孤立地区にも範囲広げ、支援物資搬入 岩手・岩泉町
2016年、長月9月3日、晴れ、金沢の最高気温は32度。今朝も秋風で涼しい。が、日中は蒸し暑くなりそうだ。
今朝の散歩はいつものコースで、寺の方向へ向かった。寺の正面下の用水で、どこの親父か、軽4の黄色のタンクにりんごかナシの消毒用の水を汲んでいるのが目に入った。
寺津用水は、少し澱んでいたが流れはまずまず。体育館の横には、金沢ナンバーのサーフが駐車していた。バス通りの角では散歩帰りの羽場の爺さんに会い「お早うございます」。
ここを渡って舘山への四つ角、涌波からの親父さんが、来ていて、「お早うございます」。近所の親父と話していた。空き地のヒルガオは三輪、空色のつゆ草も咲いており、
左のお宅では赤白のセージがきれいだ。
西さんちの四つ角、親父さんはムクゲの枝落とし中で「お早うございます」、「娘が孫2人連れてくるので」と。ここはそのまままっすぐ行く。Dr小坂、宇野さんはまだで
車が停まっていた。なかの公園の手前を右折。朝日がまぶしかった。修平さんのおばあさんちのピンクや深紅のタチアオイは、もう終わり。徳中さんが鉢の砂をいじくっていて、
「お早うございます」、別の鉢の挿し木を指して「これはなんですか」と聞いたら、「チョウチン草?、挿し木するならあげるよ」と鋏で切って2本戴いてきた。
辰治さん納屋の横では、今朝も深紫のアサガオが見事だ。徳田さんの玄関先には、10数輪の朝鮮アサガオが見事に咲いていた。田畑さんち、玄関先の無窮花(ムクゲ)は、
3分の1に減っていた。湯原さんち前庭には、百日紅、薄紫のムクゲ、赤のセージ、カノコユリがいい。柴犬連れの高瀬さんに会い「お早うございます」、「今は涼しいですが、
「日中は暑くなりそう」。坂本さんちの石鎚バラももう終わりだが、ハマナスのような赤い実が何の花の実か気になる。松本さんちの庭のノーゼンカズラを見つつ、京堂さんち前の
バス通りを渡って、整地されたかつての梨畑、草も生えつつある。ひょっとこ丸は出られたところだ。
道心建材の四つ角、藤田さんちの濃い紫のアサガオやケイトウも咲いていた。小林さんは、畑で「お早うございます」。持木さん奥村さんの2所帯住宅、赤白の百日紅はまだ健在。
瀬戸さんちの畑、橙のが二輪で、ピンクのバラが1輪、ムクゲ2輪などは、いい。
散歩の後は、小屋の裏を一回りして、戴いてきたチョウチン草を植木鉢に挿し木した。さて、先のブラックベリーといい、おいつくかどうかだ。
緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
日本列島。強い台風12号は、勢力を強めながら奄美大島の東海上を北上した。
強い勢力のまま明日4日にかけて九州にかなり接近し、上陸する恐れがある。気象庁は暴風に厳重に警戒し、高波や土砂災害、河川の増水にも注意するよう呼び掛けた。
台風は、屋久島の南を時速15キロで北へ進んだ。中心気圧は955ヘクトパスカルで、中心付近の最大風速は40m、最大瞬間風速は55m。中心から半径40キロ以内は
風速25m以上の暴風域となっている。明日4日にかけて予想される最大風速は九州南部、奄美で40m。
鹿児島県奄美の十島村中之島では観測史上1位となる1時間に124.5ミリの降水量を記録し、50年に1度の記録的な大雨になっているところがある。
また十島村は暴風域に入っており、午後2時9分には最大瞬間風速47.6mを観測した。
福島。午前11時半頃、福島市瀬上町のアパート2階の部屋を訪れた引っ越し業者の男から、「アパートに男が立てこもっているようだ」と110番があった。
福島北署員らが駆けつけると、男が女性とともに室内に立てこもっており、署員らが説得を続けている。
岩手。台風10号の記録的な大雨で、岩手県内では、これまでに12人が死亡し、2人が心肺停止となっているほか、大規模な浸水の被害が出た岩泉町では、9人と
連絡が取れなくなっている。
町の全域で道路の崩落や土砂崩れが発生し、救出に向かう車両が入れないためで、孤立者数は、5地区で622人。久慈市の212人を加えると、岩手県では834人となる。<3br>
