東海、関東甲信が梅雨入り
2015年、水無月、6月8日 。石川県内は、晴れ。金沢の最高気温は29度。
朝の散歩は、生ごみ捨てのコースで、バス停の方向へ。朝陽がまぶしい。
越田さんちのバラはまだ健在で、井筧さんちの赤白のセージもきれいだった。ゴミステーション、アパートの横から裏通りへ。
久々に黒のらラプラダドールを連れた親父さんに会い「おはようございます」。道心建材の交差点からコンビニ裏へ。右折して、旧ため池跡から、
みすぎ公園を一回りした。入口のゴミステーションでは、二羽のカラスが生ごみをつついでいた。しっかりシートや網をかぶせなかったからだ。
どこでも、いい加減なのが居る。犀奥の山々がきれいに見えた。キジバトの鳴き声がした。在所の通りでは、畑や田んぼの見回りした徳田さんに
会い「おはようございます」。なかの公園あたりから登校の学童に会い「お早う、お早う」。フキ畑の交差点辺りへ来ると宇野さんが出て行かれた。
和田建材の御隣洋菓子屋の叔母さんのところへはお向かいの車。で、出かけられたので車に目礼。西さんちの四つ角を過ぎて、長谷川さんちの
サヨちゃんらに会い「お早う」。庭の花に水やりされていた上村さんちの奥さんに「お早うございます」。次の交差点は右折して坂道。
バス通りを渡ろうとしたら、ミホ、ミコちゃんにお母さんに会い「おはようございます、きのうは(孫が)お邪魔して失礼しました、楽しかったと
話していました」、「賑やかになり、いいですね」、「行ってらっしゃい」。バス通りを渡ると野畠の息子さんに会い「おはようございます」。
空き地の向こうでは桝谷さんの奥さんが花に水やり中だった。寺津用水は、量は少ないが勢いよく流れていた。
この後は、小屋に入って、緑茶を、一杯戴いた後、朝飯。後に豆を挽いて、カフェを4、5杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
東海地方が今朝、梅雨入りした。平年と同じで、昨年より4日遅い。
また、午後3時に関東甲信が梅雨入りした。関東甲信の梅雨入りは、平年並みで、去年よりも3日遅い。
明日9日にかけては西日本や東日本の太平洋側を中心に広い範囲で大気の状態が不安定になる見込みで、気象庁は落雷や突風などに注意するよう呼びかけている。
金沢。加賀野菜の1つで、ウリのような丸みを帯びた形が特徴の「加賀太きゅうり」の出荷が、最盛期を迎えている。
下安原町にあるJAの施設では、今朝収穫されたばかりの加賀太きゅうり1万本が運び込まれた。担当者が1本ずつ、形や色、それに
大きさごとに選別し、次々と箱に詰めていった。 加賀太きゅうりは金沢市伝統の加賀野菜の1つで、独特の甘さがあり、かみ応えのある
食感が特徴。今年は春先に天候が悪く、太きゅうりの生育が心配されたが、4月以降は暖かい日が続いたため、平年より育ちが良いという。
JA金沢市・加賀太きゅうり部会では「煮物やサラダなどにして太きゅうりの肉厚な食感を楽しんでほしい」。「加賀太きゅうり」は、
11月ごろまでに、10万ケースが全国各地に出荷されるという。
マレーシア。日本時間の5日午前8時すぎ、マレーシアのボルネオ島北部のサバ州を震源とするマグニチュード6の地震があり、
東南アジア最高峰のキナバル山(4095m)では崖崩れが発生し、これまでにシンガポール人の女子学生(12)と山岳ガイド(30)が、
死亡したほか、死者は、これまでに16人の遺体が見つかり、日本人1人が含まれていると明らかにしている。当時山頂付近には登山者187人がいて、
このうち、これまでに16人の死亡が確認されており、マレーシア当局が身元の確認を急いでいる。また、登山者の多くはこれまでに下山したが、
6人の下山が確認できておらず、行方不明者の捜索に当たっている地元の州政府は、遺体で見つかった1人は「身に着けていた名札などから日本人の、
29歳のオザキマサヒロさんであることを明らかにした。
鹿児島。口永良部島の噴火で、住民全員が島を離れる「全島避難」が始まってから、1週間経った。
避難している人たちの公営住宅への入居に向けて、ボランティアらが避難先の屋久島の住民などから提供された家電や日用品を運び込むための仕分け作業を行った。
先月29日の口永良部島の噴火では、きのふの時点で今も51世帯81人が隣の屋久島にある避難所で生活している。
屋久島町は、これまでに避難所のある宮之浦地区などで23戸の公営住宅を確保し、入居に向けた準備を進めている。けふ8日は
宮之浦中央公民館にボランティアや町の職員が集まり、これまでに屋久島の住民などから提供されたテレビなどの家電、食器などの日用品を
公営住宅に運び込むための仕分け作業をした。ボランティアらはテレビや電子レンジなどの家電が壊れていないかチェックしたり、
コップや皿などの食器を入居予定の世帯ごとに仕分けたりした。ボランティアの男は、「避難者の方たちは一日も早く口永良部島に帰りたいという
