沖縄ヘリパッド、「二正面作戦」で攻める政府 強権着工に不信強める沖縄県
2016年、文月7月23日、晴れ、金沢の最高気温は30度。
今朝の散歩は何時ものコースで、寺の方向へ向かった。朝は爽やかだったが、日中は蒸し暑くなりそうだ。
寺の坂道から、ジョギング中の若い夫婦に会い「お早うございます」。体育館の前、柴犬連れの尾田さんに会い「お早うございます」。犬好きの夫婦、柴犬と戯れていた。
寺津用水、きれいだが水量は少なくて流れはスムースだった。朝日がまぶしかった。バス通りを越えて坂道、和田さんち、でっかいカサブランカが見事に三輪咲いて、ほかに
つぼみが4本あった。舘山への四つ角では、涌波からの何時もの親父さんが来ていて「お早うございます」。
草ぼうぼうの隣の空き地にはヒルガオが10輪あまり咲いていた。対面のお宅、赤白のセージがいい。ラジオ体操会場へ、急ぎ足の学童はいないので、もしやお休みかな。
西さんちの四つ角、山津さんちの萩は健在なり。右手の畑から、浦川と来ている爺さん、もう終ったのか、車の横で靴を履きかえていた。浦川が寄ってきて「おはようさん」、
「きのう、友達と白尾へ貝とりに行ってきた」という。Dr小坂、宇野さんはまだだ。宇野さんちの庭、剪定も終わってきれいになっていた。なかの公園を右折。
修平さんのおばあさんちのピンクや深紅のタチアオイは、倒れそうだったが、きれいに咲いていた。しかし、元気のいいのは一時の半分ぐらいだ。ペンキ屋さんち、鹿の子ユリの
花がいい。土谷さんちの納屋の前の紫のアサガオが8輪、薄紫のテッセンが1輪咲いていた。庭にすだれの上に新聞紙を敷いて紫蘇が干されていた。徳田さんちのでっかい
朝鮮アサガオ、きのふの夕方はしぼんでいたが、今朝はまた、10輪見事に咲いていた。後ろから追いついてきた短パン姿の若い男が、写真をとるでもなく、ポケモンGO、
いわゆる「歩きスマホ」を、駆使して、神社の前へ入っていく見かけた。田畑さんはまだだ。湯原さんち、庭にはカサブランカ、トラの尾、赤のセージ、マンジュソウ、
オイランソウ、アガパンサスやハマナスの赤い実がいい。たわわに色づいたブラックベリーの実も。奥さんが出てこられて「お早うございます」、「吾亦紅に
ウドンコ病の殺虫剤を撒いています」なんて。坂本さんちの石鎚バラはまだ元気だ。松本さんちのノーゼンカズラ見つつ左折。何時もアパート前に居る若い衆は出られ為、
ボンゴタイプの車に乗っていた。コンビニの裏通りから北さんちの四つ角へ。徳田さんの弟さんが来て、刈り取った稗を歩道へ投げ入れていたので「お早うございます」。
ひょっとこ丸はまだだ。道心の四つ角を過ぎて、山本さんちの発アオイ、かなりくたばって、咲いているのはほんの4、5本だった。生まれて6カ月と言う赤子を抱いた
母と娘に「お早うございます」。瀬戸さんちの畑では三輪の芙蓉が待っていてくれた。
きのふ、プランターに挿し木したブラックベリーには、水やりした。見残しの2本のキウリは少し黄がかっていたけれど、ゴーヤとピーマンと共に採ってきた。
小屋に入りまず、緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
♪ささの葉 サラサラ のきばに ゆれる お星さま キラキラ 金銀砂子(すなご)
五色の たんざく わたしが 書いた お星さま キラキラ 空から 見てる
七夕さま 作詞:権藤花代・林柳波 作曲:下総皖一
日本列島。午前11時半までの最高気温は、愛媛県大洲市で33度9分、佐賀県伊万里市で33度6分、福岡県太宰府市で33度ちょうど、大分県日田市で32度9分、
熊本市で32度8分、鳥取市で32度5分、松江市で31度4分、大阪市で30度8分などと、各地ですでに30度以上の真夏日となった。
午後はさらに気温が上がる見込みで、気象庁は、各地に高温注意情報を出してこまめに水分や休憩をとり、適切に冷房を使うなどして、熱中症に十分注意するよう呼びかけている。
群馬。午前10時前、日航ジャンボ機墜落事故の現場となった上野村の「御巣鷹の尾根」に通じる登山道から男が滑落した。
