安保法案は慎重審議を、長崎市長「不安と懸念」被爆70年式典
2015年、葉月、8月9日。石川県内は、曇り。金沢の最高気温は32度。
朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。
けふもむし暑くなってくる気配だ。今朝も坂道へは行かず、寺津用水へ。水量は少なかったが、スムースに流れていた。先日の杖をついた爺さんが
前を行く。バス通りを越えると、角家のアサガオが軒下まで伸びて見事だった。坂道を下って行くと右手の芙蓉は健在。そこからスピッツ連れの
髭の親父さんに会い「お早うございます」。四つ角はまっすぐで、住宅地を一回りして西さんちの四つ角に。
型枠工場の方向へ、右折。森脇さん、相棒の親父さんがいたので「お早うございます」。水やりに来られた徳田さんが角家の親父さんと話中で
「お早うございます」。暫し、きのふの盆踊り、若い衆が仕切って、焼き鳥や焼きそばには長い列ができ、年寄りは寄りつく場がなかったとか‥
運営にひと工夫必要などその顛末などを聞いて、一回り。Dr小坂、宇野さんは御休みだ。四つ角は右折して神社の方向へ。
おぉ、なかの公園では昨夜開催された盆踊りのやぐらやテントが若い人たちによって、外されていた。畑に来ていた錦町の御婆さんに「お早うございます、
いつも早いね」。おっと、アケビは健在だった。みすぎ公園の前、柴犬やダックスフンド連れの高瀬さんに会い「お早うございます」、
「(散歩は)もう終わりました」、とお宅に入る寸前だった。京堂さんち前のバス通りを渡って、コンビニの裏通りを歩く。道心建材の四つ角の手前、
北さんの畑では白の夕顔の花と紫のアサガオがいい。松本先生が畑に水やり中で「お早うございます」、「ゴーヤ持っていきませんか」と、
三ケ採って、更にきうりも二本戴いてきた。藤田さんち庭のアサガオは健在なり。畑で草むしり中の小林さんに会い「お早うございます」、
「松本先生から戴いてきました」とゴーヤを見せると、畑のと見比べて、「家のはずんぐりして粒が大きいね、サラダにしています」と。
途中、黒の軽四に駐車違反の紙が貼ってあった。お気の毒。角家のアサガオは綺麗だった。
この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に、カフェを3,4杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
日本列島。台風14号は、今朝6時には父島の西140キロの海上を1時間に15キロの速さで北西へ進んでいる。
中心の気圧は990ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は20m、最大瞬間風速は30mで、暴風域はないが、中心の北東側390キロ以内と
南西側220キロ以内では風速15m以上の強い風が吹いている。小笠原諸島では風の強い状態が続いていて、父島では今朝1時26分に
最大瞬間風速27.4mを観測した。また、母島ではきのふ8日の降り始めからの雨量が200ミリを超えていて、小笠原村ではこれまでの雨で
土砂災害の危険性が非常に高くなっていることから、「土砂災害警戒情報」が発表されている。
けふも列島各地の広い範囲で、気温が上がり、西日本や東日本では気温が35度以上の猛暑日となる見込み。
引き続き熱中症に十分注意が必要だ。
鎌倉。夏の夜を彩る鶴岡八幡宮の「ぼんぼり祭」が昨夜、始まった。
鶴岡八幡宮の「ぼんぼり祭」は今年で77回目を迎えた。古都、鎌倉にゆかりのある芸術家や文化人によるぼんぼり400点が集められ、
巫女たちが次々とぼんぼりに火をともしていった。今年は戦後70年にあたることから、ぼんぼりには広島の原爆ドームを描いた作品や、
「平和が一番」といったメッセージが書かれたものなど平和への願いを込めた作品が目立っている。訪れた人たちはぼんぼりの前で写真を撮るなどして
幻想的な光景を楽しんでいた。毎年、友人と一緒に訪れているという70代の女性は、「今年もいろいろな人たちのぼんぼりを見ることが出来て
楽しかったです」。鶴岡八幡宮の「ぼんぼり祭」はけふも開かれた。
山梨。午前10時ごろ、南アルプスの北岳の標高3000m付近の岩壁で男女2人が転落した。
警察がヘリコプターで捜索したところ、午後、200m下の斜面で2人を見つけたが、頭などを強く打ってすでに死亡していた。
死亡したのは兵庫県姫路市の会社員、深本真二さん(57)と兵庫県小野市の杉晃代さん(60)。深本さんたちは、今朝早くから
「北岳バットレス」と呼ばれる岩壁で、山岳会のメンバー7人でロッククライミングをしていたという。深本さんと杉さんは互いに体をザイルで結び
岩壁を登っていたという。「北岳バットレス」は北岳(3193m)の山頂付近にある高さそ600mの岩壁で、全国でも有数のロッククライミングの
名所として知られている。警察は一緒に登っていたメンバーから話を聞いて事故の状況や転落の原因について調べている。
鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、先月の29日で2カ月になった。
全島避難が続く口永良部島の将来について考える催し「口永良部島これから研究室」が、屋久島離島開発総合センターで開催中だ。
