自衛隊統幕長が米に辺野古移設「約束」 知事就任直後

 2015年、長月、9月3日。石川県内は、曇り。金沢の最高気温は29度。

 朝の散歩は、生ごみ捨てのコースで、バス停の方向へ。

 雨が降りそうだ。おぉ、今朝は先客が来ていて、シートや網はかぶっていたが無造作になっていたので、きちんとしていたところへ、

 コンビニでパートをしているおばさんが来たので「お早うございます」。返事は愛想がなくおざなりだ。道心のかとでは、藤田さんの奥さんが

 玄関の掃除をしていて「お早うございます」。北さんの畑あたりで、チワワの散歩していた土井さんに会い「お早うございます」。

 コンビニの裏からバス通りを渡ってみすぎ公園を一回り。軽4で戻られた清水の婆さんちの養子さんに「お早うございます」。

 在所の中を通り、なかの公園の四つ角へ。時々会う小原さんちの黒の柴犬、今朝は旦那が散歩に連れ出していたが、散歩がいやなのか、道路の

 真ん中で座り込んでストライキ、強引っ張ると動き出すが、また座ってしまう珍しい犬だ。Dr小坂、宇野さんはまだだが、畑のあたりを

 一回りしたら、畑越しの資材置き場の前から「お早うございます」。洋菓子屋のおばさん、ゴミ捨てから戻るのが目に入った。

 西さんちの四つ角を通り過ぎて、角地の手前ではヒルガオがきれいだ。四つ角では、登校の学童やでっかい鞄を手にした中学生らが目に入り、

 お早う」。坂道では、長谷川姉妹に出口さんの娘さんらに会い「お早う」、「(夏休み)北海道、行ってきたの」、「ハイ、札幌や美瑛、

 旭川の動物園なども…」とうれしそうに話してくれた。「気を付けて行ってらっしゃい」。

 バス通りを渡ると寺津用水は、水量が少なかった。崖のあたりに相変わらずアジサイが1輪咲いていた。

 小屋に戻るとヒヨドリがうるさい。裏庭で、を5つ6っつ採った。

   この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に、カフェを3杯分を点てた。

 時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 富山。ベニズワイガニ漁が解禁され、射水市の新湊漁港に初水揚げされた。

 今朝の新湊漁港では、沖合い20〜35キロ、水深800〜1200mの富山湾で取れたベニズワイガニ3000匹余りが初水揚げされ、

 鮮やかな紅色が市場を埋め尽くした。ベニズワイガニは毎年9月1日に漁が解禁され、翌2日に水揚げされるが、今年は、資源保護のために設けられた

 漁の休市日の水曜日がきのふの2日と重なったため、一日遅い水揚げとなった。 県外から観光に訪れた見物客らも見守る中、午後1時から始まった

 初競りでは、競り人の威勢のいい声が響き、仲買人が次々と競り落としていった。ベニズワイガニ漁は、11月から1月にかけてピークを迎え、

 来年5月末まで続く。

 秋の野に咲きたる花を指折(およびをり)かき数ふれば七草の花
         山上憶良 万葉集 8巻1537

 萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 女郎花(をみなへし)また藤袴 朝貌(あさがほ)の花
         山上憶良 万葉集 8巻1538  ※朝貌は桔梗であるというのが定説。

 鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、先月29日で3カ月経った。

 気象庁が出した噴火警戒レベルは5(避難)のままで、仮設住宅などでの島民の避難生活は長期化している。

 5月29日の爆発的噴火を受け、避難したのは86世帯137人。先月上旬には、12キロ離れた屋久島に完成した仮設住宅に27世帯47人が入居し、

 避難所は閉鎖された。町が屋久島に用意した公営住宅などでも22世帯34人が暮らす。ほかの島民は屋久島や本土の親類宅などに身を寄せている。

 気象庁によると、新岳では6月19日を最後に、噴火は起きていないが、火山噴火予知連絡会は今月、「火山活動が活発な状態が続いており、

 今後も5月29日と同程度の噴火が発生する可能性がある」との見解を発表。噴火警戒レベル引き下げの見通しは立っていない。

 屋久島町では、島に残された家畜を島外に連れ出すことも検討しているが、具体的な時期は決まっていない。

 避難生活の長期化に不安を抱えながら、島民たちは新たな暮らしをスタートさせている。

 口永良部島での噴火災害に伴って屋久島への観光客が減っているとして、県内の旅行会社やバス会社などでつくる県旅行業協同組合(74社)が

 10月、「屋久島風評被害打破つあー」を実施する。旅費を割安にする代わり、参加者にはフェイスブックやツイッターなどで屋久島の安全性をアピールしてもらうという。

 組合によると、5月29日の新岳の爆発的噴火後、加盟する複数の旅行会社に屋久島旅行のキャンセルが相次いだ。これを受け、県観光課と

 タッグを組み、国の地方創生交付金を活用して、通常の半額程度のお得なツアーを企画した。

 鹿児島市内を発着する1泊2日で、宿泊費や高速船などの交通費込みで1人2万4800円(税込み)。10月1〜31日、2人以上の申し込みが

 あった日に出発し、白谷雲水峡谷、88mの落差がある「大川の滝」などを巡る。1回のツアーの定員は6人。組合の本田静さんは「屋久島で

 撮った写真や感想を随時フェイスブックなどで発信し、友人から友人へと屋久島の安全性を広げてほしい」。問い合わせは県旅行業協同組合(099・201・9897)。

 爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」

 (http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、

 噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、

 島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。先月2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。