男はヘリコプターなどで病院に搬送されたが、頭を強く打っていて、死亡した。死亡したのは日本航空で墜落事故の遺族の対応に当たる「ご被災者相談室長」の相馬裕さん(59)。
相馬さんはほかの7人の社員や登山道の管理人と共に、昭和60年8月12日に起きた墜落事故の追悼行事に向けて登山道を整備していて、丸太がずれないようにくいを
打つ作業をしていたところ、足を滑らせ50mほど下に滑落したという。この登山道は、毎年、事故が起きた8月12日に多くの遺族などが慰霊のために利用することから、
日本航空などが定期的に整備している。警察は、一緒にいた社員などから話を聞いて、当時の詳しい状況を調べている。
福島。国の重要無形民俗文化財の「相馬野馬追」は、大震災からの復興の象徴とされ、今年けふから3日間の日程で行始まった。
けふ23日は、江戸時代の旧・相馬藩に当たる各地で出陣式が行われ、相馬市の相馬中村神社には戦国時代をほうふつとさせる鎧兜姿の騎馬武者80人が集まった。
今年は、相馬家の33代当主の次男、相馬陽胤さんが祭りの総大将を務め、「大震災と原発事故からのさらなる復興を願い出陣する」と訓示した。このあと、
酒を酌み交わした騎馬武者たちは、色とりどりの旗指物を背に、ほら貝の合図に合わせて市内に繰り出していった。神奈川県から家族と訪れた7歳の女の子は、
「暴れんぼうな馬がいて怖かったけど、お利口さんな馬もいて楽しかったです」。
明日24日は騎馬武者たちが打ち上げられた花火の中から舞い降りる旗を奪い合う「神旗争奪戦」が行われるほか、今月、避難指示が解除された南相馬市小高区の沿道に
火の玉を掲げる「火の祭」が、震災後初めて行われる。
うちなー。宮古島の夏を彩る恒例の夏まつりの幕開けとなる豊年祈願祭が、宮古島市で行われ、御嶽に集まった人たちが、「クイチャー」と呼ばれる伝統の踊りを奉納して
五穀豊じょうを祈願した。
宮古島市平良の漲水御嶽で行われた豊年祈願祭では、はじめに、白装束を身に着けた司女と呼ばれる女性たちが神様を称える祈りと踊りをささげた。そして各地域に伝わる
伝統のクイチャーを踊り、五穀豊じょうを祈願したほか、2頭の獅子が登場して厄払いを行った。けふの宮古島は、朝から青空が広がり厳しい暑さとなったが、
集まった地元の人たちも踊りの輪に加わって、五穀豊じょうの願いが神様に届けとばかりににぎやかに踊った。
宮古島の夏まつりは24日まで行われ、けふの夕方からは3つの商店街を歩行者天国にして、夜店などがでるほか、明日24日は、地域の伝統芸能を披露するパレードや、
東西大綱引きが行われる。
東京都知事選(31日投開票)。政治資金流用問題で、舛添が辞職したことに伴う都知事選が、14日に告示され、首都のトップを選ぶ選挙戦が、終盤戦。
都民は果たして、誰にかじ取りを任せるのか、都民はもとより、全国民が注目している。
各候補は、舛添都政時代から継続課題となっている現場を視察した。東京の台所・築地市場を訪れた小池百合子。場外を視察し、11月に迫った豊洲への移転について、
スケジュールを見直す可能性について言及した。「まず、11月その時点までにありとあらゆる話を聞く。できるだけ早く、皆さんが納得いただけるような方法を模索して
いきたい。それが故にいったん立ち止まる」(小池百合子)。
一方、鳥越俊太郎は、新国立競技場の建設予定地を視察。建設費用などの課題について関係者から話を聞いた。「ここはもともと競技場あったところですよね?規模は
変わらない?」(鳥越俊太郎)、「大きく変わります」(関係者)、「問題は、要するに工費が建設費がなんだかんだ膨らんできているのをどうやって抑制するかと
いうことですね」(鳥越俊太郎)。
そして、増田寛也が訪れたのは六本木ヒルズ。首都直下地震など、災害に備えた倉庫を視察した。「ぜひ、民間事業者の皆さんに働きかけをして、もっともっと開放していくと。
スペースだけではなくて、食料品ですとか、さまざまなものの備蓄が備わっていないとダメですね」(増田寛也)。
こうした中、東京都議会議員の補欠選挙が、きのふ告示された。都庁がある新宿区には4人が立候補。自民党公認の新人・大門幸恵は、増田と並んで街頭演説した。
