大地震、医療支援も課題 ネパール

 2015年、皐月、5月1日 。石川県内は、晴れ。金沢の最高気温は24度。

 いよいよ風薫る5月だ。朝の散歩は、何時ものコースで、寺の方向へ。

 晴れて、きのふ同様に気分がいい。寺津用水は、相変わらず水量が少ない。桝谷さんち横の花梨の畑ではピンクの花が咲きだしている。

 小粒だが可愛いくて、きれいだ。バス通りを渡って、坂道を下りると、和田さんが金魚やメダカに「ご飯だよ」なんて餌を与えていた。

 しばし立ち話したが、何年も前から飼っているらしい。坂道を下りた四つ角では、子どもを送り出した奥さん二人が立ち話中で「おはようございます」。

 尾田さんちのヤマブキは鮮やかで、ツツジも咲きだした。西さんちの四つ角を過ぎると、キジバトの鳴き声が聞こえてきた。

 洋菓子屋さんはもう、出られたのかな。生垣のツツジはきのふよりも多く咲いていた。これからが楽しみの一つ。散歩中の神谷さんに会い、

 「おはようございます、きのふも有難うね」。宇野さんはもう出たあと。越田さんちの4つ角はまっすぐ。なかの公園横を過ぎて、

 坂本さんちの前あたりに来ると相変らず、リキュウバイや石楠花が咲いて、なかなかきれいだ。旧ため池あたりで、登校の子供達が見えた。

 途中、紫の木蓮もかなり萎れているのが目に付いた。みすぎ公園へは行かず左折したら京堂さんが畑におられて「おはようございます」。

 「何を植えられましたか」、「トマトときうり、ナス、この畝では小松菜の種」。バス通りには園児の見送りに出た親子がおり「おはようございます」。

 バス通りを渡ってコンビニの裏通りを歩く。ピンクや白のハナミズキが一直線に並んだ街路樹は綺麗だ。左手の畑、永安町のさん、

 きのふでも来られたのかナスなどの苗が植えられて、霜除けのビニールがかぶせられていた。道心建材の四つ角を過ぎたところで、

 健康教室「スマイル」のオーナー越野さん、出かける途中に会い「おはようございます」。バス停に向かう飯田さんに会い「おはようございます」。

 風がないので、清水さんちのこいのぼりは気の毒だ。

 この後は、小屋に入って、緑茶を戴いた後、豆を挽いて、カフェを4、5杯分を点てた。

 時間を見てゆっくり飲む時が至福のひとときだ。

 岐阜県高山。きのふの午前11時ごろ、北アルプス涸沢岳西尾根の蒲田富士付近(2700m)で、登山をしていた男2人が滑落した。

 長野県上田市真田町の水道工事業、松山信さん(46)は自力で下山したが、金沢市西金沢の会社員、斎藤宏さん(36)の行方が分からず、

 岐阜県警が捜索している。2人は一昨日一緒に入山し、下山途中。斎藤さんが先に雪で滑落し、助けようとした松山さんも100m落ちて

 顔にけがをした。警察では、今朝9時過ぎからヘリコプターを使って捜索を再開し、20分後、滑落現場から500m下で、心肺停止状態の

 男1人を発見し病院に搬送した。警察では、心肺停止となっている男が斎藤さんと見て、身元の確認を急いでいる。

 現場周辺は雪崩の危険が高いとして県警が危険地域に指定。春山登山シーズンを前に警戒を呼び掛けていた。

 北の大地。冬の間、雪に閉ざされていた北海道東部の「知床横断道路」が、半年ぶりに開通し、観光客たちが世界自然遺産に登録されている

 知床半島の景色を楽しんだ。太平洋側にある羅臼町とオホーツク海側の斜里町を結ぶ国道334号線、通称「知床横断道路」は、雪のため、

 去年11月から24キロが通行止めになっていた。道路を管理する北海道開発局は、例年より雪が多かったため重機を増やすなどして

 除雪作業を進め、けふ1日、半年ぶりに「知床横断道路」が開通した。羅臼町側の出入り口には、午前10時の開通前に30台ほどの車が

 列を作り、ゲートが開くと、雪の壁が続く道路を進んでいった。知床峠(738m)の展望台を訪れた人たちは、雪が残る羅臼岳を写真に収め、

 世界自然遺産、知床の景色を楽しんでいた。埼玉県から訪れた60代の男は「風景がとてもすばらしいです」。知床横断道路は路面が

 凍結するおそれがあるため、当面、通行時間が午前10時から午後3時半に限られている。

 ネパール。大地震から1日で7日目を迎えた。

 犠牲者は依然増加しており、周辺国を含めて6300人を超えた。一方、4月30日には首都カトマンズでは、女性(年齢不詳)が

 127時間ぶりにがれきの下から救出された。また、市と中部ヌワコト地区でも、それぞれ15歳の少年と37歳の男が無事助け出された。

 いずれも負傷しているが、意識はあるという。ネパールや各国の救助隊は引き続き生存者の発見・救助に全力を尽くしている。

 280万人が屋外のテントなどで避難生活を続けていて、体調を崩したり、精神的なストレスを訴えたりする被災者も増えている。

 このため現地の国立病院が首都カトマンズの避難場所となっている広場に精神科医を派遣し、カウンセリングなどを始めていて、

 被災者は夜眠れないといった悩みや息切れがするなどの体の不調を訴え、睡眠薬などを受け取っていた。派遣された医師は、「かつてない

 規模の大災害が起きて、心のケアの必要性が高まっている。この問題は、さらに大きくなると思う」と。

 また、地方の山岳地帯などでは、数少ない病院も被害を受けていて、医療支援を行き渡らせることが課題となっている。

 現地入りしている日本の国際緊急援助隊の医療チームや自衛隊も、1日から医療支援を本格化させることにしている。

 英BBC放送によると、ネパールでの死者は6130人、負傷者は1万3800人となった。インドや中国など周辺国を加えた犠牲者は

 6300人を超えた。都市部から離れた農村地域への支援も本格化しているが、道路事情が悪く容易に近づけない地区が残っている。

 日本を含む各国からの救援チームが入る中、これまで道路が寸断され、被災状況が分からなかった震源地近くのゴルカ郡の山間部では、

 最大9割の建物が倒壊していることが明らかになった。ただ、通信事情が悪く、住民1万人の安否はいまだに分かっていない。

 世界食糧計画(WFP)などによる遠隔地への支援も始まった。ただ、ヘリコプターなどでしかアクセスできない山あいの地域への支援は、

