇市西の県男女共同参画センターてぃるるで開催され、700人(主催者発表)が集まった。

 水俣病訴訟などで国や企業を相手に闘った馬奈木(まなき)昭雄弁護士が講演したほか、学生の朗読劇、宮古島市への陸上自衛隊の配備計画について地元の団体から報告があった。

 琉球大の学生11人は朗読劇「すべての国が戦争を放棄する日〜おきなわから」を上演。「非戦を選ぶ演劇人の会」の原案に、県内在住の女優上田真弓さんが、米軍基地が

 あることを“当たり前”と思って育ってきた若者たちの思いを込めて加筆、演出した。

 学生たちは、辺野古や高江で強行される米軍基地建設、先島への自衛隊配備などを軸に、人権が軽視され自然が破壊される沖縄の現状について語った。「アカショウビンの鳴く森を、

 生き物たちの暮らす海を、静かな風の吹く空を。私たちの場所は、私たちの場所だ」と結び、大きな拍手を受けた。

 また「宮古島・命の水・自衛隊配備について考える会」の岸本邦弘さんが「地下水に汚染が出たら、他に水源のない宮古島では命に直結する問題だ」と報告。施行70年を迎えた

 憲法について「人間ならば古希で、良いものだからこそ70年も続いている」と評価した。

 馬奈木弁護士は「憲法の原理原則を、自分たちが生活する地域で、職場で守っていかなくてはならない」と抵抗することの重要性を説いた。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)の野田らにもあったのは今さら言うまでもない。

 金融庁や財務省の各財務局を昨年までの7年間に退職した管理職270人のうち9人が、財務局などによる検査・モニタリング(継続監視)の実施中に、対象となった金融機関に

 再就職していたことがわかった。

 金融庁は、国が定める国家公務員の再就職規制に違反しないとするが、識者は「検査や監督への疑念が生じかねない」と指摘している。

 各省庁の管理職の再就職状況を調べたところ、2009年3月〜16年7月の間に金融庁(付属機関の証券取引等監視委員会と公認会計士・監査審査会を含む)や財務局を

 退職した管理職は270人いた。

 このうち半数以上の145人は、許認可や検査の対象となる銀行や証券会社、信用金庫、信用組合などの金融機関、監査法人に再就職。さらに、うち9人は、金融庁や財務局による

 検査やモニタリングが行われている時期に、相手先の地銀や信金に再就職していた。

 首相(自民党総裁)安倍がきのふ3日、憲法改正を求める集会に寄せた「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」とするビデオメッセージ。

 「改憲勢力」はおおむね歓迎の声を上げる一方、安倍政権下での改憲に否定的な他の野党は一斉に反発した。

 自民党の選挙対策委員長古屋圭司は9条の1、2項を維持する点について「平和主義を徹底した上で、憲法違反と言われずに自衛隊を置くことができる。公明党も評価しており、

 一つの考え方として尊重したい」と集会出席後、語った。「憲法改正できるのは首相や国会議員でなく国民だ。国民、世論をしっかり啓発していかないといけない」とも述べた。

 連立を組む公明党の代表山口は東京都内での街頭演説で「自民党総裁として意欲的な提案をされた」と首相のメッセージに触れる一方、「これから国会で十分に深く議論され、

 国民の理解を伴い、合意がつくられていくことが望ましい」と拙速な改憲には慎重な考えを示した。

 首相が「改憲勢力」に位置づける日本維新の会。維新が主張する改憲での教育無償化について首相が前向きな姿勢を示したことに、国会対策委員長遠藤敬は「我々の提案を

 真摯に真正面から受けていただき、ありがたい」、「だらだらと議論したって仕方がない。(2020年施行と)区切ったことについて評価したい」と。

 同じく「改憲勢力」の日本のこころ。代表中山恭子は「自民党総裁が明確に言ったことは大変心強い」と評価する一方、「何年も前から検討を進めるべき問題であり、遅きに

 失している」と漏らした。

 首相に対決姿勢を示し、昨夏の参院選で共闘してきた他の野党は反発している。民進党の代表蓮舫は「首相は口を開けば言う憲法改正の条項が違う。なぜ改正をするのかが

 全く見えなくなってきた」と指摘。「立憲主義を踏みにじり、自分のレガシー(遺産)のために改憲したいんじゃないか」と批判した。

 共産党の委員長志位も「海外での武力の行使がまったく無制限になるという大変重大な改悪になる」と反発。「2020年という年限、9条改憲を表明したのは極めて重大、

 絶対に許さない」と語った。社民党の党首吉田忠智は「公明党が同様のことを『加憲』という形で常々言っていた。公明党を引き込むためのニュアンスじゃないか」と述べ、

 9条1、2項を維持することで、首相が公明党に配慮したことを指摘した。自由党の幹事玉城デニーは「現行9条の条文を残しておけば、公明党を説得できると考えたのだろう」と