ところが、これに対抗する形で候補者を擁立したのが小池の陣営。小池の元秘書・森口つかさが立候補した。
「森口さんの場合は完全無所属。都民の皆さんにご判断いただくということで戦っていく。私の知事選の活動とドッキングすることもしばしば」(小池百合子)。
無所属での出馬で、小池の陣営は補選でも自民党に対決を挑むかたちとなった。「刺客」を送り込まれた格好となり、補選でも小池陣営と戦う構図となった増田は・・・
「知らなかったです。本当?小池さんの関係の方が出られるんですか?それぞれ、いろいろ候補者擁立されるところあると思いますが、ちょっと私、それ知らなかったんで。
(知事選と都議補選で)連動して課題を解決していきたい。今日からまた新たな選挙戦ですけど、実際には投票日も一緒ですし、連動してますよね」(増田寛也)。
一方、都知事選では鳥越を統一候補として擁立した野党側。都議補選の新宿区には、民進党から猪爪まさみ、共産党からは藤原健樹が出馬している。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐、が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
東村高江の米軍北部訓練場メーンゲート前、午前9時過ぎ、東村高江のヘリパッド建設予定地N1地区に続く裏側出入り口には、きのふから警視庁の機動隊車両が止まっている。
監視テントに泊まり込んだ市民は「一晩中見張られて不愉快だ」と怒った。
早朝から平和団体のメンバーや住民ら80人が集まって抗議の声を上げた。移設予定地につながる進入口では、反対派がバリケードとして置いていた車やテントが、きのふ
撤去され、代わりに沖縄防衛局がフェンスを設置。その周囲を防衛局職員らが取り囲み、さらに警察官が壁をつくり、反対する住民らが近づけないようにしている。
今朝9時半過ぎ、警察車両に先導されて重機や資機材を積んだトラックが進入口に横付けされると、反対派は「工事をやめろ」、「基地を造るな」などと声を上げた。
午後3時、東村高江周辺のヘリパッド建設に対する抗議行動が続くN1地区出入り口手前の県道では、きょうも福岡県警が検問していた。行き先、用件などを細かく聞いている。
少なくとも午前9時から6時間続いた。
「基地の押しつけはやめろ」、きのふ、早朝の森には怒号が飛び交った。
米軍北部訓練場(東村など)のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設工事に反対して座り込みを続ける住民らと、移動させようとする警察の機動隊。東村高江の現場は、
早朝から騒然とした雰囲気に包まれた。
訓練場内の移設予定地に通じる進入口周辺には、暗いうちから移設に反対する住民のほか、平和団体や環境保護団体のメンバーが各地から集まった。進入口沿いの県道70号には、
工事再開を妨げようと200mにわたって100台以上の車がとめられた。午前5時半、100人の機動隊員が現場に到着し、道に座り込んだり、寝転んだりする反対派の
手足を抱え、離れた場所へ強制的に運び出した。「やんばる(沖縄本島北部)の森を壊すのに手を貸すのか」、「オスプレイパッド反対」などの怒号や悲鳴が上がる。
県警は、とめられた車のタイヤの下に機材をはめて移動させた。
車両の上に陣取る人たちを降ろす際には、激しいもみ合いに。体調不良を訴え、駆けつけた救急隊員に現場で手当てを受ける女性もいた。道路脇ののり面の上から
「オスプレイが飛び回り、子どもが夜に眠れない状況になっている」と拡声機で訴える人の姿もあった。強い日差しが照りつけるなか、けがなどで数人が救急搬送されたこともあり、
反対派は午前11時ごろから現場を離れていった。
「なぜ通れない」、「トイレにも行かせないのか」。きのふの朝6時、突然封鎖された東村高江の県道70号。新川ダム入り口の交差点で愛知県警機動隊のバスが
両側2車線をふさぎ、北上しようとする全ての人と車の通行を一時遮断した。「人権侵害だ」、「戒厳令か」と行く手を阻まれた市民の怒号が響く。警察官に詰め寄ったが、