町内で連絡が取れない人は9人となっている。町は、自衛隊のヘリコプターによる救出活動を始め、3日程度で全員を救出する計画だ。
岩泉町は、町としての面積が本州で一番広い992・92平方キロmで、東京23区の1・6倍。人口は、9959人で、山林が大半を占め、宅地面積は0・3%しかない。
また、町によると、孤立した地区や避難所の高齢者からは、医薬品が足りないという声が寄せられているほか、食料品や水が不足している集落などもあるという。
このため、町や警察は、連絡が取れなくなっている9人の安否の確認を急ぐとともに、きのふまで入ることができなかった孤立した地区にも範囲を広げて、医薬品や
食料品などの支援物資を届ける。また、岩手県は、きのふ岩泉町に現地災害対策本部を設け、孤立した地区の解消や早期の復旧に向けた支援を行うことにしている。
豪雨に見舞われた岩泉町で、避難所の停電や断水が続いている。岩泉町の高齢者施設の入所者2人の身元が、けふ3日新たにわかり、これで全員分が判明した。
身元がわかったのは、岩泉町乙茂のグループホームに入っていた浦場トワさん(94)と澤田繁雄さん(79)。これでグループホームで亡くなった入所者9人全員の
身元がわかった。死因は9人とも溺死だった。また、2日正午前、町内乙茂の通称・家畜広場付近で見つかった遺体の身元は、近くの熊谷福志さん(57)とわかった。
災害弱者とされる高齢者が多く、トイレに困る避難所も出ている。
集落を結ぶ道路が寸断された安家地区。避難所の安家生活改善センターでは今朝の時点で、30人が避難生活を続けている。多くが60歳以上の高齢者だ。岩間ユメさん(90)は
12年前に夫を亡くし、一人暮らし。子どもは東京や横浜で、近くに頼れる親類がいない。「早く出たいけど、しばらくはここにいるしかない」と話す。
深刻なのがトイレの問題だ。
久慈市では台風10号にともなう豪雨の影響で道路が寸断されるなどの被害が出ていて、きのふ、80代の男が横浜市消防局の隊員に救助された。
横浜市消防局は「緊急消防救助隊」として、先月31日から、ヘリコプターの航空部隊ら14人を派遣していた。久慈市では孤立した住民を救助したり、透析が必要な患者を
治療ができる病院まで運んだりした。きのふで被災地での活動を終えたが、引き続き、要請があれば、部隊を派遣する。
北海道で川に流されて行方不明になっていた男2人が、きのふ遺体で見つかった。
他にもまだ2人の行方不明者が見つかっておらず、必死の捜索が続けられている。きのふの午前9時前、大樹町の歴舟川下流にある尾田橋で、音更町の会社員・鈴木洋平さん(28)の
遺体が発見された。鈴木さんは車ごと川に流され、先月から行方不明になっていた。新得町でもきのふ午前9時過ぎ、佐幌川にかかる真心橋の上流500m付近で、
小笹義夫さん(73)の遺体が発見された。さらに、椿勝彦さん(75)が行方不明になっている清水町では、新たに町内に住む長山誠教さん(63)の行方も分からなくなっている
ことが判明し、警察などで捜索を続けている。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設工事、午後3時、東村高江のヘリパッド建設に反対する市民ら200人が高江橋付近に集まり、
集会を開いた。同時間までに工事トラックは通過せず、市民らは「工事を止めた」と士気を上げた。
新たなヘリパッド建設に反対する市民ら300人は、今朝6時過ぎ、N1地区ゲート前で集会を始めた。集会と同時にN1ゲートより東村高江側にある高江橋で、市民ら50人が
車両を止めたり、座り込んだりして、ダンプカーや作業車をゲート内に入れない抗議行動を展開した。午前8時半、高江橋周辺に市民の車両50台が止められた。
N1ゲート前で行われている集会への参加者は高江橋の手前で車を止め、徒歩で向かった。基地の県内移設に反対する県民会議が先月29日の幹事会で9月から毎週2回
(水・土曜日)、ヘリパッド建設阻止を目的にした一斉行動を行うことを決めており、けふ3日はその初日。午前8時、ダンプカーによる砂利搬入や作業員を乗せた工事関係車両は
確認されていない。