 「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。

 必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が

 島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。

 ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。

 印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、見舞金の申請方法などをまとめ、

 メンバーと協力してニュースに掲載している。

 長野。昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境、3067m)噴火。

 ふもとの木曽町は、登山者の安全対策を強化するため、スマートフォンや携帯電話で登山届を提出できる新たなシステムを導入する。

 新たに導入されるのは、スマートフォンや携帯電話を使って、ネットで登山届を提出するシステム。きのふは、開発した業者の担当者らが

 木曽町役場を訪れ、町の職員に新たなシステムの仕組みを説明した。システムでは、登山者が町の4か所の登山口に掲示される2次元コードを

 スマートフォンや携帯電話で読み取って、専用のページにアクセスし、画面上から名前や連絡先、登山ルートなどを入力して、簡単に町に登山届を

   提出することができる。提出した登山者には、町から一斉に噴火などの緊急の情報を送ることもでき、登山者は、けがをした場合などは

 GPS機能で位置情報を町に伝え、画面から救助を要請できる。木曽町では御嶽山の入山規制の縮小を検討していて、新たなシステムを

 今月中旬にも導入し、万一の再噴火の際の登山者の安全確保につなげたいとしている。

 木曽町観光交流課では、「登山者にいち早く火山情報を伝えられることは大きな利点だ。今後、システムを理解してもらえるよう、広報に力を入れたい」。

   ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 何やっているの?!五輪エンブレムと国立競技場。

 2020年東京五輪・パラリンピックのエンブレムを取り下げた大会組織委員会。各界の著名人が理事に顔を連ねる豪華な布陣だが、

 その責任の所在についてはあいまいな発言が相次ぐ。責任者は誰なのか。内部からも戸惑いの声が上がる。

 きのふの衆議院の文部科学委員会。エンブレム問題の責任の所在があいまいではないかと問われた五輪担当相遠藤利明は「組織委員会、

 審査委員会、デザイナーの三者三様、それぞれの立場で責任があるんだろうと思う」と語った。

 「三者三様」は、使用中止が発表された1日の会見で、大会組織委員会の事務総長武藤敏郎も使った言葉だ。「誰に責任があるかという議論は

 すべきではないし、できないと思う」。元財務事務次官の武藤は「新しいものを作っていくことが我々の責任」とも強調した。

 組織委の会長で元首相の森喜朗は、この会見には姿を見せなかった。使用中止を決めた会議後、「残念な結果になったが」と問われると、

 「何が残念なんだ?」と逆質問。「会見やってるでしょ」とだけ言い残して車に乗り込んだ。

 東京五輪をめぐっては、新国立競技場の整備計画が白紙撤回された際にも、「他人事(ひとごと)」と取られかねない発言があった。

 競技場建設の事業主体は文科省傘下の独立行政法人「日本スポーツ振興センター」(JSC)で、組織委ではないが、森はJSCの諮問機関である

 有識者会議のメンバー。建設計画について文科相下村博文や安倍晋三と協議を重ねるなど深くかかわってきた。

 6月に下村から当初計画の説明を受けた森は「よくまとめられた」と語っていたが、計画見直しが決まるとこう言った。「僕は元々、あの

 スタジアムは嫌だった。(外観が)生ガキみたいだ」。安倍も「民主党政権時代に国際コンペで(デザインを)決めた。我々は引き継いで、

 その方向で進めていくしかなかった」と述べ、12年に当初案を決めた民主政権を批判した。

 大会組織委はどんな組織なのか。大会の準備や競技運営などを目的に、14年1月に東京都と日本オリンピック委員会(JOC)が

 1億5千万円ずつを拠出し、財団法人として発足した。スポンサー料などが運営費にあてられ、職員は都や民間企業から出向している400人。

 企画や広報、会場整備など10の局があり、エンブレムはマーケティング局が担当する。

 その上に政官財やスポーツ、芸術の各分野から選ばれた35人の理事がいる。トヨタ自動車の社長豊田章男や作詞家の秋元康、五輪金メダリストの

 室伏広治らで、理事会で大会の基本計画などを承認してきた。エンブレムの取り下げは、武藤ら組織委がデザイナーの佐野研二郎や審査委員と

 協議して決定。森や都知事の舛添、遠藤ら関係機関のトップ6人で作る「調整会議」で了承された。

 ただ、決定過程に内部では困惑の声も上がる。

 理事(日本バレーボール協会強化事業本部長)荒木田裕子は使用中止を報道で知ったという。「色々なことがクローズで決まっている。

 今の組織委には一体感がない。理事としてどう関わったらいいのか。もう一度、チームになってやらないと大会を盛り上げることはできない」

 公式エンブレムの撤回から一夜明けたきのふ2日、大会組織委員会は公式ホームページに掲出されたエンブレムを、招致段階で使用した「桜」のリースを

 モチーフにしたロゴに切り替えるなど対応に追われた。新たなものが決まるまでの暫定措置だが、切り替わった途端に組織委のフェイスブックに

 「なぜ、これではだめなのか」などと書き込まれ、ネット上を中心に復活の待望論が起こっている。

 組織委の副事務総長布村幸彦は「招致段階のエンブレムは無償で多く配布されている。有償で(権利ビジネスの)ライセンス展開するのは難しい」と説明した。

 ライセンス展開の一例がスポンサーへの特権。開催決定後、組織委は国内最上位のスポンサー「ゴールドパートナー」で1社あたり150億円の契約を結んでいる。

 巨費の見返りで、エンブレムの独占使用を認めているため、新たに作成しなければならないわけだ。国際オリンピック委員会(IOC)の規定では

 招致段階のエンブレムは採用できないという。このデザインは2011年11月に発表された。日本オリンピック委員会(JOC)が公募して

 寄せられた38点から当時、女子美大生だった島峰藍さんの作品が選ばれた。審査委員は3人だった。桜のリースをかたどったデザインで

 五輪マークの5色に東京ゆかりの江戸紫を用いた。「シンプルで日本らしい」と好評だった。

 ♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

 さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ

 橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ

 楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ

 五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
        明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助

