百田と報道圧力に抗議、沖縄県民集会4日開催

 2015年、文月、7月2日 。石川県内は、晴れ。金沢の最高気温は29度。

 夏至から11日目、けふは「半夏生(はんげしょう)」だ。朝の散歩は、波ごみ捨てのコースで、バス停の方向へ。

 朝日が何ともまぶしい。井筧さんちの赤白のセージは、元気そうだ。お隣の彦三から来られる老夫婦の畑のトウモロコシ、何とか起きあがったようだ。

 畑におられた河田さんに「お早うございます」。前方に、アパートにおられる爺さんが生ごみを捨てて帰るのが目に入ったが、脳梗塞か?左全身が

 不自由で、歩く姿も痛々しい。アパート横から道心建材の四つ角を過ぎて、北さんちの四つ角の手前を一輪車で生ごみを捨て終わった藤田さんに会い、

 「お早うございます」。コンビニを過ぎて、バス通りを渡ると畑におられた京堂さんに会い「お早うございます」、「久し振りですね」。

 旧ため池跡を左折して、みすぎ公園へ。右手の畑には清水の御婆さんがおられて「お早うございます」と声かけれど聞こえず。公園の前のお宅、

 きのふでも解体屋さんが入ったのか、柱や窓枠などが散乱した後地に大型のユンボに道路に大型トラックが停車していた。昔スタイルの「ドカーン、ドカーン」で、

 分別しないで、解体したと思う。一回りしたら、「お早うございます」、ミニダックスフンド連れの高瀬さんの娘さんの旦那が公園から出てこられて

 「これで、散歩は終わりです」。在所へ入ると、時々会う爺さんに「お早うございます」。御隣の庭先にある金鶏菊が美しい。畑や田の水回りへ

 行ってこられた徳田さんに会い「お早うございます」。なかの公園あたりから登校の学童に会い「お早う、お早う」。中には子どもたちから

 「お早うございます」と挨拶する子がいて、感心する。親のしつけかな。西さんちの四つ角の手前、左前方に、西脇さんらいつもの二人に

 「お早うございます」。出口さんの娘さんら二人から「お早うございます、長谷川さんらまだです」ともう1人の子に「あなたの名前は」には

 「朝日です」。舘山への四つ角は右折して坂道へ。ここで、長谷川さんちのホノ、サヨちゃんに会い「お早う、あらミコちゃんは」に「先に

 行きました」「合わなかったなぁ」。寺津用水、綺麗に掃除されて、水の量は多く流れは速かった。角地の杉下さんちの息子さんに会い「お早うございます」。

 「御婆さんも元気になったみたいね」。

 この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に豆を挽いて、カフェを4、5杯分を点てた。

 時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 半夏生は、旧暦では一年で最も昼が長い夏至の日から数えて11日目ごろを指す。