集会が始まってから1時間を過ぎた午前7時半ごろ、平和市民連絡会のメンバー55人が大型バスで駆け付け、集会参加者から拍手で迎えられた。退役軍人でつくる
「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」琉球沖縄支部のダグラス・ラミスさん(80)ら6人も参加している。機動隊は午前5時前から車両40台で現場に集結した。
市民が集会や抗議行動をしている地点の周辺で機動隊400人が待機した。市民らは午前4時半過ぎから東村高江の集落の手前にある大泊橋に車両数台を止め、工事作業員の
乗った車両の通行阻止行動を始めた。その際、N1ゲートに向かう警察車両40台の車列が橋の手前の県道70号にずらりと並び、異様な光景が広がった。
N1ゲートで始まった集会で沖縄平和運動センターの議長山城博治さんは「早朝からものすごい数の警察が集結し、抗議行動を排除しようとしている。私たちの体は
押さえ付けられても、県民の怒りは押さえ付けることはできない。きょう一日、複数の場所で工事関係車両をゲート内に入れない抗議行動を展開していこう」と呼び掛けた。
参議院議員糸数慶子も登壇しあいさつした。
建設現場に近い、国頭村安波の県道70号で、きのふ抗議市民らに足止めされていた工事作業員10人を、警察が警察車両3台で東村高江の同訓練場「N1地区」ゲート前まで乗せた。
警察はこれまで作業員の車両を先導したり、通行を阻止する市民を排除したりしていたが、作業員を警察車両に乗せて直接ゲートまで運んだのは初めて。
建設に反対する市民らは「やり過ぎだ」などと怒りの声を上げた。市民によると午前9時半ごろ、N1ゲートから北側4キロの県道を、作業員の車両が警察車両に先導されながら
ゲートに向かい南下。市民らは県道上に車13台を止めて通行を阻止した。午前11時50分ごろ、作業員は機動隊の誘導でゲート方向に歩いて向かった後、その先に止まっていた
警察車両に乗り込んだ。同ゲート前に乗り付けた赤色灯のついたワゴン車やパトカーなどの警察車両から作業員が降り、ゲートに入っていったという。
目撃した市民らは「警察は公正中立ではないのか」、「市民らの車は足止めするくせに」と反発した。
県警は「警察官が(足止めの)現場からゲートに戻る際に、同じ方向に歩いて向かっていたこともあり、安全確保と(トラブルの)予防措置のため乗せた」と説明した。
小口幸人弁護士は「不偏不党・公平中立であるはずの警察が、工事事業者の便宜を図った」と批判し、警察法2条1項で定める警察の責務を逸脱した行為で「責務を離れた
行為をすることを警察法は明確に禁じている」と指摘している。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)にもあったのは今さら言うまでもない。
地方創生担当相山本幸三は、きのふの会見で、知人のインサイダー取引事件に絡み、証券取引等監視委員会に国会質問で圧力をかけたとする週刊誌報道に関し「圧力をかける
趣旨は一切なかった」と強調した。「言動に気を付け、仕事に精励する」とも述べ、辞任を重ねて否定した。
一方で、問題視された国会質問については「誤解を与えることになった。その点は反省している」とした。山本は野党時代の2012年3月の衆院予算委員会分科会で、
知人の証券会社幹部(当時)が監視委の強制調査を受けたことを明かした上で、調査方法を批判する質問をしており、週刊誌が「捜査中止を企てた」などと報じた。
前地方創生相石破茂は、きのふ千葉県いすみ市での講演で、「いつの時代だって、国を変えるのは都ではありません。地方が変えるんです。このままいったら84年後の
日本人の数は半分になります。田んぼ、畑、海はどうなりますか。鉄道はどうなりますか。経済は伸びますか。日本をもう一度強く、豊かな国としてよみがえらせるためには、
千葉は千葉でものを考えていかなければなりません。永田町、霞が関で、何でも分かると思ったら大間違いだ。やりっ放しの行政、頼りっぱなしの民間、無関心の市民、これが
三位一体になったとき、地方創生は絶対に失敗します。そのとき、この国は終わります」と述べた。