 推察した。

 自由党の代表小沢一郎は、憲法が施行されて、70年のきのふ談話を発表した。

 「確かに普段国民が憲法そのものを意識する機会は決して多いとはいえない。しかし、憲法と立憲主義の精神が、この国と、国民の生活全体を支える欠くことのできない

 基盤となっていることはいうまでもない。我々が、日々自由に活動できるのも、自由に発言・表現できるのも、すべて憲法の保障によるものであり、憲法記念日は、そうしたことを

 国民一人ひとりが改めて噛み締める良い機会である。しかし、同時に、憲法と立憲主義は現在、これまでにない最大の危機を迎えている。安倍政権は、現行憲法が戦後の

 「押しつけ」であるとして肯定的な評価を与えないばかりか、安保法制の強行採決に見られたように、あからさまに憲法をないがしろにする政治姿勢を続けている。そもそも総理は、

 信じがたいことであるが、「憲法で国家権力を縛るというのは絶対王政時の旧い考え方」と国会で答弁するなど、現行憲法と立憲主義を全く理解しておらず、この総理が

 提唱する憲法改正など、考えただけでも恐ろしいことである。すなわち、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、国際協調主義の4原則をしっかりと守るため、国家権力の

 暴走を食い止めることこそ憲法の本質なのであり、これを全く理解せず、情緒的な反立憲主義の立場をとる安倍政権下での憲法改正は、全く認められない。このまま安倍政権に

 よる憲法軽視、権力の濫用・私物化を認めていけば、この国の立憲主義も、議会制民主主義もいずれ必ず終焉を迎える。我々は絶対的にそれを阻止すべく、この国の将来のため、

 引き続き徹底的に安倍政権に対峙していきたい」と。

 数々のヒット曲を作詞、映画やオペラでも活躍した作家・作詞家のなかにし礼(79)さんが、がんと闘いつつ、旧満州での加害体験を小説で描いた。体験や創作活動を振り返り、

 「芸術作品」と表現する憲法への思いを語った。首相が改憲に向けた具体的な考えを示した施行70年の節目。悲惨な戦争と華やかな繁栄を見てきた作家は、何を訴えたいのか。

 新聞朝日に掲載されたのを少し長いが示唆に富むので引用した。

 ――憲法を芸術作品と言っていますね。

 「戦争をしないことをうたう日本国憲法は世界一です。特に前文は人類の進化の到達点だといってもいい。世界に誇れる芸術作品ですよ。日本語として美しくないからダメだと

 批判する人もいますが、私が芸術だというのは、日本人の琴線に触れる叙情詩だといっているわけではないのです。憲法は詩でも小説でもない。世界に通用させるべき美しい

 理念をうたい、感動を与えることができるから芸術だということです」。「正確を期すために、持って回ったいい方があったり、生硬な日本語が使われたりしているのは事実です。

 抽象的な理想を掲げているので、流暢さとか、日本人が美しいと感じる文章であるかどうかが重要なのではありません。大事なのはその中身です」。

 「首相が、2020年に改正した憲法を施行したいと明言したと聞き、驚きました。首相は憲法を尊重し擁護する義務を負っているのに、改正の期限を切るなどというのは、

 大問題ですよ。しかも、9条を含めて改正しようというのは、もってのほかです。この憲法の理念と理想は世界の人びとにも感動を与えることができる。最初は理解されないかも

 知れない。でも、説得して、少しずつでも世界に広めていくことです」。

 ――「時には娼婦のように」、「天使の誘惑」といった、甘美な愛の歌を生みだしてきた芸術の世界と関連するのですか。

 「私のことを軟派なエロじじいと思うかもしれませんが、愛は人間に与えられた最高の幸福ですよ。エロスは人を愛すること。人が人を愛し、歓喜を味わう、それが平和。

 エロスがなければ平和もありません。私の中では一貫しています」、「人を愛することは基本的人権の謳歌であり、場合によっては、権力に対する最大の反逆になり得るのです。

 政府が市民を統制し監視する社会を描いたジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』や戦前の日本を持ち出すまでもなく、権力は究極的には、個人が国以外を愛の対象に

