移転予定の豊洲市場問題、都知事「市場担当」の態勢強化へ

 2016年、長月9月18日、雨、金沢の最高気温は25度。

 今朝の散歩はいつものコースで、寺の方向へ向かった。寺津用水の流れはまずまずだが澱んで水量が少なかった。体育館の横、長岡ナンバーの車が駐車していた。

 バス通りを渡って坂道。舘山への四つ角、涌波からの親父さんが、来ていなかった。空き地では、地主が草刈りされている、空色のつゆ草のみ元気そうだ。

 左のお宅では赤白のセージがきれいだ。西さんちの四つ角は、そのまままっすぐ行く。山市の爺さんの畑、山元のおばさん、白菜でも植えるのか、丸い穴をあけた黒の

 ビニールシートが掛けられていた。Dr小坂、宇野さんはお休みか、車は停まったまま。なかの公園の手前を右折。辰治さんちの納屋の横では、今朝は深紫のアサガオがしぼんでいた。

 対面の清水さんち、玄関先のシュウメイギクが健在だ。徳田さんの横の清水さんち、玄関先に広がるコスモスが雨でも咲居ているのはいい。神社の前の徳田さんち、10数輪の

 朝鮮アサガオ、しぼんでいるのもあるが、咲いているのは10数輪。他につぼみもある。田畑さんは、出られていない。玄関先の無窮花(ムクゲ)は、まだ元気だ。

 徳田さんの裏の畑、赤いでっかい花がしぼんでいた。湯原さんち前庭には、アキズイセン、百日紅、薄紫のムクゲ、赤のセージ、シュウメイギク、藍の花もいい。

 松本さんちの庭の白萩を見つつ、京堂さんち前のバス通りを渡る。コンビニの裏通りから、帰還へ。ひょっとこ丸もお休みか。道心の4つ角、反対側の藤田さんち、濃い紫の

 アサガオにケイトウはしぼんでいた。瀬戸さんちの畑、垣根には白の芙蓉が2輪しぼんでいた。

 まず緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 日本列島。前線は停滞し、その上を低気圧が東へ進むため、西日本と東日本では大気の不安定な状態が続き、九州北部や近畿、北陸などを中心に夕方にかけて、雷を伴い、

 1時間に50ミリ以上の非常に激しい雨が降るおそれがある。明日朝までに降る雨の量は、いずれも多いところで、九州北部と近畿で150ミリ、四国と北陸、東海で120ミリ、