島民と交流を続ける慶応大生の主催。島のジオラマや写真などの展示を前に、避難住民や町民らと復興に向けての提言やアイデアを話し合っている。
慶応大生らは4年前から口永良部島を訪ね、島の活性化などについて研究してきた。5月末の噴火後すぐに屋久島に入り、避難所を回って支援を続けてきた。
展示品づくりには建築、インターネット、教育を専門とする三つの研究室の25人が協力。5千分の1のジオラマは国土地理院のデータをもとに
レーザーカッターで段ボール箱を切り、標高10mごとに1枚ずつ張り合わせて作った労作だ。
会場では、来場者が寄せたアイデアをパソコンに入力して、イラスト付きのカードをパネルに貼り付けた。「えらぶ火山灰せっけん」、
「えらぶラジオ局」、「えらぶ博物館」といった帰島後の「夢」が並んだ。
来場した島の消防分団長山口正行さん(46)は、「島の復興について、若い人たちと一緒に考えたことが、形になっていくのが楽しみです」と期待する。
研究室の代表で、大学院修士課程1年の立山蘭さん(22)は「展示を囲みながら、全員帰島した後の口永良部島について、一人でも多くの方と
語り合いたいです」。今後は、東京でシンポジウムを開くことも考えている。開催時間は午前10時〜午後5時。最終日の13日は午後3時まで。
口永良部島では現在、停電や通信障害によって、観測不能になっている地震計があり、観測機器の精度が下がっているという。
気象庁によると火山性地震の発生は、先月24日に29回に達して以降、0〜1回の日が並んだが、8月に入ってから日に10回を超える日が続く。
6日は午前7時ごろから火山性地震の発生が増加し、午後3時までに23回を数えた。地下の水蒸気やマグマの動きを示す火山性微動は観測されていない。
九州電力によると口永良部島への電力は、島民が全員避難したあとも、発電所の自動運転によって供給されているものの、6月以降、これまでに
5回停電状態が発生。原因はいずれもわからないままで、九州電力では噴火時に発生した火砕流で送電設備が損壊したおそれが高いとみている。
屋久島町は、口永良部島・新岳の噴火で全島避難している住民が予定していた一時帰島、あらためて日程を調整している。
口永良部島では5月29日に起きた爆発的な噴火で137人の住民全員が島外に避難し、公営住宅や親戚の家に移った人を除いて、
あわせて21世帯35人が避難所での生活を余儀なくされた。仮設住宅には避難所などで避難生活を送っていた27世帯47人が入居した。
口永良部島の住民は、島に戻る見通しが立たない中、コミュニティの維持や避難先での仕事の確保など住民の生活をどう支えていくかが課題となっている。
避難生活の長期化に不安を抱えながら、島民たちは新たな暮らしをスタートさせている。
島の新岳は6月にも噴火し、火山性地震も続く。気象庁の噴火警戒レベルは5(避難)のままだ。
先々月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」
(http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、
噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、
島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。先月2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。
「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。
必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が
島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。
ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。
印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、公営住宅の
入居見通しや見舞金の申請方法などをまとめ、メンバーと協力してニュースに掲載している。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、9カ月過ぎた。
昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境、3067m)の噴火で行方不明になった6人の再捜索。
5人を家族の元へ連れて帰ることはできなかった。
昨年9月の御嶽山の噴火で、県災害対策本部は、6日行方不明者の再捜索を打ち切った。8日間、33時間に及んだ捜索で一人を発見したが、
捜索隊は無念な思いを胸に下山した。「全員発見」を心待ちにしていた麓の人々にも落胆が広がった。
県の捜索隊は5日までに重点エリアの捜索を終え、6日は行方不明者家族の強い要請を受けて、山頂付近の八丁ダルミ東側や剣ケ峰南東など
5地点で懸命の捜索を続けた。長野県隊の102人はこの日、いつも通り午前6時半前に入山。岩陰にたまった火山灰を掘り起こしたり、
急傾斜地にザイルで降下して手掛かりを探したりして午前11時前に活動を終了した。
隊員たちは午後1時に徒歩で田ノ原登山口に下山してきた。火山灰が付着したスコップやゾンデ棒を手に、隊列を組み無言で歩いてくる表情は硬く、
