御嶽山捜索で発見の遺体、山梨の猪岡哲也さんと確認
2015年、葉月、8月1日。石川県内は、晴れ。金沢の最高気温は33度。
けふから8月だ。朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。
微風もあり、気持ちいいが、むし暑くなってくる気配だ。坂道では、末町から来たという親父さんに会い「お早うございます」。
境内からは、今朝もウグイスの鳴き声が聞こえてきた。坂道を越えて、バス通りへの手前の畑では、花を積んでいたおばさんに「お早うございます」。
薔薇のハウス横から坂道を下った。在所への坂道、実の成ったいが栗が落ちていた。またヒルガオが目に入る。朝日さんちの畑ではひまわりや
ケイトが咲いていた。中村さんちの前、梨畑の横では水連が綺麗だ。小津さんが、自宅前の軽4の前に居たので「お早うございます」、「これから
何やるいね」、「草むしりや」、「(心筋梗塞で二度も倒れて居るので)無理したらあかん」と肩をたたいて別れた。角地から竹塀の
紙谷さんちあたりを一回りして、フヨウが咲き誇る西さんちの四つ角へ。
大柳さんの角から、右へ一回り。西脇さんらが、ナスに米糠を撒いて、肥やしやり中で「お早うございます」、「ご苦労様」。
Dr小坂、宇野さんはまだだ。四つ角から。神社の方向へ。谷口さんの斜め前の清水さんの親父さん、タンクに水入れ中で、「お早うございます」。
旧ため池過ぎて、みすぎ公園の手前で、清水の御婆さんに会い「お早うございます」、「(涼しくて)寒いくらいやね」、「息子にこの間、
能登へ連れて行ってもらった。(歌も歌ってくれて)楽しかった」という。暫くして、柴犬連れた高瀬さんに会い「お早うございます」。
公園を一回りしたが、入口の10鉢あまりのサルビアは朝日に映えてきれいだった。京堂さんちの前のバス通りを渡って、コンビニ2本手前の
道路を歩いた。マンションに居る爺さん、散歩から帰る途中でに会い「お早うございます」。畑に居た桶川さんの親子、その隣の畑家の親父さんに
「お早うございます」。松本先生、何処かえ出かけているのか、先日から回覧板が玄関に置かれたままだ。四つ角、藤田さんのアサガオは咲いていて、
旦那に会ったので「お早うございます」。きのふ、ゴーヤを戴いた旭町からの親父さんが、消毒の薬を合わせていたので「お早うございます、
きのふは有難うね、ほろ苦くてうまかっです」と御礼して帰路に。
この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に、カフェを4、5杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
日本列島。けふ1日も広い範囲で晴れて、西日本から東北の各地で35度以上の猛暑日となる見込み。
一方、前線や上空の寒気の影響で、北日本や東日本では大気の状態が不安定になって局地的に激しい雨が降るおそれがあり、気象庁は
熱中症のほか、急な激しい雷雨などにも十分注意するよう呼びかけている。
「福島わらじまつり」が、きのふ福島市で始まった。
日中の最高気温が35度を超す猛暑の中、長さ12m、重さ2トンの大わらじが市中心部を練り歩き、担ぎ手は大粒の汗を流しながら
「ワッショイ、ワッショイ」と威勢良く声を張り上げた。地元企業の若手社員ら70人が担ぎ手として参加。沿道の見物客は大わらじに
健脚や無病息災を願った。3歳の娘と見守った市内の主婦遠藤由佳さん(36)は「福島の夏といえば、この熱気」と楽しんでいた。
祭りはけふまでで、わらじは祭り終了後、信夫山の羽黒神社に奉納される。
鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、29日で2カ月になった。
島から12キロ離れた屋久島では、仮設住宅が完成し、けふ1日から入居が始まった。
入居する人たちは、朝からトラックなどで家電製品や荷物を運び入れた。
夫、三男と同じ部屋に入居した野元貞子さん(80)は「冷蔵庫やベッドなど必要な物がそろっていて、ありがたい。島に帰れるまで頑張りたい」。
ただ、通っている病院まで距離があり「子どもの車が無い時は歩くことになる。これから暑くなるので心配だ」と不安ものぞかせた。
仮設住宅を訪れた町長荒木耕治は住民に「今日から全島民が自分の部屋を持てる。手足を伸ばしてゆっくり休んでもらいたい」と呼び掛けた。
全住民を対象に4、11、12日に分けて一時帰島を実施する予定も説明した。
ゲートボール場にプレハブの平屋5棟を整備。住宅27戸のほか、交流の場として談話室もある。建設費は2億700万円で、国と県が最終的に負担する。
入居は原則2年間で、家賃は必要ない。新岳では1日も火口から300mの高さまで噴煙が上がった。
仮設住宅に入居した住民たちは、避難生活の長期化をにらみ、情報共有やコミュニティーの維持を目的に、自治会の設立を準備している。
噴火による全島避難が続く口永良部島に、一昨日NTT西日本の作業員や島の消防団員ら24人が漁船で上陸。島内のケーブルのうち、
道路脇に埋められたケーブル1本が陥没の影響で断ち切れていた。修理が済むまでは地震計など一部の観測機器のデータが送受信できないことが分かった。
また、家畜の健康状態を調べるため農協職員も同行し、牛2頭を目視でチェックしたが問題はなかったという。
