大震災から5年 政府は復興を急げ
♪春は名のみの風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず
氷解け去り葦は角(つの)ぐむ さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空 今日もきのうも 雪の空
春と聞かねば知らでありしを 聞けば急かるる 胸の思を
いかにせよとの この頃か いかにせよとの この頃か
早春賦 作詞:吉丸一昌 作曲:中田章
2016年、弥生3月11日。石川県内は、晴れ。金沢の最高気温は8度。医王山の方向から陽が出てきた。
朝の散歩は、資源回収のコースで、たかみ公園の方向へ向かった。前方に資源ごみを手にした親父さんが行くのが目に入った。バス通りの角で、先の親父さんが当番だった。
そこへ、コーギ―連れの山市さんが現れて「お早うございます」。で、西さんちの四つ角から左折したところへ資材置き場から宇野さんが出かけるところで「お早うございます」。
畑には小津さんの奥さんがおられて「お早うございます、親父さんは元気ですか」、「ま、何とか。3か月経つと(病院から)出て行けと言われるし…」。畑の辺りを一回りしたら
Dr小坂の車は車庫に駐車したままだった。なかの公園手前から右折して神社の辺りを一回り。田畑さんはまだだった。湯原さんちの花壇では庭のサンシュユの木の黄色の
小さい花やクロッカスが待っていてくれた。徳田さんちの三叉路、対面の大筆さんちを覗いて「お早うございます、退院したそうでおめでとうございます」、「リハビリが
長引いて‥」。松井のお爺さんが育てて居る白梅を見つつ左折した。この辺りから登校の学童が多く目に入り「お早う」。京堂さんち前からバス通りを渡って、紅白の梅の花を
見つつコンビニの裏通りへ。ダンプのひっとこ丸は瓦礫を積んだまま、駐車していた。道心建材の四つ角を経て帰還へ。
瀬戸さんの畑では、エンドウの苗が10センチぐらいに伸びて、先日奥能登は珠洲の道の駅で、ニラと水仙を間違えて売ったために水仙で食中毒を起こしたという水仙も健在だった。
この後、小屋に戻って、緑茶。朝飯の後、カフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
大震災と、東京電力福島第一原発の事故の発生から、けふ11日で5年になる。
津波が来る直前まで防災無線を流し続け、職員ら43人が亡くなった宮城県南三陸町の防災対策庁舎。その犠牲者や住民119人の名前、年齢が刻まれた慰霊碑が
南三陸町歌津地区にある。昨年4月に設けられ、黒御影石の碑の横には「湾を出入りする船からも分かるように」と、高さ5.5mの観音像が立つ。その碑前で、
初めての追悼慰霊式があった。早朝から遺族や、復興を願って遠方から訪れた人たちが献花台に花を手向け、祈りをささげた。
横浜市から訪れた男(64)は、町の職員だった従兄(当時60)が行方不明のままだという。庁舎を前に、横浜市の男は涙をぬぐって手を合わせ、「震災直後と比べ
町の様子はすっかり変わった。5年の月日が過ぎたことを実感します」。
地震発生時刻の午後2時46分には被災地各地を含む全国で黙とう、犠牲者への祈りをささげた。
大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県名取市の閖上地区では、地震が発生した午後2時46分に合わせて、集まった多くの人が静かに手を合わせた。
名取市の閖上地区では、震災の津波で700人以上が犠牲になり、小高い丘の日和山や、近くにある慰霊碑には、午後になると多くの人が訪れた。そして、地震が発生した
午後2時46分に合わせて、静かに手を合わせた。震災当時、閖上地区に住んでいた77歳の御婆さんは「当日は車で移動途中に津波にのみ込まれたが、何とか脱出して助かった。
今も仮設住宅で暮らしていて、先が見えないです」と話していた。
東京では政府主催の追悼式が千代田区の国立劇場で開かれ、岩手、宮城、福島3県の遺族らが参列し、地震発生時刻の午後2時46分に黙とうした。
犠牲者を悼み、重い教訓をかみしめながら、引き続き復興に取り組むことを誓った。
岩手県遺族代表で、宮古市出身の山本永都さん(22)は祖父を亡くし、消防団員として防潮堤の水門を閉めに行った大好きな父も帰らないまま。つらい気持ちを
母にぶつけた時期もあったが「今では、住民の命を守ろうとした父を誇りに思う。父や祖父の分まで精いっぱい生きていく」と決意を口にした。
25世帯50人余りが暮らす釜石市の甲子町B仮設団地では、地震が起きた午後2時46分、住民たちは外に出て海に向かって黙とうをささげた。