 関東甲信で100ミリ、中国地方で80ミリと予想されている。気象庁は土砂災害や川の増水、低い土地の浸水に警戒するとともに、落雷や竜巻などの突風にも十分注意するよう

 呼びかけている。

 広島県などによると、午前10時現在、床上浸水が広島市内で5棟、床下浸水が海田町内などで6棟。けが人の情報はないという。

 広島市は今朝午前0時前までの3時間に降った雨の量が77ミリで、9月の観測史上最大を記録した。土砂災害の危険が高まっているとして、2年前の広島土砂災害で

 被害を受けた安佐南区などの3000人に避難指示を出したほか、市内の31万5000人に一時、避難勧告を出した。

 岐阜。きのふの昼前、高山市の北穂高岳( 3106m) と涸沢岳(3110m)の間で、男1人が滑落し警察と消防による捜索が行われたが見つかっていない。

 一緒に登山していた山岳ガイドから110番通報があったもので、転落したのは高知県から来た12人のパーティーのうち60代の男。15日、岐阜県のガイド2人ら

 計12人で長野県側から入山。北穂高岳から涸沢岳を経由し、18日に下山する予定だった。

 ヘリコプターや山岳警備隊が捜索していたが、天候不良のため、午後4時半で、きのふの捜索を打ち切った。けふ以降は天候次第で捜索を再開するかどうか判断する。

 山形。直径6m、高さ1・6mの巨大鍋でサトイモや牛肉を煮込む恒例行事「日本一の芋煮会フェスティバル」が、山形市の馬見ケ崎河川敷で開催された。

 小雨が降る肌寒い天気の中、熱々の3万食が振る舞われ、訪れた人の体を温めた。

 地元商工会のメンバーらが早朝、水6トン、サトイモ3トン、牛肉1・2トンなどを鍋に入れ、じっくりと煮込んだ。午前10時ごろに出来上がり、スタッフが潤滑油に

 バターやマーガリンを塗った特殊な重機で芋煮を小鍋に移すと、しょうゆや砂糖の香ばしい匂いが辺りに広がった。

 岩手。台風10号の大雨などによる大きな被害を受けた岩泉町などの住宅でカビが次々と発生し、復旧作業にあたる住民の衛生環境が問題となっている。

 カビを吸い込むと肺炎を引き起こす恐れもあり、県は作業の際は換気やマスクの着用などの対策を呼びかけている。

 岩泉町岩泉にある実家で復旧作業を行う佐藤寛治さん(71)も、室内のあらゆる場所に発生したカビを見て、「手の打ちようがない」と途方に暮れる。豪雨で2m以上の

 高さまで浸水。実家に一人で暮らしていたおいは高台に逃げて無事だったが、病気を患っているため、茨城県で暮らす佐藤さんが帰省して作業している。被災後すぐに

 取りかかれなかったため、玄関や壁、柱などがカビだらけになった。佐藤さんは、「これでは修復しても、もう住めない」と肩を落とす。

 県のまとめでは、16日現在、台風10号により宮古市や久慈市などの住宅908棟が全半壊し、16市町村の1375棟が床上・床下浸水した。いずれも住民らが

 泥のかき出し作業を行っており、衛生環境が悪い中、健康面への影響が懸念される。

 県医療政策室によると、水害で浸水した住宅で作業すると、カビを吸い込んでアレルギー性の肺炎になるなど感染症のリスクが高まるという。医師や看護師らでつくる

 「いわて感染制御支援チーム」は、県のホームページで日本環境感染学会(東京都)が示した衛生対策のポイントを紹介している。浸水被害から時間が経過した住宅では、

 室内にカビが充満している可能性があるため、入室前に30分以上換気することを呼びかけている。

 同室はまた、がれきの後片付けなどの際にくぎやガラスの破片が手や足に刺さり、傷口から菌が入って破傷風にかかる恐れがあるとして注意喚起している。

 重症化すると呼吸困難になって死ぬ場合があり、ゴム手袋や長靴を身に着けて作業することを呼びかけている。

 同室では、「復旧作業を優先しがちで、健康面の対応は二の次になりやすい。衛生状態が悪化しているのを理解し、マスクやゴーグルをつけるなど十分な対策をしてほしい」と

 話している。

 岩泉町の町長伊達勝身が、一昨日の夜、初めて避難所を訪れ、被災者に被害を受けた集落の再生を約束した。

 岩泉町では、自宅が浸水したり、孤立した地区からヘリコプターで移ってきた住民350人が避難所での生活を続けている。このうち、150人が避難しているホテルを

 岩泉町の町長伊達が訪問した。町長の避難所への訪問は初めてで、住民に、「必ず集落を復活させるのでみなさん方もがんばってください」と言葉をかけていた。

 訪問のあと町長は、「思った以上に住民のみなさんが元気だったので、安心しました。1日も早く住民が自宅に帰られるよう努力していきたい」。

 避難所で家族3人で生活をする50代の女性は、「町長が見て回ってくれてありがたかった。家の周りの道路が早く復旧して通れるようになってほしい」と話していた。

 岩泉町の町長伊達は、台風10号で被災した住民向けに設けた町内の4避難所を、将来的に岩泉町岩泉の「龍泉洞温泉ホテル」に集約する考えを示した。

 町によると、一昨日16日午後6時現在、住民はホテル(149人)と町民会館(126人)、小本津波防災センター(50人)、安家生活改善センター(23人)に避難している。

 ホテルは町有施設で、町の第3セクターが運営しており、一部の避難者は個室で生活している。

 集約時期は未定だが、道路整備や電気・水道の復旧が進めば、多くの住民が帰宅し、空室ができることから、小さい子供がいる家族や高齢者を優先し、ホテルへ移ってもらう。

 町の担当者は、「住民には少しでも良い環境で生活してもらいたい。集約することで4避難所にいる職員を復旧業務に回したい」と話す。

 ところで、岩泉町のほか久慈市や宮古市でもボランティアの活動を受け付けていて、きのふの午前9時現在、2つの市で合わせて355人が活動した。このうち久慈市では、

 建物の中からの泥だしや家具の運搬などのため700人ほどのボランティアが必要とされているが、きのふの朝に集まったボランティアは183人にとどまっている。

 また、宮古市では172人となった。

 被災地ではさらに人手が必要だとして、各地のボランティアセンターが積極的な参加を呼びかけている。岩泉町社会福祉協議会によると、きのふ午前11時の時点での

 ボランティアの数は、320人に上ったが、まだまだ人手が足りていないという。

 ボランティア受付窓口
  ・久慈市災害ボランティアセンター 久慈市社会福祉協議会内)
   ホームページ

  ・岩泉町災害ボランティアセンター(岩泉町社会福祉協議会内)0194−22ー3400
   ホームページ

  ・宮古市災害ボランティアセンター(宮古市社会福祉協議会内)
   ホームページ

 ボランティアツアー
  ・「けっぱれ東北・台風10号災害(宮古市・岩泉町)ボランティアツアー」(岩手県北観光)

 岩泉町へ
  ・東京(品川、浜松町)→(夜行高速バス「BEAM-1」(岩手県北バス))→宮古駅→(三陸鉄道・北リアス線)→岩泉小本駅→(岩泉町民バス)→岩泉町中心部
   ※9/30まで、ボランティアは、三陸鉄道北リアス線の宮古駅⇔岩泉小本駅と岩泉町町民バスの岩泉小本駅⇔岩泉町中心部が無料。
    宿泊情報
  ・久慈市内宿泊施設情報(久慈市役所)
  ・宮古市内宿泊施設情報(岩手県旅館ホテル組合宮古支部)
  ・浄土ヶ浜パークホテル「ビジネス宿泊パック」(岩手県宮古市)

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設問題、午後1時半過ぎ、米軍北部訓練場N1ゲート裏テントに、宅急便が届いた。

 埼玉、愛知、岐阜から送られたミネラルウォーターに、米など。配送スタッフの男は「住所がなくても、場所さえ分かれば届ける」と話した。

 午後3時半前、東村高江の米軍北部訓練場N1ゲート裏テントに、政治団体の車両2台が訪れ、「日本から出ていけ」などとヘイトスピーチを繰り返した。

 かつて海兵隊員などとして米国の戦争に従軍した退役軍人らが、沖縄の反基地運動の最前線に飛び込んだ。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に対し

