野党、「報道規制」問題発言で 首相の責任追及へ
2015年、水無月、6月28日 。石川県内は、雨。金沢の最高気温は22度。
朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。
坂道は登らず左折したが、他野鳥と共にウグイスの鳴き声が聞こえた。寺津用水は、スムースに流れていた。野畠さんち横のアジサイが、
きれいに咲いていた。その前の果樹園花梨が、かなり大きくなっていた。バス通りを渡り、坂道へ。四つ角にはいつもの親父さんが来ていて、
、
「お早うございます」、「きのふの風で、倒れたのですね」、大きく育ったトウモロコシが根元から倒れて、支柱を立てていた。
尾田さんちのでっかいアジサイは目立つ。築田さんちの大きな深紅のバラは、今朝も待っていた。西さんちの四つ角、相変わらずアジサイが、
鮮やかだった。宇野さんは御休みのようだ。なかの公園手前の交差点を、過ぎてそのまままっすぐ行く。湯原さんちの庭、それほど大きくないが
イチジクの実は大きくなっていた。旧ため池跡は左折してバス通りを渡った。コンビニの裏道へ。道心建材の四つ角は、そのまま行く。
小林さんち前のアパートの前には軽4に道具を積んだ草刈りの業者が、来て、早速仕事をされていた。山本さんちの畑では、タチアオイが数本、
倒れて居た。木村さんちの奥さんが畑におられて「お早うございます」。
この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に豆を挽いて、カフェを4、5杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
日本列島。前線と低気圧の影響で、岩手など東北や鹿児島の奄美など九州南部では雨が降り続き、局地的に激しく降っているところがある。
大気の不安定な状態はけふ28日も続く見込みで、気象庁は土砂災害に警戒するよう呼びかけている。
浪速大阪。作家の百田尚樹はけふ28日、泉大津市で講演し、自民党勉強会での「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」との自らの発言に触れ、
「その時は冗談口調だったが、今はもう本気でつぶれたらいいと思う」と話した。講演を聞いた人によると、共同の抗議声明を出した
沖縄タイムスと琉球新報に対し「おかしな話だ。私の話を何も聞いてない。伝聞にすぎない」と批判。さらに「まだしばらく2紙とは
やりあっていかないといけない」と述べた後「本気」発言をした。
百田は講演の最初で、勉強会での発言について報道陣が冒頭取材を終えて退出後にオフレコで述べた一言だったとあらためて強調した。
講演では、発言が報じられて炎上し、腹が立ったため短文投稿サイトのツイッターに「私が本当につぶれてほしいと思っているのは、
朝日新聞と毎日新聞と東京新聞」と投稿したとも話した。講演会を主催した泉大津青年会議所は、取材を認めなかった。講演後に百田が
会場から出る際、記者が質問したが、百田は応じず、車に乗り込んだ。
鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、明日29日で1か月になる。
湯向(ゆむぎ)地区の小川直清さん(85)は今月23日から屋久島の公営住宅に入居し、1人暮らしをしている。東京に住んでいたが
7年前、妻の死を機に、観光旅行で気に入っていた口永良部島に移り住んだ。今年3月に肺がんと診断され、新岳が噴火した5月29日は
診察で屋久島に来ており、そのまま入院。退院後、公営住宅に入った。公営住宅は仮設住宅(27世帯入居予定)が建設される宮之浦地区から
20キロ離れている。近くの公営住宅に避難している同じ集落の畠清志さん(60)が車に乗せてくれるなど世話してくれているが
「体調を崩した時に畠さんが不在だったら不安だ」。今は以前のような近所付き合いもない。島ではほぼ自給自足だったが、今は生活費が倍近くかかる中、
寂しさを紛らわすためテレビを購入した。町によると、独居の避難住民55世帯のうち、屋久島内に点在する公営住宅に11世帯、民間の賃貸住宅に
12世帯が居住している。町は公営・賃貸住宅の33世帯との電話連絡網を整備したが「緊急時の相談は誰にすればいいのか」といった不安の声もあり、
災害対策本部に窓口を設けた。町と県は週2、3回、保健師を巡回させており、町は仮設住宅には避難者が集える「談話室」を併設する方針だ。
町長の荒木耕治は「仮設住宅の人以外にも談話室を利用してほしい」と話す。しかし、建設予定地から離れた公営住宅に避難している男は
「車がないので利用できないと思う」と懸念する。
阪神大震災や大震災の被災高齢者の訪問支援などをする神戸市のNPO法人「よろず相談室」の理事長牧秀一(65)は「避難生活をする
高齢者に『取り残された』と思わせないことが大切。月1回の訪問でも電話や手紙でもいい。『そばにいる』とメッセージを送り続けることが大事」と訴える。
「行政は平等論に根ざしているので限界が出てくる。先行地域の成功、失敗例から口永良部島にあった支援のあり方を地元の人が考えていかなければならないと思う」と助言した。
口永良部島の新岳爆発で、屋久島町は、入居希望の27世帯のために、このほど仮設住宅27戸を来月下旬をめどに着工している。
屋久島に避難している関口浩さん(49)は、残してきた自宅を気に掛ける。3年がかりで1人で建てた自慢の家だ。
妻と愛犬とともに避難所から公営アパートに移ったが、一日も早い帰宅を望んでいる。本村地区温泉の管理人を務める関口さんは、2004年に
出身の群馬県から一家3人で口永良部島に移住。妻久子さん(43)と長男(15)の病気療養のためだった。
島には手付かずの自然が残り、魚や野菜は島民が譲ってくれた。お返しは久子さんが焼いたパンやケーキ。関口さんは「何もない島だけど、それが魅力だった」と語る。
2年前、林を切り開いた場所に自宅を建てた。自力で家を建てる島民が多いことに触発され、設計から建設まで、1人で楽しみながらこつこつと作業を続けた。
島外から来た人も泊まれるよう、間取りは大きめの6LDKに。山から引いた湧き水で入れるコーヒーは格別だった。
昨年8月の噴火では自宅近くで火山灰をかぶり、久子さんの実家がある長野県に家族で一時避難したが、「今回の規模は桁違い。
この世のものと思えなかった」。仕事を切り上げて家に急ぐと、火砕流が付近を流れた直後で、一面が火山灰で覆われていた。屋根に積もった灰は
雨では流れないため気掛かりだ。長男は高校進学で島を離れている。取り壊し予定だった屋久島の公営アパートに入居し、家電は支給されたが、
生活用品は最低限しかそろえるつもりはない。「近いうちに夫婦で必ず帰るから」。元の生活に戻り、自宅にロフトを取り付ける日を思い描いている。
