台風12号は熱帯低気圧に 土砂災害など注意を
2016年、長月9月5日、曇りのち一時あめ、金沢の最高気温は32度。今朝も秋風で涼しい。が、蒸し暑くなってきた。
今朝の散歩はいつものコースで、寺の方向へ向かった。朝日がまぶしい。寺からの通りと体育館方向への三叉路で、軽四の丸岡さんに会い「お早うございます」。
寺津用水は、流れは速く水量も多いが、澱んでいた。体育館の横には、駐車している車はいない。バス通りを渡って舘山への四つ角、前方から柴犬連れの夫妻が目に入ったので、
手を挙げて挨拶。涌波からの親父さんが、来ていて、「お早うございます」。空き地のヒルガオは、消えて、空色のつゆ草が広がっていた。左のお宅では赤白のセージがきれいだ。
西さんちの四つ角はそのまままっすぐ行く。洋菓子屋のおばあさんは庭の掃除を終えて、家の中に入って行かれた。Dr小坂、宇野さんはまだ、車が停まっていた。
なかの公園の手前を右折。修平さんのおばあさんちのピンクや深紅のタチアオイは、終わりで、親戚の爺さんか物置の整理に来られていて「お早うございます」。徳中さんが、
きのふ撒くために出会ったモミガラは、隣の畑で撒かれていた。辰治さんちの納屋の横では、今朝も深紫のアサガオが見事だ。対面の清水さんち、玄関先のシュウメイギクが健在だ。
徳田さんの玄関先には、10数輪の朝鮮アサガオに秋水仙が見事に咲いていた。神社の境内のミンミンゼミはでっかく鳴いていなかなかうるさい。
田畑さんち、玄関先の無窮花(ムクゲ)は、3分の1に減っていた。孫の娘さんと2歳の曾孫さんが居たので「お早うございます」。湯原さんち前庭には、百日紅、薄紫のムクゲ、
赤のセージ、カノコユリがいい。シュウメイギクは咲き始めていた。松本さんちの庭のノーゼンカズラを見つつ、京堂さんち前のバス通りを渡った。
コンビニの帰りの軽に乗られた田畑さんに会い「お早うございます」。整地されたかつての梨畑から、コンビニの裏通りを経て帰還へ。ひょっとこ丸はまだだ。道心の四つ角、
出勤の藤田さんが車庫から出るところで会い「お早うございます」。小林さんち前を過ぎたところで、通いの坊さんに会い「お早うございます」。持木さん奥村さんの2所帯住宅、
赤白の百日紅はまだ健在。しかし、白のは少し色があせてきた。瀬戸さんちの畑、鮮やかな橙のが二輪で、ピンクのバラやムクゲなどは、消えていた。
緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
日本列島。台風12号は長崎県に上陸したあと、午前、九州の北の海上で熱帯低気圧に変わった。
四国や近畿では台風から変わった低気圧や暖かく湿った空気の影響で、明日6日にかけて局地的に非常に激しい雨が降るおそれがあり、気象庁は土砂災害などに注意するよう
呼びかけている。
岩手。きのふ、町内全域に避難指示が出された岩泉町では、孤立した地域からは崩れた道を歩いて避難する人がいる一方で様々な事情を抱えて避難できない人もいた。
岩泉町では、台風12号の接近を警戒して町内全域の9947人を対象に出した避難指示をけふも継続して、自衛隊はヘリコプターなどを使い、孤立集落に残る住民の町中心部への
移送を続けた。町によると、午前7時現在で孤立しているのは379人。一部の学校は、けふ5日に授業を再開する予定だったが、避難指示が解除されるまで延期されることになった。
気象台によると、台風12号は午前、熱帯低気圧に変わった。明日6日午後から岩手県でまとまった雨が降る可能性はあるが、岩泉町で激しい雨になる確率は低いという。
きのふは町内全域に避難指示が出され、自衛隊がヘリコプターを使って孤立した地域の住民を避難させる活動が急ピッチで行われた。こうした中、孤立している安家地区では、
やむをえず自宅を離れられない人もいた。このうち260頭の肉牛を飼育している三好秀美さんと(46)妻の公子さんは(54)牛を置いたまま避難は難しいという。
牛がいる牧場は家から数キロ離れ、道路が寸断されているため、台風の被害のあと行き来できず、牛の様子はわかっていない。 妻の公子さんは「牛が心配で、放っておけず
自宅にとどまることにしました」。三好さんの夫婦の家の裏の斜面は大雨で崩落しているほか、自宅近くの車庫や倉庫は増水した川の水で建物ごと流された。妻の公子さんは、