 2020年東京五輪・パラリンピックの公式エンブレム撤回で、東京都の出費が焦点の一つになっている。

 契約額が4652万円余に上る広報活動用のエンブレム入り物品に加え、7月24日に都庁前の都民広場(新宿区)で開かれたエンブレム発表会の

 開催費用として最大で7000万円の支出を迫られる可能性がある。公金の支出を巡り、新たな議論を呼びそうだ。

 都によると、発表会会場の設営や出演者のギャラについて「都内での大会機運を盛り上げる」といった目的から、7000万円を上限に

 都が負担する協定を大会組織委員会と結んだ。今年度予算に同額を計上している。

 組織委は「精算が終わっていない」として都への請求をしていないが、エンブレム撤回で組織委への批判が強まる中、発表会に都税を投入すると

 批判の矛先が都にも向かいかねない。知事舛添は、きのふ「まだ組織委とよく話をしていないので、これから詰める」と述べた。

 東京都の知事舛添は、広報活動用に製作したエンブレム入り物品のうち、紙袋など実用性のある物は使用を継続する方針を明らかにした。

 業者に支払った費用の賠償請求が法的に困難とみて「税金の無駄遣い」との批判をかわそうとする姿勢をにじませた。

 都は都庁各部署や市区町村に通知を出し、ポスターなどのように「エンブレムの普及」が目的でない物品の使用継続を求めた。

 「使えるじゃない。書類を入れたりして次のエンブレムができる頃にごみにすれば十分目的は達している」。知事は都庁でエンブレム入り紙袋を手に強調した。

 エンブレム入り名刺も、招致段階のロゴ入り名刺とともに使い続けるよう職員に指示する考えを示した。

 1日現在でエンブレム入り物品の契約額は4652万円余。うち知事の会見で使われるバックパネル(4万2012円)とポスター100枚(29万7000円)は

 支払い済み。既に納品されたポスター2万枚、のぼり旗540枚、紙袋4000枚、空港に設置した掲示物16枚の計277万円も支払いは不可避の状況。

 バックパネルは1回使っただけで「お蔵入り」となり、知事は「売れないかな」と口にした。

 都は、その他の物品について製造中止を業者に要請し、製作に取りかかっていない物は契約解除に向けた交渉を検討するという。

 知事は1日、「かかった費用は請求できるのか、できるとすれば誰に請求できるのか」と述べたが、2日には「なかなか法的に難しい」と語った。

 スポンサー企業と違い、都は開催都市として大会組織委員会から無償でエンブレムの使用許諾を受けている。不法行為による賠償請求は

 「加害者」の故意か過失の立証が必要だが、今回はエンブレム制作者が「盗用」を否定し、知事も立証は困難とみているようだ。

 エンブレムが白紙撤回された問題で、組織委員会は、新しいエンブレムを決定する過程で、情報開示をした場合、国際商標登録などに

 支障が出る危険もあることから、新たな選考方法は、透明性の確保とのバランスを配慮しながら慎重に決める。

 今回のエンブレムの決定にあたっては、去年9月の募集開始から発表までの10か月間で公開された情報は、応募資格や審査日程など公募の概要だけで、

 11月に行われた審査委員会は、すべて非公開だった。組織委員会では、こうした方法が閉鎖的だと指摘されたことを受けて、新たなエンブレムの

 決定にあたっては、できるだけ情報を開示するオープンな選考方法を採用したいという。しかし、エンブレムは最終的には国際商標登録が必要で、

 選考の途中で応募されたデザインを公開した場合、第三者に先に商標登録申請されてしまう危険性があるという。

 このため、組織委員会では、新たな選考方法については、透明性確保とのバランスを配慮しながら慎重に決める。

 ♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ

 白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ

 白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
     昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 米軍普天間飛行場の移設に伴う新基地建設計画に反対する市民らは、今朝から名護市辺野古のキャンプ・シュワブ前で抗議の座り込みを続けた。

 この日は「島ぐるみ会議」のバスで、うるま市から61人が駆け付けた。集会でマイクを握った伊波義安さんは「もともと一体であるキャンプ・シュワブと

 ハンセンに新基地を合わせると、アジア最大で最新の軍事拠点ができてしまう」と警鐘を鳴らした。

 ゲート前で始まった専門家らによる「辺野古総合大学」では、座り込みに加わるミュージシャンの磯ひとしさんのコンサートがあり、

 人々を勇気付ける歌声とギターの音色に盛り上がった。県による辺野古沖の潜水調査はこの日は行われていない。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設計画に関連し、昨年12月17〜18日に訪米した自衛隊トップの統合幕僚長河野(かわの)克俊が

 米海兵隊の総司令官ダンフォードに対して「普天間移設反対派の知事が就任したが、辺野古への移設問題は政治レベルの議論であるので

 方針に変更はないとの認識である。安倍政権は強力に推進するであろう」と述べ、米側に日本の辺野古移設推進堅持の方針を伝えていたことが明らかになった。

 新基地建設反対を訴え当選した知事翁長が昨年12月10日に就任してから、わずか数日後に自衛隊トップが辺野古移設を米側に「約束」していた格好で、

 今後の議論を呼びそうだ。統幕長河野の会談内容を記した統合幕僚監部の機密資料を共産党が入手した。資料は「取扱厳重注意」とした上で

 「統幕長訪米時のおける会談の結果概要について」との件名で、2014年12月24日に作成されている。

 統幕長が訪米し、ダンフォードのほか、国防副長官ワーク、陸軍参謀総長オディエルノ、空軍副参謀総長スペンサー、海軍作戦部長グリナート、

 海軍作戦部幕僚部長スイフト、統合参謀本部議長デンプシーらと相次いで会談した際の会議録が記されている。

 統幕長河野はダンフォードとの会談で「沖縄県知事選時にはリバティーポリシー(行動指針、米軍の夜間外出・飲酒規制)の実施、

 地域情勢に配慮していただき感謝する」などとも述べ、米側に選挙時の対応を感謝するなど、選挙への介入とも受け止められかねない発言もしている。

 ダンフォードは「このような問題には忍耐力が必要であり状況が好転するまで待つことも必要である」と述べた上で、移設計画の推進を求める考えを示した。

 ワークとの会談で、統幕長は「オスプレイに関しての不安全性をあおるのは一部の活動家だけである」と述べ、米海兵隊の垂直離着陸機オスプレイの

 配備反対の声が「一部」と矮小化して伝えていたことも明らかになった。

 名護市長稲嶺進と宜野湾市長佐喜真淳が、きのふ相次いで県庁に知事翁長を訪ね、米軍普天間飛行場の辺野古移設計画をめぐり県と政府が行っている

 集中協議で自らの発言機会を設けるよう協力を要請した。知事翁長は両市長との会談後「両方の意見を直接伝える機会があればいいことだ」と述べ、

 両市長を集中協議に参加させるよう政府に打診していることを明らかにした。次回で最終回を迎える集中協議は7日に首相官邸で行う方向で調整している。

 稲嶺は「名護市は多大な基地負担を強いられている。新たな基地負担はあまりに理不尽だ」と強調した。その上で「辺野古新基地建設の中止・撤回に向け、

 名護市民と県民の思いを踏まえた方策を展開してほしい」と求めた。佐喜真は「返還合意の原点は街の真ん中にあり、人命を損なう懸念が

 強い普天間飛行場の早期の危険性除去だった」と強調した。普天間問題について「返還合意から19年、これ以上次の世代に引きずってはならず、

 さらに踏み込んだ取り組みが必要だ」と述べ、普天間の早期閉鎖・返還、危険性除去を求めた。

 ♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

 雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春  好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる  あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