 することを拒絶したい。恐怖で個人を縛り上げようとします。それに抵抗することなのです。こうしたことを理解して、憲法の前文を大事に思う人が増えてくれるとうれしいですね」

 ――平和を強く意識するようになったきっかけは何でしょうか。

 「私の人生の土台をつくったのは戦争の体験です。戦後、うれしいこともいっぱい経験しましたよ。でも、戦争以上の強い体験はないんです。個人は国家に翻弄され、捨てられる

 ものだと経験しました。3回ありました」、「私は満州で生まれました。家族は北海道から満州に渡って酒造りをして、関東軍に納めていました。しかし、無敵の関東軍は、

 日本の国民を守ってくれませんでした。1945年8月8日にソ連軍が日ソ中立条約を一方的に破棄、侵攻を始めたとたん、関東軍は百数十万人の居留民を置き去りにして逃げました。

 それが最初の棄民経験です」、「2度目は、日本国政府に見捨てられました。ポツダム宣言を受諾した8月14日、外務省は在外機関に訓電を打って、居留民はできるだけ現地に

 定着しろという方針を示すのです。日本国内の食糧も少なかったからでしょう。3度目は政府が引き揚げ事業を積極的に行わなかったことです。居留民は自主的に収容所を

 つくって身を寄せ、金を集めて、米国、中国の国民党と共産党、ソ連と掛け合いました。日本に帰る事業が始まったのが46年の夏です」、「改憲を訴える政治家たちは、

 個人よりも国家を優先させたいようですが、その先にあったのが棄民です。地獄のような体験をし、何度も命の危険にさらされました。機銃掃射が頭の30、40センチ先を走り、

 30m離れた所で爆発があって爆風を受けました。弾丸が右耳の横をかすめたこともあります。なぜ私が生き残ったのかは分からない。運です」。

 ――昨年発表した小説「夜の歌」で、8歳の少年だった引き揚げ時に、自らが加害者になった経験も赤裸々に描いていますね。

 「がんが再発し、最後の小説のつもりで取り組んだ作品です。書いてこなかったことも、伝えるべきことは書かねばならないと思いました」、「軍用列車で脱出する途中、

 私たちと同じように、中国人の暴徒やソ連の機銃掃射から逃げまわっていた開拓団の人びとが『乗せて下さい』と列車に群がり、しがみついたのです。それに対して、日本刀を

 振り上げる関東軍の若い将校が、手を離さなければ指を切り落とすと怒鳴り、私たちにその手を振り払うように命令しました」、「私は泣きながら、同じ日本人の指を1本1本

 もぎ取るようにはがしたのです。開拓団の中には、当時の私よりも幼い子供や赤ん坊を抱いたお母さんもいれば、老人もいましたよ。そうした人びとを見殺しにさせられたのです」、

 「これまで、自分が戦争の被害者になった経験については小説にしてきました。今回は、個人が国家の犠牲になることだけではなく、国家によって同胞までも見殺しにさせられた

 ことも実際にあったということを書きました。戦争で悲惨なことを経験させられるのは個人です。戦争に対する嫌悪感は人一倍持っています」。

 ――個人と国家の関係をどう考えますか。  「戦前の日本でリベラルな言論人として知られた清沢洌(きよし)の戦争中の日記が、戦後、『暗黒日記』として公刊されています。ここには、政府による弾圧におびえつつ、

 個人の自由が束縛されていく様子が記されています。これが再現されないよう、声をあげ続けなければなりません」、「ただし、声をあげるのも個人としてです。いくら仲の

 良い仲間がたくさんいても、平和や憲法のことを訴えるのはあくまで個人としてで、いかなる団体や集団の一員としてではありません。ネットで他人の意見に賛同するような

 消極的な姿勢ではなく、一人ひとりが自分の言葉で意思を示していくことが大切なのです。なぜならその方が勇気が必要だからです」。

 ――作家や作詞家として活躍した戦後はどんな時代でしたか。

 「60年安保や70年安保もあって、社会は大きく揺さぶられ、既存の権威や古い階層構造が壊れた時期に作詞家として活動できたといえるでしょう。ジュークボックスが

 普及した時期で、その中ではビートルズやローリングストーンズとも戦わなければならない。そこは国際競争です。ビートルズのリズムやアメリカのフルバンドの編曲などを

 研究しました。そうやってザ・ピーナッツの『恋のフーガ』も生まれたわけです」、「いろいろな分野で新しい才能が出てきましたよ。イラストレーターの横尾忠則、カメラマンの