 「新基地ノー」と声を上げ、移設反対派と連帯した。

 沖縄を訪ねたのは「平和を求める退役軍人の会」(ベテランズ・フォー・ピース)のメンバー6人。8月末から今月9日まで来日した。

 辺野古の米軍キャンプ・シュワブや嘉手納基地を視察。会の「琉球沖縄国際支部」の政治思想史学者ダグラス・ラミスさん(80)らの案内で、ヘリコプター離着陸帯

 (ヘリパッド)建設への抗議活動が過熱する東村高江も訪れ、警備の機動隊と対峙し「ヘリパッドは要らない」と訴えた。

 シュワブに所属したことがあるメンバーもいる。元海兵隊将校マット・ホーさん(43)がいた十数年前はシュワブ前で抗議活動はなかった。「沖縄の人々が今も自らの土地を

 取り戻せないのは悲しいが、こうして立ち上がったことは誇りに思う」。

 元海兵隊幹部ケン・メイヤーズさん(79)がいたのは1960年代。辺野古の海に当時から魅了されたと振り返り「(辺野古が面する)大浦湾は美しいまま残してほしい」と願った。

 辺野古移設を巡る訴訟で16日、国が県に勝ち、対立は新たな局面に入った。

ヘリパッド建設に反対する市民らの抗議集会が、きのふN1地区表側出入り口前で開かれた。

 午前の集会には200人が参加。市民らは16日の辺野古違法確認訴訟で県が敗訴したことに「判決はむちゃくちゃ。高江でも大量の機動隊を導入して工事もむちゃくちゃだ」と

 批判。「政府が三権を使って襲いかかっても、県民はひるまない」と誓った。市民らは出入り口前に座り込み、工事車両の基地内への進入を警戒したが、正午まえは、

 工事車両の出入りはなかった。

 リコプター着陸帯(ヘリパッド)の警備などを巡り、県議会与党3会派の県議団が、このほど県警の担当幹部らと意見交換した。

 会合は非公開。県議らは、県警が民間作業員を警察車両で作業現場まで搬送したことなどについて「公正中立に見えない」として、説明を求めた。

 県警は「安全確保のため」などと回答し、県外から派遣されている機動隊の配備の規模などは「県公安委員会と県警の責任で判断した」と説明した。派遣された機動隊の車の

 燃料代などの経費が県警の予算から支出されていることについて、県警は同経費を国の補助が50%認められる予算で工面すると説明。県議らは詳しい額などを明らかにするよう

 求めた。県議らは納得できる議論にならなかったとして、県公安委の委員長や県警本部長と意見交換する機会を設けるよう要請。

 終了後に会見した社民・社大・結の会派代表大城一馬は「引き続き意見交換し、議会でもしっかり議論する」と述べた。

 全国7つの爆音訴訟原告団でつくる全国基地爆音訴訟原告団連絡会議(代表金子豊貴男)は、けふ、東京都の昭島市役所で第4回総会を開いた。

 米軍北部訓練場でのヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の建設を巡り、政府が「工事強行への抗議行動に暴力的に襲いかかっている」として「人権・平和・民主主義を侵す

 軍事基地と闘う決議」を採択した。今後、政府に送る。

 同決議では普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設を強行することも批判した。ヘリパッド建設では500人超の機動隊派遣や県道封鎖などを挙げて「暴挙であり、

 根拠法令も示せない無法ぶりはまさに戒厳令である」と厳しく批判した。記者の強制排除や一時拘束があったことについて「表現の自由」も警察権力で「妨害」されていると

 指摘した。代表の金子は「巨大な政府、もっと巨大な米国政府を相手にしている。各原告団がもっと団結していかないといけない」と決意を述べた。

 強い台風16号は、きのふ八重山地方を暴風域に巻き込みながら与那国島の北に進んだ。

 直撃した与那国島ではきのふの午前10時6分、最大瞬間風速66・8mを観測し、八重山地方では過去5番目の強さを記録した。

 暴風の影響で、与那国町ではほとんどの世帯で停電。電柱や樹木が倒れたり、強風で飛ばされたトタンが当たって窓ガラスが割れたりするなどの被害が出た。

 沖縄気象台はけふ18日も先島諸島で吹き返しの風が強く吹く恐れがあるとし、注意を呼び掛けている。

 ♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ

 白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ

 白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
     昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)にもあったのは今さら言うまでもない。