 依然として困難を極めている。カトマンズ東方50キロに位置するカブレ地区は、車がようやく1台通れるほどの細い山道が続き、

 政府やNGOの支援が一切届いていない。オピ村に住むアルジュン・プラサド・サコタさん(54)は「全住民は地震以降、ずっと野外で

 寝泊まりしている」。貧しくてテントが買えない住民には、資金に余裕のある住民がビニールシートを分け与えるなどして助け合ってきた。

 ただ、「それも限界だ」とサコタさん。「野菜などの食料はそろそろ底を突く。政府かNGOの誰でもいいから、われわれにも目を向けてほしい」と訴える。

 ロイター通信によると、現在救助活動を行っているネパール軍やインド軍などの20機のヘリコプターでは不十分で、ネパール政府は

 各国にヘリの支援を要請している。

 1日付の地元紙ヒマラヤン・タイムズによると、北東部シンドパルチョーク地区では3千人が行方不明となっている。犠牲者は、さらに増える恐れが出てきた。

 AFP通信によると、ネパール政府当局者は30日、世界最高峰エベレストへの登山を来週までに再開すると明らかにした。

 登山用のはしごも壊れたが「2、3日で修復できる」という。

 ♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
哀しみは 島わたる 波のよう 哀しみは 島わたる 波のよう

 ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
ウージの森で 歌った友よ ウージの下で 八千代に別れ

 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
海よ 宇宙よ 神よ 命よ このまま永遠に夕凪を

 島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私の愛を
        1992年 島唄  THA BOOM 作詞作曲:宮沢和史

 メーデーのけふ1日、各地で労働組合の集会が開かれ、このうち全労連の中央メーデーでは労働法制の見直しの反対や賃上げなどを訴えた。

 東京・渋谷区の代々木公園で開かれた全労連の中央メーデーには、全労連の発表で2万8000人が参加した。

 この中で、全労連の議長小田川義和は「『戦争する国づくり』も『働くルールの破壊』も断じて認めない。戦後70年の節目の年を

 改憲の年とさせない決意を固め合いましょう」と訴えた。そして、労働者派遣法など労働法制の見直しに反対していくことや、

 生活の改善のため賃上げに粘り強く取り組んでいくこと、「戦争する国づくり」に反対することなどを盛り込んだメーデー宣言を採択した。

 参加した24歳の保育士の女性は「保育士の数が足りず保育の質が十分に確保できていません。子どもたちにために労働条件の改善に

 取り組んでほしい」。建設業の57歳の男は「現場で働く人たちの賃金は上がっていません。安心して生活できるよう賃上げをお願いしたい」。

 日米両政府が合意した新たな防衛協力指針(ガイドライン)について、半数に近い47・9%が反対と答えた。

 29、30の両日、共同通信社が実施した全国電話世論調査による。それによると、賛成の35・5%を10ポイント以上、上回った。

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設先である名護市辺野古沿岸部の埋め立てへ向け、海底作業を継続する政府の方針を45・6%が

 評価しないと回答。評価したのは40・1%だった。新指針は、自衛隊と米軍の連携を地球規模に拡大する。合意後も、国民には

 慎重姿勢が根強いことが示された格好だ。原発再稼働には58・4%が反対した。賛成は31・6%。

 うちなー。名護市辺野古への新基地建設で、先月、4月の28日、大浦湾で市民の抗議船が転覆した際、救急搬送された男について当日の

 現場責任者とみられる海上保安官が「死んだら連絡する」、「溺死になる」と発言していたことが分かった。

 複数の市民が確認している。第11管区海上保安本部の広報担当者は「そのような事実は確認できていない」と述べた。

 発言の真意は明らかではないが、市民らは「命に関わることを根拠に基づかず口にした」と怒りの声を上げた。転覆した船に乗っていた

 同志社大学2年生の片岡希望さん(19)は拘束されていた海上保安庁のゴムボートで、搬送された男の容体を海上保安官に尋ねた際、

 保安官が「意識不明らしいぞ。死んだらまた連絡する」と答えたという。片岡さんは「人の命に関わることを軽々しく口にして驚いた」と憤った。

 大阪府の弘田孝明さん(41)と名護市の後藤ジョオさん(22)は監視取締艇・むりぶし上で拘束されていた際、同じ保安官から発言を聞いた。

 保安官は「(搬送された男が)やばい。溺死したかも。意識不明だ」と述べた。弘田さんによると、険しい表情だったという。

 翌29日、この保安官に市民らが発言を問いただしたところ、返答しなかった。後藤さんは「ばかにしていると感じた」と。

 緊急搬送された男によると、転覆後、海上保安庁のゴムボートに引き上げられた。呼吸がしづらく受け答えできない状況だったが意識はあったという。

 男の意識を確認した保安官が「意識はある」と話し、別の保安官と連絡を取り合う様子を覚えているという。

 辺野古海域での抗議行動を取り締まる海上保安官をめぐっては3月4日、抗議船の船長に「腐れナイチャーや」、4月15日には

 カヌーで抗議する市民に「(臨時制限区域内から)出て行け、犯罪者」との発言が確認されている。

 ♪春の小川は、さらさら行くよ 岸のすみれや、れんげの花に
すがたやさしく 色うつくしく 咲けよ咲けよと ささやきながら 

 春の小川は、さらさら行くよ えびやめだかや こぶなのむれに
今日も一日 ひなたでおよぎ 遊べ遊べと ささやきながら 
       1912年 春の小川」 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 文部省唱歌(四年)