 山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春  兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
         1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは

 今さら言うまでもない。

 きのふ2日の参院特別委員会で、陸海空自衛隊の一体運用を担う統合幕僚監部(統幕)の統幕長河野克俊が昨年末の訪米時、

 安全保障関連法案について、今年夏までに成立する見通しだと米軍首脳に伝えていたとする資料を共産党の仁比聡平が提示した。

 防衛相中谷は「いかなるものか承知していない」と内部文書であるかどうかの確認を避けた。

 仁比によると、資料は統幕が作成。河野が昨年12月17、18両日の訪米で、統合参謀本部議長デンプシーら米軍・国防総省幹部7人と会談した

 内容を記載している。当時は法案の作成に向けた自民、公明両党の与党協議が始まっていない段階だった。

 河野は12月17日の陸軍参謀総長(当時)オディエルノとの会談で、集団的自衛権の行使容認を柱とする安保法案の見通しを問われ、

 直前の14日に投開票された衆院選に触れ「与党の勝利により、来年夏までには終了すると考えている」と答えた。

 河野は一連の会談で、米軍普天間飛行場(宜野湾)に配備されている垂直離着陸機オスプレイに関し「不安全性をあおるのは一部の活動家だけだ」と説明した。

 普天間移設に伴い名護市辺野古沖に建設する方針の新基地については「(米軍と自衛隊の)共同使用が実現すれば、協力が一層深化し、

 住民感情も好転するのではないか」と述べた。中谷は今国会で「恒常的な共同使用は考えていない」と説明している。

 共産党の副委員長小池晃は委員会後の会見で「戦前の軍部と一緒で自衛隊が暴走していることが裏付けられた」と述べた。

 共産党は仁比が示した資料とは別に、法案の成立を前提として、新たな部隊運用などに関する資料を自衛隊が作成していたことも追及。

 中谷は資料は自衛隊が作成したものだと認めている。

 自民、公明両党は、きのふ参院で審議中の安全保障関連法案を14日の週内に採決し、成立させる方針を固め、調整を始めた。

 現時点では、参院の議決がなくても衆院の再議決で法案を成立させる「60日ルール」は使わない方針で、あくまで参院で採決する考えだ。

 自民の幹事長谷垣禎一や公明の幹事長井上義久ら与党幹部が、きのふ都内で会談し、採決日程について協議。16日に参院特別委員会で、

 17日に参院本会議でそれぞれ採決する日程を軸に調整していくことで一致した。参院に法案が送られてから60日間議決されなければ、

 衆院で再議決できる「60日ルール」の適用が14日から可能になるが、これは適用しない方針だ。

 谷垣は、きのふ首相安倍とも会談。谷垣は会談後、「(衆院での再議決ではなく)参院で結論を出していただく。採決が(27日の国会会期末)