民進党代表選に立候補した代表代行蓮舫(48)、元外相前原誠司(54)、国対副委員長玉木雄一郎(47)は、きのふの午後、共同会見などで党再生へ決意を示し、
国民の信頼回復に全力を挙げる考えを表明した。3人とも次期衆院選で政権交代を目指す方針を明らかにした。
憲法改正を巡っては温度差が浮上。代表岡田が進めた野党共闘に関し、慎重な姿勢が目立った。投開票される15日の臨時党大会に向け、論戦がスタートした。
憲法改正では、3氏がそろって自民党改憲草案に反対と主張。安倍政権が成立を目指す環太平洋連携協定(TPP)の関連法案には、いずれも反対する意向を示した。
民進党代表選に立候補した三人は、けふは大阪市のホテルで候補者討論会に臨んだ。
党所属の地方議員や党員・サポーター向けに全国10カ所で11日まで開催する集会の皮切りで、3候補による舌戦が本格的にスタートした。討論会後には大阪・梅田で
そろって街頭演説し、党への支持を訴えた。
蓮舫が「行政改革は道半ばだ。本気で取り組みたい」と強調。前原は「自民党がつくった自己責任中心の冷たい社会から決別するのが民進党だ」と訴えた。玉木は「教育予算を
がらりと変え、子供を持つ家庭の経済負担を軽くし、消費を活性化させる」と力説した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
、
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
フィリピン。南部ミンダナオ島の最大都市ダバオで、2日午後10時20分(日本時間同11時20分)ごろ、露天商が集まる市場で爆発があり、ABS―CBNテレビは
警察の集計として14人が死亡、67人が負傷したと報じた。大統領府高官は同テレビに対し、迫撃砲弾を転用した爆弾の破片とみられる金属片が、現場から回収されたと述べた。
爆弾が仕掛けられていた可能性もあるが詳細は不明で、犯行声明も出ていない。在マニラ日本大使館は邦人が被害に遭っていないか確認している。
現場は大統領ドゥテルテが長く市長を務めたダバオの中心部で、日本の領事事務所も近くにある。
青森。むつ市川内町の国道338号で、きのふ午後11時半ごろ、荷台に18〜19歳の男女4人を乗せた軽トラックが電柱に衝突した。
4人は投げ出され、いずれもむつ市内の会社員中谷優希さん(19)と高校生小関大和さん(18)の男2人が頭を強く打って死亡した。他の19歳の女性2人も足の骨が
折れるなどのけがをした。県警は、軽トラックを運転していむつ市脇野沢の漁業山崎真澄(20)を自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)容疑で現行犯逮捕。
山崎も頭に軽いけがを負って病院で治療を受けた。現場は片側1車線の緩い左カーブで、軽トラックは道路左側にある電柱にぶつかったという。署が5人の関係や
事故の原因を詳しく調べている。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
パキスタン。自爆テロがあり、裁判所で弁護士ら12人が死亡した。
自爆テロがあったのはパキスタン北西部マルダンの地方裁判所で、2日朝、犯人は裁判所の入口付近で複数の手りゅう弾を投げた後、自爆用のベストを起爆させたという。
この爆発で、弁護士や警察官を含む少なくとも12人が死亡、40人以上がけがをした。またこの日の朝、同じ北西部の街ペシャワルでも、武装グループがキリスト教徒が
多く住む地域にある教会を襲撃し、住民1人が死亡する事件があった。
2つのテロ事件について、イスラム武装勢力TTP=「パキスタンのタリバン運動」の分派「ジャマートゥル・アフラル」が、犯行声明を出している。パキスタンでは
司法関係者などを狙うテロ事件が相次いでいて、先月は南西部クエッタで地元の弁護士会会長の遺体が運び込まれた病院で、自爆テロがあり、弔問に訪れていた多数の
弁護士仲間を含む70人以上が犠牲になっている。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