 長野。57人が死亡するなど戦後最大の犠牲者を出した去年9月の御嶽山(3067m)の噴火から、先月の27日で7カ月が経った。

 噴火で壊れた山頂の神社の社務所の再建を支援しようと、愛知県津島市の津島神社に募金箱が設けられた。募金箱は、御嶽山の山頂にあった

 神社の社務所が、再び噴火が起きた場合に噴石から身を守るシェルターの役割もする頑丈なものに再建されることを願って、募金を集めようと

 津島神社が設置した。募金箱の前には地元の伝統工芸品の太鼓の直径1m50センチと1mの2つの枠組みが設けられ、神社を訪れた人は

 体をかがめて枠組みをくぐって募金していた。津島神社は、4年前の大震災の被災地を支援するため、毎年、藤まつりの期間に

 太鼓の枠組みをくぐる募金活動を行っているが、今回の募金は、御嶽山の神社の社務所の再建支援にあてられる。岐阜県から訪れた

 66歳の女性は「ただ募金箱が置いてあるだけではないので興味がひかれます。御嶽山の復興を願って募金しました」。

 募金箱は5月6日まで置かれていて、寄せられた募金は御嶽山のふもとの長野県王滝村にある御嶽神社に持っていくという。

 長野。去年7月、南木曽町で大規模な土石流が発生してから9日で9カ月になった。

 土石流が起きた沢の砂防ダムでは今も大量の土砂の撤去作業が進められているが、作業が終わるまでに2年はかかる見通しで、

 二次災害への不安は消えないままだ。南木曽町の梨子沢で起きた大規模な土石流では、中学1年生の男の子が犠牲になったほか、

 住宅など44棟が全半壊するなどの被害が出た。

 現地では壊れた建物の撤去作業はほぼ終わったが、住宅の再建は進んでおらず、10世帯の人たちは今も町営住宅などで生活を続けている。

 去年11月22日の震度6弱を観測した長野の北部地震から、今月の22日で5カ月になった。

 最大震度6弱の揺れが襲い、住宅などに被害が出た北部地震で、雪解けの時期を迎えた白馬村で、壊れた住宅の取り壊しが4か月ぶりに再開されている。

 白馬村神城の堀之内地区では雪解けとなり、被災した住宅の取り壊しや公民館の撤去作業が再開された。住宅の取り壊しは、雪が降り積もったため、

 去年12月中旬から冬の間、中断していた。村によると、先月24日までに87件・125棟の住宅や倉庫などで取り壊しの申請があった。

 申請あった建物の解体は7月末までに終えたいとしている。

 ♪白い花が 咲いてた ふるさとの 遠い夢の日 さよならと 云ったら 黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の あの 白い花だよ

 白い雲が 浮いてた ふるさとの 高いあの峰 さよならと 云ったら 木霊がさよならと 呼んでいた
淋しかった あの時の あの 白い雲だよ

 白い月が ないてた ふるさとの 丘の木立に さよならと 云ったら 泪の眸でじっと 見つめてた
悲しかった あの時の あの 白い月だよ
     昭和25年 白い花の咲く頃 作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる

 うちなー。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に伴う新基地建設計画で、今朝10時ごろ、辺野古沖の長島寄りに移動していた

 スパット台船上に作業員の姿が確認された。新たな地点での掘削作業とみられる。一方、新基地建設に反対する市民らは早朝から

 辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で抗議行動を展開した。きのふ、浜から長島付近に移動した大型クレーン船では、

 クレーンを上げる様子が見られた。海上では市民らがカヌーから抗議の声を上げた。ゲート前では10時ごろ「辺野古新基地建設を

 阻止する読谷村民会議」の40人が到着した。

 ♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと届いたおふくろの小さな包み あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

 雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく 北国の ああ 北国の春  好きだとおたがいに言いだせないまま別れてもう五年あの娘はどうしてる  あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

 山吹 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の ああ 北国の春  兄貴も親父似で無口なふたりがたまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
         1977年 北国の春 作詞:いではく 作曲:遠藤実

 解散総選挙。安倍内閣の2年間の評価を問う第47回衆院選は去年暮れの14日に投開票された。

 「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という負の側面をもたらしている。

 戦後最低のわずか52%という投票率に象徴されるように、今度の衆院選をしらけさせた大きな責任が野党第1党の民主党にもあったのは

 今さら言うまでもない。

 去年、一番痛快だったのは、先月の沖縄県知事選挙で、普天間基地の辺野古移設に反対する前那覇市長翁長が当選したことだ。

 敗戦から70年となる年が明けている。

 日本は焼け跡から奇跡の高度成長を達成したが、バブル崩壊を経てデフレに陥り、少子高齢化という大きな転機に立っている。

 「戦争を知らない世代」が大半を占め、体験を聞く機会はどんどん減ってゆく。外に目を向ければ、東アジアはもちろん世界の環境も大きく変わった。

 くしくも、「戦後レジームからの脱却」を信条とする安倍が、衆院選の勝利を受けて新しい年へ踏みだしている。

 戦後70年という節目の年の、4月28日という歴史的な日に、ワシントンで、日米首脳会談が開かれた。

 首相安倍が訪米土産を意識し、気負い立って進めてきた「安保法制の整備」や「日米防衛協力の指針(ガイドライン)の再改定」、

 「名護市辺野古への新基地建設」は、いずれも国民的な合意が得られていない。

 国会での十分な議論もないまま対外公約を先行させ、「国際公約だから」との理由で国会に追認を求めるようなことがあってはならない。

 首脳会談で辺野古移設を進める考えを示したことに対して、沖縄の人々は再び「4・28」の日に切り捨てられた、と憤りを込めた。

 安倍が米国議会で、安全保障法制の関連法案を夏までに成立させる方針を明言したことについて、民主党の幹事長枝野は、「日本の議会は

 米国議会の下請けではない」などと厳しく批判した。

 枝野は「日本の議会は米国議会の下請け機関ではありません。これから国会で議論する、しかも法案も提出されていないことを他国の議会で

 約束してくるというのは、まさに国家の代表としてあるまじき発言であると、大変憤ってます」、さらに枝野は、「これは法案の中身以前の

 問題だ。要するに安倍は議会を大政翼賛会だと思っている」と怒りをあらわにした。

 また、共産党の書記局長山下は、「まだ国会に提出も審議もされていない戦争立法を、米国で夏までに成立させると約束することは、

 日本の独立と主権をないがしろにする究極の対米従属だ」などと批判した。

 社民党の党首吉田は、「国会軽視どころか国会無視、国民無視の許し難い発言だ。このような形で既成事実を作ることは断じて許されない」などと

 批判した上で、今後の国会論戦の中で、閣議決定の撤回などを求めていく考えを示した。

 国営放送、NHK理事を4月24日付で退任した下川雅也が、14日の経営委員会でのあいさつで、NHKに対する視聴者の信頼が

 揺らいでいると指摘、「戦前は実質“国営”放送で、政府が右といっても左、という勇気を持たなかった」などと話していたことが分かった。

 会長籾井勝人は、昨年1月の就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと話しており、複数の幹部や関係者は

