首相の”自席発言”に民主が抗議 参院安保委
2015年、葉月、8月26日。石川県内は、曇り。金沢の最高気温は31度。
朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。
台風の影響か生ぬるい。真柄の前では、時々会う辰巳町会の親父さんに会い、「お早うございます」、「なまぬるいね」。寺津用水、
ゴミも多くて、流れは緩やかだった。貯水池のところから虫の音が聞こえてきた。
バス通りを過ぎた角家、相変わらず大輪のアサガオが美しいし、坂道の芙蓉も。四つ角にはいつもの親父さんがいない。竹塀のお宅の角から一回り。
西さんちの四つ角を過ぎたところに軽4、畑に来られた森脇さんらに会い「お早うございます」。マダラの柴犬連れの奥さんに会い「お早うございます」。
左前方の谷口さんの畑、アサガオや大輪のチョウセン朝顔、ケイトウの花が美しい。
洋菓子屋さん、Dr小坂、宇野さんはまだのようだ。神社のあたりを一回りしたら、たまに会うワンちゃん連れの中年の親父さんに会い、
「お早うございます」。大峰さんの前から2軒入ったところのお宅、5、6輪の薔薇が美しく咲いていた。今朝はみすぎ公園へは向かわず。
京堂さんち、親父さんか玄関へ出てこられたので「お早うございます、先日のナス美味しかったです」。「種がなかったかね…、きうり
でっかいけど持っていかんか」と、5本もいでくれたので深謝して帰路に。コンビニの裏通りを行く。いつもの畑には松浦さんが帰るところで、
「お早うございます、早いね」、「(夜が明けるのが)遅くて」て、トランクを開けて坊ちゃんかぼちゃを戴いた。深謝。
ダンプの四つ角を過ぎて、小林さんち前から帰還。本田さんちの手前、瀬戸さんの畑では、白のフヨウが今朝もきれいに咲いていた。
この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に、カフェを3杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
日本列島。台風15号はきのふの朝、熊本県に上陸したあと北上を続け、今朝6時に日本海で温帯低気圧に変わった。
低気圧に向かって湿った空気が流れ込み、夜にかけて東日本を中心に大気の不安定な状態が続く見込みで、気象庁は低い土地の浸水や川の増水、
落雷、突風などに注意するよう呼びかけている。
鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、この29日で3カ月になる。
口永良部島の住民は、島に戻る見通しが立たない中、コミュニティの維持や避難先での仕事の確保など住民の生活をどう支えていくかが課題となっている。
避難生活の長期化に不安を抱えながら、島民たちは新たな暮らしをスタートさせている。
口永良部島での噴火災害に伴い、避難住民らを支援する動きは町内外で続いている。鹿児島市のJR鹿児島中央駅近くにある「かごっまふるさと屋台村」では
今月、屋久島町を応援するイベントを展開中。各店舗は屋久島の食材を使った料理や焼酎を数多く提供しているほか、30日には口永良部島支援の取り組みがある。
屋台村を運営するNPO法人「鹿児島グルメ都市企画」が企画した。「屋久島を屋台村で楽しもう!」と題し、料理を味わってもらうほか、
屋台村の広場に観光スポットを紹介する写真を展示し、島の魅力を情報発信している。
30日の午後2〜5時にはドリンク4杯と食事券がセットになったチケット(前売り2500円、当日2800円)を販売。うち500円を
口永良部島の住民のための義援金とする。町長の荒木耕治は「ありがたい。屋久島は観光シーズン。多くの人が来てくれることが支援になる」と来島を呼びかけている。
口永良部島住民の支援を兼ねた「第45回やくしま夏まつり〜がんばろう口永良部〜」が屋久島の安房地区で開かれ、町立安房小学校の児童たちは募金活動を行った。
まつりは校区主催の恒例行事。20の露店が並び、ステージイベント、花火大会などを地域の人たちが楽しんだ。
募金活動をしたのは同校のソフトボール、空手、サッカーの各スポーツクラブで活動する児童53人。クラブごとにブースを設けて募金を呼びかけ、
3時間で総額3万8000円の浄財が寄せられた。一方、町商工会青年部は売り上げの大半を義援金に充てるリストバンド(500円)を販売。
もともと、口永良部島の島民と交流がある名古屋市の会社経営中村健一さん(44)が制作・販売しており、青年部が販売を請け負った。
募金活動をした安房ソフトボールスポーツ少年団の泊朝希君(5年)は「多くの人たちが募金に協力してくれて、うれしかった」と笑顔を見せた。
屋久島にある避難住民の仮設住宅では「マッサージボランティア」があり、住民25人が鍼灸マッサージ師の施術を受け、避難生活の疲れを癒やした。
県鍼灸マッサージ師会が企画。鍼灸マッサージ師5人が仮設住宅を訪れ、一人ひとりに体の凝りや痛みを聞いたあと、1時間かけて体をもみほぐしたほか、
