熊本で再び大地震、M7.3 大分でも地震

 2016年、卯月4月16日、晴れ、金沢の最高気温は21度。朝日がまぶしい。

 一昨日ときのふ、今朝、熊本の地震のNEWSが続いている。今朝の散歩は何時ものコースで、寺の方向へ向かった。

 真柄の前の空き地では、今朝もヤマブキと雪柳がきれいに咲いていた。寺津用水は、澱んで、流れも緩やかだった。土手上の枝垂桜もけふは持ちそうで、土手に花びらが

 散っていた。またまた、アパートの前に長岡ナンバーの車が駐車していた。桝谷さんちの横の花梨畑では、かわいい花がさらに増えていた。バス通りを渡ると、角家の

 リキュウバイに芝桜がきれいだ。坂道を下って左折するが、和田さんちのチュウ―リップは綺麗だ。中條さんち裏の花見月は今朝もきれいに咲いていた。尾田さんちの八重の椿に

 背の高いドウダンツツジがいい。西さんちの四つ角を通り過ぎると、右手の畑に浦川さんらが来ていたので手を挙げて挨拶。Dr小坂、宇野さんはまだだ。

 なかの公園の桜も終わりに近い、右折して神社の方向へ向かった。清水の御婆さん隣のペンキ屋さんちのズオウや桃の花は綺麗だ。神社の枝垂桜、なんとか明日いっぱいは

 持ちそうだ。田畑さんは出られたと思っていたら、コンビニから帰ってきたので「お早うございます」。湯原さんちの花壇の紫のモクレンは満開で、色とりどりの芝桜を見つつ

 徳田さんちを右折。坂本さんちのリキュウバイやツツジ、シャクナゲも相変わらずきれいに咲いていた。吉井さんちのチ雪柳を見ながら左折。

 京堂さんちの畑のイチゴにエンドウの花を見つつ、バス通りを渡ってコンビニ裏通りから帰還へ。角の梨畑、芽は主が逝ったために伸び放題で、純白の花は見事だ。

 ひょっとこ丸はまだだ。道心の四つ角はそのまま行くが、土谷さんちのりんごの花と言い、今が盛りの街路樹の花見月はいい。

 この後、小屋に戻って、緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 熊本。今朝1時25分ごろ、熊本県で最大震度6強を観測する地震が発生した。

 気象庁は地震の規模を示すマグニチュード(M)を7・3(暫定値)と発表した。熊本県警などによると、午後5時半現在、熊本地震の死者は35人となった。

 16日未明の本震以降は26人。被災した市町村別では、益城町18人、西原村5人、熊本市4人、南阿蘇村3人、嘉島町3人、御船町1人、八代市1人。

 けふ16日の地震で死亡が確認されたのは次の方々。いずれも益城町平田の内村宗春さん(83)、西村正敏さん(88)、西村美知子さん(82)。

 いずれも益城町福原の島崎京子さん(79)、河添由実さん(28)。益城町赤井の城本千秋さん(68)、益城町上陳の園田久江さん(76)、益城町寺迫の村田恵祐さん(84)。

 熊本市中央区の高村秀次朗さん(80)、熊本市東区沼山津の矢野悦子さん(95)。嘉島町鯰の田端強さん(67)、嘉島町鯰の冨岡王將さん(84)、嘉島町上六嘉の

 奥田久幸さん(73)。西原村鳥子の野田洋子さん(83)、西原村布田の内村政勝さん(77)、西原村宮山の大久保重義さん(83)、西原村小森の加藤カメノさん(90)、

 西原村小森の加藤ひとみさん(79)。いずれも南阿蘇村立野の片島信夫さん(69)、高田一美さん(62)。御船町滝川の持田哲子さん(70)。

 福岡県宗像市の福田喜久枝さん(63)は益城町平田の住宅から見つかった。また、八代市松崎町のアパートの火事の現場から女性の遺体が見つかっていて、現在、

 警察が身元の確認を進めている。このほか、14日の地震で死亡したのは、いずれも益城町木山の村上ハナエさん(94)、村上正孝さん(61)。益城町馬水の宮守陽子さん(55)、

 益城町寺迫の富田知子さん(89)、益城町広崎の伊藤俊明さん(61)、益城町惣領の荒牧不二人さん(84)、益城町安永の福本末子さん(54)。

 熊本市東区の松本由美子さん(68)、熊本市東区の坂本龍也さん(29)。一昨日14日からの一連の地震で死亡した人は32人になっている。

 熊本をのぞく九州各県によると、午前8時までに福岡、佐賀、大分、宮崎の4県で27人の男女が重軽傷などを負った。このうち、佐賀県の40代の女性が心肺停止状態だという。