 ぎりぎりになるとおかしくなる」と述べ、採決を会期の最終週となる21日の週には持ち越さない考えを示した。

 一方、法案に反対する民主など主要な野党は、法案の今国会での成立に強く反対している。衆院と同様に与党が採決を強行する可能性もある。

 維新の党の代表松野頼久は、けふ3日の会見で、与党が安全保障関連法案の修正に応じないまま成立を図る場合の対応に関し、内閣不信任決議案を

 提出する意向を表明した。「違憲の可能性が極めて高い法案を参院でも強行して成立させるようなことがあれば、不信任に値する」と述べた。

 週内に開く予定の野党5党の党首会談で、不信任案をめぐり協議したいとの考えも示した。

 大阪市長橋下徹に近い維新の国対委員長馬場伸幸は不信任案提出に消極的だが、松野は「(提出なら)党議拘束は当然掛かる」との考えだ。

 自民党総裁選、安倍側近は投票資格のある所属国会議員402人のうち、7割を占める全7派閥から支持を取り付けた。

 続投は確実視されているが、安倍がねらうのは無投票再選だ。安保関連法案をめぐり、参院の議決がなくても衆院の再議決で法案成立が可能となる

 「60日ルール」は、今月14日から適用される。政権与党は早ければ直前の11日にも採決に持ち込みたい考えだ。

 総裁選が選挙戦となれば、党員への全国遊説などで安倍は国会を留守にしなければならなくなる。それを避けるには告示日の8日に再選を決めてしまうことが大前提となる。

 無投票かどうかのカギを握るのが、元総務会長の野田だ。このほど、都内で開いた自らの政治資金パーティーには、地方創生相石破ら30人超の国会議員が姿を見せた。

 野田は、総裁選について「この先の3年、首相安倍に託すのかをみていく絶好の機会が訪れた。しかし、本来ならば自由闊達な議論をするはずの先輩方が、

 残念ながら手をあげるに至っていない。ありとあらゆる議論ができる場を提供することが必要だ」と指摘。その上で、論語の一節を引いて

 「義を見てせざるは勇なきなり(正義と知りながらそれをしないのは勇気がないのと同じ)」と語り、自らの立候補に意欲を見せた。

 野田にとって最大のハードルは、立候補に必要な推薦人20人を集めることだ。関係者によると、野田は近い議員に支援を働きかけ続けている。

 党の総裁選選管からは立候補に関する資料も取り寄せた。ある派閥領袖は「派閥が支持を決めても、野田に議員を一本釣りされる恐れはある。

 まだ、総裁選になるかもしれない」と話す。

 安倍の出身派閥、細田派も野田の動向を気にしてか、この日の野田のパーティーに所属議員らを参加させた。何人の議員が集まったのか、

 確認するためとみられる。野田は首相側からの引き留め工作をかわすため、告示日のギリギリまで水面下で推薦人集めを続ける考えだ。

 全派閥が安倍再選支持を表明しているという自民党内の「一強多弱」の下、他の立候補者はおらず、8日の告示日に無投票当選が確定する公算が大きい。

 「しかし」とベテラン政治記者が言う。「どうも安倍の気力がなえている。週刊誌や日刊ゲンダイが書き立てた健康悪化説もさることながら、

 むしろ精神面が危なくて、とりわけ戦後70年談話の後では魂が抜けているんじゃないかと思わせる場面もある。安保法制を参院で強行採決したら、

 それと引き換えに再度政権を投げ出すこともないとは言えない」と。

 確かに、安保法制論議はやればやるほどボロが出て、全国各地の反対デモはかつてなく盛り上がっている。これで強行採決に出れば、

 国会周辺は先日の12万人を上回るデモに取り囲まれるだろうなんて見方も出ている。

 ところで、維新の党(衆院40人、参院11人)から、大阪市長橋下徹が結成予定の新党に参加する意向の議員が少なくとも18人(衆院14人、参院4人)にのぼる。

 維新に残るとしている議員は22人(衆院16人、参院6人)で、このほか11人(衆院10人、参院1人)が態度を明確にしていない。

 橋下は10月1日に新党結成を正式に発表するとしており、両勢力による「中間派」への多数派工作が活発化しそうだ。

 新党の勢力は、国会対策委員長馬場伸幸ら大阪を地盤とする議員12人(衆院11人、参院1人)のほか、九州など他地域や比例選出の議員にも広がっている。

 安倍内閣と連携し、政策実現を目指すべきだとの立場の議員が多い。維新の参院会長片山虎之助はきのふの会見で、「橋下が新しい壮大な

 実験をやりたいというなら、参加するつもりだ」と述べ、新党参加を表明した。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 中国。中国政府はけふ3日、天安門広場で軍事パレードを含む「抗日戦争勝利七十年」の記念行事を開催した。

 軍事パレードにはロシアなど友好国を中心に50カ国以上の首脳、政府代表らも出席。歴史的式典を前に、当局はテロなど不測の事態を抑え込もうと厳戒態勢を敷いた。

 軍事パレードには兵士1万2千人が参加。5百以上の装備と過去最高の航空機2百機が登場、兵器の84%が初公開だとしている。

 50の隊列で構成されたパレードには30か国の首脳級が出席し、抗日戦争を戦った老兵士の隊列も加わった。このうちロシアの大統領プーチンが

 天安門の観閲台で、主席習の右隣に立ち、さらにその右隣に韓国の大統領パク・クネ(朴槿恵)が立ち並んだ。

 パレードには元国家主席江沢民(89)ら共産党の長老も出席した。たびたび健康不安がささやかれる江だが、天安門楼上に登壇し、

 国家主席習近平の左隣に並んだ。江を巡っては習との権力闘争の噂も絶えない。席に着いた江はサングラスをかけ、習の演説に聞き入った。

 江のほか、前国家主席胡錦濤や元首相李鵬、前首相温家宝らも出席した。記念行事とパレードは午前10時(日本時間11時)にスタート。

 開始前、国家主席習近平と彭麗媛夫人が各国首脳らとの記念撮影に臨んだ。記念行事は礼砲を合図に始まり、国旗掲揚、習の演説、軍事パレードと続いた。

 国家主席習近平は、記念式典で、「中国は一貫して平和的な発展の道を歩み続ける。中国は永遠に覇権を唱えず、永遠に拡張路線を取らず、

 みずからの悲惨な経験をほかの民族に押しつけることも永遠にしない」。そのうえで、230万人とみられている兵力について、「中国は将来、

 兵力を30万人削減する」と宣言した。

 当日は北京空港を午前9時半から3時間閉鎖して民間機の飛行を制限。パレードが通る長安街沿いの地下鉄も運行を停止した。

 沿道に面した建物の住民には「窓を閉め外を見てはならない」との通達が出された。

 一方で抗日戦争勝利を祝う一大イベントだけに、当局は祝賀ムードを盛り上げるのに躍起だ。習指導部は8月に抗日戦争に参加した兵士に

 5千元(9万3千円)の功労金を支払ったほか、抗日戦争の参加者らを中心に特赦も実施した。

 これより先、国家主席習近平(シーチンピン)はきのふ2日、北京の人民大会堂で八路軍(中国共産党軍)の軍人として「抗日戦争」に参加した

 小林寛澄さん(96)ら老兵30人に「記念章」を授与した。けふ3日の「抗日戦争勝利70年」を前に、外国籍の老兵の貢献をも強調することで、

 中国の歴史観への国際社会の支持を取り付ける狙いだ。

 外国からはほかに、ロシアや米国など10人の老兵らが出席。中国側は習をはじめ、政治局常務委員の7人が全員そろい、重視する姿勢を見せつけた。

 習は老兵らを前に「日本軍の侵略者が中国の大地を蹂躙した日から、中国人民の侵略者に対する偉大な闘争が始まった。中国の『抗日戦争』に

 身を投じた者はすべて英雄だ」と強調した。習は一人一人の首に記念メダルをかけてねぎらった。

 日本八路軍・新四軍老戦士会会長の小林さんは群馬県出身の元僧侶。日本兵だった1941年(昭和16年)6月、山東省で八路軍に捕らえられた。

 自殺を図ったが、命を救われたことがきっかけで八路軍に移った。小林さんは「大変光栄で感動している」と語った。

 ♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨

 流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼

 出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
     昭和44年 港町ブルース  作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章

 イエメン。首都サヌアでモスクを狙った2件の自爆テロがあり、少なくとも28人が死亡、数十人が負傷した。

 反政府組織「フーシ」が統括する国営サバ通信が2日に伝えた。この事件について、過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が