 御隣福井の大野市では焼き鯖を食す習慣があるが、タコに含まれるたんぱく質やタウリンなどが夏バテ防止に良いこともあって、関西では

 半夏生の日にタコを食べる習慣がある。年間1000トンの水揚げを誇る明石市でも7、8月がその半分を占め、「旬の食材」として親しまれている。

 旬のタコを多くの人に味わってもらい、観光振興にもつなげようと、明石飲食業組合、漁連、市商店街連合会などがたこまつりを企画した。

 イベント内容は、けふ市立28小学校などに明石のタコを使った「タコ入り和風カレー」を提供。小学校では、漁師がタコの取り方などを紹介する

 「明石だこ出前授業」も開く。また、明石駅前南側広場では午前11時半と午後1時半の2回、「明石だこの天ぷら」を無料で配る他、

 市内25の飲食店では、明石ダコを使ったオリジナルメニューも提供する。4日午後6〜9時には、魚の棚商店街などに出店が並ぶ「半夏生 

 七夕夜市」も開催。午前10時半〜午後2時にはアスピア明石アトリウムコートでPRイベントもある。

 青森。五所川原市と中泊町を結ぶ津軽鉄道で、恒例の「風鈴列車」の運行が始まった。

 乗客たちが涼しげな音色を楽しんでいる。風鈴は駅や跨(こ)線橋、列車などに150個をつり下げた。列車「走れメロス号」では、

 地元の津軽金山焼製の風鈴10個が「チリン、チリン」と鳴り、神奈川県からの夫婦は「かわいらしい音色」とにっこり。「もっとたくさん

 つるしてもいいと思う」。先月から運行している七夕列車では、NPO法人津軽半島観光アテンダント推進協議会と市内4施設の合同企画も開始。

 7日まで、浴衣姿で乗務するアテンダントから合言葉を聞いて担当スタッフに伝えると、数量限定で星やハート形のうんぺいのプレゼントがある。

 風鈴列車は8月末まで運行する。

 鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、先月の29日で1か月経った。

 今月下旬に仮設住宅が完成予定だが、帰島の見通しはたたず、住民の生活支援が課題となっている。

 住み慣れた島を離れて1か月、何時になったら島へ戻れるか。住民たちの願はいつかなえられるかだ。

 一時帰島については、町は天候や火山の状況を見て梅雨明けに判断したいという方針を伝え、住民をどのようなグループに分けて、

 どんな順番で島に入れるか、今後、住民の代表と協議していくという。

 全島避難が続く口永良部島に畜産業を営む80歳の爺さんらが上陸し、家畜を島外に連れ出していたことが、分かった。

 口永良部島は全域に避難指示が出ているが、罰則はない。町は「無断の帰島は許可しておらず、安全のためにも自粛してほしい」としている。

 一時帰島したのは口永良部島で畜産業を営む爺さん(80)と屋久島で漁業をしている長男(46)。上陸したのは先月で、漁船を使って

 島に入り、牛などに餌をやったり、豚や鶏を船に乗せて連れ帰ったりした。避難指示は災害対策基本法に基づき、市町村長が発令するが、

 罰則はない。法では、災害時に立ち入りを禁止・制限する警戒区域も設定でき、違反者には罰金や拘留の規定があるが、口永良部島には設定されていない。

 親父と息子が家畜を連れ出すために島に上陸していた問題で、町が住民側から事前に上陸したいとの相談を受けていたことが、分かった。

 町は許可しないと伝えたが、上陸した2人は「駄目と言われても、家畜の命を守るために行かざるを得なかった」と話している。

 上陸したのは口永良部島で、畜産業を営む爺さん(80)と、屋久島で漁業をしている息子の長男(46)。長男によると、6月6日以降の

 5回、漁船で島に入り、家畜に餌をやったり、連れ帰ったりした。上陸や屋久島への帰島の都度、町には報告していたという。

 先月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」

 (http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、

 噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、

 島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。

 「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。

 必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が

 島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。

 ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。

 印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、公営住宅の

 入居見通しや見舞金の申請方法などをまとめ、メンバーと協力してニュースに掲載している。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 自民党勉強会での報道圧力発言問題で、けふ午後、「沖縄2紙はつぶさないといけない」と名指しされた琉球新報と沖縄タイムスの両編集局長が

 千代田区の海外特派員協会で会見した。国内外の記者やカメラマン120人が参加した。

 琉球新報の編集局長潮平芳和は、首相安倍が公明党の代表山口に陳謝したことを報じた2日付自社紙面を掲げ「謝罪の時期と場所が間違っている。

 問題発覚直後に国会や国民の前ですべきだ」と強調した。また、「この国の報道の自由、表現の自由、民主主義は危機的な状況にある」と指摘し、

 「国会議員が『マスコミを懲らしめるには広告料がなくなるのが一番だ』として、経団連に働きかけてほしいと求めた発言は、政権の意に沿わない

 メディアを『兵糧攻め』にして報道の自由を取り上げるという言論弾圧の発想にほかならず、極めて危険だ」と述べた。

 また、沖縄タイムスの局長武富和彦は「選挙のたびに自民が負け、沖縄の民意は明確だ。最も尊重すべき選挙結果を否定する安倍政権の姿勢が今回の

 議員の発言につながった」と指摘し、更に「政権の意に沿わない新聞は許さないという姿勢は、民主主義の根源である報道の自由を否定する暴論だ」と述べた。

 長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、9カ月になる。

 対策本部では一昨日の2度の目の調査の結果を踏まえ、捜索の具体的な場所や方法を検討する「先遣隊」を派遣したうえで、梅雨明け後の

 今月下旬にも本格的な捜索を再開する。

 気象庁が噴火警戒レベルを「レベル2」に引き下げるとともに、警戒が必要な範囲を火口から1キロ程度に縮小するのにあわせて、

 入山規制についても段階的に1キロ程度に縮小する。具体的には木曽町の黒沢口の登山道は山開きが行われたきのふ1日から

 当面は、火口から2キロ程度の8合目の山小屋「女人堂」まで入山を許可する。そして、今後、予定されている行方不明者の捜索が

 終わり次第、登山道の安全確認などを行った上で、火口から1キロ程度の9合目にある山小屋「二ノ池本館」まで入山できるようにする。

 一方、御嶽山の麓の王滝村で、きのふ「開山安全祈願式」が開かれ、地元関係者が犠牲者を追悼するとともに行方不明者の早期発見と山の平穏を祈った。

 昨年までは「開山祭」としてアルプホルンや和太鼓の演奏などで夏山シーズンの到来を盛り上げていたが、今年はイベントをやめ、慰霊と安全祈願の神事のみにした。

 この日は強い雨となり、式は7合目の田の原登山口近くにある御嶽観光センター内で開かれた。地元の自治体や観光団体、山岳関係者ら150人が出席し、

 御嶽山の方向に向かって全員で黙とう。村長瀬戸普は神事後のあいさつで「噴火を踏まえ、登山者への安全対策を着実に進めることが御嶽山の再興につながる」と述べた。

 王滝村の王滝口登山道は、田の原遥拝所まで規制が解除されているが、村は登山者の安全を確保する施設や情報伝達する手段がないため、

 今シーズンは田の原遥拝所より上部への規制は解除しない。

 気象庁は先月26日、噴火警戒レベルを「3(入山規制)」から「2(火口周辺規制)」に引き下げ、警戒範囲も火口から半径2キロ圏内から

 1キロ圏内になった。しかし、地元では行方不明者の再捜索が終了するまでは今回の規制解除以上は行わないことにしている。

 遥拝所にはヘルメットのほか、避難所を示す看板などを取り付けたほか、その先の登山道には入れないように立ち入り禁止の看板を立てた。

 登山道近くにある田の原自然公園の遊歩道も一部が開放され、展望台も利用可能になった。

 9合目(2800m)にある岐阜市有の山小屋「五の池小屋」は、3月に噴火警戒範囲が火口から半径2キロに縮小されて範囲外になったのを受けて、

 きのふから営業を再開した。

 ♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

 さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ

 橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ

 楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ

 五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
        明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助

