孤立解消や連絡取れない人の所在確認急ぐ 岩手県

 2016年、長月9月2日、晴れ、金沢の最高気温は32度。今朝も秋風で涼しい。が、日中は蒸し暑くなりそうだ。

 今朝の散歩はいつものコースで、寺の方向へ向かった。寺津用水は、綺麗でスムースに流れていた。

 体育館の横には、三重ナンバーの軽4が駐車していた。バス通りを渡って舘山への四つ角、涌波からの親父さんが、来ていて、「お早うございます」。空き地の

 ヒルガオは咲いており、左のお宅では赤白のセージがきれいだ。西さんちの四つ角はそのまままっすぐ行く。Dr小坂、宇野さんはまだで車が停まっていた。

 なかの公園の手前を右折。朝日がまぶしかった。徳田設備の息子さんが準備中で「お早うございます」。修平さんのおばあさんちのピンクや深紅のタチアオイは、もう終わり。

 辰治さん納屋の横では、深紫のアサガオが見事だ。徳田さんの玄関先には今朝も、10数輪の朝鮮アサガオが見事に咲いていた。田畑さんち、玄関先の無窮花(ムクゲ)は、

 3分の1に減っていた。湯原さんち前庭には、百日紅、薄紫のムクゲ、赤のセージ、カノコユリがいい。不燃物担当で、ステーションの前には田畑さんが立っていて、

 「お早うございます」、「朝早く各地のステーションで鉄くずを集めている男が一回りしていった」という。

 坂本さんちの石鎚バラももう終わりのようだが、ハマナスのような赤い実が何の花の実か気になる。松本さんちの庭のノーゼンカズラを見つつ、京堂さんち前のバス通りを渡って、

 コンビニの裏通りへ。登校を急ぐ子供たちの見回り隊の爺さんが行くのが目に入った。整地されたかつての梨畑、草も生えつつある。ひょっとこ丸は出られた後だ。

 草刈り機と油をいれたポリ容器を持った徳中さんに会い「お早うございますどこへ」に「息子の裏の畑の草刈りや」と。道心建材の四つ角、藤田さんちの濃い紫のアサガオや

 ケイトウも咲いていた。小林さんは、畑で「お早うございます」。ニ、三立ち話して帰還へ。持木さん奥村さんの2所帯住宅、赤白の百日紅はまだ健在。瀬戸さんちの畑、

 橙のが二輪で、ピンクのバラが1輪、ムクゲ2輪などは、いい。

 散歩の後は、裏を一回りしたが、トマトが出来ていた。

 緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 日本列島。強い台風12号はけふも勢力を強めながら奄美大島の南海上を北上した。

 暴風域を伴って明日3日から4日にかけ、九州南部や奄美地方に接近し、九州付近に上陸する恐れがある。気象庁は暴風に厳重に警戒し、高波や土砂災害、河川の増水にも

 注意するよう呼び掛けた。台風は、奄美大島の南東を時速15キロで北へ進んだ。中心気圧は965ヘクトパスカルで、中心付近の最大風速は35m、最大瞬間風速は50m。

 中心から半径60キロ以内は風速25m以上の暴風域。

   台風10号の影響で、岩手県警は、きのふ岩泉町の小本(おもと)川の近くで新たに1人の遺体を発見した。これで台風による死者は12人となった。県は、死者のうち2人の

 身元を発表した。岩泉町では、住民17人と連絡が取れない状態が続いている。道路の寸断などで孤立している住民は岩泉町と宮古市、久慈市で1100人。

 身元が判明したのは、岩泉町穴沢の岩舘五郎さん(76)と、久慈市山根町の中塚スヂイさん(89)。岩舘さんは、自宅近くを流れる小本川の河川敷で発見され、中塚さんは

 自宅内で土砂に巻き込まれた状態で見つかった。死因はともに溺死だった。

 岩手県は、岩泉町乙茂の認知症高齢者向けのグループホーム「楽らん楽らん」で亡くなった入所者9人の身元確認を急がれているが、県の災害対策本部は、高齢者グループ

 ホーム「楽ん楽」で見つかった9人の遺体のうち、6人の氏名を、いずれも町内の佐々木悦子さん(88)、千葉繁喜さん(77)、中屋敷チエさん(85)、畑中ソメさん(82)、

 曲沢(まがさわ)アサヱさん(84)、三浦敦子さん(79)と発表した。残り3人の身元については現在確認中としている。

 岩泉町で、警察はけふ2日、道路の寸断などでこれまで立ち入ることができなかった場所にも範囲を広げて捜索を行った結果、町内の複数の場所で、新たに、数人が

 心肺停止の状態で見つかった。このうちの1人は、入所者9人が死亡した高齢者グループホームから300m離れた「道の駅いわいずみ」の近くで、午前中に見つかったという。

 警察が身元の確認などを進めている。台風10号では、雨による川の氾濫などで岩泉町を中心に被害が拡大し、岩手県内では、これまでに岩泉町と久慈市で合わせて11人の

 死亡が確認されている。また、今朝の時点で岩泉町内の16人と連絡が取れない状態が続いていて、警察などが安否の確認を進めている。

 さらに、道路の冠水や土砂崩れで、今も岩泉町内の6つの地区で873人が孤立していると見られている。孤立している人は岩手県内で合わせて1093人に上ると見られ、

 国や県、自衛隊などが、道路の復旧工事や支援物資の搬入などを進めている。

 北海道では、清水町と大樹町、新得町の3か所で、崩落した橋から車が川に転落し、乗っていた男3人が行方不明となった。道警によると、行方不明になったとみられる2人を、

 けふ午前、大樹町と新得町で発見したと明らかにした。新得町で見つかったのは男で、死亡を確認した。大樹町で行方不明になっていたのは、音更町の会社員鈴木洋平さん(28)。