 篠山紀信、演劇の寺山修司や唐十郎、みんな仲良しで、親分とか師匠がいない。独立独歩でガーンと社会に出てきたのが共通点。時代がエネルギーをくれていた気がしますね。

 バブル時代を経て、私が歌謡曲だけでなく、オペラや演劇、小説、映画などで仕事ができたのも、日本が平和で個人を認めてくれたからでしょう。そうした個人主義が、団塊の

 世代のミーイズム(私生活主義)に転じてしまい、日本社会に蔓延し、いまに至る閉塞感をもたらしているのかも知れません」。

 ――その閉塞感の先は、どんな世界が待ち受けるのでしょう。

 「真珠湾攻撃前の日本は、今野の北朝鮮を考えると想像しやすいでしょう。世界からの制裁で石油や資源がない、負けると知りながら、米国との戦争に突っ込んでいきました。

 論理と理性で動くべき政治が、その国だけで通用するオカルトの迷妄と感情に支配されてしまうと、地獄に向かって走ってしまう。閉塞した社会は、おかしな方向に出口を

 求めてしまう恐れがあります。北朝鮮だけのことと思わないことです」、「この気配を止めないといけません。今、日本の指導者は『どんなことがあっても戦争は回避します』と

 言うべきです。戦争をしないという次元に向けてシフトを変えないから、このままではいつか戦争になってしまいます。どんなことがあっても、『平和を愛する諸国民の公正と

 信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう』との決意を貫く。今からでも遅くないから、憲法の理念を理解して、どんな国をつくるか、真剣に考えることです。

 国際政治の現実に付和雷同するだけなら『日本も核兵器を持つべきだ』という結論になるのはあっという間です。保守派は甘ちゃんだと批判するでしょうが、私は個人として

 言い続けます」。

 《なかにし礼》1938年9月、満州国の牡丹江市で、生まれる。大学在学中から訳詞を手がけ、「恋のフーガ」「北酒場」などの4千曲を作詞。小説「長崎ぶらぶら節」で直木賞。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
 息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
 かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
 髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
        1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎  作曲:船村 徹

 高知。大川村が、村議会(定数6)を廃止し、地方自治法に基づく「町村総会」を設置する検討を始めた。

 村議の高齢化や後継者不足が背景にあるが、議会廃止に慎重意見も強い。同法に基づく町村総会は、1951〜55年に東京・八丈小島の旧宇津木村(現八丈町)で

 設置された例がある。

 地方自治法94条では、町村が議会を置かず総会を設けられると定める。大川村議会では2013、14年にも総会の可能性について議論したことがあるが、否定的な意見が

 多かった。大川村の人口は離島以外の自治体で最も少ない400人。1960年には4千人余りいたが、鉱山閉鎖などで急速に過疎化が進み、高齢化率も43・2%(県推計)に上る。

 村議選では、定数10を8に減らした03年に立候補が7人にとどまり、定数割れのまま全員当選。定数6に減らした07年は9人、11年は7人が立候補し、選挙になったが、

 15年は現職6人が無投票当選。19年の村議選で欠員が2人になれば、公職選挙法の規定で再選挙が必要になる。

 江戸東京。都知事小池が事実上率いる地域政党「都民ファーストの会」は3日、夏の都議選に向けた公約のうち、議会改革に関する部分を公表した。

 都議が公務で使用できる議員公用車の廃止や、議会改革条例の制定などを盛り込んだ。同会の公約発表は初めて。「議会改革が一丁目一番地」(会幹部)との位置付けで、

 他の分野は今後明らかにする。知事はきのふ、都内で開いた会の公認候補者向け研修会で講演し「都議会を変えることは東京を変えることに直結する。条例の議員提案ができる

 くらいの意志を持ってほしい」と呼び掛けた。

 第2次大戦の末期、旧満州(中国東北部)からの引き揚げ途中に落命した多くの日本人を慰霊しようと、漫画家のちばてつやさん(78)らが東京・浅草の浅草寺で毎年営んできた

