タンクローリーに追突、道路に塩酸6千リットル 京都
2015年、水無月、6月10日 。石川県内は、晴れ。金沢の最高気温は26度。
朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。
プードルのでっかいの、スタンダートプードル連れの奥さんに会い「おはようございます」。永安町にお住まいか、普段あまり見かけない方だ。
寺津用水は水量は少ないがスムースに流れていた。境内横の坂道の脇には、アジサイが咲き始めていた。おぉ、ウグイスにキジバトの声がした。
薔薇のハウス横から、坂道を経て、舘山の在所。小津さんがどうされているかと「おはようございます」、ま、お元気そうで「1か月金大に
入院していた、心臓が悪くてね」、「余り無理したらあかんということや…御大事に」と失礼した。四つ角もまっすぐ行く。更に
西さんちの四つ角も。宇野さんは出たあとだ。なかの公園横から在所の通りを経て、みすぎ公園を一回りした。清水さんちの畑では、黄色の
かぼちゃの花が美しい。柴犬連れの女子高校生に「お早う」。帰路、京堂さんちの前のバス通り、バス停へ急ぐ付属の学童に「お早う」。
南小立野の学童は黄色の帽子だが、付属の学童は制帽に白のカバーをつけているし、ランドセルではなくて、黒のリックだ。
コンビニの2本裏の通りでは、なかの公園前の樋川の御婆さんが、畑におられて「おはようございます」。松本先生宅を右折して、
道心建材の通りでは、畑に小林さんが草取り中で「おはようございます」。この辺りんらら登校の学童がぼつぼつ目に入り、「お早う、お早う」。
山本さんちの畑、ホウセンカが咲きだしている。
この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に豆を挽いて、カフェを4、5杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
県内産のスイカが初出荷を迎え、最大の産地・金沢市では農家の人たちが朝早くから収穫作業に精を出した。
金沢市下安原町のビニールハウスでは、農家のひとたちが初出荷に向け、大きく育ったスイカを収穫した。今年は4月の日照不足の影響が
心配されたが、その後の好天に恵まれ平年より5日ほど早い初出荷となった。JA金沢市砂丘地集出荷場には、収穫されたばかりの
スイカ3400玉が運び込まれ、選別作業が行われた。今年のスイカはみずみずしくシャリシャリとした食感で、糖度も12度以上と
上々の出来だという。「金沢すいか」は、来月上旬から中旬にかけて出荷のピークを迎え、8月上旬までに82万玉の出荷を見込んでいる。
マレーシア。ボルネオ島のキナバル山(4095m)で5日朝に起きた地震で、行方不明だった2人の死亡が確認され、最終的な死者は18人となった。
日本の在コタキナバル領事事務所は、日本人のオザキ・マサヒロさん(29)とみられる遺体の身元の最終確認を続けた。
地元警察によると、行方不明だったシンガポール人2人の遺体の一部が10日までに見つかったという。捜索隊はこの日、当面の活動を終了した。
キナバル山では広範囲にわたり地滑りや落石が発生。174人が6日未明までに徒歩などで下山した。
今回の地震では、修学旅行で登山をしていたシンガポールの12〜13歳の小学生6人が死亡し、1人が行方不明になった。
シンガポール政府は8日を服喪の日とし、政府庁舎などで半旗を掲げて犠牲者の冥福を祈った。
≪マレーシア≫ マレー半島南部とボルネオ島北部から成り、人口2900万人が暮らす。1957年に英保護領からマラヤ連邦として独立、
63年にマレーシアが成立した。外資導入で工業化を推進し高度成長を達成。81年から2003年まで長期政権を率いた首相マハティールが、
日本の経済発展に学ぶ「ルックイースト政策」を提唱した。
鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、1週間が過ぎた。
口永良部島の爆発的噴火で、避難所や親類宅など屋久島にいる67世帯のうち、21世帯が公的住宅へ入居することが決まった。
ほかに教員11世帯が、民間アパートと酒造会社の社員寮11部屋に移ることも決まった。転居の準備が整った世帯から、けふ10日にも入居を始めた。
避難所などに残る世帯と、鹿児島市といった屋久島以外の場所に身を寄せている11世帯は、希望を聞いた上で、新たに建てる仮設住宅へ移ってもらう方針だ。