 新得町で1人、清水町で無職椿勝彦さん(75)の行方が分かっていない。

 きのふの捜索では大樹町の転落現場近くで鈴木さんが乗っていたRV、清水町で椿さんの乗用車が川底に沈んでいるのが見つかっていたが、不明者は発見されなかった。

 3人は清水町南4の椿勝彦さん(75)と、音更町共栄台東の会社員鈴木洋平さん(28)、新得町の70歳代の男。

 岩手県などは、岩泉町からの要請を受けて、きのふヘリコプターで孤立が続く安家地区などに向かい、町内全域で36人を救助した。しかし、停電や断水が続く中で長引く孤立や

 避難所での生活に住民は早急な孤立の解消やライフラインの復旧を求めている。

 岩泉町の孤立している地区で避難生活を続けている40代の男は、一緒に避難しているお年寄りの薬が残り少なくなっていることや、出産を控えた女性がいることなどを話していた。

 こうした状況を受けて、県などはけふもヘリコプターで上空から孤立した世帯の救助に向かったほか、避難所などに水やパン、それに哺乳瓶やミルクなどを運んだ。

 また、岩泉町では、依然、連絡が取れない人が17人いることから、所在の確認を急いでいる。

 周辺の道路が被害を受け孤立状態になっている岩泉町月出地区の公民館に避難している40代の男は、「自宅に土砂が入るなどして住むことができないうえ、道路や橋が

 被害を受けて地区の外に出ることができず6人が避難している。お年寄りが多く、薬などが足りなくなっているので心配です。中には臨月を迎えた妊婦もいます。電気と

 水道が止まっているため、ポンプで地下水をくみ上げているが、発電機を動かすための燃料も減ってきており、早く孤立状態を解消してほしい」と訴えた。

 台風10号の影響で、日本三大鍾乳洞の一つとされる岩手県岩泉町の龍泉洞(国天然記念物)が、大きな被害を受け、営業再開のめどが立っていない。

 岩泉町役場から3キロほどの場所にあり、洞内の総延長は3600m以上。台風10号とが東北に上陸した先月30日から地底湖の水が増水し、停電したこともあって

 この日から営業していない。今朝の時点でも、地底湖の水が施設の出入り口からあふれているため、内部に入れず、被害の状況が確認できていないという。

 龍泉洞は、洞内にすむコウモリとともに国の天然記念物に指定されており、「秋芳洞」(山口県)、「龍河洞」(高知県)と並んで「日本三大鍾乳洞の一つ」と呼ばれている。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設工事、午前8時過ぎ、東村高江の米軍北部訓練場N1ゲート前では、ヘリパッド建設工事に

 反対する市民が工事関係者とみられる車両の通行を一時止めた。その後、機動隊に排除された。

 また、同訓練場H地区のヘリパッド建設工事現場につながる「沖縄やんばる海水揚水発電所」前では、市民ら20人が集会を開くなど工事関係車両の出入りがないか警戒している。

 沖縄県外の有識者でつくる「普天間・辺野古問題を考える会」(代表・大阪市立大名誉教授宮本憲一)は9日、東村高江周辺のヘリパッド建設などを強行する政府に対し、

 抗議声明を発表する。ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんら71人の有識者が声明に賛同しており、名護市辺野古の新基地建設と高江のヘリパッド建設に対し「沖縄の

 人権・自治・環境・平和を侵害する不法な強権発動を直ちに中止せよ」と訴える。

 同会は9日に東京の参院議員会館で会見を開き、声明を発表する。事務局を担当する一橋大学名誉教授寺西俊一さんは「安倍政権は、民主主義に基づく法治国家にあるまじき、

 極めて無法な強権的対応を強めている。本土から声を上げ、さらに賛同の輪を広げたい」と話した。

 同会は昨年4月にも、辺野古新基地建設の作業中止を求め、首相安倍晋三宛てに緊急声明と8千人を超える署名を提出している。

 日米両政府は、きのふ都内で、日米合同委員会を開き、米軍普天間飛行場に所属する新型輸送機MV22オスプレイなどの訓練について、県外・国外への移転を推進することで合意した。

 移転経費は日本側負担とする。官房長官菅は会見で「沖縄のさらなる負担軽減に寄与する」とした。

 訓練移転の第1弾として、12日から3週間、オスプレイ16機と兵士やメンテナンス担当者ら800人が、グアム島のアンダーセン空軍基地や北マリアナ諸島のテニアン島などに

 移る。日本が訓練地までの往復の燃料費や人員輸送費など7億円を、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)特別協定に基づき出す。