 大分県を含め、広範囲で多数がけがをし、熊本県では6万8911人が避難した。南阿蘇村や西原村、益城町、嘉島町などで多数の住宅やアパートが倒壊しており、

 救出作業が続いている。

 地震の影響で、南阿蘇村で斜面が崩壊した。土砂が流入した国道57号線は通行止めとなり、並走するJR豊肥線はレールが流失し運転を休止している。

 未明の地震で、熊本空港では管制塔の業務が出来なくなったほか、ターミナルビルで天井の一部が崩落するなどしたため、今朝4時45分からビルを閉鎖した。

 同空港に就航している航空会社6社はこの日、全便の欠航を決めた。

 熊本市南区の済生会熊本病院によると、16日未明の地震以降に搬送された5人が死亡した。また、今朝3時半過ぎ、八代市松崎町でアパートが全焼し、焼け跡から

 1人の遺体が見つかった。アパートは3世帯6人が入居しており、このうちの70代の女性と連絡が取れないという。隣接する住宅2棟も延焼した。

 南阿蘇村河陽の東海大学阿蘇キャンパス近くの学生向けアパート5棟が倒壊した。今朝9時半までに閉じ込められていた学生12人が救出されたが、21歳と18歳の

 学生2人の死亡が確認された。死亡が確認されたのはいずれも東海大学農学部の4年生、脇志朋弥さん(21)と、1年生の清田啓介さん(18)。脇さんと清田さんの2人は

 心肺停止の状態で見つかり、その後死亡が確認されたという。この他10人以上がけがをした。四年生の女子学生1人が心肺停止の状態で運び出されたが、のちに死亡が確認された。

 ほかの1人がドクターヘリで搬送され、残り10人は無事だった。現場に残されている人はいないとみられる。

 また、南阿蘇村河陽では民家4棟も倒壊しており、4人を救助した。南阿蘇村立野では土砂崩れで民家3棟が埋まり、別々の家から男女2人が救助されたが、2人とも

 亡くなったという。午前11時現在、別に2人が埋まっているとの情報があり、救出活動を続けている。

 気象庁によると、マグニチュード7・3は1995年の阪神大震災級。震源の深さは12キロで、南阿蘇村、菊池市、宇土市、大津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市で

 震度6強を観測した。気象庁はこの地震が本震で、一昨日14日夜以降の地震は前震という見解を示した。津波注意報が発令されたが、今朝2時14分に解除され、

 津波は観測されなかった。一昨日14日の午後9時26分の地震以降、今朝3時までに震度1以上の地震が165回発生しているという。

 熊本、大分両県を中心に、未明から相次いだ地震の影響で、電力供給のトラブルが生じた。

 九州電力によると、午前4時ごろの段階で、熊本、大分、宮崎3県で20万3700戸が停電した。九電はすぐに復旧作業に着手。余震が続く中、徐々に復旧し、午後1時ごろには