家の前の道路に「SOS水」と白いスプレーで書いて支援を求めていたが、現在は自衛隊が届ける支援物資で生活はできているという。
一方、孤立した地域から崩落した道路を歩いて越えて避難してくる人もいた。安家地区に住む71歳の女性は盛岡市から心配して駆けつけた娘2人に連れられて8キロほどの
道のりを2時間以上かけて歩いて避難した。安家地区の孤立地域では、自衛隊や町役場の担当者が一軒一軒声をかけて回り避難を呼びかけていて、役場の職員は、「今後少しの
雨でも被害が出るおそれがあるので住民は自衛隊のヘリコプターで避難してほしいです」。
ところで、岩泉町は、けふ午後3時、町内全域に出していた避難指示を解除し、避難準備情報に切り替えた。15人が死亡した岩泉町で、台風上陸当日の先月30日、
小本(おもと)川の水位が避難勧告を出す基準に達していたのに、町の担当者が電話対応などに追われ、発令者である町長に報告されていなかったことが分かった。
流域では、認知症グループホーム「楽ん楽ん」の入所者9人が小本川の氾濫で犠牲になっており、勧告が出ていれば被害の拡大を抑えられていた可能性もある。
町は先月30日午前9時、町内全域に土砂災害に関する避難準備情報を発表。午後2時には、小本川から北に20キロm離れた安家(あっか)川沿いの安家地区の一部に、
水害に関する避難勧告を出した。町によると、避難勧告などを出す業務を担当していたのは災害警戒本部の職員3人で、パソコンで小本川の赤鹿水位観測所の水位を監視していた。
県が設置した同観測所は、小本川沿いに立つグループホームから直線で2キロ下流にある。
さて、台風10号の大雨による浸水被害を受けた地域で、家屋の片付けやごみの回収が進まず、住民を悩ませている。
業者らの人手が足りなかったり、道路の寸断や危険箇所の復旧が進まず仮置き場や運搬ルートを確保できないためだ。大量のごみで生活が圧迫され、悪臭などの問題も
発生し始めており、衛生対策が急がれる。
宮古市松山地区は、閉伊川と長沢川が近くで交わり、地上2m近くまで浸水する場所もあるなど市内でも特に被害が大きい。きのふも住民総出で泥のかき出しや片付け作業に
追われた。市の委託業者による家具類の回収は始まったが、食品を含む可燃ごみの袋が道路脇に積まれたまま。焼却施設へ持って行こうにも車が浸水して故障し、運べない人が多い。
市による災害ごみの収集は1日から開始。区域ごとに市職員と業者が毎日回収している。市環境課では「人手不足が喫緊の課題だ。可燃ごみは焼却施設への搬入を急いでいるが、
今後は(道路が分断している)川井、新里地区の対策も考えなければならない」と苦慮する。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設を巡り、沖縄防衛局は午前、大型トラック20台分の資材をN1地区ゲートに搬入した。
米国の退役軍人でつくる「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」のメンバーやヘリパッド建設に反対する市民ら30人は米軍北部訓練場メインゲートと高江橋間の
県道70号で抗議行動を展開。工事車両による資材搬入を遅らせるため、道路の中央線をまたぐように車両を止めたり、複数人で腕を組み合いながら道路に座り込んだりしたが、
100人以上の機動隊が排除した。市民らの車両も機動隊がキャスター付き車両移動用ジャッキを使って道端に移動させた。
機動隊はジャッキで市民らの車を移動する際に「運転手はいませんか。移動させますよ。車が傷ついても知りませんよ」と呼び掛けた。市民の1人は「沖縄の選挙で
民意は示されているが、政治に反映されない。だから抗議活動をしているのに、それさえ遮られたら、私たちはどのように意思表示をしたらいいのか。教えてください」と問い掛けた。
高江橋付近でVFPのメンバーはメインゲートの方角に向かって拡声器のマイクを握りしめ、英語で「あなたは人を殺したことがありますか。見たことがありますか。
それを望んでいますか。私たちに兵士はいらない」と基地内にいる米兵に訴えた。
米軍北部訓練場メインゲート北側の県道、午前9過ぎ、機動隊が通行止めにして1時間余りがたった。
抗議行動の前に規制をかけられた市民は反発し、道路上に車を止め抵抗したが、機動隊がジャッキで車輪を持ち上げ移動させた。