 「現在のNHKの混乱を招いた会長籾井に向けた強いメッセージだ」と分析している。

 昨年も、退任する理事2人が経営委でのあいさつで、会長就任後のNHKに「異常事態が続いている」、「会長は職員と距離を縮めてほしい」などと述べた。

 2年連続で退任理事がNHKへの憂慮を口にするのは極めて異例だ。さらに下川は「戦前は人々に真実を伝えず、悲惨な戦争へ突入する

 お先棒をかついだ。深い反省の思いから、放送の持つ影響力をいかにいい方法に使うか、国民に民主主義を広めるかが公共放送の構想になった」とも述べた。

 下川は1979年に入局。報道番組のディレクター出身で、2013年4月から理事を務めた。あいさつを含む議事録は1日、経営委のホームページで公表される。

 ♪泣けた こらえきれずに 泣けたっけ あの娘と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた 一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ

 遠い 遠い 想い出しても 遠い空 必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤いほっぺたのよ あの泪(なみだ)

 呼んで 呼んで そっと月夜にゃ 呼んでみた 嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている あの娘はいくつ とうに二十はよ 過ぎたろに
    昭和30年 別れの一本杉  作詞:高野 公男 作曲:船村徹

 政治団体「日本歯科医師連盟」(日歯連)が参院議員(自民)石井みどりの後援会に「迂回寄付」をした疑いがある問題で、

 日歯連は今年1月、「迂回」と指摘される資金移動をした理由について、「政治資金規正法が寄付の上限を5千万円と定めているため」という

 趣旨を記した文書を幹部会員に配布していたことが分かった。

 東京地検特捜部は、きのふ政治資金規正法違反の疑いで、東京都内の日歯連本部事務所を家宅捜索した。

 日歯連をめぐっては、2013年参院選で当選した石井の後援会に対して、同法の年間上限5千万円を超える9500万円の寄付をした疑いが持たれている。

 政治資金収支報告書によると、日歯連は13年1月23日、参院議員(民主)西村正美を支援する「西村まさみ中央後援会」に5千万円を寄付。

 西村後援会はこの日、石井を支援する「石井みどり中央後援会」に同額の5千万円を寄付した。その後、日歯連は3月15日、

 石井後援会にも4500万円を直接寄付し、結果的に、9500万円が日歯連から石井後援会に渡った形だ。

 入手した内部文書は、今年1月27日付で日歯連会長名高木幹正で出されたもの。この4日前の日歯連の臨時評議員会で「迂回寄付」の疑いが

 指摘されたため、全国の評議員らに向けて釈明をしたものだ。

 文書では「13年の石井後援会の活動に必要な予算額は9500万円だった」と説明。そのうえで政治資金規正法が政治団体間の

 寄付の上限を5千万円と定めていることを理由に、「4500万円を石井後援会に寄付し、残りの5千万円を西村後援会に寄付した後、

 改めて石井後援会に寄付する形での資金移動を行った」と記している。そして、「本連盟の嘱託弁護士からも違法ではないとの回答を得た」と

 結論づけている。石井と西村は、ともに歯科医師。参院選では比例区から出馬し、日歯連の支援を受けて当選した。

 石井と西村後援会は、ともに日歯連本部と同じ住所に事務所を置き、13年当時の両後援会の代表は会長高木が務めていた。

 会計責任者も日歯連幹部らだった。日歯連が石井後援会に実質的に9500万円を寄付していたのに、上限の規制を免れるために

 迂回寄付をしていたのであれば、政治資金収支報告書の虚偽記載や、寄付の量的制限違反にあたる可能性がある。

 日歯連は「(日歯連と両後援会の)3団体は独立しており、活動目的も異なる。資金処理は合法的に後援会活動を行うためだ」と回答している。

 日歯連をめぐっては、04年に旧橋本派への1億円のヤミ献金が発覚。これを受けて05年に政治資金規正法が改正され、政治団体間の

 寄付は年間5千万円を上限とする規制が設けられた。

 ♪背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨

 流す涙で 割る酒は だました男の 味がする あなたの影を ひきずりながら 港 宮古 釜石 気仙沼

 出船 入船 別れ船 あなた乗せない 帰り船 うしろ姿も 他人のそら似港 三崎 焼津に 御前崎
     昭和44年 港町ブルース  作詞:深津武志 補作:なかにし礼 作曲:猪俣公章

 患者の死亡事故があった東京新宿区の東京女子医大病院と前橋市の群馬大病院について、厚労相塩崎恭久は、きのふ安全管理体制が

 不十分として、高度な医療を提供する「特定機能病院」の承認を取り消す方針を発表した。

 厚労省は大学病院の管理運営体制を把握するため、省内に特別検討チームを設置。集中立ち入り検査をし、承認要件などを見直す。

 社会保障審議会医療分科会が、承認の取り消しが相当とする意見書を全員一致でとりまとめ、提出したのを受けた。

 病院側から弁明を聴くなどの手続きを経て、5月中に正式に決める。取り消しは過去2例あり、今回取り消されれば計4例となる。

 東京女子医大病院は2回目。東京女子医大病院では昨年2月、2歳男児が鎮静剤のプロポフォールの大量使用後に死亡。群馬大病院では

 腹腔鏡による肝臓切除手術を受けた患者8人の死亡が昨年11月に発覚した。

 医療分科会は今年2月から、両病院の処分を検討。東京女子医大病院は、集中治療室で人工呼吸器をつけた小児へのプロポフォールの使用が

 原則禁じられていることが病院内で周知徹底されていなかった。また、心臓手術の事故で2002年に特定機能病院の承認が

 取り消されて改善策を出して07年に再承認されたが、取り組みが不十分とした。

 群馬大病院は、相次ぐ死亡を院長らが把握しておらず、患者らへの説明やカルテの記載が乏しく、事故調査報告書の作成過程でも問題があったと認定した。

 特定機能病院は400床以上、15以上の診療科、医師や看護師らの配置を手厚くすることなどを条件に厚労相が承認する。

 大学病院を中心に86病院ある。承認が取り消されると、診療報酬上の優遇が受けられなくなり、年数億円規模の減収となる可能性がある。

 日本の医療の「最高峰」とされる特定機能病院の看板を外され、イメージダウンの影響も大きい。

 ♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に 夢もわびしく よみがえる

 捨てた未練が 未練となって 今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ 霧の波止場の 銅鑼の音

 熱いなみだも 故国に着けば うれし涙と 変わるだろう
鴎ゆくなら 男のこころ  せめてあの娘に つたえてよ
     昭和21年 帰り船 作詞:清水みのる 作曲:倉若晴生