 フィリピン。中部レイテ島沖で2日、乗客173人を乗せた船が転覆し、沿岸警備隊によると、36人が死亡した。

 これまでに118人が救出され、19人が行方不明となっている。船は正午ごろ、オルモック市からカモテス諸島に向けて出港したが、

 数分後に転覆した。海岸線から200m沖合の地点だという。現場では救出作業が続けられており、救出された人々は周辺の病院で手当てを受けている。

 フィリピン赤十字のリチャード・ゴードンはCNNに対して、転覆は強風が原因だと指摘。港では赤十字職員が毛布や食事を提供していると述べた。

 沿岸警備隊によると、船は全長27mで、カヌーのような形状をした「バンカ」と呼ばれる型だという。

 エジプト。北東部シナイ半島の各地で1日、武装勢力が軍の検問所や警察署などを襲撃し、AP通信によると、軍兵士ら64人が死亡した。

 イスラム過激派組織「イスラム国」に忠誠を誓う組織が犯行声明を出した。

 国軍報道官によると、武装勢力が検問所5か所を同時に襲撃し、軍は戦闘機やヘリコプターも投入して反撃した。AP通信によると、武装勢力側の90人が死亡した。

 国営テレビによると、この日夜には軍が完全制圧した。

 米国。大統領オバマは1日、ホワイトハウスで声明を発表し、「米国はキューバと正式に国交を回復し、大使館を再開させることで合意した。

 キューバ国民にとって歴史的な一歩だ」と述べた。オバマとキューバの国家評議会議長ラウル・カストロは、書簡を通じて今月20日に国交を回復し、

 双方の首都のワシントンとハバナで、大使館を再開させることを確認した。また、オバマはこの夏、国務長官ケリーを米国の国務長官として、

 70年ぶりにキューバに派遣することも明らかにした。さらに、オバマは「今回の合意で、キューバ国民への関与を大幅に強めることができる」と述べ、

 国交の回復がキューバ国内の民主化や人権問題の改善につながると強調したうえで、人の往来や経済関係を活発化させるためには、現在、

 米国がキューバに科している経済制裁の解除が必要だとして、議会に対し、速やかに解除に向けた議論を進めるよう訴えた。

 米国とキューバは、1961年以来、半世紀以上にわたって、断絶していた国交を正式に回復することになり、歴史的な節目を迎えるが、

 今後、野党・共和党が多数を占める米国議会で、経済制裁の解除を巡ってどのような議論が行われるのかが焦点となる。

 キューバ外務省は1日、公式のホームページを通じて声明を発表した。声明は、カストロが米国のオバマに書簡を送り、今月20日以降、

 キューバと米国の双方の首都に両国の大使館を開設して、国交を回復する方針を伝えたとしている。

 米国のオバマがキューバとの国交回復の方針を発表したのに先立ち、キューバの国営放送は通常の番組を中断して、米国との国交回復の

 ニュースを速報で伝えた。この中で、ニュースキャスターが「オバマがカストロに宛てた書簡の中で、今月20日、双方が国交を回復し、

 それぞれの首都に常駐の代表部を開設することを確認した」とするキューバ政府の声明を読み上げ、今月下旬にもキューバと米国が

 国交を回復し、双方の首都に大使館を開設することを論評抜きで伝えた。

 米国政府とキューバ政府が国交を回復し、双方の大使館を再開させると発表したことを受けて、キューバの首都ハバナでは歓迎の声が広がっている。

 このうち、これまで大使館に代わって米国への渡航ビザの発給などを行ってきた米国利益代表部の前では、列を作っていた市民から、

 「50年以上にわたってこんな状態が続いてきたが、今後は米国にいる家族と容易に会えるようになることを期待している」とか、

 「こんなにうれしいことはない。今後はビザの手続きが楽になればいい」といった期待の声が聞かれた。

 オバマがキューバとの間で大使館を再開させることで合意したことについて、野党・共和党からは反対の声も上がった。このうち、下院議長

 ベイナーは「キューバ国民が自由を手に入れるまでは、関係を正常化すべきではない」という声明を発表し、国交の回復に反対の立場を明らかにした。

 また、キューバ系移民の家庭に生まれ、来年の大統領選挙に立候補している上院議員マルコ・ルビオは声明で、「オバマ政権は、譲歩に譲歩を重ねた」と

 批判したうえで、「キューバ国民の政治的な自由が保障されるまで、大使の人事の承認に反対し続けるつもりだ」としている。

 また、かつてキューバ系移民が多いフロリダ州の知事を務め、来年の大統領選挙に立候補しているジェブ・ブッシュも、自身のツイッターで

 「大使館の再開は、キューバ政府による国民の抑圧を正当化するものだ」と批判した。オバマは議会に対し、キューバへの経済制裁を解除するよう求めているが、

 議会は上下両院とも、野党・共和党が多数を占めており、今後の議論はう余曲折も予想される。

 ♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ

 白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ

 白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
     昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる

 うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
                         大阪府 道浦母都子

 「いったい何の勉強か」。「沖縄の二つの新聞社をつぶさないといけない」など作家の百田尚樹(59)らが言いたい放題だった自民党の若手勉強会。

 地元の沖縄では「報道規制が敷かれた戦前への回帰だ」などと批判が相次ぎ、反発が収まる気配はない。早期に幕引きを図ろうとする自民党の姿勢にも

「ご都合主義だ」と怒りの声が上がっている。

 沖縄県議会与党5会派は午後、県庁内で会見し、作家の百田尚樹や自民党若手議員の報道へ圧力をかける発言などに抗議する県民集会を、

 4日午後6時から県市町村自治会館ホールで開催すると発表した。

 仲宗根悟(社民・護憲)は「あまりにも看過できない発言。言論弾圧と歴史の歪曲を許さない。多くの県民が結集してほしい」と来場を呼び掛けた。

 集会は与党5会派や沖縄平和運動センターや、マスコミ労協、統一連などによる実行委員会で主催する。

 米軍普天間飛行場の移設に伴う新基地建設に向けた海底ボーリング調査が進む名護市の大浦湾で、けふ午前、海上に設置されたスパット台船3基の

 周囲を囲んでいた浮具(フロート)を撤去する様子が確認された。午前11時現在、台船3基とも掘削棒が引き上げられ、台船が海面に下がってきている。

 今後移動するとみられる。掘削機を載せた大型クレーン船1隻が浜の付近に移動した。市民らのカヌーによる海上抗議は行われていない。

 一方、米軍キャンプ・シュワブゲート前では、早朝から市民ら30人が抗議活動を行い、一時市民らがゲート前と機動隊車両との間に拘束される場面もあった。

 県警の警察官が国道に座り込んだ市民らの顔を一人一人確認するような様子もみられた。

 米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局が業者と契約済みの「中仕切岸壁新設工事」と「汚濁防止膜等工事」の2件で、