那覇市上之屋の国道58号沿いに立ち、肩や腕にハトを乗せてバイオリンを弾き、辺野古新基地建設とオスプレイ配備への反対を訴える男がいる。
周囲の人から「ハトおじさん」と呼ばれるのは、那覇市の自営業、長堂嘉光(かみつ)さん(69)。
母親の疎開先の宮崎県で生まれた長堂さんだが、沖縄戦で親族40人以上を亡くした。「米軍だけでなく、自国にもいじめられている地域は世界中にどこにもない」。
平和の尊さと、沖縄の真の自立に向け、街頭に立ち続けている。宮崎県で生まれ、大阪で育った。大型重機の操縦士などを務めたが、2010年に“故郷”沖縄に戻った。
「ずっと魂はウチナーンチュだ」と関西弁で照れる長堂さん。基地問題に常にさいなまれる沖縄の現状を憂い、15年3月から街頭で辺野古新基地建設反対やオスプレイ配備反対を
訴え始めた。当初は「辺野古新基地反対」と書かれたTシャツを着て、肩や腕にハトを止まらせて抗議行動をしていた。米軍属女性暴行殺人事件を受け「訴えをもっと
聞いてもらうため、目立つパフォーマンスが必要だ」と16歳から始めたバイオリンでの演奏も披露するようになった。
雨の日も風の日も、毎日3回同じ場所に立ち、平和の象徴であるハトに餌をやり、得意のバイオリンを奏でる。レパートリーはアルゼンチンタンゴを中心に50曲。
演奏歴は50年超、腕前もなかなかだ。最初の頃は、通り過ぎる車から罵声を浴びせられたり、からかわれたりもしたが、最近では応援して手を振ってくれる人も増えた。
「精いっぱい自分の思いを主張したい。それだけや」。辺野古新基地建設問題をはじめ、日米両政府は県知事選や国政選挙などで示されてきた沖縄の民意をことごとく
無視してきたことが腹立たしい。「沖縄への弾圧を断ち切るには、琉球民族の独立しかない」。周囲からは非現実的だと眉をひそめられることもあるが、自身の信念は
貫きたいと意志は固い。「沖縄に真の平和が訪れる日が必ず来ると信じている」。ハトおじさんは今日も、上之屋交差点の角に立つ。
元米兵らの米市民団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」のメンバー8人が2日、嘉手納基地ゲート前の抗議行動に加わった。
警備する基地従業員や基地内に向かって「ここは沖縄の人の土地であり、米軍の土地ではない」と呼び掛けた。米軍基地の存在そのものへの疑問と反対の意見が相次ぎ、
県内の全基地を撤去すべきだと訴えた。
毎週金曜日早朝に行われる嘉手納基地ゲート前での抗議行動は北谷町砂辺の第1ゲートで4月に始まり、7月からは4カ所に拡大。VFPメンバーは6人が来沖し
嘉手納基地への抗議に初めて参加した。沖縄市山内の第5ゲートでは日米の40人が今後も連携して闘うことを確認した。
VFP全国組織理事、タラク・キャウフさん(71)は「米軍は沖縄を守るために駐留するというが、完璧なうそだ。多くの米国人は米政府が国外に基地を置くことを
歓迎していない」と指摘した。
アフガニスタンとイラクの戦争に従軍したウィル・グリフィンさん(31)は「世界各地に米軍基地があるが、それぞれ反対運動がある。沖縄の闘いは孤独ではない」と
市民を激励した。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)にもあったのは今さら言うまでもない。
民進党代表選(15日投開票)の公開討論会が、きのふ福岡県久留米市であり、憲法9条に対する代表代行蓮舫(48)、元外相前原誠司(54)、玉木雄一郎(47)の
考えの違いが浮き彫りになった。前原は自衛隊を憲法に位置づける「加憲」を主張。蓮舫、玉木は否定的な見解を示した。
討論会参加者の質問に3人が答えた。前原は「(戦争放棄を定めた)9条1項、(戦力不保持を定めた)2項は守ったうえで、『加憲』で自衛隊の位置づけをするべきだ」と発言。
改正論議を党内で提起する考えを示した。これに対して、蓮舫は「9条は絶対変えて欲しくないという国民の声を大切にする」、玉木も「海外での武力行使につながるような
改正に反対だ」と述べた。
一方、代表岡田はこの日、地元三重県の選挙区臨時大会で、「党を一歩進めるため、女性がなるのがわかりやすい」と語り、党員・サポーターに蓮舫支持を呼びかけた。
