停戦合意の都市ホムスで爆発 多数の死傷者 シリア
2015年、師走、12月13日。
石川県内は、曇り。金沢の最高気温は13度。朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ向かった。
寺津用水は、水量は少なかった。まっすぐ行くと境内の左側の駐車場では、10月桜が咲いていた。バス通りを渡って坂道。舘山町の在所を一回りした。
四つ角から西さんちの四つ角へ。手前の槌田さんのち、庭には小さいバラが待っていてくれた。宮下さんち、数日前からの屋根の吹替えは終わったようだ。
Dr小坂は御休みなのだ、タイヤ交換されていて「お早うございます、何時も早いですね」。宇野さんも御休みだ。
なかの公園手前から、神社を一回り。谷口の御婆さんの対面、土谷さんちでは、御婆さんは納屋から出てこられたので「お早うございます」。息子さんが車の掃除で
車庫から車の出し入れ中。「谷口の御婆さん、最近、顔見ないですね」、「腰が痛いと言っていました。働き過ぎや」と。三叉路からみすぎ公園を一回りした。
コンビニの裏から帰還へ。道心建材の近くでは、畑におられた神谷さんに会い「お早うございます」、「病院へ行ってこられましたか」、「おかげさまで、異常なしでした」。
この後、小屋に戻って、朝飯の後はカフェを立てて、時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
鹿児島。今年5月に爆発的な噴火が起きた、口永良部島について、屋久島町では、全島に出していた避難指示を、一部の地域を除いて今月25日に解除する。
気象庁は10月に警戒範囲を縮小したが、地元の屋久島町は、避難場所の整備や住宅の補修などが必要だとして、全島での避難指示を継続し、噴火から半年以上がたった今も
136人の住民全員が隣の屋久島などで避難生活を続けている。屋久島町の町長荒木は、口永良部島のライフラインの復旧がほぼ終わり、小中学校の授業が再開できる
めどが立ったとして、「今月25日に一部地域を除いて避難指示を解除し、住民を島に帰したい」と言っている。
今も警戒範囲に入っている前田地区などの10世帯20人を除いて、今月25日に避難指示を解除し、帰島を認める。
京都。芸妓や舞妓が芸事の師匠などに一足早く新年のあいさつをする年末恒例の「事始め」が行われた。
京都の祇園では、12月13日は、正月の準備を始める「事始め」の日とされ、芸妓や舞妓が、芸事の師匠やなじみの店を回って、この1年のお礼や新年を迎えるあいさつをする
しきたりになっている。このうち、花街の1つ「祇園甲部」の京舞・井上流の家元、井上八千代さんの稽古場には色鮮やかな着物をまとった芸妓や舞妓が訪れた。
鏡餅が飾られた部屋で舞妓や芸妓が「おめでとうさんどす。来年もおたの申します」とあいさつすると、井上さんは「どうぞ気張ってください」などと声をかけ、お祝いの
扇子を手渡した。舞妓の小衿さんは「今年舞妓になったばかりなので、来年はさらに稽古に励もうと思います」。
三重。御浜町の中学2年の女子生徒が先月18日の朝、家を出たあと行方が分からなくなり、警察が写真などを公開して行方を捜している。
行方が分からなくなっているのは、御浜町の中学2年、長山李穂さん(14)で、先月18日の朝7時25分ごろに登校するため家を出たあと、行方が分からなくなっているという。
この日の夕方に仕事から帰宅した母親が長山さんが帰っていないことに気付き、夜になっても帰宅しなかったことから警察に捜索願いを出した。家を出てすぐの通学路にある
パチンコ店の防犯カメラの映像に1人で歩く姿が写っていたが、学校には来ていなかったという。長山さんは身長が1m55センチぐらいで、白のトレーナーを着て
紺色のジャージーをはき、ヒョウ柄のリュックサックを持っていたという。トレーナーの胸の部分には、アルファベットで中学校の名前の「MIHAMA」と書かれているという。
警察は、これまで非公開で行方を探してきたが、家族の意向を受けて、きのふ、写真などを公開して情報の提供を求めた。情報の連絡先は、紀宝警察署で、