釜石市内では今も3600人余りが仮設住宅での生活を余儀なくされているが、災害公営住宅が次々と建設され、仮設住宅を出る人が多くなっている。
このため、釜石市は、現在63ある仮設団地を最終的に20に集約することにしていて、この仮設団地も撤去されるため、住民はことし6月までに全員退去するという。
震災直後から仮設住宅で暮らす萬敬一郎さん(72)は「亡くなった友人などを思って祈りました。6月以降も別の仮設住宅で暮らすので、行政や若い人たちと話を
しながら生活していきます」。
会津若松市に移転を余儀なくされた大熊町役場会津若松出張所の前では、地震発生時刻に合わせて町民らが祈りをささげた。
仮設住宅から訪れた佐久間住夫さん(66)は、「あっという間に5年間が過ぎましたが、大熊町の自宅にいつか戻るつもりです」。
宮城県気仙沼市のお伊勢浜海水浴場では警察などとともに、全国から集まった大勢のボランティアも参加して、行方がわからない人の手がかりを求めて捜索が行われた。
捜索には、警察官や海上保安庁の職員に加えて、全国から集まったボランティア120人も参加して150人規模の態勢で捜索活動が行われた。横1列になった参加者は、
熊手を使って地面を掘るなどして行方不明の人たちの手がかりを探した。宮城県内では今も1236人の行方がわかっていないという。長野県から来た73歳の男は、
「1人でも多く家族のもとに帰してあげたいという思いで参加しています。これからも被災地の支援を続けていきたい」。
国の「集中復興期間」は今月で終了するが、全国で17万人余りが依然として避難生活を余儀なくされ、東北などの被災地では、復興の遅れが大きな課題となっている。
5年前の平成23年3月11日、午後2時46分ごろ、東北沖でマグニチュード9の巨大地震が発生し、東北や関東の沿岸に高さ10mを超える津波が押し寄せた。
巨大地震の震源域の周辺では、震災前に比べて地震の多い状態が今も続き、東北を中心に地盤が東向きにずれ動き、隆起や沈降する変動が続いている。
警察庁のまとめによると、これまでに死亡が確認された人は12の都道県の合わせて1万5894人、行方不明者は6つの県の合わせて2561人となっている。
また、復興庁のまとめによると、避難生活による体調の悪化などで亡くなったいわゆる「震災関連死」は、10の都県で少なくとも合わせて3407人に上り、震災による
犠牲者は、「関連死」を含めて2万1000人を超えている。仮設住宅や賃貸住宅などで避難生活を余儀なくされている人は、先月12日現在の、17万4000人余りに
なっている。また、自力で住宅を再建できない人のために建設される「災害公営住宅」は、2万9900戸余りの計画に対し、1月末現在で完成しているのは1万4466戸と、
半分に満たない48%にとどまっている。一方、3基の原子炉でメルトダウンが起きるという、世界最悪レベルの事故が発生した福島第一原発では、廃炉に向けた
最大の難関とされる溶け落ちた核燃料の取り出しに向けた調査が進められている。調査にはロボットが使われる計画だが、現場周辺の除染など準備作業が難航していて、
スケジュールは遅れている。どのように核燃料を取り出すかを決めるにあたって欠かせない調査だけに、いかに着実に進めていくか、現場の模索が続いている。
汚染水の問題では、建屋内に流れ込んでいる地下水の流れを遮るため、1号機から4号機の建屋の周囲の地盤を凍らせる「凍土壁」の建設工事がようやく終わり、
早ければ今月中にも凍結が始まる見通し。一方で、敷地内のタンクで保管されている汚染水の量は80万トン近くに上り、タンクの数は1000基を超えている。
東京電力では、使用をやめる予定だった簡易型のタンクも使って汚染水の保管を続けているが、最終的な処分方法について具体的なめどは立っていない。
国の「集中復興期間」は今月で終了するが、東北などの被災地では、住宅の建設や防潮堤や道路の整備などが当初の計画より遅れるなど、復興の遅れが大きな課題だ。
東京電力の社長廣瀬は、けふ11日に福島第一原発を訪れ、地震が発生した午後2時46分、事故の直後から対応の拠点となっている免震重要棟で、廃炉作業に当たっている
社員80人とともに黙とうをささげた。このあと廣瀬は社員たちに、「5年前の津波で、東京電力の過信とおごりは、木っ端みじんになった。核燃料の取り出しや賠償など、
まだまだ課題はたくさんある。一丸となって取り組んでいかなければならない」と訓示した。