 汚濁防止膜(オイルフェンス)を海底に固定するアンカーブロックとして、12・3〜56・7トンのコンクリートブロック計236個を設置する計画が

 両工事の特記仕様書などで判明した。オイルフェンスは工事現場から油漏れが広がらないよう一時的に設置する。位置図では県が岩礁破砕を

 許可した区域外に設置される予定で、ブロックも区域外の可能性が高い。

 今年1月以降、防衛局がボーリング調査に伴うブイやフロートを設置した際、県は最大45トンのブロックが岩礁破砕の許可区域外で

 サンゴ礁を破壊した可能性があると指摘した。防衛局は船舶の投錨に類する行為で岩礁破砕の許可は不要と主張。県は「45トンのコンクリート製構造物の

 設置は岩礁破砕の対象になることは明白」と反論している。資料を入手した沖縄平和市民連絡会の北上田毅さんは「防衛局は、ブロックが

 県との事前協議や岩礁破砕の対象でないと強行するかもしれない。桁外れの大きさと量で、大浦湾のサンゴ礁をどれだけ破壊するか、

 見当もつかない」と懸念を示している。特記仕様書では56・7トン102個、43・9トン86個、12・3トン48個と記載。

 ほか「ケーソン新設工事(1工区)」と「中仕切岸壁新設工事」で作業船を係留するための重しとして、37・5トンを50個と明記している。

 英紙フィナンシャル・タイムズは6月29日付電子版で、日本のメディアが慰霊の日の追悼式で、首相安倍に対するやじを報じなかったと伝えた。

 背景について、安倍政権がメディア管理に成功し、骨抜きにしたとする上智大教授(政治学)中野晃一ら識者の見方を紹介した。

 フィナンシャル・タイムズは、首相が式典で「戦争屋」「帰れ」といったやじを浴びたことについて「礼儀正しい日本では非常に珍しい」と指摘した。

 その上で「(国営放送)NHKと最大発行部数の新聞読売を含む多くのメディアが無視を決めたのは安倍がいかに日本メディアを取り込んだかを示している」と

 首相の批判者らの見方を紹介した。安倍政権が報道の自由を脅かしているとあおる動きに対しては、「安倍は自身に近い支援者を(国営放送)NHKの

 経営委員に任命し、リベラル派の新聞朝日の従軍慰安婦に関する報道記事を狙い撃ちした」と指摘した。

 一方、自民党国会議員の勉強会での報道圧力発言問題後、日本国内で報道の自由に対する懸念が高まっているとも指摘した。安倍政権が

 過去2年半におよび安定してきた要因の一つがメディア管理としつつも「亀裂が首相の支持率低下として現れている」との中野教授の指摘を紹介した。

 記事は東京発。電子版には安倍の追悼式でのあいさつと、(国営放送)NHKニュースの動画も掲載されている。

 ♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

 雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春  好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる  あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

 山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春  兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
         1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは

 今さら言うまでもない。

 去年、一番痛快だったのは、先月の沖縄県知事選挙で、普天間基地の辺野古移設に反対する前那覇市長翁長が当選したことだ。

 敗戦から70年となる年が明けている。

 日本は焼け跡から奇跡の高度成長を達成したが、バブル崩壊を経てデフレに陥り、少子高齢化という大きな転機に立っている。

 「戦争を知らない世代」が大半を占め、体験を聞く機会はどんどん減ってゆく。外に目を向ければ、東アジアはもちろん世界の環境も大きく変わった。

 くしくも、「戦後レジームからの脱却」を信条とする安倍が、衆院選の勝利を受けて新しい年へ踏みだしている。

 自民党細田派は、けふ昼の定例総会を取りやめた。

 同派には報道機関への圧力を求める発言で厳重注意を受けた衆院議員大西英男(東京16区)、長尾敬(比例近畿)が所属している。派幹部は「出席者の都合が

 合わなかったため」と説明したが、総会を開けば問題発言に触れざるを得ず、メディアに改めて取り上げられることを懸念して冷却期間を置いたとみられる。

 同じく厳重注意を受けた衆院議員井上貴博(福岡1区)が所属する麻生派例会では、副総理兼財務相麻生太郎が問題発言を取り上げ、「(安全保障関連)

 法案を通すのが大事であり、発言によって法案審議を遅れさせたら何の意味もない」と戒めた。井上は欠席した。

 他派の幹部からは苦言が相次いだ。農水相林芳正は岸田派例会で「おごり高ぶることのないよう、責任与党として常に心掛けなければならない」と呼び掛けた。

 地方創生担当相石破茂も無派閥連絡会で「『懲らしめる』とか『つぶす』とか物騒な話があり、余波が残っている。権力をあずかる者は

 いかにそれを抑制的に使うかをよくよく考えなければならない」と語った。

 きのふの衆院平和安全法制特別委員会で、防衛相中谷元は安全保障関連法案をめぐり、他国軍への後方支援活動として航空自衛隊の

 空中給油機による米軍戦闘機への給油が可能になるとの認識を示した。集団的自衛権の行使要件である「存立危機事態」に関し「事態認定の

 前提となった事実に特定秘密が含まれる場合もある」と、国会承認を求める際も開示できない部分があり得ると明らかにした。

 空中給油について、中谷は「米軍などの航空機に対し、自衛隊が空中給油機を使用することは法律上、排除されない」と述べた。

 現行の周辺事態法は、空中給油も認めていない。

 集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法案が国会で議論されているが、ジャーナリストの田原総一朗は、米国のあるレポートと