電話番号は0735−33−0110。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に伴う新基地建設で沖縄防衛局は、きのふ大浦湾の長島付近にあったスパット台船1基を米軍キャンプ・シュワブ沿岸に移動させた。
移動先で海底掘削(ボーリング)調査を実施すれば24カ所目となり最終調査地点となる。
長島付近の別のスパット台船1基と掘削機を積んだ大型クレーン船1隻で掘削調査が確認された。海底掘削調査が最終段階に入ったことに、抗議船船長の牧志治さんは
「国は裁判の成り行きを見て工事を判断すべきだ。県や名護市を通さず、当たり前のように進めようとすることが納得いかない」。シュワブのゲート前では市民らによる
資材搬入阻止行動が続けられたが、機動隊が市民を排除し資材を積んだダンプカー5台を含む計18台が基地内に入った。抗議中、男1人が機動隊に一時拘束されたほか、
別の男1人が体調不良を訴えて病院に搬送された。
ゲート前には東京大学大学院総合文化研究科の教授高橋哲哉や名護市長稲嶺進、米退役軍人らの平和団体が訪れ、市民を激励した。高橋は、新基地阻止行動に共感を示し
「日米安保を支持する本土が米軍基地を引き取って民意を変えなければ、(沖縄の)基地問題は解決しない」と訴えた。
シンポジウム「『基地の島』沖縄が問う−『辺野古移設問題』を考える−」がきのふの午後、宜野湾市の沖国大で開かれた。
金城馨(関西沖縄文庫主宰)、高橋哲哉(東京大大学院教授)、阿波連正一(静岡大法科大学院教授)の3人が、市民運動と哲学、法律の分野からそれぞれ報告した。
370人が詰め掛けた。沖縄の基地は「本土」から押し付けられており、県外で引き取るべきだとの認識が確認された。
金城は、大阪に住む沖縄人という立場から「沖縄人である自分たちが沖縄に基地を押し付けている問題」として議論や葛藤を重ね、さまざまな取り組みをしてきた経緯を語った。
高橋は、提唱している「基地引き取り」について「本土では8、9割の圧倒的多数の民意が安保を支持し、米軍基地を沖縄に押し付けている」と指摘。「本土の日本人の責任論が
第一」と主張し「基地引き取りが安保解消を目指す道筋としても不可欠だ」と訴えた。
阿波連は、普天間飛行場が返還されれば3868億円の経済効果があると政府が主張していることを逆手に取り「基地に沖縄が依存しているのではない。沖縄が基地に
寄生されている。本来生まれるべき生産が吸い取られているのだ」と指摘した。3人の報告に対し、コメンテーターの高嶺朝一(ジャーナリスト、琉球新報前社長)、
与儀武秀(沖縄タイムス記者)、稲福日出夫(沖国大沖縄法政研究所長)の3人が質問し、持論を述べた。研究所の石川朋子研究助手がコーディネーターを務めた。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは今さら言うまでもない。
北朝鮮による日本人拉致被害者の再調査報告をめぐり、日朝両政府が11月中に複数回、中国で実務者による非公式協議を開催していたことが分かった。
日朝関係筋が明らかにした。日本側は7月に北朝鮮側から報告延期の伝達を受けてから正式通報がないことを踏まえ、迅速な調査と通報をあらためて要求。
拉致問題進展の糸口を探ったとみられる。北朝鮮側は新たな遺骨問題を提起したもようだ。
協議は、日本が外務省アジア大洋州局長の交代など、日朝協議体制を刷新してから初めて。日本側は、新たな遺骨問題に関し「協議の引き延ばしを画策しているのではないか」
(政府筋)と警戒を強めている。
消費税の軽減税率を巡って、自民・公明両党の幹事長は、きのふ、対象品目を「外食」を除いた「生鮮食品」と「加工食品」とすることで合意したが、政府は事業者の間で
混乱が生じないよう、全国各地に相談窓口を設ける費用などとして、170億円を今年度の補正予算案に計上する。
民主党代表代行長妻昭はきのふの会見で、軽減税率は「格差が拡大し、社会問題に逆行することになりかねない。今後消費税が中長期で10%以上に上がるときも軽減税率を
やめたということにはならないわけで、後世まで必要な税に穴が開き、消費税率はもっと上げなければならなくなる。子々孫々末代までの非常に大きな失政の始まりだと