思いを持たれていると思うが、屋久島にいる間、少しでも快適に過ごしてもらえればと思います」。
一方、物資提供やボランティアなど、避難住民を支援する動きが広がっている。屋久島町はこれまでに町内の177の個人・団体から
ボランティアの申し出を受けた。日用品や食料などの提供も相次いでいる。
避難生活が続く人たちを励まそうと福島県石川町の中学校の生徒たちが募金や応援メッセージを送ろうと活動している。
口永良部島の住民を応援する活動に取り組んでいるのは、福島県石川町にある石川中学校の生徒で、口永良部島の小学校と中学校で
教頭を務める土器手徹さんが平成22年から3年間、福島県と鹿児島県の人事交流で石川中学校に勤務していたことがきっかけで
先週から始めた。平日の朝、生徒会のメンバーが校舎の入り口で登校する生徒に募金を呼びかけ、今朝も自宅から貯金箱ごと持ってきたり
お金を入れた封筒を持ち寄ったりする生徒の姿が見られた。また、応援の寄せ書きもつくっていて、休み時間になると生徒たちが
廊下に貼り出された縦・横1mほどの紙に「心を1つに頑張って」などとメッセージを書き込んでいた。生徒会長の石川大輝君は
「自分たちも震災のときにたくさんの支援を受けたので恩返しのつもりで活動しています。口永良部島の人たちにも希望を忘れないで
頑張ってほしいです」。集まった募金と寄せ書きは、今後、土器手さんたちが避難している屋久島に届けられる。
先月29日の爆発的噴火の後、島の見どころや施設の情報を紹介してきた「口永良部島ポータルサイトひょうたん島」
(http://kuchi-erabu.org/index.html)のトップページに、島の高齢者ボランティアグループ「えらぶ年寄り組」の7人のメンバーが、
噴火当日、空を覆い尽くした噴煙の写真をサイトに載せた。「再び新岳が噴火しました!」。そして島の魅力を伝えるサイト本来の役割を変更し、
島民同士の情報交換の場として活用すると宣言。2日には避難者向けの住宅対策などをサイトで紹介した。
「一日も早い全員での帰島に向けて、島民が団結する懸け橋にしたい」。
必要な情報が伝わりにくいと、屋久島の避難所で暮らす住民らは、「えらぶ避難所ニュース」をほぼ毎日発行。「一日も早く全員が
島に帰るためには、受け取る情報に差があってはいけない」との思いを込め、インターネットで公開している。
ニュースを発行するのは、ボランティアサークル「えらぶ年寄り組」。5月29日の噴火後は島民向けの情報に切り替え、サイトに掲載。
印刷したニュースを屋久島に3カ所ある避難所に張り出した。家族と避難所に身を寄せる代表の山口英昌さん(72)は、公営住宅の
入居見通しや見舞金の申請方法などをまとめ、メンバーと協力してニュースに掲載している。きのふの午後、屋久島で行われた避難住民向け
説明会の内容も7日に公開した。噴火翌日から鹿児島市に住む娘の自宅に避難している山田ヨリ子さん(71)は、いつ一時帰島が
行われるかと気をもんでいる。見通しが立たないため、屋久島に残った夫は帰島に備え、避難所で毎日待機している。ニュースを読んだ山田さんは
「もっと詳しく知りたい」と期待した。山口さんは「避難指示がいつまで続くのかはっきりしない中、町の政策や避難所の状況も刻々と変わる。
各地に散らばっている島民にも、必要な情報を迅速に届けたい」と力を込めた。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、先月27日で8カ月になった。
御嶽山(岐阜、長野両県境)の岐阜県下呂市にある登山口で、きのふ恒例の山開き式が行われた。
式に先立ち慰霊祭も実施され、出席者らが黙とうをささげた。下呂市の市長野村誠(66)は式典で「市は御嶽山の恵みでなりわいを立てており、
今後も登山客を迎えていきたい」とあいさつ。式典後、9合目にある五の池小屋の管理人市川典司さん(44)は「行方不明者もおり
複雑な気持ちだが、登山者が安心できるよう情報発信したい」と力を込めた。市は噴火後に登山道を立ち入り禁止としていたが、
登山口から700m先の仙人橋手前までの規制を解除した。来月1日をめどに五の池小屋までの規制も解除する方針。
♪卯の花の、匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に 早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗植うる、夏は来ぬ
橘の、薫るのきばの 窓近く、蛍飛びかい おこたり諌むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の 門遠く、水鶏(くいな)声して 夕月すずしき、夏は来ぬ
五月やみ、蛍飛びかい 水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて 早苗植えわたす、夏は来ぬ