疲労とともに無念な思いがにじんでいた。「ドローンが撮影した映像を解析してもゴミのようなものばかり。いったいどこにいるのだろう」。
ある隊員は悔しさを押し殺すようにつぶやいた。
知事は再々捜索は考えられないとし、「捜索が不可能だった雪渓は、ヘリなどで目視で確認し、行方不明者の手がかりを得る」と今後の方針を示した。
再捜索には現地に延べ816人を動員。金属探知機やドローン、地中探査用レーダーも活用し、重点エリアや人が入り込めない急傾斜地を捜索した。
捜索活動は区切りを迎えたが、麓では観光再生への課題が残されている。
木曽町長原久仁男は、入山規制について「御嶽講の信者からも『できる限り早く開けて』という要望もある。早急に検討して緩和したい」と述べ、
放送設備や防災用具を整備した上で、今月下旬にも緩和に踏み切る方針。
一方、王滝村長瀬戸普は、七合目付近の遙拝所までの入山規制を今夏は継続するとし、「とりあえずは御嶽山の登山はかなわないので、
それ以外の部分に取り組む」と、新しい観光振興を探る考えを示した。
御嶽山は昨年9月27日に噴火し、現在の噴火警戒レベルは2(火口周辺規制)で、小規模な噴火の可能性がある。
長野、岐阜両県はこれまで、山頂の雪解けや火山灰の様子を確認する調査隊を6月に派遣。7月には具体的な捜索手法を検討するための先遣隊を送っていた。
気象庁が噴火警戒レベルを「レベル2」に引き下げるとともに、警戒が必要な範囲を火口から1キロ程度に縮小するのにあわせて、
入山規制についても段階的に1キロ程度に縮小。具体的には木曽町の黒沢口の登山道は山開きが行われた先月1日から当面は、
火口から2キロ程度の8合目の山小屋「女人堂」まで入山を許可。そして、今後、予定されている行方不明者の捜索が終わり次第、
登山道の安全確認などを行った上で、火口から1キロ程度の9合目にある山小屋「二ノ池本館」まで入山できるようにする。
気象庁は先月26日、噴火警戒レベルを「3(入山規制)」から「2(火口周辺規制)」に引き下げ、警戒範囲も火口から半径2キロ圏内から
1キロ圏内になった。しかし、地元では行方不明者の再捜索が終了するまでは今回の規制解除以上は行わないことにしている。
遥拝所にはヘルメットのほか、避難所を示す看板などを取り付けたほか、その先の登山道には入れないように立ち入り禁止の看板を立てた。
登山道近くにある田の原自然公園の遊歩道も一部が開放され、展望台も利用可能になった。
9合目(2800m)にある岐阜市有の山小屋「五の池小屋」は、3月に噴火警戒範囲が火口から半径2キロに縮小されて範囲外になったのを受けて、
先月一日から営業を再開している。木曽町の開田口登山道の入山規制が緩和され、三ノ池周辺まで登れるようになった。
♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ
橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ
五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助
長崎。原子爆弾が投下された最後の都市、長崎は、先日の広島に次いで、被爆70年の節目となる「原爆の日」を迎えた。
長崎市の市長田上富久は、平和宣言で、被爆や戦争の記憶を次世代に語り継ぐ必要性を訴えた。参院で審議中の安全保障関連法案については、
不安と懸念が広がっているとして、政府と国会に慎重な審議を求めた。
また、戦争の記憶が急速に失われつつあることに危機感を示し、悲惨な戦争の記憶を忘れてはいけないと訴えた。さらに、若い世代には、
平和への思いをしっかり受け止めるよう呼びかけた。
長崎市の平和公園では、被爆者や遺族のほか、安倍ら6700人が参列して、午前10時35分から平和祈念式典が開かれた。
今年の式典には、原爆を投下した米国から去年に続いて出席する駐日大使ケネディのほか、核軍縮を担当する政府高官も初めて出席。
また、ロシアやフランスなどの核保有国も含め、被爆70年の節目ということもあり、これまでで最も多い76か国の代表が出席した。
70年前、長崎に投下された原爆では、熱線と爆風、放射線によって、その年だけで7万を超える人が亡くなった。
式典では、この1年間に亡くなった人や新たに死亡が確認された人、3373人の名前が書き加えられた、16万8767人の原爆死没者名簿が
奉安箱に納められたあと、原爆が投下された午前11時2分に合わせて、長崎市内でサイレンが鳴らされ、参加者全員で黙とうをささげ、犠牲者を追悼した。
式典では、被爆者を代表して、長崎原爆被災者協議会の会長谷口稜曄(すみてる)(86)が「平和への誓い」を読み上げた。16歳の時に
被爆して背中を焼かれ、うつぶせのまま1年9カ月、病院で生死をさまよった体験から被爆者の苦しみを訴えた。
身をもって核兵器廃絶と平和を訴え続けてきた被爆者にとって、今年はその経験を語ることのできる最後の節目の年になる。
被爆者の平均年齢は今年初めて80歳を超え、体験を語れる人がいなくなる日も現実味を帯びている。
「私の両親が入ってますので、お参りに来ました。やっぱり70年ということで、私たちにしてみれば、もう70年経ったかな。複雑な気持ちですけど、