熊本。地震で大学のキャンパスが閉鎖され、学生がいなくなった南阿蘇村では、ボランティアの学生たちが壊れて空き家になった賃貸住宅にシートを張るなどして
台風への備えを進めている。東海大学の農学部がある南阿蘇村の河陽地区は、学生向けのアパートや一軒家が多く建てられているが、地震で大学の校舎が被害を受けたため
学生や教員が熊本市内のキャンパスに移り、アパートなどの多くが空き家になっている。台風の接近を前に、きのふ2日は南阿蘇村でボランティアを続ける学生7人が
地震で壊れた学生向けの賃貸住宅を訪れ、壊れた瓦が風で飛ばされないよう取り外したり、壊れた屋根や壁から雨水が入らないようシートで覆ったりした。
学生たちは屋根の上などでの作業のため、事前に研修を受けるなど準備してきたという。京都から訪れ、ボランティアで南阿蘇村に滞在している大学2年生の女子学生は
「瓦が飛ばされたり、家の中がぬれたりして、復興のスピードが遅くなるのではないかと不安です」。東海大学農学部の3年生の男子生徒は「台風で被害が出る心配があるので、
これからもボランティア活動を続けたい」。
和歌山。土木建設会社で4人が死傷した拳銃発砲事件。逃走し先月31日に自分の腹を撃ち死亡た溝畑泰秀(45)は住宅街の木造アパートに、17時間以上、立てこもった。
「こんなことで死にたくない」。未明に2階の部屋の窓から雨どいを伝って自力で脱出した住人の男(73)が、恐怖と緊迫に満ちた当時の様子を話した。
「ガサガサッ」。31日午前1時過ぎ。アパート2階の自室で目を覚ました男は、部屋の前の通路の方で音がするのを聞いた。「猫かな」。玄関わきの窓から網戸越しに
外をのぞいた。通路の鉢植えを手入れする時に腰かけている椅子に、見知らぬ男が座っている。左手に銀色、右手に黒色の拳銃を持っていた。
同29日に4人が撃たれた発砲事件は、アパートの100メートル東の土木建設会社で起こった。溝畑が逃げているのは、もちろん知っていた。「警察が守ってくれとるんかな」。
一瞬そう思ったが、服装の違和感で、すぐに溝畑だと気づいた。布団に潜り込み、ひたすら息を潜めた。
しばらくして階段付近で大きな音がした。階段を照らしていた蛍光灯が割れた音だった。男の気配に気づいたのか。溝畑が玄関そばの網戸越しに、横になっている男を、
持っていたライトで何度も何度も照らす。2人の距離はわずか数m。「こんなことで死ぬのはいやや。生きたい――」。強く思った。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
ウズベキスタン。治安機関を使った強権支配で中央アジアのウズベキスタンにソ連時代末期から27年にわたって君臨し続けた大統領イスラム・カリモフ(78)が2日、
脳卒中のため首都タシケントで死去した。敵対するイスラム過激派を力で封じ込めてきたカリモフの死去で、過激派が勢いづくのは確実とみられる。
タス通信などによると、ウズベク国営テレビはカリモフの葬儀が3日に故郷のサマルカンドで行われ、首相ミルジヨエフが葬儀委員長を務めるとの政府発表を伝えた。
ロシア大統領プーチンは2日、「ウズベクと中央アジアの安定に貢献した」として弔意を示した。
江戸東京。品川区の目黒駅前商店街で、明日4日、目黒のさんま祭りがある。
落語「目黒のさんま」にちなんで1996年から開かれている催し。今年は岩手県宮古市からサンマ7千匹が届き、徳島県産のスダチや栃木県産の辛み大根おろしと一緒に
炭火焼きを味わえる。生のサンマも提供。午前10時〜午後2時。入場無料。落語の寄席や物産展のほか、くじ引き抽選会やワゴンセールも。
問い合わせは実行委員会(090・3216・4149)。
鹿児島。私小説的な「死の棘(とげ)」などで知られる作家・島尾敏雄(1917〜86)の没後30年に合わせた企画展が今9月14日、終焉の地・鹿児島市の
かごしま近代文学館で始まり、日記7冊が初公開される。
島尾が書き続けた57年間の日記のうち、存在しないと考えられてきた30歳代の2年半分。文学館は「『死の棘』で描かれている夫婦の壮絶な葛藤の直前期。島尾の心情が
読み取れる貴重な資料」と位置づけている。