明治29年 夏は来ぬ 作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助
戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火について、長野県の災害対策本部は行方不明者の捜索再開に向けて、10日に山頂付近の状況を
確認するための調査隊を派遣する。去年9月の御嶽山の噴火では、57人の死亡が確認され、今も6人の登山者の行方が分からないままとなっている。
長野県の災害対策本部では捜索再開を前に山頂付近や登山道の状況などを確認するため、今月9日から11日のいずれかの日に、調査隊を派遣するとしていたが、
天候の状況を踏まえて、10日に調査隊を派遣する方針を決めた。調査隊は警察の機動隊や消防のほか火山の研究者、それに岐阜県の担当者も加わって
40人ほどで構成され、捜索隊員の緊急時の避難場所として山頂付近の山小屋が使えるかどうかも確認するという。ただ、山の天候は
変わりやすいことから、当日の早朝にヘリコプターで山頂付近の雲の状況などを確認したうえで、調査隊を入山させるかどうか決める。
対策本部では、調査結果を踏まえて捜索の具体的な場所や捜索方法を検討するため、「先遣隊」を派遣したうえで、梅雨の状況も見ながら
来月下旬にも本格的な捜索を再開する。
木曽町は5日から、御嶽山の黒沢口登山道の中の湯(6合目)から「行場山荘」(7合目、火口から2・5キロ)付近までの入山規制を解除した。
町は、7月1日に8合目までの入山規制を緩和する方針だが、予定通り実施するかどうかは、登山道の状況や「女人堂」(火口から2キロ)の
安全装備などを確認して判断する。町は、気象庁が今年3月末に噴火警戒範囲を火口から半径2キロ圏内に縮小した後、雪解け状況や
登山道の安全確認などをした上で入山規制を緩和することにしていた。
9合目(2800m)にある岐阜市有の山小屋「五の池小屋」は、3月に噴火警戒範囲が火口から半径2キロに縮小されて範囲外になったのを受けて、
7月1日からの営業再開を目指している。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。月桃の花咲く島に軍用トラックふさわしくないヘリ基地反対
大阪府 道浦母都子
市民団体「基地の県内移設に反対する県民会議」が正午すぎ、那覇市港町の第11管区海上保安本部前で緊急集会を開き、米軍普天間飛行場の
移設計画に伴う作業が続く大浦湾で4日に海上保安庁のゴムボートが計画に抗議する市民に衝突した件について抗議した。
主催者発表で250人が集まり、市民らは「海保の暴力許さない。大浦湾から出て行け」などと怒りの声を上げた。
米軍普天間基地の移設計画に反対する県民の声を広く訴えようと設立された「辺野古基金」は、全国からの寄付が、3億2000万円あまりとなり、
ヘリ基地反対協議会など2団体に1000万円ずつの支出を決めたほか、あらたに7つの団体に30万円ずつを支援することを決めた。
「辺野古基金」の使い道などについて話し合う運営委員会が那覇市で非公開で開かれ、終了後、会見が開かれた。
それによると、「辺野古基金」には、きのふまでに3億2000万円あまりの寄付が集まり、名護市辺野古などで、移設計画の撤回を求める
活動を中心的に行っているヘリ基地反対協議会と島ぐるみ会議に1000万円ずつを支出することを明らかにした。
また、新たに、移設計画に反対する活動を行う名護市やうるま市などの7つの団体に、それぞれ30万円を支援することを決めた。
基金の事務局では、今後も随時、運営委員会を開き、計画に反対する活動を行う団体への支援のほか、国内外の新聞に意見広告を載せることについても
検討していくことにしている。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は、去年暮れの14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
去年、一番痛快だったのは、先月の沖縄県知事選挙で、普天間基地の辺野古移設に反対する前那覇市長翁長が当選したことだ。
敗戦から70年となる年が明けている。
日本は焼け跡から奇跡の高度成長を達成したが、バブル崩壊を経てデフレに陥り、少子高齢化という大きな転機に立っている。
「戦争を知らない世代」が大半を占め、体験を聞く機会はどんどん減ってゆく。外に目を向ければ、東アジアはもちろん世界の環境も大きく変わった。
くしくも、「戦後レジームからの脱却」を信条とする安倍が、衆院選の勝利を受けて新しい年へ踏みだしている。
憲法9条の解釈を変え、集団的自衛権を使えるようにする安全保障法制の関連法案の成立を急ぐ安倍政権に対し、「憲法改正の手続きを
とらない『なし崩しの法制化』はノー」と訴える大規模集会が、きのふ大阪市内で開かれた。