今週中にも県に建設を申請する。民間住宅の活用もなお検討している。公的住宅は23戸を確保し、希望が重なった部屋は抽選で入居者を決めた。
2戸は希望者がいなかった。避難している教員は全員が単身。町長荒木耕治はきのふの会見で、家財道具や車を口永良部島から運ぶための
一時帰島が可能かどうか検討していることを明らかにした。
公的住宅は家電製品の搬入が進んでおり、入居が決まった渡辺定さん(60)は「本音を言えば口永良部に帰りたいが、決まってほっとした。
喜んで移動できる」と安堵の表情だった。
先月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」
(http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、
噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、
島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。
「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。
必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が
島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。
ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。
印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、公営住宅の
入居見通しや見舞金の申請方法などをまとめ、メンバーと協力してニュースに掲載している。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、先月27日で8カ月になった。
御嶽山(長野・岐阜県境)で行方不明になっている6人の再捜索に向け、長野、岐阜両県の調査隊50人が、今朝、入山した。
御嶽山の山頂付近に人が入るのは、昨年10月16日の捜索打ち切り以来となる。
調査隊は、捜索隊となる長野県警のほか、地元の木曽広域消防本部、気象庁、火山の専門家、山小屋関係者らを中心に編成。
7月の捜索再開に向け、火山灰が積もった山頂付近の地面の状態や雪解けの進み具合などを調べるのが目的だ。
この日午前5時過ぎ、王滝口(長野県王滝村)から20人、黒沢口(木曽町)から30人がそれぞれ徒歩で入山した。山頂付近への道中では、
登山道や避難小屋の状態を確認。一部の班は午前8時過ぎに山頂付近に到着し、調査に入った。調査隊から長野県の災害対策本部に入った連絡によると、
山頂付近では火山灰が20センチ以上積もり、粘土状になっている場所もあるという。調査隊はこの日夕方までに下山する。
県は調査結果をふまえ、7月上旬にも先遣隊を送って具体的な捜索場所を絞り込み、捜索を再開する見通し。不明者6人は火口から1キロ圏内に
いる可能性が高いとみられ、このエリアを重点的に捜索する方針だ。
♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ
橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ
五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助
木曽町は5日から、御嶽山の黒沢口登山道の中の湯(6合目)から「行場山荘」(7合目、火口から2・5キロ)付近までの入山規制を解除した。
町は、7月1日に8合目までの入山規制を緩和する方針だが、予定通り実施するかどうかは、登山道の状況や「女人堂」(火口から2キロ)の
安全装備などを確認して判断する。町は、気象庁が今年3月末に噴火警戒範囲を火口から半径2キロ圏内に縮小した後、雪解け状況や
登山道の安全確認などをした上で入山規制を緩和することにしていた。
9合目(2800m)にある岐阜市有の山小屋「五の池小屋」は、3月に噴火警戒範囲が火口から半径2キロに縮小されて範囲外になったのを受けて、
7月1日からの営業再開を目指している。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
米軍普天間飛行場の移設に伴い新基地建設が計画されている名護市辺野古の海上で、今朝、海底ボーリング調査を行うスパット台船3基のうち