 民進党の代表蓮舫は、きのふ新執行部人事で、政調会長に大串博志(51)を内定した。大串は幹事長野田の首相時代に首相補佐官を務めた。今回の代表選では、蓮舫の

 推薦人になっていた。大串は当選4回。財務省出身で、民主党政権では財務政務官、復興政務官なども務めた。蓮舫は大串が自身と野田に近い上、政策通とされることから

 起用したとみられる。大串は代表選で、蓮舫の政策集の作成に関わった。蓮舫はこのほか、代表代行に国会対策委員長安住淳、国対委員長に山井和則を内定した。

 生活の党の代表小沢一郎は、きのふ盛岡市で、共産党との共闘を批判してきた民進党の前首相野田が同党の幹事長に就いたことについて、「現実として、野党共闘を

 否定することはできない」と述べた。衆院選に向け、野田が共闘を否定するのは不可能との見方を示したものだ。

 小沢は野田と対立してきた。民進党で幹事長以外の人事の了承が週明けにずれ込んだことについても「民進党がごたごたしているのはなぜか。考えればわかることだ」と発言。

 党内での野田、蓮舫に対する批判が背景にあるとの考えを示唆した。

 シリア。東部デリゾール県で17日、米軍がシリア政権軍の拠点を空爆し、シリア人権監視団(英国)によると政権軍兵士の少なくとも83人が死亡、120人が負傷した。

 内戦が続くシリアで、米軍の攻撃により政権軍にこれほど多数の死者が出たのは初めて。米中央軍は過激派組織「イスラム国」(IS)を狙った空爆だったと表明、

 誤爆の可能性が高い。シリアでは米ロが主導する政権軍と反体制派の停戦が続いているが、人道支援物資の搬入などを巡り調整が難航中。今回の空爆は停戦の行方にも

 影響を及ぼしそうだ。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 江戸東京。築地市場(中央区)から移転を予定する豊洲市場(江東区)をめぐり、関係者の不手際が次々と明るみに出ている。

 豊洲市場の主要建物下に土壌汚染対策の盛り土がされなかった問題で、建物下の空洞は土壌汚染が再び見つかった場合に備え、パワーショベルが作業できる場所とする目的で

 つくられたことが分かった。都幹部が証言した。担当部局の都中央卸売市場は問題発覚後、配管などのために空洞を設けたと説明しており、本当の理由が隠されていた疑いが

 強くなった。

 豊洲市場では2007〜09年、地下水や土壌などから環境基準値を大幅に上回るベンゼンが検出された。土壌汚染対策を検討する外部有識者の「専門家会議」と、専門家会議が

 対策として提言した敷地全体の盛り土の工法を検討する「技術会議」が相次いで開かれ、都議会でも豊洲移転の可否が議論されていた。

 都幹部によると、都中央卸売市場内には「対策は十分だが、万が一、土壌汚染問題が再発した場合のリスクヘッジ(危険回避)を講じておく必要があるのではないか」との声が

 根強くあった。「有害物質が出たら、土を掘り起こして作業をしなければならない」との指摘もあり、パワーショベルが入れる空間を確保することになったという。

 建物下に盛り土がなかった事実の発覚以降、都中央卸売市場は床下の高さ4.5mの空洞は配管や電気設備の敷設のためだったと繰り返し説明してきた。しかし、この都幹部は

 「配管などのためなら高さ1mもあればいい。4.5mという高さは、建築の常識ではあり得ない」と指摘した。

 別の元局長級幹部は、都中央卸売市場が事実を公表しなかった背景について「『パワーショベルを入れるため』と明かせば、『土壌汚染対策は万全ではないのか』という話になる。

 問題が広がらないようにと考えるのは、事務方特有の発想だ」と説明した。一方で「盛り土よりコストが高いとも考えられ、手抜き工事とかコスト削減目的とかではなく、

 真剣に検討した結果だったのではないか」と述べた。

 豊洲市場の盛り土がない問題に関連し、元東京都知事石原慎太郎は、きのふ在任中の2008年に定例会見で、建物の地下利用案に言及したことについて、「(外部の)

 専門家からこういう話があるから考えた方がいいと(当時の都中央卸売市場長の)比留間英人に言った」と述べた。「市場長から聞いた」としていた自身の説明を訂正した。

 石原はこの日、「元秘書が詳細を覚えていた」として説明し直した。石原の案は採用されておらず、建物の地下に空洞がある現在の設計になったことについては「一切報告を

 うけていない」とした。

 一方、主な建物下に土壌汚染対策の盛り土がない問題で、都の前副知事が「地下に空間があることを昨年ごろ初めて知らされた。きちんと(市場の関係者らに)説明されていると

 思っていた」と話した。都庁中枢まで正しく情報共有されてこなかった実態を示すもので、問題に関する調査の焦点にもなっている。

 こう証言したのは、2013年10月に市場担当の副知事に就き、今年6月に退任した前田信弘。豊洲市場の地下空間について「建設がだいぶ進み、開場の準備も始まっていた

 昨年ごろ、地下部分の存在を初めて聞いた」と明かした。前任者からの引き継ぎはなく、任期途中で初めて聞く話で、少し驚いたという。

 豊洲市場の建設が有識者による「専門家会議」や「技術会議」の提言を受けて進められた経緯を念頭に、「専門家の確認はとってあるのか」と市場担当の部下に聞いたところ、

 「はい」と回答があったため「それなら問題ない」と判断したという。

 前田は「今思えば、どの時点での『専門家の確認』かなど、しっかり詰めるべきだった」と。都が、地下空間の情報をこれまで公表しなかったことについては、「隠すような

 話との認識はなく、当然、きちんと説明されているものだと思っていた」と述べた。「市場関係者にもきちんと説明できていないのは大きな問題」と認めた。

 盛り土がされなかった経緯については「(11年に)市場の基本設計を担当した者でないと正確な説明はできない」と繰り返した。

 市場の移転事業に長く関わってきた別の都幹部は、「豊洲市場の主要施設の地下に多少の空間があることは知っていたが、大きな施設の建設に不可欠な程度のものという認識だった。

 まさか高さが4・5mもあり、あんなに巨大だとは。問題化するまで気付かなかった」と。

 都は議会やウェブサイトなどで「盛り土をした」と説明し続けてきており、中央卸売市場の担当者は今月10日に問題が公表された際、「知っていたが、(公表することに)