主催した大阪弁護士会によると、4千人が参加。集会後は繁華街に繰り出し、抗議の声を上げながら練り歩いた。
集会は北区の扇町公園であり、社会学者の上野千鶴子さんは衆院憲法審査会で憲法学者3人全員が関連法案を「違憲」と指摘したことに言及。
「学者の言うことを無視していいのでしょうか。違憲の法案を国会で審議すること自体がばかげています」と語った。
国際NGOピースボートの共同代表・川崎哲(あきら)さんも新たな安保法制について、「世界に『戦争をしない』と約束した憲法9条を
骨抜きにする動き。非軍事の話し合いで世界の問題を解決しよう、と言うべきだ」と求めた。弁護士会の憲法問題特別委員長が「反対の声を上げよう」と
呼びかけると、女性や若者らが「アカン!」と書かれた黄色い紙を一斉に掲げた。
民主党の幹事長枝野幸男は、きのふ衆院憲法審査会で憲法学者3人全員が集団的自衛権の行使容認を違憲と明言し、政府・自民党が
それに反論していることについて、「最高裁の判決の枠を超えていると、憲法を長年研究してきた専門家の皆さんが言っている。そのことを
一刀両断で片付けられるほど憲法を勉強したのか」と、憲法学者の意見に耳を傾けるべきだとの考えを示した。さいたま市内で質問に答えた。
枝野はこれに先立ち、埼玉市内で講演し、安全保障関連法案に関し、「少なくとも、早期成立は相当無理な状況になりつつある」と指摘。
今後の国会審議については「国民運動が広がるための論戦をやっていく」と強調した。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
佐賀。空港への自衛隊新型輸送機オスプレイの配備計画をめぐり、佐賀市川副町の住民150人でつくる対策協議会は、きのふ発足以来
10カ月ぶりに会合を開き、計画に反対する決議文を採択した。
地元住民組織が計画反対を表明したのは初めて。協議会の名称も「反対地域住民の会」に改めた。今後、防衛大臣中谷に計画撤回の要請文を提出するなど、反対運動を強める。
対策協はこれまで計画への賛否を示していなかったが、会長古賀がこの日の会合で配備計画への反対を表明し、経緯と理由を説明した。
昨年7月の計画浮上以来、防衛省から「納得のいく説明は何もなかった」と指摘。「態度を表明しなければ計画がどんどん進む。私たちが今、
反対の声を上げなければ子々孫々まで悔いを残す」と述べた。
反対する理由として、オスプレイの安全性、軍用機の騒音、ノリ養殖、農業への影響、「自衛隊との共用を県は考えていない」とする公害防止協定の存在、
有事の際に佐賀空港が標的になるリスク、米軍基地化に対する県議会、市議会の反対決議など9点を挙げた。
決議文にはこうした反対理由を盛り込み、「(配備計画は)『公害防止協定』で拒否した陸上自衛隊の基地化そのものであり、到底認められない」と
計画の白紙撤回を求めている。出席者からは「合意形成に時間をかけるべき」と現時点での反対表明に慎重な意見も出たが、拍手による賛成多数で
決議文を採択した。会の名称は「佐賀空港への自衛隊オスプレイ等配備反対地域住民の会」に改めた。
反対住民の会は防衛相中谷に計画撤回を求める要請文を提出するほか、知事、佐賀市長らにも反対するよう要望書を出す方針。
地元でも署名運動を展開する。会合には、川副町外の住民を含む400人が出席した。組織の会員数は今後集計する。会合後、会長古賀は
「これだけ多くの人が集まり、本当に心強い。他団体とも協力し、絶対に計画を撤回させる」と話した。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
現在の選挙制度では、20歳になって新たに選挙権を得た人が選挙前の3か月間に転居すると、新旧どちらの住所の自治体でも投票が認められない事態が生じている。
こうしたケースで去年の衆議院選挙の投票ができなかった20歳の大学生が、「制度の不備によって若者の選挙権が制限されている」と主張して、
選挙制度の妥当性を問う初めての裁判を東京地裁に起こした。
裁判を起こしたのは、東京に住む20歳の女子大学生で、去年10月に20歳になり、選挙権を得たが、12月の衆議院選挙ではその直前に
転居したことが原因で投票が認められなかった。現在の選挙制度では、転居後、選挙まで3か月以上住んでいないと新しい住所の自治体では
投票できず、以前住んでいた自治体で投票する決まりになっている。これは、選挙のときだけ応援する候補者の選挙区に住民票を移すという
不正行為を防ぐための措置。ところが選挙前の3か月間に転居し、その前後に20歳になった人は、以前住んでいた自治体では有権者として
登録されていない場合があるため、新旧どちらの住所の自治体でも投票できない事態が生じてしまう。こうしたケースに当てはまった
女子学生は、今年3月、「制度の不備によって若者の選挙権が制限されている」と主張して、国に20万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。