沖縄県警の現場担当者は「危険なので規制している」との説明を繰り返した。
県警の警察官らが車両を止め、Uターンかダム方面への迂回を指示。県道70号の直進を禁じた。規制区域内から出てくる車両に対しては「出たら戻れない」、「徒歩でも
入らせない」と説明。多くの人が「根拠を示せ」、「移動の自由の侵害だ」などと抗議したが聞き入れられず、トイレや物資調達を諦めて引き返す姿が目立った。
報道関係者や県職員も例外でなく、足止めされる車両が相次いだ。行く手を阻まれた記者が「不当な取材規制だ」と抗議しても、県警の担当者は「とにかく通さない」の一点張り。
記者の交代は交渉の末、現場まで警察官同行の条件付きでようやく認めるほどの厳戒態勢を敷いた。
県道路管理課によると午前8時50分ごろ、県北部土木事務所の職員が道路管理者として状況確認に向かったが、規制線の先に進めなかった。県道の管理者であることを示す
身分証を提示したが認められず、引き返した。午前9時すぎ、名護署から北部土木事務所に県道70号を通行止めにしたと連絡があったという。
県警と沖縄防衛局は抗議運動の“要”だったゲート前の車両とテントを強制排除した。政府は当初から「検問、県道封鎖、住民排除」の方針を打ち出していたが、県警側は
「反対派の車両で県道が埋まり、緊急的に規制した」と政府方針を否定する。事前に「規制」を想定していれば道路管理者の県への連絡が必要だが、「緊急性」を理由に、
県も蚊帳の外に置き、一気呵成(かせい)に撤去を進めた。
午前9時ごろ、封鎖が始まった東村高江の県道70号では県の担当職員が県道管理者証を示し、中に入れるよう求めたが機動隊に阻まれ、引き返した。
同時刻、県道内では反対市民への強制排除が始まり、車両も次々移動させた。県警は「県道は車で埋まり、車両通行ができない状態。工事車両や作業員とのトラブル未然防止で
住民の移動を求めた」と述べる。
一方、現場に駆け付けた横田達弁護士は「道交法は災害時の緊急対応、不発弾撤去などの場合を想定する。今回の封鎖はそれにあたらず、根拠がない」と法の乱用を指摘。
「政府のなりふり構わない姿勢が表れている」と批判した。
高江に住む住民の安次嶺(あしみね)現達さん(57)は「(米軍輸送機)オスプレイの着陸帯が高江に次々に造られたら生活できないから反対しているだけ。強引に
何の説明もなく住民を排除して絶対に許せない」と憤った。
一昨日の21日夜から駆けつけた宜野湾市議桃原功さんは、2012年秋にオスプレイが米軍普天間飛行場(宜野湾市)に配備されたときも抗議したが、今回と同様に機動隊に
排除されたという。「なぜ沖縄だけ、こんな光景が繰り返されるのか」とうつむいた。
政府は普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画を「唯一の解決策」としているが、「普天間もヘリパッドも、沖縄の中で移しても政府が繰り返す『負担軽減』にはならない。
解決につながらないことをなぜ理解しようとしないのか」と話した。
沖縄防衛局は、きのふ米軍北部訓練場(東村(ひがしそん)など)の一部返還の条件として日米が合意したヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の移設工事を再開した。
抗議活動を続けてきた反対派を警察が排除。安倍政権は移設工事を急ぐ考えだ。政府と沖縄側の新たな火種に発展する可能性もあるが、地元では基地返還への期待もあり、
知事翁長は難しい対応を迫られている。
この日、移設予定地への進入口付近では、警察が早朝から抗議する反対派の住民やバリケードを排除。警察と反対派が一時、激しくもみあった。「警察力を用いて住民を
強制的に排除する事態は、県民に大きな衝撃と不安を与える。誠に残念」。上京中の翁長は午後、不快感を強調した。ただ、工事への賛否については「意見を集約しながら
物事を進めていく」と明言を避けた。