口永良部島では5月29日に起きた爆発的な噴火で137人の住民全員が島外に避難し、公営住宅や親戚の家に移った人を除いて、
あわせて21世帯35人が避難所での生活を余儀なくされている。仮設住宅には避難所などで避難生活を送っていた27世帯47人が入居する。
口永良部島の住民は、島に戻る見通しが立たない中、コミュニティの維持や避難先での仕事の確保など住民の生活をどう支えていくかが課題となっている。
避難生活の長期化に不安を抱えながら、島民たちはけふから新たな暮らしをスタートさせる。
島の新岳は6月にも噴火し、火山性地震も続く。気象庁の噴火警戒レベルは5(避難)のままだ。避難した住民は86世帯137人。
ところで、口永良部島では、台風や大雨などが原因とみられる停電がこれまでに3回起きている。先月26日に停電し、気象庁が設置している火山の
観測機器への電力の供給が止まったため、屋久島から九州電力の作業員や屋久島町の職員ら23人が漁船で口永良部島に渡り、復旧作業をした。
その結果、前田地区を除いて電力の供給が再開されたという。また、島の中心部にあたる本村地区などでは、大雨の水が住宅の近くまで押し寄せて
今も道路が冠水していたり、道路脇の斜面が崩れ、倒れた木が道路を塞いだりしていたという。
先月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」
(http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、
噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、
島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。
「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。
必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が
島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。
ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。
印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、公営住宅の
入居見通しや見舞金の申請方法などをまとめ、メンバーと協力してニュースに掲載している。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
未曽有の被害をもたらした東京電力福島第1原発の事故は本当に防げなかったのか。誰にも罪はないのか。
素朴な市民感覚が刑事裁判の扉を開かせたといえる。東電の旧経営陣3人が原発事故をめぐり業務上過失致死傷の罪を問われることになった。
原発の周辺住民らの告訴・告発を検察は2度にわたり不起訴としたが、市民から選ばれた検察審査会の議決によって強制起訴が決まった。
起訴権を独占する検察の裁量を市民の目でチェックする。そんな検察審査会が制度的に機能した結果と評価することもできよう。
原発事故の影響でいまだに多くの人々が避難生活を余儀なくされ、古里に帰るめども立たない。これだけの事態を引き起こしながら
東電関係者は誰ひとり刑事責任を問われていない。違和感を抱いている国民も少なくあるまい。
原発でいったん大事故が起これば被害は甚大であり、電力会社の経営陣は一般的な事故の過失責任とは比較にならない高度な注意義務を負うべきだ。
そんな思いが今回の検察審査会の議決を貫いている。うなずく国民も多いのではないだろうか。
有罪か無罪かという結論の前に、捜査で集まった証拠をつまびらかにして、事故の原因や予見可能性について公開の法廷で検証する意味は大きい。
特に事故原因については政府や国会の調査委員会が報告書をまとめたが、結局、その真相は明らかになっていない。
福島の事故後止まっていた原発の再稼働に向けた動きが本格化している。法廷で刑事責任の有無とともに、事故原因の究明が進めば、
悲劇を二度と繰り返さない教訓を導くことにもなるだろう。
元会長勝俣恒久ら東京電力の旧経営陣3人の強制起訴が決まったきのふ、福島第1原発の津波対策を怠ったとして刑事責任を追及してきた
「福島原発告訴団」や原発の再稼働に反対する団体のメンバーをはじめ、今も避難生活を強いられている被災者からは、検察審査会の決定を
「当然だ」と受け止める声が上がった。
福島県庁で会見した告訴団の副団長、いわき市の佐藤和良さん(61)は「復興を前進させるために事故の原因と責任を特定する必要がある。
被害者側に立った賢明な判断をしてくれた」と語った。「市民の声を代弁した」、「涙が出るほどうれしい」。同席したメンバーも喜んだ。
飯舘村から伊達市に避難し、東電に精神的賠償の増額を求めている長谷川健一さん(62)は「これだけの事故を起こした加害者が誰も罰を受けず、
誰も責任を取らないのでは法治国家とは言えない」と断じた。東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)の再稼働に反対する市民団体の