 防衛省によると、この訓練以外に規模や時期など詳細な計画が決まったものはなく、引き続き日米間で協議する。毎年4月ごろに年間計画を公表する。

 スイスジュネーブで、13日から開催される国連の第33会期人権理事会に向けて、人権団体ヒューマンライツ・ナウ(東京)は先月29日(現地時間)、日本政府が

 辺野古と高江で、平和的に抗議活動を行う市民らを深刻な暴力で弾圧していると批判する声明を提出した。声明は日本政府に、市民に対する暴力的な排除と過度な警備の

 中止を求めた上で「県民の自己決定の場への参加を保証し、米軍基地の集中を解くべきだ」などと訴えている。

 日本は2017年に、国連の人権理事会による全般的な人権状況審査「普遍的定期審査(UPR)」を控えており、辺野古新基地建設や高江のヘリパッド建設現場における

 市民の強制排除などが厳しい国際世論にさらされる可能性がある。

 国連の人権理事会に詳しい琉球大学の教授島袋純によると、声明の提出は47の理事国を持つ人権理事会への問題提起の意味を持つ。島袋は「声明の内容がすぐに

 議題になるわけではないが、世界中に日本の人権状況が伝わることで、今後の改善勧告につながる可能性もある」と。

 声明ではその他に、(1)集会の自由の保証、(2)報道の自由の保証、(3)沖縄県民を先住民族と認めることなどを訴えている。ヒューマンライツ・ナウは、

 国連と協議を行うことが認められた国連特別協議資格を持つ日本のNGOだ。

   ♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ

 白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ

 白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
     昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる

 映画「名もなく貧しく美しく」で知られ、サリドマイド薬害の被害者が障害を乗り越えて生きる姿を描いたドキュメンタリー映画「典子は、今」などの映画監督、松山善三が、

 老衰のため、東京都内の自宅で逝った。91歳。

 松山は兵庫県の出身で、現在の岩手医科大学を中退して昭和23年、松竹に入り、監督木下恵介下で助監督を務めた。「人間の條件」シリーズなどで脚本家として注目され、

 昭和36年、耳が不自由な夫婦の愛を描いたオリジナル脚本の「名もなく貧しく美しく」で初めて監督を務め、主演した妻の高峰秀子とともに数々の映画賞を受賞した。

 昭和56年には、サリドマイドの薬害で両腕がない状態で生まれた女の子が障害を乗り越えてたくましく生きていく姿を描いたドキュメンタリー映画「典子は、今」を監督し、

 大きな話題を呼んだ。松山は1年ほど前に体調を崩し、療養していたが、先月27日、老衰のため東京都内の自宅で逝った。

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)にもあったのは今さら言うまでもない。

 民進党の代表選は、けふ告示され、代表代行蓮舫(48)、元外相前原誠司(54)、衆院議員玉木雄一郎(47)の3人が立候補を届け出た。

 次期衆院選を巡る共産党との選挙協力のあり方や憲法改正論議への対応、党再建への具体策などについて論戦が交わされる。15日に東京都内のホテルで開かれる臨時党大会で

 投開票が行われ、新代表が決定する。

 「その懸け橋をぜひ皆さんに、蓮舫のために、“代表蓮舫”のためになっていただきたいと心から心から思います」(民進党 代表代行蓮舫)。

 蓮舫の陣営は、国会内で総決起集会を開き、勝利を目指して気勢をあげた。集会には、支持を表明している元環境大臣細野のグループや旧社会党系議員ら30人が集まった。

 一方、前原の陣営は、自身が率いるグループや元国交大臣大畠のグループのほか、政調会長山尾らが参加して、合同選挙対策会議を開いたた。これに先立って、

 立候補を断念した元防衛副大臣長島が前原を支持することを正式に表明し、この選対会議に参加した。

 このほか当選3回の若手、衆議院議員玉木雄一郎も立候補をして、昨夜は、「最後まで全力で頑張りたい」と述べるなど、推薦人集めに奔走した。

   ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
、 便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 新潟。知事泉田裕彦(53)が、29日告示の知事選への立候補を取りやめると発表した。