口永良部島生まれの漁師渡辺一美さん(83)は仮設への入居を希望するが、大阪府で暮らす息子や娘から移住を提案されており、「1年間は
仮設で暮らし、長引けば大阪に移ろうと思う」と語る。町を管轄するハローワーク熊毛によると、避難所で開いた相談会では9人が屋久島での
就職を希望。生活が落ち着けばさらに増えるとみられるが、担当者は「避難者の希望は一日も早い帰島。屋久島での就職に二の足を踏む人もいる」と話す。
町は支援策として予算を組み、臨時で林道管理の仕事を確保する方針だ。新岳は18〜19日に再噴火しており、避難指示解除の見通しは立たない。
梅雨明けして天候が回復すれば、町は車や家畜などの持ち出しのための一時帰島を行いたい考えで、明日29日には避難者向け説明会を開く予定。
町長は「いつ帰れるのかはっきりしないのが一番の不安要因だ。避難者の疲れもたまっている」と語った。
住み慣れた島を離れてまもなく1か月経つが、何時になったら島へ戻れるか。住民たちの願はいつかなえられるかだ。
先月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」
(http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、
噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、
島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。
「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。
必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が
島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。
ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。
印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、公営住宅の
入居見通しや見舞金の申請方法などをまとめ、メンバーと協力してニュースに掲載している。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、9カ月になる。
県災害対策本部は、行方不明者の再捜索に向けて、二回目となる調査隊を30日に派遣する。
調査隊は前回の半分の規模に縮小し、県警や山小屋関係者など20人で編成。火山専門家や気象庁、岐阜県側は参加しない。
行方不明者がいるとみられる剣ケ峰山頂、八丁ダルミ、一ノ池、二ノ池付近を調べ、金属探知機の性能確認や、前回調査で損傷があった山小屋の補強工事も行う。
悪天候の場合は来月2日以降に延期する。行方不明者の本格的な捜索は7月下旬に始まる見通し。
気象庁が噴火警戒レベルを「レベル2」に引き下げるとともに、警戒が必要な範囲を火口から1キロ程度に縮小するのにあわせて、
今後、入山規制についても段階的に1キロ程度に縮小する。具体的には木曽町の黒沢口の登山道は山開きが行われる7月1日から
当面は、火口から2キロ程度の8合目の山小屋「女人堂」まで入山を許可する。そして、今後、予定されている行方不明者の捜索が
終わり次第、登山道の安全確認などを行った上で、火口から1キロ程度の9合目にある山小屋「二ノ池本館」まで入山できるようにする。
一方、王滝村の王滝口は火口から3キロ程度の7合目の「田の原」から上の登山道に避難できるような山小屋がないため、当面は引き続き
7合目までの入山のみを許可する。王滝村では今後、シェルターを設置するなど入山規制の緩和に向けた安全対策を検討するという。
去年9月に起きた御嶽山の噴火では、今も6人の行方が分からないままとなっていて、梅雨明け後の7月下旬にも捜索が再開される。
王滝村は、御嶽山の七合目にある田の原遥拝所まで入山できるように、王滝口登山道の入山規制を緩和されている。
遥拝所には村がヘルメットを備え付け、登山客らの安全確保を図られている。
昨年9月の噴火を受けた入山規制は、今年3月末に火口から2キロ圏内に緩和され、現在は大黒天まで入山が可能になっている。
大黒天から450m先まで入れるようになった。田の原遥拝所は火口から2・5キロの地点にあり、規制区域の外だが、雪解けを待ち
村が登山道の安全確認をしていた。遥拝所にはヘルメットのほか、避難所を示す看板などを取り付けたほか、その先の登山道には入れないように
立ち入り禁止の看板を立てた。登山道近くにある田の原自然公園の遊歩道も一部が開放され、展望台も利用可能になった。残りの遊歩道は、
壊れた木道などを修理し次第、立ち入りを可能にする。
木曽町は、御嶽山の黒沢口登山道の中の湯(6合目)から「行場山荘」(7合目、火口から2・5キロ)付近までの入山規制を解除している。
町は、7月1日に8合目までの入山規制を緩和する方針だが、予定通り実施するかどうかは、登山道の状況や「女人堂」(火口から2キロ)の
安全装備などを確認して判断する。町は、気象庁が今年3月末に噴火警戒範囲を火口から半径2キロ圏内に縮小した後、雪解け状況や
登山道の安全確認などをした上で入山規制を緩和することにしていた。
9合目(2800m)にある岐阜市有の山小屋「五の池小屋」は、3月に噴火警戒範囲が火口から半径2キロに縮小されて範囲外になったのを受けて、
7月1日からの営業再開を目指している。
♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ
橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ
五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助
与野党幹部は、テレビ番組で、自民党若手議員らによる勉強会で、報道機関への圧力を求める発言が相次いだ問題をめぐり討論した。
自民党の幹事長谷垣は「大変軽率な議論で、ご迷惑も掛けた。自民党の姿勢に誤解も与えた誠にけしからん事件だ」と陳謝。これに対し、
野党各党は一斉に批判、首相安倍の責任を含め国会で追及する姿勢を示した。
谷垣は「メディアは民主主義を形作る上で必要な存在だ。そういう基本的な姿勢を自民党は持っているときちんと示していきたい」と強調。
また、公明党の幹事長井上は「言論・報道の自由は最大限尊重されるべきで、圧力をかけられると考えているなら、政治家としての認識が間違っている」と苦言を呈した。
民主党の幹事長代理福山は「トカゲのしっぽ切りでは収まらない」と述べ、首相が先の国会答弁で明確に謝罪しなかったことや、勉強会に出席した