訓示のあと、廣瀬は、「避難と厳しい生活を余儀なくされ、その中で亡くなった方もたくさんいます。大変申し訳なく思っています。また、避難指示の解除に伴う
住民の帰還について不安に思う人もいると思います。廃炉、賠償、除染など、最後まで責任を果たしていきます」と話した。
ところで、環境省によると、中間貯蔵施設の建設予定地である福島県大熊、双葉の両町では、登記簿上の土地・建物の所有者2365人のうち、900人が死亡していると
推定されるという。所有者が死亡した際には登記簿を書き換える必要があるが、法律上の義務ではないため、ほとんど行われていない。「所有者不明」のため、土地の取得・
利用の同意の取り付けもできない状態が続いている。2月末までに用地の契約に至ったのは69件で18・5ヘクタールと、全体(1600ヘクタール)の1・2%に
とどまっている。環境省では新年度、用地買収の担当者を20人増員して100人体制とする。登記簿の書き換えが進まず、用地確保の障害となっていることから、
政府は所有者の割り出しに必要な戸籍の調査を司法書士に委託できるよう、戸籍法の運用を見直す方針だ。
浪速大阪。関西電力の副社長岩根茂樹は、けふ11日、大阪市で臨時会見し、5月1日実施を表明していた電気料金値下げを断念することを明らかにした。
大津地裁の仮処分決定で高浜原発が停止し、火力燃料費などが増大するためとした。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設予定地、米軍キャンプ・シュワブゲート前、午前7時、名護市辺野古の空は小雨混じりだが、新基地建設に
反対する市民ら40人が、朝の集会を開いた。座り込みは614日目を迎えた。午前9時、汀間漁港から辺野古新基地建設に反対する住民らの船1隻が出た。
裁判での和解で、承認取り消しが有効になったことから、すべての海上作業を止め、機材やフロートを撤去するよう抗議した。
午前9時20分、急転直下の和解から1週間。市民らを送迎する車両の運転手が警察に免許証を見せるように言われたことから小競り合いが発生し、市民ら50人が
抗議の声を上げた。沖縄平和運動センターの議長山城博治によると、免許証を見せるように言われた女性は「車を動かせと言うなら動かす。免許証は見せない」と
警察の対応に反発。これを発端に市民らがゲート前に座り込んだ。ゲート前から退くよう求める警察と市民の間で小競り合いになった。市民らは「沖縄を返せ」を歌うなどして
抗議した。山城は「政府の弾圧に負けることなく行動しよう」と訴えた。午前中、辺野古の海上では市民らの抗議船がコンクリートブロックを積んだクレーン船に接近し、
フロートやクレーン船などの撤去を求めた。辺野古沖の海上では作業船の上に作業員の姿は見えるが、作業は確認できない。市民らは承認取り消しの効果は大きいと話した。
正午前、名護市のキャンプ・シュワブ前では、新基地建設に反対する市民が地震で亡くなった人に黙とうをささげた。 多くの方が参加できるよう発生時間より早めに実施。
テント前が静寂に包まれた。
大震災から5年。あのあと、沖縄県内に避難している人は、先月1日の時点で707人と、この1年で116人減ったものの依然として多くの人がふるさとに帰れず
長期にわたる避難生活を余儀なくされている。内訳は、原発事故が起きた福島県からが485人と最も多く、宮城県からが122人、岩手県からが7人などとなっている。
避難者を対象に県が行ったアンケート調査では、生活環境を変えることへの不安やふるさとで住宅や仕事を確保できないことなどを理由に、6割あまりの世帯が今後も
県内での避難や定住を考えている。こうした人の中には、貯金を取り崩したり、親戚から仕送りを受けたりするなど、経済面での不安を抱える人もいることから、県は、
交通機関や買い物などの割り引きが受けられる支援を来年度も続ける。また、いずれはふるさとに戻ろうと考えている世帯も6%あることから、ふるさとで住宅や
仕事を探すために一時帰宅する際の旅費や、引っ越しにかかる費用も、一部を今年から新たに支援し、ふるさとでの生活再建につなげてもらうことにしている。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、一昨年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは今さら言うまでもない。
「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名のブログをめぐり、与党内から、首相安倍の当初の対応を疑問視する声が上がっている。
