基地なき島へ、5・15平和行進2000人 辺野古阻止訴え
2015年、皐月、5月16日 。石川県内は、雨。金沢の最高気温は20度。
風薫る5月、朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。
寺津用水は、何時ものよう流れていた。坂道を登って行くと四つ角はバス通りで、渡って薔薇のハウスを見つつ坂道を下りていく。
途中、バッグを持って出かける親父さんに「おはようございます」。右折して、そのまま住宅地を一回りしたら、キジの鳴き声がした。
西さんちの交差点を過ぎると、洋菓子屋の叔母さんの御宅で、ヤマボウシが咲いていた。宇野さんは出られた後で、四つ角は右折して、
在所の中へ。谷口の御婆さんの斜め前のお宅では、御婆さんが洗濯物を干していたので「おはようございます」。谷口さん宅、テッセンが
綺麗だった。旧ため池あたりを左折して、裏通りを行く。この辺りのバス通りは、ヤマボウシの街路樹で、一斉に咲いていた。
しばらく歩くと、畑で、時折出くわす、城南からの親父さんに出会い「お早うございます、早いね」。道心建材の交差点ではダンプが
出たあとで、道路脇では、2台の車が路上駐車中だ。清水さんちのこいのぼりはじっとしていた。
この後は、小屋に入って、緑茶を戴いた後、豆を挽いて、カフェを4、5杯分を点てた。
時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。
鹿児島。枕崎市で、小学3年の女の子が、きのふから行方が分からなくなっていて、警察は100人態勢で捜索を続けた結果、河口で遺体で見つかった。
行方が分からなくなっていたのは、枕崎市日之出町の小学3年生の大野咲希ちゃん(8)で、午後4時ごろ、学校の教室を1人で出たのを最後に
夜になっても戻らないため、母親から捜索願が出された。警察は、100人態勢で捜索にあたっていたが、午後4時ごろ、小学校から
1km離れた川の河口で、咲希ちゃんの遺体が発見された。小学校の近くの側溝では1人で遊ぶ咲希ちゃんの姿が目撃されていた。
咲希ちゃんと同じ小学校に通う4年生は「靴を脱いでどぶの中で足を入れていた」「(Q.その時水の流れは?)強かった」。枕崎市では、
枕崎市は一昨日の降り始めからの雨量が200mmを超え、大雨警報が発表されていた。咲希ちゃんがいつも通る道路脇には幅50cmほどの
側溝があるが、所々ふたがない状態で、警察は、水かさの増した側溝に流された可能性もあるとみて、自宅周辺や通学路などを捜索していた。
埼玉。深谷市で3000株のシャクヤクが大輪の花を咲かせ、訪れる人を楽しませている。
深谷市の荒川地区には地元の農家が休耕田を利用して作ったシャクヤク園があり、5000平方mの敷地には90種類、3000株が植えられている。
今年は、4月下旬に晴れて気温が高い日が続いたことから、シャクヤクは例年より5日ほど早い先月下旬から咲き始め、今がちょうど見頃となっている。
園内では、赤や白などさまざまな色の花が咲き、このうち「ゴールデンラズベリーローズ」という品種は、直径が20センチほどの赤いバラのような花。
訪れた人たちは園内をゆっくりと散策したり、花に近寄って見たりして大輪の花を楽しんでいた。シャクヤクの花は、20日ごろまで楽しめるという。
うちなー。沖縄の日本復帰から43年を迎えたきのふから、沖縄本島の第38回5・15平和行進が始まっている。
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設作業が進む大浦湾を見渡す名護市瀬嵩の浜で出発式があった。新基地建設反対、
沖縄からの基地撤去などの訴えに加え、政府が14日に集団的自衛権の行使が可能となる安全保障関連法案を閣議決定したことに対しても
批判の声が上がった。参加した1200人は戦後70年の節目に「絶対に戦争をさせない」と平和への思いを新たにした。
石垣島でも平和行進が行われた。
2日目のけふ16日は午前9時半過ぎから始まった。2千人が、宜野湾市役所前を出発し、2つのルートに分かれて宜野湾市海浜公園
屋外劇場を目指す。出発式では、平和フォーラムの事務局長藤本泰成が「民家の向こう側には世界一危険と言われる普天間飛行場が見える。
この現実を見てほしい」と呼び掛けた。行進に先立ち、地元選出の衆院議員(社民)照屋寛徳が「私たちウチナーンチュ(沖縄の人)は
全国の仲間と連帯し、不戦を誓う」と訴えた。移設反対を訴える活動に充てるために沖縄県議らが作った「辺野古基金」への寄付金
(11日現在で 1億8500万円)の7割が県外から集まるなど、基地問題を巡る沖縄への共感は全国に広がっている。
長野県伊那市から参加した矢嶋晋平さん(23)は「沖縄の熱気を初めて感じた。政府は沖縄の声を聞いて慎重に対応してほしい」。
17日には普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設に反対する3万人規模の県民大会が那覇市であり、移設阻止を目指す沖縄県の知事翁長も出席する。
宜野湾市役所から市海浜公園まで米軍普天間飛行場を包囲するように練り歩く。最終日の明日17日は、那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇で
開かれる「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会」に参加する。