 停電戸数が16万戸となった。3県のうち、熊本では最大20万戸近くが停電した。九電は「切れて地上に垂れた電線に、絶対に触れないで」と注意を呼び掛けた。

 西部ガスは午前3時の時点で、熊本市内を中心に熊本県内10万5千世帯の都市ガス供給を停止した。熊本県では11万2800世帯に供給しており、その9割以上で

 ガスが使えなくなった。

 厚労省によると、熊本県内で断水しているのは午前7時現在で、38万戸に上った。被害は九州各地に及び、大分県で2600戸、福岡県で2500戸が断水したほか、

 佐賀、宮崎の一部でも被害が出た。

 JR九州はけふ16日の始発から九州新幹線と在来線全線で運転を見合わせている。熊本空港も施設の損傷などで閉鎖されている。

 熊本港では、埠頭に向かう道路に40センチの段差が生じ、車が埠頭へ乗り入れられない状況となっている。

 このため、熊本と長崎〜島原の間を運航するフェリーは17日までの運休が決まっている。また、大分県の別府港では一部の岸壁が沈み使えなくなっているという。

   熊本県の八代港では道路が液状化したということで、船の運航に影響がないか調べている。

 政府は自衛隊など対応に当たる実動部隊を大幅に増強する意向で、防衛相中谷は派遣規模に関し、けふ16日中に1万5千人に、明日以降2万人規模にし、さらに必要なら

 5千人を増強する方針を説明した。

 政府は現在1800人規模の警察の災害派遣隊をさらに千人増やす。消防も現在の派遣要員を倍増し2700人態勢とする方針だ。

 熊本地震の発生から一夜明けたきのふの15日、熊本県や県社会福祉協議会には全国から「ボランティアに行きたい」、「支援物資を送りたい」との問い合わせが相次いだ。

 現地ではボランティアセンターを設置するなど、受け入れの準備を始めたが、担当者は「厚意はありがたいが、現地の受け入れ態勢が整うまで待ってほしい」と呼びかけている。

 県社会福祉協議会が設置したボランティアセンターは、被害の大きかった益城町などに先遣チームを派遣し、ボランティアのニーズ調査を始めた。

 今後はホームページ(http://www.fukushi-kumamoto.or.jp/)を通じてボランティアを募る予定だ。ただ、センターでは「2次災害の危険もあるので、当初は地理に明るい

 県内の人に限るかもしれない」と話した。

 過去の災害ではボランティアが復興の一助になった一方、交通手段や宿泊先を確保しないまま現地に来ることで混乱を広げるケースもあった。支援物資を巡っても、

 ニーズとのミスマッチが起きたり現地での配布手段がなかったりして、無駄になるケースもあった。

 ボランティア団体は「やみくもにボランティアに行ったり、支援物資を送ったりすることは現地に迷惑をかけるだけ」と口をそろえる。ピースボート災害ボランティア

 センターでは「何かをやりたい気持ちは分かるが、現地の情勢を把握し、どんな支援が必要なのか見極めてほしい」。熊本市社会福祉協議会は16日以降、県内在住者に限り、

 高齢世帯の家の片付けなどを手伝うボランティアの受け付けを始める。

 益城町は21日を目標にボランティアの受け入れを始める。近く、受付場所や活動時間などを県社会福祉協議会のボランティアセンターのホームページに載せる。

 町役場は「16、17日の週末は間に合わなかったが、できるだけ早くスタートさせたい」としている。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古への新基地建設で、米軍キャンプ・シュワブのゲート前には、午前9時過ぎ、市民ら20人が「フロートを早く撤去して」と訴えた。

 ゲート前での座り込み抗議は今日で650日目だ。

 熊本地震の被災地で救助活動などに加わるため、県内から災害派遣医療チーム(DMAT)15人と那覇市消防本部の26人が、今朝、被災地に向けて出発した。

 DMATは医師7人、看護師5人らで、空路で被災地に向かった。那覇市消防は救助隊や消火隊など6班編制で、フェリーで鹿児島県に向かい、現地には明日17日以降に入る。

 北谷町の嘉手納基地第1ゲート前で、きのふ那覇や宜野座など県内各地から集まった市民ら40人が同基地の閉鎖・撤去を訴えた。

 抗議行動は、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に反対する市民から、「全基地撤去運動に広げていく必要がある」と提案があり実現した。

 行動後、市民らは今後週1回のペースで抗議を続けていくことを確認した。ゲート前での定期的な抗議行動は初となる。

 行動は午前8時開始予定だったが、30分前には20人の市民が集まりボードや横断幕を掲げて「ノーモアベース」て、「新基地も嘉手納基地もいらない」と訴えた。

 名護市辺野古の米軍新基地建設計画を巡り、知事翁長による埋め立て承認取り消し処分に対する国交相石井の是正指示の適否を審査する第三者機関の国地方係争

 処理委員会(委員長小早川光郎)はきのふ、第2回会合を総務省で開いた。

 委員会では22日に知事翁長、国交相石井の双方を呼び、意見聴取をすることが決まった。知事は、きのふ委員会の出席に意欲を示した。国交省は国交相の出席について

 「(通知)文書を見た上で検討していきたい」と答えた。

 第2回の委員会終了後、委員長の小早川は会見し、意見陳述を決定した理由について「規定上、意見陳述の機会を与えなければならない。(陳述が)必要かどうかの

 検討はしていない」などと述べた。小早川によると、22日は2時間の予定で、知事または代理人、国交相または代理人がそれぞれ20分程度意見陳述することができる。

 その後、委員がそれぞれに質疑する。また、「その他質疑」も20分設けられる。国地方係争処理委員会の規則では「委員長の許可を得て直接に相手方に発問することが

 できる」となっており、県と国交相側は「その他質疑」の時間でそれぞれ質疑のやりとりをすることができる。第3回会合は公開する。一方、県が求めている証拠調べに

 かかる名護市長ら首長と専門家の参考人の陳述については次回以降に検討を進める。

 ♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ

 白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ

 白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
     昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは今さら言うまでもない。

 与野党はきのふ、環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案や関連法案を審議する衆院特別委員会について、18日から質疑を再開することで合意した。