言わざるを得ない。なぜ複数税率なのか、理屈が説明できないまま税金を投入するのは選挙目当てだ。巨額の税金を使い、やりきれない究極のバラマキだと言わざるをえない。
民主党は逆進性がフラットになる「給付付き税額控除」で財源が少なく対応できることも強調していきたい」と述べた。
自民党の税制調査会長宮沢は広島市内で、消費税の軽減税率を巡って、対象品目など制度の大枠で公明党と合意したことについて、「難問はこれからだ」と述べ、
必要と見込まれる1兆円の財源の確保などに政府与党一体で取り組む必要があるという認識を示した。
消費税の軽減税率を巡って、自民・公明両党は、消費税率を10%に引き上げる再来年4月に導入し、対象品目は「酒類」と「外食」を除いた「生鮮食品」と「加工食品」と
することなど、制度の大枠で合意した。
これについて、自民党の税制調査会長宮沢は広島市で開かれた会合で、「きのう得た結論は、けっして自民党内では、まだまだ評判のいいものではない。これを、短期間で
党の意見としてまとめる作業が残っている」。そして、宮沢は、「難問はこれからだ」と、必要と見込まれる1兆円の財源の確保などに政府与党一体で取り組む必要があるという
認識を示した。
軽減税率は再来年4月に導入されるが、事業者からは事務の負担が増すことやシステム改修などの準備が間に合うかといった不安の声も出ている。
このため、政府は、事業者の間で混乱が生じないよう対策をとることにしていて、その一環として、軽減税率に関する中小企業向けの講習会を全国各地で開く。
また、税率が8%と10%の複数税率に対応した新たな経理の方式や、取り扱っている商品が軽減の対象かどうか相談に応じる窓口を、各地の商工会議所などに設けるとしていて、
必要な費用として170億円を今年度の補正予算案に計上する方針。軽減税率の導入まで残された時間は1年3か月余りで、減収分を補う「安定財源」の確保や対象外となる
外食との明確な「線引き」に加え、事業者の準備をいかにスムーズに進めるかも大きな課題となっている。
10パーセントの増税ですら問題なのに、170億の補正予算とは、まったくふざけた話ではないか。
戦後70年の節目にして、戦前のような状況に戻ろうとしている日本。
無論、このことは国民の我々にとって絵空事ではない。去る9日に逝った野坂昭如のは最期の平和へのメッセージ。それは、「サンデー毎日」2015年8月23日号に寄稿された
文章「二度と戦争をしないことが死者への礼儀だ」で、次のように警鐘を鳴らす。
〈日本が戦争出来る国になる以上、戦争を想定した上での都市のあり方、疎開や備蓄、あらゆることを考えておかなければならない。積極的平和主義など姑息な言い方はやめて、
首相安倍は国民にとって戦争というものが、どういうものかを、論理的に説明すべきだろう。本質を語らずうわべばかり〉。
死のわずか4ヵ月前、安倍政権による“戦争のできる国”づくりに対する危機感を訴えていた野坂。先の戦争を知っているからこその危機感だろう。先月30日に亡くなった
水木しげるもそうだが、先の戦争を体験し、その悲しみを伝え続けた世代が次々と鬼籍に入っている。それにつれて、この国は戦争の恐ろしさ・悲しさを忘れつつある。
戦争の犠牲となった人々、また、その悲しみを戦後70年間抱え続けた人々、そんな先人たちのためにも、いま一度「平和」への誓いを新たにしなければならない、と野坂は綴る。
そんな野坂昭如の最期のメッセージをあらためて噛み締めたい。
〈戦争で多くの命を失った。飢えに泣いた。大きな犠牲の上に、今の日本がある。二度と日本が戦争をしないよう、そのためにどう生きていくかを問題とする。これこそが死者に
対しての礼儀だろう。そして、戦後に生まれ、今を生きる者にも責任はある。繁栄の世を築いたのは戦後がむしゃらに働いた先人たちである。その恩恵を享受した自分たちは
後世に何をのこすのか〉、〈どんな戦争も自衛のため、といって始まる。そして苦しむのは、世間一般の人々なのだ。騙されるな。このままでは70年間の犠牲者たちへ、
顔向け出来ない〉。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