 県庁の記者クラブに「この秋の新潟県知事選挙からの撤退について」と題したA4判2枚の文書が配られたのは先月30日。文書では「県内で大きな影響力を有する新聞社」が

 県の説明を読者に伝えようとせず、「このような環境の中では、十分に訴えをお届けすることは難しい」と新潟日報を批判。知事選に出ない理由とした。

 これまで何があったのか。ほかに背景はないのか。新潟県の知事泉田裕彦(53)が、地元紙・新潟日報による県出資企業のトラブル報道を「臆測で事実に反し、私の訴えが

 届かない」と批判し、来月の知事選へ4選出馬することを断念すると表明した。

 メディアとの対立で立候補を撤回するのは異例。日報紙は「選挙情勢が不安になり撤退した」と大々的な紙面展開で反発し、知事も即座に会見で反論、対立は混迷を深めている。

 問題となったのは県出資の運航会社「新潟国際海運」で、新潟日報が今年2月、子会社のフェリー購入でトラブルがあり、事業開始が難しくなったとスクープした。

 この後、新潟日報は連日のように詳報。船の選考作業は知事も把握していた、県幹部の発言と食い違いがあるなどと、知事批判のトーンも強めた。

 知事は議会で「出資事業が進まずおわびする」と陳謝したものの、県幹部らは「県トップの責任が大きく問われる問題ではなく、報道は違和感があった」と振り返る。

 もともと新潟日報は、3期12年に及ぶ泉田県政に「市町村長との意思疎通が不十分」、「多選の弊害がある」と批判的だった。発行部数46万部で新潟県内シェア67%。

 出資企業のトラブル報道で、知事が逐一抗議したのも、同紙の新潟における影響力の裏返しだ。

 「このような環境では訴えを届けるのは難しい」。知事は8月30日に突如発表したコメントで、批判報道が続くことを不出馬の理由に挙げた。だが、県議会には「4選に

 不安が出てきたことも一因ではないか」と冷ややかな見方もある。

 知事は今年2月にいち早く出馬を表明していた。前回の2012年は共産党を除く各党推薦のオール与党で圧勝したが、今回は自民党内にも4選反対論が一部にあり、

 同党は推薦するか態度を保留した。

 さらに、県の市長会、町村会が泉田県政12年間を「市町村との役割分担を無視し混乱を生じさせた」と批判する文書を公表。8月には全国市長会長も務める長岡市の

 市長森民夫(67)が出馬表明し、「反泉田」の動きが始まっていた。

 選挙戦自体は現職優勢の情勢は揺らがず、市長森との一騎打ちとの見方が強まっていただけに、突然の不出馬表明に県民からも「言いたいことがあるなら選挙で訴えればいい」と

 疑問視する声が多かった。知事は東京電力柏崎刈羽原発の再稼働について「福島第1原発事故の検証・総括なしに議論できない」と慎重姿勢を貫いていることで知られ、

 不出馬のコメントでも日報紙の原発報道にまで触れ「東電の広告は今年5回載ったが、住民を守るうえで重要な論点の報道はない」と批判するほどだ。

 原発への姿勢を評価し選挙で支援するとみられていた共産党だが、県委員会のメンバーも今回の知事の挙動には「大人げないが、何か力が働いたのでは」と首をかしげる。

 新潟日報はコメント公表翌日の8月31日朝刊1面で、編集局長服部誠司が「一連の報道は綿密な取材に基づいており、報道機関への圧力だ」と反論し、別稿で「失策による

 求心力低下で選挙を優勢に戦える体制を組めなかったのが実情だ」とこきおろした。これに対し、知事は会見で改めて「訂正を求めるのが圧力とは理解できない。情勢分析では

 選挙をやれば負けないと思う」と再反論し、建設的とは言えない論戦が続く結果になっている。

 《「新潟国際海運」を巡るトラブル》新潟県は新潟〜ロシア間の日本海横断航路の再開を目指して15年、社に出資。その子会社が韓国の船舶販売会社と中古フェリー購入の

 契約を結び、手付金7000万円を支払った。速度不足の不備があったため引き取りを拒否したが、仲裁機関から1億6000万円を支払うよう命じられた。試験運航せずに

 契約したことなども明らかになっている。

 ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
        1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎  作曲:船村 徹

 アフリカ・南スーダンの国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣。

 安全保障関連法に基づく「駆け付け警護」と「宿営地の共同防護」の新たな任務が11月にも課せられる方向だ。現地を知る専門家は「政府の想定とかけ離れた現実」と指摘するが、