鍼を打ったり、お灸を据えたりした。会の代表理事右田善信さんは「緊張しながら避難生活を過ごしているのか、体に疲れがたまっている方が多かった。
体をほぐして、少しでも快適な生活を送っていただきたい」。仮設住宅で一人で暮らす後藤しづ子さん(64)は「マッサージのおかげで
体も気持ちも軽くなりました」と。
島の新岳は6月にも噴火し、火山性地震も続く。気象庁の噴火警戒レベルは5(避難)のままだ。
先々月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」
(http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、
噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、
島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。先月2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。
「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。
必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が
島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。
ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。
印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、見舞金の申請方法などをまとめ、
メンバーと協力してニュースに掲載している。
長野。昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境、3067m)噴火で亡くなった松本市の若林和男さん(当時66)の当日の様子を収めた
同行者のカメラが、今年7月末に行われた行方不明者捜索で見つかった。
写真を受け取った妻(65)は「生き生きとした姿の夫に会えた。私も前を向かなければならない」と。若林さんは昨年9月27日、
松本市の自然ガイドボランティアの仲間5人と入山した。山頂に続く尾根「八丁ダルミ」で噴火に遭い、仲間2人とともに犠牲となった。
若林さんは写真が趣味で、10月1日に無言の帰宅をした際、カメラも一緒に戻ってきた。美しい風景や草花など200枚が収められていたが、
自らの姿が写った写真はなかった。今年の捜索では、生還したメンバー2人のデジタルカメラが7月29日、山頂付近の山荘内で見つかった。
データは無事で、若林さんが写った写真も10枚あった。2人は、豊かな自然を捉えた写真を含めて90枚印刷し、8月上旬に若林さん宅に届けた。
若林さんはサングラスをかけ、帽子をかぶっていたが、次女(35)は「口元や身ぶりから楽しむ様子が分かる」と。
木曽署は、昨年9月の御嶽山噴火の捜索活動で発見し、持ち主に返還されていない遺留品を収容する保管庫を公開している。
リュックや帽子、ストックなど129点がガラスケースに並び、遺族や行方不明者家族らから問い合わせがあれば案内し、持ち主が確認できれば返還する。
遺留品の中には大きくへこんだ金属製のマグカップなどもあり、噴石の衝撃の強さを物語る。7月末から8月上旬にかけて実施した行方不明者再捜索で
発見し、まだ返還されていない43点も今後、署内の道場から保管庫に移すことにしている。
内部には、木曽町などの有志が作った千羽鶴や捜索活動の状況を伝える写真も展示している。拾得物は通常、遺失物法に基づいて5カ月で
処分されるが、今回の遺留品は遺族らの心情に配慮し、長期的に保管することにした。一般公開はしない。(問)署会計課 0264(22)0110。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
国会で審議されている労働者派遣法の改正案に反対する弁護士の団体などが昨夜、集会を開き、派遣社員の女性が「法律が改正されれば
派遣社員は正社員になれないまま固定化されてしまう」と訴えた。
集会は日本労働弁護団などが、昨夜、衆議院議員会館で開いたもので、弁護士のほか、派遣労働者や国会議員ら、160人が参加した。
労働者派遣法の改正案は業務ごとの派遣期間の制限を撤廃する一方、1人の派遣労働者の働ける期間を原則3年までなどとするもので、
来月上旬にも参議院厚生労働委員会で採決される見通し。集会では元派遣社員の女性が、みずからの体験を述べ「これまでも派遣先に
正社員になりたいといったら雇い止めされてきた。政府は派遣社員の雇用の安定につながると説明しているが、信じられない。このまま、
法律が改正されれば派遣社員は正社員になれないまま固定化されてしまう」と訴えた。
日本労働弁護団の棗一郎弁護士は「正社員になれず、労働条件も改善しないまま働いている派遣労働者の声を審議に生かしてもらいたい」と。
♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ
橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ
五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助
国内最大手の生命保険会社、日本生命は人口の減少で今後、国内市場が縮小することが見込まれるなか、経営基盤を一気に強化するため、
国内7位の三井生命を買収する方向で詰めの交渉を進めている。
日本生命は外資系を除く国内7位の生命保険会社である三井生命が発行している株式の3分の2以上を取得して買収する方向で最終的な交渉を
進めている。買収総額は数千億円に上るとみられ、両社は来月の大筋合意を目指している。
日本生命は、今年3月期の業績で一般企業の売り上げに当たる保険料収入でライバルの第一生命に抜かれ、戦後初めて収入ベースでの業界首位の座を明け渡していた。
今回の買収が実現すると、両社のグループ全体を合わせた保険料収入は5兆9000億円余りとなって第一生命を上回り、首位の座に返り咲く。
生命保険の業界では人口の減少で今後、国内市場が縮小することが見込まれていることに、低金利の長期化で利益が減るなど、経営環境が
厳しさを増すことが予想されている。このため、両社は買収を通じて経営基盤を強化し、収益が見込まれる事業に共同で取り組むなど収益力の
向上を図るねらいがある。大手生命保険会社の再編は平成16年に当時の明治生命と安田生命が合併して明治安田生命となったほか、
太陽生命と大同生命が持ち株会社、T&Dホールディングスの下で経営統合して以来で今後、業界全体で再編が加速することも予想される。
日本生命は、明治22年に創業された国内最大手の生命保険会社で、かたや三井生命は、前身の会社が大正3年に創業した。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
嘉手納町議会はけふ26日の臨時会で、12日に発生した米軍ヘリうるま沖墜落事故に対する抗議決議と意見書を全会一致で可決した。
けふは旧盆入りの「ウンケー(旧暦7月13日)」。
この日を翌日に控えたきのふ、那覇市の牧志公設市場周辺は買い物客でにぎわった。台風15号の影響で途絶えていた客足が一気に増え、
仕入れが追いつかない店も。店員らは「例年より忙しい」と汗をぬぐった。
「ウンケージューシー」の具などになるかまぼこ10種類余りをそろえるかねこ蒲鉾店の比嘉千永子さん(57)は「昨日台風で店を閉めた分、
忙しい」とひっきりなしの客足や電話に駆け回る。仏壇の供え物を売る大島屋の60代の店員は「台風の被害で、ぼんぼりやケイトウなど
花の入荷が前年の半分以下しかない」と肩を落とした。
品定めに忙しい那覇市の上江洲和子さん(83)は、旧盆と正月は親族の集う「年に2度の機会」と声を弾ませる。クワズイモの葉など
品物10点近くを買いそろえたが足りず、市内松尾の家と市場を2往復するという。「千葉から帰省する子どもたちと一緒に過ごすのが楽しみ」と目を細めた。
23日から24日にかけて台風15号の通過で本島〜離島の船便の欠航が続き、石垣島や宮古島、大東島など各離島で、きのふ食品や飲料などが品薄状態となった。
旧盆を前に準備を急ぐ住民も困惑し「台風になると離島は大変」とため息をついた。
石垣市の大手スーパーは20日から25日まで仕入れがない状態が続いた。担当者によると、台風接近を見越し19日に通常の3〜4倍入荷したが、
旧盆の需要も重なり品薄は予想以上になった。宮古島市内のスーパーでも生鮮食料品を中心に欠品が見られた。買い物を終えた石垣市浜崎町の
西里浩美さん(45)は「台風になると離島は厳しい」と漏らした。市内は依然一部で停電が続く。石垣市伊原間の比嘉光子さん(77)は
「停電で冷蔵庫が使えず生鮮品は買えない。二重苦だ」。粟国村ではガソリン不足が深刻だ。7月以降、台風の影響で欠航が増えガソリン不足が続いている。
渡名喜村の商店では牛乳や卵、葉野菜などの生鮮食品が不足する。一方、久米島町、座間味村、渡嘉敷村は一時的に品不足だったが、
きのふ25日から運航が再開し、夕方には物資がようやく到着した。
内閣府は、2016年度概算要求の沖縄関係予算を15年度当初予算比90億円増の3429億円とする方針を固めた。
国営海洋博公園が候補地となっている米映画テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ)の進出を念頭に、新たに
「県北部地域大型観光拠点調査費(仮称)」として1億2千万円も盛り込んだ。
沖縄関係予算について、安倍は21年度まで毎年度3千億円台を確保すると明言。知事翁長は7日、政府に対し、3千億円台の確保を要請していた。
政府側には、米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古の新基地建設計画に向けた環境整備の狙いもあるとみられる。