 犯行を認める声明をソーシャルメディアに掲載した。イエメン国防省によると、サヌア北部のフーシ系住民が多数を占める地域でモスクを狙った自爆テロが発生。

 負傷者を助けようと市民らが駆けつけたところで2度目の爆発が起きた。サヌアでモスクが攻撃されたのは、過去2カ月でこれが5度目。

 いずれもフーシ寄りのモスクが狙われた。イエメンでは長年北部を支配してきたフーシが勢力を拡大。今年に入りサヌアでも実権を握った。

 大統領ハディは1月に辞任を表明して一時出国したものの、後に帰国して正当な大統領は自分だと訴えている。サウジアラビア政府などは

 ハディを支持しており、3月には有志連合の先頭に立ってフーシを狙った空爆を開始した。

 停戦に向けた交渉は断続的に行われているが、これまでのところ合意には至っていない。フーシはハディ支持派の攻勢で徐々に支配地域が縮小しつある。

 北の大地。札幌市北区の北海道大構内で大麻草を栽培したとして、札幌・北署は、きのふ大麻取締法違反(栽培)の疑いで、札幌市北区の

 飲食店従業員小野寺晋(48)を再逮捕した。「子供のころから構内で遊び、土地勘があった。人目に付きにくい場所を選び、自分用に育てていた」と

 容疑を認めているという。再逮捕容疑は5月上旬ごろから8月23日の間、構内の観光名所「平成ポプラ並木」近くの雑木林で大麻草126本を栽培した疑い。

 7月に大学が通報して捜査が始まった。先月23日に現場で大麻草一片を手にしていた小野寺を発見し、所持容疑で現行犯逮捕していた。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 青森。電源開発(Jパワー)が、大間町に建設中の大間原発について、これまで2021年度ごろとしていた運転開始の目標時期を1年程度先送りすることが、分かった。

 原子力規制委員会の審査に時間がかかっており、見直しを迫られた。明日4日にも県や町に報告する。大間原発の対岸の北海道函館市にも説明する方向で調整中という。

 Jパワーは昨年12月、稼働の前提となる新規制基準への適合性審査を規制委に申請。1年間での審査終了を見込み、今年11月にも本格的な

 安全対策工事を始めるとしていた。

 長崎。対馬市と山口県下関市の沖合でイカ釣り漁船6隻が転覆し、4人が死亡した事故で、第7管区海上保安本部(北九州)は、けふ行方不明となっている2人の捜索を続けた。

 対馬市沖では、巡視船2隻を追加投入し、6隻と航空機1機で、対馬市の美津島町漁協に所属する第8金比羅丸の乗員小島準市さん(36)を捜した。

 美津島町漁協や近隣漁協から漁船数十隻も活動に加わった。一方、犠牲者4人が乗っていた第5住吉丸、第3海漁丸、第8金比羅丸は、僚船などに

 えい航されて今朝、港に帰った。対馬市美津島町の港では、油が漏れないようにフェンスを張った岸壁付近で、海上保安庁や漁協関係者らが転覆したままの

 第8金比羅丸をひっくり返す作業を進めた。午後、対馬市美津島町の漁港にえい航してきた「第8金比羅丸」の船内から1人の遺体が見つかった。

 この漁船には、行方不明となっている小島準市さん(36)が乗っていたということで、海上保安本部では、遺体が小島さんの可能性もあるとみて確認を急いでいる。

 豊玉町では亡くなった築城初朗さん(69)、扇豊さん(53)の合同葬が営まれ、多くの親族や友人らが弔問に訪れた。

 築城さんの親族の高比良俊作さん(46)は「家から船に歩く間にも地域の人に声を掛けるなど、とにかく明るい人だった。まだ信じられない」と声を落とした。

 豊玉町では、中田功さん(61)の葬儀も午後1時から営まれた。

 「あれは竜巻やった−」、対馬市沖で1日に転覆した恵比須丸(上対馬町漁協所属)の船長で、僚船に救助された糸瀬一能(かずよし)さん(60)は

 事故当時の様子を証言した。予想以上の突風を受けたとし「転覆まで一瞬だった。2時間近く、救命胴衣だけで海に浮いていた」と振り返った。

 糸瀬さんは31日夕、1人で漁に出た。波も風も穏やかだったが、日付が変わると雨風が強くなった。「これはいかんな」、港へ帰ろうとして

 10分ほどたったころ、突然、右舷側から強い横風にあおられた。「今まで経験したことがない風だった」。竜巻らしき突風にあらがい、

 何度も船首を風上に向けようとしたが、かじが利かない。船はあっという間にかしぎ、船内は水浸しに。慌てて操舵室の扉を開け、室外へ脱出した。

 無線で助けを求めようとしても、アンテナが故障していて使えない。制御不能となった船をあきらめ、意を決して海へ飛び込んだ。

 暗闇の中、波間をさまよい続ける。長靴を脱ぎ捨て、救命胴衣だけが頼りだった。2時間。体温の低下を感じた。

 助けてくれたのは漁師仲間だった。投げてもらったロープをつかんだ時、生きた心地に戻った。運輸安全委員会門司事務所(北九州市)は、

 当時の波のうねりや風の影響を調査している。同じように転覆したとみられる4隻について、糸瀬さんは「予想外の風にやられたんじゃないか」とみる。

 海の仲間が4人も犠牲となったことに「悲しいことです。自分は運が良かっただけ」と言葉を詰まらせた。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
       昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 浪速大阪。大阪府と大阪市、堺市の首長と議員の30人でつくる「大阪戦略調整会議」(大阪会議)の設置条例の改正案が、きのふ府議会本会議で、

 自民など大阪維新の会以外の賛成多数により、いったん可決した。しかし、知事(大阪維新の会幹事長)松井が再議(議論のやり直し)を求め、

 再び採決をした結果、廃案になった。11月の府知事、大阪市長ダブル選挙に向け、対立は深まるばかりだ。

 大阪会議の議決は3自治体ごとに委員の過半数の賛成が必要だが、自民が提出した改正案は、議題の選定や協議順位などを全体の過半数で決めるよう

 「例外」を設けるもの。大阪維新府議が務める大阪会議会長の権限を縛る狙いがある。

 改正案は自民、公明、共産、民主の4会派の賛成多数でいったん可決した。だが松井が、全体の過半数での決定は「事務執行を進める上で、

 支障が生じる」と指摘し、再議に付した。知事として取り組むべき行政課題が、他の2自治体の委員の意向で取り扱われない恐れがあるからとする理由だ。

 再可決には出席議員88人の3分の2(59人)の賛成が必要だが、大阪維新以外の4会派45人の賛成にとどまり、廃案となった。

 ♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車

 涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車

 遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
        昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩

 安全保障関連法案について、元最高裁長官山口繁(82)が1日、新聞朝日に、「少なくとも集団的自衛権の行使を認める立法は違憲だと

 言わざるを得ない」と述べた。安倍内閣が従来の憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定について、「(解釈変更に)