自民党石破派は、きのふ昨年9月の旗揚げ以来初の夏季研修会を神奈川県小田原市のホテルで開いた。
閣外に去った会長の前地方創生担当相石破茂の発信力の低下が懸念される中、「ポスト安倍」へ向け結束を確認。石破は政権構想づくりに着手し、存在感を発揮したい考えだ。
「皆で選んだ安倍政権の結束を阻害してはいけないが、次に備えるのも国民に対する自民党の責任だ」。石破は研修会に先立ちこう強調し、ポスト安倍への意欲を隠さなかった。
石破は8月の内閣改造で、首相安倍側から留任のほか農相や防衛相を含めた複数のポストを提示されたが拒否した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
、
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
福島。東京電力福島第一原発の事故で、人口7300人の楢葉町のほぼ全域に出された避難指示が解除されて、けふ5日で1年になる。
だが、町に戻った住民は1割に満たない。うち65歳以上が5割を占める。5年前の事故後、国は周辺の11市町村に避難指示を出した。ほぼ全域が対象になった7町村のうち、
楢葉町は昨年9月に初めて解除された。政府や福島県は復興の試金石と位置づける。
しかし、今月2日時点の住民は681人。来春の目標に定める「帰還率5割」にはほど遠い。帰還住民の53%は65歳以上で、震災前年の26%から倍増した。
復興庁が今年3月に公表した意向調査では、半数を超える住民が帰還に前向きと答えた。楢葉町商工会関係者は「人口は次第に増えるだろう」とみているが、「現状では
商売は成り立たない」と本音を明かす。町幹部は「このまま帰還が進まなければ、合併も考えざるを得ない」と言う。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
鹿児島。九州電力の社長瓜生道明は、けふ鹿児島県庁で知事三反園訓と会い、要請を受けた川内原発(薩摩川内市)の即時一時停止に応じないとする回答文書を手渡した。
10月以降に実施する定期検査で施設の安全性を確認できるとして理解を求める考えだ。知事は九電の回答を精査し、対応を検討する。
九電は、定期検査の中で、県が求める原子炉容器や使用済み核燃料の保管設備など発電設備の点検を実施する方針。原発周辺の活断層の調査は、既に調査を尽くしているとして、
これまでの検証結果を説明していく。知事は、熊本地震のあと住民の不安が高まっているとして、先月26日、九州電力の社長瓜生道明と面会し、川内原発を一時停止して
安全性を再点検することなどを要請していた。
ローマ。インドのコルカタ(カルカッタ)で、貧しい人たちを救済する活動に尽くした修道女マザー・テレサ(1910〜97)が、ローマ・カトリック教会で最高位の
崇敬対象である「聖人」に正式に認定された。バチカンのサンピエトロ広場で行われた列聖式には、10万人の信者らが集まった。法王フランシスコは「慈しみは彼女の仕事を
味付けする『塩』であり、貧しさと苦しみのあまり流す涙もない多くの人々の暗闇を照らす『光』だった」と述べ、弱い立場にある人たちに寄り添った偉業をたたえた。
法王が「身近すぎて『聖テレサ』と呼びにくい。マザー・テレサと呼び続けると思う」と語ると、会場から大きな拍手がわいた。
マザー・テレサは、危篤状態だったブラジル人の男のために妻がマザー・テレサに祈った結果、回復したことなど死後に2度の「奇跡」を起こしたと認められ、聖人と認定された。
現在のマケドニアのスコピエ生まれ。「神の愛の宣教者会」を設立して、インドで奉仕活動をした。功績をたたえられ、79年にノーベル平和賞を受賞した。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
ドイツ。州議会選挙が行われたドイツ北東部のメクレンブルク・フォアポンメルン州で、首相メルケル率いる与党・キリスト教民主同盟は得票率19%と伸び悩み
議会第三党に転落した。連立を組む社会民主党が議会第一党を維持したものの、難民受け入れに反対する右派政党「ドイツのための選択肢」が得票率20.8%と
改選前の議席ゼロから議会第二党に躍進した。ドイツでは7月、難民申請者らによるテロ事件が相次いだことなどから難民を積極的に受け入れてきたメルケルへの反発が