世話人篠原弘典も「検察審査会の議決は当然だ」と評価した。その上で「福島第1原発事故の原因究明ができていない段階で再稼働を急ぐのは
間違いだ。今回の議決は、強引に再稼働を進めようとする動きに対する警鐘になる」と強調した。
一方で、審査会の決定を冷ややかに見る原発事故避難者も。飯舘村から福島市に避難する会社員(39)は「一企業の幹部の責任を追及するだけで、
果たして国の原発政策が変わるのだろうか」と首をかしげた。企業幹部らの責任を追及した強制起訴をめぐっては、JR西日本の歴代3社長が
対象になった尼崎JR脱線事故など、無罪の結論が導かれるケースが多い。副団長佐藤さんは検察役の指定弁護士の負担の大きさを指摘し、
「弁護士をバックアップする体制を整え、支援したい」と力を込めた。
長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、9カ月過ぎた。
昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境、3067m)の噴火で行方不明になった6人の再捜索。
再開して3日目のきのふ、岐阜県の捜索隊が金属探知機を使って捜索していたところ、県境付近の「一ノ池」西側にある岩陰の火山灰の中から
うずくまった状態で、1人が遺体で見つかった。対策本部で身元の確認を進めていたが、DNA鑑定の結果、山梨県甲斐市の猪岡哲也さん(当時45)と確認された。
猪岡さんはすでに死亡が確認されている妻の洋海さん(42)と一緒に御嶽山に登り、噴火に巻き込まれて行方が分からなくなっていた。
去年9月の噴火で亡くなった人は58人に、行方が分からない人は5人になった。また、捜索隊は今朝、ヘリコプターで山頂に向かい、
午前7時前から山頂付近で捜索を進めている。
遺体で見つかった甲斐市の猪岡哲也さんは夫婦で山に登って噴火に巻き込まれ、その後、行方が分からなくなっていた。妻の洋海さん(42)は
すでに死亡が確認されている。猪岡さんは10年前まで聴覚に障害がある人たちなどでつくる和太鼓のグループに所属し、妻の洋海さんとは
このグループで知り合い、結婚した。
身元が確認された猪岡哲也さんの兄の猪岡孝一さんは「自然が相手のことなので、弟が発見されてほっとした気持ちだ。とりあえず家族みんな安心した。
弟には『お帰りなさい』と言いたい。また、捜索に当たった方々には感謝の言葉しかない」と。
けふの捜索は、今朝4時前に火山性地震が観測されたもののごく小規模だったことなどから、対策本部では捜索は可能と判断し、午前7時前から
山頂付近で捜索を進めている。
御嶽山は昨年9月27日に噴火し、現在の噴火警戒レベルは2(火口周辺規制)で、小規模な噴火の可能性がある。
長野、岐阜両県はこれまで、山頂の雪解けや火山灰の様子を確認する調査隊を6月に派遣。7月には具体的な捜索手法を検討するための先遣隊を送っていた。
気象庁が噴火警戒レベルを「レベル2」に引き下げるとともに、警戒が必要な範囲を火口から1キロ程度に縮小するのにあわせて、
入山規制についても段階的に1キロ程度に縮小。具体的には木曽町の黒沢口の登山道は山開きが行われた1日から当面は、
火口から2キロ程度の8合目の山小屋「女人堂」まで入山を許可。そして、今後、予定されている行方不明者の捜索が終わり次第、
登山道の安全確認などを行った上で、火口から1キロ程度の9合目にある山小屋「二ノ池本館」まで入山できるようにする。
気象庁は先月26日、噴火警戒レベルを「3(入山規制)」から「2(火口周辺規制)」に引き下げ、警戒範囲も火口から半径2キロ圏内から
1キロ圏内になった。しかし、地元では行方不明者の再捜索が終了するまでは今回の規制解除以上は行わないことにしている。
遥拝所にはヘルメットのほか、避難所を示す看板などを取り付けたほか、その先の登山道には入れないように立ち入り禁止の看板を立てた。
登山道近くにある田の原自然公園の遊歩道も一部が開放され、展望台も利用可能になった。
9合目(2800m)にある岐阜市有の山小屋「五の池小屋」は、3月に噴火警戒範囲が火口から半径2キロに縮小されて範囲外になったのを受けて、
一日から営業を再開している。木曽町の開田口登山道の入山規制が緩和され、三ノ池周辺まで登れるようになった。
♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ
橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ
五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助
内部告発サイト「ウィキリークス」は、米国家安全保障局(NSA)が日本の中央省庁、商社などの民間企業を含む35カ所を盗聴していたと公表した。
サイトは入手した文書などから、NSAは少なくとも第1次安倍政権(2006〜07年)時にさかのぼって、日本の貿易交渉や地球温暖化対策、
原子力を含むエネルギー政策などについての情報を集めていたと指摘している。米国の情報活動を巡り、日本国内の具体的な盗聴先が明らかになったのは初めて。
サイトによると、NSAの最優先の盗聴先として、官房長官秘書官、政府の要人専用回線、経済産業相、日本銀行、三菱商事の天然ガス部門、