 論理的整合性があるというのなら、(政府は)これまでの見解が間違いだったと言うべきだ」と語った。

 「憲法の番人」である最高裁の元トップが安保法案を「違憲」とする見解を示したのは初めて。歴代の元内閣法制局長官や憲法学者の多くが

 「違憲」と指摘するなか、法案の正当性に改めて疑問が突きつけられた。

 山口は、安保法案を「違憲」と考える理由について「集団的自衛権の行使は憲法9条の下では許されないとする政府見解の下で、予算編成や

 立法がなされ、国民の大多数がそれを支持してきた」と指摘。「従来の解釈が憲法9条の規範として骨肉化しており、それを変えるのなら、

 憲法改正し国民にアピールするのが正攻法だ」とも述べた。

 首相安倍らは、米軍駐留の合憲性を争った1959年の砂川事件最高裁判決が、法案の合憲性の根拠になると主張する。これに対し山口は

 「当時の最高裁が集団的自衛権を意識していたとは到底考えられないし、(憲法で)集団的自衛権や個別的自衛権の行使が認められるかを

 判断する必要もなかった」と否定的な見方を示した。

 安倍の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は昨年5月、安保環境の変化などを理由に憲法解釈の変更で

 「限定的な集団的自衛権行使」の容認を求める報告書をまとめた。内閣はこれを踏まえ、7月1日に解釈変更を閣議決定。

 山口は、こうした考え方について「法治主義とは何か、立憲主義とは何かをわきまえていない。憲法9条の抑制機能をどう考えているのか」と批判する。

 ≪元最高裁長官 山口繁(82)≫ 1932年11月、神戸市生まれ。京大卒。55年に司法修習生になり、東京高裁部総括判事、

 司法研修所長、福岡高裁長官などを歴任。第2次橋本内閣の97年10月から、第1次小泉内閣の2002年11月まで最高裁長官を務めた。

 長官在任中は、裁判員制度や法科大学院の導入などを柱とする司法制度改革に対応した。著書に「新井白石と裁判」。

 ≪砂川事件最高裁判決≫ 1957年7月に東京都砂川町(現立川市)の米軍基地拡張に反対した学生ら7人が基地に立ち入ったとして、

 刑事特別法違反の罪で起訴された。東京地裁は59年3月、米軍駐留は憲法9条違反として全員無罪としたため、検察側が二審ではなく最高裁に跳躍上告。

 最高裁大法廷は59年12月、@憲法9条は自衛権を否定しておらず、他国に安全保障を求めることを禁じていないA外国の軍隊は、憲法9条2項が

 禁じる戦力にあたらないB安保条約は高度の政治性を持ち、「一見極めて明白に違憲無効」とはいえず、司法審査になじまないと判断して

 一審判決を破棄し、東京地裁に差し戻した。

 ♪蚊帳の中から花を見る 咲いて儚い 翠芙蓉  若い日の美しい 私を抱いて欲しかった 忍び会う恋 風の盆

 私あなたの腕の中 はねてはじけて 鮎になる この命欲しいなら いつでも死んでみせますわ 夜に泣いてる三味の音

 生きて添えない二人なら 旅に出ましょ まぼろしの 遅すぎた恋だから 命をかけて覆す おわら恋歌 道連れに
     1989年 風の盆恋歌 作詞:なかにし礼 作曲:三木たかし