強まっていて、来年の総選挙を前に今回の苦戦は政権に痛手となりそうだ。
熊本。地震で被災した子どもたちの心のケアに関する研修会が、熊本市で開かれた。
小中学校の教職員や自治体関係者230人が参加し、子どもたちへの対応を学んだ。市こころの健康センターと県精神保健福祉センターが共同で開催。講師を務めた
兵庫県こころのケアセンターの副センター長亀岡智美さんは、阪神大震災の被災者らに生じた様々な症例を挙げ、「子どもが誰かに相談できる環境をつくることが重要だ」などと
説明した。市こころの健康センターの所長小仲靖江さんは「学校での支援体制作りだけでなく、子どもたちにかかわる教職員一人一人が幅広い知識を身に付ける必要がある」と話し、
今後も同様の研修会を開催する考えを示した。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
滋賀。きのふの午後5時45分ごろ、彦根市松原町の琵琶湖の沖合で、水上バイクに乗った男女2人の行方が分からなくなった。
彦根署は警備艇夜の8時半まで捜索したが発見できず、今朝から捜索を再開した。
男女は湖南市水戸町のブラジル国籍の派遣社員、前田かずみリージャさん(34)と、同居している男。友人らと遊びに来ており、午後2時すぎに水上バイクで湖に出たが、
夕方になっても戻らなかったため友人が通報した。
北の大地。きのふの午後、網走市の網走川で水遊びをしていた高校の野球部の仲間のうち、行方がわからなくなっていた、網走市の網走桂陽高校1年の鬼塚圭吾さん(15)と
渡辺龍太郎さん(16)の2人、渡辺龍太郎さんが今朝発見されて、死亡が確認された。二人はきのふの午後3時半ごろ、網走川で同じ高校の野球部の仲間11人で遊んでいたが、
このうち5人が川に入り対岸を目指そうとしたところ鬼塚さんと渡辺さんの2人が流されたという。警察と消防、網走海上保安署は河口付近などを捜索して、このうちの渡辺さんが
見つかって、死亡が確認された。大雨の影響で川は普段より水位が高く、水も濁っていたという。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。射水市の加茂神社で、実りの秋に感謝して「稚児舞」が行われ、華やかな衣装に身を包んだ4人の稚児が伝統の舞を披露した。
加茂神社の「稚児舞」は秋の実りに感謝して毎年9月4日に行われる行事で、平安時代に京都の下鴨神社から伝わったとされ、国の重要無形民俗文化財にも指定されている。
地元の小学4年の男の子4人が、今年の稚児となり、「舞が終わるまでは土を踏まない」というしきたりにのっとって大人の男に抱えられて舞台に上がると、あわせて
9種類の舞を奉納した。このうち「鉾の舞」では、2人の稚児が舞台の床を力強く踏みしめながら息をあわせて木でできた鉾を振り、集まった人たちが盛んに拍手を送っていた。
毎年見に来ているという男は、「子どもたちがいきいきと踊る姿が見られていいと思います」。
福井。九頭竜川でアユのさぎり漁が解禁し、地元の漁師たちが伝統漁法の仕掛けを作っている。
この日は漁師たちが、川幅に合わせた長さ100mの7本の荒縄を1本にまとめ頑丈な縄に仕上げていた。また、川の中に弓状に杭を打ち、強い流れで縄が外れないよう
しっかりと取り付けていた。威縄漁とも呼ばれる「さぎり漁」は明治時代から続く伝統の漁法で、産卵場所を求めて下流に向かうアユの行く手を水中に張った縄で遮り、
浅瀬に来たところに網を投げ入れる。今後は天候や水の状態を見ながら杭に縄を10本ほど取り付け、水温が下がり始めアユが産卵時期を迎える今月20日ごろから
10月末までの間に網を投げ入れて漁を行うという。
敦賀市の気比神宮の秋の例大祭で、2日から開かれている「敦賀まつり」は、きのふ、祭り最大の呼び物の「山車巡行」が行われた。
気比神宮の前に勢揃いした山車は高さが6m〜8mほどあり、今年は敦賀城主の大谷吉継と西軍の大将、石田三成が関ヶ原の戦いに臨む姿を再現した武者人形のほか、
大坂の陣ゆかりの武将と淀君の人形を飾った山車も出された。そろいの法被を着た地元の人たちや子どもたちが、「エイヤーサエイ、オイスクデ」という独特のかけ声を