1基が移動を始めた。現地点での調査を終えたとみられる。作業員の足場になる台座を下ろし、海面に浮かべた。この台船は2日に調査を再開させていた。
新基地建設に反対する市民らは抗議船3隻、カヌー18挺で「作業やめろ」と抗議行動を展開。移動準備をしていた台船に近づこうと、
カヌー15挺が臨時制限区域を示すとされる浮具(フロート)を越え、海上保安庁のゴムボートに次々と拘束された。
カヌーに乗っていた20代の女性が、手の甲にかすり傷などを負い救急搬送された。
一方、米軍キャンプ・シュワブのゲート前では今朝7時前から市民ら100人が抗議行動をした。工事車両の基地内入りを阻止するため、
市民らは手を組んで座り込みながら、「新基地建設反対」など声を上げた。
元首相村山富市と元官房長官河野洋平が、きのふ日本記者クラブ主催の「戦後70年を語る」で対談し、辺野古新基地建設問題について
「沖縄の民意を無視してはいけない」(村山)などと述べ、米軍普天間飛行場移設問題について、知事翁長の当選後も名護市辺野古への
基地建設を強行する安倍政権を批判した。村山は安倍が夏に発表する戦後70年談話について、過去の「植民地支配と侵略」への反省や
おわびを明記した戦後50年の自身の談話表現を明確に踏襲するよう要望。河野も「歴代内閣が継承してきた談話が後退するようなことがあっては
いけない」と懸念を示した。河野は「沖縄の民意をどう見るべきか非常に心配している。選挙では確実に民意の多数を得て(基地建設反対の
候補者が)当選した。日本の民主主義にとって非常に重要だ」、村山は「沖縄は戦後ずっと基地の犠牲の上にある。県民こぞって反対している
意思は無視できない。政府は沖縄に誠意を持って対応することが大事だ」と述べた。
官房長官菅義偉は、けふ沖縄県の知事翁長と官邸で会談し、3月末に返還された米軍キャンプ瑞慶覧の西普天間住宅地区(宜野湾市)の
跡地利用に向けた協力を確認した。菅は会談後の会見で、翁長が反対する米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設は話題に上らなかったと説明した。
米軍基地跡地利用を含む沖縄振興策については「(普天間移設問題と)切り離して必要なことは全力で取り組みたい」と強調。同時に
「普天間移設が進まないと現状維持の厳しい状況が続く。知事翁長に協力を得ながら進めたい」と述べた。
名護市長稲嶺進が、名護市役所で会見を開き、知事翁長が就任から半年を迎えることについて「辺野古に新基地を造らせないということを
ずっと貫かれている」と評価した。その上で「(県と市の)情報共有を高めていけたらもっと大きな成果が得られると思う」と語り、
市と県との連携をさらに深める考えを示した。米軍普天間飛行場の移設先である辺野古区を含む久辺3区が国に求めている振興策の中で、
国側が市と協議が必要な部分があるとの認識を示していることについて「国との協議ということにはならないと思う」と否定。
「市が行政サービスとしてやる。ほかの字と同じようにやるべきだと思う」と話した。
知事翁長の訪米について「(米政府高官や識者らが)辺野古が唯一と繰り返していた。日本政府の側から相当の強い申し入れがあったのではと
思う」と印象を述べた上で、「知事自身の口から本気度を示すことは初めてのことで、訪米の意味はあった」と評価した。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れの14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
去年、一番痛快だったのは、先月の沖縄県知事選挙で、普天間基地の辺野古移設に反対する前那覇市長翁長が当選したことだ。
敗戦から70年となる年が明けている。
日本は焼け跡から奇跡の高度成長を達成したが、バブル崩壊を経てデフレに陥り、少子高齢化という大きな転機に立っている。
「戦争を知らない世代」が大半を占め、体験を聞く機会はどんどん減ってゆく。外に目を向ければ、東アジアはもちろん世界の環境も大きく変わった。
くしくも、「戦後レジームからの脱却」を信条とする安倍が、衆院選の勝利を受けて新しい年へ踏みだしている。
衆議院憲法審査会で参考人全員が安全保障関連法案は憲法違反と指摘したことに、自民党の副総裁高村らが憲法違反ではないと反論しているが、
きのふの党の総務会ではこうした主張を批判する声があがった。元行革担当相村上誠一郎「(参考人の)3人がそろって違憲と言っていることは、