三井物産の石油部門?などが挙げられている。一連のリストは電話番号の一部を伏せた形で公表された。
また日本の気候変動政策や貿易交渉に関してNSAが07〜09年に作成したとする文書も同時に公開した。
07年4月の安倍(当時首相)の訪米前の文書では、日本政府が「50年までに温室効果ガスの排出量を半減する」とした目標を同年5月下旬
に
発表するとの見通しを示した上で、「(日本の)外務省は事前に米国側に通知することは考えていない」という政府内部の動きが記載されていた。
別の文書では世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)に関する内容も含まれている。
盗聴内容の一部は、米国から英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドにも情報提供可能とする記載もあった。ウィキリークスは
「日本への教訓」として「監視大国に誠実さや敬意を期待してはいけない」とする創設者のジュリアン・アサンジのコメントを掲載した。
NSAの情報活動を巡っては、フランスの大統領オランドなど過去3代の大統領の通信や、ドイツの首相メルケルの携帯電話を盗聴していたことが表面化。
米大統領オバマは14年に同盟国首脳への盗聴停止を表明している。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
新基地建設予定地の名護市辺野古の大浦湾では、けふスパット台船や大型クレーン船は見られず、海底掘削(ボーリング)調査の作業は確認されなかった。
新基地建設に反対する市民らは船3隻、カヌー23艇で海に繰り出し抗議行動を続けた。辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前では、
市民らが早朝から抗議行動を展開した。午前7時ごろ、ゲート前に座り込んだりあおむけになったりして沖縄防衛局の車両進入を阻止しようとした
市民らを県警機動隊がごぼう抜きで排除した。その際、60代の女性がバランスを崩し倒れ、後頭部を打った。女性は救急車で搬送されたが、
大きなけがはなかった。名護市長稲嶺進もゲート前を訪れ、「暴走する安倍政権を辺野古から止めよう。休まずひるまず、共に戦いを頑張ろう」と市民らを激励した。
安全保障関連法案に反対する県民集会「憲法は戦争をしないと決めた。戦争法案は廃案へ!県民集会」(主催・止めよう戦争法案!守ろう9条!実行委員会)が
きのふの夕方、那覇市泉崎の県民広場で開かれた。17日に続き3回目の開催で、この日は1500人(主催者発表)が参加した。
「戦争法案絶対反対」などと声を上げ、衆院での強行採決に抗議するとともに、参院で審議中の法案の廃案を訴えた。市民のほか県選出の
国会議員や弁護士、政治学者らが参加し、集会後は国際通りをデモ行進した。
集会で決議文が採択され「沖縄は米軍基地が集中し、戦争になれば真っ先に標的になる。沖縄戦の体験を踏まえ、戦争への道をなんとしても
阻止しなければならない」と法案の廃案を求めた。県民集会では主催者を代表して、琉球大学の教授高良鉄美が「沖縄戦や平和憲法の問題を訴え、
安保法案を廃案に持っていこう。戦争を体験した沖縄から『二度と戦争は嫌だ』と声を上げよう」と呼び掛けた。
集会後、参加者は国際通りを県庁前から牧志公園まで1・5キロにわたりデモ行進し「戦争法案絶対反対」と声を上げた。沿道からは拍手が起きたが、
法案に賛成する団体から「早く解散しろ」と怒声が飛ぶ場面もあった。実行委は県憲法普及協議会や県議会与党会派、沖縄平和運動センターなどで構成。
集会は15、17日のデモ行進に続く訴えで、当初は25日に予定されていたが、台風12号が接近したため31日に延期された。
名護市辺野古の新基地建設反対などを訴える「建白書実現、オスプレイ配備断固阻止、沖縄の未来を拓く嘉手納町民会議(島ぐるみ会議嘉手納)」の
結成総会が、きのふ嘉手納町中央公民館で開かれた。町民ら270人が参加し、新基地建設白紙撤回やオスプレイ即時撤去実現に向けて気勢を上げた。
共同代表は田仲康栄ら3町議を含む10人が務める。嘉手納町が嘉手納基地を抱えていることから、趣意書には同基地でのCV22オスプレイの
訓練展開や騒音被害への懸念なども盛り込んだ。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
大阪弁護士会に所属する弁護士らが、きのふ、参議院で審議が続いている安全保障関連法案への反対を唱える「納涼パレード」を行った。
パレードには330人の弁護士が参加。反対への思いを綴った短冊をつけた笹を持ち、シュプレヒコールを上げながら行進した。
安全保障関連法案が参院で審議入りしてから初の金曜日となった昨夜、法案に反対する学生と学者がともに国会前に集結し、デモ行進や抗議行動を行った。
主催したのは、毎週国会前でデモを続けている学生団体「SEALDs」と、1万2千人を超える学者たちが賛同する「安保関連法案に反対する学者の会」で、
両団体の共同デモは初めて。名古屋や九州など全国の大学から教員と学生がともに駆けつけ、大学名を記したプラカードを掲げる姿も見られた。
スピーチに立った早稲田大教授(憲法学・水島朝穂は「デモの参加者の向こう側には1千万、2千万の国民がいる。誰も納得していない。廃案しかない」と声を上げた。