 政府が熊本地震の対応に集中できるよう、きのふ15日の審議を見送った。与党は6月1日までの会期内に成立させることをめざすが、日程は窮屈になってきた。

 自民党の幹事長谷垣は会見で「TPPも多くの国民に理解していただく必要があるが、地震の対応もやっていかなければならない」と語った。

 TPPの審議は、政府が提出した黒塗りの交渉文書などに野党が反発して8日にストップ。これまで8時間半しか審議しておらず、与党が採決までの目安としている

 35時間程度の確保にほど遠い。このため、与党は週明けから連日審議を行うことを提案。今月中の衆院通過をめざすが、思惑通りに審議が進む見通しは立っていない。

 安全保障関連法に反対する高校生のグループ「ティーンズ・ソウル」が、きのふ東京都内で会見し、4月29日から毎週金曜夜に国会前で抗議行動をすると表明した。

 中心メンバーの福田龍紀さん(18)は「夏の参院選に向け、安倍政権への反対世論を盛り上げたい」と意気込んだ。抗議行動は参院選まで続ける。

 同グループは昨年7月、安保法に反対する高校生が中心になって設立した。全国に60人のメンバーがおり、今後、抗議行動への参加を会員制交流サイト(SNS)などで

 呼び掛けるという。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
  山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 熊本。震度5弱の地震で、南阿蘇村にある阿蘇大橋が崩落した。

 現場近くでは大規模な土砂崩れが起きているが、橋の崩落が土砂崩れによるものか地震の揺れによるものかどうかは分かっていないという。阿蘇大橋は村内を流れる

 黒川に架かる全長200mの橋で、熊本市内につながる国道57号線と村内を通る国道325号線が合流する地点にある。阿蘇大橋が崩れたことで熊本市内から南阿蘇村への

 陸路は別のルートを使って大きくう回しなければならず、救助活動や今後の復旧作業に大きな支障が出るおそれがあるという。

 阿蘇大橋は1971年に開通し、全長200m。南阿蘇村の阿蘇山カルデラ西端の開口部にあり、阿蘇から流れ出る黒川の80mの峡谷にかかる。熊本市からカルデラ北部の

 阿蘇市に向かう国道57号から、南部の南阿蘇村に向かう国道325号が分岐する地点にある橋。東海大学阿蘇キャンパスや京都大学火山研究センターも阿蘇大橋の近くにある。

 西原村にある大切畑ダムに決壊の恐れがあるため、村内の鳥子地区の住民全員(200人)に避難指示を出して、防災無線で村民に知らせている。

 今朝4時ごろ、未明の地震の影響で、宇土市役所の庁舎が壊れているとの情報が入った。

 市役所は倒壊の危険があるものの、すでに職員らは全員が退避済みだという。また、宇城市小川町で住宅1棟が倒壊して住人1人が取り残されたが、すでに救助され、

 けがもないという。

 阿蘇市内ではライフラインが寸断された。高齢者29人が入所する特別養護老人ホーム「ひのおか順心館」では、電気と水道が止まり、部屋からのナースコールができなくなった。

 ベッドをリビングに持ち込むなどして対応しているという。水はペットボトルが120リットル分あるほか、小型のタンクもあるが、何日もつか分からないという。

 職員の山本博子さん(35)は「停電してラジオも聞けず、情報が入らない」。

 阿蘇市永草の永草公民館には1家族5人が避難した。公民館で住民の対応をした高藤拓雄さん(69)によると、一帯では水道と電気が止まったが、公民館に水や食料の

 備蓄はないという。高藤さんは「市役所に何回か電話したが、つながらない。救援物資を早く頼みたいのに困っている」。

 阿蘇市一の宮町手野にある温泉施設「一の宮温泉センター」の管理人によると、周辺では古い民家などが複数倒壊し、ブロック塀が崩れたという。近くの後藤とも子さん(67)は、