シリア。中部ホムスの中心部で12日、自動車に仕掛けられた爆弾が爆発し、市民16人が死亡、54人がけがをした。
この爆発の直後、近くの店の中でも別の爆発が起き、最初の爆発現場に駆けつけようとしていた治安部隊の兵士、数人がけがをしたという。ホムスは、アサド政権の打倒を目指す
反政府勢力が拠点としてきた都市だが、ロシア軍の支援を受けたアサド政権の軍が攻勢を強めたことから、今月初め、政府軍と反政府勢力が一部地域で戦闘を停止することで
合意した。今回、爆発があった現場はアサド政権を支持する人たちが多く暮らす地域だったことから、アサド政権側は戦闘停止の合意に反発した何者かの犯行とみており、
合意が守られるか懸念されている。政府軍との戦闘を行っている反政府勢力は、アサド政権との対話も模索する穏健派から徹底抗戦を掲げる強硬派まで、さまざまなグループに
分かれている。このため、足並みがそろっておらず、シリアの内戦終結に向け和平を協議する場では、どのグループを代表として扱うかということも難しい問題になっている。
フランス。COP21の議長を務めるフランスの外相ファビウスは、会期を1日延長して日本時間の今朝、13日午前3時過ぎから閣僚級の会合を開き、各国に示した
最終的な合意案について意見を聞いた。会合では各国から大きな異論は出ず、そのままCOPの全体会合に移行し、温暖化対策の新たな枠組み「パリ協定」が採択された。
パリ協定は法的な拘束力を持つ枠組みで、気温上昇を産業革命前に比べて1.5度に抑えるよう努力するとし、世界全体の温室効果ガスの排出量をできるだけ早く減少に転じさせて、
今世紀後半には実質的にゼロにするよう削減に取り組む。また、途上国も含めたすべての国が5年ごとに温室効果ガスの削減目標を国連に提出し、対策を進めることが
義務づけられた。削減目標は提出するたびに改善されるべきだとしたほか、排出量の実績などについて専門家の検証を受けることも盛り込んだ。
更に、途上国への資金支援について、現在の水準の年間1000億ドルの数字は盛り込まず、その水準を2025年にかけて引き続き目指すとする協定とは別の決定を行った。
また、経済力がある新興国なども自主的に資金を拠出できるとしたほか、先進国は資金支援の状況を2年に一度報告する義務が盛り込まれた。
温暖化対策の国際的な枠組みとしては、先進国だけに温室効果ガスの排出削減を義務づけた京都議定書以来18年ぶりで、途上国を含むすべての国が協調して削減に取り組む
初めての枠組みとなり、世界の温暖化対策は歴史的な転換点を迎えた。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
中国。78年前の12月13日は、旧日本軍が多くの中国人を殺害したとされる「南京事件」が起きた日。
南京では、政府主催の追悼行事が行われた。 追悼式の冒頭、南京事件の犠牲者に1分間の黙とうがささげられた。中国にとって、13日の式典は、抗日戦争に勝利して
70年となる今年、一連の記念行事の最後に位置付けられている。去年は国家主席習近平が出席したが、今年は最高幹部の姿はなく、日本の国会にあたる全国人民代表大会の
常務委員会の副委員長李建国が出席した。李は、「いかなる人も侵略戦争と侵略者の歴史を美化することは容認しない」と述べた。 一方で日中関係について触れ、
「友好協力を絶えず推し進めるべきだ」と関係改善を進めていく姿勢を表明し日本への配慮もみせた。
京都。「餃子の王将」を展開する王将フードサービス(京都市山科区)の社長だった大東隆行さん(当時72)が、一昨年の12月、本社前の駐車場で射殺された事件で、
現場近くから遺留品が見つかり、検出されたDNA型が九州に拠点を置く暴力団組員の男と一致したことが、分かった。
京都府警山科署捜査本部は、男が事件に関与した可能性もあるとみて、年明け以降、拠点先の県警との合同捜査を検討している。ただ大東さんとの関係がはっきりせず、
トラブルも確認できないため、男の周辺を含め慎重に捜査を進めている。
米国。来年の米国大統領選挙に向けて野党・共和党から立候補しているトランプが、イスラム教徒の米国への入国を禁止すべきだと主張しているのに対し、米国に住む