 このまま突き進んでいいのだろうか。

 「駆け付け警護」は、自衛隊が所在地から離れた場所にいる国連職員やNGO関係者らの生命を守るために駆け付け、武器使用すること。これまでは正当防衛と緊急避難以外は

 憲法が禁じた「武力行使」にあたるとされていたが、安保関連法によって別表のようにPKO参加5原則を満たしたうえで、任務遂行のための武器使用を認める条件を拡大した。

 日本の国会で議論された「駆け付け警護」は国際法にない概念で、戦闘が続く南スーダンでの武器使用が適法かは日本が独自に判断する必要がある。

 「知的怠慢としかいいようがない。日本政府が想定するような状況が、南スーダンで本当にあり得ると考えているのか。PKO参加5原則の柱である『当事者間の停戦』は

 とっくに崩壊しています」と根本的な疑問を投げかけるのは東京外語大の教授伊勢崎賢治だ。日本政府代表や国連の現地責任者としてシエラレオネ、アフガニスタンに

 乗り込んで武装勢力の武装解除の責任者を務めた「紛争解決のプロ」だ。

 南スーダンへの自衛隊派遣は2012年に始まったが、翌13年から政府側と反政府側との事実上の内戦状態に突入。昨年8月にいったん停戦合意が成立し統一政府が

 発足したものの、今年7月には大規模な衝突が発生し8月には統一政府を作っていた元反政府側トップが国外脱出する事態になっているのだ。自衛隊は国連南スーダン派遣団

 (UNMISS)の管理下で活動しているが停戦崩壊した状況でのPKOは現地では中立と受けとめられていないと伊勢崎さんは指摘する。

 「南スーダン政府側は国連やPKO部隊、援助団体職員の活動を『干渉』と敵視し始めています。現に7月には南スーダン政府軍の兵士集団が、人道支援団体の外国人が

 滞在していた施設を襲撃する事件が発生したと報じられています。自衛隊はどう対応するのでしょうか」。

 南スーダンで民生復興支援を続けてきた日本国際ボランティアセンターの代表理事谷山博史さんも、停戦は成立していると強弁する日本政府の姿勢を危惧する。

   駆け付け警護の政府見解は「国または国に準ずる組織の場合は憲法が禁じる『武力行使』にあたる恐れがある」との立場のため、「政府軍が敵対者として登場しない状況を

 無理やり設定している」と指摘する。

 「実際の紛争現場で『武装勢力』『テロリスト』と政府軍をどうやって見分けろというのでしょうか。あまりに現実離れした要求です。軍服を着ていなければ、民間人と

 武装勢力・テロリストの区別もつかないでしょう。アフガニスタンでは、多くの民間人が米軍などに殺害されました。私たちの現地スタッフの親族も犠牲になったのです」。

 民間人に犠牲者が出れば住民感情は悪化する。政府・反政府問わず、武器を使用すれば、どちらか一方への肩入れ、と受け取られかねない。いざという時、自衛隊員は

   ためらわずに武器を使えるか。伊勢崎さんは「『撃てない銃』を抱えたまま、自衛隊の若者が事実上の戦地に派遣されるのです。殉職者は増える、と僕は心配しているのですが…」と

 つぶやいた。

 もう一つの新たな任務「宿営地の共同防衛」もリスクが高く、「民間人を殺傷した場合の責任の所在が不明確」と懸念するのは、カンボジアPKOなどを現地取材した経験のある

 軍事ジャーナリスト、前田哲男さん。

 「例えば宿営地に車が向かってくる。武装勢力か避難民か分からない。何となく銃みたいなものが見えた。隊員個人が撃った、または指揮官が発砲を命じた。相手は実は

 民間人だった、という場合もあり得る。この時、日本の法体系の下、だれが責任を負うのか、きちんと議論されていないんです。国の命令で派遣されるのに、間違いがあれば

 隊員や指揮官個人が責任を負うことになりかねない」。

 これまでの自衛隊のPKO派遣では、武器使用した自衛隊員が個人的に責任を問われないよう、正当防衛を主張するための手続きがあった。前田さんは新たな任務では

 過失での武器使用を含め、こうした法的問題があいまいだと指摘する。

 「例えばこれまでの正当防衛なら警察官職務執行法をもとにした部隊行動基準があり、(警告や威嚇の射撃をしてから相手を狙い撃つ)事前回避義務があった。駆け付け警護や

 共同防衛は判断の遅れが命取りになる場合もある。事前回避義務が徹底できるのか」 。  自衛隊OBは新たな任務をどう見ているか。01年、自衛隊初の特殊部隊「海上自衛隊特別警備隊」の創設に携わり、7月に出版した著書「国のために死ねるか」が

 波紋を広げる伊藤祐靖さん。

 自衛隊出身者なら、PKOなど海外活動の縛りを緩める安保関連法を歓迎するかと思いきや「個人的にはものすごく疑問です」ときっぱり。何のために自衛隊員を

 危険地に向かわせ、命をかけさせるのか。隊員が納得できる理由が必要だ、と感じているという。  「私が派遣命令を受けたら、上官に『何で?』と問いますね。命を落とす危険性がある、でも憲法との絡みで活動に制約がある、それでも国として『国家の理念』を貫くために

 必要な行動だ、その理由はこれこれだ、だから行け、と。そうであればいいんですよ。隊員は『事に臨んでは危険を顧みず……』と宣誓して入隊するんですから」。

 伊勢崎さんは「苦渋の代替策」を提言する。「憲法上、非現実的な武器使用を想定するしかない自衛隊に代わり、完全武装の警察を国連文民警察に派遣する。警察権の執行なら、

 憲法の問題はありません。そもそも事実上の戦地に派遣したくはないんですが…」。

 なぜこんなに現実離れした想定で計画が進んできてしまったのか。伊勢崎さんはPKOを巡る国際情勢は、日本が初めて自衛隊をカンボジアに派遣した1992年とは

 変わっているのに、日本ではそれが認識されていないことが背景にあると言う。「かつてのPKOは中立を守るため、停戦合意が破られればすぐ撤退しましたが、今は違う」と

 解説する。転機は94年にルワンダで住民虐殺が起きた際、PKO部隊が現地にいながら阻止できなかったことに対する国際社会の批判だったという。

 「これ以降、PKOの最優先任務は『住民保護』になり、場合によっては中立性を捨て、住民を守るための武力行使をするようになったんです。10年のコンゴ民主共和国

 (旧ザイール)PKOでは住民を攻撃する武装勢力に対し、先制攻撃する特殊部隊すら承認された。今のPKOは撤退しないし、交戦主体となることをためらいません。

 日本だけ時計が止まったままなんです。憲法上、交戦権のない自衛隊を長年、その現場に送り続けたことに無理がある。国会とメディアの怠慢ですよ」と記者を見据えた。

 PKO部隊のリスクが高まったことに伴い、先進国主導の部隊編成から、紛争国周辺や発展途上国から参加を募る流れも加速しつつある。国連PKO局資料によると、

 日本が初参加した92年末、PKO派遣人数の上位10カ国のうち6カ国を英仏加など欧米諸国が占めた。昨年末の統計では欧米諸国は姿を消し、パキスタンなど南アジア諸国や、