安倍は夏の参院選をにらんで「1億総活躍社会」を掲げるだけに、待機児童対策を早急に打ち出すなど、政権への不満の広がりを食い止めようと躍起だ。
「(ブログへの)対応もそうだけれど、最初からぱっとやっておけばトラブルは起こらないんですよ。後先を見極める能力を、みなさんよく身につけておいてください」、
元衆院議長伊吹文明は、きのふ自民党二階派の会合で首相に苦言を呈した。2月29日の衆院予算委員会で民主党の山尾志桜里がブログを取り上げた際、安倍は
「実際に起こっているのか確認しようがない。これ以上、議論しようがない」と答えたのを念頭に置いたものだ。
きのふ10日の政府与党連絡会議で、公明党の代表山口那津男が「切実な国民の声に丁寧な対応をしていく必要がある」と注文。自民の閣僚経験者も「初動を誤った。
首相の答弁がはねつけるような印象を与え、(待機児童問題に)火を付けた」と指摘した。
与党内からこうした声が出るのは、自民党内に苦い記憶があるからだ。第1次安倍政権では「消えた年金」など年金記録問題への対応が後手に回り、2007年の参院選で惨敗。
当時の閣僚の一人は「国民に身近な問題だという認識が薄く対応が遅れた」と悔しがった。
民主、維新両党は、きのふ合流後の新党名を検討する実務者協議を東京都内で開き、民主側が「立憲民主党」、維新側が「民進党」とする党名案をそれぞれ提示した。
協議で決着せず、今週末に2案の世論調査を実施し、14日に支持数が多かった方を新党名に決定することで一致した。
共産党政策委員長の小池晃は、会見で、アベノミクスとは「バブルとトリクルダウンだ。こんなものが長続きするわけがない。最大の問題である個人消費、内需が
落ち込んでいる。特に年初から下がってきている。政権側は「天気のせいだ」というが、そういう「ノー天気」なことを言っている場合じゃない。個人消費が冷え込んでいるのは、
消費増税が引き金を引いたことは間違いないうえ、アベノミクスは一部の富裕層に富が集中しただけで、賃金や中小企業への支払いという形でまわっていないという実態がある。
消費増税で引き金をひいて、アベノミクスで更にダメージを与えている。『アベノミクス不況』になりつつあるというのが今の状況だ」と述べた。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
福島。東京電力・福島第一原発の事故では、6つある原子炉のうち1号機から3号機までの3基で核燃料が溶け落ちる「メルトダウン」が起き、1号機と3号機、4号機で
建屋が水素爆発した。国と東電がまとめた工程表では、福島第一原発で設備を取り除いて建屋を解体するまで、すべての廃炉作業が完了するには最長で40年かかるとされている。
中でも重要なのは、事故当時、それぞれの建屋の最上階に設けられた「使用済み燃料プール」と、原子炉の中にあったすべての核燃料を取り出すことだ。
このうち4号機では、事故当時は運転停止中で、すべての核燃料が燃料プールに移されていてメルトダウンを免れたことから、一昨年12月までにすべての核燃料の取り出しが
完了した。一方、1号機から3号機はメルトダウンの影響で建屋内が激しく汚染したため、現在は除染やがれきの撤去を進めている段階で、燃料プールからの核燃料の
取り出しは1号機と2号機で平成32年度から、3号機は平成29年度からそれぞれ始める計画という。
更にその先には、「溶け落ちた核燃料の取り出し」という廃炉工程の中でも最大の難関とされる作業が待っている。建屋内の汚染や核燃料が出す極めて強い放射線のため、
溶け落ちた核燃料がどこにどのような状態であるのかは、事故から5年になる現在も分かっていない。
1号機では去年3月、「ミューオン」という素粒子を使ってレントゲン写真のように原子炉建屋を透視する調査を行った結果、核燃料のほとんどが原子炉の底を突き抜け、
その外側を取り囲む「格納容器」の中に溶け落ちた可能性が高まった。格納容器の中に落ちた核燃料の様子を捉えるため、1号機では去年4月にロボットを初めて投入したのに
続き、今年度中に別のロボットを開発して詳しく調査する予定だった。ところが、格納容器の底にたまっている汚染水の濁りが想定以上に激しいことが分かり、予定は延期された。
ロボットを開発し直したうえで、調査は来年度中に行う計画という。
その上、2号機と3号機は具体的な調査実施のめどが立たない状態で、2号機は、今年度中に格納容器の内部にロボットを投入する計画だったが、建屋内の汚染がひどく、
人が作業に当たる現場の除染が難航している。また、3号機では具体的な方法も決まっていない状態。