 激しい横揺れで目を覚ました。揺れは30〜40秒続いたように感じた。地域の人たちは公民館前に集まり、朝を待ったという。自宅は瓦が落ち、土壁がはがれ、ブロック塀が

 倒壊。停電が続き、水道からは泥水が出ているという。「食べ物も飲み物もない。携帯電話の電池ももうすぐ切れそう。どうしたらいいか分からない」。

 阿蘇市の阿蘇医療センターには今朝6時過ぎ、家が倒壊した南阿蘇村の現場から、若い男2人が救急車で搬送されてきた。2人は重傷だが、意識はあるという。

 避難所となっている益城町の町保健福祉センターでは未明に相次いだ大きな揺れに、毛布にくるまって寝静まっていた被災者らが目を覚まし、騒然となった。

 地震が起こるたびに起き上がり、悲鳴を上げた。うんざりとした表情で、「眠れない」と漏らす人もいた。

 ぐらぐらと地面が揺れ続ける中、町内では「震度6強の地震が発生しました。落ち着いて行動してください」というアナウンスが繰り返し流れた。犬2匹と屋外で

 毛布にくるまっていた女性は「怖かった。本当に家に戻っていなくて良かった」。駐車場の車内で寝泊まりしていた女性(41)は「長い揺れだった。大きな余震は

 こないと思っていたのに……」と不安そうな表情を浮かべ、揺れが治まると高校3年の息子と中学2年の娘にそばに駆け寄り、手を握りしめていた。

 新たに避難してくる人も相次いだ。近くの御婆さん(91)は長男夫婦ら4人と逃げてきた。一時センターに避難していたが、自宅に戻っていた。「あんまりひどい

 揺れだったので、これはいかんわと逃げてきた」。

 熊本市東区の自営業半田大地さん(24)は両足にけがをしていた。余震直後、足元のアスファルトの地面が裂けて落ち、両足がひざの高さまで埋まった。

 自力で抜け出ようとしたが、続く余震でさらに地面が割れて体が埋まりそうになったといい「とても立っていられない状況だった」と。

 今夜から熊本県内は荒天の恐れがあり、気象庁が警戒を呼び掛けている。回送中に車両が脱線した九州新幹線は不通のままで、運休が長期化する可能性がある。

   今から127年前の夜、熊本市一帯を強い地震が襲った。

 寝入りばなを襲われ、家屋の下敷きになった人が多かった。加藤清正の築城以来、堅牢さをほこる熊本城の石垣「武者返し」が何カ所も崩れた。当時の記事をみると

 人々を不安にさせたのは流言飛語だ。近くの火山で地震の数日前に鳴動を聞いた住民がいた。「地震の次は大噴火だ」。うわさが駆けめぐる。浮足立った人々を落ち着かせようと、

 巡査が村々に送り込まれた。東京から来た著名な地質学博士が「鳴動しても大事には至らない」と宣言。ようやく収まった。死者20人、負傷74人、全半壊400余を数えた。

 余震が非常に多く年末まで800回も揺れた。これが不安を募らせた。1889年(明治22年)のことである。今回の地震で被害が集中したのは、益城町、宇城市、

 熊本市一帯。明治の被災地と重なる。地震の規模もほぼ同じ。どちらも就寝時に起きて、余震が激しく、お城の石垣を壊した。震度7とはどんな揺れなのか。

 「トラックが家に突っこんだ音」、「乱気流にぶつかった飛行機の振動」。過去の被災者の言葉だ。今回、益城町の女性は「地面がぐるぐる回った」と表現した。

 未経験者の想像を超える。

♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊

 三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧

 鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
        1980年  風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎  作曲:船村 徹

 韓国。総選挙(定数300)で第2党に転落した与党セヌリ党は14日夜、同党を離党して無所属で当選した人の復党を認めることを決めた。

 セヌリ党の獲得議席は過半数を下回る122で、第1党になった最大野党「共に民主党」との差は1議席。すでに複数が復党を表明しており、第1党への復帰が確実になった。

 セヌリ党は大統領朴槿恵(パククネ)に近い「親朴系」が公認選びを主導し、「非朴系」の前院内代表劉承?(ユスンミン)らを公認しなかった。

 公認を得られなかった現職らは離党して無所属で立候補し、7人が当選。劉は14日、「党がとても大変で、どうするべきか私も一緒に考える」などと復党する考えを示した。

 セヌリ党の院内代表元裕哲(ウォンユチョル)は15日、「親朴系、非朴系もなく、国民生活のためのセヌリ党にならなければならない」と述べた。

 セヌリ党が非朴系の復党を認めるのは、過半数割れで国会運営がより難しくなったためだ。7人全員が復党しても過半数には届かないものの、第1党には議長や委員長など

 国会の重要ポストが優先的に割り振られる。野党に渡れば主導権を完全に奪われかねない。

 こうした中、注目が集まっているのは38議席を獲得した野党第2党の「国民の党」だ。セヌリ党の議席を合わせれば半数を超えるため、キャスティングボートを握る形になった。

 常任共同代表安哲秀(アンチョルス)は15日、「私たちは問題の解決を主導する国会運営の中心となる必要がある」と述べ、主導権を握る考えを示した。

 ただ、安は来年12月の次期大統領選への立候補が有力視されており、どこまでセヌリ党に協力するかは不透明だ。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 海外。熊本県益城町で震度7を観測した14日の地震を、海外主要メディアも現地の被害を物語る写真とともに伝えた。