予算の核となる沖縄振興交付金(一括交付金)は15年度と同額の1618億円。内訳は沖縄振興特別推進交付金(ソフト事業)が806億円、
沖縄振興公共投資交付金(ハード事業)が811億円で、いずれも15年度と同額を計上した。
米軍キャンプ瑞慶覧・西普天間住宅地区跡地の国際医療拠点化に向けた米軍基地の跡地利用推進費は、地元宜野湾市に対して拠点返還地跡地利用推進のための
交付金新設なども含め、12億5千万円に増額された。那覇空港第2滑走路の事業費は15年度と同額の330億円を要求する。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
安全保障関連法案を審議する参院特別委員会は、けふ一般質疑を行った。
集団的自衛権を行使する代表的事例として、安倍らが再三強調してきた邦人輸送中の米艦防護について、防衛相中谷は「邦人が乗っているかは
絶対的なものではない」と述べ、邦人保護が行使の理由にならないことを認めた。
民主党の大野元裕が、朝鮮半島有事の場合に「存立危機事態」と認定して集団的自衛権を行使できる条件について「(輸送中の)邦人の有無は
関係ないのでは」と質問。中谷は「総合的に判断する。邦人が輸送されているかは判断要素の一つだが絶対的なものではない」と述べ、
米艦で輸送中の邦人を守るためだけに集団的自衛権を使うことはないとの認識を示した。
安倍は昨年7月、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を認めた閣議決定時の会見で、邦人輸送中の米艦防護を例に挙げ、集団的自衛権の必要性を主張。
母子が乗った米艦のイラストパネルを使い、「日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守る」と強調していた。
安全保障関連法案を審議している参議院の特別委員会で、安倍が、きのふ防衛大臣兼安全保障法制担当大臣中谷の答弁を巡って自席から発言したことに、
民主党など野党側が反発し、安倍は発言を撤回する考えを示した。これを踏まえ、けふ開かれた参院平和安全法制特別委員会理事会で、
安倍の特別委での態度について「非常に荒っぽい」などと批判、改めなければ審議に応じられないと与党側に抗議した。自民党は陳謝し、再発防止を約束した。
席上、民主党筆頭理事の元防衛相北沢俊美は首相の自席からの不規則発言を取り上げ、「委員会がスタートしたときは真摯にやっていたが、
座ったままで足を投げ出し、非常に荒っぽくなっている」と指摘。「これ以上、委員会にふさわしくない態度があれば、頭を冷やしてもらうためにも
委員会を少し休ませていただきたい」と審議拒否も辞さない姿勢を示した。これに対し、自民党側は「首相から不規則発言があったことは
誠に遺憾だ。今後そのような事案が発生しないよう、しっかりと首相と政府側に伝えたい」と応じた。
「だんだん、安倍さんのツキがなくなってきている」、生活の党と山本太郎となかまたちの共同代表小沢一郎(73)はきのふの会見で、
自らの人生論を披露しながら、国内外の政策で苦難が続く安倍晋三(60)を、こう評した。
日米地位協定に関する質問に答える中で、小沢は、今月に入って沖縄県うるま市の沖合に米軍ヘリが墜落したり、相模原市の米軍補給基地内で
爆発が起きるなど米軍が関係したトラブルが、立て続けに起きたことに言及。安全保障関連法案の審議中だけに、「こういう時に事故や爆発が
起きるのは、ツキがなくなっている証拠だ」と述べた。
首相安倍よりひとまわり年上で、永田町で酸いも甘いも経験してきた小沢は「人生は、いい時には何をやってもいいが、悪くなると何をやってもだめになる。
人間みなそうだ」。「今(のタイミングで)、ヘリの事故が起きたり、米軍施設で爆発事故が起きる必要はない。だんだん、行き着く先が
見えてきているような気がする」とも述べた。
安倍政権は、世界同時株安にも直撃されているが、小沢は「アベノミクスが国民を守ってくれるものではないことの表れだ」と強調、
政権が負の連鎖に巻き込まれているとの認識を示した。
安全保障関連法案についての国営放送、NHKの報道が政権側に偏っていると考える市民らが、きのふ東京・渋谷のNHK放送センターを囲む抗議行動をした。
元放送局員や有識者などでつくる市民団体のメンバーらが実行委員会をつくり、チラシやインターネットで参加を呼びかけた。1千人が参加したという。
参加者は、センターや帰っていく職員に向かって、「政権の広報はやめろ」、「NHKは自主自立を取り戻せ」、「市民の行動を伝えろ」などと訴えた。
実行委のメンバーで「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表の東大名誉教授醍醐聰は「反響は大きく、NHKに対する不満や
批判が広がっていることを実感した」と語る。
埼玉県日高市の50代の女性会社員は安保関連法案にからむ国会審議の一部が中継されなかったことに違和感を持ち参加した。「NHKは
70年前の戦争の特番はたくさん放送したのに、これからの平和を議論する番組が少ない」。実行委によると、この日、大阪、京都、広島の