官房副長官加藤勝信の責任を厳しくただす考えを示した。維新の党の幹事長柿沢は「自民党は数におごっているようにしか見えない」と批判、
共産党の書記局長山下は「こういう勢力に戦争法案を扱う資格はない」と指摘した。また、次世代の党の幹事長松沢は「自分たちの政策が
理解されないのをメディアのせいにするのは言語道断だ」と語り、社民党の幹事長又市は「青年局長の処分で済む話ではない。深刻な問題だ」と断じた。
一方、安全保障関連法案をめぐっては、柿沢は明日29日に自民、民主、公明3党に維新の独自案を説明する方針を表明。谷垣は「真摯に
検討したい」と応じ、修正協議も視野に前向きに対応する考えを示した。
「急転直下、処分するということは、いったい何に対する処分なのか説明いただかなければいけないと思うし、マスコミへのどう喝、
沖縄の皆さんへの失礼千万な話も含め、謝罪していないから、そのことについてもしっかり委員会も含め説明を求めていきたい」(民主党 郎幹事長代理福山哲)。
民主党の福山はこのように述べ、自民党が一転、木原の更迭に踏み切った理由や、勉強会の講師だった作家の百田尚樹の話について
「傾聴に値する」と委員会で答弁した官房副長官加藤勝信の責任についても追及していく考えを示した。これに対し、自民党の幹事長谷垣は、
沖縄への謝罪の意味を込めて木原らを処分したと釈明した。
谷垣は、三人の発言について「自民党の報道の自由、言論の自由に対する基本的な精神を誤解させるものだ。国民の信頼を大きく損なうもので
看過できない」と説明。「与党の政治家は、自分の思ったことを言い募ればいいという責任の浅いものではない」と強調した。
勉強会とやらは「文化芸術懇話会」で、木原が代表を務める。25日に党本部で開いた初会合には、作家の百田尚樹を講師に招き、
官房副長官加藤勝信や総裁特別補佐萩生田光一ら首相側近を含む37人が参加した。
大西、井上は、マスコミの広告料収入を断つべきだと発言。長尾は沖縄県の地元二紙を「左翼勢力」などと非難した。会議は冒頭以外は非公開だったが、
発言者と内容はマイクを通じ、室外まで聞こえていた。首相安倍は26日の安保法案に関する衆院特別委で、関係者の処分に否定的な姿勢を示していた。
だが、野党側は首相の自民党総裁としての責任を追及する構えを強めており、党執行部は「違憲立法」と批判されている安保法案の審議がさらに停滞しかねないと判断した。
自民党の若手議員の勉強会で報道機関に圧力をかけるような発言をしたとして、きのふ厳重注意処分を受けた衆院議員三人のうち、大西英男(東京16区)は
昨年、国会審議中に女性蔑視のやじを飛ばして謝罪に追い込まれたのに続く問題発言となった。
大西は昨年4月、衆院総務委員会で野党の女性議員に「早く結婚して子どもを産まないと駄目だぞ」とやじを飛ばしたことが7月になって表面化。
女性議員への電話と自身のホームページ(HP)で謝罪し、党執行部から厳重注意も受けた。大西は今回勉強会については、26日のHPで
「マスコミを規制したり党内議論を封殺することを目的に開かれた会合では決してない」と説明していた。
民主党幹事長の枝野は、きのふ宮崎市内の街頭演説で、安倍親衛隊という自民党議員が、作家の百田(尚樹)さんを呼んできて、民間人が
何を言おうが言論の自由ですが、問題は(参加した議員から)「言い過ぎじゃないですか」の一言もなかった。
確かに、意見の違いはあります、集団的自衛権のひとつとっても。だからといって、お前らの意見は新聞に載ると困るから、テレビに流れると困るから、
スポンサーを通じて圧力をかける、そんな社会でいいんですか。(戦前も)はじめから、言論の自由が封殺されていたんじゃない。ちょっとぐらい、
いいだろう、ちょっとぐらい仕方ない。その積み重ねのなかで、政府に対しておかしいと言えない、そういう空気がいつのまにかできあがった。
新聞やテレビが、政府に都合の悪いことを報道しない、そんなことが当たり前になってからでは遅いんです、と訴えた。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
「いったい何の勉強か」。「沖縄の二つの新聞社をつぶさないといけない」など作家の百田尚樹(59)らが言いたい放題だった自民党の若手勉強会。
地元の沖縄では「報道規制が敷かれた戦前への回帰だ」などと批判が相次ぎ、反発が収まる気配はない。早期に幕引きを図ろうとする自民党の姿勢にも
「ご都合主義だ」と怒りの声が上がった。沖縄は、太平洋戦争末期の沖縄戦での戦没者20万人以上を追悼する「慰霊の日」を23日に迎えたばかり。
沖縄戦を経験し、級友を失った中山きくさん(86)は「勝つ見込みのない無謀な戦争に日本が突き進んだのは、政治圧力に屈した報道機関が
うその情報を流し続けたからだ」と指摘した。
沖縄県選出の野党国会議員でつくるうりずんの会(会長 衆院議員照屋寛徳)は、きのふ首相安倍に近い自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」に
講師として招かれた作家の百田尚樹や出席議員から、県内2紙をはじめ報道機関に圧力をかける発言が相次いだ問題で、抗議声明を発表した。
声明文は会合に出席した議員や百田に送付し、県民への謝罪を求める。
抗議声明は「民主主義社会でマスメディアが権力に批判的であることはむしろ健全だ。報道機関を名指しして『つぶす』などと述べるのは
憲法21条の報道・表現の自由に反し、断じて看過できない」などとした。きのふ県議会で会見した会長照屋らは「首相に近い議員の勉強会で
出た発言で、非常に重い。権力を利用し、憲法で保障された報道、言論の自由を弾圧する意図がうかがえる」と述べた。
照屋は会見で「単なる調査、勉強不足、不適切というのをはるかに超えた、悪意に基づく意図的な曲解だ」と批判した。
米軍普天間飛行場の移設に伴う新基地建設が進む名護市辺野古では、けふ海底掘削(ボーリング)調査を実施するスパット台船3基のうち
1基が掘削棒を海中に延ばしているのが確認された。台船上に作業員の姿はない。うち1基は大型クレーン船上に回収された状態となっている。
残り1基は海上にあるが作業は確認されていない。米軍キャンプ・シュワブゲート前では、新基地建設に反対する市民らが抗議行動を展開している。
午前中には大阪平和委員会のメンバーと新基地建設の白紙撤回を求める北中城村民会議からの参加者ら、県内外から参加した市民150人が座り込んだり、
歌を歌ったりして、新基地建設に抗議の意思を示した。米軍旧立川基地の拡張をめぐり1955年から始まった砂川闘争で、反対派地権者の
主導的役割を果たした故宮岡政雄さんの次女福島京子さん(65)がゲート前を訪問。「1度受け入れた基地は返ってこない。これ以上
新しい基地は日本にいらない」とあいさつした。