先月開かれた1回目の裁判で、女子学生は「選挙権の平等を保障した憲法に違反している」と訴えたのに対し、国側は争う姿勢を示し、
具体的な主張は今後行うとした。この問題を巡っては、自民党、公明党、次世代の党などが先月、新たに選挙権を得た有権者が転居し、
3か月たたないうちに国政選挙が行われる場合、転居前に住んでいた自治体で投票できるようにする公職選挙法の改正案をまとめ、衆議院に共同で提出している。
裁判を起こした女子学生は、去年10月に20歳になって選挙権を得た。その1か月後に衆議院が解散されると、選挙までの間、各政党の
主張を調べるなど投票先を真剣に考えた。当時、都心にある大学に通いやすいよう、23区内に引っ越したばかり。3か月以上住まないと
新しい住所地で投票できないルールは知っていたため、去年12月の衆議院選挙の投票日には、前に住んでいた三鷹市の投票所に向かった。
しかし三鷹市での投票も認められなかった。有権者の名簿は3か月ごとに更新されるが、女子学生が三鷹市に住んでいたときに最後に更新されたのは
去年9月で、その時点ではまだ19歳だったため、有権者として登録されていなかった。納得できなかった女子学生は選挙制度を詳しく調べて、
2か月後、弁護士に頼らず1人で裁判を起こした。女子学生は「初めての選挙ができずショックを受けました。若者の投票意欲が低いと言われるなかで、
国がみずから若者の投票意欲を低下させるような制度を放置しているのは本当におかしいので、すぐに対応してほしい」。
原告の大学生が以前に住んでいた東京・三鷹市の選管では「投票したいというご本人の気持ちはよく分かりますが、法律によって選挙人名簿に
載せる人や名簿を更新する時期の決まりは全国一律になっているので、自治体としては制度に基づいて運用するしかありません」と話している。
また、今回の裁判について総務省選挙部は「係争中なのでコメントできない」としている。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
韓国。保健福祉省は、中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスの感染者が23人増え、1人が死亡したと発表した。
感染者は87人、死者は6人になった。サムスンソウル病院(ソウル市)の感染者が倍増して34人になった。新たに感染した17人のなかには、
高校生の少年(16)が含まれている。10代の感染者は初めて。保健福祉省によると、17人は5月下旬に同病院の緊急治療室に滞在した患者ら。
当時、転院してきた感染者が滞在していた。接触した可能性のある890人にも隔離措置が取られている。
病院などに滞在後、南部の釜山、全羅北道(チョルラプクト)に移動した患者も感染が確認されており、感染者が全国に拡大しつつある。
一方、37人の感染者が出た京畿道平沢(キョンギドピョンテク)市の病院では、新たな感染は確認されていない。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
島根。山あいの町、掛合町で、東京の若者たちが日本酒造りに燃えている。
中心になっているのは畑違いのIT企業社長2人。「日本酒愛」が高じて、1月に初挑戦したところ、完成した純米酒がほぼ完売。
2度目は酒米作りから手がけ、「全米デビュー」も狙う。松江市から南西60キロにある掛合町(かけやちょう 雲南市)。
山あいの田んぼに先月、おそろいのTシャツを着た若者たちの姿があった。東京を中心に集まった「日本酒応援団」のメンバーだ。
酒米の田植え初日。素足で田んぼへ。ひざ下まで泥につかり、腰を落として苗を植えた。「米作りから大変さを実感できるのはいい。
もっと酒に愛着が持てそう」。東京のIT企業社長、古原忠直さん(37)は、泥だらけの手で笑顔を見せた。
古原さんは昨年9月、同じくIT企業社長の平井誠人さん(39)と日本酒応援団を立ち上げた。元同僚の2人は大の日本酒好き。
1、2カ月に1度、火入れをしない無濾過生原酒を飲む会を開くほどだ。酒好きが高じ、「自分で造りたい」と思うようになった。
思い立ったら即行動の2人は、知人から「竹下本店」(掛合町)を紹介してもらった。元首相故・竹下登の生家としても知られる酒造会社だ。
今では本格的な酒造りをやめた酒蔵で、この冬、元蔵人の指導を受けながら、酒造りに初挑戦した。近くの民家に寝泊まりしながら、
午前は酒造り、午後はITの仕事。社員はもちろん希望者も募り、延べ120人が参加。無濾過生原酒「KAKEYA」を4合瓶(720ミリリットル)で
3千本作った。一般販売したところ、ほぼ完売した。2季目は酒米作りから始めることにした。予定では、2トンの酒米を育て、「KAKEYA 2016」を造る。