NHK局前でも、実行委の呼びかけに応じた有志が、抗議活動をしたという。
学者らが安全保障関連法案反対の声をあげる中、背中を押す禅の老師がいる。
京都の花園大学で学長を務めた臨済宗妙心寺派元管長河野太通(たいつう)さん(85)。伝統教団でつくる全日本仏教会の会長在任時、
脱原発宣言を主導、「原発も平和も同じ。口をつぐんだら誤る」と信念を説き続ける。
兵庫県姫路市の龍門寺(りょうもんじ)。河野さんの寺に花園大の教員から要請があったのは7月末だった。「安保法制反対声明の呼びかけ人になって下さい」、
教団・大学に影響力があり、発信力もある河野さんはうってつけの人物。思いは通じ、二つ返事だった。「今か今かと待っとった」。
花園大には、河野さん起草の「教堂の祈り」が掲げられ、「尊厳なる人格を侵す者には諫(いさ)め拒む勇気を」と唱和され続けている。
「そこに集う者が沈黙でいいのか。異を唱えると信じていた」と河野さんは納得の表情だった。
維新の党の内部対立が抜き差しならない事態に至っている。
維新の党の顧問松井一郎は、けふ党対応が決まっていない山形市長選(9月13日投開票)で特定の立候補予定者を応援した幹事長柿沢未途が
辞任要求に応じない考えを示したことを受け、明日27日に顧問の辞表を党事務局に提出すると語った。最高顧問橋下徹も辞任することになるとの見通しを明らかにした。
柿沢がけふの党会合で辞任を否定したことについて「『しがみつく』と言っているんでしょ。その人の下で、顧問という役職で議員集団の
サポートはできない」と強調。橋下が同調して最高顧問を辞任するかどうか問われ「そういうことになるだろう」と述べた。
関西の議員は柿沢が辞めなければ離党の構えも見せており、党は分裂寸前だ。
週刊誌「週刊文春」で未公開株の購入をめぐりトラブルになっていると報じられ、自民党を離党した衆院議員(滋賀4区、当選2回)
武藤貴也(36)はけふ午後、国会内で会見し、議員辞職を否定した。
武藤は会見で報道内容に誤りがあると主張。週刊誌で被害者と報じられた人物について「刑事告訴の準備を進めている」と述べた。
「現段階で議員辞職につながる法的な問題は生じていない」と述べた一方、離党した判断については「個人的なことで党に迷惑をかけたくなかった」と語った。
今月19日発売の週刊文春によると、武藤は昨年、学生時代からの知人に、ソフトウェア会社の未公開株が「国会議員枠で買える」と勧誘。
23人が4104万円を武藤の政策秘書名義の口座に入金したが株は購入されず、6人分の計700万円分が今も未返済だという。
武藤の出身地滋賀県では、「真宗大谷派9条の会・長浜」や県労連など県内の20団体が、きのふ自民党を離党した武藤の辞職を求める文書を
武藤の事務所に提出した。自民党県連に対しても辞職を勧告するよう要請する文書を再度、提出した。
武藤が安全保障関連法案に反対する若者のデモをツイッターで批判したことを受け、同会などは10日に同県連に辞職を勧告するよう求めていた。
その後、未公開株をめぐる金銭トラブルも報じられ、今回の文書ではそれぞれ「国会議員としての資質、適格性が全く欠けている」、
「離党しても、議員武藤の言動に対する県連の責任はなくならない」としている。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
名古屋。岐阜県美濃加茂市の雨水浄化設備設置事業を巡り、業者から30万円を受け取ったとして受託収賄罪などに問われ、1審・名古屋地裁で
無罪判決を受けた市長の藤井浩人(31)の控訴審第1回公判が、きのふ名古屋高裁で開かれた。
最大の争点は業者の供述の信用性。検察側は控訴趣意書で「1審判決には事実誤認があり、破棄は免れない」と主張し、被告藤井側は答弁書で控訴棄却を求めた。
1審判決は、検察側が立証の柱とした名古屋市内の業者(贈賄罪などで有罪確定)の供述について、「内容に変遷があるなど、信用性に疑いが残る」と指摘。
現金授受があったとされる時期の2人のメールや出入金記録などの状況証拠も、「ただちに現金授受を裏付けるものではない」などとして、
藤井は無罪と結論づけた。検察側は控訴趣意書で、1審判決が「業者供述の全体を評価せず、一部をとらえて主観的、感覚的に信用性を否定している」と反論。
状況証拠は「一部のみを取り上げ、業者供述の信用性の裏付けという側面からしか評価していない」とした。
一方、被告藤井側は答弁書で「(控訴趣意書は)1審と同じ業者の供述や状況証拠を再構成し、あたかも市長が有罪であるかのような不当な印象付けの
操作をしている」と主張。閉廷後、会見した藤井は「業者の供述が信用できるかどうか、改めてしっかり調べてもらうことで、1審に引き続いて
身の潔白を明らかにしたい」と述べた。
この日の公判で高裁は、検察側の請求を認め、贈賄業者の取り調べを担当した警察官と検察官の証人尋問を行うことを決めた。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