出しながら、力一杯に山車を引くと、沿道に詰めかけた人たちも一緒に声をあげたり、声援を送ったりしていた。山車に乗って太鼓を叩いた小学6年生の男の子は、「今年で
太鼓を叩くのが最後だったので、うまくできてよかったです」。敦賀市の60代の女性は、「年に1回のことで、普段はなかなか見ることができないので、山車を引いている
孫についていって楽しみたいです」と。
能登。穴水町の町立図書館が、漆器や民俗学の研究者で県輪島漆芸美術館の館長・四柳嘉章さんから寄贈された歴史や民俗学などに関する1800冊あまりの図書を、
価値をよく理解しないまま誤って廃棄していたことが分かった。穴水町立図書館では、11年前の平成17年に、漆器や民俗学の研究者で県輪島漆芸美術館の館長・四柳嘉章さんから
2179冊の図書を寄贈された。しかし、9年前の能登半島地震で、図書館の建物が大きな被害を受けたため、町は、すべての図書を役場の倉庫などにいったん移した。
その後、新しく建てられた今の図書館に移設するまでに、当時の職員が寄贈された図書のうち1878冊を、利用頻度が低いなどという理由から廃棄したという。
この際、職員は本の価値を理解しておらず、寄贈者の四柳さんにも廃棄の相談や連絡をしていなかった。四柳さんによると、廃棄された図書の中には日本民俗学会の会員しか
購入できない会報や、亡くなった妻が所有していた「芥川龍之介全集」の初版本など今では入手が困難なものも含まれていたという。
今年7月になって、四柳さんが自分の寄贈した図書が見当たらないことに気付き、廃棄が発覚したという。で、穴水町教育委員会は四柳さんに直接謝罪したほか、町の広報誌に
おわびの文章を掲載した。町では今後、図書の管理を徹底し、職員の教育を強化するなどして再発の防止に努めたいとしている。
穴水町教委の教育長布施東雄は「貴重な本を寄贈してくれた四柳さんに大変申し訳ないことをした。2度とこのような過ちがないように管理を徹底したい」。
一方、寄贈した図書を廃棄された四柳さんは「歴史的に価値の高い本や大切な妻の遺品も寄贈したのに廃棄され憤りを覚えている」と。何んともお粗末な職員がいたものだ。
金沢。バンクーバー五輪に出場した元フィギュアスケート選手の小塚崇彦さんによるスケート教室とトークショーが、きのふ金沢市西泉の健民スポレクプラザであった。
一昨日の3日に今季の営業を始めたプラザのオープニング記念イベントの一環。
リンクでは、県内の小学生23人が小塚さんから手ほどきを受けて、バランスの取り方や足の運び方を教わった。おぼつかない足取りの子どもたちのそばで、小塚さんが
一緒に滑り、「頭を動かさないように注意して滑るといい」などと上達のこつを優しく教えた。最後に小塚さんがステップを披露すると、子どもたちから大きな歓声が湧き、
拍手が送られた。
トークショーでは、小塚さんが中学生のころに父親の嗣彦さんに叱られて、練習場から帰ったエピソードなどを披露。嗣彦さんが五輪出場していたことをプレッシャーに
感じていた時期もあったといい、「周りからの期待が負担になったけれど、スケートを好きだったからこそ、五輪に出ることができたと思う」と話した。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
早いもので、長月、9月5日だ。
午後の散歩は何時ものコースで、たかみ公園手前のアパートの前では、本田さんが腰をかがめて、一服中で「コンニチワ、どうされたの」に、「この辺りを散歩してきた」という。
バス通りを越えて旧道へ。前方の畑へ来ておられた小津さんの奥さんに「コンニチワ」の挨拶を手小あげて合図した。なかの公園手前から神社の辺りを一回りしてきた。
京堂さんち横の空き地では、持ち主の親子で、草刈りをされていたので「ご苦労様」。コンビニの裏通りから帰還へ。途中、雨が降ってきたが、こうもり傘を持参していて
正解だった。途中、目に入ったのは風呂などの灯油配達の小型タンクだった。やはりむし暑かった。
明日の午後は、恒例となっている小立野の運動教室へ行く予定だ。
雨が止んで、夜になると、やはり虫たちの合唱だ。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2016年 9月5日(ふ)
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