インターネットで資金を募るクラウドファンディングで、1泊体験チケット(6500円)など複数のコースを用意。3月から呼びかけて
1カ月半で、目標の100万円に対し238万円が集まった。130泊分のチケットが売れた。
今月、田んぼを管理するため平井さんは会社の支店を雲南市に開設した。本業ではシステム開発拠点とし、ITエンジニアが常駐する。
「ネットがあれば、どこでも仕事ができる」と平井さん。支店は竹下本店向かいの「きさらぎ会館」に置いた。かつて元首相竹下の選挙事務所だった場所だ。
きっかけは、1月の酒造りに参加した外国人が、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で発信したことだ。
米国の酒販店から問い合わせがあり、古原さんがカリフォルニア州などの15店にPRメールを送ったところ、日本酒約200種類を扱う
サンフランシスコの酒販店から好感触を得た。今月には古原さんが「KAKEYA」とともに渡米し、直接セールスをする。さらに、
10月には現地の日本酒フェアにブースを出す予定だ。輸入業者の選定や販売免許の取得にも着手。輸出を視野に、今年の醸造量の目標は4合瓶で
5千本から5万本に変えた。また、夏には米国から研修生を受け入れる。古原さんの母校スタンフォード大で、MBA(経営学修士)取得を
目指す学生4人が、1カ月、東京や雲南市で米国での販売戦略を練る。酒米の収穫も手伝う予定だ。
浪速大阪。大阪教育大付属池田小(池田市)で小学1、2年生8人が死亡した校内児童殺傷事件は、発生から14年となった。
学校で犠牲者を追悼する「祈りと誓いの集い」が開かれた。児童代表の6年生は「先輩から教えてもらった命の尊さ、大切さについて、
下級生にもずっと受け継がれるよう伝え続けていく」と述べ、決意を新たにした。
集いは事件が起きた午前10時10分すぎに始まり、遺族や6年生児童、教職員ら250人が出席した。04年に旧正門近くに建てられた
「祈りと誓いの塔」の鐘が鳴らされ、参加者のほか教室の児童、保護者も黙とう。6年生児童らが合唱し、献花台には花が手向けられた。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
愛知。昨夜11時過ぎ、刈谷市の逢妻(あいづま)川の堤防で少年グループによるトラブルがあり、刈谷市に住む公立高校一年の男子生徒(15)が
川に入ったまま行方不明になっていることが分かった。警察は、生徒の遊び仲間が集団で暴行を加えたとして、いずれも十代の少年3人を
暴力行為等処罰法違反(集団暴行)容疑で逮捕した。暴行後に川に入るよう命令した疑いがあるとみて調べる。
男子生徒は逢妻川を横切る途中で「もう、無理」と言ったまま行方が分からなくなったという。刈谷署と地元消防などがボートやヘリを使い
80人態勢で捜索したが見つからず、昨夜七時に一度打ち切った。今朝から再開した。
逮捕された3人は全員が刈谷市内の居住で、私立高校生(16)と土木作業員(15)、中学生(14)。逮捕容疑では、3人は共謀して
一昨日の午後10時半過ぎ、刈谷市逢妻町三の逢妻川の堤防道路で男子生徒の顔を交代で殴り、腹などを蹴ったとされる。
3人は事件後、署員が駆けつけるまで現場におり、「暴行した後、川を泳ぐように命令した。助けるために川に入ったが、見つからなかった」と容疑を認めている。
男子生徒は一昨日、逮捕された3人のうち中学生の少年を含む仲間数人と名古屋市熱田区で開かれた「熱田まつり」に出掛けた。
男子生徒には交際相手がいるにもかかわらず、会場で知らない女性に声を掛けたとして、一緒にいた仲間が腹を立てて高校生と土木作業員の少年に連絡。
逢妻川の堤防で合流した後、暴行して川を泳がせたとみられる。
堤防付近には男子生徒の遊び仲間20人が集まっていたといい、うち一人が溺れたことを知って110番した。少年3人は男子生徒に
「川を泳いで渡って、戻ってきたら許してやる」と命令。男子生徒は自分でズボンのベルトを外して靴を脱ぎ、反対側の川岸に泳いで向かう途中で姿が見えなくなったという。
現場は刈谷市の中心部から北西2キロ。逢妻川にかかるJR東海道線の鉄橋付近で、川幅33m、水深は最も深いところで3mあるという。
島根。元東京都知事石原慎太郎(82)が、きのふ益田市での講演中に体調不良を訴え、救急車で市内の病院へ搬送された。
搬送時、石原に意識はあり、「頭が重い」と話していた。きのふの午後4時25分ごろ、益田市の文化施設から、「講演中の石原が
体調不良を訴えている」と119番があった。石原は、益田青年会議所が主催した講演会に出席していた。
きのふ救急搬送された石原はけふ、病院を出た。羽田便に乗るため姿を現した石見空港で「講演会で早口で話しすぎて、脱水症状を起こしたようだ。
迷惑を掛けて申し訳ない」。体調を問われると「どっこい生きてるよ」と軽く手を上げて笑顔で答えた。車から降りた後は、支えられることなく