奈良。市が開発許可した土地の掘削調査で、業者に便宜を図った見返りに数百万円のワイロを受け取ったとして、市の課長補佐・芝口建士郎(48)を
収賄容疑で、奈良市の土木建築会社ケビイコウワ社長冨田広司(71)を贈賄容疑で、それぞれ逮捕した。
芝口は市内の宅地開発について、民間業者を指導する立場にあり、今年5月8日、都市計画法に基づいて市が許可し、開発されたあやめ池北の
宅地で、産業廃棄物調査を行う開発業者に対し、ケビイコウワの工法を勧め、社に受注させるなどして、謝礼などとして数百万円を受け取った疑い。
県警は、両容疑者の認否について明らかにしていない。警察は奈良市役所などを捜索し、押収したパソコンなど110点をもとに裏付けを進めている。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
ソウル、平壌。韓国と北朝鮮の高官会談での合意に基づき、韓国軍はきのふの25日正午、北朝鮮に向けた拡声器による宣伝放送を中止した。
北朝鮮もほぼ同じ時間帯に「準戦時状態」を解除したもようで、ソウル北方では避難住民らが帰宅。平壌では会談結果を歓迎する市民の声が聞かれ、
外国人観光客は安堵の表情を浮かべた。韓国軍は4日に韓国領で起きた地雷爆発への報復として10日、南北軍事境界線付近に設置した拡声器で、
北朝鮮住民に向け韓国社会の優越性を伝える放送を11年ぶりに再開。北朝鮮は強く反発していた。
米国。大震災で救援活動「トモダチ作戦」に参加した米海軍の原子力空母ロナルド・レーガンで24日、乗組員交代式が行われた。
艦は今秋、米海軍横須賀基地(横須賀市)に配備される。カリフォルニア州サンディエゴの海軍基地に停泊した同艦上での交代式には
艦長ボルトや乗組員のほか、来賓として元大統領ロナルド・レーガンの養子マイケル・レーガ氏、日本の海上自衛隊幹部らも出席。
甲板上で音楽隊が日本と米国の国歌を順に演奏した。「R・レーガン」は2011年3月11日の震災発生後に東北沖で捜索活動などに従事した。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
ミャンマー。国軍トップの総司令官ミン・アウン・フライン(59)は25日、首都ネピドーで、11月の上下両院選でアウン・サン・スー・チー率いる
最大野党、国民民主連盟(NLD)が勝利した場合でも「選挙結果を受け入れる」と語った。強大な権限を持つ国軍総司令官が選挙結果を
尊重する姿勢を見せる一方、軍の国政関与は当面続ける考えを示した。総司令官は、国防相など治安に関わる3閣僚を選び、上下両院の
4分の1を占める軍人議員も任命する、国家危急時には全権を掌握することができるなど、大統領に並ぶ権力者。
シンガポール。首相リー・シェンロンは25日、議会(一院制、任期5年)を解散した。
9月11日に総選挙が行われる。シンガポール繁栄の礎を築いた初代首相で「国父」とされるリー・クアンユーが3月に91歳で死去。
1965年の独立以来、一党支配が続く国家の針路を問う選挙となる。
9月1日の告示日から、各党による本格的な選挙戦が始まる。大政党に有利な選挙制度もあって、与党、人民行動党(PAP)の優位は揺るがない情勢だ。
しかし前回2011年5月の選挙で、与党の得票率は過去最低の60・1%まで落ち込むなど、支持率は低下傾向が続く。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
福島。東京電力福島第一原発事故で、福島県から埼玉県などに避難している被災者が、きのふ東電と国を相手に慰謝料など2億4千2百万円の
損害賠償を求めて、さいたま地裁に提訴した。県内では、これまでに13世帯46人が同様の訴訟を起こしており、今回は第三次提訴となった。
提訴したのは、福島県双葉町や郡山市、いわき市などから埼玉県と東京に避難している7世帯22人。
訴状では、国は、自然災害で原発が危険な状況になるとの知見を持っていたのに、東電への規制を怠ったと指摘。避難生活によって地域の絆が断たれて、
平穏な生活が失われたことへの慰謝料と、事故の原因を解明し、再発防止策を徹底させることを求めている。
原告の一人で、事故から一カ月後に長男(10)、長女(8つ)を連れて、県内に避難した河井加緒理さん(33)は「避難してから、
子どもたちと死にたいと思う時もあった」と話す。長引く避難生活は夫婦にすれ違いを生み、離婚した。「事故がなければ、家族4人で
幸せに暮らしていたのに…。国、東電には謝罪してほしい」と訴えた。
愛知。昨夜6時半過ぎ、豊田市保見ケ丘の岡尾憲一さん(76)方から出火し、木造2階建て住宅が全焼した。
両隣の住宅にも燃え移り、1棟が全焼、もう1棟が半焼した。けが人はなかった。岡尾さん宅は「ごみ屋敷」として知られていた。岡尾さんは
当時、自宅の2階にいた。1階で蚊取り線香をたいていたといい、出火原因とみて調べている。
地元自治会によると、岡尾さん宅は一時、敷地外までごみがあふれ、近隣から苦情が出ていた。今年7月、市職員や近所の住民が協力して