 「母子地蔵法要」が、今年で20回目を迎えた。今回は、作品で戦争を描いている中堅世代の漫画家たちが初めて参加。ちばさんは「この平和を新しい世代に手渡したい」と話す。

 「母子地蔵」は1997年4月に建立。引き揚げ経験者で中国残留孤児の支援にも尽力した故千野誠治さんの呼び掛けに、ちばさんをはじめ故赤塚不二夫さん、故上田トシコさん、

 森田拳次さん(77)ら旧満州出身の漫画家が賛同、協力した。

 鹿児島。九州電力川内原発(薩摩川内市)の安全性などを検証する鹿児島県の専門家委員会で座長を務める鹿児島大大学院教授(地震学、火山物理学宮町宏樹)に対し、

 九電が地下構造の研究を委託し2017年度から3年間で2億円を負担する見込みであることが分かった。九電や宮町が明らかにした。

 宮町はきのふ会見し、九電には研究成果に注文を付けないよう念押ししたとして「委員会の判断に影響することはない」と強調。県からは、電力会社からの研究費や寄付についての

 申告を求められていないという。委員会設置は知事三反園訓の公約だった。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
 霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
 瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
 鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 米国。経済の低迷で財政が悪化している米自治領プエルトリコは3日、事実上の破綻手続きを裁判所に申請した。

 米メディアによると、債務総額は700億ドル(7兆8000億円)を超えており、米国の自治体の破産規模としては史上最大となる。プエルトリコの債務は今後、カットされる

 可能性があり、プエルトリコが発行した債券を持つ金融機関や投資家などに影響が出る可能性もある。知事リカルド・ロッセロ・ネバレスは3日、自らのフェイスブックに

 「債権者との合意に基づく再建を目指したが、交渉がうまくいかなかった。最善の道は、法律の手続きに沿って債務を管理することだ」などとする文書を掲載した。

 ドイツ。世界最高峰のオーケストラとされるドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は3日、小澤征爾さん(81)が来年1月19日と21日に、ベルリンでの

 コンサートで指揮者を務めると発表した。小澤さんは2010年の食道がん摘出手術後に活動を一時休止したが、16年4月に7年ぶりにベルリン・フィルを指揮し、話題になった。

 来年1月のコンサートでは、モーツァルトのバイオリン協奏曲などが演奏される。

 また、ベルリン・フィルは今年11月23日に川崎市のミューザ川崎シンフォニーホール、11月24、25両日に東京のサントリーホールでコンサートを行うと発表した。

 イラン。北部ゴレスタン州の炭鉱で3日に爆発が起き、地元当局者は死亡が確認された炭鉱労働者らが少なくとも21人となったと明らかにした。

 負傷者も60人超に増加した。爆発は坑内に充満したメタンガスへの引火が原因とみられる。死者の中には、爆発によって坑内に閉じ込められた同僚の救助に向かっていた

 炭鉱労働者も含まれているとの情報がある。現場では救出活動が続いているが、残留しているメタンガスの影響で難航。死傷者はさらに増える恐れもある。

 タイ。前国王プミポンの火葬儀式に使われる彫像に、制作した職人らが、米IT大手アップルなどのロゴを彫っていたことが3日、分かった。

 前国王は国民の尊敬を集めていただけに「不適切だ」との批判が殺到。ロゴは急きょ彫像から消された。彫像は高さ2m。ヒンズー教の神聖な巨鳥「ガルーダ」をかたどったもので、

 翼などにアップルやグーグル、フェイスブックのロゴが彫られていた。職人の1人が、自らのフェイスブックに写真を載せて発覚した。

 職人のフェイスブックによると、前国王の見識は国民に有益で、アップルなどのように国際的なものだったことを表したという。

 北朝鮮。朝鮮中央通信は3日、論評を配信し、中国が米国に同調し北朝鮮に制裁を科しているとして「朝中関係の根本を否定し親善の伝統を抹殺する容認できない妄動だ」と

 強く批判した。北朝鮮が中国を名指しで批判するのは異例。

 トランプ米政権から北朝鮮への圧力強化を求められている中国は、メディアが北朝鮮への石油禁輸に言及するなどけん制を強めている。伝統的友好国である中国の厳しい姿勢に、

 北朝鮮が猛反発した形だ。論評は個人名義となっており、国営通信社としての公式な論評とは区別することで、中国への最低限の配慮を見せた。

   ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
            昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 愛媛。今治市の市営団地で、きのふ親子が女に刃物で切りつけられる事件があり、92歳の母親が死亡した。