例えば弁護士会や法曹界、判事、検事、あらゆる人の法曹の意見を代弁しているんじゃないかと」、「あれは学者の意見だといって
一刀両断に切り捨てるということは、本当に自民党にとって正しい姿勢なんですかと」。
きのふの総務会で元行革担当相村上がこのように批判したのに対し、高村らは今回の法案はあくまでも自衛の措置なので参考人の憲法違反との
指摘はあたらないと重ねて反論した。また、村上らは、法案の採決にあたっては「党議拘束を外すべきではないか」などと主張したという。
これに対し、総務会長二階は「参考人の言うことをそのまま受けとめなくてはいけないということではなく、国会で審議する任務を議員は
背負っているので審議の経過を見守りながら対応したい」と、まずは委員会での審議を見守っていく考えを示した。
内閣法制局長官横畠裕介は、けふ10日の衆院平和安全法制特別委員会で、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案について
「わが国に明白な危険が及ぶ場合に限定しており、憲法9条の下でも許容される」と述べ、合憲との認識を強調した。
特別委は安保関連法案の一般質疑を実施。野党はきのふに示された「合憲」との政府見解の根拠を追及した。
官房長官菅は「今の安保体制で国民の生命や平和な暮らしを守るのは厳しい。国会で議論してもらい、国民に理解していただくことが大事だ」と、
積極的な議論を呼び掛けた。
衆議院厚労委員会は、きのふの理事懇談会で、今後の審議日程を協議し、民主党と共産党は、日本年金機構のシステムから大量の個人情報が
流出した問題について集中審議を行うよう求めた。しかし、自民党の委員長渡辺が、けふ委員会を開いて労働者派遣法の改正案の質疑を行うことを
職権で決めたことから、今朝の理事会で、与野党が改めて対応を協議した。この中で自民党と公明党は、明後日12日にも労働者派遣法の
改正案を委員会で採決することを視野に、改正案の質疑を行うよう求めたのに対し、民主党と共産党は、「年金情報が大量に流出した問題の
経緯に関する説明が二転三転しており、さらなる審議は不可欠だ」として、開会に強く反対した。
こうした中、委員長渡辺は、予定より40分ほど遅れて委員会の開会を宣言し、民主党と共産党の委員が全員退席するなか、労働者派遣法の
改正案の質疑が行われた。
日本国憲法に関するシンポジウム「立憲主義の危機」が6日、東京都文京区の東京大学で開かれ、京大名誉教授佐藤幸治の基調講演や
憲法学者らによるパネルディスカッションが行われた。出席した3人の憲法学者全員が審議中の安全保障関連法案を「憲法違反」と断じた
4日の衆院憲法審査会への出席を、自民党などは当初、佐藤に要請したが、断られており、その発言が注目されていた。
基調講演で佐藤は、憲法の個別的な修正は否定しないとしつつ、「(憲法の)本体、根幹を安易に揺るがすことはしないという賢慮が大切。
土台がどうなるかわからないところでは、政治も司法も立派な建物を建てられるはずはない」と強調。さらにイギリスやドイツ、米国でも
憲法の根幹が変わったことはないとした上で「いつまで日本はそんなことをぐだぐだ言い続けるんですか」と強い調子で、日本国憲法の
根幹にある立憲主義を脅かすような改憲の動きを批判した。
戦後作られた日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)の押し付けとも言われる。しかし、佐藤は「日本の政府・国民がなぜ、軍国主義に
かくも簡単にからめとられたかを考えれば、自分たちの手で、日本国憲法に近いものを作っていたはずだ」と述べた。
佐藤は、神権的観念と立憲主義の両要素を含んでいた明治憲法下の日本が、憲法学者、美濃部達吉の「天皇機関説」の否定を契機に
「奈落への疾走を加速させ」、太平洋戦争に突入していった歴史を説明。敗戦の日の1945年8月15日は、明治憲法下の日本が、
大正デモクラシーのような一定の成果を上げながら、どうしてひたすら戦争に突き進んでいったかについて、根本的な反省を加え、
日本のかたちの抜本的な再構築に取り組むスタートとなるべき日だったと指摘した。また、アジアの人々に筆舌に尽くしがたい苦しみを
与えたことも踏まえ「悔恨と鎮魂」を伴う作業が必要だったと話した。
第二次世界大戦後、各国では、大戦の悲劇を踏まえ、軍国主義を防げなかった憲法の意義をとらえ直す動きが起こったという。
佐藤はその結果、(1)憲法制定権力として国民が、統治権力による権力の乱用を防ぐ仕組みを作る(2)基本的人権の保障を徹底する