出発式で登壇した「辺野古・大浦湾に新基地つくらせない二見以北住民の会」の会長松田藤子さん(74)は「祖国復帰は私たちが望んだ
復帰ではなく基地付きの復帰だった。それにもかかわらず、また巨大な新基地を要求する日米両政府に怒りが込み上げる。日本の在り方を
変えよう」と呼び掛けた。沖縄平和運動センターの事務局長大城悟は、米軍キャンプ・シュワブゲート前の座り込みの取り組みに触れ
「昨年7月からの座り込みが300日を超えた。ボーリング調査は終わっていない。全国の声が基地建設を止めている。頑張ろう」と力を込めた。
炎天下、参加者は瀬嵩の浜からキャンプ・シュワブ第1ゲートまで6・6キロの道のりを3時間かけて歩いた。
ゲート前では早朝から座り込んでいた市民らと合流し「新基地やめろ」、「普天間返せ」などと抗議の声を上げた。
♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう
ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
1992年 島唄 THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史
ネパール。けふ16日で発生から3週間になったネパール大地震。
東部の中国国境付近で、12日午後O時50分(日本時間 午後4時5分)ごろ、マグニチュード(M)7・3の地震があった。
ネパールの国営テレビなどによると、これまでに55人が死亡し、1100人以上がけがをしたという。隣国インドで17人、
ネパール国境に近い中国チベット自治区でも1人が死亡したとされ、合わせて83人が犠牲となった。
4月25日に発生、近隣国を含め8200人が死亡したM7・8の大地震以来、最大級の揺れとみられる。
大地震の余震の可能性があり、首都カトマンズ東方ドラカ地区や北東部シンドパルチョーク地区で家屋が倒壊するなどして多くの犠牲者が出た。
地滑りの発生など被害拡大が懸念されている。
被災地支援に、エベレスト登山にかかわりの深い著名人やタレントが相次いで名乗りを上げている。「復興のために、自分にできることを」という思いからだ。
タレントで俳優のなすび(39)は、エベレスト登頂に挑む最中に地震に見舞われた。登頂は断念したが、「このまま帰るわけにはいかない」と、
しばらくネパールに残って、被災者を助けようと決心した。ネパールに入ったのは4月上旬。登山隊の一員として登頂を目指した。
地震が起きた4月25日はベースキャンプ(5350m)のテントにいた。雪崩が迫るのを目の当たりにした。くぼみに身を伏せると、頭上を突風が走った。
エベレストに挑み始めたのは、大震災と原発事故がきっかけ。登山経験はなかったが、故郷・福島の人たちに「なすびが登れるなら、
私にもできる、と思ってほしくて…」。
2013年は山頂の手前で断念。昨年は雪崩による閉山で登頂できなかったが、挑戦したこの3年で、ネパールに知人が増えた。
「国際協力機構(JICA)や現地の山岳協会と協力して、被災地に関心を持ち続けてもらえるよう、自分にできることをしたい」。
具体的な支援の中身はこれからだという。登山家の野口健(41)も「ヒマラヤ大震災基金」を立ち上げ、支援に乗り出した。
「ネパールにとって観光業は経済的に大きなウェートを占める。復興のためにも、トレッキングで人気のエベレスト街道の復興は重要」として、支援金を募っている。
野口は4月上旬、ネパールの6千m峰登山のため、ネパール入り。25日、エベレスト近くの4400m付近で地震に遭った。
地震直後に近くの村に行き、全壊・半壊したロッジや民家を目の当たりにした。すぐに基金を設けて支援活動を始め、今も現地にとどまる。
集まった支援金は、ネパール山岳協会と連携し、地元に直接渡す予定。基金の問い合わせは、NPO法人ピーク・エイド(03・5213・4403)へ。
ネパールで起きた大地震の被災地で住宅の支援活動を行う国際NGOのメンバーが昨夜、報告会を開き、被災した人たちの住まいの確保や
住宅の安全性の調査など支援の必要性を訴えた。報告会は住宅の耐震化などの支援活動を行う国際NGOなどが東京・千代田区で開き、
先月の大地震の発生前からネパールで活動していた徳地宜子さんが講演した。この中で、徳地さんは首都カトマンズの様子について、
「大きな揺れで多くの住宅や公共の建物が崩れてしまった。現地では雨がよく降るが、子供たちは屋外で勉強せざるを得ない状況だ」と述べ、
被災した人たちの住まいの確保など住宅支援の必要性を訴えた。NGOによると、ネパールでは粗悪な建材やずさんな施工で建てられた住宅も
多く、今回の大地震で50万棟以上の建物が被害を受けたということで、NGOは今後、被災住宅の安全性の調査などの支援を行っていきたいとしている。
徳地さんは「同じ規模の地震でもネパールのように住宅環境が悪い国では多くの方が亡くなってしまう。こうした現状を多くの人に
知ってもらい支援につなげていきたい」。
♪春の小川は、さらさら行くよ 岸のすみれや、れんげの花に
すがたやさしく 色うつくしく 咲けよ咲けよと ささやきながら
春の小川は、さらさら行くよ えびやめだかや こぶなのむれに
今日も一日 ひなたでおよぎ 遊べ遊べと ささやきながら
1912年 春の小川」 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 文部省唱歌(四年)