溶け落ちた核燃料を取り出すにあたって深刻な課題となるのが、核燃料から出る極めて強い放射線や放射性物質の飛散。このため、格納容器を水で満たして放射線や
放射性物質の飛散を抑える「冠水工法」と呼ばれる方法が検討されていた。しかし、格納容器のどこに穴が開いているか分からないなかで、水漏れを止めることは
極めて難しいと予想され、現在は水で満たさずに取り出す「気中工法」という方法も検討されている。
国と東京電力は来年6月をめどに大筋の方針を示したうえで、平成30年度前半に具体的な方法を決め、5年後の平成33年までに1号機から3号機のいずれかで
核燃料の取り出しを始めるとしている。いかに着実に廃炉を進めるか。現場は相次ぐ想定外の事態と、強い放射線との戦いに直面する状況が続いている。
♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊
三昧が折れたら 両手を叩け バチがなければ 櫛でひけ 音の出るもの 何でも好きで
かもめ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧
鍋のコゲ飯 袂でかくし 抜けてきたのか 親の目を 通い妻だと 笑ったひとの
髪の匂いも なつかしい アイヤー アイヤー 留萌 滝川 稚内
1980年 風雪ながれ旅 作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
広島。先日も触れたが、去年12月、府中町の自宅で、町立府中緑ケ丘中学校の3年の15歳の男子生徒の自殺。
中学3年の男子生徒が非行歴があるという誤った資料に基づいて進路指導を受けたあと自殺した問題で、学校は、高校を受験する生徒を推薦するかどうか決める際、
いつからの問題行動を対象とするか、毎年そのつど検討していたことが学校の調査報告書で分かった。担任の教諭が進路指導の面談の際、生徒に万引きの非行歴があったとする
誤った資料に基づいて志望校への推薦は出せないと伝えていたことが明らかになっている。先月、学校が作成した調査報告書によると、高校を受験する生徒を推薦するか
どうか決める基準の1つは、「問題行動や触法行為がないこと」となっているが、いつからの行為を対象とするか具体的に規定しておらず、「毎年、そのつど基準を
検討する」という慣例があったとしている。今年度は「3年間真面目に努力してきた生徒を推薦すべきだ」などとして、1年生からの触法行為を対象にすることに
なったという。その結果、進路について話し合う会議で、1年生の時の触法行為も議論の材料になり、学校のサーバーに保存されていた誤った情報が記載された資料が
進路指導に使われることになったという。この推薦の決め方について、報告書は「学年の実態や実情により基準が毎年変わってしまったり、意図やねらいのない前例踏襲が
なされたりするという、説明のつかない不適切な考え方だった」と取りまとめている。
府中町の中学3年の男子生徒が自殺した問題を受けて、学校は、この生徒が悩んでいた様子がなかったかなどを調べるため、全校生徒を対象に緊急のアンケートを始めた。
この問題で、男子生徒が通っていた府中町にある府中緑ケ丘中学校は、一昨日全校集会を開き、生徒は病気で死亡したと事実と異なる説明をしていたことを謝罪した。
学校は、生徒が自殺する前の様子を調べるため、きのふから630人の全校生徒を対象に緊急のアンケートを始めた。アンケートでは、生徒が困ったり悩んだりしている
様子を、直接見たことや友だちから聞いたことはなかったかなどを尋ねている。アンケートはけふ11日が締め切りで、学校では今月中にも結果をまとめ、今後、
設置される予定の第三者委員会に報告する。学校は「アンケートを通して自殺に至った背景をできるだけ明らかにできるよう努力したい」としている。
今朝6時すぎ福山市春日町の住宅街で、住宅の2階から火が出て、30分後に消し止められたが、この火事で木造2階建ての住宅1棟が半焼し1階の寝室から男1人の
遺体が見つかった。現場はJR東福山駅から1キロあまり北の住宅街。火事のあと、この住宅に1人で住む82歳の御年寄りの男と連絡が取れなくなっているという。
警察は亡くなったのはこの御年寄りとみて確認を急ぐとともに、消防と合同で現場を詳しく調べ、原因を調べている。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
愛媛。大震災と東京電力福島第一原発の事故の発生から5年となるけふ11日、広島や長崎の原爆の被爆者や原発事故の影響で福島から避難している人たちが