自分の気持ちがちょうど節目みたいな感じになるので」(被爆者)、「やっぱり戦争はなくしてほしいというのは、ずっと考えているところです」(おばが被爆した女性)
長崎は、原爆の犠牲者を追悼し、平和をどう守っていくか考える一日を迎えた。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
名護市辺野古の新基地建設に反対し、米軍キャンプ・シュワブゲート前で座り込む市民らは、長崎県に原子爆弾が投下された午前11時2分、
黙とうをささげた。
ゲート前には大阪府教職員組合女性部、豊見城うまんちゅの会ら80人が座り込みに参加した。
安全保障関連法案に反対する学生グループ「SEALDs(シールズ)の県内の関連組織として「SEALDs 琉球」が15日発足する。
県内の学生を中心に、安保法案反対をはじめ、名護市辺野古への米軍基地建設や東村高江への米軍ヘリパッド(着陸帯)建設への反対、
自衛隊基地建設の反対活動も展開する。安保法案反対の全国一斉行動に呼応して、23日には北谷町美浜で千人規模を目指した集会を開く。
15日に那覇市内で設立会見を開く。22日午後7時からは、沖縄国際大学の教授佐藤学を招いてサロン(勉強会)を宜野湾市内で開く。
シールズ琉球は、辺野古のゲート前での座り込み活動などを行う県内の学生団体「ゆんたくるー」メンバーからの発案がきっかけ。
「沖縄でも安保法案に対し若者が行動する必要がある」との声が上がり、東京でシールズの中心メンバーとして活動する宜野湾市出身で
国際基督教大4年の元山仁士郎君(23)らが中心となって設立準備を進めてきた。
元山君は「今までの沖縄での米軍基地反対運動は『本土vs沖縄』という構図に陥りがち。基地問題の解決のためには、その対立構造を
乗り越える必要があると思う。東北や関西など本土のシールズと連携することで問題解決につなげる挑戦をしたい」と語った。
将来的には沖縄の教育や経済などの問題にも取り組んでいきたいと話した。
団体名を「沖縄」ではなく「琉球」とした理由について元山君は「琉球王国時代から薩摩侵攻、沖縄戦、米軍統治など沖縄の歴史を説明するきっかけになる。
今こそ琉球王国時代の『万国津梁』の精神の実現を目指したい。沖縄本島だけでなく離島、奄美など琉球弧一帯の課題に取り組みたい」と名前に込めた思いを語った。
大型で強い台風13号はきのふ8日の未明から夕方にかけて先島地方を暴風域に巻き込んで通過し、夜には沖縄地方から遠ざかった。
与那国島祖納で最大瞬間風速64・7m(午前3時17分)を観測。宮古島が午前3時ごろ、石垣島が午後1時ごろ、与那国島が午後4時ごろに
暴風警報が解除された。石垣島や波照間島で指を挟んだり、割れた窓ガラスで擦り傷を負うなど3人がけがをした。
石垣島では突風で看板が吹き飛んだり、車両が横転したりしたほか、与那国島でも塀が崩れるなどの被害が出た。台風の影響で先島諸島では
最大7千戸が一時停電した。きのふの午後6時現在、台湾海峡にあり、時速15キロで西へ進んでいる。石垣空港で55m(7日午後11時50分)、
西表島大原で51・8m(8日午前0時46分)を観測した。与那国島できのふの午後2時50分までの24時間降水量が387ミリに達した。
今後も1時間に50ミリの雨が降ることが予想されており、沖縄気象台が土砂災害警戒情報を発表して注意を呼び掛けた。
中心気圧970ヘクトパスカル、中心付近の最大風速30m、最大瞬間風速40m。中心から北東側220キロ、南西側190キロが
風速25m以上の暴風域。台風の影響で、きのふは空と海の便に欠航が相次いだ。海の便は宮古・八重山地区の全便を中心に欠航。
けふ9日は海上の様子を見て運行を決める。空の便は昼すぎまで欠航が続いたが、航空各社が夕方から臨時便を出すなどして対応している。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
官房長官菅は今朝のテレビ番組で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設問題をめぐる国と県の集中協議に関し、予定している
1カ月間の期間延長に否定的な見解を示した。「あくまでも1カ月ということで、その間で集中的に協議をして沖縄の考え方も聞いてみたい」と述べた。
辺野古移設に反対する知事翁長との11日の初協議について「誠意を尽くして政府の姿勢を説明したい」と強調。「普天間の危険性除去は
国も沖縄も同じ考えだ。現職の知事として、危険な状況をどうするのか聞いてみたい」とも語った。
戦後70年を機に「今を戦前にしないために」と題したシンポジウムが、きのふ東京都内であり、元自民党副総裁山崎拓、東京大教授(日本近代史)加藤陽子、
九州大教授(憲法学)南野森の3人が、ニュースキャスター、村尾信尚の司会で憲法や安全保障関連法案などについて議論した。日本弁護士連合会の主催。
350人の聴衆を前に、防衛庁長官も務めた山崎は「軍事力で強い国になろうとしてはだめだ。しみじみそう思うようになった」と述べ、
専守防衛の堅持を訴えた。「今を戦前にしないためにどうしたらいいか」との質問には「戦前は女性に参政権がなかった。女性が政治に関心を持つことが
将来のために大事だ」と答えた。同じ質問に加藤は「軍が国民の安全を理由に秘密を抱え込み、情報をコントロールしたから戦争ができた。