また、明治学院大学4年の奥田愛基さんは「私が言いたいことはこれです。アイ・ハブ・ア・ドリームです。本当に止めたいのです。
我々には夢があります。我々には変えたい未来があります。そして、その未来を私たちは生きていきます」。
集会後、大学生と教授らは国会周辺を練り歩き、デモ活動を行った。このあと、著名な憲法学者らと合同で、国会前で抗議行動を行った。
きのふ31日、国会周辺でのデモ行進に先立ち開かれた「安全保障関連法案に反対する学生と学者の共同行動」の集会アピールは以下の通り。
7月15日の衆議院特別委員会と16日の衆議院本会議で、第3次安倍晋三政権は、安全保障関連法案を強行採決しました。私たちは、
この暴挙に対して満身の怒りをもって抗議します。各種世論調査で、国民の6割が反対し、8割が説明不足と受けとめている中での強行採決は、
主権在民という日本国憲法の根本を踏みにじるものです。憲法学者の9割が、そして歴代の内閣法制局長官が憲法違反だと判断し、法曹界をはじめとする
各種団体や多くの地方自治体の議会が反対や慎重審議を要求している中での採決の強行は、法による支配そのものを無きものにしようとすることです。
私たちは法案の撤回と内閣の退陣を強く求めます。この間、全国の大学で、安全保障関連法案に反対する集会をはじめとする、学生と教職員が
一緒になった緊急行動が急速に広がってきています。学生と教職員が同じ大学人として、憲法破壊の法案に反対して、共同の行動を起こし、
それを持続していることは、歴史的にも画期的な事態です。その共同は、大学において、軍事研究を許さず、平和のための自由な知の探究を持続していくうえでも、
そして安倍政権によって行われている大学自治の破壊、各種式典への日の丸・君が代の押しつけ、人文諸科学への攻撃を押し返していくためにも、
これからも持続させ、発展させていく必要があります。今日の集会を契機に、安全保障関連法案を廃案にし、憲法と民主主義に基づく政治が行われる
日本を実現する、学生と教職員の連帯した運動をさらに強めていくことを、ここに宣言します。
2015年7月31日 「安全保障関連法案に反対する学生と学者の共同行動」参加者一同
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
江戸東京。宮内庁は戦後70年にあたり、昭和天皇が戦争終結の「聖断」を下した皇居の「御文庫(おぶんこ)附属室」の写真や、
敗戦を国民に伝えた「玉音放送」の原盤と音声を1日付で公表した。
附属室の写真は宮内庁が7月中旬に撮影。内部公開は1965年以来で、当時の写真と比べると劣化ぶりは著しい。保存措置を取る予定はなく、
今後も手を加えずに管理する方針という。宮内庁で保管されていた玉音放送の原盤は、専門家の協力で音声の再生に成功した。昭和天皇の
肉声に近いものが再生されているという。
1945年8月10日。戦争終結を決めた御前会議の舞台となった御文庫附属室と、それを自らの肉声で知らしめた15日の昭和天皇の玉音放送。
「戦後の始まり」を象徴する二つの史料は、何を物語るのか。70年前、皇居で起きた敗戦の決断を振り返った。
1945年8月10日午前0時3分。9日深夜から首相鈴木貫太郎や閣僚たちが集まっていた御文庫附属室の会議室に、昭和天皇が入った。
この「御前会議」の議題は、無条件降伏を迫る「ポツダム宣言」を受諾すべきかどうか。和平派の外相東郷茂徳(しげのり)ら3人が
「天皇の地位存続のみ」での受諾を主張したのに対し、陸相阿南惟幾(あなみこれちか)ら3人は保障占領の拒否など4条件にこだわり、意見は割れた。
首相鈴木から結論を委ねられた昭和天皇は「聖断」を下す。『世界人類の幸福のために外務大臣案にてポツダム宣言を受諾することを決心した旨を
仰せになる』(昭和天皇実録)。3月の東京大空襲、6月の沖縄戦終結。8月6日の広島に続き、9日には長崎にも原爆が投下された。
さらに、ソ連が参戦したことも重なり、もはや降伏を選ぶしかなかった。
附属室は、昭和天皇の住まいだった御文庫と地下道でつながっていた。45年5月の空襲で明治宮殿が焼失した後、重要会議はここで開かれた。
空襲警報発令時には昭和天皇と香淳皇后の避難場所ともなった。
8月14日。附属室の会議室で、最後の御前会議が開かれた。『国家と国民の幸福のためには、三国干渉時の明治天皇の御決断に倣い、
(戦争終結を)決心した旨を仰せられ、各員の賛成を求められる』(昭和天皇実録)
日本の終戦が揺るぎないものになった。警戒警報発令中の午後11時25分、昭和天皇は宮内省内の一室に入り、マイクの前で「大東亜戦争終結に
関する詔書」を2度読み上げた。自ら敗戦終戦を告げる玉音放送が録音された。
8月15日未明、放送を阻止しようと反乱軍が御文庫を包囲したが、鎮圧された。午前11時過ぎ、玉音盤は東京・内幸町の放送会館に運ばれ、
正午、ラジオ放送で流れた。昭和天皇は附属室の南側事務室で、4分半にわたる自らの肉声を聴いた。敗戦終戦の始まり…だ。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
北の大地。きのふ、苫小牧港の沖合で起きたフェリー火災で、このフェリーの乗員が、船内に停車中のトラックに取り付けられた冷凍機付近から