ヘリパッド移設は、1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告に、北部訓練場の半分超の返還の条件として盛り込まれた。返還される区域のヘリパッド7カ所を
高江集落の周辺の6カ所に移設することが条件となった。
国は2007年に着工したが、そのころから反対派の抗議活動などで工事はたびたび中断。14年までに、県道に近い2カ所を完成させたが、残る4カ所は未着工だった。
翁長の言葉の歯切れの悪さの理由は、自身がおかれている状況にある。翁長を支持する社民や共産は「集落に近すぎる」などとして計画に反対。県議会も、一昨日
ヘリパッド移設工事の中止を求める意見書を県政与党の賛成多数で可決した。一方で翁長は、基地負担軽減のため、SACO合意の「着実な実施」を求める立場をとってきた。
地元の東村、国頭村も返還への期待が大きく、自然が残る返還区域を国立公園に指定し、世界自然遺産登録も視野に入れる。東村の村長伊集盛久は「まずは返してくれると
いうものを返してもらうのが大事だ」と話す。
板挟み状態の翁長は、米軍輸送機オスプレイがヘリパッドを使用している点を挙げて、「オスプレイの運用は想定外だ」と批判してきた。ただ、環境影響評価のやり直しと
いった具体的な要求はしていない。
こうした中で、政府は参院選翌日の11日早朝、残りの4カ所の工事再開に向けて、訓練場内に資材を搬入した。翁長は「不意打ち的だ」と反発。だが、ある県幹部は「高江は、
辺野古のような県民的な議論になっていない。しばらく様子を見るしかない」。
「手順を追って丁寧に進めている。移設工事を着実に進め、一日も早い返還に向けて全力で取り組んでいく」、ヘリパッドの移設工事が始まってから4時間後。きのふ22日
午前10時過ぎに防衛省に姿を現した防衛相中谷はこう述べ、沖縄県の基地負担軽減に取り組む姿勢を強調した。官房長官菅もこの日の会見で「沖縄県の皆さんの
基地負担軽減に資するようにしたい」と語った。
米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、政府はこの日、知事翁長が移設先の埋め立て承認取り消し処分の撤回を求める是正指示に従わないのは
違法として、地方自治法に基づく違法確認を求める訴訟を福岡高裁那覇支部に起こした。
それだけに北部訓練場の返還を先行させて「目に見える形」での実績とし、現地に根強い反米軍基地感情を和らげたい考えだ。また北部訓練場の返還は、SACOの最終報告に
盛り込まれているため、SACO推進を求める知事も反対しづらいとの判断もある。
移設が完了すれば、北部訓練場7800ヘクタールのうち、半分以上の4千ヘクタールが返還される。中谷は「沖縄県の米軍基地の面積が2割減少する」と数字を挙げて
アピール。政府高官は「できれば年内に移設工事が終わればいい」と語り、早期実現を目指す。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党(現 民進党)にもあったのは今さら言うまでもない。
文化庁は、地方の文化の振興をめざす「地方文化創生本部」を来年度、新たに京都市内に設置する方針を明らかにした。
数年内に京都に全面移転することが決まっており、同本部を「先行移転」と位置づける。
文化庁の長官宮田亮平は、きのふ実験的に職員が働いてみる「お試し移転」に参加中で、京都市内で説明した。創生本部ではモデル事業として、@文化芸術と科学や産業との融合
A茶道や華道、着物など暮らしに息づいた文化を生かした街づくり、B文化財やマンガ・アニメの観光振興への活用、C障害者の芸術活動の振興、D文化政策の研究を
想定しているという。
関西の自治体や経済団体から職員を受け入れることも検討。8月末までに、人数や移転先などを固める。長官は「実験で得られた課題を検討し、先行移転につなげたい」と話した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
、
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