こういう組織を二度と生まないこと」と指摘。南野は「今と戦前の最大の違いは、国民に言論の自由が保障されていること。これを最大の武器にしたい」と述べた。
一方、山崎は現在の自民党について「(上しか見ない)ヒラメばかりになっている。翼賛的だ」と批判。「1〜2年生議員が増え、政策通の
ベテランはほとんど引退した。そのために安倍に権力が集中してしまった」と分析した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
岩手。参院議員平野達男(61)による突然の知事選(20日告示、9月6日投開票)不出馬表明から一夜明けたきのふ、岩手県では「平野ショック」の
余波が続いた。平野を支援していた県議らは集会で支持者に頭を下げ、予定されていた公開討論会は急きょ中止が決まった。
平野に出馬を要請し、支援してきた県議会会派「いわて県民クラブ」の代表小田島峰雄は、きのふ花巻市で集会を開き、「大事な知事選で
皆さんの選択の機会を失ってしまったことは遺憾。深くおわびを申し上げます」と謝罪した。会派の別の県議は、平野と一緒に写った自身のポスター
300枚を地元に掲示していたが、ほぼ撤去したという。平野を支援していた自民党県連はきのふの午後、盛岡市で役員会を開いた。
終了後に、県連会長鈴木俊一は「(知事選を)戦う態勢が整ってきたと思っていただけに残念」と肩を落とした。
平野に代わる候補者の擁立については、「探す努力はするが現実的に難しい」と述べた。また、県漁連など支持団体への謝罪などのため、
党本部から幹事長谷垣禎一が、明日10日、選挙対策委員長茂木敏充が11日、盛岡市を訪れることを明らかにした。
一方、3選を目指して立候補を表明している現職の達増拓也(51)陣営は、きのふ盛岡市大通で後援会の事務所開きを行った。
激しい選挙選の予想から一転、無投票の公算が大きくなったことで、会場は安堵の雰囲気に包まれていた。達増は、集まった300人の支持者らを前に、
達増は平野の立候補取りやめに言及。「自民などが平野擁立に力を注ぎ、復興に背を向けた結果がこのてんまつだ。岩手県政史の汚点だ」と痛烈に批判した。
自身が知事選の争点に挙げた安全保障関連法案については「民意から逃げ回る安倍政権を岩手からただす。白紙撤回が筋だ。岩手県政史に残る
勝利を目指す」と語気を強めた。そのうえで、「選挙戦をフルで戦うことを前提に準備をしっかり進めていきたい」と、陣営の引き締めを図った。
民主党県連の幹事長高橋元は「自民党が候補者を擁立しないとなれば、達増への白紙委任に等しい。今後4年、自民党に達増県政を批判する資格はない」と言い切った。
達増を事実上支援する社民党県連は、県議選立候補予定者らの総決起集会を盛岡市で開催。副党首福島瑞穂が出席し、「岩手の『戦争法案』反対への
思いが(平野の出馬を)断念させた」と話した。また、盛岡青年会議所は、10日に予定していた知事選立候補予定者による公開討論会の中止を決定。
関係先に連絡するなどの対応に追われた。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
千葉。東京電力福島第1原発事故に伴う指定廃棄物の千葉県の処分場候補地に、国が東電千葉火力発電所(千葉市中央区)を選定したことをめぐり、
反対する住民ら約200人が、きのふ千葉市で集会を開き、計画の白紙撤回を求める宣言を採択した。
集会には同じく処分場の候補地とされ、受け入れ反対を主張する宮城県加美町と栃木県塩谷町の町長も参加し、町の状況をそれぞれ説明。
加美町の町長猪股洋文は「町には大事な水源がある。町民は一丸となって断固反対を貫いている」。塩谷町の町長見形和久は「各県で
処分するという国の方針を見直す必要がある。廃棄物は放射線の高いところで処分すべきだ」と話した。
環境省は宮城、茨城、栃木、群馬、千葉の5県にそれぞれ1カ所の処分場を建設するとしている。いずれも建設のめどは立っていない。
江戸東京。きのふの午前10時過ぎ、板橋区の住宅で、この家に住む藏津直子さん(90)と、86歳と82歳の妹の3人が死亡しているのが見つかった。
3人は体の状態などから熱中症の疑いがあるという。3人が倒れているのを見つけて通報した知人によると、藏津さんたちは、今年3月ごろ、
ガス会社を名乗る人物が家を訪れ、「ガスの更新手続きが必要だ」などと言われ、話をしているうちに財布をとられる被害に遭ったという。
それ以降、用心するようになり、家の窓を閉めきることが多くなっていたという。また、3人は「クーラーをつけていると、のどが痛くなる」と
親族や知人に話していて、発見時、クーラーは止まっていた。藏津さんは、漢詩や和歌をうたう詩吟を続けていたということで、仲間によると、
日頃からのどを大事にして、家ではクーラーをつけず、扇風機を使っていたという。警視庁は、東京都心で猛暑日が連続するなか、死亡したとみて調べている。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
新国立競技場。その建設費を巡って、今年2月に、文科省が、事業主体のJSC=日本スポーツ振興センターから報告を受けた際、
建設会社の見積額と、JSCが試算した額に、900億円の開きがあった。
文科省の第三者委員会が今週から本格化させる検証では、この経緯や、文科省とJSCの対応のあり方などが、焦点の一つになる。