 思いが至らなかった」と話した。

 都は、いつ、だれの判断で地下空間が設けられたのかを調査中で、近く結果をまとめる。

 都の調査を検証するプロジェクトチームの座長を務める青山学院大教授小島敏郎はきのふ会見し、「(情報の公表に関する)行政の手順がしっかり行われていなかったのでは

 ないか」と指摘した。

 「昨年ごろ知った」、「問題ないと思った」―。盛り土がされていなかった東京都の豊洲市場(江東区)をめぐり、前副知事が証言した。都庁内のずさんな情報共有は

 地下空間が設けられた問題検証の焦点で、都のプロジェクトチームが経緯を調べる。専門家会議も知事小池百合子の依頼を受けて再開され、安全性を再検証する。

 「両方の思い込みがそのままにきて、今回のような事態になっている」。市場問題プロジェクトチーム座長の青山学院大教授小島敏郎はきのふの会見でそう話した。

 「盛り土をしている」と考えてきた職員と「地下に施設を造った」と把握していた職員―。小島は、双方の連携不足が深刻な事態を招いた一因とみている。

 「技術屋(技術担当の職員)はみんな知っていたはず。ただ、それ以外は地下の空間まで気にしない」。市場移転を担当してきた都幹部の一人も、部署間に情報共有の壁が

 あったことを認める。建物設計の担当者の間で、どこまで「盛り土」の必要性が共有されていたのか。都が進める検証の焦点になっている。

 外部への情報発信も正誤が入り交じっていた。都のウェブサイトなどで「盛り土をした」と説明し続けたが、別のページには地下に施設を設けたことが分かる資料なども載っていた。

 「広報担当の事務職員は、設計が途中で変わるとは思わない。心底、『盛り土がある』と思って情報発信をしていた」。元都幹部の一人は、都庁内の雰囲気をそう振り返る。

 結果として、都庁中枢すら、大型プロジェクトの根幹に関わる内容変更を数年も知らない事態が続いてきた。

 「恥ずかしながら全く知らなかった。盛り土をしているもんだと思ってた。(資料を)見て気づければ良かったけど、なかなか難しい」、市場を管理する都中央卸売市場長の

 経験者も、そう語る。

 「行政の手順がしっかり行われていない、コンプライアンスの問題。正すにはルールを確立することだろう」、小島は、きのふ都が抱える課題をそう指摘した。

 原因に関する都の調査結果を受けて、市場の安全性や移転の妥当性などを外部有識者で検証する作業に進む。

 「これまでの経緯についてのチェック。(私が)帰った時点できっちりと整えていてほしい」、パラリンピック閉会式のため、リオデジャネイロ出張中の知事小池百合子は

 16日(日本時間17日)、そう話した。

 「前提条件が変わった。現状を見て再評価する」。2008年に土壌汚染対策として「盛り土」を提言した「専門家会議」の座長で、今回も座長を務める放送大学和歌山

 学習センター所長平田健正(たてまさ)はきのふの会見で、安全性を再検証する考えを示した。

 再び盛り土をする可能性について平田は「施設が入った今の地下で、盛り土をするのは物理的には難しい」とし、「4・5mの盛り土と今の状態とどっちがいいという

 議論ではなく、今の状態を改めて評価する」と述べた。まずは現在の地下空間内で、地下水と大気で有毒物質のベンゼンの数値などのデータを集める考えだ。

 都の地下水モニタリングの最終結果は1月に出る予定だが、専門家会議が安全性の結論を出す時期については「予想がつかない」とした。

 焦点となるのは、コンクリートで揮発性のベンゼンの拡散を防げるかだ。平田は08年の提言で、盛り土によって地下から上がるガスの拡散が抑えられると結論づけたことを説明。

 「コンクリートが盛り土に代わる効果を持つか、データを観測する必要がある」と述べた。

 都がきのふ公表した地下にたまった水の検査では、環境基準を下回る微量のヒ素と六価クロムが検出されたが、ベンゼンやシアン化合物、鉛などは検出されなかった。

 平田は「環境基準以下なので問題ない」とした。

 地下の水については、「雨水ではヒ素がこういう濃度で出ることはない。地下水の影響が大きいのではないか」と指摘。地下水にベンゼンやシアン化合物が含まれれば、

 揮発して上部の建物に入り込む可能性もあるため、施設直下の地下水位の確認も進める。

 平田はまた、「提言の内容と違うことをするなら、当事者に説明するのが大事」として、築地市場の関係者の意見を専門家会議の中で聴く方針も示した。

 リオデジャネイロを訪問している東京都の知事小池百合子は17日(日本時間18日)、築地市場の豊洲への移転問題に関し、「情報が断片的に入っている状況だが、

 いろいろと問題が拡大したり複雑化したり、元知事石原の発言があったり、少し整理をしなければならない」。そのうえで、「食の安全に関わる観点からも信頼の回復が必要だ。

 そのためには客観的、科学的な分析が必要なので、市場担当の態勢の強化を指示した」と、新たに局長級の幹部職員など数人を市場担当に異動させ、態勢を強化する考えを明らかにした。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
        1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎  作曲:船村 徹

 ロシア。18日、下院選の投票が極東のカムチャツカ地方などを皮切りに始まった。

 原油安や欧米の制裁で不況が長引く中、与党「統一ロシア」は支持に陰りも見られるが、ウクライナからのクリミア強制編入に対する国民の熱狂や選挙制度の変更に助けられ、

 議席の過半数を維持しそうな勢い。大統領プーチンは2018年の大統領選に向け、政権基盤の強化を狙う。

 統一ロシアは定数450の下院で238議席。世論調査の支持率は11年の前回選挙時に比べ低下気味だが、今回は比例代表だけでなく、小選挙区を導入して議員の半数を選ぶため、