熊本。一連の地震の発生、最初に震度7を記録した前震から14日で3カ月が過ぎた。
盛岡市の岩手日報は、熊本地震から100日を迎えたけふ23日、被災者を激励する号外1万3千部を発行し、一部を熊本県内の避難所や仮設住宅に配った。
編集局長川村公司(50)は「岩手も大震災で、熊本をはじめ全国から支援をいただいた。恩返ししたい」と話す。8ページのカラー刷り。1面には色鮮やかな大漁旗を振り、
熊本地震の被災者にエールを送る岩手県大船渡市の高校生たちの記事と写真を掲載。これ以外の応援メッセージや、岩手に出向中の熊本県職員の活躍ぶりも紹介している。
600人が身を寄せる益城町の総合体育館では、号外を受け取り笑顔を見せる被災者もいた。
地震で唯一、行方がわからないままとなっている阿蘇市の大学4年生、大和晃さん(22)は、今年4月16日、大規模な土砂崩れが起きた南阿蘇村の阿蘇大橋付近を
車で走行していたとみられ、今も行方が分かっていない。熊本県は、先月1日に現場付近で捜索を行って以降は土砂崩れによる二次災害の恐れがあるとして、捜索を中止していた。
大和さんの家族は、県に対して捜索の再開を要望するとともに、手がかりを求めてチラシを配るなど活動を続けてきた。県や警察、消防など関係機関が集まった会議が
県庁で行われ、梅雨が明け、土砂災害など二次被害の危険性が低くなったとして来月上旬をめどに捜索を再開する方針で一致したという。
捜索は2日にわたり行われる予定で、車が流されたとみられる白川の川沿いを中心に行われ、阿蘇大橋が崩落した場所については現在も危険性が高いとして、ドローンを
飛ばして捜索を行う予定だという。晃さんの父親の卓也さんは「時間がかかったけども、捜索が再開されたことは待ち望んでいたことで、嬉しく思います。子どもの手がかりの
発見につながるような捜索をお願いできればと思います」。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
ドイツ。南部ミュンヘンのショッピングセンターなどで22日午後(日本時間23日未明)、銃乱射事件が発生した。
ロイター通信が警察当局の話として伝えたところでは、10人が死亡。このうち1人が犯人かどうかを調べている。単独犯の可能性が高いという。
警察当局は少なくとも10人がけがをした、と発表した。地元メディアの報道として伝えたところでは、犯人はショッピングセンター近くで銃で頭を撃って自殺したという。
警察当局は市民に対し、自宅や近くの建物内に避難するように呼びかけている。当局は非常事態を宣言した。
CNNが目撃者の話として伝えたところでは、ショッピングセンターの向かいにあるマクドナルドのトイレの中で、男がピストルに弾を込めたあとに撃ち始め、店内にいた
子どもたちを殺害したという。男が「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と言う声が聞こえたという。
スウェーデン。国際オリンピック委員会(IOC)は22日、2008年北京、12年ロンドン両五輪について、追加のドーピング再検査を行った結果、新たにメダリスト
23人を含む計45人が陽性反応を示したと発表した。
計2回の再検査の結果、両五輪で陽性反応を示した選手は計98人に達した。IOCによると、北京が4競技、8か国・地域の30人、ロンドンは2競技、9か国・地域の15人。
選手名や競技名については公表しなかった。陽性反応を示したメダリスト23人はいずれも北京大会だった。5月に発表された第1回の再検査結果では北京で30人、
ロンドンで23人が陽性反応を示していた。
IOCは各国際競技団体などに通知し、違反が確定した選手はリオデジャネイロ五輪から排除され、メダルも剥奪される。IOCの会長バッハは「新たな再検査の結果は
我々がドーピングと闘う姿勢を示している」とし、今後も再検査を継続して結果を公表する。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