新しい国立競技場の整備計画の見直しに至った経緯などを検証するため文科省が設置した第三者委員会は、今週、関係者から聞き取りを始めるなど
作業を本格化し、建設費の見通しが増減を繰り返した経緯などを検証する。委員会に提出された資料によると、建設費を巡って、今年2月に、
文科省が、JSCから報告を受けた際、工事を請け負う予定の建設会社の見積額が3000億円を超えるとする一方、JSCが設計会社と
試算した額は2100億円程度となっていて、両者におよそ900億円の開きがあり、JSCは「このかい離を収めることは困難」と伝えていたことがわかった。
委員会が進める検証では、このあと最終的に建設費が2520億円となった詳細な経緯に加え、文科省とJSCの対応のあり方などが、
焦点の一つになる。
兵庫。今朝3時50分ごろ、太子町上太田の花火製造会社の「三光煙火製造所」の倉庫から火が出た。
火は3時間後に消し止められたが、マグネシウムなどの花火の原料が保管されていた倉庫1棟、150平方mが全焼したという。
けが人はいない。会社によると、きのふ8日は姫路市で花火大会の打ち上げを担当したあと、従業員が今朝0時半ごろまで工場で片づけなどを
していたということで、消防と警察が火事の原因を調べている。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
鹿児島。九州電力が11日に予定する川内原発(薩摩川内市)1号機の再稼働を前に、脱原発を訴える市民団体などが、原発近くの海岸で、
再稼働に反対する集会を開いた。
主催者によると、2千人が参加し、原発周辺でデモ行進もした。ジャーナリストの鎌田慧や、日本人初の宇宙飛行士、京都造形芸術大教授秋山豊寛も駆けつけた。
埼玉。任期満了に伴う埼玉県知事選挙は、今朝7時から投票が始まった。
知事選挙に立候補しているのは、いずれも無所属で、新人で元菓子製造会社社長の石川英行52)。4期目を目指す現職で維新の党が支持する
上田清司(67)。新人で元高校教諭の武田信弘(61)。新人で共産党が推薦する埼玉県労働組合連合会議長の柴田泰彦(62)。
新人で自民党埼玉県連が推薦する元総務省消防庁部長の塚田桂祐(58)の5人。
投票は、午前7時から県内1766か所の投票所で始また。今回の選挙は、上田が連続して3期を超えて知事を務めないよう自ら制定した
「多選自粛条例」に反して立候補したことへの是非や、全国で最も早いスピードで進む「少子高齢化」にどう対応するかなどを巡って
論戦が繰り広げられてきた。投票は、一部の投票所を除いて午後8時で締め切られ、即日開票される。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
シンガポール。けふ9日、建国50年を迎えた。
資源に恵まれない中、今年3月に死去した建国の父、初代首相リー・クアンユーの指導のもと、1人あたりの国内総生産(GDP)は
日本を上回る成長を実現した。だが、外国人に頼る成長モデルは課題に直面している。食事や飲み物を運ぶ飲食店向けの小型無人飛行機の開発が
シンガポールで進んでいる。開発を進めるのはベンチャー企業「インフィニウム・ロボティクス」。最高経営責任者ジュンヤン・ウーンは
「少子高齢化でこの国は人手不足になる」と年内の実用化をにらむ。
シンガポールは、積極的に外国人労働者を受け入れることで国力を維持してきた。主に多国籍企業を成長の源泉とし、その誘致を官僚が担った。
福岡。きのふの午後5時半ごろ、山陽新幹線小倉〜博多間を走行中の新大阪発鹿児島中央行き「さくら561号」(8両編成)が、
停電により停車した。さくら561号の3〜6号車の左側側面3カ所にくぼんだ傷が見つかり、JR西日本は車体の下部を覆うカバーが脱落したことが
原因とみて、詳しく調べている。JR西日本は30分後に送電を行い、上りは午後6時5分、下りは同10分に運転を再開。さくら561号は博多駅で車両を交換した。
乗客は3号車前方から「ドン」という音が聞こえたと証言している。この車両の窓側座席にいた20代女性1人が、左腕にやけどのような軽いけがをした。
JR西日本によると、さくら561号がトンネルを走行中、2号車のカバーが脱落。車体にぶつかった後、新幹線の架線に電力を供給するため、
線路と並行して走っている「き電線」と接触し、停電したとみられる。7日の点検では異常はなかったとしている。
カバーはアルミ製で幅71センチ、高さ62センチ、重さ6・6キロ。事故を起こした車両はN700系。JR西日本は、ほかの車両にも
異常がないか点検すると明らかにした。
さくら561号には500人の乗客がいた。この日はお盆を古里や行楽地で過ごす人たちの帰省ラッシュが始まったばかり。
ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて
遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
犀星 抒情小曲集から
富山。富山市蜷川地区の住民による戦争の語り部懇談会が、きのふ赤田の市蜷川地区センターであった。
戦争を体験した28人が、富山大空襲や終戦時の様子を語り合った。国民学校四年生で富山大空襲を迎えた上袋の上田忠文さん(80)は
「大空襲から遅れて爆撃機三機が来たと思ったら、富山市赤田の辺りが燃え始めた。私の家は焼けなかったので、避難してきた兵隊20人ほどが