 大震災と東京電力福島第1原発事故の記憶から、益城町の南西にある九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)への影響や、津波の有無に関心が集中した。

 「強烈な地震が九州を襲った」と報じた米紙ニューヨーク・タイムズは、川内原発が日本で唯一稼働中の原発であることを指摘。現時点で原発のトラブルは起きていない点を

 強調した。「救いだったのは、震源が海底ではなかったため、津波が発生しなかったこと」としたのは米CNN。日本が特に地震が多い国であることを解説した。

 台湾。台北市の市長柯文哲は16日、自身のフェイスブックで、「日本人は真面目で温かい。台湾の過去の災害でも最大の協力をしてくれた。私たちも協力したい」と表明した。

 南部の高雄市の市長陳菊もフェイスブックで、市に窓口を設けて市民から義援金を募ることを発表。自身も給与の1か月分を義援金に充てると表明した。

 栃木。去年、関東・東北豪雨で大きな被害を受けた小山市は熊本県の被災地に向けて飲料水と毛布を送った。

 熊本県に送ったのはペットボトルに入った飲料水3600リットルと毛布300枚。小山市の消防職員ら20人が備蓄倉庫がある市の分庁舎で支援物資の入った段ボール箱を

 大型トラックに次々と積み込んでいき、作業が終わるとトラックは熊本県に向けて出発した。トラックは明日17日午後には熊本県益城町にある県消防学校に到着する。

 小山市消防本部では「関東・東北豪雨では全国から支援をいただき、大変助かりました。支援物資が被災された方に早く届くよう願っています」。

 岐阜。冷凍カツ横流し事件に絡み、廃棄食品を無許可で倉庫に保管していたとして、岐阜県が廃棄物処理法に基づき、横流しをしていた愛知県の産業廃棄物処理業者

 「ダイコー」の産廃収集運搬業の許可を取り消す方針を固めたことが分かった。

 早ければ18日にも処分する。岐阜県によると、ダイコーは、海津市にある延べ床面積1200平方mの貸倉庫で、許可を得ずに飲料水や菓子、調味料などを保管。

 県職員が確認した範囲では、多くが賞味期限切れだった。

   ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
            昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 山陰。島根県は、県内の10の医療機関から医師と看護師などによる災害派遣医療チーム(DMAT)をそれぞれ編成し、派遣した。

 このうち島根県立病院のチームは午前8時半頃、出雲市の病院を出発した。また、現地での救助活動などにあたる緊急消防援助隊として、鳥取県で合わせて59人、

 島根県では先遣隊として23人の消防隊員が、被災地に向け出発した。

 千葉。県内の医療機関から災害派遣医療チーム=DMATが被災地に派遣された。

 DMATとして派遣されたのは日本医科大学千葉北総病院や千葉県救急医療センターなど5つの医療機関と病院局の医師や事務職員あわせて9人。9人は午後、

 埼玉県の航空自衛隊入間基地から熊本に向かった。被災地では関東から派遣されたDMATとともに現地の病院の支援や情報収集にあたる。

 愛知。常滑市への太陽光発電施設の企業誘致に絡み、測量業務を受注できるよう便宜を図る見返りに100万円を受け取ったとして、愛知県警は、きのふ収賄の疑いで、

 常滑市議で元市商工観光課企業立地推進室主事、岸田嘉成(63)を逮捕した。また、贈賄の疑いで、半田市住吉町の測量会社「マス五」社長、榊原慎介(52)を逮捕した。

 逮捕容疑では、岸田は常滑市の企業立地推進室主事だった当時、市樽水地区の民有地に自分が誘致した太陽光発電施設の設置会社が発注する測量業務を「マス五」が

 受注できるよう取り計らい、2014年9月9日ごろ、榊原から謝礼として100万円を受け取ったとされる。

 岸田は「100万円はもらったが、常滑市では民有地の企業誘致はしていない」と容疑を否認。榊原は認めているという。「マス五」は発電施設設置会社(名古屋市)から

 1700万円で測量業務を受注した。岸田は、常滑市で企業立地推進担当部長などを務め、13年3月末に定年退職。この年の4月に再任用され、企業立地推進室主事として、

 常滑市への誘致企業に対する市有地や民有地の紹介、進出時の造成工事に必要な業者の紹介などの職務に、従事していた。

 15年1月に再び退職、この年4月の市議選で初当選した。2人は20年前から知り合いだったという。

 ♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ

 別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
       昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村