片付け、最近は敷地外にはみ出すごみはなかったという。
♪蚊帳の中から花を見る 咲いて儚い 翠芙蓉 若い日の美しい 私を抱いて欲しかった 忍び会う恋 風の盆
私あなたの腕の中 はねてはじけて 鮎になる この命欲しいなら いつでも死んでみせますわ 夜に泣いてる三味の音
生きて添えない二人なら 旅に出ましょ まぼろしの 遅すぎた恋だから 命をかけて覆す おわら恋歌 道連れに
1989年 風の盆恋歌 作詞:なかにし礼 作曲:三木たかし
富山。父親の遺体を自宅の庭に捨てたとして、富山県警は未明、死体遺棄容疑で高岡市の会社員川渕弘美(56)を逮捕した。
川渕はきのふの朝5時ごろ、「父親を殺し、今月中旬、自宅の庭に捨て、セメントをかぶせた」と自宅近くの交番に出頭してきた。
県警は供述通りに遺体を発見し、父三郎さん(84)と確認した。川渕は父親と2人暮らし。「父親の年金を使い込んだことがばれそうになって
殺した」と話しているという。
富山の薬売りが明治期、常連客におまけとして配っていた歌舞伎役者の版画を集めた企画展が、富山市安養坊の市売薬資料館別館で開かれている。
富山ゆかりの絵師、尾竹国一(1868〜1932)が描いた明治の人気役者を中心に、歌舞伎の一場面を切り取った版画40点を並べた。
中でも九代目市川団十郎、初代市川左団次、五代目尾上菊五郎の三人の版画が人気が高かったという。
和紙の上に赤や紫、黒、黄色で色鮮やかに描かれている。学芸員の兼子心(もと)さん(44)は「明治期の歌舞伎は現在より庶民の関心が
高かったことから、薬のおまけに採用されていた。当時の版画の技術が、今の薬の包装印刷につながっている」と説明する。
午前9時〜午後5時(入館は午後4時半まで)。高校生以上100円。小中学生50円(土日、祝日は無料)。10月18日までで会期中無休。
福井。陸軍鯖江歩兵第三六連隊があった鯖江市神明地区の商店主が隊員が食べていたとされるカツレツとカレーライスを復刻したカツカレーライス
「さばえ連隊カレエ」を開発した。きのふは試食会があり、連隊とともに繁栄した地区の歴史を伝える料理にと意気込んだ。
プロジェクト名は「神明・燦(サン)シャインプロジェクト」。菓子店を営む山本初治さん(57)が発起人となり、地区内の8事業所で構成している。
連隊は明治期に設置され、日露戦争や上海事変などに出兵。地区内には連隊へ食材を納めた商店や面会に来た家族が泊まった旅館などがあり、
連隊とともに栄えた。時代の流れの中、当時を知る人や伝える物が少なくなっており、歴史を伝えるきっかけにと、7七月から開発を進めた。
カツレツは「天皇の料理番」として知られ三六連隊のカツレツを食べたと考えられる越前市出身の料理人、秋山徳蔵さんのドラマの公式レシピ、
カレーは当時の軍隊で食べられていた「軍隊料理法」の文献を基に再現。小麦粉とカレー粉で練り上げたルウに一口サイズの牛肉やニンジン、
青ネギを入れて煮込んだ少し辛めのカレーライスに、薄くたたいて伸ばした豚肉のカツレツを載せて仕上げた。
試食会は鯖江市神明町の「三六温泉神明苑」であった。カツカレーは10月12日に神明公民館で開かれる地区の文化祭で販売する。
将来的には連隊カレエの定義を定め、市のB級グルメ化を図る。山本さんは「神明に三六連隊があったことを知ってほしい。連隊カレエが
市や三六連隊のPRにつながれば」と張り切っている。
能登。去年8月、志賀町で行われた硬式野球クラブの練習で部員1人が熱中症で入院したとして、業務上過失傷害の疑いで書類送検されていた
クラブの監督とコーチについて、金沢簡裁はそれぞれ罰金20万円の略式命令を言い渡した。略式命令を受けたのは金沢市を拠点とする
硬式野球クラブの監督とコーチを務める50代の男2人。2人は去年8月、志賀町にある野球場で練習を行った際に、部員に十分な水分を
補給させないまま練習を続けさせ、当時13歳の男子部員が28日間の入院を必要とする熱中症になったとして、業務上過失傷害の疑いで書類送検された。
金沢区検は、今年7月、2人を業務上過失傷害の疑いで略式起訴し、金沢簡裁は今月6日にそれぞれ20万円の略式命令を言い渡した。
罰金はすべて納付されたという。
金沢。台風15号は未明から明け方にかけて県内に最も接近したが、午前6時には温帯低気圧に変わった。
気象台は、引き続き大気の不安定な状態が続くため、強風や高波に注意するよう呼びかけた。
北陸新幹線の開業でにぎわう金沢市の近江町市場で、主に地元の人たち相手に商売をしている青果店が苦戦している。
混雑を嫌った常連客の足は遠のき、詰め掛ける観光客のほとんどは魚介類が目当て。290年続く「金沢市民の台所」が大きな異変に悩まされている。
「いらっしゃい。どこから来たの」。平日正午ごろの市場、よそ行きの格好をした親子連れや高齢者らに鮮魚店主が声を掛ける。
海鮮丼を扱う飲食店の前には長蛇の列。ある板前(50)は「新幹線効果で売り上げは二倍ぐらいになった」とほくほく顔だ。
そんな繁盛ぶりを横目に、青果店のオーナー(74)は「売り上げは新幹線が通る前の半分ぐらい」と表情を曇らせる。