 日本の安保関連法案の内容が同じだと指摘する。以下、週刊朝日(2015年6月26日号)より。

 それによると、国権の最高機関である国会の場で、自民党が推薦した長谷部恭男氏を含む3人の憲法学者が、いずれも安保関連法案を「憲法違反」だと指弾した。

 政府、自民党は「『違憲じゃない』という著名な憲法学者もいっぱいいる」などと主張したり、1959年の砂川事件の判決を持ち出したりして、世論、

 マスコミ、野党の批判を強引に封じ込めようとしているが、「いっぱい」とは誰かと問われた政府の答弁者は3人の学者の名前しかあげられなかった。

 まるで子供のケンカだ。それに、砂川事件の判決を引き合いに出すことは、昨年7月の閣議決定のときには公明党が反対したため封印していたはずである。

 とにかく安倍内閣は、何が何でも、それも急ぎに急いで安保関連法案に決着をつけようとしているようだ。各紙の世論調査で国民の約8割以上もが

 「説明が十分でない」と答えているにもかかわらずである。なぜ安倍内閣はこうも強引なのか。そのことを日米間の表裏の事情に通じた元外務官僚に問うと、

 「第3次アーミテージ・ナイ・レポート」なるものを紹介された。アーミテージは共和党政権時代の国務副長官であり、ナイはハーバード大学教授で

 元国防次官補(民主党系)だ。私自身、アーミテージには2度インタビューしたことがある。日本政府に強い影響力を持っている人物である。

 そのアーミテージとナイが、2012年の8月15日に日米同盟に関する「第3次レポート」を発表しているのだ。

 海上自衛隊幹部学校の「戦略研究会」がホームページ上のコラムで概要を紹介している。

 それによると、レポートの内容は「日本が今後世界の中で『一流国』であり続けたいのか、あるいは『二流国』に甘んじることを許容するのか」と厳しく問いただすものだという。

 そして、日本は今後とも「一流国」として国際社会で一定の役割を果たすべきだとし、そのためには自衛隊について「時代遅れの抑制」を解消すべきだと主張している。

 「時代遅れの抑制」とは、私が思うに「専守防衛」「一国平和主義」のことではないか。さらに、中国が尋常ならぬ軍備拡大をはかる中で、

 日米同盟の強化が必要だとも指摘している。この時期にはまだ南シナ海での中国の強引な人工島づくりは進んでいなかったが、埋め立てが進み、

 もしもフィリピンなどの国々と何らかの事態が起きれば、日本がしかるべき行動をとることを求めているのであろう。

 そして、いきなりホルムズ海峡が登場する。「ホルムズ海峡におけるイランの動向に鑑み、封鎖の意図が明らかとなった際には、日本は単独で海上自衛隊の掃海艇を派遣し、

 当該海峡の通航の安全を確保する」というのだ。この指摘で、私は安倍内閣が周辺事態法を改革して、自衛隊の活動範囲を地球の裏側にまで伸ばしたこと、

 そして安倍首相が繰り返しホルムズ海峡の機雷撤去に言及していることが理解できた。「アーミテージ・ナイ・レポート」がそれを強く求めているのである。

 さらに、このレポートでは「武器輸出3原則」の緩和、そして集団的自衛権行使の容認の必要性を強調している。こうして見ると、安保関連法案は、

 「アーミテージ・ナイ・レポート」と見事なほど重なっているのがわかる。あるいは、こうしたかたちになるのが同盟関係というのかもしれないが。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 ギリシア。ギリシャ政府はEUからの金融支援が打ち切られたため、30日が期限だったIMF=国際通貨基金に対する2000億円の債務を返済できず、