フランス。南部ニースで19日午前5時(日本時間 同正午)、大型トラックによるテロ事件の現場となった道路「プロムナード・デ・ザングレ」が事件以来初めて全面開通した。
現場の道路に手向けられていた花束やぬいぐるみは市民が協力して近くの公園へ移した。ただ、早期の開通に戸惑う声もある。
大型トラックが花火の見物客らに突っ込んだ車道部分は、事件以来封鎖が続いていた。18日夜には住民ら700人が現場に集まり花束などをバケツリレーで移動させた。
元々は市職員だけで作業する予定だったが、犠牲者を悼もうと地元の福祉士コーリナ・ドゥワイヨンさん(56)がツイッターやフェイスブックで参加を呼びかけていた。
一方、地元のラジオ局が19日、事件から1週間経たずに車が再び走ることへの賛否を問いかけ、フェイスブック上などには地元の人たちの賛成や反対の意見が載せられて
議論を呼んでいる。公園を訪れていたアルフレッド・ディエゼステルさん(66)は「観光地だからずっと道路を封鎖したままにはいかない」と理解を示したが、友人の
ジェンビエブ・フェロンディスさん(68)は「犠牲者の冥福を祈る時間は最低でも1カ月は必要だ。早過ぎる」と苦言を呈した。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
京都。今朝8時過ぎ、宇治市小倉町西浦の中華料理店から出火、木造3階建ての店舗兼住宅延べ90平方mを全焼し、近くの店舗など10軒に延焼した。
宇治署によると、中華料理店の住人の70代と50代の女性2人と連絡が取れず、確認を急いでいる。中華料理店は、店主の小柳政則さん(69)と妻孝美さん(65)、
女性2人の4人暮らし。2人は小柳さんの親族とみられる。建物は1階が店舗、2階と3階が住居で、女性2人は住居部分で寝ていたという。
小柳さんと孝美さんは逃げて無事だった。
岐阜。昨夜11時過ぎ、神戸町神戸の町道で、神戸町川西の会社員平田茂男さん(58)が県警大垣署のパトカーにひかれた。
平田さんは胸などを圧迫されたとみられ、まもなく死亡が確認された。
パトカーを運転していたのは神戸交番に勤務する地域課の巡査部長松野真志(31)。この日は当直勤務だった。「不審車両がある」との110番通報を受け、
女性巡査(23)とともにパトカーで交番を出た。現場は直線で、街灯は少ないという。巡査部長は署に対し「ドンという音と何かに乗り上げた感覚があり、事故に
気づいた」と話しているという。署が事故原因を調べている。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。富山駅南口の駅前広場で、きのふ農業者らがテントで新鮮な野菜などを販売する「ゆうぞら駅市」が初めて開かれた。
駅前広場に市場のようなにぎわいを生もうと、富山市が企画。今後も毎月の開催を予定している。午後3時ごろから、県内産のトマトやキュウリなどの夏野菜を販売する
テント5店舗や、ケバブやベビーカステラを食べられる3店が並んだ。通りがかった人らが足を止め、トウモロコシの試食や買い物を楽しんでいた。
富山市の富山駅周辺地区整備課の担当者は「各地の有名な朝市のように毎月楽しみにしてもらえるようにしたい。今は8店舗だが、回を重ねるごとに大きくなっていったら
良い」と期待。今後は不定期で平日に開催する。
福井。越前町厨の「越前がにミュージアム」がカニ漁を体験できる漁船シミュレーション施設や、大型シアターなどを導入し、リニューアルオープンした。
ミュージアムは、越前ガニの水揚げ量が県内の7割を占める越前町が、観光客を増やそうと2000年にオープン。今回のリニューアルで、360度のマルチスクリーン上に
海上を再現、臨場感あふれるカニ漁を体験できるようにした。また、生態や漁の現場を紹介する大型湾曲シアター(縦3m、横10m)、生態研究室なども新設した。
館長の山口渉さんは「若い世代に漁業に関心を持ってもらいたい」。
能登。輪島市で計画されている産業廃棄物の最終処分場について、市は地区ごとの説明会を開始した。
処分場の計画は、10年前に門前町(輪島市)の大釜地区で持ち上がったもので、今年6月に市議会が初めて計画を事実上容認する判断を示した。門前地区で行われた