出火していたと話していることが分かった。きのふの朝1時45分に茨城県の大洗港を出港して、北海道の苫小牧港に午後7時45分に到着予定の、
商船三井フェリーが運航する「さんふらわあだいせつ」(1万1401トン、全長190m、旅客定員は154人、乗用車が62台、
大型トラックが160台搭載)が、夕方、苫小牧港の沖合で火災を起こし、乗客乗員94人のうち93人は救助されたが、消火に当たっていた
2等航海士の織田邦彦さん(44)の行方が分からなくなっている。
火災は、「Dデッキ」と呼ばれる車両専用のデッキに停車中のトラックで発生したことが分かっているが、このフェリーの乗員が、
トラックに取り付けられた冷凍機付近から出火していたと話していることが、関係者の話で新たに分かった。
船は太平洋を漂流しており、今後、運航会社「商船三井フェリー」が手配した引き船が近くの港にえい航。海保が乗組員や商船三井の関係者から
事情を聴くなどして出火原因の本格調査を始める。
けふ、現地に事故調査官を派遣した国の運輸安全委員会や、海上保安本部が、当時の状況を調べる。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
日本時間の先月29日から、ハワイで行われているTPPの閣僚会合は、1日、最終日を迎えた。日本を含む交渉参加12か国は、
大筋合意を目指して、夜を徹して事務レベル協議を続け、日本時間の午前5時ごろから、1時間にわたって、全体会合を行い、2国間での
協議を続けている。
これまでの交渉では、難航するバイオ医薬品の開発データの保護期間などで、期間をできるだけ長くするよう主張している米国と、できるだけ
短くするよう求めるオーストラリアや新興国との間で、意見の隔たりが残っているほか、乳製品の輸出拡大を目指すニュージーランドは、
日本を含む各国に対して、輸入量の拡大を強く求めている。一方、関税の取り扱いなどを扱う2国間協議で、日本は、各国との間で、
一定の前進が図れたということで、交渉全体に影響を与える米国との協議で、最大の焦点になっている主食用のコメの日本の輸入量を巡っても、
最終的な調整が進められている。政府関係者は、交渉の進捗状況について、「悲観的な情報はたくさんあるが、多国間の交渉は、最後に
政治決断に踏みきる雰囲気が重要だ」と指摘し、閣僚による政治判断によって、事態を打開する可能性も十分にあるという考えを示した。
日本は、今回の閣僚会合を逃せば、交渉の長期化は避けられないとみており、米国と連携し、各国に歩み寄りを求めることにしているが、
各国とも、ギリギリまで国益を追求する見通しで、大筋合意を目指したぎりぎりの交渉が続いている。
日本と米国の2国間協議で大きな焦点となっている主食用のコメの輸入を巡っては、米国がTPPの輸入枠として17万5000トン増やすよう
求めているのに対し、日本は、7〜8万トン程度の輸入枠を新たに設けることで決着できないか、交渉を進めている。
また、日本が米国から輸入する牛肉と豚肉の関税を巡っては、牛肉については、15年程度かけて38.5%から10%前後に、豚肉は、
10年以上かけて、価格の安い肉1キロ当たり、最大で482円を50円前後にそれぞれ引き下げる方向で調整が進んでいる。
輸入が急増した場合に関税を引き上げるセーフガードも導入される方向。
一方、農産物5項目の1つ、乳製品のバターについては日本は米国、オーストラリア、ニュージーランドとの間で、一定量に限って35%という
今の関税を維持しながら今より安い価格で輸入する新たな枠を設けることで合意できないか、調整している。
米国が日本の自動車部品にかけている関税については、大半の部品の関税を協定発効後、即時か5年以内の短期間で撤廃する方向で調整を進めている。
一方で日本車の本体にかけている関税については撤廃する時期を「20年以上」とする方向で最終調整が進められている。
このほか、カナダも日本車にかけている6.1%の関税を撤廃する期間について、米国が日本車にかけている関税の撤廃期間よりも短くする方向で調整に応じている。
一方、交渉を難しくしているのが乳製品を巡るニュージーランドの対応で、酪農大国ニュージーランドは日本を含む各国に輸入量の拡大を強硬に主張し続けている。
米国に輸入拡大を求めると、米国はそのかわりにカナダに輸入を増やすよう求め、それぞれの2国間交渉が進まなくなっている。
また、12か国全体の交渉でも難航分野が残っており、このうち、先端的なバイオ医薬品などの開発データを保護する期間を巡っては、
米国は当初「12年間」を求めていたが、新興国やオーストラリアなどは「5年以下」を要求し、今も同じような構図が続いている。
また、国有企業と民間企業の公平な競争条件について、日本や米国が、国有企業の優遇措置の是正を求めているのに対し、多くの国有企業を抱える
マレーシアやベトナムなどは慎重な姿勢を示していて、折り合いがついていない。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
福島。東京電力福島第1原発事故に伴い全村避難する飯舘村で、きのふコンビニ「セブン−イレブン飯舘村仮設店舗店」が開店した。
村内では原発事故後、初の小売店再開。初日から除染作業員や一時帰宅の住民らが来店した。村内では小売店や飲食店が全て原発事故で休業。