イスラム教徒の人たちがニューヨークの中心部で抗議デモを行った。
今月、カリフォルニア州でイスラム教徒の男女2人が銃を乱射して14人が殺害されたテロ事件を受け、米国では大統領選挙の野党・共和党の指名争いでトップを走る
トランプが、テロ対策としてイスラム教徒の米国への入国を禁止すべきだと主張し、波紋が広がっている。これに対し、ニューヨーク中心部のタイムズ・スクエアでは、
パキスタンからの移民を中心にイスラム教徒の人たち300人が集まり、差別への抗議デモを行った。参加者たちは米国国旗のほか「イスラム教徒も米国人だ」とか
「イスラム教徒はテロリストではない」などと書かれたプラカードを掲げ、大勢の人たちでにぎわう週末の繁華街を行進した。デモに参加した女子学生は「イスラム教と
暴力は関係ありません。私たちも米国人で、ここが祖国です」。トランプの発言に対しては国内外で批判が相次いでいて、今後、トランプへの支持率に影響が出るのか注目される。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
福岡。今朝6時過ぎ、大牟田市歴木の鉄筋5階建て市営住宅で火災があり、2時間半後に鎮火したが、男児3人を含む男女6人が病院に搬送された。
1人が重傷。火元は3階の川本悦子さん(52)方とみられる。川本さんのほか、4階の真上に住む会社員橋口友罷呂さん(31)と妻の真実さん(32)、長男透磨君(11)、
三男章宏君(7)、四男健吾ちゃん(2)が病院に運ばれた。橋口さん方には10歳の次男もいたが、逃げて無事だった。警察や消防が出火原因を調べている。
現場は西鉄銀水駅の南東2キロの住宅街。
岩手。きのふの朝5時頃、奥州市前沢区の阿部リュウさん(87)の家から火が出た。
火は4時間後に消し止められたが、この火事で、木造平屋建ての民家と作業小屋と倉庫の3棟合わせて400平方mを全焼し、玄関東側の居間付近から2人の遺体が見つかった。
この家は、阿部さんと娘の秀子さん(60)の2人暮らしで、2人と連絡が取れなくなっていることから、警察は、遺体は阿部さん親子とみて身元の確認を急ぐとともに、
火事の原因を調べている。
江戸東京。今朝6時ごろ、都品川区豊町の木造2階建て店舗兼共同住宅から出火、2階部分の20平方mを焼いた。
東京消防庁が住人とみられる1人を救出し、病院に搬送したが死亡が確認された。住人は80代の男で、身元の確認を進めるとともに出火原因を調べる。
2階部分が共同住宅で、住人は1人暮らしだった。
きのふの午後2時半ごろ、板橋区赤塚にある木造平屋建ての住宅から火が出て、2時間半後にほぼ消し止められたが隣接する住宅などに燃え移り、あわせて5棟、
190平方mが焼けた。この火事によるけが人はいないということで、警視庁が出火の原因を詳しく調べている。
現場は、都営三田線の西高島平駅から西へ800mの住宅街。
愛媛。松山時代の「金之助先生」は高給取りだったが、寄付額も校内一だった。
夏目漱石(本名・金之助)が愛媛県尋常中学校(旧制松山中学、現松山東高)に赴任中の1895年(明治28年)7月、日清戦争の凱旋歓迎式に関連し3円を
寄付していたとの記事が、当時の海南新聞(愛媛新聞の前身)の広告欄に掲載されていた。
今年が漱石の松山赴任120年に当たることから、愛媛新聞社が紙面を調査している過程で分かった。7月25日付の広告欄に、県尋常中学校教職員16人の寄付金
計12円30銭の内訳が載っており、ともに帝大出身の漱石と教頭横地石太郎が3円、校長住田昇は2円、梅木忠朴50銭、高瀬半哉30銭、弘中又一25銭など。
小説「坊っちゃん」に登場する「狸」や「赤シャツ」、「野だいこ」などのモデルの一人とされる人物が名前を連ねている点も面白い。漱石の月給は、校長の60円を上回る
80円だったことが知られている。教頭も校長より高い給料だった。松山坊っちゃん会の会長武内哲志さんは「給料に応じて寄付額が決まっていたのではないか」と推察し、
「漱石は中学校の校友会誌『保恵会雑誌』の印刷代としても3円寄付しており、江戸っ子らしく気前が良かったようだ」と話す。