 現場近くでは先週、刃物による刺し傷がある高齢女性の遺体が見つかっていて、警察はこれも殺人事件と断定。2つの事件の特別捜査本部を設置して関連も視野に捜査している。

   きのふの午前9時ごろ、今治市の市営団地に住む岡本ユキヱさん(92)と長男の久行さん(70)が、部屋の中で女に刃物で切りつけられた。岡本さんは胸を刺されて死亡し、

 久行さんも背中を切りつけられ重傷。久行さんは女について「中年ぐらいで知らない女」と話しているということで、警察は昨夜、特別捜査本部を設置して、逃げた女の行方を

 追っている。一方、事件のあった市営団地から400mほど離れた民家では、先月26日、腹部に刺し傷のある81歳の女性の遺体が見つかっている。警察は、事件と自殺の

 両面で調べていたが、殺人事件と断定し、昨夜、特別捜査本部を設置して2つの事件の関連も視野に調べている。

 親子殺傷事件で、今治署捜査本部は、けふ関与した疑いがあるとして近所に住む40代ぐらいの女の事情聴取を始めた。

 岩手。平泉町で、きのふ春の藤原まつりのメイン行事「源義経公東下り行列」があった。

 平家討伐で活躍した義経が、台頭を恐れた兄頼朝に追われて逃げ延びた平泉で、藤原秀衡に温かく迎えられる場面を再現した行事。若手俳優や地元の名士らが馬や輿(こし)に乗り、

 毛越寺から中尊寺までの3キロをゆったりと練り歩いた。沿道いっぱいに詰めかけた若い女性のお目当ては、義経役の俳優、横浜流星さん(20)。きらびやかな衣装を着て、

 馬上から優雅に手を振ると、女性らは歓声を上げていた。平泉観光協会によると、見物客は18万人(昨年比5万2千人減)だったという。

 熊本。熊本地震は先月の14日で1年になった。

 日本三大砂丘の一つ、鹿児島県南さつま市の吹上浜で、きのふ3日から始まった「砂の祭典」に、熊本地震で損壊した熊本城の砂像が展示された。

 制作したのは被災地、熊本市の崇城(そうじょう)大の学生たち。城の早期復旧を願いつつ「熊本の人たちを力づけられれば」と、高さ3mの大作で雄姿を再現した。

 南さつま市などで作る祭典の実行委員会が「復興支援継続のシンボルに」と熊本城の制作を発案。祭典で砂像の審査員を務めたこともある崇城大芸術学部の教授楠元香代子さんが

 依頼を引き受けた。楠元さんの教え子で同大卒業生の熊本市の彫刻家、東耕平さん(33)と学生3人が4月21日から現地入り。4日間会場に出向き、地元住民に指導を

 受けながら制作に打ち込んだ。「武者返し」と呼ばれる急勾配の石垣を再現するため、東さんは4月27日も会場で仕上げに汗を流した。通った小学校は熊本城の近く。

 スケッチ大会でもたびたび城を描いた。地震で天守閣の多くの瓦が落ち、石垣も各所で崩落した姿に涙した。「熊本城は熊本にとってなくてはならないもの」と改めて思う。

 被災から1年が過ぎ、城の復旧工事が本格化している。自身の実家も半壊したが「熊本城とともに自分たちも頑張って復興していきたい。砂像を見た人にも元気になってもらえたら」と

 話した。祭典は、南さつま市金峰町高橋の砂丘の杜きんぽう内特設会場などで31日まで開かれる(8日は休み)。今年は国内外の作家が手がけた大小100の砂像が展示される。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
 君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
 君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。小矢部市の市立小学校で、男子児童に担任の50代の女性教諭が給食のおかずを無理やり食べさせ、嘔吐させたとして、教諭が担任から外されていたことがわかった。

 市教委の教育長野沢敏夫は「行きすぎた指導で、児童につらい思いをさせ、申し訳ない」と話している。教育長によると、今年1月30日の給食の時間に、当時4年生の男子児童が