営業を再開した事業所の従業員や除染作業員ら6000人以上が働いており、食料品や日用品をそろえた店舗を求める声が出ていた。
店舗はスーパーの一部を改装。震災前の「セブン−イレブン福島飯舘店」オーナー菅野賢さん(44)が経営。営業は午前6時〜午後8時で、
マスクや制汗剤のコーナーを拡充した。「将来多くの村民が戻れるように、少しでも復興に役立ちたい」と菅野さん。福島市に避難し、
村内の企業で働く大滝明子さん(50)は来店し「通勤途中などに毎日利用したい」。店舗は従業員11人のうち8人が村民。当初は大型連休明けの
開店予定だったが、従業員の確保で遅れたという。飯舘村は全域が避難区域に指定。居住制限、避難指示解除準備の両区域は日中に立ち入りできる。
7月18日からは夏季の特例宿泊で夜間滞在が認められている。村長菅野典雄は「避難指示解除に向け、帰村の足掛かりになる」と期待した。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
新国立競技場。その整備計画見直し問題で、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)が2012年の計画当初に総工費と想定した
1300億円は、整備構想を検討する有識者会議に諮らずに設定されたことが、自民党行政改革推進本部の調査で分かった。
20年東京五輪・パラリンピックの主会場をめぐり、コストを度外視してデザイン選定が進められた経緯の一端が浮かんだ。
推進本部の本部長河野太郎が明かした。JSCの理事長河野一郎の責任を重視して更迭を求める考えを強調。自民党には、民主党政権時代の
不手際に焦点を当てる思惑もありそうだ。
兵庫。昨夜11時ごろ、西宮市越水社家郷山の有料道路「芦有ドライブウェイ」のトンネルの出口付近で乗用車どうしが正面衝突した。
この事故で、30代の男が運転していた車の後部座席に乗っていた60代の女性が死亡、助手席の70代の男と運転の30代の男が意識不明の重体。
もう1台の助手席に乗っていた姫路市青山の会社員西垣克真さん(22)が頸椎骨折の重傷、三田市の運転手の大学生(22)が顔に軽傷を負った。
現場は片側1車線の直線で、右前部同士がぶつかった。「芦有ドライブウェイ」は芦屋市と神戸市の有馬温泉を結ぶ有料道路で、
現場はカーブが続く見通しの悪い山道。警察は事故当時の状況を詳しく調べている。
ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて
遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
犀星 抒情小曲集から
富山。「2015ピースアクションin Toyama」と題した平和集会が、きのふ富山市のボルファートとやまであり、富山市上冨居の
増田昭治さん(79)が富山大空襲の体験談を語った。
市街地の99・5%を焼いた空襲から一日で70年。増田さんは「正義の戦争などない。何があろうと戦争だけは絶対にだめ」と強調した。
9歳だった増田さんは、堀川町に住んでいた。防空壕に母、弟と一緒に潜んだが、その後に富山高校裏の橋の下に避難した。
当時を「富山大橋あたりは真っ赤に燃え上がっていた。自分が入っていた防空壕を後から見たら、ガラスが溶けていた。紙一重で生き延びた」と振り返る。
被害が大きかった理由を「爆撃機が一度通過して新潟県長岡市に向かった。それで富山市の警報が解除されたのでみんな寝静まったら、
空襲を受けた」と説明。自宅は全焼したため、戦後は市内の知人宅を頼って転々としたといい、「日本に食べ物も着る物もないから、
災害時のような炊き出しもない。それからの疎開生活も大変だった」と語った。
集会は連合富山が主催し、80人が出席。安全保障関連法案が衆議院で強行採決されたことに抗議し、「富山大空襲の実相と悲惨さ、
平和の尊さを学び、次世代にもこの平和への願いを伝えていく」と誓う集会アピールを採択した。
福井。美浜町日向の沖合で、一昨日深海魚「リュウグウノツカイ」が生きたままきれいな状態で定置網にかかった。
まもなく死んだが、坂井市の越前松島水族館が持ち帰り、標本にする。浜に打ち上げられることはよくあるが、生きた状態で捕獲されるのは珍しい。
一昨日の朝5時半ごろ、日向漁港の沖合1・5キロに日向定置網漁業組合が仕掛けた定置網にかかった。全長は2mで、するりと伸びた銀色の体に
紅色で糸状の背びれと胸びれがついていた。浅瀬まで迷い込んだとみられている。定置網で捕獲した魚が少なかったため、傷みやすい背びれが
きれいに残ったとしている。
能登。夏の七尾市を代表する祭り「石崎(いっさき)奉燈祭」の前夜祭は、きのふ石崎町で行われた。
西3区の高さ12mの大奉燈が巡行し、祭りの幕開けを告げた。
金沢。今年4月の県議選で、元県議宇野邦夫の秘書だった男が、有権者に飲食の接待を行ったとして公職選挙法違反の罪に問われた裁判で、
金沢地裁は、きのふ被告の男に懲役1年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。金沢市薬師町の杉山和仁(44)は、4月の県議選金沢市選挙区で
当選した元県議宇野邦夫の選挙運動者として今年2月、金沢市内の旅館で有権者31人を、1人当たり5660円相当の飲食でもてなし