米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に伴い、沖縄防衛局が設置した環境保全策を検討する環境監視等委員会の第4回会合(4月9日 東京で開催)で
委員が会の在り方に疑問を投げ掛けていたことが分かった。防衛局が26日にホームページで公開した議事要旨によると、委員から
「委員会の責務が非常に曖昧」「(助言の)判断材料がなかった」などと指摘する声が上がっていた。識者からは委員会について「機能していない」と批判が出ている。
会合では、委員の指摘を受け入れず具体的説明もなく、浮標灯(ブイ)設置用のコンクリートブロックを海中に投下し、サンゴを破壊した
問題などについての議論がされ、委員から「(サンゴ破壊の件は)防衛省のやり方に問題があったのではないか」などとの指摘があった。
委員からは会自体が承認・審査をするものではなく、指導・助言を与えるものであるとしながらも「検討した結果や助言した内容が
適正に履行されることが担保されなければ、同じことが繰り返されるのではないか」との疑問が呈された。
委員長の横浜国立大学大学院教授中村由行は「助言に責任が残ることを踏まえると、いかに助言が適切に実行されるかという点で、確認体制のつくり方、
運用の仕方をもう少しきちんとしなければならないと思う」と整理した。
環境監視等委員会は前知事仲井真が埋め立て承認の際に求めた留意事項により設置された。監視委員会について、県環境影響評価審査会の
会長宮城邦治は「工事そのものを監視し苦言を呈する機能を果たしていない」と批判した。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れ12月の14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
去年、一番痛快だったのは、先月の沖縄県知事選挙で、普天間基地の辺野古移設に反対する前那覇市長翁長が当選したことだ。
敗戦から70年となる年が明けている。
日本は焼け跡から奇跡の高度成長を達成したが、バブル崩壊を経てデフレに陥り、少子高齢化という大きな転機に立っている。
「戦争を知らない世代」が大半を占め、体験を聞く機会はどんどん減ってゆく。外に目を向ければ、東アジアはもちろん世界の環境も大きく変わった。
くしくも、「戦後レジームからの脱却」を信条とする安倍が、衆院選の勝利を受けて新しい年へ踏みだしている。
若者であふれる東京・渋谷で、きのふの夕方、大学生らが安全保障関連法案に反対の集会を開いた。
SNSで知ったという人や、買い物帰りの人も加わって参加者は数千人規模に。「本当に止める」などと書かれたプラカードを掲げて、ハチ公前を埋め尽くした。
主催したのは、都内の大学生らでつくる「SEALDs」(シールズ)。毎週金曜に国会前で抗議行動をしているが、「関心がない同世代にも
知ってほしい」と渋谷集会を企画した。元首相菅直人や共産党の委員長志位和夫らも参加した。
中心メンバーの大学生が街宣車に立ってスピーチをするたびに歓声が上がり、周辺はライブ会場のような雰囲気に。筑波大3年の本間信和さん(20)は
「政府は大切な議論のプロセスをすっ飛ばし、自分たちに反対する言論を締め出し、国民の意見に耳を貸さぬまま、憲法を解釈によって変えようとしている。
国民主権という言葉を思いだそう」と訴えた。
テレ朝の「報道ステーション」で官邸からの圧力があったと発言して降板した元官僚古賀茂明(59)も参加し「自民のごく一部の発言ではない。
安倍政権の体質そのものが露呈した」と指摘。自身の体験にも触れながら「マスコミが萎縮して正しい情報を伝えないと独裁政権になる」と話した。
「沖縄の新聞社はつぶせ」、「マスコミを懲らしめるには広告がなくなるのが一番」。自民党の勉強会で飛び交った放言は、先日の
衆院特別委員会で集中砲火を浴びた。勉強会は首相安倍を支える中堅・若手が開いただけに、野党は「沖縄」の尊厳を侵したり、報道の自由を
威圧したりするような姿勢に対し、「安倍政権の本質的な問題だ」と追及した。
衆院議員(東京16区)大西英男は「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番。日本を過つ企業に広告料を支払うなんてとんでもないと、
経団連などに働きかけしてほしい」。衆院議員(福岡1区)井上貴博が「福岡の青年会議所理事長の時、委員会をつくってマスコミをたたいた。
日本全体でやらなきゃいけないことだが、テレビのスポンサーにならないのが一番こたえることが分かった」と続けた。
その後、衆院議員(比例近畿ブロック)長尾敬が、沖縄タイムス、琉球新報という二つの地元紙を名指しし、「沖縄の特殊なメディア構造を
つくったのは戦後保守の堕落だ。沖縄の世論はゆがみ、左翼勢力に完全に乗っ取られている」と主張。
これに応える形で百田が「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と述べたが、笑いでざわめくのみで、発言を注意する声は上がらなかった。
会合の最後、百田が「政治家は言葉が大事。『負』の部分はネグったら(無視すれば)いい。いかに心に届くかだ」と締めくくると、会場からは大きな拍手が起きた。
百田の発言内容にもかかわらず、勉強会の代表を務める党青年局長木原稔は会合後、「百田は自分の強い信念に基づいて発信し、国民に
受け入れられている。われわれ政治家が学ばなきゃいけない」と語っていた。
「報道の自由」や「沖縄との信頼関係」を揺るがす発言だが、明確な陳謝もなかった。首相は「その場にいないにもかかわらず、
勝手におわびすることはできない。発言した人物のみが責任を負うことができる」と語り、民主党の辻元清美は「自民党として恥ずかしいとの
言葉はないのか」と追及した。通常国会は安全保障関連法案を成立させるため、戦後最長の95日の延長を決めたばかりだが、自民党の
国会対策委員長佐藤勉は周辺に「毎日毎日、鉄砲玉が後ろから飛んでくる」と漏らし、いら立ちを隠さない。憲法学者から法案を「憲法違反」と
指摘されたことに続く大きな火種になった。野党が特に問題視するのは「(勉強会は)首相安倍の応援団。安倍政権の体質が本当に劣化している」とみるためだ。
勉強会には、首相側近の官房副長官加藤勝信らが参加したが、逆に、同じ日に開催を予定していたリベラル系議員の勉強会には、党執行部が
「時期が悪い」と注文をつけ、結果的に開かれなかった。
沖縄タイムスと琉球新報は、編集局長名で「百田発言をめぐる共同抗議声明」を発表した。声明では「政権の意に沿わない報道は許さないという
“言論弾圧”の発想そのもの」と批判。米軍普天間飛行場(宜野湾市)と周辺住民にかかわる見解には「沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が