 先進国では初めてIMFの債務を延滞した。ギリシャの首相チプラスは1日午後、金融支援が終了してから初めてテレビ演説を行い

 「われわれは交渉の席に最後まで座りつづける」と、財政緊縮策の一部修正を求めるギリシャ側の提案に対して、ユーロ圏側から前向きな答えがあれば、

 直ちに対応する考えを示した。その一方で財政緊縮策の賛否を問う国民投票について、チプラスは予定どおり今月5日に行うとしたうえで

 「反対の票を投じてもギリシャがヨーロッパから離れるわけではない。むしろ受け入れ可能な合意に向けてEU側への強い圧力になる」と、

 国民に対して緊縮策の受け入れに反対票を投じるよう改めて呼びかけた。

 チプラスがテレビ演説で、国民投票で緊縮策の受け入れに反対の票を投じるよう改めて呼びかけたことについて、ギリシャの市民の間では、

 さまざまな受け止めが出ている。このうち、アテネ市内のカフェに設置されたテレビでチプラスの演説を聞いた60歳の男は、「チプラスの

 演説は、とても説得力があった」と評価したものの、国民投票で賛否どちらに投票するかは、さらに検討したいと。

 また、年金生活を送っているという男は、「がんを患いましたが、十分な医療保障もない国です。私にとっては、チプラス政権が唯一の

 生きる希望です」と、国民投票では反対票を投じる考えを示した。一方で、カフェの店員は「チプラスには、政治信条に基づいて発言する自由があるが、

 緊縮策は簡単に賛成、反対と言える問題ではない」と、演説は問題を単純化していると批判した。そのうえで、「私はヨーロッパ人として

 生きたいし、子どもにもヨーロッパにとどまってキャリアを築いてほしい」と、国民投票では賛成票を投じる考えを示した。

 ギリシャ支援をめぐる国際債権団との交渉が行き詰まり、国の将来に対する不透明感が強まる中、新天地を求めてオーストラリアに移り住むギリシャ国民が急増している。

 1940年代にはギリシャ内戦を受けて15万人以上がギリシャからオーストラリアに移住した。現在のオーストラリア移住の波は1940年代以降、

 最大規模とされている。ギリシャ出身の翻訳者ニコス・フォタキスさんは、自身が幸運に恵まれた一人だと考えている。39歳で無一文となり、

 借金を抱え、妻と子ども2人を養う方法を必死に探していた。このような状況からの「避難ルート」は、妻の出生地であるオーストラリアにあった。

 フォタキスさんは6カ月前にギリシャを離れてオーストラリアに到着。所持品はなく、持っていたのはより良い将来への希望だけだった。

 「まるで、救命ボートに乗ってタイタニックが沈むのを見ているようだった」と、南東部メルボルンに新居を構えたフォタキスさんは当時を振り返る。

 「自分は助かったけれど、船にはまだ多くの人が残っている」と述べた。渡豪する移民の多くは、1940年代の移民に比べて教育水準は高いが、

 経済的に余裕がない点は同じだ。所持金ほぼゼロで入国し、地域団体の支援に頼っている。

 メルボルンのギリシャ系住民は推計30万人で、本国のアテネとテサロニキに次いでギリシャ系住民が最も多い都市だ。市内のロンズデール通り周辺にある

 ギリシャ系地区では、ギリシャ債務危機がもっぱらの話題だ。ギリシャの将来への不透明感が高まる中、ギリシャ系コミュニティーは移民の一段の増加に備えている。

 福祉団体の推計では、2013年半ば以降にオーストラリアに到着したギリシャ国籍保持者は1万〜2万人。大半が二重国籍保持者または

 オーストラリア住むに親族がいるという。

 ♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨

 流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼

 出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
     昭和44年 港町ブルース  作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章

 福島。東京電力福島第1原発事故で、全町避難が続く浪江町の1万5千人が慰謝料増額を求め原子力損害賠償紛争解決センターに申し立てた

 裁判外紛争解決手続き(ADR)で、町は、けふ申立人のうち343人が5月末までに亡くなったと明らかにした。

 センターは賠償増額を認める和解案を示しているが、東電は拒否し続けている。

 昨年11月末時点で申立人のうち238人が死亡しており、その後も高齢者や避難生活で体調が悪化した人ら、和解を見届けずに亡くなった人が増えた。

 町は速やかな和解案の受け入れを東電に求めている。

 JR高山線。昨夜7時半ごろ、下呂市のJR高山線を走っていた名古屋発高山行きの特急「ワイドビューひだ17号」の車内で、

 車内で乗客同士が口論しているのを見た他の乗客が、非常ブザーを押した。通報を受け、車内で下呂署員が口論していたうちの1人、

 下呂市の男(63)の所持品を検査したところ、刃物を持っていたため、署に同行を求めた。

 特急は焼石駅と下呂駅の間で緊急停止したが、乗っていた20人にけがはなかった。所持していた刃物は小さいため、銃刀法違反にはあたらないという。

 警察が事情を聞いているが、意味の分からないことを話しているという。

 このトラブルの影響で、高山線は当該の特急を含め、上下合わせて4本の列車に最大で70分の遅れが出たという。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 江戸東京。俳優の萩原流行さんが杉並区でオートバイを運転中に転倒して死亡した事故で、直前まで左側の車線を走っていた警視庁の護送車の

 車線変更が転倒につながった疑いが強まったとして、警視庁は護送車を運転していた警部補を過失運転致死の疑いで書類送検する。

 この事故は今年4月、杉並区の青梅街道で俳優の萩原流行さん、本名、萩原光男さん(62)がオートバイを運転中に転倒して死亡した。

 萩原さんは転倒したあと、右側の車線にはみ出し、走ってきた乗用車にはねられたということで、警視庁が転倒の原因を詳しく調べていた。

 その結果、事故の直前まで左側を走っていた警視庁の護送車がオートバイの前に車線変更したことが転倒につながった疑いが強まったという。

 警視庁は護送車を運転していた50代の警部補が後方の安全確認を十分に行っていなかったとして、過失運転致死の疑いで書類送検する方針を固めた。

 警視庁は萩原さんをひいた乗用車のドライバーも過失運転致死の疑いで書類送検する。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
       昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 総務省が、発表した1月1日時点の住民基本台帳に基づく人口動態調査によると、国内の日本人の人口は前年より27万1O58人減少し、

 1億2616万3576人となった。人口減は6年連続で、減少数は調査を始めた1968年以降で最大。

 選挙権年齢が18歳以上となる来年6月からは、新たに240万人が有権者に加わる。第二次ベビーブーム(71〜74年生まれ)の

 団塊ジュニアが40歳を超えて出産適齢期とされる女性数が落ち込み、出生減が加速する時代を迎えた。

 政府は地方創生を掲げ、人口減少対策と東京一極集中の是正に取り組んでいる。しかし前年より2県多い41道府県で減少。3大都市圏では

 東京圏のみ増加が続き、一極集中がさらに進んだ。

 出生数は79年以降で最少の100万3554人、死者数は最多の127万三111人。死者数から出生数を引いた自然減数は26万6757人となり、

 8年連続で増加した。年齢別にみると、14歳以下は1631万18人で人口に占める割合が12・93%。一方で65歳以上は3268万764人で

 25・9%となり、14歳以下の2倍を超えた。17、18歳は239万8234人。来年には18、19歳となり、改正公選法の来年6月の施行に伴い、

 ほぼ同数が選挙で投票できるようになる。都道府県別で人口が増えたのは、東京圏の東京、埼玉、千葉、神奈川のほか、愛知と沖縄。

 千葉は減少から増加となった。一方、宮城、滋賀、福岡が減少に転じた。

 東京が増加数7万2516人、増加率0・57%でともに一位だった。減少数の最多は北海道の3万2323人で、新潟、兵庫と続いた。

 減少率では秋田が1・27%で最も高く、青森、高知の順。

 3大都市圏が9年連続で全人口の50%を超えた。名古屋圏(岐阜、愛知、三重)と関西圏(京都、大阪、兵庫、奈良)は減少しており、

 東京圏が全体に占める割合は27・86%に上った。

 日本で住民登録している外国人は5万9528人(2・97%)増の206万2907人で、東京圏への転入が目立つ。外国人を含む総人口は

 1億2千822万6483人。

 ♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車

 涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車

 遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
        昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩

 高知。県議会は、2014年度に県議に支給した政務活動費に関し、収支報告書や領収書など提出された全ての書類を議会のホームページで公開を始めた。

 全ての書類をインターネット上で公開するのは都道府県議会で初めてだ。事務局によると、14年度の支給額は1人当たり年168万円で、

 県議が使わなかった分は返還する仕組み。対象の県議36人に支給した6048万円のうち返還されたのは1010万円で、返還率は16・7%。

 01年度に制度を開始して以来最高だった09年度の8・5%の2倍近い。

 埼玉。今朝7時半ごろ、桶川市上日出谷で、齊藤弘志さん(74)の住宅から、火が出て、1時間後に消し止められたが、鉄骨2階建ての

 住宅1棟が全焼し、焼け跡の2階の寝室から2人が遺体で見つかった。この家には齊藤さんと齊藤さんの40歳の長女と夫、それに1歳の娘の

 4人が暮らしていて、火事のあと長女と娘の2人の所在が分かっていないという。警察は、亡くなったのはこの2人とみて身元の確認を進めるとともに、

 火事の原因を詳しく調べている。現場はJR桶川駅から西に2キロ離れた住宅街。

 「霧の摩周湖」などのヒット曲で知られる作詞家の水島哲が先月27日、大腸がんのため、東京都内の自宅で逝った。86歳。

 昭和4年に仙台市で生まれた水島は、早大を卒業後、新聞社の文化部の記者として働きながら、作詞を始めた。昭和33年に、平尾昌章が

 歌った「星は何でも知っている」でデビューしたあと、西郷輝彦の「君だけを」や、布施明の「霧の摩周湖」など数々のヒット曲の作詞を手がけた。

 水島はここ数年、体調を崩して療養していたが、先月27日、大腸がんのため、逝った。

 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても

 帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて

 遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
            犀星  抒情小曲集から

 富山。砺波市宮森の東般若育苗センターで、夏白菜「タイニーシュシュ」の集出荷が始まった。

 今月末まで4トンを近隣の市場や農産物直売所に送り出し、市内の学校給食食材としても使ってもらう。タイニーシュシュは秋に収穫される

 白菜と比べ、やや小ぶりだが、さわやかな甘みがあってサラダに向いているという。センター周辺で、水稲の苗を育てるためのビニールハウスを運営する

 東般若利用組合)が昨年から本格栽培に乗り出した。ハウス利用の空白期間を短くする目的。今年は田植えが終わった5月、ハウス8棟に

 タイニーシュシュ1万株を定植した。初出荷には組合員ら7人が当たり、芯の部分を切ったり、計量するなどしていた。 

 福井。集団的自衛権の行使を可能にすることなどを盛り込んだ安全保障関連の法案をめぐっては、憲法との整合性などについて国会で議論が続いている。

 この法案に反対する県内の弁護士のグループの呼びかけで、昨夜、福井市で開かれた集会には、500人が集まった。この中で海道宏実弁護士が、

 「法案は憲法に違反している。憲法や平和に関する政府の動きは異常で、憲法の危機であり、平和の危機だ」と強調し、法案を廃案にするよう訴えた。

 続いて参加者が「私たちひとりひとりが大切な憲法への政府の暴走を止め、みずから戦争をしない国であることを未来の子どもたちに伝えていこう」と呼びかけた。

 海道弁護士は「憲法を法律の解釈でゆがめてしまうのは憲法の破壊だということをぜひ県民に知ってもらい法案に反対してもらいたい」。

 集会のあと参加者は、横断幕や旗を掲げて福井市中心部でデモ行進し、「日本を戦争する国にさせないぞ」などとシュプレヒコールをあげた。

 夏至から数えて11日目の「半夏生(はんげしょう)」をけふに控え、きのふは、大野市内の鮮魚店で、サバの丸焼き「半夏生サバ」の準備が進んだ。

 夏のスタミナ食が次々と焼き上がり、香ばしい香りに包まれた。大野市では江戸時代ごろから、農作業の疲れを癒やすため半夏生にサバの丸焼きを

 食べる風習がある。市内各地の20軒ほどの鮮魚店や仕出し料理店でサバの丸焼きが並ぶ。

 大野市明倫町の鮮魚料理店「うおまさカフェ」では焼き台を店頭に出し、体長40センチの特大サイズのサバを炭火で焼き上げた。

 サバの脂の焼ける香りが立ちこめると、近所の人も集まり岩本美恵子さん(78)は「最高の味だし、栄養も付くし、どうでも食べなあかんです」。

 半夏生のけふ2日は毎年、夕方前に完売してしまう。

 ♪蚊帳の中から花を見る 咲いて儚い 翠芙蓉 若い日の美しい 私を抱いて欲しかった 忍び会う恋 風の盆

 私あなたの腕の中 はねてはじけて 鮎になる  この命欲しいなら  いつでも死んでみせますわ 夜に泣いてる三味の音

 生きて添えない二人なら 旅に出ましょ まぼろしの 遅すぎた恋だから 命をかけて覆す  おわら恋歌 道連れに
     1889年 風の盆恋歌 作詞:なかにし礼  作曲:三木たかし