♪遠き別れに 堪えかねて この高楼(たかどの)に 登るかな 悲しむなかれ わが友よ 旅の衣を ととのえよ
君がさやけき 目のいろも 君くれないの くちびるも 君がみどりの くろかみも またいつか見ん この別れ
別れといえば 昔より この人の世の 常なるを 流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
君の行くべき やまかわは 落つる涙に 見えわかず 袖のしぐれの 冬の日に 君に贈らん 花もがな
昭和20年 惜別の歌 作曲:藤江英輔 作詞:島崎藤村
長野。敗戦後、旧満州(現中国東北部)に取り残された開拓団の孤児たちを育てた中国養父母らを招き、話を聞くシンポジウムが、きのふ阿智村駒場の中央公民館で開かれた。
養母や支援団体メンバーらが来日し、100人が話に聞き入った。
李淑蘭さん(88)は敗戦の年、飢えていた日本人の家族におかゆを分け与えたところ、数日後に母親から5歳の女の子を預かった。母親は数カ月後に引き取りに来たが、
女の子は怖がってともに帰国しなかった。当時19歳だった李さん夫婦には子どもがおらず、わが子のように育てた。「娘」が日本人だとからかわれた時は「私たちが
付いている」と励まし、敵国の子を預かったと責められても「孤児なんだから助けなくては」と信念は曲げなかった。
帰国者支援団体により母親の所在がわかった娘は、1981年に永住帰国。離れるのはつらかったが、娘のことを思って送り出した。「今回、民間交流のおかげで
日本に来られてうれしい。また来たい」。
長野県日中友好協会は来年から、現在記念館で開いている中国養父母展を、県内複数カ所でも開催する予定。まだ帰国できない残留孤児などの支援金を集めたいという。
富山。クリスマスを前に、サンタクロースの「本場」フィンランドのロバニエミ市公認のサンタが、きのふ富山市を訪れ、親子連れらと触れ合った。
赤と白の衣装に立派なひげをたくわえたおなじみの姿で、北陸新幹線に乗って富山駅に登場。待ちわびた大勢の人たちが歓声を上げると、サンタは日本語で「こんにちは」と
ほほ笑んだ。その後、路面電車に乗って市中心部に移動。大和富山店では、買い物客たち100あまりと握手し、一緒に写真を撮ったり、プレゼントを配ったりした。
ロバニエミ市は、一年中サンタに会える観光名所「サンタクロース村」があり、サンタの故郷として知られている。クリスマス前のこの時期は、フィンランドからサンタが
世界各国に派遣されているという。今回の訪問は、市中心部のにぎわいづくりに取り組む第三セクター「まちづくりとやま」が昨年から主催する「サンタフェスタ」の一環。
福井。あわら温泉街の冬の夜を彩るイベント「あわら灯源郷」が、きのふあわら温泉湯のまち広場で始まった。
1300本の竹筒の穴からろうそくの優しい明かりがもれ、幽玄な雰囲気を醸し出した。けふふ13日も午後4〜8時に点灯される。
会場には直径10〜18センチ、高さ50〜150センチで、大小多数の穴が開けられた竹筒1300本を設置。午後4時に市長らが点火したのを合図に、150人の
ボランティア「チャッ火(か)ちゃん」が、竹筒の中に置かれた5000個のろうそくをともした。
午後5時近くになると明かりが目立ち始め、温泉客や地元住民らは「情緒たっぷりで良かった」と喜んだ。
能登。手厚いサービスを受けながら快適に過ごすキャンプ「グランピング」の体験会が、きのふ津幡町湖東の河北潟干拓地にあるハーブ農園ペザンであった。
グランピングで重要となる地域資源や食、野外活動を活用した地方活性化を目指し、金沢市に来月設立される株式会社グランジェの関係者らが企画した。
知人ら6人が主催し、干拓地の広大な風景や農園に囲まれながら、野外で豪華な昼食を堪能。お酒も楽しみ、2時間、ぜいたくなひとときを過ごした。
料理は鳥のピラフ詰めオーブン焼きや、無農薬野菜をつけて楽しむチーズフォンデュ、神奈川県内のブランド豚のステーキなど。主催者側がその場で調理した出来たてを味わった。
千葉県船橋市から訪れた会社役員川畑一幸さん(45)は「普通のキャンプだと自分が調理するので座る暇もないけど、これなら飲食に専念でき、会話もできる。景色も良いし、