(3)「戦争は立憲主義の最大の敵」という考えから、平和国家への志向を憲法に明記する?などの原則が強調されることになり、日本国憲法には
その特質がよく表れているとした。
パネルディスカッションでは、違憲とは言えないかもしれないが、憲法の精神には反していることを示す「非立憲」という言葉が話題になった。
これまで、特に政治家の行動を戒めるために使われてきた言葉という。東大名誉教授樋口陽一は、憲法改正の要件を定める憲法96条を改正し、
国会発議のハードルを下げる「96条改正論」や、政府・与党による安保法制の提案の仕方そのものが「非立憲の典型」と批判した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
米国。原爆を開発した「マンハッタン計画」に技術者として参加したジェームズ・ショーキ(91)は米フロリダ州の自宅で、市民を巻き込む
原爆の実戦使用には反対だったと証言、少なくとも「長崎への投下は避けられたはずだ」と述べた。
マンハッタン計画には、科学者のほか技術者、兵士などピーク時には12万5千人が参加したといわれる。原爆の破壊力を熟知した
科学者の間では実戦使用をためらう声があったことが知られているが、ショーキの発言は現場の技術者の間でも消極的な意見が広がっていた実態を裏付けるものだ。
ショーキは特に長崎への投下について「二つ目の原爆に動揺した。日本政府は(広島投下で)混乱しており、もう少し時間を与えるべきだった」と指摘。
広島投下だけでポツダム宣言の早期受諾に結びついたはずとの認識を示した。さらに「(1945年7月の米西部ニューメキシコ州)
アラモゴードでの(人類初の核)実験で、原爆がすさまじい兵器だと知った」と振り返り、投下には反対だったと語った。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
韓国。保健福祉省は午前、「MERSコロナウイルス」について、新たに13人の感染が確認され、これまでに感染が確認されたのは108人となったと発表した。
このうちウイルスに感染し治療を受けていた75歳の女性と62歳の男の2人が新たに死亡し、死者も9人に増えたという。
保健福祉省は、これまで院内での感染が確認された9つの病院を公表しているが、新たに感染が確認された13人もすべてこれらの病院内で感染したという。
事態を重く見た大統領パク・クネは、来週、予定していた米国訪問を延期することを決めた。韓国の大統領府は、延期の理由について、
国民の安全を最優先し不安を解消するためだとして、米国側と今後改めて日程を調整することにしている。副首相チェ・ギョンファンは、
けふ午前、緊急の会見を開き、感染はすべて病院内で起きていることを改めて強調したうえで、「院内での感染が確認された病院を確認し、
その病院を利用した後に発熱などの症状が出た人は、必ず政府や自治体に連絡してほしい」と、国民に協力を求めた。
さらに、「空気感染することはないので過度に不安を持たず、落ち着いて日常生活を送ってほしい」と呼びかけた。韓国政府は、今週が
感染拡大を防ぐための山場だと分析していて、対策に全力を挙げている。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
北の大地。北方領土・択捉島の中心集落・紗那(ロシア名クリーリスク)に残されていた「旧紗那郵便局」の建物が、今月に入り取り壊されていたことが、分かった。
島のロシア人住民が明らかにした。郵便局舎は択捉へのロシア軍侵攻を打電した施設としても知られ、島では日本による建築の中で現存する最後の建物とされる。
ただ、老朽化で郵便局が移転した2006年ごろから空き家となって建物の崩壊が進んでおり、日本側からは保存を呼び掛ける声も出ていた。
住民によると、最終的な解体作業は9日に行われ、跡地は隣接する公園の拡張に充てられる計画という。
北の大地。今月6日、砂川市の交差点で、軽ワゴン車が乗用車に衝突されるなどして家族4人が死亡した事故で、亡くなった4人の通夜が
砂川市で営まれ、大勢の人が参列し突然の死を悼んだ。事故で亡くなった歌志内市の会社員、永桶弘一さん(44)と妻の文恵さん(44)、
長女の恵さん(17)、長男の昇太さん(16)の通夜は、午後6時から砂川市の斎場で営まれた。会場には通夜が始まる1時間ほど前から、
永桶さんの親族や仕事の関係者、それに子どもの学校の同級生らが参列した。家族を知る近所の70代の男は「全員で餅つきをするなど、