初公開の日記はA5判のノート7冊で、1952年3月〜54年9月頃につづられた。「死の棘」では、自身の不貞が原因で、妻のミホさん(2007年に87歳で死去)が
この時期の日記を廃棄したとの記述もあり、存在しないと考えられてきた。
しかし、遺族が2012年に奄美市内のミホさんの実家で発見し、文学館に寄贈。傷みが激しかったものの、2年間かけて修復し、断片的に判読できるようになった。
文学館によると、島尾は当時、幼い長男と長女がいたのに、文学仲間との交流を優先し、家庭を顧みない生活を送った。ミホさんの誕生日には〈ミホトノ家庭ハ感謝シテイルガ、
一方打ッコワシタイ〉(53年10月24日)と記している。
<子之吉が芥川賞になるか>(53年11月下旬。日付は不明)。この一文は、島尾が同じ年に発表した短編小説「子之吉の舌」への手応えと期待の表れとみられる。
島尾はこの前年、作家としての飛躍を求めて上京し、安部公房らの「現在の会」など複数の同人誌に参加した。
一方、〈いくつも同人雑誌にはまりこんで行く いやな思いめぐらしのるつぼに落ち込んだ〉(53年12月13日)など、執筆活動の不安やいら立ちも随所にみられる。
芥川賞を目指していた島尾だったが、53年下半期の芥川賞にノミネートされたのは、大学の後輩にあたる庄野潤三ら同世代の文学仲間たちだった。
文学館の学芸員吉村弥依子さん(40)は今回の日記の記述を踏まえ、「島尾の妻への背信行為は、執筆活動の焦りや仲間への嫉妬が背景にあったのではないか」とみる。
東京都内に住む島尾の長男の伸三さん(68)は「父は人間の弱さと向き合い、描写した作家。日記が『死の棘』という一家の大事件の解明につながれば」と期待している。
企画展のタイトルは「没後30年記念 島尾敏雄 甦よみがえる幻の日記」で、11月14日まで。今月24日には映画「死の棘」(1990年公開)の上映と、同作品の
小栗康平監督の講演会が予定されている。問い合わせは文学館(099・226・7771)。
《島尾敏雄》横浜市生まれ。戦時中は特攻艇隊の隊長として奄美群島・加計呂麻島に駐屯し、出撃直前に敗戦を迎えた。1955年、妻のミホさんの病気治療のため、
名瀬市(現・奄美市)に移住。夫が愛人をつくり、嫉妬に狂う妻の姿を描いた「死の棘」で、77年度の読売文学賞を受賞した。86年、鹿児島市の自宅で倒れ、
出血性脳梗塞のため69歳で死去した。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。高岡市は、きのふ奈良時代に、高岡市伏木に越中国司として赴任し、万葉集の編集にかかわった歌人大伴家持の生誕1300年を記念して、10月8日に
初めて開催する全国万葉故地サミットに参加する自治体を発表した。市は数え年で来年を生誕1300年とし、周知を図るための缶バッジやシールなどの啓発グッズも作製した。
故地サミットに参加するのは、県外では宮城県多賀城市、福井県越前市、奈良県の奈良、桜井の両市と明日香村、島根県の益田市。県内は氷見、射水、小矢部、高岡の4市。
多賀城市は家持の最期の地とされ、ほかは万葉集や平安時代に関係する自治体が集まる。多賀城市や越前市、明日香村の首長が出席する予定。
サミットは午後1時から、高岡駅前のウイング・ウイング高岡4階の高岡市生涯学習センターホールで。二部構成で、基調講演やシンポジウム、万葉コンサート、万葉故地
民謡民舞公演などを予定している。前日の7日に総会を開催する。
啓発グッズは、イベント会場に掲示するのぼり旗百本のほか、イベント配布用の缶バッジ、名刺台紙、シール。缶バッジは「生誕1300年 大伴家持」の文字と市の
キャラクター「家持くん」がデザインされている。名刺台紙は一組百枚を500円で販売中。市役所生涯学習課、観光交流課、市万葉歴史館、市観光協会で取り扱う。
福井。熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村を支援しようと、県内のNPOなどが、仮設住宅、420世帯分の県内でとれた米を被災地に向けて発送した。