長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、先月の27日で7カ月が経った。
噴火から間もなく8カ月。この間、火口から半径4キロ圏内だった噴火警戒範囲が2キロ圏内に縮小された。
夏の登山シーズンを控え、御嶽山ふもとの岐阜県下呂市では、早ければ7月にも「飛騨小坂登山口」から9合目の「五の池小屋」まで
登山が可能となるよう入山規制を緩和する方針で、登山道の整備を急ピッチで進めている。一方、御嶽山の噴火後、登山届の提出を義務づけた
県は「火山の危険性を認識し、安全な登山を心がけてほしい」と呼びかけている。
岐阜県内には御嶽山をはじめ、北アルプスの焼岳、アカンダナ山、乗鞍岳、岐阜、石川、福井3県にまたがる白山五つの活火山がある。
県では火山への安全な登山のために、火山ハザードマップでの危険箇所の確認、噴火時の避難場所の確認、ヘルメットなど十分な装備などの
注意を呼びかけている。御嶽山の噴火を受け、県は噴火時の安否確認と捜索救助活動の迅速化を目的に、北アルプス地区(昨年12月)に
加えて御嶽山と焼岳の登山届の提出を4月に義務化した。
県危機管理部では「登山者には山を楽しんでもらいたいが、安全が第一。入山規制が緩和されることは以前よりは安全になったということだが、
危険は続いていることを認識してもらい登山届をきちんと出してもらいたい」と呼びかけている。
去年7月、南木曽町で大規模な土石流が発生してから今月の9日で10カ月になった。
土石流が起きた沢の砂防ダムでは今も大量の土砂の撤去作業が進められているが、作業が終わるまでに2年はかかる見通しで、
二次災害への不安は消えないままだ。
去年11月22日の震度6弱を観測した長野の北部地震から、先月の22日で5カ月になった。
住宅などに被害が出た北部地震で、雪解けの時期を迎えた白馬村で、壊れた住宅の取り壊しが4か月ぶりに再開されている。
♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ
白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ
白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
うちなー。米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古での新基地建設をめぐりけふ午前、海上保安庁のゴムボートなど係留する浮桟橋が
再び設置された。浮桟橋は台風6号が接近する11日に撤去されていた。米軍キャンプ・シュワブの兵舎解体作業現場近くでは
重機が動く様子が確認された。大型クレーン船やスパット台船は撤去されたままになっている。
一方、米軍キャンプ・シュワブのゲート前ではこの日、移設計画に反対する市民ら70人が早朝から座り込んだ。
座り込みに参加したくまもと障害者労働センター代表の倉田哲也さん(48)は脳性まひで手を使えないため足でマイクを持ってあいさつ。
「(国の予算を)防衛費に充てるくらいなら社会福祉に充てるべきだ。(移設の問題は)沖縄だけでなく日本全体の問題だ」と訴えた。
沖縄は、きのふ日本復帰から43年を迎えた。
今なお国内の米軍専用施設の74%が集中する沖縄は基地負担軽減を訴え、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の県外移設を強く求める。
政府は県内移設に向け夏にも名護市辺野古沿岸部の埋め立てに着工する構えで、戦後70年の節目に国と沖縄の対立が鮮明化。
地元は反発と不信感を強めている。
きのふからは辺野古や普天間飛行場周辺を歩き、平和の尊さを再確認しながら県内を歩く恒例の平和行進が始まっている。
第38回5・15平和行進は宜野湾市で米軍普天間飛行場の包囲コースを歩き、最終日の明日17日は那覇市の沖縄セルラースタジアムで
開催される「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会」に参加する。
明日の「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会」の事務局は、アカデミー賞を受賞した映画監督のオリバー・ストーンが
大会にメッセージを寄せたと発表。また、元外務省主任分析官で作家の佐藤優が登壇者として新たに加わることも発表した。
ストーンは2013年8月に来県した際に、新基地建設に反対する県民を支援する考えを示したほか、14年1月には世界的に著名な文化人や
識者らと連名で「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を中止し、即時返還を求める共同声明」を発表するなど、沖縄の基地問題に強い関心を寄せている。
ストーンのメッセージは県民大会で発表される。
♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年 あの娘はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春 兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実
解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は去年暮れの14日に投開票された。