 富山。越中八尾の坂の町は、三日三晩踊り明かす「風の盆」最終日だ。

 ♪越中で立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ…

 編みがさを目深にかぶった法被や浴衣姿の男女が、哀愁を帯びた胡弓や民謡の歌声に合わせ、街を優雅に練り歩いた。夜は、

 路上で踊り手が輪になって踊る輪踊りも披露された。特に諏訪町は胡弓や踊りと酔芙蓉が似合う街だ。

 人口一万人足らずの町、今年は新幹線ブームで、例年の20万人を超えただろうと想像する。

 先月28日に北アルプス剱岳に向かった男女2人が行方不明となり、富山県警は1日に見つかった男の遺体の身元確認を進めるとともに、

 捜索を続けている。行方が分からなくなっているのは、東京都品川区の新里仁さん(40)と埼玉県川口市の高橋恭子さん(43)。

 2人は先月28日に剱岳の八ツ峰六峰に岩登りに向かったが、下山予定を過ぎても帰宅せず、先月31日、家族が警察に届け出た。

   一昨日の夕方、富山県警のヘリコプターが標高1750mの沢の合流地点付近で、男の遺体を見つけた。警察は、遺体の身元を新里さんとみているが、

 衣服がすべてはがれ、顔などが激しく損傷しているため、DNA型鑑定をして身元を確認することにしている。

 売薬や市内電車など身近な富山の歴史を、若い世代に伝えようと、富山近代史研究会の公開シンポジウム「富山の近現代史」が、新総曲輪の

 県民会館で開かれ、50人が参加した。戦後70年を過ぎ、地元の歴史を知り、未来につなげようと企画。会の藤谷寿美夫さんが

 「越中民権と第1回総選挙」、尾島志保さんが「売薬と電力事業」、丸山格司さんが「市内電車が走る」、武野有希子さんが「イタイイタイ病」のテーマで、

 それぞれ研究成果を発表した。そのうち武野さんは、イ病の学習の現状について、小学5年の社会科の教科書に記載されているが、内容は

 発生場所や原因物質、症状などにとどまり、裁判での原告側勝訴までの歴史や、それ以降の地元の努力などについては記載がなく、知られていないと指摘。

 また、患者救済に尽力した故萩野昇医師らの研究で1960年にカドミウムが原因と判明し、当時の県が対策委員会を設置したものの、

 鉱毒説を唱える学者がメンバーに入れなかったことや、萩野医師や支援者が「売名行為」、「お金目当て」などといわれのない批判を浴びたことも紹介した。

 さらに訴訟前後、当時の県知事が産業発展の妨げになることを危惧し、「イ病は公害にかかわる疾患であり、公害病ではない」との見解を示したことなども紹介し、

 「安全や人権よりも経済が優先される風潮がなくならない限り、イ病と同じ構造の公害が再発する危険がある」と、負の遺産から伝えるべきことの重要性を訴えた。

 シンポジウムは来年度も開催予定で、会長の竹島慎二さんは「このテーマをなぜ後世に伝えるべきなのか、考えるきっかけにしてほしい」と話している。

 福井。敦賀市の秋を彩る敦賀まつりが、きのふ曙町の気比神宮一帯で始まった。

 山車の舞台で着物姿の子どもたちが踊りを奉納する「宵山巡行」があり、観客からは大きな拍手や歓声が上がった。宵山巡行は神宮例大祭の

 前夜祭の行事。午後3時半過ぎ、山車が白い法被姿の子どもらに引かれ、神楽町一丁目商店街を出発。太鼓や三味線の雅な音色を響かせながらゆっくり進み、

 一丁目と二丁目の各商店の前で踊り子たちが華やかな日本舞踊を披露した。大鳥居前で扇子を使ってしなやかに舞った敦賀北小六年の伊藤妃那(ひな)さんは

 「緊張せずに楽しく踊れた」、同小六年の山際夕稀さんも「うまく踊れて良かった」と笑顔だった。

 能登。きのふの午後4時半ごろ、津幡町潟端の交差点で、乗用車どうしが出合い頭に衝突し、このうち1台が横転した。

 この事故で、横転した車を運転していた津幡町の38歳の女性と、その子どもの8歳の男の子と6歳の女の子が顔を打つなどして病院に運ばれた。

 また、もう1台の車を運転していた金沢市の40代の男も病院に運ばれたが、4人ともけがの程度は軽く命に別状はないという。

 事故があったのは信号機のある見通しのいい交差点で、警察では、双方の車のドライバーから事情を聴くなどして事故の原因を調べている。

 金沢。県内の60歳代の男が先月、マダニに噛まれウイルス性の感染症重症熱性血小板減少症候群=SFTSに感染し、死亡した。

 県内では初めての感染となり、県が注意を呼びかけている。SFTSに感染したのは、県内の60歳代の男で、先月、マダニに噛まれていることに気付き、

 発熱や関節の痛みが出たことから医療機関を受診し、その後、国立感染症研究所で検査を行った結果、きのふ、SFTSに感染していることがわかった。

 男は山や畑に出かけていた際にマダニに噛まれたものと見られ、経過観察中だったが、けふ死亡した。SFTSは野生のマダニが媒介するウイルス性の

 感染症で、県内では初めての感染例だ。2011年からの統計では全国19の府県で151例の感染が報告され、このうち41人が死亡している。

 ヒトからヒトへの感染はないが、9月に発生のピークを迎えるため、県では森林などに入る際には十分注意するよう呼びかけている。

 2カ月ぶりに解禁された底引き網漁でとれた新鮮な魚が、きのふ市場やスーパーに並んだ。

 「とれたての甘エビあるよ」、「安いよ、試食してってよ」。あちこちで威勢の良い声が飛び交う金沢市の近江町市場。店頭には「底引き網解禁!」という

 貼り紙が掲げられ、甘エビやメギス、ハタハタ、ササガレイなどの鮮魚がずらりと並んだ。

 メルボルンから観光に来たという女性(65)は「たくさん並んでいるね。魚が光り輝いていて、新鮮そう」と熱心に写真を撮っていた。

 東京から来た主婦(55)は「たまたま来たら解禁日でうれしい。すごく安くて、お土産用にたくさん買っちゃった」と甘エビを買い込んでいた。

 県漁協によると、漁獲量と価格は平年並みという。

 加賀。防衛省が、小松基地に宮崎県の新田原基地からFー15戦闘機などを移転させる計画を示したことについて、市民団体が基地に反対の申し入れをした。

 申し入れを行ったのは小松基地爆音訴訟連絡会など7つの団体。小松基地の担当者は「どのように配慮できるか考えたい」としている。

 一方、小松飛行場周辺整備協議会の会長の村井進さんは「騒音や安全については特に関心が高い。住民の要望を聞き取り、できるだけ早く結論を出したい」。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。

 回光返照(えこう へんしょう)
 自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 風薫る皐月も今や、長月、9月に入り、3日。月日の経つのは、何とも早い。

 ミンミンゼミが鳴いている。空からはジェット機の音がした。

 夕方の散歩はいつものコースで、なかの公園手前の四つ角で、柴犬連れの高瀬さんに会って「コンニチワ、先日はお孫さんが来ていましたね」、

 「いったん帰って、また来て、(登校日)ぎりぎりの31日まで居ました」とうれしそうだった。神社の手前では、痛い足を引きずって、

 ブラスティク捨て場前の畑へ行くという谷口の御婆さんに会い「ご苦労様」、そういえば、畑には弟さんが来られて、草刈り機を動かしていた。

 神社を過ぎて湯原さんちの広い庭では、旦那が樹木の剪定、奥さんが草むしりしていたので「お疲れ様」、梅擬(もどき)の赤い玉や

 ピンクのハマナスの花が美しい。いつも会う、1人暮らし爺さん、松原さんが「蚊に噛まれてね」と、草むしりされていたので「ご苦労さま」、

 「前の方(持ち主)が山菜がすきだと見えて、ウドや山芋、山椒、茗荷などが植えてあります」という。

 京堂さんちの前バス通りでは、北さんと高瀬さんが犬談義されていて「ご苦労様」。小屋の近く、奥村さんちの横の大田さんち前、

 屋根に雪止めの屋根にするための長い梯子をかけた大工事だ。奥村さんと暫し屋根談義した。

 夜になると、あちこちから虫の音が聞こえてくる。

 しばらくして土砂降りになってきた。

   九条を骨抜きにする多数決
         小松市 妻木義山

 この庭や樫の落ち葉のとこしなえ
         高浜虚子 富山県旧福野町

 枯れ芝よ団結をして春を待つ
         鶴彬 旧高松町

 笹鳴(ささなき)や馬込は垣もまだらにて
       犀星 昭和3年「馬込日記」 「萬福寺」(東京・大田区南馬込)境内

 聞き流すことも処世や心太(ところてん)
         箕面 藤堂
 薔薇美しき 真紅のバラの就中
          (々)
 trust me.
 I Have a Dream

                 2015 長月、9月3日(ふ)
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日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】

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回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