県内でとれた米を発送したのは、南阿蘇村を支援するために県内のNPOなどが、今年6月に立ち上げた実行委員会で、きのふは関係者が米の販売などを手がけ、
今回の支援にも関わっている福井市の福井県米穀で、トラックに積み込む作業をした。積み込まれたのは3キロの県産コシヒカリ430袋で、仮設住宅に入居した南阿蘇村の住民、
420世帯に配られる。コシヒカリの購入には県民などから集めた募金が当てられたほか、福井県米穀のほか、県民生協も支援に協力したという。
発送した米は実行委員会のメンバーが現地を訪れ、今月17日と18日に9か所の仮設住宅を回って配ることにしていて、コシヒカリの発祥の地である福井県を紹介したいと
している。南阿蘇村支援実行委員会の事務局長松森和人さんは「現地は仮設住宅の移行期で、これからは、すべて自炊で生活していくことになります。少しでも元気になって
もらいたいので『いっぺん食べてみねの』と福井弁で声をかけながら届けたい」と話していた。
日本海の底引き網漁が解禁となり、秋漁シーズンが到来した。
福井県内では台風10号の影響で解禁日の一日に合わせた漁が見送られたため、きのふ2日が実質の解禁。新鮮な海の幸が満載のトロ箱が、坂井市三国町宿一の
JF福井漁連三国支所に次々と運び込まれ、初競りでは威勢のよい掛け声が飛び交った。
青い宝石のような卵を抱いた赤い甘エビ、見るからに脂の乗ったアカガレイ。夕闇が迫る中、三国港機船底曳網漁協所属の漁船を中心に10隻が漁を終えて三国港へ続々と帰港し、
漁師らが選別や積み出しに追われた。
今年は一日午後7時に沖合西方60〜80キロの漁場に向かい、網を下ろした。大型クラゲ(エチゼンクラゲ)や動物プランクトン「サルパ」向けの改良網で臨んだが、
初日の水揚げは昨年よりやや少なめだった。
能登。フランスの原発の原子炉容器などで強度不足の疑いがある日本製の鋼材が使われていた問題で、志賀原発でも同じメーカーの鋼材が使用されていた。
問題となっているのは、北九州市の日本鋳鍛鋼が製造した鋼材で、北陸電力によると、志賀原発1号機の原子炉圧力容器のふたの部分で、鍛造と呼ばれる製法で
作られた日本鋳鍛鋼の鋼材が使用されているという。北陸電力では、今後鋼材の強度に問題がないかを調べて、10月末までに原子力規制委員会に報告する。
能登沖などの「水中文化財」を調べている日本海域水中考古学会は、きのふ輪島市門前町の鹿磯(かいそ)漁港沖で江戸後期に沈没した北前船の積み荷の潜水調査を始めた。
海難記録として残っている廻船の沈没地点、板石、いかりなどの遺物に学術的な光を当て、北前船交易の実相を探る。
1812年(文化9年)に越前三国湊を出た廻船が鹿磯浦下ノ崎で破船したとの記録があり、水中考古学会によると、積み荷だった板石600枚、いかりなどが今も海底に
残っている可能性が大きい。板状の石は船の重しの役割を果たすと同時に北海道に運ばれ、敷石や堤防などの工事に使われたという。
水中考古学会長の金大名誉教授佐々木達夫さんら6人が訪れ、ダイバー4人が漁港南側の岩礁付近を調べた。範囲を広げながら明日4日まで海底を調査する。
羽咋市ゆかりの民俗学・国文学者折口信夫(歌人・釈迢空、1887〜1953)の命日を前に、故人をしのぶ「折口文学公開講座」が、きのふコスモアイル羽咋であった。
国学院大文学部教授小川直之さんが「折口信夫と久高島」と題して講演。沖縄県久高島に伝わる祭祀儀礼「イザイホー」を記録したモノクロ映画「イザイホウ」(49分)も
上映された。折口は21年以降、3回にわたり沖縄を訪ね、「沖縄探訪手帖などの資料を残した。小川さんは「沖縄探訪が折口の古代研究の基礎となっている。沖縄なくして
折口を語ることはできない」と語り、「折口が沖縄探訪手帖で描いた久高島の女性の位置付けと、イザイホウの監督の感性は通ずるものがある」と述べた。
イザイホウは、七尾市出身で、沖縄県豊見城市在住の映画監督、野村岳也さん(83)が67年に完成させた。試写会を開いて以降、島の女性たちに見てもらえなかったことに
悩んで封印してきたが、2006年に沖縄、14年に東京で上映。今回、県内では初めて上映された。