うちで三日間休んでいった」と当時を回顧。「学校も燃えたので、地区の子ども150人が三つの寺に分散して勉強しに行った」と振り返った。
大空襲を経験した人らは「顔にポツポツと何かが落ちてくると思ったらガソリンだった」や「町を燃やすため、焼夷弾の中にゼリー状の
油が入っていたようだ」と体験を共有していた。旧満州(中国東北部)で、敗戦終戦を迎えた人は「終戦後に中国内戦が始まり、一歩も
外に出られなくなった。外には凍った遺体が転がっていた」。フィリピンに出兵した男は「サイパン島を奪われてからはフィリピンの爆撃が
なくなっていたので、無条件降伏を知らせる電報を信じられなかった」と語った。
戦時の地域の状況を語り継ごうと、蜷川校下社会福祉協議会が企画。今後、出席者の体験を冊子にまとめる。
福井。福井市月見五の市おさごえ民家園にある、市指定文化財「旧城地家住宅」のかやぶき屋根ふき替えの見学会が、きのふ開かれた。
専門家や市民ら20人が参加したが、この住宅の屋根のふき替えは、1987(昭和62年)の民家園移築時以来。
住宅は1852年(嘉永5年)、大野市蕨生(わらびょう)で建てられた。木造中二階建て延べ340平方m。福井市が城地家から譲り受けて
移築した。2012〜15年度で1億2千万円を投じ、屋根のふき替え、柱や土壁の改修工事を行っている。10月末に終える予定。
見学会で、参加者は工事用の足場に上り、間近でふき替えの様子を確認。工事の設計を担当する福井市の一級建築士、山田健太郎さん(52)が
屋根をふく材料はアサギ、稲わら、ススキで、厚みが平均50センチ、屋根の角度は50度、面積は660平方mと説明した。
屋根の骨格となる丸太や竹、ふく材料を縄で結ぶ箇所は数千に上る。山田さんは「全体が一体化して台風と地震に耐える。柔軟性を持った構造」と解説。
参加者は汗だくになりながら、熱心に耳を傾けていた。
能登。旧高松町(現 かほく市)出身の川柳作家・鶴彬(つるあきら 1909〜38)は、軍国主義体制が強まる時代、反戦をうたった川柳を作り続けた。
治安維持法違反で逮捕され、勾留中に赤痢になり病死。その遺志を語り継ごうという人たちがいる。
鶴彬の母校・かほく市立高松小学校で7月、特別授業「鶴彬と平和について考える」があった。「手と足をもいだ丸太にしてかへし」。
盛岡市に住む元小学校長で「いわて子ども川柳を育てる会」の宇部功さん(72)が、川柳を黒板に大きく書いた。「もいだ、の意味がわかる人いますか」。
宇部さんが6年生70人に尋ねた。児童の1人が「取った、だと思います」と答えると、「近いけど、これはもっと強く、無理やり取るということ。
いや応なしにもぎ取られた。戦争は残酷だと訴えているのです」。そう語った。宇部さんは40年前、川柳に出会い、鶴の遺骨が盛岡に住んでいた
鶴の兄に引き取られたと知る。その後、鶴に関する講座や教室を開いてきた。鶴は単なる反戦を詠んだのではないと思う。「未来にこの句を残して
おかねばという思いを感じる。そのことを、命をかけて私たちに投げかけたのではないか」という。
授業の後、児童の一人は「戦争の悲惨さがわかった。鶴彬は戦争のない平和な国をつくろうと思ったのだと思います」と話した。
鶴彬のめい、かほく市支の城戸寿子さん(76)は、鶴の川柳を刷り込んだ布製のティッシュケースを作り、出会った人に配っている。
その数は10年間で1万個を超えたという。市内で洋服の仕立てを60年間している。ティッシュケースの生地は古い着物を引き取り、
1枚ずつ縫い目をほどきアイロンをかける。鶴は城戸さんの母方の伯父にあたる。若い頃、母は鶴のことを何も話さなかったが、たまたま
父が話しているのを聞いた。「帰省する時は必ず警官がついてきたって。その時はどんな悪いことをした人なのかと、怖くて誰にも聞けなかった」と振り返る。
しかし15年ほど前、鶴を紹介した新聞記事を読んで思いが変わった。「軍国主義の中で自分の考えを貫き、立派で度胸のある人」と語る。
高松小での特別授業にも訪れ、ケースを配った。
かほく市には、鶴の川柳や功績を広めようと、市民らでつくる「鶴彬を顕彰する会」があり、今後も関連行事が予定されている。城戸寿子さんは会の世話人を務めている。
かほく市中町では16日、「かほく市民川柳祭」が午後3時から開かれる。市民から募った川柳を鶴の句とともに行灯(あんどん)で展示する。
9月13日には命日(14日)に合わせ、代表作「枯れ芝よ団結をして春を待つ」の句碑がある高松歴史公園で「鶴彬をたたえる集い・碑前祭」が
午後2時から催され、全国公募の川柳の中から入賞作が読み上げられる。
たかまつまちかど交流館内の「鶴彬資料室」では作品などを展示している。開館は月、水、金曜日と第1、3日曜日の午後1時〜同5時。
顕彰する会の会長、長谷久人さん(75)は「鶴の川柳を通して平和を世界に発信していきたい」。
問い合わせは会事務局の小山さん(090・4323・1754)。
≪鶴彬≫ 本名・喜多一二(かつじ)。竹細工職人の家に生まれ、伯父の養子になる。10代の頃から川柳を作り、その後、「プロレタリア川柳」に傾倒。
29歳で亡くなるまでに、1千句余の川柳などを残した。
金沢。未明、金沢市黒田1丁目の住宅街内にある造園業者の倉庫から出火した。
現場周辺では3日前にも空き家の駐車場を焼く火事があり、警察は連続不審火の疑いもあるとみて調べている。午前1時10分ごろ、