四国電力に対し愛媛県の伊方原子力発電所の運転の差し止めなどを求める訴えを広島地裁に起こした。また、四国電力が再稼働を目指している3号機について
再稼働を禁止する仮処分も申し立てた。訴えを起こしたのは広島や長崎の原爆の被爆者や福島第一原発の事故の影響で、福島県から広島県に避難している人ら9つの都府県の
67人。訴えによると伊方原発の5キロほど北側には巨大な断層、「中央構造線」があり、地震による原発事故が起きた場合広島県など瀬戸内海沿岸でも大きな被害が
懸念されるなどとして四国電力に対し伊方原発のすべての原子炉の運転の差し止めなどを求めた。また愛媛県や地元の伊方町が再稼動に同意し、四国電力が夏までの
再稼働を目指している3号機について再稼働を禁止する仮処分も申し立てた。3号機の再稼働の禁止を求める仮処分の申し立ては初めてだという。
伊方原発をめぐっては松山地裁でも地元の住民などによる運転差し止めを求める裁判が起こされている。伊方原発をめぐっては、四国電力は、今月中にも3号機の
再稼働に向け、最終段階となる「使用前検査」を申請する見通しで、この夏までに再稼働させたいという考えを示している。
提訴と申し立てについて、四国電力は「今後、内容を確認したうえで、伊方原発の安全性を広島地裁所にご理解いただけるよう、適切に主張、立証してまいりたい。
引き続き、伊方原発の更なる安全性、信頼性の向上に取り組むとともに、情報公開の徹底に努めて、皆さまにご理解いただけるよう尽くしていきたい」とコメントしている。
インド。「チベットに自由を!チベットに自由を!」、ニューデリーの中国大使館の近くで10日、1959年3月10日に起きた「チベット動乱」を記念して、
亡命チベット人らが中国チベット自治区での自治の拡大を求め“反中国デモ”を行った。その際、デモ参加者が中国大使館になだれ込もうとしたため、インドの治安当局と衝突、
拘束される騒ぎとなった。「我々は自由が欲しいのです。チベットは57年間も苦しんできたのです。最近でも16歳の少年が焼身自殺をしました。みなさんに助けて
欲しいのです」(デモ参加者)。1959年の「チベット動乱」では、1951年に始まった中国のチベット弾圧に対し、民衆が立ち上がり、多くの犠牲者を出した。
しかし、中国軍に鎮圧され、チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世はインドへの亡命を余儀なくされた。
宮城。御隣富山県、高岡市の伏木相撲愛好会と明るい社会づくり高岡市民会議の有志は、19日に大震災で被災した石巻市の仮設住宅を訪問し、ちゃんこ鍋や石焼き芋を振る舞う。
きのふは高岡市のシルバーショップたかおかから石焼き芋用のサツマイモを受け取り、訪問に向けて準備を整えた。市シルバー人材センターが運営する同ショップでは、
出来たての焼き芋が人気を集めている。「熱々の焼き芋を被災者にも食べてもらいたい」との思いから、訪問参加者が同センターに所属している縁もあり、今回の寄贈が決まった。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
愛知。昨夜10時過ぎ、蒲郡市神ノ郷町兼京、会社員杉浦司さん(51)方で、母の農業加津代さん(73)が1階仏間で倒れているのを、帰宅した杉浦さんが見つけ、
110番した。加津代さんは携帯電話の充電コードを首に巻き付けた状態で死亡しており、蒲郡署は殺人事件の可能性もあるとみて捜査を始めた。
加津代さんが倒れていた近くには隣室から遺体を引きずったような血痕があった。玄関などの鍵は施錠されていた。杉浦さんは妻と加津代さんとの3人暮らし。
妻が9日朝に加津代さんと会ったのが最後で、出張先の九州から自宅に電話しても連絡が取れなかった。連絡を受けた杉浦さんがこの日、出張先の中国から急きょ帰国した。
現場はJR蒲郡駅の北2・5キロのミカン畑などが広がる地域。
法務省は、2015年末時点で日本に在留する外国人が14年末から11万人増加し、過去最多の223万2千人だったと発表した。
留学と技能実習の在留資格がいずれも15%増えたことが要因。今年1月1日時点の不法残留者は6万3千人で、2年連続増加した。在留外国人の国籍は中国が最多の
66万6千人。韓国45万8千人、フィリピン23万人が続いた。ベトナムは前年比47%増加の14万7千人。日本企業のベトナムへの投資が拡大し、日本語への関心が
高まって留学生らが増えたためとみられる。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