野村さんも会場を訪れ、自身の映画について「数奇な運命をたどってきました」と紹介。「このままでは映画も祭礼も忘れられてしまう。島の女性たちが保険として撮らせて
くれたのではないかと今になって思う。上映していただきありがたい」と語った。
折口の命日のけふ3日には、日本芸術院会員の国学院大名誉教授岡野弘彦さんの記念講演が午後1時半からコスモアイル羽咋であった。
金沢。金沢市木越町の介護士、安井雅美さん(46)が、先月28日に医王山(939m)にトレッキングに行ったまま行方不明となっていが、けふ午前10時過ぎ、親類の男が、
覗休憩所付近を歩いている安井さんを発見、保護した。安井さんにけがはなく、体調も問題ないという。警察は、行方不明となったいきさつなどを詳しく調べている。
29日に金沢市大菱池町の医王山の山道にある駐車場で安井さんの乗っていた車が見つかっていた。
加賀。幕末に大聖寺藩で使われていたとみられる大砲の一部と、大聖寺藩士で漢文学者の小原文英が200年前に「那谷寺」(小松市那谷町)を描いた?風を
加賀市のNPO法人が大聖寺地区の旧家などで見つけた。金沢の県立歴史博物館によると、江戸期の大砲は県内では確認されていなかったという。
「いずれも価値の高い資料」とされ、10月に公開される。NPO法人「たぶんかネット加賀」の理事長小矢田進さん(65)らによると、大砲の砲身の材質はケヤキで
長さ1・92m、外寸32・5センチ、内径12センチ。半円を組み合わせて縄などで巻いて筒状とし、内部に鉄製の砲筒を入れて火薬を詰め、玉を飛ばしていたと考えられるという。
大八車のような車輪も木製で直径は1・2m。砲筒や車輪に巻いたとみられる鉄は、旧家の倉庫で発見されたときになかった。戦時中の金属供出で外された可能性もあるという。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
早いもので、長月、9月3日だ。
郵便の再配達は、昨夜は遅くて睡眠中で、受け取れず。けふ午後の配達で受け取った。八重山毎日に投稿した玉稿と共にソウメン等が同封されていたので、深謝して受け取った。
のち、何時ものコースで散歩へでた。たかみ公園前の徳田さんの田圃は、コンバインがはいったのだ、すっかり稲刈りが終わっていた。バス通りを渡ると前方から電動車いすで
谷口の御婆さんがやってきたので「ご苦労様」、「暑いね」。旧道から畑の辺りを一回りしたら、土谷さんの養子さんらが畑の草刈りをされていた。また、金子さんちまえの田圃では
徳田さんがコンバインを動かしていたので「ご苦労様」。なかの公園手前から、神社の前あたりを一回り。松本さんち前で、一声かけたら、「(散歩に)ご一緒しましょう」と
キャンディー持参で出てこられて一本戴いた。何とも懐かしい小豆キャンディーで、しばらく、かじりながらコンビニの裏通りまで歩く。北さんち前の田圃でも、徳田さんが
刈り取りを終ったので、藁が横になっていた。道中は、13日に兄貴の三回忌をやって、その日は大津泊りで、14日は琵琶湖のクルーザーめぐりとか。10月には、戦前に
住んでいた台湾、嘉義へのツアーに参加するそうだ。
小屋に戻ると、神谷さんから大きな無花果が届いていた。深謝す。それにしても汗びっしょり、残暑は厳しい。
御隣富山の八尾では、今夜は風の盆の最終日だ。
夜になると、涼しい風に虫たちの大合唱だ。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
突堤に巨船の泊つる晩夏かな
学びたし夏の球児の一途さを
盂蘭盆や 人見て法を説けと母
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2016年 9月3日(ふ)
・∴・--------------------------------------------------
■ご感想はこちらへ。
【戻る】
日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】
【気象情報】
【金沢地方気象台】
回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