 嫌いなおかずを食べなかったため、女性教諭がおかずを口に押し込むと、男子児童が嘔吐した。汚れた床も男子児童に掃除させたという。児童の保護者から抗議を受け、2月に

 女性教諭を担任から外したという。

 八尾町(富山市)の春を飾る越中八尾曳山祭が、きのふ開かれた。

 270年以上前に起源を持つ祭で、曳山を持つ旧町の6地区が荒縄で山を引いたり、車輪を押したりして八尾町内を練り歩く。祭は午前9時半に今町の聞名寺で曳出しが始まり、

 重さ4の山が6台登場。20人の男が1台の曳山を7時間ほどかけ、石畳の町内などを回った。

 曳山の中では囃子が三味線や太鼓、笛を奏でた。引き手の男たちが力を込めて曳山の向きを変える「角曲がり」では、太鼓を連打して鼓舞したり、動きが少ない時には三味線や

 笛でゆったりとした音色を奏でていた。初めて越中八尾曳山祭を見た富山市の室林綾那さん(8つ)は「曲がるときの迫力がすごかった」と驚いた表情。

 午後7時半からは1台の曳山に400個の提灯を付けて町を回り、訪れた観光客は写真をとったりして楽しんでいた。

 福井。国指定の伝統的工芸品「越前和紙」をアピールする「神と紙の祭り」が、越前市新在家町の越前和紙の里で始まった。

 明日5日まで開かている。県の無形民俗文化財で、紙祖神を祭る岡太(おかもと)神社・大瀧神社の春の例大祭(3〜5日)に合わせて毎年開催。産地の製紙業者10社を含め、

 20団体が出展している。1キロ千円の量り売りなど越前和紙を市価より安く購入でき、目玉の大掘り出し市では来場者らが業者の説明を受けながら品定めをしていた。

 越前和紙を使った風車作りなどの体験コーナーもにぎわった。けふ4日は午前十時から、ステージイベントで県内5つの高校の書道部員らによるパフォーマンスがある。

 神社の例大祭はけふ、紙能舞と紙神楽が奉納され、明日5日は神輿が産地の各神社を巡行する神輿渡りと紙祖神を奥の院に送る「お上(あが)り」がある。

 能登。七尾市を代表する祭礼「青柏祭」は、きのふ3日に開幕し、日本一の大きさを誇る山車(だし)「でか山」が豪快に巡行した。

 今年は、「青柏祭の曳山行事」を含む全国33件の「山・鉾)・屋台行事」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されて初めての祭りとなる。