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。
戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは
今さら言うまでもない。
去年、一番痛快だったのは、先月の沖縄県知事選挙で、普天間基地の辺野古移設に反対する前那覇市長翁長が当選したことだ。
敗戦から70年となる年が明けている。
日本は焼け跡から奇跡の高度成長を達成したが、バブル崩壊を経てデフレに陥り、少子高齢化という大きな転機に立っている。
「戦争を知らない世代」が大半を占め、体験を聞く機会はどんどん減ってゆく。外に目を向ければ、東アジアはもちろん世界の環境も大きく変わった。
くしくも、「戦後レジームからの脱却」を信条とする安倍が、衆院選の勝利を受けて新しい年へ踏みだしている。
憲法学者らでつくる「国民安保法制懇」は、きのふ国会内で安全保障関連法案について会見し「憲法の下の法秩序と相いれず、
国民に戦争のリスクを強いる」と指摘して撤回を求める声明を発表した。
一方、自衛隊員の経験がある作家の浅田次郎はこの日、東京都内で講演し「集団的自衛権の行使容認で憲法9条が空洞化してしまう」と
危機感を表明。連合などさまざまな団体もこの日までに「自衛隊の活動が歯止めなく拡大する懸念がある」などとする声明を出すなど法案への批判が相次いだ。
国営放送、NHKの会長籾井勝人が私的ハイヤー代金請求問題などで経営委員会から厳重注意を受けた4月28日の議事録が16日までに公表された。
籾井が「納得できない」「何が問題なのか」などと反発する様子が明らかになった。
議事録によると、委員長浜田健一郎から注意を受けた後、籾井は「厳重注意を受けるいわれはない」と反論。会長の主張を大筋で認めた
監査委員会の調査報告を経営委員会が了承していることを挙げ「われわれの中では終わっているはずですよ」、「どこに私に責任があると
書いてありますか」と訴えた。委員長の浜田は監査委の報告の中で会長の責任を指摘する部分を読み上げ、「NHKは民間ではなく、
高い公金意識が求められる」と発言。最後は「厳重注意は経営委の総意です」と言って議論を打ち切った。
同僚議員との「路チュー」が激写された自民党の農水政務官中川郁子(ゆうこ)(56)の地元・北海道11区(帯広市など)に、
民主党が「因縁の刺客」を立てる可能性が出てきた。収支報告書虚偽記入事件で有罪判決が確定した、元衆院議員石川知裕を先月末、復党させていたのだ。
「次期衆院選で、野党を結集して反自民の候補として戦うには、民主党がベストだと判断した」、石川はこう語り、北海道11区からの
立候補を目指すと明言した。公民権停止中のため、立候補できるのは2017年10月以降という。
同区は、中川の亡義父である元農相中川一郎や、亡夫の元財務相中川昭一が守ってきた地盤で「中川王国」と呼ばれる。石川は地元活動に熱心といわれ、
路チュー醜聞で地元の人気が急落している中川にとっては強敵といえそうだ。石川は、小沢一郎(生活の党と山本太郎となかまたち共同代表)の元秘書。
05年衆院選で、民主党公認で北海道11区から出馬して昭一に敗れたが、07年3月、比例北海道ブロックの繰り上げで初当選した。
小沢の資金管理団体「陸山会」の事件で、10年1月、東京地検特捜部に逮捕され、民主党を離党。新党大地から出馬した12年衆院選では
北海道11区で敗れたが比例復活した。一、二審で有罪判決を受け、13年5月に議員辞職。14年9月に最高裁が上告を棄却し、
「禁錮2年、執行猶予3年」の有罪判決が確定した。「有罪確定」と「路チュー」の激突となれば、有権者は厳しい選択を迫られそうだ。
♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ
遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)
呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
昭和30年 別れの一本杉 作詞:高野 公男 作曲:船村徹
イラン過激派組織「イスラム国」は15日、イラク西部・アンバル県の主要都市に進撃し、中心部を制圧した。
ロイター通信によると15日、「イスラム国」はイラク西部・アンバル県の主要都市・ラマディの行政庁舎を制圧し、「イスラム国」の旗を掲げた。
周辺では今もイラク軍との間で戦闘が続いているという。イラク軍は、今年3月、北部の主要都市・ティクリートを「イスラム国」から奪還。
その後、イラクの首相アバディはアンバル県の奪還を掲げていただけに「イスラム国」にラマディを制圧されれば大きな痛手となる。
アンバル県はイスラム教シーア派系の現政権と距離があるスンニ派が多く、「イスラム国」に同調的な市民も多いことから、作戦は難航しているものとみられる。
中国。陝西省で15日、乗客・乗員46人を乗せた観光バスが崖から30m下へ転落し、35人が死亡、11人が病院で手当てを受けている。
「何が起きたのかもわからず、突然、バスが転落しました。私は気を失い、しばらくして意識を取り戻しました」(乗客)。
ロイター通信は乗客の話として、バスが下りのカーブに差しかかった際、運転手が「ブレーキが効かない」と叫び、対向車線を走っていた
別のバスをよけようとして転落したと報じた。