自民党内で振りまかれた」として訂正を求める考えを示した。さらに「批判的だからつぶすべきだという短絡的な発想は極めて危険であり、
いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだ」と指摘し、「今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような
動きには断固として反対する」と表明した。
自民党の勉強会で報道機関に圧力をかけるような発言が出た問題で、経済界からも批判の声が上がって、日本郵政の社長の西室泰三は会見で、
メディアに広告を出している立場としての認識を問われ、「メディア規制を考えている人の方が、民主主義の原則から離れている」と指摘。
大手電機の幹部からは「自分の都合の良いことだけを報道しろというのは、まるで(戦前の国民統制組織である)『大政翼賛会』のようだ」との批判まで出た。
ある財界関係者は「広告の出稿は消費者へのアピール効果などを慎重に検討し、経営判断で行っている。政治に口出しされるような問題ではない」と説明、
「安倍政権はせっかく経済面で成果を上げつつあるのに、こうした問題で足を引っ張られるとしたら残念だ」と困惑した様子で語った。
各方面からの抗議や反発を受けて、自民党は、きのふ報道機関への批判が噴出した党若手議員勉強会の代表を務める青年局長木原稔を更迭し、
1年間の役職停止処分とすると発表した。また、問題の発言を行った大西英男(東京16区)、井上貴博(福岡1区)、長尾敬(比例近畿ブロック)の
各衆院議員(いずれも当選2回)だとして、3人を厳重注意とした。
青年局長木原稔の更迭を決めたことに関し、民主党の代表岡田克也は、「青年局長の首を切れば済む話ではない。(加藤勝信)官房副長官も
(萩生田光一)総裁特別補佐も(会に)出ている」と述べ、さらに追及していく考えを示した。岡田は首相安倍の対応にも触れ、「まるで
人ごとだ。もっと真剣に受け止めてしっかり首相としての発信をすべきだ」と批判した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
ギリシア。議会は、EU=ヨーロッパ連合などから金融支援の条件とされている財政緊縮策の賛否を問う国民投票の実施について審議し、
採決の結果、賛成多数で、首相チプラスの提案どおり、国民投票を来月5日に実施することを決めた。
ただ、ユーロ圏の財務相会議はギリシャでの国民投票に反対し、ギリシャへの金融支援を今月末の期限で予定どおり終わらせる方針を示しており、
ギリシャの債務不履行への懸念はさらに強まりそうだ。
ギリシャを除くユーロ圏18カ国の財務相は27日に発表した声明で、ギリシアへの金融支援が打ち切られた場合「ギリシャ当局は金融システムを
守るための措置が必要になる」とし、資本規制の導入を迫られかねないとの見方を示した。資本規制は預金口座の凍結や海外送金の制限といった措置で、
実際に導入されれば、ギリシャの金融不安化を招く恐れがある。財政危機に陥ったギリシャ向け金融支援協議の難航を嫌気し、首都アテネ市内では、
預金が封鎖されたりユーロが使えなくなったりするなどの事態を恐れる市民が、預金を引き出そうと、各地の銀行のATMに長い列を作った。
ある女性は「最善の方法とは思いませんが、心配になって預金を引き出しに来ました。たんすの引き出しやキッチンの戸棚、花瓶の中まで、
考えられるところに隠しますが、どれも安全とは言い切れませんね」と不安そう。また、年金で生活する男は「とても心配です。かつての通貨に
戻ってしまったら最悪です」、ユーロ圏の財務相会議で双方が歩み寄ることに期待していた。ギリシャのメディアによると、ギリシャ国内の銀行からは、
先週15日からの5日間におよそ50億ユーロ(日本円で7000億円)の預金が引き出されていて、今月末にかけて資金流出が加速する懸念も出ている。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
台湾。台北近郊の新北市にあるレジャー施設で、現地時間の27日午後8時半ごろ(日本時間 昨夜9時半ごろ)、爆発とともに火災が起きた。
台湾の衛生福利部は、やけどなどの負傷者510人が病院に運ばれ、うち183人は集中治療室で手当てを受けていると発表した。
日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所によると、この事故で日本人の20代と30代の女性2人が足や背中などをやけどした。入院が必要という。
火はすでに消し止められたが、このレジャー施設は、プールや温泉などがあり、当時、さまざまな色のついた粉のようなものを
体に吹きつけて楽しむイベントが開かれていて、水着姿の若者ら大勢の人たちが集まっていたという。イベントでは、粉末状にしたとうもろこしなどに
色をつけて使っていたとみられ、地元のメディアは、これに何らかの理由で引火した可能性を指摘している。当局はイベントの主催者などから
事情を聞いて、爆発や火災が起きた原因を詳しく調べている。
江戸東京。東京電力福島第1原発事故の影響でほぼ全域に避難指示が出ている福島県楢葉町の指定解除をめぐり、政府主催の住民懇談会が、都内で行われた。
政府が示す「お盆前」の解除について、住民側からは「まだ安心できない」との意見が相次いだ。懇談会は19〜28日までの計8回で、
358人が参加し終了。今後、政府が解除の時期について判断する。7月5日までと期限が迫っている準備宿泊については、延長が見込まれる。
福島県いわき市から参加した坂本修一さん(54)は「安全と安心がなければ、住みたいとは思わない。解除の前に環境を整えてほしい」と話した。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
13年前に公開された大正天皇の活動記録、「大正天皇実録」について、宮内庁は個人情報の保護などを理由に一部を黒塗りにした当時の措置を見直し大部分を公開した。
病弱で悲運の天皇として知られる大正天皇の体調や病状、未発表の動静などの詳細が明らかになった。大正天皇実録は大正天皇が47歳で崩御するまでの
日々の動静を記した公式の記録集で、平成14年から公開されたが、個人情報の保護などを理由に全体のおよそ3%が黒く塗りつぶされていた。
一方、去年完成した昭和天皇実録は個人情報にあたるものも可能なかぎり、公開するとして黒塗りは行われず、宮内庁は当時の措置を見直して
黒塗り部分のおよそ8割を解除した。この中には、病弱だった大正天皇が事実上、引退する原因となった発語障害や歩行困難などの体調の異状や、
晩年の脳貧血の病状などが詳しく記されている箇所もある。また、即位後、元老の山県有朋などの要人と頻繁に会っていたことや、