 組織力や知名度を誇る同党に有利とされる。

 愛知。きのふの午前11時半ごろ、日進市米野木町仲大原のアパートの一室で、住人の栗本寿子さん(72)と三男の幸治さん(44)が寝室で亡くなっているのを、

 様子を見に訪れた長男(48)が見つけた。

 部屋は寿子さん、幸治さんの2人暮らし。アパートはメゾネットタイプの2階建てで、遺体はそれぞれ寝室の布団の上で見つかった。部屋は施錠された状態で、遺体に目立った

 外傷や荒らされた形跡はなく、遺書は見つかっていない。警察がけふ解剖して亡くなった経緯や死因を調べる。

 15日朝、3日分の新聞が取り込まれていないのに配達員が気付き、管理会社を通じて長男へ連絡した。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 米国。ニューヨーク・マンハッタンで17日夜、爆発があった。

 CNNは、消防当局の話として、少なくとも29人が負傷し、このうち1人が重傷だという。負傷の程度や爆発の原因は明らかになっていない。捜査当局が現場を封鎖し、

 原因を調べている。発生時間はこの日午後8時半(日本時間18日午前9時半)ごろ。米メディアは、道路脇に置かれている大型の鉄製ごみ箱が壊れている映像を流している。

 現場はチェルシーと呼ばれる若者に人気のエリア。土曜日の夜で、多くの人でにぎわっていた。近くのレストランで食事をしていたという男は「大きな爆発音がして、

 最初は雷が近くに落ちたのかと思った。みんな一斉に逃げ始めた。煙のにおいもした」とCNNの取材に話した。

 ニューヨークに隣接するニュージャージー州でもこの日、路上のごみ箱が爆発する事件が起きたばかり。2つの爆発事件の関連は明らかになっていない。

 シリア。東部デリゾール県のアサド政権軍拠点に17日、米軍主導の有志国連合による空爆があり、シリア人権監視団(英国)によると政権軍兵士少なくとも83人が死亡、

 120人が負傷した。米ロ主導で12日夕に発効したシリア全土での一時停戦に悪影響を与えるのは必至だ。これを受け国連安全保障理事会は17日午後(日本時間18日午前)、

 ロシアの要請で緊急会合を開催した。

 空爆があったのは過激派組織「イスラム国」(IS)に包囲されている政権軍の拠点。ロシア国防省報道官は誤爆の可能性を指摘した。ISは停戦の対象外だった。

 熊本。一連の地震で、2度目の震度7を観測した本震から16日で5カ月となった。

 三陸沖産のサンマを食べて、大震災と熊本地震の両被災地の復興を支援する催しが22日、相良村柳瀬の専徳寺で開かれる。

 発起したのは寺住職の堀内幹さん(43)。大震災では本山の職員として仙台市を拠点に被災者の支援活動に奔走した。岩手県大船渡市で水揚げされた150〜200匹を直送し、

 炭火焼きにしておにぎりなどとともに販売する。売り上げの一部を熊本地震の被災地に届ける。サンマは、自宅が被災した大船渡市の漁業者から購入した。

 堀内さんは2009年5月から今年2月まで東本願寺の仙台教務所(仙台市)に勤務し、大震災では岩手、宮城、福島3県の復興支援を担当。各地の仮設住宅を回って

 支援物資を届けたり、炊き出しを手伝ったり。幼稚園などでのコンサート活動にもかかわり、被災者の苦しみや悲しみに向き合った。

 江戸目黒。恒例の目黒のさんま祭が開かれ、宮城県気仙沼市で水揚げされたばかりの新鮮なさんまがふるまわれた。

 目黒のさんま祭は古典落語「目黒のさんま」にちなんで、毎年開かれており、目黒区の公園では宮城県の気仙沼港で、きのふ、水揚げされたばかりの7000匹のさんまが

 炭火で焼かれ、無料でふるまわれた。今年は相次ぐ台風の影響などで例年に比べて水揚げ量が少なく、大きさも小ぶりだが、脂はよく乗っているということで、会場では

 大勢の家族連れなどが長い列をつくり、焼きたてのさんまを受け取ると、早速秋の味覚を楽しんでいた。

 三鷹市から家族連れで訪れた40代の女性は「朝6時から並びました。焼きたてのさんまは脂が乗っていてとてもおいしいです。子どもも喜んでいるのでよかったです」。

 さんまをふるまった気仙沼市の松井敏郎さんは「今年は台風が相次いで、漁に出ることができず厳しい状況でしたが、無事に届けられてほっとしています」。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
            昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。

 インドネシア、フィリピン、ベトナムから4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。労働力として期待される一方、合格者の3割以上は帰国など