明るい印象の家族でした。30年のつきあいがあるので、突然のことで、なんとことばをかけていいのか分かりません」。
砂川市で家族4人が死亡した事故で、長男の永桶昇太さん(16)が死亡しているのが見つかった道路沿いの空き地では、けふも花を供える人の姿が見られた。
このうち息子が昇太さんの姉の恵さんと高校の同級生だという男は「昇太さんが一人だけ離れた場所で亡くなったことを思うと、同じ世代の
子どもがいる身として何もいえない」と声を詰まらせていた。また、昇太さんの父親の弘一さんのいとこは、「何でこういうことに
遭遇しなくてはいけなかったのか今でも分からないし、事故は事故でもひき逃げはひどすぎるし許せない。昇太は引きずられていた間も
苦しかったと思うし、慰めようがない」と怒りを抑えきれない様子。
秋田県内の12町村議会の議長でつくる「秋田県町村議会議長会」が懇親会に女性コンパニオンを公費で呼び、その費用3万3千円を
先月返還していたことが、分かった。議長会事務局によると、懇親会は昨年10月に八峰町のホテルで開かれ、議長12人と八峰町長らが参加。
コンパニオン2人を呼び、派遣費用を含む12万7千円を、12町村で分担する議長会の運営費で支払った。
議長会は、奈良県の議長会で同様の事例が批判されたことを受け、返還を決めた。年1回の懇親会に8年ほど前からコンパニオンを呼んでおり、
費用返還を検討するという。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
京都。今朝5時ごろ、京都市伏見区桃山町因幡の府道で、8.5トンの塩酸を積んだタンクローリーに大型トラックが追突した。
この事故で、タンクローリーの後ろにある排水管が壊れて、1時間半の間に6.5トンの塩酸が漏れ出し、消防がタンクローリーを近くの
コンビニエンスストアの駐車場に移動させて放水を行った。事故のあと、現場近くに住む36歳の男が「気分が悪い」と訴えたほか、
近くの中学校の生徒14人が登校後に息苦しさや目の痛みなどを訴え、このうち11人が早退したという。いずれも症状は軽いという。
また、現場近くの幼稚園の中には休園の措置を取ったところもあった。塩酸の一部は、側溝を通じて近くの山科川に流れ出たとみられ、
国交省淀川河川事務所が水質に影響がないか調べている。
滋賀。「時の記念日」のけふ10日、日本で初めて時刻制度を定めたとされる天智天皇を祭る大津市の近江神宮で、時計の進歩を神前に報告する「漏刻祭」が開かれた。
王朝装束をまとった時計業界の関係者や、びわ湖大津観光大使の女性らが、国内時計メーカーの新作の腕時計や掛け時計の7種を奉納。
厳かな雰囲気の中、参列した300人が祈りをささげた。日本書紀には671年4月25日、漏刻(水時計)が近江大津宮に設置され、
時刻を知らせる鐘が鳴ったという記述がある。この日を太陽暦に換算した6月10日が1920年、時の記念日に制定された。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
山口。下関市の知的障害者の福祉施設で、職員が利用者に虐待を行っていたとされる問題で、警察は問題の発覚後、懲戒解雇された35歳の
元職員が虐待に関わった疑いが強まったとして暴行の疑いで逮捕した。警察は今朝から施設を捜索するなどして裏付け捜査を進めている。
逮捕されたのは下関市長府豊城町の知的障害者の自立を支援する福祉施設「大藤園」の元職員、柳信介(35)。柳は去年2月、「大藤園」の
訓練作業室で当時20歳の利用者の男に暴言を吐きながら胸ぐらをつかんで体を揺さぶったり、額を3回叩いたりしたなどとして暴行の疑いが持たれている。
「大藤園」では施設の内部で撮影された柳が暴力をふるうなどの映像が明らかになり、今月4日、下関市が障害者総合支援法に基づいて
立ち入り調査を行ってその後、柳は懲戒解雇されていた。調べに対し容疑を認め、「利用者が作業をしようとしなかったのでやった」などと
供述しているという。警察は今朝から暴行の疑いで施設を捜索していて、今後、押収した資料を分析するなどして裏付け捜査を進める。
元職員が逮捕されたことについて、大藤園の理事長木谷義孝は「警察の判断なのでお話することはないが、このような事件が起きたことについて、
大変残念で皆さまに申し訳ない。今後、園の再生に尽くします」と。
ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて
遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
犀星 抒情小曲集から
富山。写真製版、印刷事業などを手掛ける富山市黒崎の橋本写真製版社は、運営するポータルサイト「トヤマイーブックス」で、
県内の全自治体の広報誌を電子書籍で閲覧できるサービスを始めた。
このサービスで、広報誌を手にできない人にも自治体の情報が入手しやすい環境が整った。社は二年前に、町内会に入っておらず
広報誌が入手にできない人や県外者に、富山の情報を共有してもらおうとトヤマイーブックスを立ち上げた。当初は、県と滑川市、立山町、
入善町、朝日町の広報誌だけの取り扱いだったが、今月から県と15市町村の全自治体を取りそろえた。
電子書籍となった広報誌は、メモ書きや全文検索の機能などが付いているのが特徴。パソコンだけでなく、スマートフォンやタブレット端末からも
無料アプリで読むことができる。担当する釜谷辰也さん(50)は「いつでも誰でも、どこからでも県内の情報を読んでほしい」。
閲覧は「トヤマイーブックス」で検索。
福井。嶺南地方のホテルや旅館の女将でつくる「若狭路女将の会わかさ会」の7人が、きのふ若狭町成出の梅加工体験施設で、特産の
福井梅を使って梅酒造りを体験した。女将ブランドの梅酒を来年度にも売り出したいと考えており、商品化に生かすという。
梅料理に詳しい町食育地産地消推進グループの代表青池明美さんらが講師を務めた。女将たちは近くの梅畑で、収穫を迎えた「剣先」の実を
もぎ取り、まずは赤飯やマッシュポテトなど4品を作り、出来たてを味わった。
梅酒造りでは、水で洗った黄緑色の実のへたを竹串で丁寧に取り除き、4リットルのびんに氷砂糖と交互に敷き詰めていった。
ホワイトリカーを注ぎ、仕込みを完成。持ち帰り、半年から一年間漬け込む。地元の梅酒製造販売会社「エコファームみかた」の社長とも
話を交わし、レシピや名称など商品化について協力を求めた。
会の代表藤原秀美さん(60)は「いろんな料理に使える福井梅の魅力を再発見できた。地元の食材に合った梅酒を造り、観光客ら宿泊客に味わってもらいたい」と力を込めた。
♪夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅の笠
日和つづきの今日このごろを 心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ
明治45年 茶つみ 文部省唱歌
能登。志賀原発の断層問題に揺れる志賀町で、きのふから町議会が始まった。
先の選挙で脱原発を掲げたあらたな町議が誕生するなど、議論の場に動きがみられる中、町長小泉勝は「適合審査の状況を注意深く見守っていきたい」と
これまで通りの方針を示した。志賀原発の断層問題をめぐっては5月の原子力規制委員会で有識者が「活断層の可能性を否定できない」という
共通の認識を示し、住民からは不安の声も上がっている。一般質問に立った4人の議員のうち、議員中谷松助は、先の町議選で脱原発を掲げ
16年ぶりに共産党の議席を得た議員。中谷は活断層の可能性を否定できなければ、志賀原発1、2号機の再稼働を断念させ、廃炉にすべきと指摘した。
また、同じく脱原発を掲げる無所属の議員堂下健一は原発に依存しない街づくりへ舵を切る決断をすべき時と迫った。
志賀原発の再稼働をめぐっては、近く示される評価書案しだいでさらに厳しい状況に立つことになる。
金沢。湯谷原町で川魚の養殖業を営む辰巳町の黒田一磨呂(ひとまろ)さん(54)は、湯谷原町にニジマスの無人販売所を設置した。
販売所はキゴ山に向かう県道脇にあり、通行人に水槽内で生き生きと泳ぐ姿を見てもらい川魚の魅力をPRする。
販売所には高さ45センチ、幅1・2m、奥行き45センチの水槽が置いてあり、中を泳ぐ体長20センチほどのニジマスを1匹200円で
販売する。代金は水槽に入れる。
金沢市片町の焼き鳥店「鳥珍や」が、6、7両日に名古屋市内で開催された食イベント「手羽先サミット」で最優秀のグランプリに次ぐ金賞を受賞した。
愛知県内を中心に海外を含む40店舗が自慢の手羽先料理を出品。鳥珍やの金沢手羽先が来場者の投票で高い評価を得た。
金沢手羽先は、手羽先の空揚げに地元の大野しょうゆをベースにしたたれをからめ、ごまをふりかけた。市が認定する「金沢ブランド」にもなっている。
店の代表和田知晃(35)は「アウェー的な雰囲気の中で大勢の方々に金沢手羽先を味わっていただいた。名古屋の手羽先のように