第1次世界大戦について軍の幹部から、たびたび説明を受けていたことなども分かった。こうした動静について宮内庁は「公式には発表されていない
私的なものだ」として、当初、黒塗りにして公開を見送ったという。本来公開されるべき情報が長年伏せられていたことは大きな問題だが、
今回、黒塗りの大部分が公開されたことは、当時の国の動きや謎に包まれていた大正天皇の人物像の研究を深める手がかりになる。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
北の大地。JR北海道が利用者の少ない留萌線の廃止を検討し、沿線自治体に打診を始めた。
経営悪化と乗客減少が続く中、JRは不採算路線の対策を進めたい考えだ。沿線の秩父別町によると、5月下旬に町を訪れたJR北海道幹部が
「留萌線は経営が厳しく、廃止も視野に入れて検討しないといけない」と担当者に伝えた。JR北海道によると、ほかの沿線自治体にも
今後の路線のあり方について相談を始めたという。留萌線は深川市と増毛町を結ぶ全長66・8キロで、秩父別、沼田両町と留萌市を通る。
廃線の動きが明るみになり、沿線自治体では反発が上がる一方、乗客が少ない現状を踏まえ「存続は難しい」と冷静に受け止める声も漏れた。
学生や高齢者らの足として長年親しまれ、観光資源でもありながら、客不足に悩む留萌線の行く末をめぐる地域の思いは複雑だ。
留萌線は道内で乗客が3番目に少なく、きのふの朝もJR留萌駅を利用する人は数えるほどだった。JRは、特に平日は乗客が40人ほどしかない
留萌〜増毛間(16・7キロ)の廃止を先行させる方針だ。だが、地域にとって、鉄路は90年を超す歴史を持つ財産であるだけに、
増毛町の町長堀雅志は「(廃止論が)とうとう来てしまった。住民の利用が少なく廃止検討は仕方ない面があるが、観光には痛手だ」と顔をしかめた。
JRは、「沿線自治体と今後の地域交通のあり方を勉強、検討している」として、廃止を検討中であることを認めた。留萌〜増毛間にとどまらず、
さらに全線廃止となれば、各地で駅が姿を消す。路線バス拡充など代替交通手段の検討が欠かせないが、留萌商工会議所の会頭対馬健一は
「観光を考えると鉄道のニーズはまだまだある。何とか存続してほしい」と訴える。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
青森。今朝2時過ぎ、藤崎町富柳福岡の農業三浦幸男さん(83)方から出火して、木造一部2階建て200平方mと、敷地内にある木造平屋建ての
物置小屋100平方mが全焼し、家の焼け跡から男2人の遺体が見つかった。三浦さん方は3人暮らし。三浦さんと長男幸一さん(53)と
連絡が取れておらず、確認を急いでいる。次女の江美子さん(44)は病院に搬送されたが、命に別条はない。
群馬。今朝6時半ごろ、桐生市黒保根町下田沢の国道で、2台の大型バイクどうしが正面衝突した。
この事故で、2台のバイクは前の部分が大きく壊れ、双方のバイクを運転していた群馬県みどり市の自営業、今泉訓さん(61)と前橋市の
会社員、松村映さん(52)が病院に搬送されたが、2人とも全身を強く打っていてまもなく死亡した。現場は、カーブとカーブの間にある
追い越し禁止の直線道路で、警察では、どちらかのバイクが対向車線にはみ出したため正面衝突したとみて詳しく調べている。
現場付近では、事故のあと一時、通行止めになった。
千葉。今朝10時前、市川市東浜の海岸の50mほど沖合で、50歳と44歳の姉妹と30歳の男の合わせて3人が、溺れた。
このうち姉妹は救助され、病院に搬送されたが、東京・江東区に住む姉の藤井瞳さん(50)の死亡が確認され、妹で川崎市川崎区の
藤井綺さん(44)は意識不明の重体だという。一方、男は、今も見つかっておらず、警察などが捜索を続けている。現場は、潮干狩りができる
海岸の近くで、この姉妹と男は別々のグループで、貝を採りに訪れていたという。姉妹は、海に潜って貝を採り、堤防に戻ろうとして溺れ、
男が姉妹を助けようとしたとみられるということで、警察で詳しい状況を調べている。
ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて
遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
犀星 抒情小曲集から
富山。ニホンライチョウの人工飼育に取り組んでいる富山市のファミリーパークで、乗鞍岳で採取した卵5個を人工のふ化器で温めてきた結果、
採取から4日後のきのふ27日未明、1羽目のヒナが誕生したあと、午後1時ごろに2羽目が、午後2時40分ごろには3羽目のヒナが相次いでふ化した。
3羽のヒナは、いずれも体長5センチ、体重18グラムほどだと推定されるという。一方、残りの2つの卵については、ふ化する前に
卵の中のヒナがくちばしで殻を割ろうとする「はし打ち」という行為がまだ確認されていないという。ファミリーパークは、3羽のヒナについて
慎重に飼育を進めるとともに、残りの2つの卵のふ化に向けて温度管理などを行っている。環境省による、上野動物園でも今朝までに
5羽のヒナが相次いで生まれたという。
日本を代表する作曲家滝廉太郎(1879〜1903)の明日29日の命日を前に、滝が少年時代を過ごした富山での生活について調査し
県内外へのPRを目指す「滝廉太郎研究会」が発足した。
滝は役人だった父親の転勤に伴い、1886年(明治19年)から2年間富山市中心部に住み、旧富山城の敷地内にあった県尋常師範学校付属小(現・富山大付属小)に通った。
当時の城は解体が進んでおり、滝が1901年に作曲した代表曲「荒城の月」は富山城をイメージしたという説もある。
滝と富山のつながりをPRすることで、県民の郷土への誇りを強くし、観光客増加にもつなげようと、タウン誌を発行する「グッドラック」の
社長の中村孝一さん(70)が研究会の設立を企画。県オペラ協会の名誉会長浅岡節夫や、明治期の文学が専門の元聖徳大教授八木光昭らに呼び掛け、6人の発起人を集めた。
きのふは富山市本丸の滝廉太郎記念館で設立発起人会があり、滝の富山での生活が作曲活動に与えた影響を明らかにすることや、会員を増やす方針を決めた。
中村さんは「富山に誇りを持つには文化面の充実が必要。大作曲家を生み出した土壌を大切にしたい」と意気込んだ。
福井。福井の海山の幸を盛った「丼」を味わい、各地を食べ歩きしながら自然や歴史などの魅力も発掘する「丼ツーリズム」で、福井を活性化しよう。
そんなユニークな「福丼県プロジェクト」が発足して9カ月。ふたを開けてみれば北陸新幹線の金沢開業に合わせて3月に福井市街地で開催した、
世界一の丼を決める「ワール丼カップ」など各種イベントは盛況だ。お勧めの丼を公式サイトに投稿する「丼活」も順調に推移している。
福井はソースかつ丼や海鮮丼など丼文化が成熟し、しょうゆかつ丼やボルガライスなど新たなブームも起こっている。