 介護保険料。65歳以上の高齢者が支払う介護保険料は、今年度から全国の平均で月額5514円、これまでより10%余り引き上げられ、

 介護保険制度が始まって以来初めて5000円を超えた。年金が減り、介護料の高騰では、年寄りは死ねというに等しい。

 介護サービスを利用する高齢者が増え続ける中、ほとんどの自治体が介護保険料を引き上げた一方で、全体の1.7%とごく僅かながら

 保険料の引き下げに成功した自治体もあった。格差の背景について、何があるのか。

 65歳以上の高齢者が支払う介護保険料は、それぞれの市町村が見込まれる介護費用をもとに3年ごとに決めている。

 市町村ごとにみると、今回保険料が最も高くなったのは奈良県天川村の8686円、次いで福島県飯舘村の8003円、奈良県黒滝村と

 岡山県美咲町が7800円などとなっている。

 一方、最も低いのは鹿児島県三島村の2800円。次いで北海道音威子府村の3000円、北海道中札内村の3100円など。

 保険料が最も高い自治体と最も低い自治体の差は6000円近くと、市町村間での保険料の格差が明らかになった。

 このうち、東京電力福島第一原発の事故で12万人近くが避難を続けている福島県では、避難区域にある4つの町と村が介護保険料が

 高い自治体の上位10位に入った。原発事故から4年余り。避難生活の長期化でお年寄りたちの体や心に与える影響が現れ始めている。

 村の全域が避難区域に指定されている福島県飯舘村では震災後、介護サービスが必要になるお年寄りが増え続け、その数は現在、

 震災前の350人から4割増えて500人に上っている。飯舘村の住民が暮らす福島市内の仮設住宅で1人暮らしをしている高橋好明さん(83)は、

 原発事故の前、毎日のように畑に出て野菜を育て、医師にかかることもめったになかった。しかし、避難先で暮らすようになってから

 体を動かす機会はほとんどなくなり、一昨年、脳梗塞で倒れた。高橋さんは「要支援2」に認定され、いまは週に3回、訪問介護の

 サービスを受けている。住民どうしの集まりからも次第に足が遠のき、家の中で過ごすことが多くなった。 高橋さんは「避難生活が

 長引くにつれ、外出しなくなってしまう。まるで収容所のように区切られた仮設住宅で暮らしていると、精神的にも閉じ込められたような

 気持ちになってしまいます」。福島市内の市営住宅で暮らす熊久保文夫さん(85)は原発事故の前、村で農業を営みこれまで

 介護サービスを受ける必要はなかった。しかし、避難生活の中で妻の認知症が悪化し介護施設に入所。長年連れ添ってきた妻と

 離れ離れになったことをきっかけに、熊久保さんも体調が悪化し去年「要介護1」の認定を受けた。

 熊久保さんを担当する介護ヘルパーは「家も家族も失う状況におかれても前向きな考えで暮らしていこうという元気なお年寄りは少なく、

 諦めの気持ちが広がっている。原発事故の避難者に対する介護の需要は今後も増えてくると思う」。

 原発事故の避難区域では現在、65歳以上の高齢者については介護保険料が全額免除される特例措置がとられているが、この免除措置が

 打ち切られることになれば、避難生活で増大した負担が自治体と住民にのしかかりるおそれがある。

 飯舘村の村長菅野は「介護保険料の上昇は仮設住宅などでの避難生活でかかるストレスや運動不足など住民がおかれている窮状を物語っている。

 国には原発事故による長期避難という現状をふまえて適切な支援を続けてもらいたい」。

 今回、保険料が上昇した自治体の中には中山間地にある町も少なくない。

 岡山県美咲町では保険料が月額で7800円とこれまでの5390円から一挙に45%近く増えた。保険料の上昇は高齢者の生活に

 どう影響しているのか?美咲町で1人暮らしをしている84歳の女性は月に6万8000円の年金で生活している。

 所得に応じて減額される介護保険料はこれまで月額4042円だったが、今月からは1800円上がり5850円になる。

 女性は高血圧などの持病のため病院に通院していて、薬代だけで月に5000円かかっている。隣町にある病院までの交通費を節約するため

 通院の頻度を2か月に1回に減らした。食費も節約しているがそれでも、毎月貯金を切り崩す生活だという。女性は「年金は増えないので

 少しずつ蓄えを崩してきましたが、それも少なくなってきましたし、本当に今回はどうしようか、今年は持つかなという気持ちです」。

 美咲町は高齢者全体に占める介護が必要な人の割合が24.5%と全国平均よりも7%高いうえ、このうち施設に入所する高齢者が

 5人に1人に上り、介護にかかる費用が増え続けている。

 人口密度が低く移動に時間がかかる山間部では、在宅での介護サービスを提供する事業者が少ないため、施設に頼らざるえないからだ。

 美咲町で介護保険を担当する保険・年金課では「地域のお年寄りが孤立化する中で、安心を求めて要介護認定を受けたり施設サービスを

 選んだりしているのではないか」。

 介護が必要になる高齢者を減らすことで保険料の引き下げに成功した自治体、大分県の豊後高田市の保険料の月額は5100円と、

 これまでより140円低くなった。ここでは、2年前から介護が必要になるおそれのある高齢者を対象に無料で運動教室を開いている。

 利用者は踏み台昇降やダンベルを使った簡単な体操などを週に2回、2時間かけて行う。教室では毎回、握力や歩く速さ、それに片足で

 どれだけ立っていられるかなどを細かくチェックする。3か月後に運動機能が改善していれば教室を「卒業」できるしくみ。

 教室に参加している80歳の女性は「教室に通ってから歩くことが苦にならなくなりました。皆で取り組めるので楽しく続けられます」。

 豊後高田市では今年の2月時点で介護が必要だと認定された人の割合は16.7%と、取り組みを始める3年前に比べて3ポイント余り減少した。

 結果、介護にかかる費用も最も多かった平成22年度に比べ年間で6200万円余り削減することができ、保険料の引き下げにつながったという。

 豊後高田市保険年金課では「今後も高齢化によって介護費用や保険料が増加することは避けられないが、介護状態の悪化を食い止め

 予防の取り組みを広げることで増加の幅を少しでも抑制したい」。

 介護保険料の全国の平均額は10年後の平成37年度には月額8165円に上ると見込まれている。介護保険制度導入から15年となる今年、

 負担が増す一方でサービスは住民のニーズに十分応えられているのか。制度を運営する自治体はこれまで以上に創意と工夫が求められている。

 ♪何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の 絡み合い どこに男の 夢がある

 好いた惚れたとけだものごっこが罷(まか)り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの…

 こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。

 一つの心に 重なる心 それが恋なら それもよし しょせんこの世は 男と女 意地に裂かれる 恋もあり 夢に消される 意地もある

 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く、馬鹿な人間でございます。
       昭和46年 傷だらけの人生 作詞:藤田まさと 作曲:吉田正