 エチオピア、ナイジェリアなどアフリカ諸国が占めた。南スーダンで展開する13カ国の内訳は、日本以外には、工兵部隊としてインド、韓国、中国、バングラデシュの

 4カ国で、残りの歩兵や航空部隊の主力はアフリカやアジアの発展途上国だ。

 谷山さんは「今やほとんどの先進国はPKOに軍を派遣していません。PKOへの貢献は自衛隊を送ることだけじゃないんです。民間や文民警察、他の公務員でだってできる。

 日本はいいかげん、PKO・国際貢献=自衛隊派遣という凝り固まった考えを捨てるべきです」と話す。

 安保関連法で新たな任務が法的に可能になったからと、自衛隊の武器使用を急ぐ必要はない。机上の空論はやめて、何のための国際貢献か、憲法上可能なのか、現地の状況や

 国際情勢を踏まえた議論をすべきではないだろうか。

 <PKO参加5原則>

 1992年制定のPKO協力法に定めたPKO参加5原則は、(1)紛争当事者間で停戦合意が成立(2)紛争当事者がPKOと日本のPKO参加に同意(3)中立性の厳守

 (4)原則が満たされない場合は部隊を撤収できる(5)「武器使用」は隊員の生命保護などのための必要最小限に限る。

 <現行法で認められる武器使用>

 武器使用は、(1)隊員自身の他、一緒にいる他の隊員や管理下の住民らの生命・身体を守る「正当防衛・緊急避難」(2)自衛隊の武器・装備の防護(3)「駆け付け警護」

 「宿営地の共同防衛」などの任務遂行を妨害する相手の排除??の場合に限られる。(3)では、相手が犯罪集団であることが明確な場合は武器使用が許容されるが、

 派遣国・周辺国の政府軍や現地警察など「国または国に準ずる組織」の場合、憲法で禁じる「武力行使」にあたる恐れがある。

 <憲法が禁じる武力行使>

 憲法が禁じる武力行使は、「国または国に準ずる組織に対する組織的・計画的な戦闘行為」。PKO部隊に派遣された自衛隊の活動でも認められず、仮にPKO部隊が

 武力行使に及んだとしても一体化することはない。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 熊本。阿蘇地方の草原で、来春の野焼きに向けて防火帯をつくる輪地(わち)切りを支援する活動が、始まった。

 草原の保全のための野焼きに欠かせない準備作業だが、今年は一連の地震で牧野内の地盤などが被災、見送る方針の牧野も出ているという。輪地切りは、草の青いうちに

 牧野の周りを刈り込む作業。後日、刈って乾いた草を焼く輪地焼きをして防火帯をつくる。この日は南小国町の瀬の本高原にある扇牧野で、グリーンストックのボランティア

 20人が牧野組合員とともに牧野周囲の草を刈っていった。

 扇牧野組合の組合長佐藤文幸さん(52)によると、組合員は20年ほど前には27人いたが、現在は19人。牛を飼う農家は2軒で、多くの組合員は農業以外の仕事で

 生計を立てる中、毎年総出で野焼きをして草原を維持してきた。佐藤さんは「ボランティアが来てくれ人数が増えることで、安心感につながる」。熊本市から支援に来た

 介護施設職員の園田るみ子さん(60)は「汗をかいて草原の風に吹かれるのは気持ちがよく、自分が緑の保全に役立っているという思いも持てる。逆にこちらがエネルギーを

 もらっています」と語る。

 和歌山。和歌山市の土木建設会社「和大(わだい)興業」で、従業員4人が死傷した拳銃発砲事件。容疑者は逃げ込んだ会社近くのアパートで17時間以上立てこもった末、

 持っていた銃で自殺した。市民生活が脅かされる中、警察が発砲や突入など強硬手段をとらなかったのはなぜか。

 和歌山県警は、4人が撃たれた事件の発生から37時間後の8月30日午後10時過ぎ、殺人容疑などで指名手配した同社経営者の次男、溝畑(みぞばた)泰秀(45)を

 和歌山市内で発見。追跡中4発の発砲を受けながら反撃はせず、見失った。溝畑は31日午前1時過ぎから同社の西約100mのアパートに立てこもり、午後6時40分ごろ、

 自分の腹を撃ち、死亡した。現場近くに住む女性(35)は31日朝、警察官に促されて自宅裏口から避難するまで、不安な時間を過ごしたという。「警察は何をしていたのかと

 思うと、今も悶々(もんもん)とする」。県警の刑事部長丸木健嗣は31日の会見で、立てこもり中、容疑者が両手に拳銃を持って引き金に指をかけており、周囲に住宅が

 密集していたことから「慎重にならざるを得なかった」と説明。捜査1課の次席保田彰(やすだあきら)も「突入は百%人命を守れる状態の時」で「今回そういう場面は

 なかった」と強調した。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
            昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 北の大地。敗戦直後、千島列島の北東端にある占守(シュムシュ)島で旧ソ連軍の攻撃を受けて戦死した旧日本兵、井戸井重市(当時23)の遺骨が、きのふ70余年ぶりに