スパイスが強くないのでうちのブースは子どもたちの姿が特に多かった」とうれしそうに振り返った。
和田さんはブースに市の観光パンフレットも用意し、金沢のPRも兼ねてイベントに参加した。「これからも金沢手羽先で金沢をアピールしていきたい」。
グランプリは宮崎県の手羽先番長だった。
加賀。手取川の濁水の影響で稚アユ放流を見送っていた白山手取川漁協(白山市)は、濁りのない鳥越地区の大日川で稚アユ400キロ(4万2千匹)を放流した。
アユ漁解禁が迫る中、最後の放流で、手取川に放流予定だった稚アユの一部を振り分けた。組合では「1日も早く濁りが収束し、
清流に戻ってほしい」と早期の回復を願った。
石川県は、白山の噴火に備え、防災計画を月内に策定することを明らかにした。
国が火山の被害軽減に向け、事前の対策にも力を入れることを踏まえ、白山への取り組みについて、石川県は「登山者への情報提供手段や
噴火警戒レベルの導入など、これに基づく避難の実施内容など組み込んだ白山火山防災計画を法律の成立を待つことなく策定する。
6月中にも白山火山防災協議会を開催したいと考えを明らかにした。県では岐阜県や白山市などとともに、白山火山防災協議会を一昨年3月に
立ち上げており、噴火警戒レベルの導入や防災対策などを検討してきた。その中で避難対策の1つとなる退避壕「シェルター」の設置について、
県では「白山自身が白山国立公園。特別地域の指定を受けているため、自然を破壊したり景観を阻害したりすることがあってはならない。
関係方面と調整しながら進めていきたい」と、当面の避難場所として、室堂や南竜ヶ馬場など白山中腹にある施設を活用する考えを示した。
その白山について、気象庁は「火山活動に変化はなく、噴火の兆候は認められない」としている。今回まとまる火山防災計画では
これまで決まっていなかった「噴火警戒レベル」が導入される。運用が始まれば、全国の火山の中では31番目となる。
「噴火警戒レベル」とは、火山活動の状況によって、レベル3の「入山規制」やレベル4の「避難準備」などと5段階に分かれており、
この状況に応じて噴火警報が発令される。火山防災計画ではこの警戒レベルに応じた防災対策や避難の対象地域などが決められる。
また、これに基づいて、白山市など関係する自治体が地域の避難計画を立てることになる。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も今や水無月、6月に替わって、10日。月日の経つのは、何とも早い。
今朝は犀奥の樫見町のしゃいさんに、栃の木を一本切ってもらった。途中の枝には、オナガが巣をつくっており、なかに10羽の雛がいたので
隣の木に移して貰ったが、気になる親鳥は、近くでじっと見ていた。そうか、こんなとろに巣作りでは毎朝、ギーギーと鳴くはずだ。
木は50センチくらいの丸太にしてもらったが、ものはついでと薪ストーブに入れるために、細くしてほしいと言ったら「山へ来たら」と
いうので、末町や天池経由で、付いて行ったら行き止まりの山の奥で、ワンちゃんに猫三匹が歓迎してくれた。奥さんは、今は郵便配達で、
外出中だった。自分達で設計した山小屋に住んでおられた。納屋で、車屋さんに特注で造ったという薪つくりの器械に入れると、見ているうちに
丸太が半分にまたその半分にしてくれた。深謝して、一服させていただいたがクルミとガヤの手作りのお菓子を戴いた。暫し、山の話を聞いて、
帰路、途中で、左折して、平の在所で、休日には「山のパン屋」を開設している南さんに会い帰路へ。末町の松田さんちへ寄り道したが、
津幡の知人のところから桜の伐採したのを貰ってきたと軽4から降ろしていた。
夕方の散歩は、何時ものコースだ。バス通りの畠では谷口のおばあさんに会い「ご苦労様」、「この菜っ葉と赤大根持っていかんか」と拭いて
くれたので深謝。近くの畑におられた山一さんに「ご苦労様」、きうりとキャベツを切ってくれたので深謝。橋本さんちの小路から裏通りへ。
今朝、樫見のシャイさんが来てくれて、栃の木伐採してくれたことを報告して、御礼を一言伝えてきた。奥村さんち前の畑、車でこられていた
親父さんに「ご苦労様」、そこを通りがかったコリー二頭連れの持木さんに「コンニチワ」。
薔薇美しき 真紅のバラの就中
箕面 藤堂
自由さに慣れて不自由 懐手
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 水無月、6月10日(ふ)
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