1人でゆっくりと歩き、搭乗口に向かった。きのふの石原は、講演開始から30分後に不調を訴え、講演を中断していたことも分かった。
ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて
遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
犀星 抒情小曲集から
富山。昨夜7時半ごろ、高岡市江尻の県道の信号のある交差点で、横断歩道を歩いて渡っていた高岡市末広町の自営業、北本敏雄さん(70)が
左から走ってきた軽乗用車にはねられた。北本さんは病院に運ばれたが、全身を強く打っていて2時間半後に死亡した。
軽乗用車を運転していた高岡市の81歳の男にけがはなかった。調べに対し、運転していた男は「青信号で走っていたら、歩行者が
急に目の前に飛び出してきた」と話しているという。現場は、路面電車の停留所やショッピングセンターの近くの交差点で、警察は事故を目撃した人に
話を聞くなどして当時の状況を調べている。
神岡鉱山(岐阜県)から神通川に流された廃水に含まれるカドミウムが原因の公害病「イタイイタイ病」の歴史を、テーマごとに取り上げて
考える市民講座が、きのふ富山市湊入船町の県民共生センターで始まった。富山、岐阜両県から40人が参加し、初回は「メディア」をテーマにイ病の報道姿勢を話し合った。
イ病の存在が最初に報道された1955年から、今年で60年を迎えるのに合わせ、その被害や歴史を伝える「イタイイタイ病を語り継ぐ会」が講座を主催した。
この日はジャーナリストで会代表の向井嘉之さん(71)が、「イ病は11年ごろからあったが、経済成長優先のため長い間報道されなかった」と指摘。
イ病の症状を伝える記事や痛みに苦しむ患者のニュース映像など、昭和30〜40年代の報道が紹介された。
参加者は7グループに分かれ、「マスコミのイ病の原因を調べる姿勢が弱かったのでは」などと意見を出し合った。富山大三年の立川雅人さん(20)は
「患者に寄り添う報道が当時は少ないように思えた」と感想を述べた。講座は全3回で、イ病に関する教育を考える第二回が8月9日、
住民運動の歴史を学ぶ第三回が10月4日にセンターで開かれる。参加費は各1000円。問い合わせは 会 090(4682)6280。
福井。三方五湖の一つ、美浜町の久々子湖で、ヤマトシジミの漁が始まった。
地元の南西郷漁協によると、ミネラルや鉄分が多いのが特長という。11月ごろまで続く。シジミ科の二枚貝で各地に生息する。
久々子湖では、数が減っており、2008年度から10年度までに、湖の3カ所に4トンの稚貝を放流した。漁で採る量も、一週間に
最大30キロと決めているという。きのふは朝から、胴長靴姿の組合員15人が砂地の広がった浅瀬へ。柄の先にかごを付けた「鋤簾(じょれん)」を
使って湖底をかき、砂などを振るい落として黒っぽいヤマトシジミを次々と採っていった。
♪夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅の笠
日和つづきの今日このごろを 心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ
明治45年 茶つみ 文部省唱歌
能登。きのふの朝7時半過ぎ、内灘海岸でプレハブ小屋を全焼する火事があった。
この小屋は海の家の従業員の休憩室だったが、現在は、営業期間外のため電気などは通っておらず、人の出入りもなかったという。
警察では出火の原因を調べている。
羽咋市芸能祭は、きのふ鶴多町のコスモアイル羽咋であり、戦後途絶え、昨年発掘された民謡「千石豆の木音頭」の踊りの初披露がフィナーレを飾った。
千石豆の木音頭は1945年(昭和20年)ごろまで、羽咋市千石町で歌い踊られていた。歌詞の存在は知られており、羽衣民謡会の
会長山本武夫さんが曲をつけた。その後、今回の芸能祭に向けて、市の民謡舞踊グループ勝美会の会主松本勝美さんが振り付けをした。
芸能祭には、市芸能協会所属の13団体から110人が出演。千石豆の木音頭には、出演者の半数近くの50人があでやかな着物姿で舞台に勢ぞろい。
南松美さんと北川幸枝さんの歌、三味線に合わせて、ほぼ満席となった客席の手拍子を受けて踊った。芸能協会の会長細川秋雄さんは
「多くの人の前で踊ることができて気持ちがいい。みな上手でよかった。会派を超えて踊れたこともうれしい。今後も精進して恥じない
踊りを披露していきたい」と満足そうに語った。山本さんは「発掘した民謡が世に出ていくのはうれしい。今後も気軽に踊ってほしい」と喜んだ。
芸能祭では、唐戸山神事太鼓や民謡、ギターの生演奏に合わせた「北の旅人」の甘い歌声などが聴衆を酔わせた。引き続く吟道祭にも多くの人が聞き入った。
金沢。衆議院で審議されている農協法改正案について、関係者から意見を聞く公聴会が、金沢市で開かれた。