 香川。小豆島で先月30日夜、60代の夫婦が死亡しているのが見つかり、警察が殺人事件として捜査している。

 事件があったのは、土庄町の喜田水道工業所の事務所兼住宅。午後7時過ぎ、経営者の喜田春夫さん(65)と妻の加代子さん(63)が

 ともに頭から血を流して死亡しているのが見つかった。春夫さんはこたつで、加代子さんはベッドの上で倒れていて、頭には何かで殴られた痕があったという。

 2人が1階の事務所に出勤してこなかったため、不審に思った女性従業員が先月30日昼頃、声をかけに行ったが、玄関の鍵が開いていたものの

 反応がなかった。そして、夕方になって再び確認に行ったところ、2人が倒れているのを発見した。春夫さんは先月29日午後5時過ぎ、

 知人に電話をかけていて、警察は、それ以降に殺害されたものとみて捜査を進めている。

 ♪白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴る ベルが鳴る
さらばと告げて手を振る君は 赤いランプの終列車

 涙かくして 微笑み合(お)うて 窓に残した心の温み あの人は あの人は
いつまた逢える旅路の人か 赤いランプの終列車

 遠い汽笛に うすれる影に 一人たたずむプラットホーム さようなら さようなら
瞼の奥に哀しく消える 赤いランプの終列車
        昭和27年 赤いランプの終列車 作詞:大倉芳郎 作曲:江口夜詩

 千葉。きのふの朝7時過ぎ、千葉市中央区の住宅で「母から父を殺したと連絡を受けた」と、長男(43)から110番通報があり、

 警察官が駆けつけると、1階の寝室のベッドの上で、この家に住む中だい一夫さん(65)が首に電気コードが巻きつけられた状態で

 倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。当時、家にいた妻(67)も左手首を切るけがをして病院に運ばれたが、