けふ23日の説明会で、市長の梶文秋は、処分場の排水を川に流す計画が市の下水施設で処理する方法に見直されたことなどを説明し「議会も市も一歩前に踏み出す
判断をした」と理解を求めた。一方、住民からは「現在の下水処理施設の能力で、産廃の汚水に対応できるのか」といった質問が出された。市では、市は10月までに
市内18地区で懇談会を開き、市民の理解を求めたいとしている。
一昨日の夜、中能登町で住居として使われていた小屋で火事があり、そこに住んでいたお年寄りが軽いヤケドを負った。
火事があったのは中能登町芹川の山中にあった小屋で、一昨日21日の夜10時半頃、火は、住居として使われていた木造の小屋1棟を全焼し、3時間半後に消し止められた。
この火事で、小屋に住んでおり、出火当時、中にいた車正雄さん(89)が右の手のひらに軽いやけどを負った。現場はふもとの交差点から5キロほど山頂方向へ入った山あいで、
小屋には電気やガスが通っていたという。
きのふ海開きした内灘海水浴場の浜茶屋3軒が、夜のトラブルを防ぐため、今年の夜間営業を取りやめた。
これまで海水浴場は午後6時までだったが、浜茶屋は飲食店として夜10時まで営業を続けており、けんかや騒音などのトラブルが後を絶たなかった。
海水浴場では16日に海難事故が発生したばかりで、浜茶屋関係者らは安心安全の海水浴場を目指す。
金沢。夏の甲子園、石川大会は、星稜と小松大谷がそれぞれ準々決勝を勝ちあがり、25日の準決勝で対戦する。
2年前の夏の決勝では星稜が0―8から九回裏に一挙9点をあげて大逆転サヨナラ勝利、昨夏の準々決勝では小松大谷が0―3から九回裏に逆転サヨナラ勝利をおさめている。
夏は3年連続の対戦となる。両校の準決勝は25日午前10時から、北塚町の石川県立野球場で予定されている。
加賀。畳表の材料となる小松イ草の刈り取りが、石川県内唯一の生産農家である小松市白江町の宮本農産の水田で始まった。
青々と成長したイ草が夏の到来を感じさせた。宮本農産の宮本隆史さん(57)によると、今年は6月の雨量が少なく生育がやや遅れたが、7月には十分な雨が降り、
平年並みの高さ1・5mになった。70アールで栽培しており、昨年より1割少ない6トンの収穫を見込む。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the fl「」owers
7月、文月も半ばを過ぎて、早くも23日だ。
午後は、山科での野暮用済ませた後は、窪の浜ちゃん、浜崎君を訪ねて、よもやま話。帰路、奥さんの実家で造ったという玉ねぎ三個を戴いてきた。途中、涌波のスタンドで
車にも餌を入れてきた。
散歩は、何時ものコースだったが、たかみ公園前で、松本さんにお会いして「コンニチワ」、で、「御一緒しましょう」と、バス通りを渡って旧道へ。
なかの公園手前から、神社の辺りを一回り。そして、湯原さんち前で、夫妻に会い「コンニチワ」。松本さんのお宅前では、「何か冷たいものいかがですか」と言われて、
庭で、アイスキャンデーをご馳走になり、ブルーベリーやブラックベリーなどの挿し木の話、それに健康教室のことなど話して、コンビニ裏から帰還した。
修平さんちの庭には、三メートルの大きなビニールの簡易プールが目に付いた。子どもたちが一日中、中に入って遊んでいたそうな。
夜になっても、セミの鳴き声は止まず。更に、ヒグラシも鳴き出した。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)
だっておやすみ やさしい顔した娘たち
おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
立原道造「眠りの誘ひ」から
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2016年 7月23日(ふ)
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