浪速大阪。いわゆる「大阪都」構想の賛否を問う住民投票を明日17日に控え、大阪市内では朝から投票所を設置する作業が始まっている。
明日17日の住民投票は大阪市内の有権者211万人を対象に行われ、賛成多数の場合、大阪市を廃止し5つの特別区が設置される一方、
反対多数の場合、大阪市は存続し「都構想」は頓挫することになる。
15日までに期日前投票を済ませた人は29万9622人で有権者の14%にあたる。4年前に橋下と平松が一騎打ちとなった大阪市長選に比べ、
5ポイント上回っている。投票は明日の午前7時から午後8時まで。
♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨
流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼
出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
昭和44年 港町ブルース 作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章
広島。きのふの午前7時50分ごろ、神石高原町古川の町道で、スクールバスと対向の乗用車が衝突した。
バスに乗っていた小学生や双方の運転手ら11人が病院に搬送されたが、いずれも軽傷の模様。
町立神石小1〜4年の児童7人と町内のいずみ保育所の園児2人が病院搬送された。バスは町から送迎業務を委託された業者が運行しており、
児童らを乗せて小学校と保育所に向かっていた。事故現場は見通しがよい緩やかなカーブ。庄原市役所の職員(22)が運転する乗用車が
対向車線にはみ出したとみて調べている。
静岡。江戸時代に朝鮮王朝が日本に送った外交使節「朝鮮通信使」のたどった道のりを日韓の市民が歩くイベント「日韓友情ウオーク」で、
通信使の子孫に当たる呂運俊さんが、けふ静岡市清水区の清見寺を訪れ、先祖が残した漢詩の扁額に対面した。
呂さんは1607年の通信使で、団長を務めた呂祐吉(ヨウギル)の11代目の子孫で、ソウル市の元公務員。呂祐吉は、豊臣秀吉の朝鮮出兵で
日本と朝鮮の国交が断絶した後、関係正常化への第一歩として朝鮮が送った最初の通信使だった。呂が470人余りを引き連れて立ち寄った
ゆかりの清見寺に宿泊した際、寺からの美しい眺望や旅の成果を詠んだ漢詩の額が残る。漢詩は呂祐吉が日没後に寺からみた三保松原の光景を
詠んだもので、「使節として旅の目的を果たせた。壮大な旅だった」と結ばれている。
運俊さんは幼いころ、実家の墓碑を読み、先祖が通信使だったことは知っていた。しかし清見寺に漢詩が残っていると知ったのは、15年前。
今回初めて参加し、ソウルから静岡市までの974キロを45日間かけて歩いてきた。先祖の額を目にした運俊さんは「体が震えるほど
感動している。先祖は韓日関係が良くなってほしいと思い、来日した。私も同じく韓日が家族のようになればいいと思いました」と感慨深そうに話した。
清見寺には、通信使一行が残した漢詩や書など69点が残っており、呂祐吉の漢詩の額も含め、静岡県の文化財に指定されている。
「友情ウオーク」は第1回の通信使派遣から400年となる2007年に始まり、今回で5回目。4月1日にソウルを出発し、ソウル〜釜山、
大阪〜東京など1200キロを歩く。一行は22日に東京に着く予定。
清見寺は東京と京都を結ぶ海岸道路である東海道の切り立ったような丘の上に位置している。おかげで開けた海と弓のようにしなった海岸線が
目の前に開かれ、遠く雲とかくれんぼする富士山が遠景を提供してくれる。このため歴代通信使らは清見寺の風光を江原道襄陽洛山寺の絶景に比べてみたりした。
しかし、通信使らが絶賛した清見寺での眺望は、今は不可能だ。東海道の向こう側の海が埋め立てられたせいで海岸線が遠くなり、
埋め立てられた地面に高速道路と港湾倉庫施設が立ち並び、視野が遮られるからだ。
200年友好の足場となった家康の戦後処理外交=清見寺には韓日関係には欠かせない縁で結ばれている。徳川幕府の初代家康と
通信使の関係だ。この一帯を本拠にした家康は、自分の運命を決めた関が原の戦いなど重要な戦闘に出陣する度に清見寺に泊まり、
最高権力者である将軍になった後も、この寺の後見人となった。境内には彼の植えた梅がいまだ花を咲かせる。
壬辰倭乱(文録の役)で敵国になった朝鮮王朝に和親を要請し、国交回復を実現した主人公である家康は初の通信使一行に清見寺を宿所として
提供した。その後、この寺は200余年間、通信使らが必ず通る必須コースになった。
1607年、対馬、大坂(大阪)、名古屋を経て東海道を抜けてきた通信使一行は、当時、静岡の駿府城にいた家康に、先祖が書いた国書を
伝達すると知らせる。釜山港を離れて2カ月半のことだった。しかし、家康は「私は息子の秀忠に将軍職を譲ったから、先に江戸に行って
彼に国書を伝えた後、帰る道で会おう」と申し入れ、清見寺を宿所として提供する。
♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音
熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ せめてあの娘に つたえてよ
昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生
岩手。「被災地の実態を見てほしい」、「復興途上での施策転換は公平ではない」。