 命に別状はないという。警察は、現場の状況などから妻が何らかの事情を知っているとみて、治療が終わり次第、話を聞く。

 福岡。太宰府市長選で現職を破り、初当選した市長芦刈茂が、きのふ市役所に初登庁した。

 選挙戦で「無駄遣いをやめる」と訴えたことから、公用車の迎えを断り、愛車の軽トラックを自ら運転して市役所に到着した。

 多くの職員が正面玄関前の屋根付き回廊に整列し、出迎える予定だったが、芦刈はそれも断った。副市長や部長級職員ら10人だけが

 玄関前で出迎えた。職員90人が出席した就任式で、芦刈は「(選挙結果は)市民の『変えてほしい』という願い。市役所がどう変わっていくのか、

 市民は期待している。私はその先頭に立つ」と訓示。「市民へのあいさつが足りない。私のことを嫌いかもしれないが、好き嫌いせず、

 元気のいいあいさつをしよう」などと呼びかけた。

 芦刈市長は同日午後、選挙戦の争点となり、当選後に何らかの見直しを行う意向を示した体育複合施設の建設現場を視察した。

 視察後、芦刈は「市長として一番の仕事と考えている。(見直しに向けて)どういう選択肢があるか考えたい」と述べた。

 工事を白紙に戻す可能性については「現実的ではない」と否定し、市民との意見交換会を開いた上で、どう見直すかについて6月議会で

 明らかにする考えを示した。

 あめつちに われひとりゐて たつごとき このさびしさを きみはほほゑむ
                            法隆寺にて 会津八一

 厚労省は北朝鮮や旧満州で死亡した抑留者1万723人の名簿を公表した。

 これはロシアから提供された資料をもとに、厚労省が新たに公表したもので、名簿には第2次世界大戦後、シベリアや北朝鮮、旧満州で

 亡くなった日本人、のべ1万723人が記されている。このうち2660人が個人を特定できたという。

 厚労省は、これまで旧ソ連とモンゴルで死亡した抑留者、4万人あまりの名簿を公表してきたが、北朝鮮と旧満州で亡くなった抑留者の

 名簿の公表は今回が初めて。名簿は厚労省のホームページに公表されていて、厚労省は「戦後70年で遺族が高齢化する中、個人の

 特定につなげたい」としている。

 が、名前の確認ができた親族、日本赤十字社の従軍看護婦だった新潟県の若杉初枝さんは1944年7月に朝鮮半島に派遣された後、

 行方がわからないままだった。しかし、きのふ厚労省が公表した名簿のうち、個人が特定できた2660人の中に若杉さんの名前があった。

 若杉さんは、現在の北朝鮮にあたる興南市の抑留所で、終戦の翌年、亡くなっていた。25歳。この事実を知った若杉さんの弟不二臣さん(84)は・・・

 Q.当時のこと思い出しますか?「・・・」、若杉さんの甥、星宣和さん(67)は今回の名簿公表について、「少なくとも、もう5年

 早く分かっていれば、妹と弟の話がもっと聞けたのでは?」。厚労省は、「遺族が高齢化する中、個人の特定につなげたい」としている。

 全国強制抑留者協会長野県支部長、伊那市の長田伊三男さん(91)は「戦後七十年がたち当事者の親や妻の多くは亡くなってしまった。

 せめて10年早ければ、家族が現地で供養することもできたのに」と、公表の遅さに悔しさをにじませた。

 今回新たに判明した県内出身者は、旧ソ連の51人、朝鮮半島興南地域の5人。協会によると、護送中に亡くなった人や軍人以外の

 抑留者がいたとの記録もあり、抑留中死亡者の実数は分からないままだという。

 長田さんは新たに判明した56人の県内出身者について「知っている人はいない。何十万人も抑留されたから、顔を見れば思い出せるかも

 しれないけれど」。「時間がたちすぎて、今後はなおざりになってしまう恐れがある。家族や抑留者への聞き取りを積極的にやれば、

 詳しい経緯が明らかになるはず」と訴えた。

 長田さん自身も抑留でつらい経験をした。敗戦後の1945年10月〜49年9月、ソ連の炭坑町チェレンホーボに抑留され、強制的に労働させられた。

 50キロに満たない体重で、70キロの線路の枕木を担がなければならず、十分な栄養が取れない中、体は悲鳴を上げた。生き埋めになったり、

 木材の下敷きになったりして仲間が次々と命を落としていくのも目にした。

 さらに、長田さんのいた収容所で46年1月に発疹チフスがまん延。4000人の収容者のうち3000人が感染し、500人が死亡したという。

 「昨日まで話していた戦友が、毎日死んでいくのがむなしかった」と振り返った。

 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても

 帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて

 遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや
            犀星  抒情小曲集から

 富山。富山市の市街地に、きのふ国の特別天然記念物・ニホンカモシカが迷い込んだ。

 自治体による捕獲作戦が始まったが、それを察したのかカモシカは逃げるように川にダイブ。しばらく泳ぎ、今度は陸に上がろうとするも、

 なかなかうまくいかない。結局、カモシカは麻酔用の吹き矢が命中、無事捕獲された。1歳から2歳の若いメスで、この後、山に返された。

 福井。関西電力は、きのふ運転開始から40年近い高浜1、2号機の運転延長を原子力規制委員会に申請した。

 美浜3号機については運転延長の前提となる特別点検の実施を決めた。報告を受けた県と立地自体は安全性と住民理解を強く求めた。

 県庁では関電の原子力事業本部長代理森中郁雄が県の安全環境部長桜本宏に報告。桜本は「あくまで国に申請を行った段階」との認識を示し

 「高経年化という観点から安全性を厳正にチェックする」と県独自で安全性を確認する考えを説明した。

 県は規制委の審査状況や県原子力安全専門委員会の審査を踏まえ、立地町や県議会の意見を聞いた上で運転延長を認めるか判断する。

 専門委員会では劣化状況を調べた特別点検の結果と保守管理の方針を定めた高経年化技術評価の内容を確認する。

 また部長桜本は「プラントの安全確保が大前提だが、県民の理解を得ることが必要不可欠」と言及。「なぜ40年超えの運転が必要か

 丁寧な説明が必要だ」と求めた。

 美浜3号機の特別点検には「高浜1、2号機の実績を踏まえ、最新の技術的知見を基に慎重に対応を」と要求。結果を県に報告するよう求めた。

 原子力事業本部長代理森中は「プラントの安全性はもとより、40年を超える運転の必要性には県民の理解を得られるよう丁寧な説明を心掛けたい」と応じた。

 関西電力が美浜町の美浜原発3号機の特別点検を決定したきのふ、美浜町の町長山口治太郎は美浜発電所から報告を受け「安全最優先で

 十分な点検をし、結果を町民にも分かりやすく説明してほしい」と求めた。

 美浜発電所の所長藤原健二が町役場を訪れ、特別点検を決めた経緯などを町に説明。結果については「運転延長許可申請期間が9月から

 12月までなので、それまでにあらためて報告する」と伝えた。

 その後の会見で、町長は3号機の再稼働について「できるだけ早く動かすべきだと思う」と言及。まずは特別点検の結果を確認することが

 重要とした上で「申請が出されれば、原子力規制庁にはスムーズに審査をして頂きたい」と話した。

 夜もすがら 春のしろへの 風ふけど
 増穂の小貝 くだけずにあれ
                 福永武彦

 能登。北陸伝統の嫁入り道具「花嫁のれん」を、商店街の店先に展示する催しが、七尾市で開かれている。

 「花嫁のれん」は、江戸時代の末ごろから北陸地方の一部に伝わる嫁入り道具で、婚礼の日に花嫁が嫁ぎ先の家の仏間に掛け、

 のれんをくぐって自分の家に戻らないことを誓った。七尾市の一本杉通り商店街では、毎年、大型連休の期間中に、「花嫁のれん」を

 店先に飾る催しを開いていて、今年は58の商店や民家の軒先に、「花嫁のれん」が飾られた。このうち、木綿で作られたのれんは、

 松竹梅に加え、奥能登地方に残る海風から家を守る「間垣」が描かれた珍しい絵柄。また、富山県砺波市で昭和12年に作られた

 「花嫁のれん」には夫婦円満の象徴となるオシドリのほか、当時は珍しかったチューリップが描かれている。東京から来た女性は