 EPAの枠組みから離れた。「定着」はなぜ難しいのか―。

 8月下旬、介護福祉士のインドネシア人女性(31)が6年半暮らした日本を離れ、母国に帰った。大きな段ボール箱一つ分は、介護と日本語の勉強の本で埋まった。

 「もう疲れ果ててしまった」。来日前はインドネシアで小児科の看護師として働いていた。EPAの募集を知ると、アニメで憧れた日本に行けると夢が膨らみ、2009年に

 応募した。来日後、4年間は施設で働きながら研修。仕事は楽しく、覚えた日本語で利用者と冗談を言い合った。夕方には自習時間があり、月2回は日本語教室に

 通わせてもらった。日本の制度や専門用語は難しかったが、過去の問題を頭にたたき込み、14年に介護福祉士の試験に合格した。

 ところが、合格後に生活は変わった。国が補助金をつけて施設に研修を義務付けているのは合格するまで。勉強の時間はなくなり、家賃の補助も出なくなった。

 合格しても給料はほとんど上がらず、長期休暇も取りづらかった。昨年末から夜勤リーダーの見習いが始まった。最初ははりきったが、期待はすぐにしぼんだ。日勤への

 申し送りは、15分間で入所者42人分の夜間の状況を口頭で伝える。「失禁があって全更衣しました」など日常会話では使わない言葉を早口で言う。発音が悪いと、

 「何を言っているか分からない」とダメ出しされた。

 毎晩残って練習し、3カ月間の見習い期間の最後に臨んだ試験。5人分の状況を伝えるのに10分かかったところで、打ち切られた。

 このころ、日本の受け入れ機関である国際厚生事業団にメールで送ろうと、書き留めた文章がある。「ずっと我慢して仕事をしながら、申し送りの勉強をしていましたが、

 やはり疲れました」、追い詰められて笑顔をなくし、帰り道に何度も涙を流した。上司に「辞めたい」とこぼすと、「今の状態じゃどこも雇ってくれない」と返された。

 たまたま母国で結婚話が持ち上がり、帰国を即決した。「頑張って頑張って合格したけど、もっと高い壁がある。私は日本人と同じようにはなれない」。

 別のインドネシア人女性の看護師(32)も帰国を考えている。08年に来日し、12年に国家試験に合格。一緒に来日したインドネシア人の男の看護師と結婚し、2人の

 子どもを授かった。弟や妹を大学へ行かせるため、故郷へ仕送りを続ける。月6万円の保育料は高かったが、共働きで生活費をやりくり。困るのは、子どもが病気になった時だ。

 せき込む娘を腕に抱き、勤め先の病院に「今日も休ませてください」と連絡するのが心苦しい。合格すれば両親を呼び寄せて子育てを手伝ってもらえると期待していたが、

 制度上、配偶者と子どもしか呼び寄せられないことを知った。

 仕事は忙しく、このまま夫婦2人だけで子育てをすることに限界を感じる。「日本の子育てや保険の制度は外国人には難しい。日本は私たちの将来まで考えてくれているのか」

 国際厚生事業団は受け入れた外国人が働く施設を巡回し、週に2回の電話相談を行っている。ただ、合格者の悩みは子育てや転職など複雑になっている。

 こうした悩みを共有して情報を交換しようと、インドネシアから来日した合格者は昨年12月に「インドネシア人看護師・介護福祉士協会」を立ち上げた。

 断食月中の6月、横浜市内の団地の一室で開いた集会に40人が集まった。「入浴介助では暑いからベールを外すようにと上司に言われた」と女性介護福祉士が訴えると、

 「気持ちを伝えた方がいい。1人で難しいなら説明を手伝う」と他の女性が応じた。

 まとめ役の男の看護師モハマド・ユスプさん(35)は「これまでは合格するのに一生懸命だったが、生活するには、みんなで支え合って問題を解決でき、孤独にさせない

 コミュニティーが必要」と言う。

 ユスプさんは第一陣で来日して8年。12年に合格してインドネシアから妻を呼び寄せ、小学5年と3歳の息子2人を育てている。

 東京都杉並区の河北総合病院の整形外科病棟。ユスプさんが骨折して入院中の高齢女性の足先に触れ、「指は動かせますか」と尋ねると、「動かすと前より痛い」。

 「少し腫れてますね。冷やしましょう」と笑顔で応じ、病室を出た。電子カルテには「体動時疼痛(とうつう)増強」と素早く打ち込んだ。

 「ここまでできるのに合格して3年かかった。同僚が理解し、助けてくれたからここまで来られた」。

 7月中旬には都内で研修中の介護福祉士候補者を訪ね、「日本には『出る杭は打たれる』という習慣がある」などと助言。「いつでも相談して。支え合える仲間がいる」と

 声をかけた。

 《経済連携協定に基づく外国人の受け入れ》2008年に始まり、インドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国と協定を結んでいる。経済上の連携を強めるため、

 日本で看護師や介護福祉士の国家資格を取って長く働いてもらう狙い。国内の労働市場に影響しないよう受け入れの上限があり、16年度は各国とも看護師が200人、

 介護福祉士が300人。国家試験は看護師が原則3年で毎年受けられ、介護福祉士は原則4年で1回の受験。合格すれば在留が認められ、合格しなければ帰国しなければならない。

 15年度の合格率は看護師が11%、介護福祉士は50%を超えた。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。県議会や富山市議会で相次いでいる政務活動費の不正取得問題で、自民党県連は、けふ市町村の会派代表者に対し政務活動費の適正な運用の徹底を求めた。

 県自由民主会館で開かれた会議には、県内15の市町村議会の自民党系会派の会長と幹事長ら26人が出席した。会議は今月13日に党本部の幹事長二階が政務活動費の

 趣旨の徹底を指示したことを受けて初めて開かれた。 冒頭、県連副会長鹿熊正一は、「『異常事態』と言うべき残念な状態が発生している。どれだけ制度がしっかりしていても、