 小樽市の実家に戻り、5人のきょうだいと再会した。

 遺骨は昨年、ロシア側の占守島での調査で見つかった27柱の日本人の遺骨のうちの1柱。近くにあった「井戸井」の印鑑と、部隊名を刻印した認識票が手がかりになり、

 厚労省のDNA鑑定で井戸井さんと特定された。占守島からは43柱が収容されているが、身元判明は初めて。遺骨は厚労省から道へ引き渡され、きのふ、妹の湊百合子さん(81)と

 井戸井アイさん(76)の2人が住む実家に道職員が届けた。室蘭市などから3人のきょうだいも集まり、アイさんは「みなさんのおかげでこの日を迎えられ、感謝の

 気持ちでいっぱいです」とお礼。百合子さんは「戻ってきたのは奇跡だと思います」と語った。

 井戸井さんは9人きょうだいの長男。上智大に学び、家業の材木商の後継ぎにと期待されたが、繰り上げ卒業で召集され、占守島の守備隊に加わった。戦死したのは、

 敗戦から3日後の1945年8月18日だった。優しかった重市さんは、小学生だった百合子さんに喫茶店でクリームソーダをごちそうしてくれた時、おなかを壊さないようにと、

 「もう1杯あげたいけど、また今度ね」と言ったという。それから間もなく出征し、約束はかなわなかった。

 日本マクドナルドは、ハンバーガーとドリンクのセットで400円の「バリューランチ」を平日の昼限定で12日に売り出す。

 景気低迷で客足が遠のく恐れがある外食業界では、起爆剤として低価格メニューが増え、デフレの様相が強まっている。マクドナルドの平日昼の現行セットは500円の

 「おてごろセット」が最も安い。新たに始める「バリューランチ」はフライドポテトなどのサイドメニューを省き、ドリンクも最小のSサイズにした場合、ワンコイン

 (500円玉)でおつりが来るようにした。ハンバーガーは定番の「ビッグマック」と「チキンフィレオ」から選ぶ。

 業界は年明けからの景気変調に機敏に反応。回転ずし大手の「かっぱ寿司」は3月以降、1皿108円の商品を平日は97円で提供するキャンペーンを展開している。

 牛丼大手の吉野家も4月に豚丼を復活させ、並盛330円と同じサイズの牛丼より50円安くした。

 マクドナルドに対抗心を燃やすバーガーキング・ジャパンは5月、ハンバーガーにポテトとドリンク各Sサイズが付く「ダブルキングセット」を490円で発売。

 8月には一部のハンバーガーの単品価格を350円に値下げするキャンペーンも始めた。現在の対象商品は最大140円安い。業界ではデフレ期に泥沼の値下げ競争に陥った

 苦い記憶もある。節約志向を強める消費者との駆け引きが続きそうだ。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。富山市議会の自民会派の谷口寿一(としかず)(53)が、きのふ虚偽の領収書を使って政務活動費を受け取っていたと明らかにした。

 虚偽領収書については、政活費の不正取得が発覚して先月30日に市議を辞めた同会派の前会長・中川勇(69)から渡されたとしている。谷口は「不正取得した

 政活費の半分ほどを中川に渡した」と話している。谷口によると、中川から事前に金額が記入された印刷会社(富山市)の領収書を受領。その領収書を使って2013年7月〜

 14年7月、3回に分けて計90万円の政活費を取得していた。谷口は政治活動に使う資料のコピーなどは別の会社に頼み、実際にかかった費用は40数万円だったという。

 谷口は支給された政活費から自分と取引があった会社に支払った分を差し引き、残額を全て中川に渡した、と説明。虚偽の領収書を受け取った経緯については「13年6月ごろに

 中川から『政活費に余裕があるなら、回してほしい』と頼まれた。支持者に配る資料の印刷代に15万円ほどかかっていると伝えると、中川からその2倍ほどの額が書かれた

 領収書を渡された」と述べた。

 富山湾に秋の訪れを告げる味覚、ベニズワイガニの漁が解禁され、射水市の新湊漁港で初せりが行われた。

 新湊漁港では、沖合い35キロ、水深お1200mの富山湾でとれたベニズワイガニ2500匹が初水揚げされた。けふは漁船がエンジンの故障で1隻、漁に出られなかったため、

 去年の初日より600匹余り少ない水揚げだが、鮮やかな紅色のカニがずらりと並べられた。午後からは初せりが行われて、仲買人が次々とカニを競り落としていった。

 せり値は去年の初日より1割ほど高いという。今シーズンからは、富山産のベニズワイガニを「高志の紅ガニ」と名付けて基準を満たすカニにタグを付けることにしているが、

 けふは海水温や気温が高いため、品質への配慮からタグを付けたカニはなかった。ベニズワイガニの漁は、11月から来年1月までがピークで5月末まで行われる。

 ♪越中で立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ‥。北陸に秋の訪れを告げる「おわら風の盆」が、富山市八尾(やつお)町で始まった。