皮肉にも市場のにぎわいが、逆風になっている。店が面する通路は幅3mほど。向かいにはすし店がある。席待ちの客が行列になると、
往来すら困難になる。常連からは「買い物がしにくい」、「道が歩きにくい」と言われ、次第に客は減っていった。
180店が集まる市場で、青果店は25店ほど。目についた店に話では、「以前より売り上げが増えた」と答えたのは1店だけ。
ほかは「食べ物屋だけがにぎわう。八百屋には関係ない」、「地元の人が来なくなって苦しい」と口をそろえた。うち6店は売り上げが減ったという。
石川県が5月、市場近くの歩行者数を調べたところ、新幹線開業前の昨年10月と比べ、2・4倍の2万2800人に増えていた。
にぎわいが青果店の売り上げにつながらないのは、その多くが観光客のため。
客の6割は観光が目的とみられる。商店主らが最も好ましいと考える「観光客3三割、商売人3割、地元住民4割」という比率が崩れ、
あおりが青果店に来た格好だ。青果店員は「野菜は普段の台所で使う物。観光客は買わない。人混みを嫌ったのか、年配の常連客は来なくなった」と。
果物や野菜を売る店主(70)も「確かに人出は増えたが、買い物をしないで見ているだけ」と肩を落とす。
近江町市場商店街振興組合の小林すみ子さん(68)は「せっかくいらっしゃる観光客は大事にしたい。ただ、一回限りの客が多い。
何度も足を運んでくれる地元客に敬遠されては困る」と。組合は今後、地元向けの商品券販売などをきっかけに、常連さんを呼び戻そうと考えている。
金沢東山の徳田秋声記念館で、小説「放浪記」などで知られる作家の林芙美子が、徳田秋声(1871〜1943)に宛てた書簡が初公開されている。
二人は大正末期に出会ったとされ、駆けだしの作家だった芙美子は生活に困窮し、秋声に経済的援助を受けていた。芙美子は都内の秋声の家に
たびたび通い、互いの関係を秋声は小説「仮装人物」、芙美子は随筆「文学的自叙伝」につづっている。
1926年に秋声は妻と死別し、6人の子どもを一人で育てることになった。その頃に芙美子が秋声に宛てた書簡では、心情や境遇を気遣っている。
ほかにも32年のパリ留学からの帰国を報告する書簡には、「お会いしたくてなりません」などと記されている。芙美子は『文学では師を持たなかった』と
公言していたが、秋声のことは心の師として仰いでいた節がある。書簡を紹介する企画展は11月30日まで。入館料一般300円。
≪林芙美子(1903〜51≫ 現在の北九州市門司区生まれ。本名フミコ。22年に上京し、文芸雑誌「文芸戦線」に寄稿を始めた。
俳優や詩人と浮名を流し、女性作家の先駆けとして「放浪記」などで人気を集めた。戦時中は著書が発禁処分を受けたが、戦後も精力的に執筆した。
代表作に「浮雲」や「うず潮」など。
加賀。昨夜10時ごろ、加賀市作見町の「シメノドラッグ加賀温泉駅前店」で、仕事を終えて帰宅しようとした20代の女性店員が男に脅され、
現金を要求されたと110番通報があった。男は従業員通用口で待ち構え、女性の口をふさぐなどして「店の金庫を開けられるか」と聞いたが
女性が「開けられない」と答えたため何も取らずに逃走し、女性店員にけがなどはなかった。
男は30〜40代くらいで身長は170〜180センチ、細身で黒っぽい服装につばのついた黒い帽子、マスクを着用していたという。
現場はJR加賀温泉駅に近い県道沿いで、周辺には大型商業施設や飲食店なども立ち並んでいる。警察では周辺への聞き込みをするなど
強盗未遂事件として逃げた男の行方を追っている。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓、白峰に「僻村塾」を開いて、ゴルフ場などの乱開発を戒めた直木賞作家の故高橋治。
回光返照(えこう へんしょう)
自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も今や、葉月、8月入りしている。
葉月、8月26日だ。月日の経つのは、何とも早い。
台風の余波か、午前中は庭の木々が揺れていた。
午後の散歩は、何時ものコースで、テニスコート横のたかみ公園では、ラケットの音がした。神社の横、田畑さんが車を洗っておられたので
「お疲れ様」、「(今日はいつも行っている)卯辰山の千寿閣は休みなので」と。帰路、自宅前におられた山市さんに会い「コンニチワ」、
「スイカ持って行け」と一個戴いたが、持って帰るのに難儀した。
この庭や樫の落ち葉のとこしなえ
高浜虚子 富山県旧福野町
枯れ芝よ団結をして春を待つ
鶴彬 旧高松町
笹鳴(ささなき)や馬込は垣もまだらにて
犀星 昭和3年「馬込日記」 「萬福寺」(東京・大田区南馬込)境内
聞き流すことも処世や心太(ところてん)
箕面 藤堂
薔薇美しき 真紅のバラの就中
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 葉月、8月26日(ふ)
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