 富山。北アルプスの道路沿いに、今年も巨大な雪の壁がそびえ立った。

 立山連峰を貫き、富山と長野を結ぶ観光路「立山黒部アルペンルート」が、4カ月半ぶりに全線開通し、訪れた観光客らが春の雪山を楽しんだ。

 室堂ターミナル(2450m)近くでは、高さ13mの雪壁の間を歩く「立山・雪の大谷ウォーク」も始まった。アルペンルートの営業は11月末まで。

 運営する立山黒部貫光によると、昨年の観光客数は、北陸新幹線の金沢延伸効果で前年比1割増の99万7千人だった。今年は102万人の来訪を見込んでいる。

 富山県警の広域緊急援助隊員26人は、中部管区警察局の機動通信隊員1人とともに今朝、機材や食料などを積み込んだ車両4台に分かれて乗り込み、熊本に向けて出発した。

 隊員らは、18日までの3日間、行方不明者の捜索や救助活動などにあたることになっていて、今後も必要に応じて富山から隊員を派遣する。

 富山駅南口駅前広場で、昨夜、屋台ラーメン店「駅前ラーメンひげ」が営業を再開した。

 北陸新幹線の整備工事のため一時閉店してから2年7カ月ぶりで、開店前から集まった大勢の常連客が屋外で味わう久しぶりの味を堪能した。

 福井。福井市は、きのふ地震で被害を受けた熊本市に非常食や毛布などの救援物資を送ったほか、必要な支援の情報を集める先遣隊を派遣した。

 両市は1994年に姉妹都市となり、97年には災害時相互応援協定を締結するなど関係が深く、いち早く支援のために立ち上がった。市危機管理室は14日夜から

 熊本市役所への電話などで現場の状況を確認。きのふの朝には市の担当者から「水が足りない」との答えがあった。このため福井市は支援を申し出た越前市からの

 提供分も含め、備蓄していた飲料水千リットルや非常食1万7千食、トイレセットや生理用品、雨よけ用のブルーシートなどを用意。10トントラックに積み込み、

 危機管理室の職員2人の先導で夜に出発した。福井市はこれに先立ち、熊本市のより細やかなニーズを把握するため、同室の平川慎一郎さん(45)とおもてなし観光推進課の

 冨田修一さん(47)を派遣。午後7時から熊本市の災害対策本部に入っている。二人とも交流事業などで熊本市を訪れており、冨田さんは大震災直後、岩手県陸前高田市への

 物資輸送にも行った経験がある。冨田さんは「福井市に何ができるかきちんと調べ、役に立ちたい」と話していた。

 福井市は2004年の福井豪雨時、熊本市から職員派遣や物資などの支援を受けた。9日のふくい春まつり時代行列には、熊本市職員一行も参加。市長の東村新一は

 「一日も早い復興のため、しっかり任務を果たして」と職員らを送り出した。

 能登。能登町は平成19年3月の能登半島地震で重傷を含むけが人が出たり、1100軒余りの建物が壊れたりした際、全国から支援を受けたことから、今回、

 熊本地震の被災者のために募金を募ることにして、きのふは、午後3時ごろ、宇出津の能都庁舎の1階にある会計課のカウンターに募金箱が設置された。

 さっそく、町役場の職員らが義援金を入れていた。能登町では、5年前の大震災や一昨年の広島市の土砂災害の際にも、こうした募金箱を設置しており、能登町は、

 この能都庁舎に加えて、ほかの庁舎や支所など、あわせて5か所に募金箱を置き、広く義援金を呼びかける。

 金沢。石川県警の機動隊員らでつくる「広域緊急援助隊警備部隊」の24人は、警察庁からの指示を受けて、今朝7時ごろ、熊本県に向けて車で出発した。

 現地でどういった救助活動を行うかなど、具体的な業務は、到着してから、現場の実状に応じて決めるという。一方、石川県でも、危機対策課の担当者が、熊本などでの

 地震を受けて、ふだんの週末に日中、夜間とも2人で情報収集にあたっている担当者の態勢をそれぞれ1人増員して、3人で対応にあたっている。担当者は、全国知事会を

 通じて今後、支援の要請があれば、すぐに対応できるよう、準備を進めたいとしている。

 ゴールデンウイークに合わせ、金沢の兼六園周辺の博物館や美術館などで、29日〜5月5日、「春のミュージアムウイーク」が開かれる。

 文化施設が集積するエリアで、さまざまなイベントを楽しめそうだ。

 加賀。白山市三宮町の白山比め神社で、きのふ神前に桜の花を供えて無病息災を祈る鎮花祭があった。

 今年は初めて「くすりまつり」を兼ねて営まれ、地元薬局が医薬品を奉納した。医薬品を納めたコメヤ薬局(白山市月橋町)の社長長基健司さん、祭りに合わせて

 15、16の両日境内をライトアップする「はなしずめ夜桜詣」を主催する市観光連盟の関係者ら30人が参列した。

 祭りでは果物や魚、桜の花を供え、神職が祝詞を奏上。四人の舞女がかれんな花を咲かせた桜の枝を手に、神楽「白山舞」を奉奏した。「くすりまつり」は鎮花祭に

 薬をお供えする奈良の大神(おおみわ)神社のまつりを参考に企画。奉納された風邪薬や傷薬などは、白山比め神社が特別養護老人ホームあじさいの郷(白山市明島町)など