満足です」と笑顔。社は今後、金沢市周辺の海側地域や珠洲市、白山一里野高原、敦賀市の北陸四地域をグランピングの中心地と位置付け、里山里海の魅力を満喫できる
企画を開発していくという。
金沢。演劇や舞台制作を通じて、地域を元気にしようという動きが日本海側の各地に根付きつつある。
使われなくなった施設を活用したり、市民らが公演を定期的に開いたりと、地道な活動を続けている。平日の夜、金沢市大和町の「金沢市民芸術村」では演劇やダンス、
音楽などを練習する市民らのせりふを読む声や管楽器の音色が屋外まで響く。
れんが造りの旧紡績工場倉庫群跡を買い取った市が改修し、市民の文化芸術活動の場として、19年前、1996年に開設した。敷地面積は9・7ヘクタールと広大だ。
市中心部に近いうえ、敷地内に20カ所あるスペースを格安の料金で24時間使える便利さが人気で、活動の拠点にする市内の劇団は10を超す。
加賀。白峰(白山市)で、年末年始に向けて郷土料理「にしん大根」の漬け込み作業が進んでいる。
白峰まちづくり協議会は今年、例年1回の漬け込み作業を3回に分けて実施し、特産品販売施設「菜さい」での販売期間を1カ月延長する。地元客のほか、冬季に白峰を訪れる
観光客にも味わってもらい、食文化を発信する。白峰のにしん大根は糀を使わず、塩だけで漬けるのが特徴。臭みを取るために米ぬかを混ぜた水で戻した身欠きにしんと、
厚さ1・5センチほどに切った大根を、ミルフィーユのように何層にも重ねて漬け込む。
1カ月で食べ頃となる。にしんの風味がうつり程よく塩味の効いた大根はそのまま味わい、にしんは火であぶって食べるとおいしい。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光(えこう)返照(自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること)
人に愛 花に水
People love to water the flowers
師走も13日だ。今月も残りは少なくなった。月日の経つのは、何とも早い。
今朝は曇っている。
午前中、龍馬会の吉田さんが来訪。差し入れは龍馬へ届く年賀はがきに、嘉永6年(1853年)江戸の千葉道場へ修行に行く際、父が龍馬に与えた修行中の心得を書いた手ぬぐい。
話は、ボランティアガイドをされているのか、長土塀の言われ、金沢城の梁など、よもやま話。
江戸の達也君から。どんよりとした空が広がっています。普天間にディズニー建設、安倍内閣は、た綱を緩める気配はない。自民は、税金で選挙運動をしています。
辺野古基金は5億円に達したそうです。陸自303も全国区にできないか?この問題、どなんだけの問題ではないのだが、12/24に判決でます。八重山高が、選抜の21世紀枠に
残っています。毎日の記者に尋ねたら 八重山高は有力だそうです。アルプスのスタンドから「第一行進曲」聴かれるといいですね?、なんて便り。
夕方の散歩は何時ものコ―でスデ、一回り。宇野さんは庭の木々に雪つりをされていたので「ご苦労様」、「宮古島(の仕事は)いかがでしたか」、「暑くて汗ふいていたが、
現地の人は平気やった。荷物は鹿児島からの船便で2日、接着剤などは1週間かかった、年あけたらもう1回いかんならん」と。神社の手前では、枯葉を集めていた谷口の御婆さんに会い
「ご苦労様、しばらくぶりやね、御元気でしたか」、「きのふは妹のいる福井、弟のいる滋賀県へ行ってきました」という。「(弟が植えた)大根あるけどいらんか」と
仰るので「有難うね」とこたえて、深謝して帰路に着く。
きのふの午後は、大小2つの桶に60本の沢庵を漬けたが、けふは差し水をいれた。本来は寒の水だが、しかたがない。
水鳥の往くも帰るも後絶えて されども道は忘れざりけり
萩野浩基
能登はやさし海の底まで小春凪
東京日野市 棚山波朗 明蓮寺(志賀町長沢)
大仏の掌(てのひら)に満つ 秋気かな。
箕面 藤堂
九条を骨抜きにする多数決
妻木義山 小松市
trust me.
I Have a Dream
2015 師走、12月13日(ふ)
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