金沢市黒田1丁目の住宅街で「小屋から炎が上がっていて近づけない」と通行人から消防に通報があった。火は造園会社を経営する細川勝さん所有の
鉄骨平屋建ての倉庫と中にあった車2台などを燃やし、1時間10分後に消し止められた。今月6日には現場から600m離れた空き家の車庫で
雑誌や自転車を焼く火事があった。警察はどちらの現場も火の気がなかったことから連続不審火の疑いもあるとみて出火原因を詳しく調べている。
加賀。辰口のいしかわ動物園で、昨夜、閉園時間を午後9時まで延長する「ナイトズー」が始まり、親子連れらが普段見られない動物たちの姿に見入った。
10月11日までの主に土日、祝日で、過去最多の計16日間開催される。
猛獣を展示する「ネコたちの谷」には、6月に仲間入りした希少種アムールヒョウの雌「コロン」(1歳)が初登場。
涼しくなった屋外展示場で、歩き回ったり木に登ったりと活発な姿を見せた。飼育員が生態を解説するガイドも、アルダブラゾウガメや
ライオンなど20種である。通路や大型休憩所付近には発光ダイオード(LED)照明が設置され、かき氷や焼きそばなどの夜店も。
来園者は幻想的な雰囲気の中で、動物たちを見て回った。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは白山麓ゆかり、作家の故高橋治。
回光返照(えこう へんしょう)
自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も今や、葉月、8月入りしている。
葉月、8月9日だ。月日の経つのは、何とも早い。
けふもまた、次第にむし暑くなってきた。
土佐高知は四万十の武さんから。エッ、立秋ですか?!ホントだ、連日の暑さで暦を忘れて・・・危ないアブナイ、まだ早いわいね(冷汗)・・・。
けんたくん、涼しくなる頃に退院のタイミングだといいのですが・・。この時期は完璧な空調の院内で体調を整えて頂きたいです。
大ちゃん、朱鷺に魅入られて茂の喜んでいる顔が見えるようですね。元気で活躍して戴きたいです。
昨日は猛暑の中、愛媛県西予市の学童保育30数名が予土線新幹線!で来訪、町全体がゲーム場になり、フィギアを飾ってある我が家も
チェックポイントになり、こどもたちから元気をいっぱい貰う一日でした。尋常じゃない酷暑、雨を待ちながら早朝の涼しいうちに頑張りましょう、なんて便り。
時折、ジッと移動する鳴き声がする。
江戸の達也君から。連日、猛暑の連続。立秋が過ぎて朝夕は多少秋風が抜けています。台風13号は、どなんを直撃。陸自303を根こそぎ持っていって
くれればいいのに、、。安倍内閣の国家像は、米従属国家のようです。今更、沈みゆく国に従属しても無意味と思うが、、、。
ヒトラーはワイマール憲法を大統領特権で骨抜きにしたが、安倍内閣は安保環境の変化をテコにして日本国憲法を骨抜きにする。
日本の民主主義が試練に立っています。15日までお祈りの日々が続きますなんて便り。
午前中は徳田君が来訪、旅の話や温泉のことなど。お盆休みは鳥取の三朝温泉や倉敷、広島も行きたいという。ものはついでというのは何だが、
しまなみ海道から、土佐高知へ向かう手もあるよ、なんてアドバイスしたが…。電話があり、仕事があると、出て行った。
蝉しぐれ。夕方の散歩、何時ものコースで、たかみ公園横からバス通りを越えて、西さんち角を左折して、大柳さんち前を左折して、型枠工場へ。
一回りしたら、宇野さんは草むしり中で「ご苦労様、頑張るね」。フキ畑は右折して神社の方向へ。途中、畑へ向かうのか、軽四の谷口のおばあさんに会い、
手で「コンニチワ」の合図。在所の中を一回りして、京堂さんち前。御婆さんが居たので「コンニチワ」。コンビニの裏通りから帰路に。
途中、用水ら里芋に水を引いていた松浦の爺さんに「ご苦労様」、ついで、畑で水やりされていた北さんにも「ご苦労様、夕顔の花は
綺麗ですね」、「(郷里の)珠洲では、もうできて、一本15円で売っていました」。畑におられた神谷さんに会い「ご苦労様」。
そこへ、畑帰りの山本さんが通りがかり「コンニチワ」。
けんたくんから「隠密の別荘でしたが、親戚筋にばれて朝から応対2件、尚更疲れます。立秋でありますか。早く涼しくを願うです、なんて便り。
安保法案協力した公明党の行動は、万死に値する。
元公明党副委員長 二見伸明(80)
「みるく世(ゆ)がやゆら(今は平和でしょうか)」
沖縄・与勝高校三年 知念捷
笹鳴(ささなき)や馬込は垣もまだらにて
犀星 昭和3年「馬込日記」 「萬福寺」(東京・大田区南馬込)境内の石碑
聞き流すことも処世や心太(ところてん)
箕面 藤堂
薔薇美しき 真紅のバラの就中
(々)
自由さに慣れて不自由 懐手
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 葉月、8月9日(ふ)
・∴・--------------------------------------------------
■ご感想を戴ければ幸いです。
【戻る】
日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】
【気象情報】
回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