 「婚礼の時にしか見られないという花嫁のれんをたくさん見られてうれしい」。催しを企画した花嫁のれん実行委員会の鳥居正子さんは

 「のれんの美しい絵柄や、それに込められた親の思いなどを多くの人に感じてほしい」。「花嫁のれん」の展示は来月10日まで行われ、

 期間中10万人の人出が見込まれている。

 金沢。金沢市は、インターネットを無料で利用できる「公衆無線LAN」(Wi−Fi)やICチップからパスポート情報を読み取る

 「パスポートリーダー」を飲食店などが設置する場合、費用の一部を負担する助成制度を5月の大型連休明けから始める。

 外国人観光客を受け入れるための環境を整備することで“おもてなし力”を高め?、来訪を促すとか。

 助成の対象は、宿泊、観光、飲食、商業の各施設が、メニューや商品、看板などに外国語の案内表記を付けたり、公衆無線LANや

 パスポートリーダーを設置したりする場合。40万円を上限に、県と市がそれぞれ整備費用の三分の一ずつ負担する。

 北陸新幹線の開業で金沢は首都圏からのアクセスが格段に良くなり、外国人観光客の大幅増加が見込まれる。市は「世界の交流拠点都市」を

 目標に掲げ、外国人の利便性向上に一段と力を入れることにしている。

 ただ、市内の免税店は、手続きの煩雑さや会話などコミュニケーションの不安から、60カ所にとどまっているのが現状。

 外国人観光客から要望の多い公衆無線LANの整備は公共施設が中心のため、民間の店舗にも拡充する。

 加賀。石川県と岐阜県を結ぶ「白山スーパー林道」から愛称が変わった「白山白川郷ホワイトロード」のうち無料区間の一部が

 例年より1週間ほど遅れて、けふ1日開通した。

 「白山白川郷ホワイトロード」は石川県白山市と岐阜県白川村を結ぶ全長33キロの自動車専用道路で、今年は積雪が多く除雪作業に

 時間がかかったため、例年より1週間ほど遅れて、けふから白山市尾添から中宮までの4.5キロの無料区間が走行できるようになった。

 午前8時半に管理事務所の職員がゲートを開けると列を作って待っていた車が次々と入っていった。静岡県の男は「山登りするために

 朝早くから並んで待っていました」。開通した区間の沿道では雪が残る山肌で山桜やブナの新緑が楽しめるほか、サルやカモシカなどの

 野生動物も観察することができる。石川県林業公社では「待ち望んだ分、沿道の美しい景観を存分に楽しんでいただければと思います」。

 白山白川郷ホワイトロードは5月中旬ごろに石川県側の全区間の除雪が終わって通行できるようになる見通しだが、岐阜県側を含む

 全線開通の時期はまだ未定だという。

 先に触れたが、抑留者名簿の公表、シベリア抑留者の遺族で、現地で遺骨収集を続ける加賀市上野町の表谷(おもてや)吉雄さん(73)は

   新たな名簿公表を歓迎する。表谷さんの父好一さん(享年36)はシベリア抑留中に栄養失調で亡くなった。戦死公報で知らされたが、

 具体的な死亡場所は長年分からないままだった。1991年、初めてソ連からの提供を受けて公表された抑留死者名簿に「オムチヤコイチ」との

 名前を見つけた。「父親に間違いない」と確信し、全国各地の抑留経験者を訪ね歩き、6年後にロシア・クラスノヤルスク市で

 父のものとみられる墓所を捜し出して墓標を建てた。「一体でも多くの遺骨を日本に帰してあげたい」とこれまでシベリア・モンゴル地域を

 5回訪問し、遺骨収集に努めてきた。だが、個人の力の限界も痛感している。

 戦時下の混乱の中で亡くなったわけではなく、戦後に強制連行されたシベリア抑留者の埋葬場所や亡くなった状況は「資料として残っている

 可能性が高い」と話し、日ロ両国による調査の進展を期待する。

 「出し惜しみせずに資料を出してほしい」と訴えるのは抑留経験者の一人で、加賀市山中温泉加美谷台の全国強制抑留者協会石川支部長の

 西彰さん(90)。名簿を手に「同じ収容所にいた仲間がいるかもしれないな」とつぶやいた。

 真冬には氷点下70度を下回る旧ソ連・イルクーツク市で、4年近く強制労働に従事した西さん。収容所で過ごした同じ日本人捕虜たちは、

 過酷な状況の中で生きて母国に帰ろうと励まし合う仲間だった。念願かない日本に帰国して30年ほどたってから、抑留中に知り合った

 仲間100人が温泉旅館に集まり、お酒を飲みながら収容所での日々を朝まで語り合った。1980年以来、一、二年ごとに集まっていたが、

 メンバーの他界と高齢化により年々参加者が減り、2006年を最後に集まっていない。

 西さんは、敗戦から70年の節目を迎える今年になって、まだ新しい資料が出てくることに憤りを感じている。「抑留者もその遺族も

 だんだん少なくなっている。出し惜しみせずにある資料を出してほしい」と。

 白山市観光連盟は、明日2日から始まる白山比め神社のライトアップを前に、きのふ試験点灯をした。

 一の鳥居から神門までの表参道400mと拝殿前を70基のライトで赤、青、白色に照らし、神々しい“光の参道”をつくった。

 北陸新幹線金沢開業を記念し、神社への誘客を図る「うらら白山人2015春祭〜恵みを結ぶしらやまさん詣」の一環。

 ライトアップは2〜5日と9、16、23、30日の8日間、それぞれ午後6〜9時(5日は午後7時から)まで。

 期間中はちょうちん400個を準備。参拝者に貸し出し、ライトアップに参加してもらう。試験では照明の位置確認などをした後、

 連盟や市の職員が提灯を持って参道を上った。ライトアップの中、表参道前ではムーンライトコンサートとして、胡弓、津軽三味線、

 演舞、ジャズ、尺八などの演奏会が開かれる。どんじゃら宵の口市も開かれ、甘味やジビエサンドなどが売られる。

 3〜6日午前10時〜午後4時、市内の食の特産品を集めたどんじゃら市もある。期間中は午後5時30分〜午後9時30分まで

 北陸鉄道石川線鶴来駅と表参道前を結ぶシャトルバスを15分間隔で運行する。

   Do it!(ともかくやりなさい)
 Go against!(風に向かって走れ)
                  熊川哲也

 朝の来ない夜はない 春の来ない冬もない 人生万事地球と同じ春夏秋冬 花も咲けば雨も降る。

 往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし
            酒井雄哉 高倉健の座右の銘

 他人から「どう思われるか」より、他人のために「何ができるか」。

 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、競わず、争わず、もって大事をなすべし
                                    高倉健

 人に愛 花に水
 People love to water the flowers

 卯月も もはや、風薫る皐月に替わった。月日の経つのは、何とも早い。

 今朝も、青空が広がって、何とも気持ちがいい。

 聞こえるのは、(パシャッ、パシャッ)と聞こえる大工さんの電動くぎ打ちの音。

 それに近所の犬の鳴き声のみだ。

 カフェの豆が、そろそろ切れるので、午後、散歩の前に杜の里へ行ってきた。

 帰路、旭町の中川さんちへ寄り道したが、あいにく不在で、奥さんにその旨伝えて帰還へ。山側環状線は、相変わらず混んでいた。

 戻れば、裏からウグイスの鳴き声がした。

 夕方の散歩は、永安町から末町方向へ。坂道を下りていくと、吠えるというより鳴くワンちゃん連れの奥さんに会い「コンニチハ」、

 「鳴いたらダメ」となだめるが、鳴き止まず。尾っぽを振っているところを見ると可愛い。郵便局上の田んぼでは、カエルがうるさいくらいに

 鳴いていた。帰路、先般お会いした柴犬連れの奥さんに会い「コンニチワ」、「いい、天気が続きますね」。前田さんち横、階段下の

 田口さんち前のお宅の夫妻からスズランに娘さんが米国から持ち帰って増えたという紫の小さい花の苗を戴いたので、明日でも植え替えしよう。

 自由さに慣れて不自由 懐手
            箕面 藤堂

 trust me.
 I Have a Dream

                 2015 皐月、5月1日(ふ)
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