 三施設に届けた。また家族の健康を祈って神棚に飾る「疫病除御幣」も限定50体作り、一体千円で頒布した。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 苦しいこともあるだろう。
 云い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
                 山本五十六 「男の修行」

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 卯月4月も早くも16日と、半ばを過ぎた。

 肌寒く、朝からストーブの火は昼まで点けたままだ。

 今朝は、今シーズンの初市、末町の朝市に行ってきた。近郷の人らでにぎわい、タケノコが100円から150円で飛ぶように売れていた。また、山菜のタラの芽や

 コシアブラ、葉わさび、ニラなども出ていた。求めてきたのは葉わさびにタケノコ。

 博多の中野君から、(熊本の震災に遭った)荒木さんと連絡が取れて、建物は大丈夫だったが本やパソコンなどが飛び散らかっているとのことで、御元気でしたとの便り。

 それは良かった。

 午後の散歩は、何時ものコース。たかみ公園の八重桜を見つつ、バス通りへ。墓場近くの畑には、谷口の御婆さんの弟さんが来られて、肥料をやっているのが目に入った。

 あれっ、Dr小坂の車はあったので、御休みか、もしかしたら学会かなぁ。もう終わりかと思いつつなかの公園の桜を右折して神社の方向へ。谷口の御婆さん、納屋の電動車で、

 畑へ行こうとしたら「あっ、いたた」と膝をかばっていたので「無理したら、あかんぞね」と帰ろうとしたら「(あのこ=弟さん)が今朝、採ったので」と一輪車に積んであった

 小ぶりのタケノコを戴いた。「これは早速、昆布と煮ます」と言ったら「あんたがやるのか、奥さんか」と言われたので「ハイ」と返事して失礼した。

 帰路、土づくりされていた1人暮らしの爺さんに会ったので「ご苦労様」と声かけたら、「冷たいものでもいかがですか」と折り畳みの携帯の椅子を出されたので

 お言葉に甘えた。草花や山の話をしているうち、高松の南大海村(現 かほく市)の出身で、小学校は台湾で育ったという。スイスの登山列車の旅は良かったです、

 10年ぐらい前、台湾に行ってこられたという。京堂さんの畑を見るとイチゴや玉ねぎはすっかりなくなっていた。5月いっぱいで(畑を持ち主に)返すと言っていたので、

 始末されたのだ。対面の7階建てのマンション、壁の塗り替えの為の足場は出来上がり、最後のシート張りがされていた。

 一服した後、再度、バス通りを一回りしたが、たかみ公園前の徳田さんの息子さち、先日の強風で、隣の田圃へ飛んだという鉄骨のブドウの棚の基礎を作っておられて

 「ご苦労様」、更に行くとワンちゃん連れの大田さん夫妻に会い「コンニチワ、(腰を痛めて手術された)旦那さん良かったですね」、「少しづつ、歩くようにしています」、

 バス通りの畑では草むしりされていた谷口の御婆さんにタケノコの御礼を申し上げた。熊本出身の松本先生の畑で、御隣の神谷さんも御一緒で、熊本震災の話をされていた。

 熊本に居る友人の開業医、Drも電話が通じなく、ヨーロッパに居る友人経由で、本棚が倒れて、ガラスや本などが散らかって後始末が大変というメールが来たという。

 小屋に戻れば、橋本さんから、こごめやセンナ等々の山菜が届いていた。

 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
             唐代の詩人 劉 希夷(651〜678)

 だっておやすみ やさしい顔した娘たち
 おやすみ やはらかな黒い髪を編んで
 おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
                   立原道造「眠りの誘ひ」から

 隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬 
            箕面市 藤堂俊英

 漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
          松尾芭蕉  山中温泉にて

 水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
          萩野浩基

 能登はやさし海の底まで小春凪
         東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。

 九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 trust me.
 I Have a Dream

                 2016年 卯月4月16日(ふ)

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