盛岡市で、きのふ開かれた大震災の復興事業の地方負担に関する説明会で、出席した沿岸市町村の担当者らは、国の方針に対する疑問をぶつけた。
しかし、復興庁側は考え方の説明にとどまり、被災地が最も知りたい具体的な負担率や個別事業の「線引き」など詳細は見えぬまま終わった。
影響を把握できない各自治体の不安は払拭されず、終了後も復興の遅れを懸念する声が相次いだ。
住民の命を守る津波避難路などへの影響を危惧する陸前高田市の理事菊池満夫は説明会終了後「被災地の実態を見て進めてほしい」と切実な声を上げた。
6月末に決まるとされる地方の負担率について「マスコミを通じて2%という数字が出ているが、被災程度も被災額も違う。一律で決めてほしくない」と訴えた。
宮古市の副市長山口公正は一部負担が示された宮古盛岡横断道路について「整備が遅れるのではないかと不安が広がっている」と困惑の表情を見せ
「負担は県になると思うが、市町村はわずかな負担でもできかねる状況だ。ぜひ従来のスキームを続けてほしい」とあらためて求めた。
久慈市の湾口防波堤(2028年度完成目標)は、県に一部負担が求められる見通しとなっている。防潮堤の高さなど、市の防災機能は
湾口防波堤の完成を前提に決めており、いまさらの変更があれば影響は計り知れない。
「復興はまさに今が正念場。先勝ち、後負けのような施策転換は公平ではない」。釜石市の副市長若崎正光は国の方針を批判。
集中復興期間についても言及し「3年、少なくても2年は延長をしてほしい」とあらためて要請した。
♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある
好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…
こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある
なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正
敗戦直後の混乱で肉親と離れ離れになり、長年中国での生活を余儀なくされた中国残留孤児の人らの日本への帰国は、昭和48年に始まった。
しかし、帰国を果たしても、ことばの習得が難しく、安定した仕事が得られなかった人は少なくないほか、高齢化が進み地域から孤立するなど
課題が指摘されている。戦後70年となる今年、厚労省は、残留孤児とその家族について生活実態を把握し支援につなげようと、この秋、
6年ぶりに全国の6000人を対象に調査を行うことを決めた。調査はアンケート形式で行われ、経済的な状況や日本語の習得状況のほか、
近所づきあいの程度など地域との関わりについて尋ねる。さらに、残留孤児の人が亡くなった場合に配偶者に支援金を支給する去年始まった
制度への評価についても聞くことにしている。厚労省は「戦後70年がたち、高齢化が進む中、中国残留孤児の人たちが求める支援の内容も
変わってきていると思うので、今回の調査結果を踏まえて支援策を検討していきたい」としている。
山梨。県産のワインや鹿の肉など特産品が味わえる飲食店などを集めた「甲府ぐるめ横丁」が、甲府市の中心市街地にオープンした。
「甲府ぐるめ横丁」は、東京都内の企業が山梨の食文化を発信する新しい名所にしようと企画した。きのふは夕方のオープンとともに
仕事を終えた人らが次々と訪れ、山梨の特産品を味わっていた。横丁には、県産のワインを数多く取りそろえた店や、県内で捕獲した
鹿の肉を使ったジビエ料理など、地元の食材を生かした飲食店など16の店舗が入っている。また、訪れた人どうしが交流しやすいよう
一部は店と店の間の壁をなくし、開放的なスペースとしている。甲府市では、横丁のオープンが利用客が減少傾向にある甲府市中心市街地の
活性化につながることを期待したいとしている。横丁を企画した会社の青木はるひさんは、「山梨県産の魅力的な食材を生かした店もあり、
人と人とのつながりを感じられる場所になると思います」。
♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車
涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車
遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩
群馬。前橋市は6月末〜11月末、JR前橋、新前橋の両駅前にキッチンカーを置く「オープンカフェ社会実験」を実施する。
実験結果を分析し、駅前のにぎわい創出につなげるのが狙いだ。市は前橋駅北口で実験に参加する事業者を募集している。
前橋駅前では、市がキッチンカー1台分のスペースとして表町2丁目の敷地を提供。近くの歩道で飲食ができるように、パラソルなども市が貸し出す。
募集するのは、キッチンカーを所有し、すでに市の営業許可を受けている事業者。午前8時から午後10時のうち、原則1日3時間、
週2日以上営業することが条件で、ほかの事業者と営業時間が重ならなければ、複数事業者の参加を認める。
出店時には、土地借り上げ料など月4000円を事業者が負担する。市政策推進課によると、前橋駅前ではこれまで、秋のイベントなどで
キッチンカーが出る程度で、市の中核駅にもかかわらず、周辺が閑散としている。新前橋駅前については、市が駅周辺の飲食店に呼びかけたところ、
8店が手を挙げたという。市は今月末、飲食関連の事業者や警察関係機関などで協議会を作る。実験に参加する事業者は、カフェの利用者数の