票のとりまとめを依頼。判決公判で金沢地裁の裁判長は、「杉山は当時、現職の県議に雇用され、選挙活動では法令を遵守すべき立場にありながら、
食事の供応接待をした犯行態様は悪質」と指摘した。その上で、「元県議の選挙基盤が弱体化していることを認識し、危機感を募らせてた上での犯行で、
動機に酌量の余地はない」として懲役1年の求刑に対し、懲役1年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。弁護側は、現時点で控訴しない方針を示している。
判決が確定した時点で、検察側が連座制の適用を視野に手続きを進めるとみられるが、元県議宇野は既に議員を辞職、政治活動にはかかわらないと明言している。
今回の選挙違反事件は事実上、これまで県政を支えてきたベテラン議員の辞職という形で幕を引くことになる。
金沢市神宮寺の寺院で、県の天然記念物に指定されているハス「妙蓮」が咲き始め、しっとりとした風情を醸し出している。
「蓮寺」の愛称で知られる真言宗の持明院では、ハスの一種で、県指定の天然記念物「妙蓮」が淡いピンク色の花を付け始めている。
妙蓮はひとつのつぼみにいくつもの花がつく「多頭蓮」で、1000〜4000枚もの花びらがあるのが特徴。この妙蓮は全国でも
こちらの寺院と滋賀県守山市の2か所にしか生息していない貴重なハスだという。妙蓮は今月9日まで一般公開されている。
加賀。小松市安宅海岸の海を見渡す喫茶店「ときCafe I Land(アイランド)」が、開店から1カ月を迎えた。
能美市吉竹町の店長、嶋田英美子さん(51)は「波音と潮風を感じゆったりした時間を過ごしに来てほしい」。
店は安宅町の梯川左岸、安宅住吉神社西側の駐車場に立地。5年前まで20年間、浜茶屋として使われていた建物を借り、店内70平方mを改装して
7月1日に開店した。「喫茶店をやるのが憧れだった」と英美子さん。夫の正人さん(65)とともに能登地方や福井県を回り、店を持てる場所を
探していて「こんなに空と海がきれいな場所はない」と安宅海岸にたどり着いた。店内は、木を多く使った自然なデザインで、ゆっくりとした
時間が流れる。青い海と白い浜、打ち寄せる波を望める窓際の席では、心地よい潮風を浴びながらコーヒーを味わうことができる。
英美子さんは「海を見ながらゆったりできるカフェがこの地域に少なかった。時間によって変わる海の景色を楽しみながらゆっくりできる場所にしたい」と。
営業時間は朝10時から日没まで。8月は無休、9月以降は木曜定休。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは作家の故高橋治。
回光返照(えこう へんしょう)
自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も今や、葉月、8月入りした。
けふから葉月、8月だ。月日の経つのは、何とも早い。
次第にむし暑くなってきた。
友人のけんたくんが金大へ入院しており、先日見舞いに行ってきた。元気そうだったが、一日も早い回復を祈念す。
土佐は四万十の武さんから。おはようございます。今頃は珈琲を淹れておられる頃でしょうか・・・こちらも朝は爽やかさ、昼間の猛暑の
欠片もないです。川霧を存分に味わっての散策でした。昨日は38℃とか、今日も覚悟してます。お見舞いの書き込み「けんたくん元気」の字が
大きく見えて嬉しかったです。暑い中のお出かけお疲れ様、ありがとうございました。さぞ喜んでくれたことでしょう。けんたくんあらためてガンバレ!!
水出し茶とコーヒー、貪欲に両方を用意します。お元気で、なんて便り。
夏前まで、来ていて、このところしばらく見ていないオナガがまたやってきたようだ。裏庭で、「ギィ―、ギィ―」と鳴いている。
それに、木を移る際に鳴く蝉の声も聞こえる。
夕方の散歩は、寺の横の寺津用水脇の遊歩道経由で末町まで。蝉しぐれの中、冷たい水の流れを見ながら、木立の中の散歩はいいが…。
真如苑から末交差点へ続く道路に出ると炎天下だ。曲がりくねった坂道を歩いて、松田さんち前まで来た。韓ちゃんが掃除と「朝早く畑へ
行ってきた」と電動の薪割機で、薪割した後の清掃と洗濯中で「お疲れ様」。そのうち、今夜の花火大会に連れて行くため、松田さんが
娘やお孫さんのところへ行くとかで、真如苑の前から薔薇のハウス前まで載せてもらった。まだ、陽は下がっておらず、汗でびっしょりになった。
安保法案協力した公明党の行動は、万死に値します。
元公明党副委員長 二見伸明(80)
「みるく世(ゆ)がやゆら(今は平和でしょうか)」
沖縄・与勝高校三年 知念捷
笹鳴(ささなき)や馬込は垣もまだらにて
犀星 昭和3年「馬込日記」 「萬福寺」(東京・大田区南馬込)境内の石碑
聞き流すことも処世や心太(ところてん)
箕面 藤堂
薔薇美しき 真紅のバラの就中
(々)
自由さに慣れて不自由 懐手
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 葉月、8月1日(ふ)
・∴・--------------------------------------------------
■ご感想を戴ければ幸いです。
【戻る】
日々のことなどは【東風 (あいのかぜ)に吹かれて】
【気象情報】
回天蒼生塾 『能登・加賀 東風に吹かれて』創刊