公聴会は衆議院の農水委員会が開き、県内のJAや農業法人の関係者4人が意見を述べた。農協法改正案では、全国農協中央会、JA全中を
一般社団法人に転換して、地域農協への監査権限をなくし、代わりに公認会計士による監査を義務づける。これにより地域農協の自主的な取り組みを促し、
農業の競争力を高める狙いがある。公聴会でJA石川中央会の会長上坂英善は、農業振興に務めてきた農協の役割を指摘し、外部監査への
変更で業務指導ができない点や費用負担が増える可能性について懸念を示した。また農業の6次産業化を進めている株式会社六星の
社長輕部英俊は、農業が産業として成り立つような農家の所得向上を目指す視点が必要だと強調した。
高齢者が自立し生きがいをもって生きるために活動する「新老人の会」石川支部のフォーラムが、きのふ高岡町の市文化ホールであった。
会長で103歳の医師・日野原重明さんが「夢を実現しよう――いのちを守り、平和を築く」と題し講演した。
新老人の会は日野原さんが2000年に立ち上げ、現在は海外も含め49支部がある。数日前も乗馬を楽しんだという日野原さんは、
登場すると杖を回しながら「チャプリン」のものまねをし、会場を沸かせた。日野原さんは58歳だった1970年に、自らが
「よど号ハイジャック事件」の人質になった経験に触れ、「よど号を降りたとき、『命を与えられた』と思った。与えられた命だから
誰かのために使おうと思った」と振り返り、「これまで命の使い方をどう考えてきたでしょうか」と問いかけた。「ただ生きることだけでなく、
よく生きることを何より大切にしなくてはならない」というソクラテスの言葉を引用し、「よく生きる」ための心がけを語った。
よく生きるためには、生き方を変えることが大事だという。「動物は走り方を変えることができない。鳥は飛び方を変えることができない。
しかし人は生き方を変えることができる」と強調。書物や人との出会いから多くを学び、年をとっても新しいことに挑戦することをいとわず、
「自分の運命は自分でつくる」という考えが重要だとした。次の世代へは平和の大切さを伝えていかなければならず、そのために必要なのは
「ゆるす」ことだと述べた。「寛大にゆるすという意味の『寛恕(かんじょ)』の『恕』は自分のごとく相手を感じるということ。
これができれば子どものいじめもなくなるし、世界にも平和がもたらされる」と訴えた。
加賀。橋立漁港にきのふ、橋立沖の定置網に入ったクロマグロ17本が運ばれた。
一度にこれほどの量が水揚げされるのは4、5年ぶりという。橋立漁港では例年1〜2トンが水揚げされており、本格的な夏マグロの漁期到来に活気づいた。
クロマグロは50〜60キロ台の中型で、金城丸の定置網に掛かった。船上で内臓を取り出して漁港に運ばれ、仲買人らが腹に手を入れて身の厚さを確かめた。
白山市瀬波地区の「瀬波スゲ馬まつり」は、きのふ開かれ、来場者が高さ30センチほどのスゲ馬を作った。
スゲ馬は、山に自生するスゲ草とウンナの木の皮を使って作る。瀬波区では、旧暦の端午の節句に5、6歳の男児が台車に乗ったスゲ馬を引き、
母親の実家を訪ねて祖父母らに自分の成長を祝ってもらっていた。まつりは、昭和30年代前半を最後に途絶えていた風習を伝承するため、
地区の有志が1989年(平成元年)に復活させた。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も今や水無月、6月に替わって、8日。月日の経つのは、何とも早い。
快晴だ。何とも気持ちがいい。
午前中は、先日のCT検査の結果と今朝のカメラ検査で、両方とも異状なしの御託宣あり。次は三か月後だ。
能登は富来の金谷君から。お久しぶりです。きのうは 自分の家族全員といしよに畑のたまねぎを全部収穫し終わったという便り。
夕方の散歩はいつものコース。空はどんよりしていた。舘山からの帰路、柴犬連れの高瀬さんに久々に会って「コンニチハ」、洋菓子屋さん近くの
ピアノの先生宅前で自転車に乗った長谷川さんちの自転車に乗ったちゃんに会い「コンニチハ、どこへ行ってきたの?」には「ピアノ教室」。
すぐ近くで母親に会ったら、「今、ミコが行きました。ミホはまだ学校で、遅いのです」と。なかの公園手前の四差路からバス通りへ。
畑帰りの松本先生に「お疲れ様です…」、「生垣の伐採した葉っぱは、畑に置いてきました」とバジリコの葉っぱ数枚をいただいた。
御隣の木村さん、「きのふか今朝か、(楽しみにしていた)大ぶりの玉ねぎ2ケ盗まれました」と口惜しそう。
薔薇美しき 真紅のバラの就中
箕面 藤堂
自由さに慣れて不自由 懐手
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 水無月、6月8日(ふ)
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