富山。砺波市中村のチューリップ四季彩館が、リニューアルオープンした。
併せて特別企画の第三十回春を呼ぶチューリップ展も始まった。企画は「ヒストリーオブチューリップフェア」と題し、60年余りの歩みを振り返っている。
1952年のチューリップフェアの第一回開催以降、10年ごとのコーナーを設けて、当時の写真や開発された品種などを紹介。懐かしい風景を楽しめる会場で、
わが子を記念撮影して、新たな思い出づくりをしゃれこむ若い母親の姿も。
開場に先立つセレモニーでは、市立鷹栖保育所の幼児30人がかわいらしくチューリップの歌を合唱するなど、市長夏野修らによるテープカットに花を添えた。
来場者たちは、チューリップが万華鏡のように四方に広がって見える「パレットガーデン」などの新装した館内を散策していた。
入館と同展の観覧を合わせた料金は、高校生以上500円、小中学生250円。同展は21日まで開かれている。
福井。今月20日開幕のセンバツ高校野球、組み合わせが決まり、工大福井が開幕試合で奈良の智弁学園と、敦賀気比は大会6日目に青森山田と対戦する。
北陸新幹線敦賀以西ルートを議論する与党検討委員会が、きのふ東京・衆院第二議員会館であった。
五案あるうち、いずれも京都駅を経由する米原、小浜〜京都、舞鶴の三案が調査対象に決まった。ただ終着駅は新大阪と天王寺で意見が分かれたため、関係先の意見を聞いて
5月末までに判断する。関西空港への延伸は、北陸新幹線から切り離して検討する。
東海道新幹線への乗り入れが前提の米原ルートは、滋賀県が主張。運行主体のJR西日本などは過密ダイヤを理由に否定的だが、中京圏とのアクセスには利点もあり、
調査対象に残った。小浜〜京都ルートは、JR西が利便性や採算性を考慮し提案した。終着駅は新大阪で複数の関係団体が賛意を示した。
舞鶴ルートは、京都府が要望。小浜市と京都府舞鶴市、京都駅、関空を結ぶ。しかし整備計画は敦賀〜大阪間のため、舞鶴を推す委員長の参院議員(京都選挙区)西田昌司が
災害時の代替経路確保などの観点から終着駅を天王寺にする、とした。
湖西は要望がなく、若狭は「京都駅を通るのは最大公約数」(委員長西田)のため外れた。事務局長の参院議員(福井選挙区)滝波宏文は「さまざまな思いを飲み込み、
早くまとめるという気持ちで三案に落ちついた」と語った。
一方、終着駅は新大阪を望む声が多いものの、津波浸水のリスクや乗り入れの可否が不透明なため、天王寺を含め検討する。今後、JR西や大阪府・市などから意見を聞く。
5月発注予定の調査までに京都駅以南が一本化されないと、両方が調査対象になる。検討委は、沿線自治体などからの意見聴取を終え、この日から委員間の議論に入った。
金沢。今月2日から7日にかけて県内の旅館と飲食店2店でノロウイルスなどによる食中毒が相次いで発生していた。
ノロウイルスが原因とみられる食中毒が発生したのは、加賀市山中温泉の旅館「よしのや依緑園」で、3歳から70歳代までの30人が嘔吐や下痢の症状を訴えた。
県によると、5、6日に刺し身やエビの天ぷら、サラダを食べた。全員が回復に向かっているという。患者と従業員の便からノロウイルスが検出され、県は旅館を
11日まで営業停止処分にした。一方、金沢駅の商業施設「あんと」内の「金沢まいもん寿司 金沢駅店」では3日、前日にすしを食べた名古屋市の20代の客から
腹痛や嘔吐の症状が出たと連絡があった。市は調査の結果、寄生虫アニサキスによる食中毒と断定した。
金沢市青草町の近江町いちば館のすし店「近江屋伝兵衛」では2日に海鮮丼を食べた観光客の20歳代の9人から食中毒の症状の訴えがあった。
患者や従業員からノロウイルスが検出された。2店舗は10日のみ営業停止処分とした。
長町の中央小学校では、大震災の教訓を子どもたちに伝えていこうと、毎年3月11日に特別授業を行っており、けふもテレビを使った校内放送で特別授業が行われた。
このうち4年2組の教室では5年前に起きた大震災について、地震や津波で多くの人が亡くなったり行方不明になったことや、今もふるさとに帰れずさみしい思いをしている人が
たくさんいることなどが説明されると、子どもたちは真剣な表情で聞き入った。続いて児童の代表から1年間かけて学校で集めた100キロのアルミ缶を売って得られた
収益金が、交流を続けている岩手県大船渡市の小学校に送られることなどが報告された。児童は収益金といっしょに送るための千羽鶴を作り、鶴の羽根の部分に、
「大変だと思いますが、がんばってください」など、被災地の子どもたちを励ますメッセージを書いた。