丼のベースとなるコメの代表品種コシヒカリ発祥の地でもあり、素材はそろっている。「福井県の『井』に点を打ったら福『丼』県だ」と、
遊び心にも背中を押され、昨年9月にプロジェクトが発足。県なども協力しているが、推進母体は県内飲食店や協賛企業、商工団体など。
今や県内各地の飲食店で「福丼県」ののぼりがはためき、実行委員長を務める福井市の洋食店「グリルあまから」の野坂昌之さん(52)は
「準備が間に合わない」と、予想以上の盛り上がりを喜ぶ。公式サイトに登録された丼は300を超え、公式フェイスブックの「いいね!」は
4千に迫る勢い。3月14、15日、福井市の駅前電車通りで開かれた「ワール丼カップ」には県内外の21店舗・団体が参加。
自慢の丼が楽しめるとあって、地元のファンや観光客らが詰め掛けた。福井駅前五商店街連合活性化協議会の会長加藤幹夫さんは「西武福井店と
アオッサを訪れた人数が普段の土日曜日の2倍だったと聞く。各商店街に流れる来場者数も多かった」と、効果に声を弾ませる。
出店した福井市の「カフェあんのん」の代表・林智之さん(40)は「その時に食べられなかった方が来てくれたり、全国メディアなどに
取り上げられたことで来店者は確かに増えた」と。
1月の東京ドームでの「ふるさと祭り東京」に出店したのは越前町の日本料理店「地魚もてなし 滝の川」。カニ丼を提供し「300以上の出店者の中で
売り上げが一番だった」と店主の荒矢純一さん(50)は胸を張る。「関東でカニと言えば北海道が当たり前だが、それとは違う越前ガニの
おいしさを提案できた」。来年1月に開かれる丼の全国大会にも出場予定で「日本一になって店と福井を全国にアピールしたい」と意気込む。
福丼県プロジェクト実行委員会は12月、敦賀市で県内ナンバーワンを決める「福丼カップ」を開催する。エントリーも兼ねて丼の紹介本を制作している。
♪蚊帳の中から花を見る 咲いて儚い 翠芙蓉 若い日の美しい 私を抱いて欲しかった 忍び会う恋 風の盆
私あなたの腕の中 はねてはじけて 鮎になる この命欲しいなら いつでも死んでみせますわ 夜に泣いてる三味の音
生きて添えない二人なら 旅に出ましょ まぼろしの 遅すぎた恋だから 命をかけて覆す おわら恋歌 道連れに
1889年 風の盆恋歌 作詞:なかにし礼 作曲:三木たかし
能登。珠洲市の飯田商店街周辺を馬車で巡る「能登の馬車道プロジェクト」の馬車を使った模擬結婚式が、あった。
珠洲市宝立町の自動車販売業中野浩司さん(45)方では、昨年6月に新築した際、一階リビングを広く取ったことから、妻牧子さん(47)が
結婚式場として使うことを発案し、今回の模擬結婚式を企画した。牧子さんは、馬車道プロジェクトを進めている唐笠町の竹中健也さん(39)と、
竹中さんが経営する乗馬クラブを見学した際に知り合い、馬車の運行を依頼した。
式には中野さん夫婦の友人、知人が参加。途中で新郎新婦が入れ替わり、洋装と和装の二通りが提案された。馬車には洋装の模擬新郎新婦役を務めた、
若山町の農業坂本洸士さん(31)と野々江町の家事手伝い尾間谷雅乃さん(28)が乗った。坂本さんはタキシード、尾間谷さんはウエディングドレス姿で
馬車に揺られ1キロを走行。あいにくの雨模様だったが沿道で見守る人たちもいた。教会に着くと参加者が「すてき。かわいい」と笑顔で出迎えた。
式は、記念撮影や結婚指輪の交換、ウエディングケーキ入刀など本番さながら。坂本さんと尾間谷さんは、この日が初対面だったが
息の合った新郎新婦役を演じた。能登の食材を使った料理も提供され参加者は「おいしい」と笑顔を見せた。坂本さんは「馬車や能登の食材を使った
料理など温かさを感じた」と感想を語った。「珠洲のために何か役に立ちたいと思っていた」という牧子さんは「リーズナブルな価格設定で
結婚式ができるので要望があれば受けたい」とほっとした表情。竹中さんは「初めての道路でしたが(馬は)落ち着いていてよかった。
これからも馬車の使い道を提案してもらえれば、できる限り協力していきたい」と。
金沢。冬の間に降った雪を氷室と呼ばれる小屋の中に貯え、夏になると将軍家に献上した加賀藩の習わしにちなんだ行事「氷室開き」が行われた。
金沢の湯涌地区では地元の観光協会が、昭和61年に「氷室開き」の行事を復活させてから毎年この時期に行っていて、今年で30回目。
氷室の中に掘られた穴には例年の2倍、2mの雪が残り、雪の塊はのこぎりを使って切り出された。氷室開きの会場には大勢の観光客らが
つめかけ、切り分けられた雪の塊は近くの寺に奉納された。埼玉県から観光で来た女性は「伝統の行事が現在まで残っているのはとてもすばらしいです」。
取り出された氷室の雪は湯涌地区の旅館のほか、加賀藩の下屋敷があった東京の板橋区にも運ばれるという。
憲法学者の名古屋大名誉教授森英樹が、きのふ金沢市香林坊の県教育会館で講演し、国会で審議中の安保法案について問題点を指摘。
「国会内の多数派を世論で包囲して、否決させるにはどういう手練手管が必要か。真剣に考えないといけない」と訴えた。
森は、安倍内閣が集団的自衛権行使を盛った法案を提出した狙いについて「本当は憲法九条を変えたいが、変えられないので法案を出した」と指摘。
昨年の衆院選で集団的自衛権行使の是非を争点化しなかったにも関わらず「国民の信任を得た」と主張したとして安倍の姿勢を非難した。
法案については、特定秘密保護法を盾に武力行使に踏み切った際の判断を公表しない可能性があることや、米軍支援の場合は事実上国会の承認が
必要ないことなどを問題視。世論が法案反対に傾いているとして「与党の選挙区の支持者が『もうやめて』という声をぶつけ始めれば流れは変わる」と訴えた。
講演会は金沢市の市民団体「石川憲法会議」が主催し、160人(主催者発表)が参加。参加者は講演会後、市中心部の1・5キロを
「戦争立法反対」などと声を上げながらデモ行進した。
加賀。「戦争絶滅」を訴え続ける100歳のジャーナリスト・むのたけじさんが、きのふ加賀市吸坂町の硲(はざま)伊之助美術館で講演した。
「戦争はやらせないことが大事。始まったら誰も止められない。始まらないうちに止める、それが今だ」と力を込めた。
今はさいたま市に住む、むのさんは秋田県出身。太平洋戦争中に新聞朝日の特派員として中国や東南アジアで取材。敗戦の日の1945年8月15日、
記者としての戦争責任を取るとして新聞社を退社し、秋田県横手市で週刊新聞「たいまつ」を30年間発刊し続けた。その後も執筆や講演を通じて
「戦争の悲惨さ、愚かさ」を訴え続けてきた。この日の演題は「戦争と人間と文化」。ジャーナリスト80年の体験を通じて今感じる戦争の危機について、
「戦争はおかしなつながりがあって、15年ぐらい前から第3次世界大戦が起きかねない状況。起きれば核戦争になるのに、それを乗り越え防ぐ手立てを