 「世界の宝」となったでか山の迫力を伝えようと、若衆は「エーンヤー」と気合十分に掛け声を響かせ、まちを熱気で包んだ。

   金沢。日本国憲法の施行から70年の節目となった憲法記念日のきのふ3日、県内でも護憲を訴えたり、憲法への自衛隊の明記を目指したりと、様々な立場で憲法を考える集会や

 講演会があった。金沢市広坂2丁目のいしかわ四高記念公園では、県憲法を守る会主催の集会があり、200人が集まった。同会の代表委員岩淵正明さんは「自民党は憲法改正の

 条項を絞り込もうとしているが、現在の日本ではそういう民意はない。この憲法を守っていく活動を強めていかなければならない」とあいさつした。近くの道路では「護憲派を

 日本から追い出せ」と声を上げる街宣車が何度も通り、一時騒然となった。

 集会は当初、金沢市庁舎前広場での開催を市に守る会が申請したが、内容に政府への批判が含まれることなどを理由に不許可処分となった。同会は市に審査請求し、市は弁明書で

 「政治に対する批判や問題提起等を含む」として禁止行為に該当すると主張。同会は「表現の自由を侵害する」などとする反論書を出し、処分取り消しを求めていた。

 「金沢城菓子物語 百万石菓子百工展2017」は、きのふ金沢城公園をメイン会場に3日間の日程で開幕した。

 県内の和洋菓子の実演販売や菓子の振る舞い、和菓子作り体験をはじめ、キッズステージなど多彩な催しが繰り広げられた。5連休の初日とあって大勢の行楽客が訪れ、

 来場者は新緑の中で石川の菓子文化を堪能した。「菓子百工街」では地元菓子店のブースが並び、観光客は実演販売に見入り、土産に銘菓を買い求めた。

 手まりで遊ぶ珠姫の姿を連想させる和菓子「珠姫(たまひめ)てまり」や、つきたての餅が振る舞われ、家族連れらが列をつくった。

 加賀。加賀市三木町の北陸自動車道の加賀インターチェンジ付近で、きのふの午後1時前、ガードレールにバイクが衝突し、運転していた男が死亡した。

 加賀方面から小松方面へ走っていた大型バイクが中央分離帯のガードレールに衝突。この事故でバイクを運転していた男が病院に搬送され死亡が確認されました。運転していた

 男の身元が分かっておらず、警察が男の身元の確認を進めた結果、所持していた運転免許証などから、福岡県北九州市の会社員、宮川文廣さん(66)と分かった。

 現場は加賀インターチェンジと片山津インターチェンジの間にある片側2車線の見通しの良い緩やかなカーブで、宮川さんはツーリングで石川県を訪れていたということで、

 警察が引き続き事故の原因を調べている。現場近くで農作業をしていた人によると、「男が連休を利用して富山に向かっていた」という話しを居あわせたツーリング仲間から  聞いたという。

 小松市で、けふ明日の2日間「全国子供歌舞伎フェスティバルin小松」が開かれる。

 これに向けて、出演者たちが、きのふ会場の県こまつ芸術劇場うららで最終リハーサルに臨んだ。地元の「安宅の関」を舞台にした演目「歌舞伎十八番の内 勧進帳」を演じる

 小松市のほか、「舌出し三番叟」、「仮名手本忠臣蔵 道行旅路花婿」の浅草こども歌舞伎会(東京都台東区)、「義経千本桜 道行初音旅 吉野山道行の場」の松の会

 こども歌舞伎(三重県東員町)も参加。各団体が緊張感が漂う会場で通し稽古をした。出演者は細かい立ち位置や振り付けなどを確認して、本番に備えた。

 小松市の子供歌舞伎を指導する寺島浩さん(65)は、「リハーサルの出来は素晴らしかった。本番が楽しみ」と期待を込めた。

 リハーサル前には、市長の和田慎司と小松商工会議所女性会の会員16人が激励に訪れ、小松市のマスコットキャラクター「カブッキー」のお菓子や市川海老蔵さんから

 贈られた手ぬぐいなどを子供役者に手渡した。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 早いもので、皐月4日。小屋の裏ではウグイスが鳴きだしている。

 池田町の常岡さんから。家内は症状がよくならず、このところずっと病院にいます。付き添いが必要なので私も家に帰らず病院で生活しています。それゆえ極端な運動不足にも

 なっています。連休明けには家に戻る予定ですが、仕事も極力入れないようにし、ひっそり地味な生活をせざるを得ない状況になりました。時間がとれるようになりましたら

 連絡します、なんて便り。1日も早い快方を祈念するばかりだ。

   午後の散歩はいつものコースで、たかみ公園横からバス通りを渡ってそのまままっすぐ行く。墓場近くの畑には、谷口の御婆さんの弟さんが来ていたので「ご苦労様」。型枠工場は

 門を閉めてお休みだ。なかの公園手前から神社の辺りを一回り。三叉路から、松本さんちのブルーベリーとツツジの花を見て左折。京堂さんち前のバス通りを渡って、コンビニの

 裏通りから帰還へ。道心の四つ角を過ぎると畑に小林さんがおられて「ご苦労様」、サツマイモの畝を作っておられた。「何か植えましたか」、「ナスにトマト、オクラ」、

 「ゴーヤはもうすぐ植えるので、苗出来たらあげる」と。深謝して帰路に。奥村さんち、御婆さんが横で見守り、二女の方が家の草刈りされていたので「ご苦労様」。

 対面の瀬戸さん、畑でナスにトマトの苗を植えに来ておられて「ご苦労様」。飯田さん、どこへ行ってきたのかキャンピングカーは戻っていた。

 一服した後は、何時ものように、境内下の用水脇から、辰巳が丘町会を経て、郵便局を一回りしてきた。途中、高台にあるお宅では夫妻で手すりのさび落とし中で「ご苦労様」、

 それより先、小森の御婆さんが花の手入れをしていたので「ご苦労様」とちと立ち話していたところへ坂道から車で登ってきた松浦の爺さんが見えたので「こんにちわ、畑?」、

 「畑は午前中で、カラオケから帰ってきた。今はようがあるので」という。散歩中の親父さんに「こんにちわ」。

 けふの散歩は〆て1万2OOO歩あまり。明日は立夏か。

   年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
             唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
 おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

   のどけしや ゆったり動く象の耳
 紅椿一輪部屋を明るうす
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2017年 皐月5月4日(ふ)

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