江戸末期の町家、野町1丁目の「森紙店」で、建物を解体せずに移動させる「曳(ひ)き家」の準備が進んでいる。
推定重量30〜35トンの町家は、国道157号の拡幅工事に伴い、1mの高さに持ち上げられ、現在地から6m後方に移される。市街地に唯一残る石置き屋根を採用した
希少な建物であることから、市の担当者は「ゆっくり、そっと動かしたい」としている。
曳き家を行うのは、森紙店の木造2階建ての店舗兼住宅部分で、幅7・7m、高さ7m、奥行き12・8m。延べ床面積は200平方mとなる。
曳き家では、建物の正面から奥に向かって長さ8mの鉄骨を4本、等間隔で設置し、鉄骨の下に油圧ジャッキを12基並べて建物を浮かせ、レールを敷設して動かす。
今月下旬から作業に取り掛かり、持ち上げるのに5日間、移動に2日間を予定する。新たな基礎を整備した後に下ろし、4月下旬ごろまでに完了させる。
きのふは請け負い業者が床板を取り外したり、家具を運び出すなどした。
加賀。小松市の那谷寺では、宮城県で被災した漁船の大漁旗を掲げて追悼法要が行われた。
檀家や地元住民ら30人が犠牲者を悼み、被災地を支援し続ける気持ちを新たにした。大漁旗10枚が金堂華王(けおう)殿に掲揚され、残り9枚は本尊の前に供えられた。
住職木崎馨山(けいせん)ら僧侶5人が読経し、檀家らが静かに手を合わせた。
大漁旗は宮城県気仙沼、大船渡両市の漁船で使われていたもので、津波で流され、がれきの中から見つかった。4年前に全国プロジェクトの一環で供養した旗を再び掲揚した。
2014年4月〜15年3月、大震災で被災した福島県に出向した白山署地域課巡査部長の本田哲也さん(31)が、きのふ署で署員に被災地での体験を話し、
震災の記憶を風化させないよう呼び掛けた。被災地に入ったのは震災から3年後。本田さんは福島県警福島署に配属され、浪江町や飯舘村など放射線量が高く
人が住めない地域を見守った。津波被害に遭った地域では、倒壊した家屋や流されたパトカーが放置され、災害の傷痕の深さに言葉を失った。
主な業務はパトカーで地域を巡回し、住民が避難した後の民家に入ろうとする空き巣がいないかなど目を光らせた。被災者の家族写真やキャッシュカードなどの
貴重品を回収したこともあった。仮設住宅も巡り「孫の安全のために」と自分の家に帰りたくても帰れないでいる人の存在を知った。行方不明者の捜索にも参加。
がれきの山から人骨が見つかったこと。身元が分かり、感謝する遺族もいたという。本田さんは「現地に行っていない人や震災後に警察官になった若い人たちに
自分の経験をきちんと伝えたい」と語った。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
山本五十六 「男の修行」
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
弥生3月も11日だ。
空は晴れた。冷えるので朝からストーブは点けたままだ。
昼には、ストーブは消して、午後の散歩は、何時もの朝のコースで、寺津用水脇からバス通りの歩道を舘山の果樹園の方向に向けて歩いた。
帰路は舘山の在所を経て、なかの公園手前から神社の辺りを一回り。畑にはおられた錦町からのおばあさんに「ご苦労様」と一声かけたら「茎たちとみず菜あげる」、
「さっとゆでて塩漬けすると美味しいですよ」と袋に入れてくれた。深謝して、コンビニの裏通りから帰還した。
一服した後、ラケットの音を聞きながらたかみ公園横からバス通りの歩道。自宅前で、小津さんの畑を借りている鈴木の爺さんが、スコップで掘り起こしていた。
「何を植えますか」に「まだ、決めておらん」と言いつつ、「向こうはスイカに‥、連作はいかんしな」と。のち、耕運機で耕すそうだ。この辺りを一回りして、
なかの公園手前で、柴犬連れの高瀬さんにミニダックスフンド連れの娘さんに会い、「コンニチワ」、「風が冷たいですね」。松本先生宅前の四つ角を左折して、
玉井さんち過ぎて帰還した。その間、下校の子どもたちに会い「おかえり」。
隣り合ふ 受験子の絵馬 恋の絵馬
箕面市 藤堂俊英
漁り火に 鰍(かじか)や浪の 下むせび
松尾芭蕉 山中温泉にて
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 歌碑は出身地の明蓮寺(志賀町長沢)にある。
九条を骨抜きにする多数決
小松市 妻木義山
trust me.
I Have a Dream
2016年 弥生3月11日(ふ)
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