 300年以上続く民謡行事で、台風などで強風の吹く季節に豊作を願う。編み笠をかぶった浴衣姿の男女が三味線や胡弓の音に合わせ、農作業の所作を踊り流した。

 明日3日まで続く。3日間で20万人以上が例年訪れる。

 福井。あわら市が、産学官連携による空き家対策に乗り出す。

 空き家の所有者や危険度をまとめた「空き家台帳」の整備を三谷商事(福井市)に委託し、福井工大が調査を担当。倒壊の恐れや衛生上問題がある「特定空き家」を把握して

 データベース(DB)化し、本年度内に対策計画を策定する。

 きのふの定例会見で、市長橋本達也は「空き家や空き店舗を地域資源と捉えたまちづくりの研究の一環として、利活用を提案いただきたい」と連携効果に期待を寄せた。

 学生らのアイデアも取り入れ、移住や定住を促すような対策を目指す。

 市内の空き家数は、2015年に独自に実施した区長らへの聞き取り調査では552軒だった。しかし、13年度の国の住宅・土地統計調査では930軒に上った。

 福井工大の准教授下川勇の研究室に在籍する学生が今月下旬、これまでの調査を踏まえた現地調査に着手。市は登記や固定資産の課税状況から「空き家候補」を抽出し、

 三谷商事がそれらの情報を地図情報システムに整理する。来年1月下旬のデータベース化を目指す。

 今月中に対策協議会を立ち上げ、調査と検討を並行して進めるという。市は12月初旬から来年1月下旬に、所有者らの意向調査もする。空き家台帳の整備費については、

 地方創生推進交付金を活用して本年度当初予算に800万円を計上していた。

 能登。中能登町の道の駅「織姫の里なかのと」の織姫観光農園で育つ野菜が、駅内の直売所に並んでいる。

 売り上げは順調で、農園では、トウモロコシのもぎ取り体験もでき、町の新たな観光地化に向けた取り組みが進んでいる。農園は、5月に完成し、広さは千平方m。

 トウモロコシのほか、敷地内のビニールハウスでは、ミニトマトやキュウリも育つ。夏の日差しを受け、すくすくと成長。ハウス内のミニトマトは、丸くて大きな赤い実が

 鈴なりになっている。駅長の田中さんによると、トウモロコシはこれまで50本ほどを販売し、陳列したその日にほぼ完売するほどの人気。甘みが強いスイートコーンで、

 10月ごろまで店頭に並ぶ予定だという。田中さんは「やっと皆さんに提供できるまでに育ってきた。もぎ取り体験もやっているので、道の駅に足を運んでほしい」と。

 もぎ取り体験は、随時実施している。希望者は、道の駅 0767(76)8000。

 金沢。日本海の底引き網漁がきのふ解禁されたたが、台風10号から変わった温帯低気圧の影響で、石川県沖がしけとなり、出漁した船が少なかったため、

 金沢の近江町市場には地元産の魚介類がほとんど見られず寂しい初売りとなった。日本海の底引き網漁は資源保護のため毎年7月と8月は禁漁で、きのふ1日から解禁されたが、

 台風10号から変わった温帯低気圧の影響で、石川県沖はしけとなり、県内の港から出漁したのはわずか数隻で漁獲量も例年の10分の1にも満たなかったという。

 このため金沢市民の台所、近江町市場の鮮魚店の店頭では、県内の漁港で水揚げされたのは赤ガレイのみで、ほかは新潟や山形から入荷した口細カレイや甘エビなどが並んだ。

 近江町市場では「さみしい初売りになりました。底引き網漁の初日がこんなに少ないのは初めてです。あすから頑張ります」。 けふ2日は海のしけが収まったことから

 県内のすべての漁船が底引き網漁に出たということで、けふ2日からは店頭に多くの魚介類が並ぶことが期待できるという。

 加賀。「トウキョウ、ダモイ(東京、帰る)」。71年前、陸軍の通信兵で旧ソ連軍の捕虜となった加賀市山中温泉加美谷台2丁目の西彰さん(91)が敗戦後に

 そう言い聞かされて向かった先は極寒の地だった。シベリアの収容所での4年に及んだ壮絶な日々、戦争のもたらす地獄を語り継ぎたいという思いは消えることがない。

 福井県境に近い西谷村(現 加賀市)出身。1944年、19歳で徴兵検査に合格して、年末から陸軍の通信兵として満州へ。通信設備を整え、暗号化したモールス信号を

 送ったり受けたりするのが主な仕事だった。45年8月15日朝の電報は忘れられない。情報はもっぱら数字で暗号化してやり取りしていたが、そのときは和文だったという。

 「数時間後に重大放送あり」。初めて聞く昭和天皇の声で敗戦を知った。「これで日本に帰れるんだなとホッとした思いが強かった」。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                    熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 早いもので、長月、9月2日だ。

 午後の散歩は、運動教室からもどってから、何時ものように、たかみ公園横からバス通りへ向かった。旧道からなかの公園手前から神社の辺りを一回り。

 なかの公園の手前で、畑へ向かう湯原さんの軽四と会い目礼。清水さんち横の、イチジクの畑の前では、横井さんが草刈り機で刈りとり中で「ご苦労様」。湯原さんち、

 奥さんが庭の花木に水撒きをされていたので「ご苦労様」。京堂さんち前のバス通りを渡って、コンビニの裏通りから帰還した。やはりむし暑かった。

 江戸の達也君からレターバックが届いていたが、留守していて受け取らず、郵便局へ再配達を願った。

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
             唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
 おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

 突堤に巨船の泊つる晩夏かな
 学びたし夏の球児の一途さを
 盂蘭盆や 人見て法を説けと母
 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

            2016年 9月2日(ふ)

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