 最後は本人のモラルにかかっている」と、議員としての自覚を強く持つよう求めた。

 県連は、県議会の「あり方検討会」で検討した「領収書の公開」や「議長の権限強化」など不正の再発防止策を説明し、参考にするよう求めた。

 県連幹事長の中川忠昭は「すでにやっておられる市町村議会もありますが、そういうことも含めて点検もし、こういう方向でやっていただきたいとお願いしました」。

 出席者からは、第三者機関設置への金銭的な負担を懸念する意見が出て、幹事長中川は、県連が契約する公認会計士に市町村議員も相談できるよう来月から対応する方針を示した。

 南砺に秋を告げる第66回城端むぎや祭は、きのふ、南砺市城端市街地で開幕した。

 袴や着物姿の踊り手が哀愁漂う麦屋節に合わせ、笠踊りや手踊りを繰り広げ、大勢の観光客を魅了した。最終日のけふ18日は午前8時半から、麦屋節コンクール全国大会が

 城端伝統芸能会館じょうはな座で開催された。午後から街並み踊りや講習会などがあり、夜はパレード踊りや総踊りが繰り広げられる。

 福井。若狭地方最大の秋祭り「放生(ほうぜ)祭」が、小浜市の旧小浜町内で始まった。

 八幡神社の例祭で、殺生を戒める放生会に由来する県の無形民俗文化財だ。京都・祇園祭の影響を受けた小浜市の廣嶺(ひろみね)神社の祇園祭の出し物を引き継いでおり、

   旧小浜24区のうち12区が1年交代で山車や神楽、大太鼓、獅子を奉納している。

 きのふは午前9時ごろから各区が神社に続々と宮入りし、街中を練り歩きながら本陣を回った。山車は1階に太鼓、2階に笛の囃子方を乗せた華やかな雰囲気で、「イーヤー」と

 かけ声を上げながら勇壮な太鼓と笛を披露した。

 けふ18日は午後1時ごろから、小浜市小浜白鬚の観光拠点「まちの駅」に設けた御旅所にすべての出し物が集結した。

 金沢。前線を伴った低気圧が北陸地方を通過し大気の状態が非常に不安定となり県内では、午前中、各地で大雨となった。

 金沢では午前8時過ぎまでの1時間に29.5ミリの強い雨が観測され、松寺町ではこの雨の影響で道路が一時冠水し消防などが対応に追われた。また、午後5時までの

 24時間雨量はかほくで106・5ミリ、金沢で101・5ミリとなった。このあと徐々に雨は弱まる見通しだが、前線の通過に伴い県内では今夜いっぱい大雨に注意が必要だ。

 気象台では引き続き土砂災害や河川の増水落雷に注意するよう呼び掛けている。

 加賀。小松市木曽町のコミュニティーカフェ「木曽町カフェ」で、7月から書道と韓国語を教える寺子屋が月に2回開かれ、カフェに集う地域のお年寄りと教室に通う親子らとの

 世代を超えた新たな交流の場になっている。

 カフェは昨年7月から木曽町会館で毎週水曜に開業している。地元住民でつくる「木曽町ときめきく楽部(クラブ)」が運営し、一杯100円のコーヒーや一食300円の

 昼食といったメニューをお手軽な値段で提供。お年寄りの憩いの場として、多い時には1日20人ほど訪れる人気だ。

 寺子屋はオープン1年の節目を機に、市内外から講師を招き学びの場として企画。く楽部の会長小林千鶴さんは「教室に通う子どもから大人までの幅広い人に交流してもらいたい」と

 狙いを語る。

 参加費は書道、韓国語の両教室とも1回750円と割安に設定。町内の母子家庭の子どもが気軽に参加できるようにした。参加した地元の40代の女性は「書道をする機会は

 小学生以来。集中して字を書くと気持ちがすっきりする」と笑顔。今後は英語教室の開催も計画中。小林さんは「年齢に関係なく交流の輪が広がっていけば」と。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                    熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 早いもので、長月、9月18日だ。

 半ばを過ぎた。

 江戸の達也君から。武蔵野が原も雨です。どなんは台風が直撃被害が少なかったことを祈っています。しかし、裁判所では大きな台風が吹き荒れています。多見谷裁判官は、

 陸自303を却下判決したした裁判官。辺野古問題受理る前に異例の裁判官人事がなされている。裁判官の中にも右翼もいる。富山市議会も酷い。氷山の一角だと思います、なんて便り。

 雨は一時止んだが、また降り出している。冷えてきたので、半袖から長袖に変えた。

 午後の散歩は、長靴に風除けの薄いジャンパを着こんで何時ものコース、たかみ公園横からバス通りを渡って、旧道を左折していく。あれっ、左官の宇野さんのクルマがいない、

 仕事で出て行かれたのだ。なかの公園の手前を右折し、神社の辺りを一回り。途中、辰治さんの御婆さんが納屋へ花を取りに来たところで「コンニチワ」、「雨でも歩いているの

 ですか」、「ハイ」、「先日、病院の先生から歩きなさいと言われているのですが‥」と。松本さん庭のノーゼンカツラは刈ったらしくガレージ庭に摘まれていた。

 ここから左折しないで、みすぎ公園を一回りしてきた。コンビニの裏から帰還へ。瀬戸さんの畑、二本のムクゲとピンクのバラが寒そうに咲いていた。

   年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
             唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
 おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

 無言てふ 会話のありて夜の長し
 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2016年 9月18日(ふ)

・∴・--------------------------------------------------
■ご感想はこちらへ。


【戻る】

日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】

【気象情報】

【金沢地方気象台】

回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