ほか、アンケートを実施してニーズも把握し、協議会に報告。協議会がデータを分析し、実験終了後、事業者の自主的な出店に役立てる。
市政策推進課は、「実験を通じて、にぎやかな駅前にしていきたい」と意欲を見せている。前橋駅前での実験参加を希望する事業者は、
6月2日までに、推進課(027・898・6513)へ応募書類を提出する。
あめつちに われひとりゐて たつごとき このさびしさを きみはほほゑむ
法隆寺にて 会津八一
文化審議会は、きのふ松江市の松江城天守を新たに国宝に指定するよう文科相に答申した。
フランス直輸入のアール・デコの意匠でまとめられた旧朝香宮邸(東京都港区、現・東京都庭園美術館本館)など9件の建造物を
重要文化財に新規指定することも答申した。
1611年に完成した松江城の天守は、外観が四重、内部5階、地下1階の荘重雄大な形式。通し柱による建築方法など独自の特徴があり、
防御性を重視した中世の山城を捨て、城下町の中核として平山城を築いたことに、深い文化史的意義があると評価された。
国宝に指定された天守は姫路城など全国に四つあり、今回の答申で5件目で、63年ぶりの指定となる。
また文化審議会は、山梨県甲州市の塩山下小田原上条伝統的建造物群保存地区を重要伝統的建造物群保存地区に選定することも答申した。
他の重文の新規・追加指定は、旧新町紡績所(群馬県高崎市)、浅草寺伝法院(東京都台東区)、国道1号箱根湯本道路施設(県箱根町)、
北前船主の中村家住宅(福井県南越前町)、思子淵神社(滋賀県高島市)、日本聖公会奈良基督教会(奈良市)、内子座(愛媛県内子町)、
今村天主堂(福岡県大刀洗町)、追加指定は奥家住宅(泉佐野市)。
ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて
遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
犀星 抒情小曲集から
富山。きのふの朝8時半ごろ、南砺市利賀村にある関西電力「千束ダム」に岐阜県川辺町の会社員、宮野辰良さん(48)が、浮いているのが見つかった。
その後、死亡が確認された。宮野さんは、期の負の朝7時ごろから友人と2人でダムの1キロ上流で釣りをしていたが、1時間ほどたって
友人が気づいた時には姿が見えなくなっていたという。ダム周辺の川は今年、雪解け水が多く、例年に比べて水位が高いということで、
警察は宮野さんが釣りをしている最中に足を滑らせるなどして流されたものと見ている。
日本を代表するジャズミュージシャン渡辺貞夫(82)が14、15の両日、富山市総曲輪の「JazzClub ファイブスポット」の
開業五十周年を記念し、同店でライブを開いた。世界を魅了する「ナベサダ」のサクソホンが、富山のファンを熱狂させた。
渡辺は、1970年代初めに同店で初めて演奏し、マスターの榊原吉明(71)と知り合った。榊原が74年に「ジャズの源流」と呼ぶ
アフリカ・ケニアに滞在していた際、渡辺が榊原を同地に訪問。現地で、榊原が集めたメンバーとライブを開くなどして交友を深めた。
渡辺は、榊原を「ポール」の愛称で呼び、現在は毎年のように同店で演奏している。
14日は、渡辺と日本やドイツ、セネガルのミュージシャン5人が、ジャズの名曲「愚かなり我が心」、南アフリカの伝統曲「ショショローザ」など
21曲を披露。県内外から足を運んだ聴衆90人が、渡辺の力強いサクソホンの音色に聞き入った。
社会人バンドでサクソホンを演奏している高岡市の胡桃典子さん(46)は「年齢を感じさせないパワフルな曲と、繊細で美しい曲の
両方とも聞き応えがあって最高でした」と、満足そうだった。
渡辺はライブ後、「ポールが一生懸命つくった店で演奏するのは格別」と言葉を贈った。榊原も「これからも貞夫さんとライブを続け、
富山の多くのジャズファンを喜ばせたい」と、早くも来年の再会を心待ちにしていた。
福井。南越前町にある北前船主、中村家の住宅が国の重文に指定されることになった。
北前船主は江戸時代に日本海側の各地と大坂を結んだ回船業者で、その中でも中村家はいち早く回船業に乗り出し、北陸地方を代表する
北前船主として成功した。今回、国の重文に指定されるのは越前海岸沿いに建つ中村家住宅の主屋や新座敷など10棟の建物など。
明治20年に建てられた主屋は伝統的な日本家屋でありながら、廊下や台所の天井付近に窓があり、日光を効果的に取り込める。
また、主屋に隣接する新座敷には、高級木材の「栂」が使われていて、洋風の階段がある3階建の豪華な造り。3階の望楼と呼ばれる部屋からは
敦賀湾や越前海岸を一望することができ、海運業が盛んだったころは家人が回船の出入りを眺めていたという。
真夏日となったきのふの小浜市では、ツルンとした食感が人気の「くずまんじゅう」を買い求める市民が相次いだ。
各店はおちょこサイズの容器に、水でといたくずにあんを入れてくるみ、店内にくみ上げた地下水で冷やしている。ちょろちょろと流れ出る
水音は涼感たっぷり。小浜市一番町、伊勢屋の和菓子職人上田浩人さん(30)は「暑さが続くと一日に三千個以上作る」と、
製造や来店客の対応に追われていた。
♪夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅の笠
日和つづきの今日このごろを 心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ
明治45年 茶つみ 文部省唱歌
能登。内灘町の海岸に体長8mのクジラが流れ着いているのが見つかった。死んでいる状態と見られている。
きのふの朝6時半過ぎに浜辺を歩いていた男がクジラを見つけ、警察へ通報した。クジラは体長8.5m。ヒゲクジラの仲間とみられ、
死んでいるとみられる。県や内灘町などでは今朝、現地で状態を確認し、漂着していた場合は海岸の一部に埋めるという。
金沢。昨夜7時半ごろ、金沢市入江の交差点の付近で道路から水があふれ出た。
直径50センチの下水管が破損して水が漏れだし、道路が長さ8m、幅5mにわたって陥没していることがわかった。現場は、県道と
市道が交わる金沢市入江3丁目の交差点で、けが人や車の転落などはなかった。警察が陥没した道路の周りを通行止めにするとともに、
金沢市が水が漏れた場所を調べて復旧作業を進めた。
集団的自衛権の行使を可能とするなど、自衛隊の活動範囲を拡げる新たな安全保障関連法案が、きのふ国会に提出された。
これに対し県内の「九条の会・石川ネット」や「戦争をさせない1000人委員会・石川」など7つの市民団体が政府の方針に反対する
共同声明を発表した。呼びかけ人の岩淵正明弁護士が法案の撤回を求める声明を発表し、日本の国民と国土が他国軍からの攻撃や反撃に
さらされる危険性が格段に高まると法案を批判した。
国会に提出されたのは、集団的自衛権の行使を可能とすることなどが盛り込まれた新たな安全保障関連法案で、自民党側は野党側に
審議への協力を求めているが、議論は平行線となっている。
加賀。美川南町(白山市)の藤塚神社の春季例大祭「おかえり祭り」は開幕し、高らかなラッパや太鼓の音が町に響き渡った。
きらびやかな台車(だいぐるま)13台と神輿が練り歩き、美川地区は若衆の活気にあふれた。
明日17日の全国植樹祭を前に、小松市内各所に設置された会場案内パネルや木場潟公園西園地の展望休憩所に、西町の写真店
「コバヤシスタジオ」の小林朋子さん(76)が撮影した白山眺望の写真が使われている。
澄み渡る青空、潟の湖面、緑の木々の中に雪化粧した霊峰白山が映える。植樹祭関係者から5月の白山眺望の撮影依頼を受けたのは
二年前の4月20日。毎日何度も白山を観察し、この年の5月8日、雲一つない晴天に恵まれた。夢中で何度もシャッターを切った渾身の一枚だ。
以降も毎日、白山を見ているが、条件が上回る日はないという。
スタジオを創業した父貞泰さん(1909〜98)の一人娘だった小林さんは、幼少期からいつも父のそばで仕事を見ていた。
「当時はアンソニーという高級木製カメラを使っていてね。ハイカラな父でした」。
小松高校を卒業し、大阪市の専門学校で学んだ後、スタジオを手伝った。21歳のとき、憲生さん(1936〜2004)と結婚。
憲生さんは、白山で何度も越冬撮影するなど自然を撮る写真家だった。
二人が亡くなってからは一人でスタジオを切り盛りしてきた。小林さんは人を撮ることが多く、白山の撮影は不安があったというが、
白山を生涯撮り続けた夫や、写真を誰よりも愛していた父の存在が支えになった。
西園地展望休憩所に特大のパネルが飾られているほか、中央園地前や小松空港前、主要交差点など市内6カ所に「ようこそ! いしかわへ」と
書かれた会場案内パネルが設置され、小林さんの写真が来場者を「おもてなし」する。
「本当にうれしいこと。父と夫が撮らせてくれた一枚だと思っているんです」。スタジオは今年創業80周年を迎える。
Do it!(ともかくやりなさい)
Go against!(風に向かって走れ)
熊川哲也
朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
酒井雄哉 高倉健の座右の銘
他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
高倉健
人に愛 花に水
People love to water the flowers
風薫る皐月も16日に替わった。月日の経つのは、何とも早い。
月半ばを過ぎた。ちょっと肌寒い。
夕方の散歩は、何時ものコースで、小屋を出た途端、左前方から、認知症?の御婆さんが、傘をさしてバス停の方向から歩いてくるのが目に入った。
これまでにも、勤めに出ている娘さんを待ち焦がれて、時々、バス停の前にしゃがみ込んでいるのが見たことがある。何ともお気の毒だ。
寺の前から横の寺津用水脇の遊歩道から坂道のある永安町、辰巳町会を経て郵便局。帰路は坂道から、羽場さんち前へ出て、小屋で一服。
ついで、6、7人の学童が集まっている、たかみ公園を見つつ、バス通りの歩道へ。谷口の御婆さんが畑へ来られていて「ご苦労様、
雨が降って良かったね」。橋本さんちの小路から、裏通り、松本先生宅前や資材置き場を左折して帰路へ。
前方には、コンビニでタバコでも買ってきたのだろうか、本田さんが、杖をついて歩いて居た。
そういえば、朝の散歩で、あるお宅の庭で、何とも珍しい花が咲いていたと思っていたらウラジロヨウラクツツジだった。
夕方は、冷えるので、石油ストーブを点けた。
薔薇美しき 真紅のバラの就中
箕面 藤堂
飛鳥仏 堂より牡丹眺め居て
(々)
自由さに慣れて不自由 懐手
(々)
trust me.
I Have a Dream
2015 皐月、5月16日(ふ)
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