日本も含めて各国が生み出せていない」と指摘した。こうした危機をどう解決できるのか。むのは個々の人間ができることとして、「自分自身の問題として
立ち返ること。ちっぽけな力だが全力を出して多くの人と協力して行動するしかない。自分を大切に、誇りと責任を持つ。かけがえのないのはたった一つの命だ」と訴えた。
講演会は、硲美術館友の会が主催し、県内外から200人が参加した。
戦後間もない北陸を直撃し、石川こ県南部でも40人が犠牲になった福井地震から、けふ28日で67年になる。
当時、加賀市大聖寺地区の被災状況を撮影した写真が、津幡町能瀬、元国鉄職員北川利秋さん(92)の自宅で保管されていることが分かった。
加賀市教委は、「写真の資料は特に少なく、大変貴重」と話している。
福井地震は1948年(昭和23年)6月に発生。福井県内では火災が多数発生して3700人以上が犠牲になったほか、県南部の加賀市でも
倒壊する家屋の下敷きになるなどして40人が死亡した。北川さんは当時、進駐軍鉄道事務所との渉外係を務めており、7月1日、現地調査のため、
米軍兵士とともに大聖寺地区を視察。その際、自身のカメラで被害状況を撮影した。倒壊した家屋や揺れで発生した30センチの道路の段差などを見て、
「ひどいもんだ。戦争がやっと終わったばかりなのに」と驚いたという。その後、北川さんは、写真8枚をアルバムにずっと保管してきた。
写真は、加賀市教委も把握しておらず、市立中央図書館では、「大きな被害があったのに、残されている写真はほとんどない。貴重な資料だ」と指摘。
2013年発行の「大聖寺町史」編さんに携わった元高校教諭で、加賀市の郷土史家の伊林永幸さん(67)は、「町史編さんの際に
被害が分かる写真を探したが、倒壊した一般家屋の様子が分かるものはなかった。郷土にとって大切な発見だ」と。
「空き地で遊んでいたら、『ゴー』という音とともに地面が激しく揺れた。その途端、家が次々とぺちゃんこになり、土煙が上がったんだ」、
福井地震の発生時に8歳だった加賀市塩屋町、道原仁一郎さん(75)は振り返った。大聖寺川を挟んで福井県と接する小さな港町、塩屋町
(旧・塩屋村)は、県内でも特に大きな被害が出た。「塩屋町史」によると、死者は14人にのぼり、全壊家屋は228戸、半壊家屋は202戸だった。
役場や小学校も半壊し、村は壊滅状態だったという。道原さんの家も地震で倒壊したが、中にいた両親は無事だった。だが、外で友人と遊んでいた
当時5歳の妹が、逃げる際に倒壊した家屋に巻き込まれ、命を落とした。遺体が見つかったのは、発生から8日後だった。「妹はいつも僕が
学校から帰ってくるのを待っていて、それから2人で遊んだ。その日に限って、家に帰ると妹はもう外で遊んでいた。あの時一緒にいてあげれば―」と悔やみ続ける。
それだけに、2011年に発生した東北の大震災は衝撃だった。「多くの子どもたちが犠牲になり、妹を亡くした悲しみがよみがえった。
もう地震の犠牲者は出てほしくない」という。北陸でも、いつ大きな地震が起きるか分からない。道原さんは「福井地震で加賀でも多くの人が
亡くなったことを若い人たちは忘れずにいてほしい」と。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
「出合いこそ力」と訴えていたのは作家の故高橋治。
回光返照(えこう へんしょう)
自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も今や水無月、6月に替わって、28日。月日の経つのは、何とも早い。
空はどんより、雨が降っていたが、8時前には止んだ。が、きのふ同様に肌寒い。
土佐高知は四万十の武さんから。爽やかな朝になっています。今頃は歩いておられる頃かな・・。禁煙して八か月、体重もやや?!増え、体調よりも
体質の変化に感動していたらタバコ止めて糖尿病になった人の話をきき、節制と歩きの大切さをあらためて痛感しています。日頃が大事なんやぞ!と
自分にも言い聞かせてはいますが・・・。隣の工事で崩れた畑、あと少しで元通りになります。四万十川には十数ヶ所に沈下橋があり、
佐田は名所として訪れる人も多い処、悲しい事故が無くなることを願います。では梅雨が穏やかに過ぎることを念じます。お元気で、なんて便り。
江戸の達也君から。久々の晴天です。安倍(総理)の取り巻きは、クレージ。側近の政治家、文化人等々ガラクタばかりを集めていると見ていたが、
とうとう馬脚を現した。沖縄の二つの新聞は潰す?とか、、、。病的なものさえ感じます、なんて便り。
確かに、取り巻きの若い政治屋、あの程度の輩を選んだ選挙民の民度を疑う…。
夕方の散歩。小雨の中、まずは、きのふ同様に、永安寺の境内横の寺津用水沿いの遊歩道へ。入口で、プードル連れの爺さんに会い「コンニチワ」、
「小雨の中、ワンちゃんには気の毒やね」。真如苑への出口から、曲がりくねった坂道を行き、竹藪から松田さんの煙突から煙が出ていたのて、
立ち寄ったら中国人の曹ちゃんが薪ストーブを焚いて居たので「コンニチハ、松田さんは?」に「畑へ行きましたがもう帰ってくるでしょう」。
カフェに山から採取してきたクルミを戴きながら雑談しているうちに、一昨日上海から三度目の来日という御婆さんと韓さんらが戻ってきたので、
「コンニチワ」と暫し野鳥の話など雑談。帰路は、郵便局前経由で坂道を通って帰還。更に、たかみ公園の横から何時ものコースを歩いていたら、
二頭のワンちゃんを散歩させていた持木さんと会い「コンニチワ」。バス通りの歩道で、山市さんが手招きで「畑へ向への」合図ありで、
洋菓子屋のおばさんち横の畑で、ツル豆をもぎ取りながら「暫く合わなかったが、どしとった?」に「時間が合わなかったのでしょう」。
深謝して、橋本さんち横の小路から帰還す。小屋の前で、軽四トラックで、帰ってこられた丸岡さんと会い「コンニチワ」。
白山市によると、手取ダム近くの白峰に向かう国道157号東二口第一トンネル付近で、土砂崩れがあり、当分の間通行できないという。
昨年4月の土砂崩れの復旧工事現場で、女原地内〜桑島地内の10qが、当分の間全面通行止め。詳細は石川県石川土木総合事務所へ。
TEL 076-272-1190。最新の情報については、「石川みち情報ネット」で確認できる。http://douro.pref.ishikawa.jp/wire/main.html
「みるく世(ゆ)がやゆら(今は平和でしょうか)」
沖縄・与勝高校三年 知念捷
薔薇美しき 真紅のバラの就中
箕面 藤堂
自由さに慣れて不自由 懐手
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 水無月、6月28日(ふ)
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