 能登。羽咋市柴垣町で、地元産の天然岩ガキの直売が始まった。

 市外には出回らない逸品とあって、県漁協柴垣支所では、きのふは朝からひっきりなしに客が押し寄せた。岩ガキは先月下旬から、

 地元の海士(あま)が素潜り漁でとっている。直売初日は、手のひら以上の大きさがある7、8年物の「大サイズ」をはじめ、350個が並んだ。

 直売は、産地に足を運んでもらおうと支所が2年前に始めた。例年、関西や東京からわざわざ買いにやってくる客もいるという。

 この日、白山市から訪れた65歳の男は30個をまとめ買い。「30年ほど前に仕事で柴垣に住んでいた時の濃厚な味が忘れられなくて。

 粒も大きいし、どうしても初物が欲しかった」と満足そうだった。直売は、毎週水曜日午前10時から。大は一個700円、中は550円、小は400円。

 金沢。原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分地の選定について、経産省が、きのふ金沢市内で自治体を対象に非公開の説明会を予定していたが、中止になった。

 政府は5月、最終処分地について、従来の公募方式から転換し、国主導で選ぶ方針を閣議決定した。これを受けて、全都道府県を巡回する形で

 説明会が開催され、先月30日には富山市でも開かれた。経産省資源エネルギー庁によると、説明会は時間や場所も非公表のため、日程などについては

 明らかにできないという。県の担当者は「説明会開催の話があり中止されたのは事実だが、理由や参加予定だった自治体など詳しい内容は分からない」としている。

 これまで実施した説明会には、平均で7割弱の自治体が出席していたという。

 中心部の商業施設で、初の試みとなる夏の一斉バーゲンが始まった。

 さらなる集客と回遊性を高めようと、ライバル店同士が共同戦線を張った。一斉にバーゲンを始めたのは、金沢中心部の5つ商店街や、

 香林坊、武蔵、金沢駅周辺の6つの大型店で、このうち、駅前の金沢フォーラスで始まったバーゲンでは期間中、夏物の洋服を中心に

 平均で3割〜5割値引きで販売されるとあって、平日にも関わらず多くの買い物客が訪れた。来館者の4割が県外からという金沢フォーラス。

 中には金沢駅前を、「バーゲンめぐり」のスタート地点とする人も見られた。一方、繁華街に位置する香林坊大和でも、オープンとともに

 買い物客が集まり、にぎわいを見せた。セール初日に注目を集めていたのは子供服や生活雑貨。洋服売り場で、子供や孫のために商品を品定めする

 買い物客をはじめ、デパートの強みとも言える品ぞろえの多さを武器に、幅広い世代の客を集めていた。香林坊大和では例年、6月下旬に

 夏のセールを開始しているが、足並みを他と合わせることで、回遊性の高まりに期待を寄せていた。今回の一斉バーゲンを呼びかけた

 金沢中心商店街まちづくり協議会の販促委員長の榊克則さんは、今年4月以降、それぞれの店舗へバーゲンの同時スタートを積極的に呼びかけた。

 北陸新幹線開業後、観光客を中心に来店客の数が増加傾向にある中心商店街。今回の取り組みは、買い物客にも概ね好評のようだ。

 加賀。一里野温泉が始まって以来の大ピンチを迎えている。

 一里野温泉に温泉を引いている湯元である岩間温泉の源泉が湧く湯谷の手前の崩落現場は、昨年春に崩落して以来、災害復旧がなされずに、

 放置されたままだ。国交省の作業道と石川県の作業道が並行して走る特殊な管理体制とか。片方が実施するとなっても、もう片方が予算が立てられず、

 動かぬままに、もう1年以上経った。温泉の配管には絶えず、湯垢がつくので、それを除去する作業を始め、様々な管理が必要だ。

 毎年、春と秋に大掛かりな作業をしていたのが、昨年より、この崩落現場が立ちふさがり、十分な作業を出来なくなっている。

 昨年は、白山市が予算をつけて、ヘリを飛ばして、この冬は持ちこたえたが、もう限界に近いという。危険な崩落現場を超えて、毎日のように

 作業にあたっているが、やはり人力では限界があり、なかなか完全復旧させられない。いつ崩れるか分からない崩落現場を乗り越えて行って、

 何かあったら、大変な惨事になるような場所を通って行っているわけで、危険を冒すべきではないが、温泉を途絶えさせないために

 と、立ち上がって、やっている。この土砂だけでも除去できれば、重機も現場に入れるのに。

 この道は白山の登山道のひとつ、岩間道でもあり、この奥には石川県としての唯一の天然記念物である「噴泉塔」がある。更に奥には、

 今石川県内で大問題になっている、手取川のドロ濁りの原因である、白山の地獄谷と仙人谷の大崩落現場もある。

 Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 「出合いこそ力」と訴えていたのは作家の故高橋治。

 回光返照(えこう へんしょう)
 自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 風薫る皐月も今や、文月(ふみづき、ふづき)、今年の後半7月入りして2日だ。

 月日の経つのは、何とも早い。けふの空は、青空だ。

   午後の散歩はいつものコースで、谷口の御婆さんは、弟さんと、ピーマンに支えをしていたが、「焼きナスに…大きいけどナスをあげる」と、

   そこへ時々、駅西から手伝いに来ている弟さんがピーマンを入れてくれて、ラストは赤い小ぶりの大根、ラディシュも戴いた。

   山市さんは畑で草むしりされていたので「お疲れ様」。いやー、かなりむし暑くなった。一回りして、二頭のコリー連れの持木さんに会い

   「コンニチワ」、「涼しいね」。小屋の近くの畑では、菊川の中野さんが来られていてジャガイモを掘っていた。「ご苦労様」と、近所にいる  元社の玉井さんのことなど暫し立ち話。のちに、車を水洗いしている木村さんに畑を見に出られた丸岡さんに会い「ご苦労様」と、しばし、

   車や穴水のことなど立ち話。

   「みるく世(ゆ)がやゆら(今は平和でしょうか)」
            沖縄・与勝高校三年 知念捷

 薔薇美しき 真紅のバラの就中
            箕面 藤堂
 自由さに慣れて不自由 懐手
             (々)

 trust me.
 I Have a Dream

                 2015 文月、7月2日(ふ)
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